金正男キムジョンナム暗殺あんさつ事件じけん

金正男キムジョンナム暗殺あんさつ事件じけん
金正男キムジョンナムが暗殺あんさつされた現場げんばであるKLIA2の出発しゅっぱつホール（2016年ねん撮影さつえい）
場所ばしょ	マレーシア セランゴール州しゅうセパン クアラルンプール国際こくさい空港くうこう第だい2ターミナル（KLIA2）
日付ひづけ	2017年ねん2月がつ13日にち (2017-02-13)
標的ひょうてき	金正男キムジョンナム
武器ぶき	VX
有罪ゆうざい判決はんけつ	「危険きけんな武器ぶきや手段しゅだんによって故意こいに傷害しょうがいを負おわせた罪つみ」でベトナム人じん女性じょせいに有罪ゆうざい判決はんけつ

金正男キムジョンナム暗殺あんさつ事件じけん（キム・ジョンナムあんさつじけん）は、2017年ねん2月がつ13日にちにマレーシアのクアラルンプール国際こくさい空港くうこうで金正男キムジョンナム（北朝鮮きたちょうせんの第だい2代だい最高さいこう指導しどう者しゃ金きむ正日じょんいるの長男ちょうなん）が顔面がんめんに神経しんけい剤ざい「VX」を塗ぬられ毒殺どくさつされた事件じけん。

暗殺あんさつ

金正男キムジョンナムは2017年ねん2月がつ6日にちにマレーシアに到着とうちゃくし、2月がつ8日にちにはリゾート地ちとして知しられるランカウイ島とうを訪おとずれていた。2017年ねん2月がつ13日にち、金正男キムジョンナムはマカオ行いきのエアアジア便びん（午前ごぜん10時じ50分ふん発はつ）に搭乗とうじょうするため、クアラルンプール国際こくさい空港くうこうのLCC専用せんようターミナル (KLIA2)の3階かい出発しゅっぱつホールを訪おとずれた。

午前ごぜん9時じ00分ふん頃ごろ、自動じどうチェックイン機きの前まえに立たっていた金正男キムジョンナムは突然とつぜん2人ふたりの女性じょせいから襲撃しゅうげきされ、猛毒もうどくの神経しんけい剤ざい「VX」を顔かおに塗ぬられた。マレーシア警察けいさつによれば、金正男キムジョンナムは攻撃こうげきを受うけた後のち、空港くうこうの受付うけつけスタッフに対たいして「誰だれかが背後はいごから掴つかみかかり、顔かおに液体えきたいをかけられた」こと、および1人ひとりの女おんなが「液体えきたいを含ふくんだ布ぬのを顔かおに被かぶせてきた」ことを報告ほうこくしていた。金正男キムジョンナムはその後ご、自みずから歩あるいてKLIA2内ないの「ムナラ・メディカル・クリニック」に向むかい、治療ちりょうを受うけた。治療ちりょうにあたった医師いしの証言しょうげんによれば、この時ときの金正男キムジョンナムは大量たいりょうの汗あせをかき、顔かおの痛いたみを訴うったえており、クリニックに入はいって間まも無なく痙攣けいれんを起おこして意識いしきを失うしない、口くちから血ちや泡あわを吹ふいた。金正男キムジョンナムには気管きかん挿管が行おこなわれ、1ミリグラムのアトロピンおよびアドレナリンが投与とうよされたほか、口くちの中なかから唾液だえきや血液けつえき、嘔吐おうと物ぶつを吸引きゅういんして取とり除のぞく必要ひつようがあった。

