咽頭いんとう弓ゆみ

咽頭いんとう弓ゆみ（いんとうきゅう, pharyngeal arch）。内臓ないぞう弓ゆみ（ないぞうきゅう, visceral arch）とも呼よばれる。広義こうぎには鰓えら弓ゆみ（さいきゅう, branchial arch）とも呼よばれるが、鰓えらに分化ぶんかすることを前提ぜんていに定義ていぎされた"鰓えら弓ゆみ"という言葉ことばに対たいして、少すくなくとも現生げんなまの動物どうぶつで第だい1咽頭いんとう弓ゆみが鰓えらへと発生はっせいする動物どうぶつはいないため、第だい1咽頭いんとう弓ゆみや第だい2咽頭いんとう弓ゆみを鰓えら弓ゆみと同義どうぎとせず、第だい3咽頭いんとう弓ゆみを第だい1鰓えら弓ゆみとすることもあるので注意ちゅういが必要ひつよう。また鰓えら弓ゆみという名称めいしょうは魚さかなの成体せいたいの鰓えら骨格こっかくに対たいしても用もちいられることがあるので、これとの混同こんどうにも注意ちゅういすべきである。

咽頭いんとう弓ゆみ
咽頭いんとう胚はいのスキーム。第だい1咽頭いんとう弓ゆみ（顎骨がっこつ弓ゆみ、Mandibular arch）、第だい2咽頭いんとう弓ゆみ（舌した骨こつ弓ゆみ、Hyoid arch）、第だい3咽頭いんとう弓ゆみが確認かくにんできる。
ヒトの26日にち胚はい。咽頭いんとうの底部ていぶ（背せ側がわから観察かんさつ）。
英語えいご	pharyngeal arch

脊椎動物せきついどうぶつの発生はっせいにおいて咽頭いんとう部ぶに生しょうじる、支柱しちゅう状じょうに突出とっしゅつした形態けいたい物ぶつであり、頭部とうぶや頸部における非常ひじょうに多様たような構造こうぞうへと分化ぶんかする。脊椎動物せきついどうぶつに特徴とくちょう的てきな頭部とうぶ構造こうぞうの形成けいせいでは、その大だい部分ぶぶんを咽頭いんとう弓ゆみの発生はっせいが担になっていると言いっても過言かごんではない。外側そとがわは外そと胚葉はいよう上皮じょうひ、内側うちがわは内うち胚葉はいよう上皮じょうひに覆おおわれており、内部ないぶは神経しんけい堤つつみ細胞さいぼうと中ちゅう胚葉はいようの間あいだ葉はが満みたしている。頭部とうぶ神経しんけい堤つつみ細胞さいぼうが背せ側がわから腹はら側がわへと遊ゆう走はしするのに伴ともなって各々おのおのの弓ゆみが伸長しんちょうする。

発生はっせい

脊椎動物せきついどうぶつの胚はい発生はっせいにおいて神経しんけい管かんが完成かんせいするに伴ともない、背せ側がわより神経しんけい堤つつみ細胞さいぼうが遊ゆう走そうし始はじめる。腹はら側がわへと移動いどうする頭部とうぶ神経しんけい堤つつみ細胞さいぼうは分節ぶんせつ的てきに複数ふくすうのストリームに分わかれ、頭部とうぶ中ちゅう胚葉はいようを同時どうじに引ひき込こんで、将来しょうらいの咽頭いんとうにあたる領域りょういきにおいて複数ふくすうの独立どくりつした咽頭いんとう弓ゆみを形成けいせいする。発生はっせいが進すすむと各かく咽頭いんとう弓ゆみは伸長しんちょうし、最終さいしゅう的てきには腹はら側がわで左右さゆう1対ついずつの弓ゆみが合一ごういつして籠かご状じょうの咽頭いんとうを形成けいせいする。

各かく咽頭いんとう弓ゆみの間あいだにはスリットが残のこるが、これを咽頭いんとう裂きれと呼よび、将来しょうらいの鰓えら裂きれになる。陸上りくじょう生活せいかつを行おこなう多おおくの四肢しし動物どうぶつでは各かく弓ゆみの間あいだは当然とうぜんスリットとしては残のこらず、咽頭いんとうの内外ないがいで溝みぞ状じょうの構造こうぞうとして残のこる。外そと胚葉はいよう上皮じょうひが溝みぞ状じょうにくぼんだ構造こうぞうは特とくに咽頭いんとう溝みぞと呼よばれる。ちなみに各かく咽頭いんとう弓ゆみの間あいだで、咽頭いんとう内ない胚葉はいよう上皮じょうひが体からだの外側そとがわへ向むかって嚢状に膨出した構造こうぞうを咽頭いんとう嚢と呼よび、各かく咽頭いんとう嚢もまたそれぞれ特徴とくちょう的てきな構造こうぞう物ぶつへと発生はっせいする。

