阿おもねQ正伝せいでん

阿おもねQ正伝せいでん 阿おもねQ正傳せいでん
作者さくしゃ	魯迅ろじん
国くに	中華民国ちゅうかみんこく
言語げんご	白話はくわ（中国ちゅうごく語ご）
ジャンル	中編ちゅうへん小説しょうせつ
発表はっぴょう形態けいたい	新聞しんぶん連載れんさい
初出しょしゅつ情報じょうほう
初出しょしゅつ	新聞しんぶん『晨報』週刊しゅうかん付録ふろく 1921年ねん12月4日にち - 1922年ねん2月がつ12日にち
刊本かんぽん情報じょうほう
収録しゅうろく	短たん編集へんしゅう『吶喊とっかん』
出版しゅっぱん元もと	北京ぺきん新潮社しんちょうしゃ
出版しゅっぱん年月日ねんがっぴ	1923年ねん
日本語にほんご訳やく
訳者やくしゃ	井上いのうえ紅梅こうばい、竹内たけうち好よしみ、藤井ふじい省三しょうぞうほか
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阿おもねQ正伝せいでん
各種かくしゅ表記ひょうき
繁体字はんたいじ：	阿おもねQ正傳せいでん
簡体字かんたいじ：	阿おもねQ正せい传
拼音：	Ā Q Zhèngzhuàn
発音はつおん：	アーキューヂォンヂュァン
日本語にほんご読よみ：	あきゅうせいでん
英文えいぶん：	The True Story of Ah Q

『阿おもねQ正伝せいでん』（あきゅうせいでん、アキューセイデン、中国ちゅうごく語ご: 阿おもねQ正傳せいでん）は、中国ちゅうごくの作家さっか魯迅ろじんの小説しょうせつ。1921年ねん12月4日にちから1922年ねん2月がつ12日にちにかけて新聞しんぶん『晨報』の週刊しゅうかん付録ふろくに一いち章しょうずつ発表はっぴょうされたもので、魯迅ろじん唯一ゆいいつの中編ちゅうへん小説しょうせつである。

評価ひょうか

阿おもねQという近代きんだい中国ちゅうごくの一いち庶民しょみんを主人公しゅじんこうとした、他たに例れいを見みない物語ものがたりとして注目ちゅうもくを集あつめた。

主人公しゅじんこうは、観念かんねん操作そうさで失敗しっぱいを成功せいこうにすりかえる「精神せいしん勝利しょうり法ほう」、面従腹背めんじゅうふくはい、卑屈ひくつと傲慢ごうまんの二に面めん性せいなど、封建ほうけん植民しょくみん地ち社会しゃかい内ないにおける奴隷どれい性格せいかくの典型てんけいといえる人物じんぶつで、その後ご「阿おもねQ精神せいしん」は、このような性格せいかくの代名詞だいめいしともなった。特とくにこの作品さくひんを気きに入いった毛沢東もうたくとうが談話だんわでしばしば引ひき合あいに出だしたため、魯迅ろじんの名声めいせいが高たかまった。後のちに中国ちゅうごくの高校こうこう教科書きょうかしょに採用さいようされ、中国ちゅうごく国民こくみんの多おおくが知しっている小説しょうせつである。また外国がいこく向むけにも翻訳ほんやくされている。

あらすじ

時代じだいが清きよしから中華民国ちゅうかみんこくへ変かわろうとする辛からし亥い革命かくめいの時期じき、中国ちゅうごくのある小ちいさな村むらに、本名ほんみょうすらはっきりしない、村むらの半端はんぱ仕事しごとをしてはその日ひ暮くらしをする日雇ひやといの阿おもねQという男おとこがいた。

彼かれは、働はたらき者ものとの評判ひょうばんこそ持もってはいたが、家いえも金かねも女おんなもなく、字じも読よめず容姿ようしも不細工ぶさいくなどと閑人ひまじんたちに馬鹿ばかにされる、村むらの最さい下層かそうの立場たちばにあった。そして内面ないめんでは、「精神せいしん勝利しょうり法ほう」と自称じしょうする独自どくじの思考しこう法ほうを頼たよりに、閑人ひまじんたちに罵ののしられたり、日雇ひやとい仲間なかまとの喧嘩けんかに負まけても、結果けっかを心しんの中なかで都合つごうよく取とり替かえて自分じぶんの勝利しょうりと思おもい込こむことで、人一倍ひといちばい高たかいプライドを守まもる日々ひびを送おくっていた。

