軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし

軍人ぐんじん訓誡くんかいノ勅みことのり諭さとし
	; 日本にっぽんの法令ほうれい
通称つうしょう・略称りゃくしょう	軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし
法令ほうれい番号ばんごう	明治めいじ15年ねん陸軍りくぐん省しょう達たち乙おつ第だい2号ごう達たち
種類しゅるい	防衛ぼうえい
公布こうふ	1882年ねん1月がつ4日にち
所管しょかん	陸軍りくぐん省しょう
主おもな内容ないよう	軍人ぐんじんが守まもるべき徳目とくもく、軍人ぐんじんの政治せいじ不ふ関与かんよ
条文じょうぶんリンク	法令ほうれい全書ぜんしょ
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『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし』（ぐんじんちょくゆ、旧きゅう字体じたい：軍人ぐんじん敕諭󠄀）は、1882年ねん（明治めいじ15年ねん）1月がつ4日にちに明治天皇めいじてんのうが陸海りくかい軍ぐん軍人ぐんじんに下賜かしした勅みことのり諭さとしである^[2]。正式せいしき名称めいしょうは、『陸海りくかい軍ぐん軍人ぐんじんに賜たまものはりたる敕諭』（りくかいぐんぐんじんにたまわりたるちょくゆ）^[2]。カタカナ交まじりの漢文かんぶん訓読くんどく調ちょうが一般いっぱん的てきだった当時とうじの詔勅しょうちょくとしては珍めずらしく、平仮名ひらがな交まじりの和文わぶん調ちょうになっている^[2]。

沿革えんかく

山縣やまがた有朋ありともの指示しじで起草きそう西にし周あまねが起草きそう、福地ふくち源一郎げんいちろう・井上いのうえ毅あつし・山縣やまがた有朋ありともによって加筆かひつ修正しゅうせいされたとされる。下賜かし当時とうじ、西南せいなん戦争せんそう・竹橋たけばし事件じけん・自由じゆう民権みんけん運動うんどうなどの社会しゃかい情勢じょうせいにより、設立せつりつ間あいだもない軍部ぐんぶに動揺どうようが広ひろがっていたため、これを抑おさえ、精神せいしん的てき支柱しちゅうを確立かくりつする意図いとで起草きそうされたものされ、1878年ねん（明治めいじ11年ねん）10月に陸軍りくぐん卿きょう山縣やまがた有朋ありともが全ぜん陸軍りくぐん将兵しょうへいに印刷いんさつ配布はいふした軍人ぐんじん訓誡くんかいが元もとになっている。

1948年ねん（昭和しょうわ23年ねん）6月19日にち、教育きょういく勅語ちょくごなどと共ともに、衆議院しゅうぎいんの「教育きょういく勅語ちょくご等とう排除はいじょに関かんする決議けつぎ」および参議院さんぎいんの「教育きょういく勅語ちょくご等とうの失効しっこう確認かくにんに関かんする決議けつぎ」によって、その失効しっこうが確認かくにんされた。

内容ないよう

通常つうじょうの詔勅しょうちょくが漢文かんぶん調しらべであるのに対たいし、変体へんたい仮名がな交まじりの和文わぶん調ちょうの文語ぶんご体からだで、総そう字数じすう2700字じにおよぶ長文ちょうぶん。忠節ちゅうせつ・礼儀れいぎ・武たけ勇いさむ・信義のぶよし・質素しっそを軍人ぐんじんが守まもるべきの五いつつの徳目とくもくとし、また軍人ぐんじんは政治せいじに関与かんよしないように明示めいじしている^[3]。陸軍りくぐんでは将兵しょうへいは全文ぜんぶん暗誦あんしょうできることが当然とうぜんとされた。一方いっぽう海軍かいぐんでは、「御ご勅みことのり諭さとしの精神せいしんを覚おぼえておけばよい。御ご勅みことのり諭さとし全文ぜんぶんより諸しょ例れい則そく（関連かんれん法規ほうきや訓令くんれい）等とうを覚おぼえよ」とされることが多おおく、全文ぜんぶん暗誦あんしょうを求もとめられることは多おおくなかった。