咽頭いんとう弓ゆみのうち、第だい1咽頭いんとう弓ゆみは顎骨がっこつ弓ゆみとも呼よばれ、顎あご口こう類るいでは顎あごをつくっている。

各かく咽頭いんとう弓ゆみに由来ゆらいする構造こうぞう物ぶつ（ヒトの場合ばあい）

咽頭いんとう弓ゆみとその代表だいひょう的てきな派生はせい物ぶつの発生はっせい様式ようしきの多おおくは、基本きほん的てきなボディプランとして脊椎動物せきついどうぶつの各かく系統けいとうで保存ほぞん的てきである。なので系統けいとうに沿そってその進化しんか的てきな機き序じょを追おうことができるが、無論むろんあらゆる派生はせい物ぶつが系統けいとう間あいだで同様どうようの構造こうぞうとして認識にんしきされるわけではない（例たとえば、サメの上顎じょうがくを構成こうせいする口蓋こうがい方形ほうけい軟骨なんこつは、哺乳類ほにゅうるいでは槌づち骨こつや砧きぬた骨こつに変形へんけいしている。顎あご口こう類るいの第だい1咽頭いんとう弓ゆみは顎あごの構造こうぞうをつくるが、そもそも顎あごを持もたない円えん口こう類るいでは全まったく別べつの構造こうぞうをつくる。などなど）。ここではヒトの咽頭いんとう弓ゆみについて構造こうぞうを列挙れっきょするが、全すべての脊椎動物せきついどうぶつがこれと全まったく同様どうようの発生はっせいをするわけではないのに留意りゅうい。

ヒトの場合ばあい、咽頭いんとう弓ゆみは全部ぜんぶで6つあるが、第だい5咽頭いんとう弓ゆみは往々おうおうにしてほぼ欠如けつじょしているか痕跡こんせき的てきであり、軟骨なんこつなどの構造こうぞう物ぶつも発生はっせいしない。従したがって、ここでは1, 2, 3, 4, 6番目ばんめのみ記述きじゅつする。

咽頭いんとう弓ゆみ	筋すじ	骨格こっかく	神経しんけい	動脈どうみゃく	その他た
第だい1咽頭いんとう弓ゆみ （"顎骨がっこつ弓ゆみ")	咀嚼そしゃく筋すじ, 顎あご舌した骨こつ筋すじ, 顎あご二に腹筋ふっきん前ぜん腹はら, 鼓膜こまく張はり筋すじ, 口蓋こうがい帆ほ張はり筋すじ	上顎じょうがく骨こつ, 下しも顎骨がっこつ ｛皮かわ骨こつ（硬骨こうこつ）｝, 槌づち骨こつ, 砧きぬた骨こつ, メッケル軟骨なんこつ （軟骨なんこつ）	三叉みつまた神経しんけい上顎じょうがく枝えだ(V2),下しも顎あご枝えだ(V3)	上顎じょうがく動脈どうみゃく、外そと頸動脈みゃく、翼つばさ突管動脈どうみゃく
第だい2咽頭いんとう弓ゆみ （"舌した骨こつ弓ゆみ")	表情ひょうじょう筋すじ, 鐙あぶみ骨ほね筋すじ, 茎くき突舌骨こつ筋すじ, 顎あご二に腹筋ふっきん後腹あとばら,	鐙あぶみ骨こつ, 茎くき状じょう突起とっき, 舌した骨こつ小角おがく, 舌した骨こつ体からだ上部じょうぶ, ライヘルト軟骨なんこつ	顔面がんめん神経しんけい (VII)	上うえ行こう咽頭いんとう動脈どうみゃく、下しも鼓こ室しつ動脈どうみゃく、頚けい鼓動こどう脈みゃく、後こう耳みみ介かい動脈どうみゃくアブミ骨こつ枝えだ
第だい3咽頭いんとう弓ゆみ	茎くき突咽頭あたま筋すじ	舌した骨こつ大角だいかく, 舌した骨こつ体からだ下部かぶ	舌した咽のど神経しんけい (IX)	総そう頸動脈みゃく、内うち頸動脈みゃく	胸腺きょうせん, 副ふく甲状腺こうじょうせん
第だい4咽頭いんとう弓ゆみ	輪状りんじょう甲状こうじょう筋すじ, 口蓋こうがい帆ほ挙きょ筋すじ, 咽頭いんとう収縮しゅうしゅく筋すじ, 喉頭こうとう内在ないざい筋すじ	甲状こうじょう軟骨なんこつ, 喉頭蓋こうとうがい軟骨なんこつ	迷走めいそう神経しんけい(X)の上うえ喉頭こうとう神経しんけい枝えだ	右みぎ：鎖骨さこつ下か動脈どうみゃく、左ひだり：大動脈だいどうみゃく弓ゆみ	副ふく甲状腺こうじょうせん
第だい6咽頭いんとう弓ゆみ	輪状りんじょう甲状こうじょう筋すじ以外いがいの食道しょくどうの横よこ紋もん筋すじ	輪状りんじょう軟骨なんこつ, 披裂軟骨なんこつ, 小角おがく軟骨なんこつ	迷走めいそう神経しんけい(X)の下しも喉頭こうとう神経しんけい枝えだ	右みぎ：肺はい動脈どうみゃく、左ひだり：肺はい動脈どうみゃくと動脈どうみゃく管かん

参考さんこう文献ぶんけん

• Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice, 40th edition (2008), 1576 pages, Churchill-Livingstone, Elsevier. ISBN 978-0-443-06684-9