熊坂くまさか長範ながのり

熊坂くまさか 長範ながのり（くまさか ちょうはん）は、平安へいあん時代じだいの伝説でんせつ上じょうの盗賊とうぞく。

熊坂くまさか長範ながのり（歌川うたがわ国芳くによし画が）

牛ぎゅう若わか丸まると長範ながのり（歌川うたがわ国芳くによし画が）

牛ぎゅう若わか丸まると長範ながのり（月岡つきおか芳年よしとし画が『芳年ほうねん武者むしゃ无類』）

『朧夜おぼろよ月がつ』（月岡つきおか芳年よしとし画が『月つき百ひゃく姿すがた』）熊坂くまさか長範ながのり

長範ながのりと戦たたかう義経よしつね

概略がいりゃく

室町むろまち時代ときよ後期こうきに成立せいりつしたと推定すいていされる幸さいわい若わか舞まい『烏帽子えぼし折おり』、謡曲ようきょく『烏帽子えぼし折おり』『熊坂くまさか』などに初はじめて登場とうじょうする。

源義経みなもとのよしつねに関かかわる大だい盗賊とうぞくとして広ひろく世上せじょうに流布るふし、これにまつわる伝承でんしょうや遺跡いせきが各地かくちで形成けいせいされ、後世こうせいの文芸ぶんげい作品さくひんにも取とり入いれられた。

幸さいわい若わか舞まい『烏帽子えぼし折おり』による、熊坂くまさか長範ながのりに関かかわる話はなしの筋すじは次つぎのようなものである。

鞍馬あんば寺てらを出奔しゅっぽんし金売かねうり吉次よしじの供きょうに身みをやつした牛ぎゅう若わか丸まるは、近江おうみ鏡かがみの宿やどで烏帽子えぼしを買かい求もとめ、自みずから元服げんぷくして九郎くろう義経よしつねを名乗なのった。美濃みの青墓あおはか宿やどの長者ちょうじゃの館かんに着ついたとき、父ちち義ぎ朝あさ、兄あに義平よしひら・朝長ともながの三さん人にんが夢ゆめに現あらわれ、吉次よしじの荷にを狙ねらう盗賊とうぞくが青野あおのが原はらに集結しゅうけつしていることを知しらされる。このとき、熊坂くまさか長範ながのりは息子むすこ五ご人にんを始はじめ、諸国しょこくの盗賊とうぞく大将たいしょう七なな十じゅう余人よにん、小しょう盗人ぬすっと三さん百ひゃく人にん足たらずを集あつめていた。青墓あおはか宿やどを下見したみした「やげ下かの小しょう六ろく」は義経よしつねの戦せん装束しょうぞくを見みて油断ゆだんならぬものと知しらせるが、長範ながのりは常つねならぬ胸騒むなさわぎを覚おぼえるものの、自みずからの武勇ぶゆうを恃んで青墓あおはか宿やどに攻せめ寄よせた。待まちかまえていた義経よしつねは長範ながのりの振ふるう八はち尺しゃく五ご寸すんの棒ぼうを切きり落おとし、三さん百ひゃく七なな十じゅう人にんの賊ぞくのうち八はち十じゅう三さん人にんまで切きり伏ふせる。長範ながのりは六ろく尺しゃく三さん寸すんの長刀ちょうとう（薙刀なぎなた）を振ふるって激はげしく打うちかかるが、義経よしつねの「霧きりの法ほう」「小鷹こたかの法ほう」に敗やぶれ、真まっ向こうから二ふたつに打うち割わられた。

謡曲ようきょく『烏帽子えぼし折おり』『熊坂くまさか』は、舞台ぶたいを美濃みの赤坂あかさか宿やどとし、義経よしつねとの立たち回まわりに細こまかな違ちがいは有あるものの長範ながのりに関かかわる筋立すじだては同様どうようである。

