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鯨ひげ(くじらひげ、鯨鬚)とは、ヒゲクジラ亜目の動物の上顎部に見られる[1]、繊維が板状となった器官である。ひげ板とも言う。口腔内の皮膚がヒゲクジラ類で独自に変化したもので、髭や毛とは由来が異なる。濾過摂食のためのフィルターとしての役割を持つ。弾力性などに優れることから、プラスチックなどの普及以前には各種工業素材に利用され、捕鯨の重要な目的にもなった。
ヒゲクジラ類の上顎のうち、口蓋部の皮膚が変化した器官である。ヒゲクジラ類は濾過摂食を行う生物であり、鯨ひげはその際に用いるフィルターとして発達した。組成は皮膚の角質組織と同じケラチンからなる[1]。
上顎の左右に列をなし、それぞれ最大で300枚程度が生える。1枚の鯨ひげは、細長い三角形の板状の器官である[1]。長辺のうち一方に多数の毛が生えたようになっているが、これは鯨ひげの板状の組織の内部を構成する繊維が、先端の摩滅に伴って飛び出してくることで形成される。この繊維が互いに重なり合い、餌をこしとる、あるいはふるい分けるフィルターとして機能する。爪などと同じく一生伸長が続き、先端部の摩滅を補う。成長に伴い、板の部分の表面に一年ごとに皺が生じるので、鯨の年齢調査にも用いることができる。ただし、鯨ひげの先端が徐々に欠けてしまうため、若い鯨にしか有効でない。
なお、中世のヨーロッパでは、ヒゲクジラが口を大きく開くと鯨ひげが邪魔をして口を閉じることができなくなり、死んでしまうと考えられていた。
すべてのヒゲクジラ亜目に備わった器官であるが、種類によって餌生物が異なるのにあわせて、鯨ひげの形状も異なっている。カイアシ類のような小型のプランクトンを食べることが多いセミクジラ科のセミクジラやホッキョククジラは、2メートルを超える最も長い鯨ひげを持つ[1]。繊維は非常に細い。これに対して、プランクトンでもネクトンに近い性質のオキアミや稀に小魚を食べるナガスクジラ科のシロナガスクジラなどでは、鯨ひげ最大で1mとあまり長くなく[1]、繊維は太い傾向がある。特に、サンマなどの比較的大型の魚まで食べるニタリクジラやミンククジラなどは繊維が太く丈夫である。ヨコエビやナマコやカニなどのベントス(底生動物)を捕食するコククジラ科では、鯨ひげは短く硬い。
鯨ひげによる具体的な摂食方法は、大別すると「こしとり型」と「飲みこみ型」に分けられる。
こしとり型は、口を開けたまま獲物の群集した海域を泳ぎ、口の前面から入ってくる海水から餌生物を連続的にこしとる方法である。長い鯨ひげを持つセミクジラなどが行う。ナガスクジラ科でも、比較的長い鯨ひげを持つイワシクジラはこの方法も併用すると考えられる。
飲みこみ型は主にナガスクジラ科が行い、口を大きく開けて獲物の群れに向かって突進し大量の海水ごと口腔内に含む。そして口内に含んだ海水を鯨ひげの隙間から吐き出し、獲物だけを鯨ひげで口中に残す方法である。ザトウクジラが行う、集団で小魚を囲んで水面に追い込み、一斉にジャンプするように飲み込むバブルネットフィーディングは有名である。
ベントスを食べるコククジラは特殊で、海底の砂泥を口の側面から海水ごと吸い込み、鯨ひげでふるいにかけるようにこして残った餌生物を食べる。
蒸気で加熱すると柔らかくなり、加工しやすくなる[1]ほか、引っ張り強度があり、軽く、弾力性がある、手垢が付着しにくい[1]などの優れた性質があるため、エンバ板とも呼ばれ、古くから様々な製品の素材に用いられてきた。古い例としては、正倉院に鯨ひげ製の如意が宝物として収められている。特にセミクジラ科のものは、長くて非常に柔軟かつ弾力があることから重宝され、結果として乱獲の一因ともなった。その後、弾力のある金属線やプラスチックが普及したほか、捕鯨の制限で入手困難になった[1]ことから、現在では工芸的な用途を除いては需要は殆どない。
なお、特殊な用途として、日本では食用にも用いられた例がある。若いセミクジラのものを食用にしたほか、太平洋戦争中に代用醤油の原料として用いられた。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r “クジラと私たちのくらし ヒゲを使った製品”. くじらの博物館デジタルミュージアム (2017年). 2024年4月13日閲覧。
- ^ a b #高橋 鯨の利用図
- ^ #高橋P.64
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