その後ご、空港くうこう内ないの診療しんりょう所しょでは救命きゅうめいができないと判断はんだんされ、金正男キムジョンナムは蘇生そせい装置そうちを顔かおに取とり付つけられた状態じょうたいで担架たんかに乗のせられ、空港くうこうの関係かんけい者しゃ専用せんようエリアを通とおして救急きゅうきゅう車しゃに運はこばれた。しかし、金正男キムジョンナムはプトラジャヤ病院びょういんへ搬送はんそうされる途中とちゅうに救急きゅうきゅう車しゃの中なかで心肺しんぱい停止ていし状態じょうたいとなり、午前ごぜん11時じに病院びょういんで死亡しぼうが確認かくにんされた。金正男キムジョンナムは「キム・チョル」という偽名ぎめいを使用しようして旅行りょこうしていたため、マレーシア当局とうきょくが死亡しぼうした男性だんせいを金正男キムジョンナムと特定とくていするまでには時間じかんがかかった。死亡しぼう時じ、金正男キムジョンナムはバックパックに10万まんドル余あまりの現金げんきんを入いれていたほか、キム・チョル名義めいぎの北朝鮮きたちょうせん国籍こくせきのパスポートを4つ所持しょじしていた。遺体いたいの瞳孔どうこうが固かたまり縮ちぢんでいるという不審ふしんな点てんが医師いしから警察けいさつに伝つたえられ、金正男キムジョンナムが残のこした言葉ことばや医師いしの報告ほうこくをもとにマレーシア警察けいさつは殺人さつじん容疑ようぎで捜査そうさに乗のり出だし、事件じけん番号ばんごうは「2017年ねん2798号ごう」とされた。

捜査そうさと逮捕たいほ

2017年ねん2月がつ15日にち、マレーシア警察けいさつは実行じっこう犯はんの1人ひとりとしてベトナム人じんの28歳さい女おんなドアン・ティ・フォン（以下いか「A」）を逮捕たいほした。Aは空港くうこうの監視かんしカメラの映像えいぞうにより実行じっこう犯はんと特定とくていされた。2月16日にち、インドネシア人じんの25歳さい女おんなシティ・アイシャ（以下いか「B」）が2人ふたり目めの実行じっこう犯はんとして逮捕たいほされた。同日どうじつにはBの交際こうさい相手あいてであるマレーシア人じんの26歳さい男性だんせいも事件じけんに関連かんれんして逮捕たいほされたが、2月がつ24日にちまでに釈放しゃくほうされた。2月17日にち、北朝鮮きたちょうせん人じんの46歳さい男性だんせいが4人にん目めの容疑ようぎ者しゃとして逮捕たいほされた。この男性だんせいはマレーシア在住ざいじゅうでトンボ・エンタープライズ (Tombo Enterprise)という企業きぎょうの従業じゅうぎょう員いんであるとされた。

逮捕たいほされたAは警察けいさつに対たいし、自分じぶんとBは他たの4人にんの男おとこと共ともに旅行りょこう中ちゅうであったこと、KLIA2に到着とうちゃくした直後ちょくご、Bがハンカチでターゲットの顔かおを覆おおっている間あいだに何なんらかの液体えきたいをかけるよう4人にんの男おとこから指示しじされたこと、一連いちれんの行為こういは「いたずら」であると説明せつめいされていたことなどを供述きょうじゅつした。空港くうこうの監視かんしカメラには、AとBが金正男キムジョンナムを襲撃しゅうげきした後のち、別々べつべつのトイレに急いそいで向むかった様子ようすと、トイレを出でた2人ふたりが空港くうこうのタクシー乗のり場ばに向むかった様子ようすが映うつし出だされていた。Aは事件じけん当日とうじつの午前ごぜん9時じ30分ふん頃ごろにタクシーに乗のり込こみ、空港くうこうを去さった。

