カラマーゾフの兄弟きょうだい

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カラマーゾフの兄弟きょうだい
Братья Карамазовы
初版の扉頁
初版しょはんとびらぺーじ
作者さくしゃ フョードル・ドストエフスキー
くに ロシア帝国ていこく
言語げんご ロシア
ジャンル 長編ちょうへん小説しょうせつ
発表はっぴょう形態けいたい 雑誌ざっし連載れんさい
初出しょしゅつ情報じょうほう
初出しょしゅつ 『ロシア報知ほうち1879ねん1がつごう-12月ごう1880ねん1がつごう-11月ごう
刊本かんぽん情報じょうほう
出版しゅっぱん年月日ねんがっぴ 1880ねん
日本語にほんごやく
訳者やくしゃ 米川よねかわ正夫まさお
ウィキポータル 文学ぶんがく ポータル 書物しょもつ
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カラマーゾフの兄弟きょうだい』(カラマーゾフのきょうだい、: Братья Карамазовы)は、ロシアの文学ぶんがくしゃフョードル・ドストエフスキー最後さいご長編ちょうへん小説しょうせつ

概要がいよう[編集へんしゅう]

1879ねん文芸ぶんげい雑誌ざっしロシア報知ほうち英語えいごばん』(: Русскій Вѣстникъ)で連載れんさい開始かいしよく1880ねん単行本たんこうぼん出版しゅっぱんされた。『つみばっ』とならぶドストエフスキーの最高さいこう傑作けっさくとされ、後期こうきだい長編ちょうへん作品さくひんは『白痴はくち』、『悪霊あくりょう』、『未成年みせいねん』)の最終さいしゅうさくである。

複雑ふくざつな4構成こうせい(1 - 3へん、4 - 6へん、7 - 9へん、10 - 12へん)の長大ちょうだい作品さくひんであるが、序文じょぶんによれば、続編ぞくへんかんがえられていた。信仰しんこう国家こっか教会きょうかい貧困ひんこん児童じどう虐待ぎゃくたい父子ふし兄弟きょうだい異性いせい関係かんけいなどさまざまなテーマをふくんでおり、「思想しそう小説しょうせつ」「宗教しゅうきょう小説しょうせつ」「推理すいり小説しょうせつ」「裁判さいばん小説しょうせつ」「家庭かてい小説しょうせつ」「恋愛れんあい小説しょうせつ」としてもむことができる。

さん兄弟きょうだいじく親子おやこ兄弟きょうだい異性いせいなど複雑ふくざつ人間にんげん関係かんけいからなかで、父親ちちおやごろ嫌疑けんぎをかけられた刑事けいじ裁判さいばんについてさん兄弟きょうだい立場たちばうことが本筋ほんすじされているが、この本筋ほんすじからややはなれたサイドストーリーもおおまれている。かみろんしゃのイヴァンと修道しゅうどうそうのアリョーシャがかみ信仰しんこうをめぐって論争ろんそうしたさいに、イヴァンがアリョーシャにかたる「だい審問しんもんかんロシアばんドイツばん英語えいごばん」(ロシア: Великий инквизиторだい25へん5しょう)は、イヴァンのセリフ «Если Бога нет, все позволено»かみがいなければ、すべてがゆるされる) によって文学ぶんがくてきとく有名ゆうめい部分ぶぶんである。

この作品さくひんだいをとった映画えいが演劇えんげき数多かずおお製作せいさくされている。サマセット・モームは『世界せかいじゅうだい小説しょうせつ』のひとつにげている。

あらすじ[編集へんしゅう]

だい1(1 - 3へん[編集へんしゅう]