牛ぎゅう若わか丸まるが奥州おうしゅうへ下くだるさいに盗賊とうぞくを討うつ、という逸話いつわは、13世紀せいき半なかばに成立せいりつした『平治へいじ物語ものがたり』においてすでに現あらわれている。ここでは、黄瀬川おうせがわ宿やど（現げん沼津ぬまづ市し）付近ふきんで身みの丈たけ6尺しゃくの馬うま盗人ぬすっとを捕縛ほばくし、百姓ひゃくしょう家かに押おし入いった強盗ごうとう6人にんを切きり伏ふせている。『曽我そが物語ものがたり』では、盗賊とうぞくを討うったのは美濃みの垂井たるい宿やどのこととされ、室町むろまち時代じだい前期ぜんきに成立せいりつしたと考かんがえられる『義経よしつね記き』では、出羽でわの由利ゆり太郎たろうと越後えちごの藤沢ふじさわ入道にゅうどうに率ひきいられた信濃しなの・遠江とおとうみ・駿河するが・上野うえのの盗賊とうぞく勢ぜい100人にんほどを鏡かがみの宿やどにおいて討うったとする。熊坂くまさか長範ながのりの名なが現あらわれる幸さいわい若わか舞まい『烏帽子えぼし折おり』と謡曲ようきょく『烏帽子えぼし折おり』『熊坂くまさか』の先後せんご関係かんけいは明あかでないが、内容ないようから見みるといずれも『義経よしつね記き』、なかでも越後えちごの住人じゅうにんで大だい薙刀なぎなたを操あやつる藤沢ふじさわ入道にゅうどうの記述きじゅつを元もとに創作そうさくされた可能かのう性せいが江戸えど時代じだいから指摘してきされている。

人物じんぶつ像ぞう

幸さいわい若わか舞まい『烏帽子えぼし折おり』で自みずから語かたるところによれば、越後えちごとの国境こっきょうにある信濃しなの国こく水内みずうち郡ぐん熊坂くまさかに生うまれた（謡曲ようきょく『熊坂くまさか』では加賀かがの熊坂くまさかとする）。もとは仏ふつのような正直しょうじき者しゃであったが、7歳さいのとき伯父おじの馬うまを盗ぬすんで市しで売うった。これが露見ろけんしなかった事ことに味あじを占しめ、以来いらい日本にっぽん国こく中ちゅうで盗ぬすみを働はたらき、一いち度ども不覚ふかくをとらなかったという。

義経よしつねに討うたれた時ときは既すでに老境ろうきょう（齢よわい六ろく十じゅう三さん）に差さし掛かかっていたが、棒ぼうや薙刀なぎなた（幸さいわい若わか舞まい『烏帽子えぼし折おり』・謡曲ようきょく『熊坂くまさか』）、或あるいは五ご尺しゃく三さん寸すんの大だい太刀たち（謡曲ようきょく『烏帽子えぼし折おり』）などを振ふるう豪傑ごうけつとして、小柄こがらで素早すばやい義経よしつねと対照たいしょう的てきな描写びょうしゃがされている。謡曲ようきょく『烏帽子えぼし折おり』では投なげ込こんだ松明たいまつを義経よしつねに三みっつとも消けされ、縁起えんぎが悪わるいとして一旦いったんは退散たいさんを考かんがえるものの、「いや熊坂くまさか乃長範はんが。今夜こんやの夜討ようちを仕損しそんじて。何処どこに面めんを向むくべきぞ。たゞ攻せめ入いれや若者わかものども」と叱咤しったする。

このような人物じんぶつ像ぞうはさらに脚色きゃくしょくされ、例たとえば『謡曲ようきょく拾じつ葉は抄しょう』に引ひく『異本いほん義経よしつね記き』では張ちょう良りょうと樊噲の字じを取とって熊坂くまさか張ちょう樊を名乗なのったとし、『義経よしつね地獄じごく破やぶり』においては地獄じごくを攻せめる義経よしつねに伊勢いせ三郎さぶろうの仲介ちゅうかいで勘当かんどうを許ゆるされ地獄じごくの釜がまの蓋ぶたを盗ぬすみ出だす。また高野山こうのやまで発心ほっしんしたさまが『新しん著聞ちょぶん集しゅう』に記しるされるなど、さまざまな伝承でんしょうが発生はっせいし、江戸えど時代じだいには歌舞伎かぶき・浄瑠璃じょうるり・草双紙くさぞうしなどにおいて盗賊とうぞく・義賊ぎぞくの代名詞だいめいしとして諸しょ作品さくひんに登場とうじょうすることとなる。