2月がつ19日にち、マレーシア警察けいさつは暗殺あんさつ事件じけんの容疑ようぎ者しゃとして国外こくがいにいる4人にんの北朝鮮きたちょうせん人じん男性だんせいを指名しめい手配てはいした。4人にんはそれぞれ33歳さい、34歳さい、55歳さい、57歳さいであり、全員ぜんいんが事件じけん当日とうじつにマレーシアを出国しゅっこくしていた。4人にんの身柄みがらを確保かくほするため、マレーシア警察けいさつは国際こくさい刑事けいじ警察けいさつ機構きこう（インターポール）をはじめとする外部がいぶ機関きかんの協力きょうりょくを要請ようせいした。匿名とくめいの情報じょうほう筋すじによれば、4人にんの容疑ようぎ者しゃはマレーシアを出国しゅっこく後ごジャカルタ、ドバイ、ウラジオストクなどを経由けいゆして平壌ぴょんやんに帰還きかんした。4人にんのほかにも、マレーシア警察けいさつは国内こくないにいる3人にんの北朝鮮きたちょうせん人じん男性だんせい（高麗こうらい航空こうくうの従業じゅうぎょう員いん、北朝鮮きたちょうせん大使館たいしかんの二に等とう書記官しょきかんを含ふくむ）の行方ゆくえを追おっていた。3人にんはマレーシアの北朝鮮きたちょうせん大使館たいしかんに逃にげ込こんだが、最終さいしゅう的てきに嫌疑けんぎが晴はれたとして平壌ぴょんやんに帰還きかんすることを許ゆるされた。

2月がつ22日にち、マレーシア警察けいさつ長官ちょうかんカリド・アブバカルは金正男キムジョンナムの殺害さつがいが「計画けいかく的てきな行動こうどう」であって、逮捕たいほされた2人ふたりの女性じょせいは暗殺あんさつを実行じっこうするために訓練くんれんされており、クアラルンプールの各所かくしょで繰くり返かえしリハーサルを行おこなっていたと述のべた。アブバカルはさらに、2人ふたりは毒どく劇げき物ぶつを取とり扱あつかっていることを知しっていたように見みえると主張しゅちょうした。2月23日にち、北朝鮮きたちょうせん政府せいふは事件じけんへの関与かんよを否定ひていする声明せいめいを出だし、マレーシア当局とうきょくは韓国かんこくと共謀きょうぼうして「証拠しょうこを捏造ねつぞう」していると非難ひなんした上うえで、勾留こうりゅうされているAとBおよび北朝鮮きたちょうせん人じんの男性だんせいを解放かいほうするよう要求ようきゅうした。北朝鮮きたちょうせん当局とうきょく者しゃは死亡しぼうした自国じこくの男性だんせいが金正男キムジョンナムであることを認みとめず、男性だんせいの死因しいんも毒物どくぶつではなく心臓しんぞう発作ほっさである可能かのう性せいが高たかいと述のべた

2月がつ28日にち　AとBは殺人さつじん罪ざいで起訴きそされ、有罪ゆうざいとなった場合ばあいマレーシアの法律ほうりつ上じょう自動的じどうてきに死刑しけいが適用てきようされることとなった。3月3日にち、マレーシア当局とうきょくにより逮捕たいほ勾留こうりゅうされていた北朝鮮きたちょうせん人じんの46歳さい男性だんせいが証拠しょうこ不十分ふじゅうぶんで釈放しゃくほうされ、国外こくがい退去たいきょ処分しょぶんとなった。釈放しゃくほう後ご、男性だんせいはメディアに対たいし、マレーシア警察けいさつから罪つみを認みとめなければ家族かぞくに危害きがいを与あたえると脅迫きょうはくされたと主張しゅちょうした上うえで、自分じぶんが逮捕たいほされたのは「陰謀いんぼう」の一部いちぶであると述のべた。他方たほう、マレーシア警察けいさつは男性だんせいによる主張しゅちょうを断固だんことして否定ひていした。3月16日にち、インターポールは平壌ぴょんやんに逃亡とうぼうした4人にんの北朝鮮きたちょうせん人じんを国際こくさい指名しめい手配てはいしたが、北朝鮮きたちょうせん高官こうかんの話はなしによれば、4人にんは帰国きこく後ご情報じょうほう漏洩ろうえいを防ふせぐため直ただちに金きむ正ただし恩おんの命令めいれいで抹殺まっさつされたという。