強欲ごうよくかつ好色こうしょくがり地主じぬしフョードル・カラマーゾフは、直情ちょくじょうてき長男ちょうなんのドミートリイとそりがわず、遺産いさん相続そうぞくや、グルーシェンカというおんなうばいで、いがみっていた。ある三男さんなん修道しゅうどうそうアレクセイの高僧こうそうゾシマの仲介ちゅうかいで、ばらばらにそだったカラマーゾフの兄弟きょうだい3にん一堂いちどうかいすこととなった。しかし、かおわせるや、フョードルとドミートリイはだい喧嘩けんかはじめ、物別ものわかれにわる。 ドミートリイは、ちちがグルーシェンカをものにしたらちちころすとい、実際じっさいフョードルをなぐったことがあったが、かれにはカチェリーナという婚約こんやくしゃがいた。ドミートリイは、カチェリーナにたいし、「きみ真剣しんけんあいしている次男じなんのイヴァンのほうがきみにふさわしい」との伝言でんごんを、末弟ばっていのアレクセイにたのむ。アレクセイがそれをつたえにカチェリーナのもとくと、そこにはグルーシェンカがていた。グルーシェンカはカチェリーナに、ドミートリイとは結婚けっこんしないとっておきながら、ドミートリイの伝言でんごんくとカチェリーナをあざわらったため、おんなにん対立たいりつすることとなる。

だい2(4 - 6へん[編集へんしゅう]

カチェリーナはイヴァンと接近せっきんしつつあったが、ドミートリイをまだあいしているのか、酒場さかばでドミートリイに乱暴らんぼうをされたスネギリョフなるおとこがそのことでうったえないようスネリギョフに見舞みまいきんおくることをアレクセイにたのむ。スネギリョフの息子むすこイリューシャは、父親ちちおや侮辱ぶじょくしたドミートリイをにくんでいたため、級友きゅうゆうたちとの喧嘩けんかめようとしたアレクセイにいしをぶつけた少年しょうねんだった。スネギリョフもこれをもらったら息子むすこけるかおがないと見舞みまいきんみつけにする。 ゾシマの容態ようだい悪化あっかし、凶兆きょうちょうかんじるアレクセイは、今度こんどはイヴァンからかみろん持説じせつかされる。しいたげられている子供こどもたちのためにかみなにかしているか? つづく「だい審問しんもんかん」なる創作そうさく物語ものがたりは、イエスおもわせる人物じんぶつが、異端いたん審問しんもんかんから「おまえこそ異端いたんだ」と火刑かけいにされかけるというもので、アレクセイはイヴァンの神経しんけい心配しんぱいする。事実じじつイヴァンは、フョードルの私生児しせいじうわさされているカラマーゾフ料理人りょうりにんスメルジャコフの「フョードルが再婚さいこんしたら財産ざいさん後妻ごさいくからフョードルはころされていい」というささやきを肯定こうていする気持きもちがあり動揺どうようしていた。そんなよる、スメルジャコフがてんかん発作ほっさたおれ、ドミートリイ来襲らいしゅう監視かんしやくうしなったフョードルは不安ふあんおちいっていた。

だい3(7 - 9へん[編集へんしゅう]

高僧こうそうゾシマは、ドミートリイにかつてひざまずいた理由りゆうであるところの自分じぶん経験けいけんだんかたったのちにすが、その死体したいはげしい腐臭ふしゅうのため、還俗げんぞくしたアレクセイもかみへの疑念ぎねんいだきだす。 ドミートリイはカチェリーナとえんるため、カチェリーナにかえかね工面くめんしようと奔走ほんそうするもたせず、ちちかねぬすもうとカラマーゾフしのむ。しかし使用人しようにんのグリゴーリにつかり逃走とうそうつぎにはグルーシェンカがむかし愛人あいじんっているとって、その現場げんば急行きゅうこうする。そこで恋敵こいがたきはらい、グルーシェンカからついにあい告白こくはくけるが、その直後ちょくご警察けいさつ逮捕たいほされる。容疑ようぎちちフョードルごろし。証言しょうげんはドミートリイに不利ふりなものばかりであった。

だい4(10 - 12へん[編集へんしゅう]

病床びょうしょう少年しょうねんイリューシャを、アレクセイの尽力じんりょく仲直なかなおりした級友きゅうゆうたちが見舞みまいにる。イリューシャもそのちちスネギリョフも素直すなお歓迎かんげいする。ただアレクセイは、イヴァンのかみろんにもかんがえをくちにするリーダーかく少年しょうねんコーリャの将来しょうらい心配しんぱいになる。