大河たいがドラマ『源義経みなもとのよしつね』『義経よしつね』では、伊勢いせ三郎さぶろうを従したがえる盗賊とうぞくの親分おやぶんとして登場とうじょう。平泉ひらいずみに向むかう途中とちゅうの義経よしつねを襲おそい破われるが、命いのちを助たすけられて改心かいしんする。これが縁えんで三さん郎ろうが義経よしつねの郎党ろうとうとなり、前者ぜんしゃでは後のちに一ノ谷いちのやの戦たたかいで義経よしつねに従したがい参戦さんせんする。

関連かんれん作品さくひん

幸さいわい若わか舞曲ぶきょく

『烏帽子えぼし折おり』

謡曲ようきょく

『烏帽子えぼし折おり』『熊坂くまさか（幽霊ゆうれい熊坂くまさか）』

御伽草子おとぎぞうし

『天狗てんぐの内裏だいり』

古こ浄瑠璃じょうるり

『義経よしつね地獄じごく破やぶり』『源氏げんじ十じゅう二に段だん』

義太夫ぎだゆう節ぶし

『十じゅう二に段だん』『末広すえひろ十じゅう二に段だん』

歌舞伎かぶき

『初雪はつゆき物見ものみ桜さくら』『熊坂くまさか物見ものみ松まつ』『熊坂くまさか長範ながのり物見ものみ松まつ』

小説しょうせつ

『義経よしつね勲功くんこう記き』『義経よしつね倭やまと軍談ぐんだん』『藤沢ふじさわ入道にゅうどう熊坂くまさか伝記でんき』『熊坂くまさか長範ながのり物語ものがたり』ほか多数たすう。

児童じどう文学ぶんがく

『どろぼうがっこう』かこさとし

テレビドラマ

『義経よしつね』（2005年ねん、NHK大河たいがドラマ、演えんじ：河原かわはらさぶ）

伝承でんしょう地ち

堅田かただ古墳こふん
（岐阜ぎふ県けん不破ふわ郡ぐん垂井たるい町まち）

伝でん熊坂くまさか長範ながのり隠かくれ馬屋うまや。

長野ながの県けん信濃しなの町まち熊坂くまさか

長範山ちょうはんやま・長範ながのり屋敷やしき（『長野ながの県けんの地名ちめい 日本にっぽん歴史れきし地名ちめい大系たいけい20』）

石川いしかわ県けん加賀かが市し熊坂くまさか

熊坂くまさか長範ながのり出生しゅっしょう地ち（『三さん州しゅう奇談きだん』）、熊坂くまさか長範ながのり屋敷やしき

福井ふくい県けんあわら市し熊坂くまさか

熊坂くまさか物見ものみの松まつ跡あと碑ひ・熊坂くまさか大仏だいぶつ（『角川かどかわ日本にっぽん地名ちめい大だい辞典じてん18 福井ふくい県けん』）

岐阜ぎふ県けん大垣おおがき市し青野あおの

物見ものみの松まつ・腰こしかけ岩がん・かくし厩うまやの跡あと（『新撰しんせん美濃みの志こころざし』）

愛知あいち県けん名古屋なごや市し天白てんぱく区く

古厩ふるまや山さん地蔵寺じぞうじ（毛もう替がえ地蔵じぞう）・長範ながのり古厩ふるまや（『張ちょう州しゅう府ふ志こころざし』）

愛知あいち県けん豊明とよあけ市し沓掛くつかけ町まち

二に村山むらやま峠とうげ地蔵じぞう尊みこと

三重みえ県けん名張なばり市し蔵持くらもち町まち

蔵持くらもち春日かすが神社じんじゃ・熊坂くまさか長範ながのり屋敷やしき跡あと