英国えいこく病びょう

英国えいこく病びょう（えいこくびょう、英語えいご: British disease）またはイギリス病びょうとは、国くにを挙あげてセカンダリー・バンキングへ傾注けいちゅうした1960年代ねんだい以降いこうの英国えいこく（イギリス）において、充実じゅうじつした社会しゃかい保障ほしょう制度せいどや基幹きかん産業さんぎょうの国有こくゆう化か等ひとしの政策せいさくが実施じっしされ、社会しゃかい保障ほしょう負担ふたんの増加ぞうか、国民こくみんの勤労きんろう意欲いよく低下ていか、既得きとく権益けんえきの発生はっせい、およびその他たの経済けいざい・社会しゃかい的てきな問題もんだいを発生はっせいさせた現象げんしょうである。

イギリス社会しゃかい主義しゅぎ

ゆりかごから墓場はかばまで

1946年ねんに労働党ろうどうとうのアトリー内閣ないかくはベヴァリッジ報告ほうこく書しょに基もとづいて、国民こくみんが原則げんそく無料むりょうで医療いりょうを受うけることが出来できる国民こくみん保健ほけんサービス法ほうと、国民こくみんが老齢ろうれい年金ねんきんと失業しつぎょう保険ほけんを受うけ取とることが出来できる国民こくみん保険ほけん法ほうを制定せいていした。また、1948年ねんには政府せいふが生活せいかつ困窮こんきゅう者しゃを扶助ふじょする国民こくみん扶助ふじょ法ほうと政府せいふが青少年せいしょうねんを保護ほごする児童じどう法ほうを制定せいていした。これらの政策せいさくによりイギリスでは「ゆりかごから墓場はかばまで」と呼よばれる社会しゃかい保障ほしょう制度せいどが確立かくりつされていった。

国有こくゆう化か政策せいさく

アトリー内ない閣かくは1945年ねんから1951年ねんの間あいだに石炭せきたん、電力でんりょく、ガス、鉄鋼てっこう、鉄道てつどう、運輸うんゆなどの産業さんぎょうを国有こくゆう化かした。1951年ねんに政権せいけんを奪回だっかいした保守党ほしゅとうのチャーチル内閣ないかくはアトリー内ない閣かくとは逆ぎゃくに、1953年ねんに鉄鋼てっこうや運輸うんゆなどの産業さんぎょうを民営みんえい化かした。しかし、1964年ねんに政権せいけんを奪回だっかいした労働党ろうどうとうのウィルソン内閣ないかくは1967年ねんに鉄鋼てっこうや運輸うんゆなどの産業さんぎょうを再ふたたび国有こくゆう化かした。また、第だい2次じウィルソン内閣ないかくは1975年ねんに自動車じどうしゃ産業さんぎょうを国有こくゆう化かし（ブリティッシュ・レイランド）、キャラハン内閣ないかくは1977年ねんに航空こうくう宇宙うちゅう産業さんぎょうを国有こくゆう化かした（ブリティッシュ・エアロスペース）。

経済けいざいの停滞ていたい

1960〜1970年代ねんだいのイギリスは、労使ろうし紛争ふんそうの多おおさと経済けいざい成長せいちょう不振ふしんのため、他たのヨーロッパ諸国しょこくから「ヨーロッパの病人びょうにん（Sick man of Europe）」と呼よばれた。セカンダリー・バンキングの実態じったいを捨象しゃしょうした表現ひょうげんである。

イギリスにおける経済けいざい悪化あっか

内容ないよう	1960〜1969年ねん	1970〜1979年ねん
GDP成長せいちょう率りつ	3.2%	2.4%
インフレ率りつ	3.5%	12.5%
経常けいじょう収支しゅうし（GDP比ひ）	0.2%	▲0.2%
財政ざいせい収支しゅうし（GDP比率ひりつ）	▲2.5%	▲5.0%
失業しつぎょう率りつ	1.5%	3.3%