ある日ひ、阿おもねQは村むらの金持かねもちである趙ちょう家かの女中じょちゅうに劣情れつじょうを催もよおし、い寄いよろうとして逃にげられた上うえに趙ちょうの旦那だんなの怒いかりを買かって村八分むらはちぶになり、仕事しごとにもあぶれてしまう。食くうに困こまって盗ぬすみを働はたらき、逃亡とうぼう同然どうぜんの生活せいかつを続つづけるうちに、革命かくめい党とうが近ちかくの町まちにやってきた事ことを耳みみにした彼かれは、意味いみもわからぬまま「革命かくめい」に便乗びんじょうして騒さわいだ結果けっか、革命かくめい派はの趙ちょう家か略奪りゃくだつに関与かんよした無実むじつの容疑ようぎで逮捕たいほされる。

無知むちゆえに筋道すじみちたてた弁明べんめいも出来できず、阿おもねQは流ながされるままに刑場けいじょうに引ひき出だされ、あっけなく銃殺じゅうさつされてしまう。集あつまった見物人けんぶつにんたちは、銃殺じゅうさつは斬首ざんしゅより見栄みばえがしないなど、不満ふまんを述のべたてるのだった。

背景はいけい

魯迅ろじんは日本にっぽんに留学りゅうがくし、仙台せんだい医学いがく専門せんもん学校がっこう（現げん東北大学とうほくだいがく医学部いがくぶ）で解剖かいぼう学がくを学まなんでいた。ある日ひ、教室きょうしつで日にち露ろ戦争せんそうの記録きろく映画えいがが上映じょうえいされる。その中なかにロシア側がわのスパイ容疑ようぎで日本にっぽん軍ぐんに捕つかまった中国人ちゅうごくじんが銃殺じゅうさつされるシーンがあり、刑場けいじょうの周囲しゅういで同胞どうほうの銃殺じゅうさつに喝采かっさいする中国ちゅうごく人民じんみんの無自覚むじかくな姿すがたに、魯迅ろじんは衝撃しょうげきを受うけた。この体験たいけんや心境しんきょうの変化へんかは、魯迅ろじんの小説しょうせつ『藤野ふじの先生せんせい』に描写びょうしゃされている。

あのことがあって以来いらい、私わたしは、医学いがくなどは肝要かんようでない、と考かんがえるようになった。愚ぐ弱じゃくな国民こくみんは、たとい体格たいかくがよく、どんなに頑強がんきょうであっても、せいぜいくだらぬ見みせしめの材料ざいりょうと、その見物人けんぶつにんとなるだけだ。病気びょうきしたり死しんだりする人間にんげんがたとい多おおかろうと、そんなことは不幸ふこうとまではいえぬのだ。むしろわれわれの最初さいしょに果はたすべき任務にんむは、かれらの精神せいしんを改造かいぞうすることだ。そして、精神せいしんの改造かいぞうに役立やくだつものといえば、当時とうじの私わたしの考かんがえでは、むろん文芸ぶんげいが第だい一いちだった。そこで文芸ぶんげい運動うんどうをおこす気きになった。（竹内たけうち好よしみ訳やく『阿おもねQ正伝せいでん・狂人きょうじん日記にっき』（1955年ねん）岩波いわなみ文庫ぶんこ）

これを契機けいきに魯迅ろじんの関心かんしんは医学いがくから中国ちゅうごくの社会しゃかい改革かいかくと革命かくめいに転てんじ、文筆ぶんぴつを通つうじ中国ちゅうごく人民じんみんの精神せいしんを啓発けいはつする道みちに入はいった。魯迅ろじんは本ほん作さくで、無知むち蒙昧もうまいな愚民ぐみんの典型てんけいである架空かくうの一いち庶民しょみんを主人公しゅじんこうにし、権威けんいには無抵抗むていこうな一方いっぽうで自分じぶんより弱よわい者ものはいじめ、現実げんじつの惨みじめさを口先くちさきで糊塗ことし思考しこうで逆転ぎゃくてんさせる彼かれの卑屈ひくつで滑稽こっけいな人物じんぶつ像ぞうを描えがき出だし、中国ちゅうごく社会しゃかいの最大さいだいの病理びょうりであった、人民じんみんの無知むちと無自覚むじかくを痛烈つうれつに告発こくはつした。物語ものがたりの最後さいごで、まったくの無実むじつの罪つみで処刑しょけいされる阿おもねQ、その死しにざまの見栄みばえのなさに不平ふへいを述のべる観衆かんしゅうたちの記述きじゅつは、同胞どうほうの死刑しけいに喝采かっさいする中国人ちゅうごくじん同胞どうほうの姿すがたにショックを受うけた作者さくしゃの体験たいけんを反映はんえいする。