マレーシア警察けいさつの捜査そうさ員いんによれば、金正男キムジョンナムは暗殺あんさつの6カ月かげつ前まえ、日本人にっぽんじんの友人ゆうじんに対たいして「私わたしの命いのちが狙ねらわれている」と話はなしていた。複数ふくすうの専門せんもん家かが、金正男キムジョンナムの暗殺あんさつは異母弟いぼていである北朝鮮きたちょうせんの最高さいこう指導しどう者しゃ金きむ正ただし恩おんが指令しれいしたものである可能かのう性せいが高たかいと指摘してきしている。

検死けんし

2017年ねん2月がつ15日にち、クアラルンプール病院びょういんの遺体いたい安置あんち所しょで金正男キムジョンナムの検死けんし（解剖かいぼう）が実施じっしされた。検死けんし当日とうじつ、病院びょういんには数すう人にんの北朝鮮きたちょうせん政府せいふ関係かんけい者しゃが訪おとずれており、金正男キムジョンナムの遺体いたいにそのような措置そちを行おこなわれることに反対はんたいしていた。マレーシア当局とうきょくはのちにコメントを出だし、解剖かいぼうが実行じっこうに移うつされたのは北朝鮮きたちょうせん側がわが正式せいしきな異議いぎ申もうし立たてを怠おこたった結果けっかであると述のべた。検死けんしを担当たんとうした病理びょうり医いは、金正男キムジョンナムの肺はい、脳のう、肝臓かんぞうおよび脾臓ひぞうが毒物どくぶつによるダメージを受うけていたと証言しょうげんした。また別べつの病理びょうり医いは、金正男キムジョンナムの尿にょうから毒物どくぶつの痕跡こんせきが検出けんしゅつされたと証言しょうげんしたほか、血ち中ちゅうコリンエステラーゼ濃度のうどの低ひくさは神経しんけい剤ざいもしくは殺虫さっちゅう剤ざいに被曝ひばくしたことを示唆しさしていると述のべた。マレーシア警察けいさつは2017年ねん2月がつ24日にち、解剖かいぼう後ごに行おこなわれた検査けんさの結果けっか、金正男キムジョンナムの顔面がんめん部ぶから猛毒もうどくの神経しんけい剤ざい「VX」が検出けんしゅつされたと発表はっぴょうした。

専門せんもん家かによれば、VXはバイナリー兵器へいきとして用もちいられる場合ばあいがあり、金正男キムジョンナムは2人ふたりの攻撃こうげき者しゃからVXの前駆ぜんく体たいとなる2種類しゅるい以上いじょうの化学かがく物質ぶっしつを塗ぬりつけられた可能かのう性せいがある。バイナリー兵器へいきによる暗殺あんさつでは、攻撃こうげき者しゃ自身じしんが毒物どくぶつによって死亡しぼうすることを避さけることができる上うえに、前駆ぜんく体たいとなる化学かがく物質ぶっしつを別々べつべつにマレーシアに持もち込こむことで、当局とうきょくが毒物どくぶつの持もち込こみを発見はっけんしにくくなるという利点りてんがあることが指摘してきされている。一方いっぽうで、容疑ようぎ者しゃの１人にんであるBは攻撃こうげき実行じっこう後ごにタクシーの中なかで嘔吐おうとしたこと、その後ごも気分きぶんが悪わるい状態じょうたいが続つづいたことを報告ほうこくしている。