国際こくさい競争きょうそう力りょくの低下ていか

1960年代ねんだいになると、国有こくゆう化かなどの産業さんぎょう保護ほご政策せいさくはイギリス資本しほんによる国内こくない製造せいぞう業ぎょうへの設備せつび投資とうしを減退げんたいさせることとなり、（セカンダリー・バンキングで）資本しほんは海外かいがいへ流出りゅうしゅつし、技術ぎじゅつ開発かいはつに後おくれを取とるようになっていった。また、国有こくゆう企業きぎょうは経営けいえい改善かいぜん努力どりょくをしなくなっていき、製品せいひんの品質ひんしつが劣化れっかしていった。これらの結果けっか、イギリスは国際こくさい競争きょうそう力りょくを失うしなっていき、輸出ゆしゅつが減少げんしょうし、輸入ゆにゅうが増加ぞうかして、国際こくさい収支しゅうしは悪化あっかしていった。

特とくに多おおくの労働ろうどう者しゃを抱かかえていた自動車じどうしゃ産業さんぎょうは、ストライキの慢性まんせい化かと日本にっぽん車しゃの輸出ゆしゅつが活発かっぱつ化かした時期じき（1970年代ねんだい）が重かさなったことで壊滅かいめつ的てきな状況じょうきょうとなり、2000年代ねんだいには外国がいこくメーカーのブランド名めいとしてのみ名前なまえが残のこっている。

「ブリティッシュ・レイランド」も参照さんしょう

オイルショックの到来とうらい

1973〜1974年ねんの第だい1次じオイルショックをきっかけにイギリスは経済けいざいの停滞ていたいと物価ぶっかの上昇じょうしょうが共存きょうぞんするスタグフレーションに陥おちいった。失業しつぎょう率りつは増大ぞうだいしていき、原材料げんざいりょう費ひと賃金ちんぎんの高騰こうとうが原因げんいんとなって生産せいさん性せいが低下ていかし、通貨つうかポンドの価値かちは下落げらくした。一方いっぽう、通貨つうかの価値かち下落げらくにもかかわらず、国際こくさい収支しゅうしが改善かいぜんすることはなかった。

財政ざいせいの悪化あっか

オイルショック以降いこう、イギリスでは経済けいざい成長せいちょう率りつが低下ていかし、税金ぜいきん収入しゅうにゅうが減少げんしょうしていき、財政ざいせい赤字あかじは増加ぞうかして、国債こくさいの累積るいせき残高ざんだかが増加ぞうかし続つづけていった。為替かわせレートにおけるドル高だかポンド安やすを防ふせぐ為ため、為替かわせ介入かいにゅうを実施じっしした結果けっか、1976年ねんには外貨がいか準備じゅんび不足ふそくに陥おちいり、国際こくさい通貨つうか基金ききんから融資ゆうしを受うけることとなった。融資ゆうしの条件じょうけんとしてIMFより財政ざいせい赤字あかじ削減さくげんを指示しじされた為ため、英国えいこく政府せいふは財政ざいせい支出ししゅつの削減さくげんを余儀よぎなくされ、公務員こうむいんの給与きゅうよ抑制よくせいが課題かだいとなった。また、社会しゃかい保障ほしょう制度せいどを維持いじしようと歳入さいにゅう増ぞうを試こころみるようになった。

病やまいの症状しょうじょう

意欲いよくの低下ていか

1970年代ねんだいには所得しょとく税ぜいの最高さいこう税率ぜいりつが83%、不労所得ふろうしょとくの最高さいこう税率ぜいりつが15%の付加ふか税ぜいを加算かさんして98%、という異常いじょうに高率こうりつな累進るいしん課税かぜいだった。これらの税ぜい制度せいどや充実じゅうじつした失業しつぎょう保険ほけんは勤労きんろう意欲いよくの低下ていかや社会しゃかい的てき活力かつりょくの減退げんたいを招まねいていった。

労働ろうどう組合くみあいの勝利しょうり

1970年代ねんだいになると、イギリスでは様々さまざまなストライキが断続だんぞく的てきに続つづいた。第だい1次じオイルショックの到来とうらい以降いこう、スタグフレーションを克服こくふくするために保守党ほしゅとうのヒース内閣ないかくは労働ろうどう組合くみあいと賃金ちんぎん抑制よくせいの交渉こうしょうをしたが、うまくいかず、1974年ねん2月がつ、全国ぜんこくの炭坑たんこうでは無む期限きげんストライキが始はじまった。事態じたいを打開だかいしようとヒース首相しゅしょうは選挙せんきょに打うって出でたが、労働党ろうどうとうが比較ひかく第だい1党とうとなり、ヒース内ない閣かくは退陣たいじんした。政権せいけんに就ついた第だい2次じウィルソン内閣ないかくは労働ろうどう組合くみあいの要求ようきゅうに近ちかい賃上ちんあげを認みとめた。こうしてストは終了しゅうりょうした。