犯人はんにんをドミートリイとするイヴァンは、犯人はんにんをスメルジャコフとるアレクセイと絶交ぜっこうしてしまうが、イヴァンは不安ふあんになってスメルジャコフをただす。スメルジャコフは犯行はんこう自白じはくするが、殺人さつじん許可きょかしたのはイヴァンだとう。おこったイヴァンは明日あした裁判さいばん真実しんじつえとうが、その直後ちょくご自室じしつ悪魔あくまあらわれ、かえるとアレクセイがスメルジャコフの自殺じさつげた。

注目ちゅうもく裁判さいばん関係かんけいしゃ次々つぎつぎ証言しょうげんしていくなか裁判さいばんはドミートリイに有利ゆうりかたむいていくかにえだすが、最後さいごにイヴァンが事件じけん当日とうじつぬすまれたかねしめして、犯人はんにんはスメルジャコフであり、それをそそのかしたのは自分じぶんであるとわめきだすと、カチェリーナが一転いってんちちころすといたドミートリイの手紙てがみしめして、ドミートリイが犯人はんにんだとわめきだす。法廷ほうていない感動かんどうさせためい弁護士べんごし最終さいしゅう弁論べんろんおよばず、ドミートリイは有罪ゆうざいシベリア流刑りゅうけい懲役ちょうえき20ねんをいいわたされる。

エピローグ [編集へんしゅう]

判決はんけつのち登場とうじょう人物じんぶつそれぞれの様相ようそう病床びょうしょうしたイヴァンは、自分じぶんにもしものことがあったらカチェリーナがドミートリイの脱獄だつごくたすけてほしいといいのこす。少年しょうねんイリューシャの葬式そうしき少年しょうねんコーリャは尊敬そんけいするアレクセイに、ドミートリイのようになにかのために犠牲ぎせいになってきたいとかたる。

主要しゅよう登場とうじょう人物じんぶつ[編集へんしゅう]

カラマーゾフ[編集へんしゅう]

フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ
カラマーゾフ家長かちょう強欲ごうよく好色こうしょくがりの地主じぬし前妻ぜんさいのアデライーダ・イワーノヴナ・ミウーソワとのあいだ長男ちょうなんのドミートリイをもうけたが、そのちされた。後妻ごさいはヴォロホフ将軍しょうぐん未亡人みぼうじん養育よういくされていたソフィヤ・イワーノヴナであり、次男じなんのイヴァンと三男さんなんのアレクセイをもうけた。しかし、をろくに養育よういくしようとしなかった挙句あげくソフィヤには先立さきだたれ、いま独身どくしんである。直情ちょくじょうてきかつ暴力ぼうりょくてきなドミートリイをおそれているものの、本当ほんとうこわいのはイヴァンだとう。グルーシェンカをめぐってドミートリイとあらそっている。
ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(ミーチャ、ミーチカ)
フョードルの長男ちょうなん。28さい。フョードルと前妻ぜんさい退役たいえき軍人ぐんじん放埒ほうらつ堕落だらくした生活せいかつからけきれない、直情ちょくじょうがた人物じんぶつ。しかし野生やせいてき魅力みりょくがあり女性じょせい結構けっこう好意こういせられてもいる。フョードルのたくらみによって、自分じぶんぜん財産ざいさんがどれほどなのからぬままありったけのかね使つかみ、それによって婚約こんやくしゃのカチェリーナに借金しゃっきんをしてしまう。さらにグルーシェンカをめぐってフョードルと醜悪しゅうあくあらそいをひろげ、それが最悪さいあく結果けっかこす。
イヴァン・フョードロウィチ・カラマーゾフロシアばん(ワーニャ、ワーネチカ)
フョードルの次男じなん。24さい。フョードルと後妻ごさいおさなころは、はは養育よういくしゃ筆頭ひっとう相続そうぞくじんけん貴族きぞく会長かいちょうつとめていたエフィム・ペトローウィチ・ポレノフに養育よういくされていた。理科りかだいたインテリで、合理ごうり主義しゅぎかみろん標榜ひょうぼうしているが、自分じぶん完全かんぜんしんむまではいたっていない。「かみがいるのであれば、どうして虐待ぎゃくたいくるしむ子供こどもたちをかみすくわないのか?」とアレクセイにいいはなち、純朴じゅんぼくなアレクセイのなかにも悪魔あくま宿やどっていることを確信かくしんする。カチェリーナをあいしている。
アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフロシアばん英語えいごばん(アリョーシャ、リューシェチカ)
フョードルの三男さんなんでこの物語ものがたり主人公しゅじんこう続編ぞくへんがあるという前提ぜんていかれた序文じょぶんではそうべられているが、実際じっさいかれたとうさくだけではドミートリイを主人公しゅじんこうとする意見いけんもある[1])。フョードルと後妻ごさい。イヴァン同様どうよう、エフィム・ペトローウィチ・ポレノフに養育よういくされていた。中学校ちゅうがっこう中退ちゅうたいして修道院しゅうどういんあづけた修道しゅうどうそうであり、純情じゅんじょう真面目まじめ青年せいねんかみあいによって肉親にくしん和解わかいさせようとする。ゾシマ長老ちょうろういのちで、かれ死後しご還俗げんぞくする。
スメルジャコフ(パーヴェル・フョードロウィチ)
カラマーゾフ使用人しようにん(コック)。「かみがいなければ、すべてがゆるされる」というイヴァン独特どくとくかみろん心酔しんすいしている。てんかん発作ほっさという持病じびょうかかえている。おさなころねこしばくびにするひとし動物どうぶつ虐待ぎゃくたいをしていた。ははまち乞食こじきおんなかみがかり行者ぎょうじゃわれたイリヤー・リザヴェータ・スメルジャチシャヤで、彼女かのじょはスメルジャコフをカラマーゾフ風呂場ふろばんだ直後ちょくご死亡しぼうした。父親ちちおやはフョードルだとまち人々ひとびとおもっており、フョードル自身じしん積極せっきょくてき否定ひていしておらず、かれをカラマーゾフ使用人しようにんグリゴーリイとマルファ夫妻ふさいによってそだてさせた。

その[編集へんしゅう]