2017年ねん3月がつ10日とおか、マレーシア警察けいさつによる検死けんしの手続てつづきが完了かんりょうし、長男ちょうなんの金きむ漢かん率りつから提供ていきょうされたDNAサンプルによる検査けんさの結果けっか、遺体いたいは金正男キムジョンナムのものであると正式せいしきに確認かくにんされた。その後ご、金正男キムジョンナムの遺体いたいはマレーシア保健ほけん省しょうに引ひき渡わたされた。マレーシア保健ほけん省しょうは、遺体いたいを2–3週間しゅうかん保存ほぞんするためにエンバーミングを行おこなった上うえで、その間あいだ金正男キムジョンナムの遺族いぞくに遺体いたいを引ひき取とる猶予ゆうよを与あたえると発表はっぴょうしたが、遺族いぞくは引ひき取とりを断ことわり、マレーシア当局とうきょくに遺体いたいの処遇しょぐうを委ゆだねた。最終さいしゅう的てきに、金正男キムジョンナムの遺体いたいは3月がつ31日にちに北朝鮮きたちょうせんの首都しゅと平壌ぴょんやんに空輸くうゆされることとなったが、息子むすこの金きむ漢かん率りつは北朝鮮きたちょうせん側がわへの引ひき渡わたしに反対はんたいしていた。金正男キムジョンナムが死亡しぼう時じに着用ちゃくようしていたブレザーとバックパック、腕時計うでどけいは分析ぶんせきのためマレーシア警察けいさつの化学かがく部門ぶもんに送おくられていたが、その後ご北朝鮮きたちょうせん大使館たいしかん関係かんけい者しゃに引ひき渡わたされた。

裁判さいばん

2017年ねん10月がつ2日にち、暗殺あんさつの実行じっこう犯はんとして殺人さつじん罪ざいで起訴きそされたAとBの初はつ公判こうはんがシャー・アラムのマレーシア高等こうとう裁判所さいばんしょで始はじまった。両りょう被告ひこくは共ともに無罪むざいを主張しゅちょうし、北朝鮮きたちょうせんの工作こうさく員いんらに「テレビ番組ばんぐみのためのいたずら」であると騙だまされて一連いちれんの行為こういに及およんだと主張しゅちょうした。

この初はつ公判こうはんにおいて、マレーシア政府せいふの化学かがく者しゃは、Aの爪つめや白しろい上着うわぎ、Bの袖そでなしTてぃーシャツなどから暗殺あんさつで使用しようされたとみられる神経しんけい剤ざい「VX」の痕跡こんせきが検出けんしゅつされたと証言しょうげんした。この証言しょうげんは2人ふたりの被告ひこくとVXを結むすびつける最初さいしょの証拠しょうことなった。別べつの病理びょうり学者がくしゃは金正男キムジョンナムが死亡しぼうした唯一ゆいいつの原因げんいんはVXであったと証言しょうげんしたほか、検死けんし報告ほうこく書しょによれば、金正男キムジョンナムの遺体いたいからは糖尿とうにょう病びょう、高血圧こうけつあつ、痛風つうふうなどを治療ちりょうするための6種類しゅるいの薬くすりの痕跡こんせきが検出けんしゅつされた一方いっぽうで、北朝鮮きたちょうせん政府せいふが死因しいんとして主張しゅちょうしていた心臓しんぞう発作ほっさを示しめす証拠しょうこや兆候ちょうこうは見みられなかったと指摘してきした。毒物どくぶつの専門せんもん家かは、金正男キムジョンナムのバッグからVXを含ふくむ神経しんけい剤ざいの解毒げどく剤ざいとして用もちいられるアトロピンの小瓶こびんが複数ふくすう発見はっけんされていたと証言しょうげんした。

2018年ねん1月がつ31日にち、マレーシア当局とうきょくの捜査そうさ員いんが証言しょうげんし、Bは事件じけんの数すう週間しゅうかん前まえ、クアラルンプール市内しないのショッピングモールで日本人にっぽんじんと偽いつわった北朝鮮きたちょうせん人じんによってスカウトされ、日本にっぽんのお笑わらい番組ばんぐみに出演しゅつえんするものと信しんじていたと述のべた。3月14日にち、Aの弁護士べんごしは、Aの友人ゆうじんであるバー経営けいえい者しゃのベトナム人じん女性じょせいの供述きょうじゅつ調書ちょうしょを読よみ上あげた。供述きょうじゅつ調書ちょうしょの中なかで、バー経営けいえい者しゃの女性じょせいはAが「李り (Li)」と名乗なのる男おとこによってスカウトされた経緯けいいを語かたっており、2016年ねん12月27日にちに自分じぶんと夫おっとがハノイで経営けいえいするバーに李りが訪おとずれ、女優じょゆうとしての仕事しごとを依頼いらいしてきたが断ことわったこと、李りから他たの女性じょせいを紹介しょうかいするよう頼たのまれ、友人ゆうじんであるAと引ひき合あわせたこと、李りがバーにやってきたAに対たいし、空港くうこうでのいたずら動画どうがの撮影さつえいについて説明せつめいしていたことなどを証言しょうげんしていた。