不満ふまんの冬ふゆ

詳細しょうさいは「不満ふまんの冬ふゆ」を参照さんしょう

1978年ねん末すえから1979年ねん始はじめにかけて、基幹きかん産業さんぎょうの労働ろうどう組合くみあいが大おおきな賃上ちんあげ合意ごういをしたため、公共こうきょうサービス労働ろうどう者しゃもそれに続つづこうとストライキに入はいった。医者いしゃや看護かんご師しのストで病院びょういんは機能きのうせず、給食きゅうしょく婦ふのストで学校がっこうは休校きゅうこうし、ゴミ収集しゅうしゅう人じんのストでゴミは回収かいしゅうされず、墓はか堀ほり人じんのストで死者ししゃが埋葬まいそうされず、トラック運転うんてん手しゅのストで暖房だんぼう用ようの灯油とうゆが配達はいたつされない等ひとしの現象げんしょうが起おこった。キャラハン内閣ないかくは、これらの公共こうきょうサービスの低下ていかに対たいして労働党ろうどうとう内ないの抗争こうそうにより有効ゆうこうな対策たいさくを打うち出だすことはできなかった。結果けっかとしてこれらの現象げんしょうは社会しゃかいの不満ふまんを生うみ出だすこととなり、この時期じきの冬ふゆは「不満ふまんの冬ふゆ」と呼よばれるようになった。

病やまいの治療ちりょうと克服こくふく

「鉄てつの女おんな」の登場とうじょう

1979年ねんの総そう選挙せんきょでは保守党ほしゅとうが勝利しょうりし、5月にはサッチャーが政権せいけんに就ついた。サッチャー内ない閣かくは、国有こくゆう企業きぎょうの民営みんえい化か、金融きんゆう引ひき締しめによるインフレの抑制よくせい、財政ざいせい支出ししゅつの削減さくげん、税制ぜいせい改革かいかく、規制きせい緩和かんわ、労働ろうどう組合くみあいの弱体じゃくたい化かなどの政策せいさくを推おし進すすめていった。

詳細しょうさいは「サッチャリズム」を参照さんしょう

これらの政策せいさくにより英国えいこく病びょうの症状しょうじょうは克服こくふくされていったが、サッチャー在任ざいにん中ちゅうは不ふ況きょうは改善かいぜんされず、失業しつぎょう者しゃ数すうはむしろ増加ぞうかし、財政ざいせい支出ししゅつも減へらなかったことや、反対はんたい派はを排除はいじょする強硬きょうこうな態度たいどなどからサッチャーは在任ざいにん中ちゅうも、その後ごも、イギリス国内こくないでは毀誉きよ褒貶ほうへんが相あい半なかばする存在そんざいとなった。

新あたらしい労働党ろうどうとうへ

その後ご、メージャー内閣ないかくを経へて、1997年ねんには保守党ほしゅとうから政権せいけんを奪回だっかいした労働党ろうどうとうのブレア内閣ないかくはサッチャー内ない閣かくの基本きほん路線ろせんを踏襲とうしゅうしつつも、是正ぜせいする政策せいさくを行おこなっていった。

詳細しょうさいは「第だい三さんの道みち」を参照さんしょう

また、ブレア内閣ないかくは若わかさや活気かっきなどをイメージさせる「クール・ブリタニア」という用語ようごを用もちいたブランド戦略せんりゃくを推進すいしんし、悪わるい・老おいた印象いんしょうがあるイギリスを良よい・若わかい印象いんしょうの国くにへ脱却だっきゃくさせようとする政策せいさくを行おこなっていった。

原油げんゆ輸出ゆしゅつと病やまいの克服こくふく

1980年代ねんだい以降いこうに、北海ほっかい油田ゆでんが産出さんしゅつする原油げんゆを輸出ゆしゅつできるようになったことで、「英国えいこく病びょう」を脱だっした。1998年ねんに欧州おうしゅう最大さいだいの原油げんゆ輸出ゆしゅつ国こくとなったことで、財政ざいせい赤字あかじは黒字くろじに転てんじた。国内こくない総そう生産せいさんも1992年ねんから2008年ねんまでプラス成長せいちょうが続つづいた。