カチェリーナ・イワーノヴナ・ヴェルホフツェヴァ(カーチャ、カチェーニカ)
ドミートリイのもと上司じょうし中佐ちゅうさ)の令嬢れいじょう。ドミートリイの婚約こんやくしゃ。かつてドミートリイにたすけられたことがある。長身ちょうしんすぐれた容姿ようしをもつとともに高慢こうまん自尊心じそんしん非常ひじょうたか一方いっぽう体調たいちょう不全ふぜんおちいることがおおく、資産しさんであるホフラコワ夫人ふじん庇護ひごけている。イヴァンの求愛きゅうあいけ、ホフラコワ夫人ふじんには、ドミートリイよりイヴァンをあいしているのだと指摘してきされる。
アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ・スヴェトロヴァ(グルーシェンカ)
妖艶ようえん美貌びぼう奔放ほんぽう女性じょせい。ドミートリイとフョードルのどちらともが夢中むちゅうになっているが、どっちつかずの態度たいどくずさない。かつては清純せいじゅんむすめで、婚約こんやくしゃてられた過去かこがある。商人しょうにん未亡人みぼうじんであるモロゾワのいえりてんでおり、その親戚しんせきであるサムソーノフの仕事しごと手伝てつだっている。
リザヴェータ(リーザ、リーズ)
カチェリーナを保護ほごしているホフラコワ夫人ふじんむすめ。アリョーシャのおんな友達ともだち相愛そうあいなか一見いっけん無邪気むじゃき性格せいかくあし不自由ふじゆう車椅子くるまいす常用じょうようしている。
ゾシマ
アレクセイの修道院しゅうどういん長老ちょうろう余命よめい幾許いくばくもない。本名ほんみょうはジノーヴィ。おさなころに8つうえあにマルケルをやまいくす。もと中尉ちゅういであり、軍人ぐんじんころにはアンフィナーシイという従卒じゅうそつがいた。現在げんざいはスヒマそう(ロシア正教せいきょうにおける高位こうい修道しゅうどう)で聖人せいじん君子くんしとされ、修道院しゅうどういんにはかれのご利益りやくにあやかろうとするひとでいつもあふれている。だが死後しごかれ遺体いたいによってひとつの事件じけんこる。長老ちょうろうアンブロシイ英語えいごばん、およびザドンスクのティーホンがモデルとされる[2][3]
イリヤー・リザヴェータ・スメルジャチシャヤ
かみがかり」とわれ、まちあさ肌着はだぎけ、裸足はだしあるまわる。身長しんちょう140cmほど。20さいくらい。両親りょうしんともくし孤児こじになる。
スネギリョフ
もととう大尉たいいいま貧窮ひんきゅうくるしんでいる。ドミートリーにであごひげをられ侮辱ぶじょくされた。
イリューシャ(イリューシェチカ)
スネギリョフの中学生ちゅうがくせい。スメルジャコフに動物どうぶつ虐待ぎゃくたいおしえられそのとおりやったことがあり、級友きゅうゆうたちに仲間なかまはずれにされるが、リーダーかくのコーリャをナイフでしたり、喧嘩けんかをしたりとけんつよい。カラマーゾフ人間にんげんということで、当初とうしょはアレクセイをにくむ。
コーリャ・クラソートキン
イリューシャの級友きゅうゆう。クラスのリーダーかくで、あたまいが冷酷れいこくいちめんがあり、イリューシャをみな仲間なかまはずれにした。早熟そうじゅくでアレクセイのまえ背伸せのびをするが、イリューシャがぬとかったときはなみだながした。
グリゴリイ・ワシーリエヴィッチ・クツーゾフ
夫婦ふうふながくカラマーゾフつかえる忠実ちゅうじつ使用人しようにん。スメルジャコフを養育よういくした。
ラキーチン
アレクセイとともに修道院しゅうどういんまなわかそう。グルーシェンカの親類しんるいひとかれるアレクセイに嫉妬しっとしており、アレクセイをグルーシェンカのところへれて堕落だらくさせんとした。

続篇ぞくへん構想こうそう[編集へんしゅう]

作者さくしゃ自身じしんによる前書まえがきにもあるとおり、当初とうしょ構想こうそうでは、この小説しょうせつは、それぞれ独立どくりつしたものとしてもめるによって構成こうせいされるものであった。しかし、作者さくしゃによって、だいだい一部いちぶの13ねん物語ものがたり)はかれることなく中絶ちゅうぜつした。続編ぞくへんかんしては、創作そうさくノートなどの資料しりょうがほとんどのこっておらず、友人ゆうじん知人ちじんてた手紙てがみに、物語ものがたりのわずかな断片だんぺんしるされているのみである。ドストエフスキー本人ほんにんは、続編ぞくへん執筆しっぴつへの意欲いよく手紙てがみあらわしていたが、その3にちやまいたおれた。のこされた知人ちじんあてへの手紙てがみでは、「リーザとのあいつかれたアリョーシャがテロリストとなり、テロ事件じけん嫌疑けんぎをかけられて、絞首こうしゅだいへのぼる」というようなあらすじがしるされてあったらしいが、異説いせつされている。このせつ裏付うらづける要素ようそとして、ドストエフスキーが序文じょぶんで、アリョーシャを本編ほんぺんからける印象いんしょうとはまったことなる「奇人きじんともべるわりもの活動かつどう」とひょうしていることがげられる。