A・B両りょう被告ひこくの弁護士べんごしらは、2人ふたりは毒物どくぶつを取とり扱あつかっていたことを知しらされておらず、逮捕たいほされていない4人にんの北朝鮮きたちょうせん人じん容疑ようぎ者しゃのスケープゴートに仕立したてて上あげられているのだと主張しゅちょうした。3月20日にちから始はじまった公判こうはんで、Aの弁護士べんごしは事件じけんの約やく10日にち前まえである2017年ねん2月がつ2日にちにベトナムのノイバイ国際こくさい空港くうこうで撮影さつえいされた監視かんしカメラ映像えいぞうを上映じょうえいした。映像えいぞうの中なかで、Aはベトナム政府せいふ関係かんけい者しゃの男性だんせいに後うしろから近ちかづき、男性だんせいの首くびに突然とつぜん掴つかみかかるという「いたずら」を仕掛しかけていた。

2018年ねん6月がつ27日にち、裁判さいばんの最終さいしゅう陳述ちんじゅつが開始かいしされた。8月16日にち、マレーシア高等こうとう裁判所さいばんしょは審理しんりの継続けいぞくを決定けっていし、裁判さいばんは2018年ねん11月から再開さいかいされることとなった。この決定けっていにあたって高等こうとう裁判所さいばんしょの判事はんじは、証拠しょうこは不足ふそくしているものの事件じけんが政治せいじ的てきな暗殺あんさつである可能かのう性せいは排除はいじょできないとしたほか、監視かんしカメラの映像えいぞうは両りょう被告ひこくが毒物どくぶつの取とり扱あつかいを認識にんしきしていたことを示しめしており、「テレビ番組ばんぐみのためのいたずら」という説明せつめいは不自然ふしぜんであるとの見解けんかいを述のべた。

インドネシア政府せいふがマレーシアの司法しほう長官ちょうかん宛あてに送付そうふしたBの釈放しゃくほうを要請ようせいする書簡しょかん

殺人さつじん罪ざいの起訴きそ取とり下さげ

2019年ねん3月がつ、Bの起訴きそが取とり下さげられ、Bは釈放しゃくほうされた。この釈放しゃくほうは、インドネシア政府せいふからのBの釈放しゃくほう要請ようせいに、マレーシアの司法しほう当局とうきょくが応おうじた結果けっかであったことがメディアによって報道ほうどうされ、のちにマレーシアの司法しほう長官ちょうかんもその事実じじつを認みとめた。Bの起訴きそが取とり下さげられたことを受うけ、ベトナム政府せいふはAにも同様どうようの措置そちを取とることをマレーシア政府せいふに要請ようせいしたが、マレーシアの検察けんさつ当局とうきょくはこの要請ようせいを却下きゃっかし、Aの裁判さいばんを2019年ねん4月がつから再開さいかいすると発表はっぴょうした。

要請ようせいが却下きゃっかされたことを受うけ、ベトナム外務省がいむしょうはマレーシアの検察けんさつによる決定けっていへの遺憾いかんの意いを表明ひょうめいし、公正こうせいな裁判さいばんが行おこなわれることを要求ようきゅうした。東南とうなんアジア情勢じょうせいの専門せんもん家かは、マレーシア司法しほう当局とうきょくによる差別さべつ的てきな決定けっていがマレーシア・ベトナム両国りょうこく間あいだの外交がいこう関係かんけい悪化あっかを引ひき起おこす恐おそれがあると指摘してきした。