阿おもねQの意味いみ

「阿おもねQ」は便宜べんぎ的てきな名なとして作者さくしゃが設定せっていした仮名かめいである。「阿おもね」は姓せいの前まえにつく接頭せっとう辞じで親したしみの表現ひょうげんであり「～ちゃん」といった意味いみとなる（呉下ごかの阿おもね蒙こうむ）。年上としうえに対たいする呼よびかけでもあり、中国ちゅうごく南部なんぶ（魯迅ろじんの出身しゅっしん地ちの浙江せっこう省しょうを含ふくむ）では現在げんざいでも使つかわれている単語たんごである（中世ちゅうせいから近代きんだいにかけての日本にっぽんで女性じょせい名めいの多おおくが「お」に仮名かめい2文字もじだったのと同おなじで、この「お」に相当そうとうする）。

「敬称けいしょう#アジアの言語げんご」も参照さんしょう

「Q」という漢字かんじ文化ぶんか圏けんではあり得えない名前なまえについては、阿おもねQは人々ひとびとから「阿おもねQuei（アークェイ/あくい）」と呼よばれていたが、Queiの部分ぶぶんの漢字かんじ表記ひょうきがどうしても判明はんめいせず、また注ちゅう音符おんぷ号ごう（注ちゅう音字おんじ母はは）では一般いっぱんに判わかるまいとして、やむを得えずロろーマ字まじを略りゃくした名前なまえを用もちいる、と設定せっていしている。

従したがって、『阿おもねQ正伝せいでん』は「Qちゃんの伝記でんき」といった意味いみになる。

参考さんこう文献ぶんけん

• 竹内たけうち好よしみ訳わけ『阿おもねQ正伝せいでん・狂人きょうじん日記にっき』（岩波いわなみ文庫ぶんこ、1955年ねん、 のち改版かいはん ISBN 978-4-00-320252-4）。解説かいせつ竹内たけうち好よしみ「『吶喊とっかん』について」
• 川本かわもと栄三郎えいさぶろう「「阿Ｑあきゅー正伝せいでん」の物語ものがたり文法ぶんぽう」『Artes liberales』第だい45巻かん、岩手大学いわてだいがく人文じんぶん社会しゃかい科学かがく部ぶ、1989年ねん12月、1-15頁ぺーじ、CRID 1390572174618416256、doi:10.15113/00013607、ISSN 03854183、2023年ねん8月がつ30日にち閲覧えつらん。 

書誌しょし情報じょうほう

• 『阿おもねQ正伝せいでん』 井上いのうえ紅梅こうばい訳わけ、改造かいぞう社しゃ、1932年ねん11月。のち青空あおぞら文庫ぶんこ。
• 『阿おもねQ正伝せいでん』 増田ますだ渉わたる訳わけ、角川かどかわ文庫ぶんこ、1961年ねん3月がつ。ISBN 978-4-04-220401-5
• 『阿おもねQ正伝せいでん・故郷こきょう』 小田おだ岳夫たけお訳わけ、偕成社かいせいしゃ文庫ぶんこ、1990年ねん5月がつ。ISBN 978-4-03-850670-3
• 『阿おもねQ正伝せいでん・藤野ふじの先生せんせい』 駒田こまだ信二しんじ訳わけ、講談社こうだんしゃ文芸ぶんげい文庫ぶんこ、1998年ねん5月がつ。ISBN 978-4-06-197616-0
• 『故郷こきょう／阿おもねQ正伝せいでん』 藤井ふじい省三しょうぞう訳わけ、光文社こうぶんしゃ古典こてん新訳しんやく文庫ぶんこ、2009年ねん4月がつ。ISBN 978-4-334-75179-1

関連かんれん項目こうもく

• 辛からし亥い革命かくめい
• 防衛ぼうえい機き制せい
• 下層かそう階級かいきゅう
• ルサンチマン
• すっぱい葡萄ぶどう
• ポリアンナ症候群しょうこうぐん
• 弱者じゃくしゃ男性だんせい

外部がいぶリンク

• 『阿Ｑあきゅー正伝せいでん』：新字しんじ新しん仮名かめい - 青空あおぞら文庫ぶんこ（井上いのうえ紅梅こうばい訳わけ）