このひょうは、1866ねん4がつ4にちきた皇帝こうていアレクサンドル2せい暗殺あんさつ未遂みすい事件じけん犯人はんにんドミトリイ・カラコーゾフロシアばん英語えいごばん一致いっちする。革命かくめいピョートル・クロポトキンは、拷問ごうもんけたからだ絞首こうしゅだいのぼろうとするカラコーゾフの凄惨せいさん姿すがたを、現場げんば居合いあわせた知人ちじんからの伝聞でんぶんとして回想かいそうろくなかつよ印象いんしょうをもってしるしている[4]。カラコーゾフは、出版しゅっぱん直後ちょくごニコライ・チェルヌイシェフスキー長編ちょうへん小説しょうせつなにをなすべきかロシアばん英語えいごばん」の影響えいきょうけていた。この事件じけんは「ヴ・ナロード運動うんどう」の先駆せんく土地とち自由じゆうロシアばん英語えいごばん」に影響えいきょうあたえ、ピョートル・ラヴロフらの機関きかん前進ぜんしん Вперёд』の宣伝せんでん勢力せいりょく拡大かくだいし、1879ねん組織そしきされて「人民じんみん意志いし」が結成けっせいされると、1881ねん3月13にち党員とういんイグナツィ・フリニェヴィエツキ英語えいごばんによって、アレクサンドル2せい暗殺あんさつされた。

一方いっぽうで、亀山かめやま郁夫いくおもその著書ちょしょ『「カラマーゾフの兄弟きょうだい続編ぞくへん空想くうそうする』のなかで、アレクセイにその将来しょうらい心配しんぱいされたコーリャ少年しょうねん成人せいじんして思想家しそうかてきテロリストとなり、皇帝こうてい暗殺あんさつはかり、その嫌疑けんぎをアレクセイがけるというものではないかと推測すいそくしている。

いずれにせよ、実際じっさいかれることのなかった続編ぞくへん内容ないよう我々われわれることは不可能ふかのうである。それでも、20世紀せいき日本にっぽん代表だいひょうする文芸ぶんげい評論ひょうろん小林こばやし秀雄ひでおもこの小説しょうせつを「およそ続編ぞくへんというようなものがまったくかんがえられぬほど完璧かんぺき作品さくひん」とひょうしている。

受容じゅよう評価ひょうか[編集へんしゅう]

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインだいいち世界せかい大戦たいせん従軍じゅうぐん数少かずすくない私物しぶつひとつが本書ほんしょであり「最低さいていでも50かい精読せいどくした」とっている。また、村上むらかみ春樹はるきは「これまでの人生じんせいめぐったもっと重要じゅうようほんの3さつ」として、F・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』とレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』とならんで本書ほんしょげている。さらに、東京大学とうきょうだいがく教員きょういん対象たいしょうおこなわれたアンケートでは、すべての分野ぶんやほんなかで『カラマーゾフの兄弟きょうだい』が「新入生しんにゅうせいませたいほん」の1えらばれてもいる。

2006ねんから2007ねんにかけては、新訳しんやく亀山かめやま郁夫いくおわけ)が古典こてん文学ぶんがくとしては異例いれいベストセラーになった[5]。ただし、亀山かめやまのこれについてはその国際こくさいドストエフスキー学会がっかいふく会長かいちょう木下きのしたゆたかぼうから、あまりに誤訳ごやくおおいなどの批判ひはんがなされた[6]2008ねん宝塚歌劇団たからづかかげきだんゆきぐみ舞台ぶたいされた。

正教会せいきょうかいからの評価ひょうか[編集へんしゅう]

フョードル・ドストエフスキー作品さくひんは、正教会せいきょうかいがわからもたか評価ひょうかされるものであり、ときには「正教せいきょう神髄しんずい代弁だいべん」とまでひょうされる。とくに『カラマーゾフの兄弟きょうだい』については、正教会せいきょうかいにおける人間にんげんすくいについての基本きほんてきかんがえが一応いちおう網羅もうらされているとされる[7]

長老ちょうろうゾシマのモデルが長老ちょうろうアンブロシイ英語えいごばん、およびザドンスクのティーホンであるとされるほか、「かみぞうあやか」といった概念がいねんや、「永遠えいえん記憶きおく」といった永眠えいみんしゃのためのいのりなどの文言もんごんが、作品さくひんにもまれている。

書籍しょせき[編集へんしゅう]

日本語にほんごやく[編集へんしゅう]

しなきり絶版ぜっぱん訳書やくしょ[編集へんしゅう]