2019年ねん4月がつ1日にち、Aの訴因そいんが殺人さつじん罪ざいから、より軽かるい「危険きけんな武器ぶきや手段しゅだんによって故意こいに傷害しょうがいを負おわせた罪つみ」に変更へんこうされ、Aは変更へんこうされた罪つみを認みとめた。Aは3年ねん4カ月かげつの禁錮きんこ刑けいをい渡いわたされたが、刑期けいきは2017年ねん2月がつの逮捕たいほ時じから計算けいさんされ、刑期けいきの減免げんめんも受うけたため、2019年ねん5月がつ3日にちに釈放しゃくほうされた。

なお、元々もともとマレーシア自体じたいにおいて死刑しけい廃止はいし運動うんどうは根強ねづよく、海外かいがいからはアムネスティ・インターナショナルからの死刑しけい廃止はいしの働はたらきかけも強つよかったが、この事件じけんでA･B両りょう被告ひこくが殺人さつじん罪ざいで起訴きそされたことにより、マレーシアでは、イスラム法ほうが適用てきようされるムスリム（イスラム教徒きょうと）はもちろん非ひムスリムであっても、英えい連邦れんぽうから独立どくりつした1950年代ねんだいのイギリスのコモンローのまま、殺人さつじんで有罪ゆうざいになればいかなる情状じょうじょうもなく死刑しけい判決はんけつが必至ひっしであることがあらためて世界中せかいじゅうにマスコミ報道ほうどうされ、広ひろく知しられることになった。そのことが影響えいきょうしたのか関係かんけい性せいは不明ふめいであるが、2018年ねん7月がつマレーシア政府せいふは死刑しけいの執行しっこうを停止ていしすると宣言せんげん、さらに10月がつ死刑しけい廃止はいしの方向ほうこうに進すすむことをマハティール内閣ないかくは正式せいしきに決定けっていした。

元もと被告ひこくBの発言はつげん録ろく

2019年ねん12月13日にち、朝日新聞あさひしんぶんは捜査そうさ関係かんけい者しゃから入手にゅうしゅしたとする元もと被告ひこく「B」の発言はつげん録ろくを公開こうかいした。発言はつげん録ろくは、逮捕たいほ後ごのBが拘置こうち所しょでの3日間にちかんの面談めんだんでインドネシアの外交がいこう官かんや弁護士べんごしに話はなしたもので、内容ないようは以下いかの通とおりである。

Bは事件じけんの6週間しゅうかん前まえの2017年ねん1月がつ5日にち、クアラルンプールのナイトクラブで主おもに日本人にっぽんじん客きゃくの相手あいてをしていた際さいに、自称じしょう日本人にっぽんじんカメラマンの男おとこ「ジェームス」から声こえをかけられ、「日本にっぽんで放送ほうそうされるいたずら番組ばんぐみ」への出演しゅつえんを持もちかけられる。出演しゅつえん料りょうは400リンギットであり、本業ほんぎょうのマッサージの4日にち分ぶんの稼かせぎであった。翌日よくじつからクアラルンプールの商業しょうぎょう施設しせつで撮影さつえい訓練くんれんが始はじめられ、手本てほんにベトナム女性じょせいが通行人つうこうにんにローションを塗ぬる「いたずら」を見みせられ、出演しゅつえん者しゃは自分じぶんだけではないと信しんじ込こまされた。Bも同様どうようにそれを真似まねて演技えんぎをし、400リンギットを受うけ取とる。撮影さつえい訓練くんれんは5日間にちかん続つづけられ、呑のみ込こみが早はやかったため出演しゅつえん料りょうが600リンギットに上あげられた。Bはまた、スカウトマンのジェームスを異性いせいとして意識いしきしており、携帯けいたい電話でんわにはジェームスの動画どうがを保存ほぞんしていた。1月21日にちにはカンボジアのプノンペン空港くうこうに移動いどうし1時じ間あいだで3回かいの撮影さつえいをこなした。その時ときからカメラマンはジェームスの同僚どうりょうで自称じしょう中国人ちゅうごくじん「チャン」に引ひき継つがれたが、チャンはインドネシア語ごが堪能かんのうであったため、すぐに打うち解とけた。いたずらには、油あぶらやペッパーソースも使用しようされた。2月に入はいると、クアラルンプール国際こくさい空港くうこうで4回かいの撮影さつえいを重かさねた。出演しゅつえん料りょうはさらに上あがり、1日にち200ドルとなったほか、チャンからは25歳さいの誕生たんじょう日びに600ドルをプレゼントされた。