これを受うけ、2001年ねんにブレア内閣ないかくは「英国えいこく病びょう克服こくふく宣言せんげん」を行おこなうとともに、「クール・ブリタニア」構想こうそうへの投資とうしを推進すいしんした。

投資とうし家かのジム・ロジャーズは、英国えいこく病びょうを救すくったのは結局けっきょくは北海ほっかい油田ゆでんだったと述のべる。また同様どうようの病やまいに苦くるしむ現代げんだい日本にっぽんだが同様どうようの資源しげんは無ないことを指摘してきしている。

21世紀せいき以降いこう

2005年ねんに、北海ほっかい油田ゆでんの原油げんゆ産出さんしゅつ量りょうは減少げんしょうし、イギリス国内こくないの需要じゅようを満みたせない状態じょうたいとなった。これにより、イギリスは原油げんゆの純じゅん輸入ゆにゅう国こくに転てんじた。また、2020年ねんまでに北海ほっかい油田ゆでんの枯渇こかつが予測よそくされたため、エネルギー政策せいさくの軸じくを原子力げんしりょくに移うつすとともに、中国ちゅうごくからの投資とうしと技術ぎじゅつ協力きょうりょくを受うけ入いれて、「英国えいこく病びょう」の再発さいはつ防止ぼうしに取とり組くんでいる。

「衰退すいたい=幻影げんえい」説せつ

近年きんねんの研究けんきゅうでは英国えいこく病びょうは幻影げんえいであったという説せつが有力ゆうりょくとなっている。英国えいこく病びょうの根拠こんきょとして製造せいぞう工業こうぎょうの不振ふしんというものがあるが、サッチャー改革かいかく、ブレアの長期ちょうき政権せいけんを通とおしても結局けっきょくのところ復活ふっかつはしなかった。

経済けいざいを引ひっ張ぱっているのは金融きんゆうや商業しょうぎょうを中心ちゅうしんとするシティのみである。ベティの法則ほうそくからすれば、工業こうぎょうを中心ちゅうしんとする第だい2次じ産業さんぎょうから金融きんゆう･商業しょうぎょう･サービス業ぎょうなどを中心ちゅうしんとする第だい3次じ産業さんぎょうへ遷移せんいすることは必然ひつぜんである。

また、W･D･ルーヴィスティンによれば、イギリス経済けいざいは世界せかいの工場こうじょうと謳うたわれた産業さんぎょう革命かくめい期きですら工業こうぎょう･製造せいぞう業ぎょうは金融きんゆう･商しょう業界ぎょうかいを優越ゆうえつしたことは一いち度どもなかった。このことからイギリスはむしろ世界せかいの先端せんたんを走はしっていたとも言いえる。

参考さんこう文献ぶんけん

• 山口やまぐち二郎じろう 『イギリスの政治せいじ 日本にっぽんの政治せいじ』 筑摩書房ちくましょぼう（ちくま新書しんしょ）1998年ねん7月がつ ISBN 4480057641
• 竹下たけした譲ゆずる 『イギリス政府せいふ機構きこうの変貌へんぼう』2001年ねん
• 小林こばやし公司こうじ 「英国えいこく構造こうぞう改革かいかくの再さい評価ひょうか〜英国えいこく経済けいざい好調こうちょうの背景はいけいを探さぐる〜」 『みずほ総研そうけん論集ろんしゅう』2005年ねん1号ごう みずほ総合そうごう研究所けんきゅうじょ
• 平田ひらた潤じゅん「政策せいさく危機ききと危機きき管理かんり：英国えいこくConsensus Politics下かの政策せいさく危機ききとサッチャー改革かいかく」『経営けいえい政策せいさく論集ろんしゅう』第だい6巻かん第だい1号ごう、桜美林大学おうびりんだいがく、2006年ねん12月、1-28頁ぺーじ、NAID 110006425819。 
• R･イングリッシュ、M･ケニー 著ちょ、川北かわきた稔みのる 訳やく『経済けいざい衰退すいたいの歴史れきし学がく―イギリス衰退すいたい論ろん争そうの諸相しょそう』ミネルみねるヴァ書房ぁしょぼう、2008年ねん(平成へいせい20年ねん)。ISBN 978-4623051717。 

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外部がいぶリンク

• 世界せかい経済けいざい白書はくしょ（年次ねんじ世界せかい経済けいざい報告ほうこく） - 内閣ないかく府ふホームページ