漫画まんが作品さくひん[編集へんしゅう]

  • バラエティアートワークス『カラマーゾフの兄弟きょうだい』〈まんがで読破どくはシリーズ〉イースト・プレス、2008ねんISBN 978-4872578898
  • 岩下いわした博美ひろみ『カラマーゾフの兄弟きょうだい』〈マンガで名作めいさくシリーズ〉日本文芸社にほんぶんげいしゃ、2010ねんISBN 978-4537126655
  • 岩下いわした博美ひろみ『カラマーゾフの兄弟きょうだい』〈まんが学術がくじゅつ文庫ぶんこ講談社こうだんしゃ、2018ねんISBN 978-4065111758

関連かんれん書籍しょせき[編集へんしゅう]

だい58かい江戸川えどがわ乱歩らんぽしょう受賞じゅしょう作品さくひん。ドストエフスキーのによりかれなかった『カラマーゾフの兄弟きょうだい』の続編ぞくへんじゅうさんねん物語ものがたりを、イワンが捜査そうさかんとなって「フョードル・カラマーゾフ殺人さつじん事件じけん」の真犯人しんはんにんうミステリとしてえが小説しょうせつ。  
乱歩らんぽしょう受賞じゅしょうさく根拠こんきょとなった原典げんてんテクストの瑕疵かしと、それが瑕疵かしではなく意味いみのあるがかりであることをしめした小論文しょうろんぶん事件じけん当日とうじつのタイムテーブル完全かんぜんばんやスメルジャコフの現代げんだい犯罪はんざいがくてき考察こうさつ

映像えいぞう[編集へんしゅう]

映画えいが[編集へんしゅう]

なん映画えいが・テレビドラマされている。そのうち日本にっぽん劇場げきじょう公開こうかいされた記録きろく日本にっぽん放送ほうそうされる予定よていのテレビドラマのあるものを以下いかしるす。

カラマゾフの兄弟きょうだい (1921ねん映画えいが)[8] - ドイツ映画えいが原題げんだいDie Brüder Karamasoff
監督かんとくカール・フレーリッヒ
出演しゅつえんエミール・ヤニングス(ドミートリイ)、ベルンハルト・ゲッケ(イヴァン)、ヘルマン・ティミッヒ(アレクセイ)、フリッツ・コルトナー(フョードル)
カラマゾフの兄弟きょうだい (1931ねん映画えいが) - ドイツ映画えいが原題げんだいDer Mörder Dimitri Karamasoff
監督かんとくフョードル・オツェプ
出演しゅつえんフリッツ・コルトナー(ドミートリイ)、ベルンハルト・ミネッティ(イヴァン)、マックス・ポール(フョードル)、アンナ・ステン(グルーシェンカ)
備考びこう:アレクセイが登場とうじょうしない。1921年版ねんばん父親ちちおやえんじたフリッツ・コルトナーがドミートリイをえんじている。
カラマゾフの兄弟きょうだい (1958ねん映画えいが) - アメリカ映画えいが原題げんだいThe Brothers Karamazov
監督かんとくリチャード・ブルックス
出演しゅつえんユル・ブリンナー(ドミートリイ)、リチャード・ベイスハート(イヴァン)、ウィリアム・シャトナー(アレクセイ)、リー・J・コッブ(フョードル)、マリア・シェル(グルーシェンカ)
カラマーゾフの兄弟きょうだい (1969ねん映画えいが) - ソ連それん映画えいが原題げんだいБратья КарамазовыBratya Karamazovy
監督かんとくイワン・プイリエフ共同きょうどう監督かんとくミハイル・ウリヤーノフキリール・ラヴロフ ※プイリエフ監督かんとく撮影さつえいちゅう急死きゅうししたため)
出演しゅつえんミハイル・ウリヤーノフ(ドミートリイ)、キリール・ラヴロフ(イヴァン)、アンドレイ・ミヤフコフ(アリョーシャ)、マルク・プルードキン(フョードル)、リオネラ・プイリエワ(グルーシェンカ)
少年しょうねんたち「カラマーゾフの兄弟きょうだい」より (1990ねん映画えいが) - ソ連それん映画えいが原題げんだいМальчикиMalchiki
監督かんとくレニータ・グリゴリエワユーリー・グリゴリエフ
出演しゅつえんドミトリー・チェルニゴフスキー(アリョーシャ)、サーシャ・スホフスキー(イリューシャ)、アリョーシャ・ドストエフスキー[9](コーリャ)
備考びこうかみ学生がくせいである三男さんなんアレクセイ(アリョーシャ)を主人公しゅじんこうに、少年しょうねんたちとの交流こうりゅうえがいた作品さくひん