事件じけん当日とうじつは、Bはロビーのカフェで落おち合あい、手順てじゅんを打うち合あわせた。「いい演技えんぎをしてくれたら、また仕事しごとを回まわす」と言いわれ、いたずらの相手あいては怒いかりっぽいので、いたずらが終おわったら、すぐに空港くうこうを離はなれるよう指示しじされた。Bは相手あいてに殴なぐられたり警察けいさつを呼よばれるのではないかと心配しんぱいをしながらチャンと自動じどうチェックイン機きの近ちかくで待まち伏ぶせた。20分ふん後ごに金正男キムジョンナムが現あらわれ、チャンが垂たらした「ベタベタしたオイル」を両手りょうてに馴染なじませると、正男まさおの顔かおに塗ぬりつけた。その際さい、正男まさおは「お前まえは誰だれだ!」と叫さけび、Bは「ごめんなさい」と謝あやまり、逃にげようとした際さいに、Bを見みつめる正男まさおの顔かおに誰だれか（A）の腕うでが伸のびてきた。Bは事前じぜんに打うち合あわせでもう一人ひとりの女性じょせいも参加さんかすると聞きかされており、その女性じょせいを無視むしして逃にげるようチャンから指示しじされていた。Bはトイレに駆かけ込こむと手てを洗あらった。手てに着ついたオイルは「車くるまの修理しゅうり工場こうじょうのような臭においがした」が、痛いたみは感かんじなかった。

Bはタクシーでホテルに戻もどると出演しゅつえん料りょうが未払みはらいであったため、チャンに電話でんわをしたが不通ふつうだった。その時ときにはチャンはすでに出国しゅっこくしていた。2月16日にち、Bはホテルの自室じしつにいるところを警察けいさつに逮捕たいほされたが、「いたずら番組ばんぐみの撮影さつえいだと思おもっていた」「相手あいてが死しんだことも知しらなかった」と容疑ようぎを否認ひにんした。

取材しゅざいした文献ぶんけん

• 『なぜ金正男キムジョンナムは暗殺あんさつされたのか　自滅じめつに向むかう独裁どくさい国家こっか』西脇にしわき真一しんいち／平野ひらの光芳みつよし、毎日新聞まいにちしんぶん出版しゅっぱん、2017年ねん10月がつ
• 『追跡ついせき 金正男キムジョンナム暗殺あんさつ』乗じょう京きょう真知まち／朝日新聞あさひしんぶん取材しゅざい班はん、岩波書店いわなみしょてん、2020年ねん1月がつ

事件じけんを題材だいざいとした映画えいが

• 『わたしは金正男キムジョンナムを殺ころしてない』 ライアン・ホワイト監督かんとく 2021年ねん アメリカ映画えいが

関連かんれん項目こうもく

• 金正男キムジョンナム
• 金きむ正ただし恩おん
• 五味ごみ洋治ようじ
• 暗殺あんさつ事件じけんの一覧いちらん

外部がいぶリンク

• 金正男キムジョンナム暗殺あんさつを追おう（朝日新聞あさひしんぶん）
• 『追跡ついせき 金正男キムジョンナム暗殺あんさつ』(岩波書店いわなみしょてん)