テレビドラマ[編集へんしゅう]

カラマーゾフの兄弟きょうだい (テレビドラマ)
監督かんとく都築つづき淳一じゅんいち共同きょうどう監督かんとく佐藤さとうみなもとふとし村上むらかみただしてん
出演しゅつえん市原いちはら隼人はやと斎藤さいとうたくみはやし
放送ほうそう期間きかん2013ねん1がつ - 3がつ
制作せいさくきょくフジテレビジョン
備考びこう舞台ぶたい現代げんだい日本にっぽんえ、登場とうじょう人物じんぶつすべ日本人にっぽんじんめいえている。登場とうじょう人物じんぶつ設定せってい大幅おおはば変更へんこうされており、三男さんなんアレクセイ(アリョーシャ)にたるやくが、原作げんさく修道しゅうどうそうから医大いだいせい変更へんこうされているほか原作げんさくまれてあった宗教しゅうきょうしょく革命かくめい思想しそう変更へんこう割愛かつあいされている。

舞台ぶたい[編集へんしゅう]

演出えんしゅつ浅利あさり慶太けいた[11]
脚本きゃくほん演出えんしゅつ齋藤さいとう吉正よしまさ

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ モームちょ世界せかいじゅうだい小説しょうせつ
  2. ^ 高橋たかはし保行やすゆき『ギリシャ正教せいきょう』146ぺーじ講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ 1980ねん ISBN 9784061585003 (4061585002)
  3. ^ パーヴェル・エフドキーモフしる古谷ふるやいさおやく『ロシア思想しそうにおけるキリスト』95ぺーじ - 97ぺーじ(1983ねん12月 あかし書房しょぼうISBN 4870138093
  4. ^ 荒畑あらはた寒村かんそん『ロシア革命かくめい運動うんどうあけぼの岩波いわなみ新書しんしょISBN 978-4004130314.
  5. ^ 亀山かめやま郁夫いくおやく「カラマーゾフの兄弟きょうだいぜん5かん累計るいけい100まん突破とっぱ”. 光文社こうぶんしゃ. 2009ねん12月26にち閲覧えつらん
  6. ^ 週刊しゅうかん新潮しんちょう』2008ねん5がつ22にちごう記事きじ、また木下きのしたのウェブサイト参照さんしょう
  7. ^ 高橋たかはし保行やすゆき『ギリシャ正教せいきょう』222ぺーじ - 232ぺーじ講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ 1980ねん ISBN 9784061585003 (4061585002)
  8. ^ カラマーゾフ兄弟きょうだい」との表記ひょうきもある。カラマーゾフ兄弟きょうだい(1920)”. KINENOTE. 2013ねん4がつ18にち閲覧えつらん
  9. ^ ドストエフスキーの玄孫げんそん少年しょうねんたち「カラマーゾフの兄弟きょうだい」より”. KINENOTE. 2013ねん4がつ18にち閲覧えつらん
  10. ^ 劇団四季げきだんしき60ねん上演じょうえん 作品さくひん”. 劇団四季げきだんしき. 2013ねん9がつ8にち閲覧えつらん:
  11. ^ 劇団四季げきだんしき『カラマゾフの兄弟きょうだい劇団四季げきだんしき、1971ねん 
  12. ^ Inc, Natasha. “劇団げきだん地蔵じぞう中毒ちゅうどく新作しんさくはドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟きょうだい原作げんさく(コメントあり)”. ステージナタリー. 2021ねん8がつ9にち閲覧えつらん

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