内容ないようは、前文ぜんぶんで『朕ちんは汝なんじら軍人ぐんじんの大元帥だいげんすいなるぞ』と天皇てんのうが統帥とうすい権けんを保持ほじすることを示しめし、「下級かきゅうの者ものが上官じょうかんの命令めいれいを承うけたまわること、実じつは直ただちに朕ちんが命令めいれいを承うけたまわることと心得こころえよ」とい渡いわたし、続つづけて、軍人ぐんじんに忠節ちゅうせつ・礼儀れいぎ・武たけ勇いさむ・信義のぶよし・質素しっその五ご箇条かじょうの徳目とくもくを説といた主文しゅぶん、これらを誠心せいしんをもって遵守じゅんしゅ実行じっこうするよう命めいじ、果はたされれば天皇てんのう自身じしんの喜よろこびに留とまらず、国民こくみん皆みなこれを祝いわうだろうと述のべた後のち文ぶんから成なる。

五ご箇条かじょうの忠節ちゅうせつ・礼儀れいぎ・武勇ぶゆうという徳目とくもくは、江戸えど時代じだいの武士ぶし道どうの徳目とくもくであった儒教じゅきょう朱子学しゅしがくにおける五倫ごりんと五常ごじょうの影響えいきょうを強つよく受うけている^[4]。また、当時とうじの竹橋たけばし事件じけん・自由じゆう民権みんけん運動うんどうの影響えいきょうを鑑かんがみ、「忠節ちゅうせつ」の項こうにおいて「政論せいろんに惑まどわず政治せいじに拘かかわらず」と軍人ぐんじんの政治せいじへの不ふ関与かんよを命めいじ、軍人ぐんじん（現役げんえきの兵へいと職業しょくぎょう軍人ぐんじん）には選挙せんきょ権けんを与あたえないこととした。ところが大日本帝国だいにっぽんていこく憲法けんぽう（1890年ねん11月）に先行せんこうして天皇てんのうから与あたえられた「勅みことのり諭さとし」であることから、海軍かいぐんと陸軍りくぐんの一部いちぶは軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしを政府せいふや議会ぎかいに対たいする自みずからの独立どくりつ性せいを担保たんぽするものと位置いちづけようとするものもいた^[5]。政治せいじへの不ふ関与かんよを命めいじたものと位置いちづけるのが主流しゅりゅうであったが、政党せいとう政治せいじに終局しゅうきょくをもたらせた暗殺あんさつテロ、五ご・一いち五ご事件じけんに代表だいひょうされる急進きゅうしん派はも存在そんざいした。

戦たたかいに於おいては「義ぎは山嶽さんがくより重おもく死しは鴻毛こうもうより軽かるしと心得こころえよ」と、「死しは或あるいは泰山たいざんより重おもく或あるいは鴻毛こうもうより輕かるし^[6]」という古諺こげんを言換いいかえ、「普段ふだんは命いのちを無駄むだにせず、けれども時ときには義ぎのため、喩たとえば天皇てんのうのため国くにのために、命いのちを捨すてよ」という意味いみで解釈かいしゃくされた。武士ぶし道どう「葉隠はがくれ」にあるような個人こじんの尊厳そんげんを重視じゅうししたものと明確めいかくに差異さいがある^[4]。

下村しもむら定じょう大将たいしょう（陸士りくし20期き）は降伏ごうぶく決定けっていの際さい、徹底てってい抗戦こうせんを望のぞむ部下ぶかたちに「汝なんじ等とう能のうく朕ちんと其憂を共ともにせよ」を敗戦はいせん時じの心得こころえとして説得せっとくした^[7]という。

「御名ぎょめい」

資料しりょうによってはこの勅みことのり諭さとしの末尾まつびに「御名ぎょめい御璽ぎょじ」と表記ひょうきしているものがあるが、この勅みことのり諭さとしは明治天皇めいじてんのうの署名しょめい（印刷物いんさつぶつ等とうに表記ひょうきする場合ばあいは「御名ぎょめい」）のみで御璽ぎょじを捺おさずに陸海りくかい軍ぐんに直接ちょくせつ下賜かしする形式けいしきを採とった（軍ぐん内部ないぶには「明治めいじ15年ねん陸軍りくぐん省しょう達たち乙おつ第だい2号ごう」として陸軍りくぐん大臣だいじんから布達ふたつされた）ため、印刷物いんさつぶつの場合ばあいは「御名ぎょめい」のみ表記ひょうきされるのが正確せいかくである。

ちなみに陸軍りくぐんにおいては「御名ぎょめい」を一般いっぱん的てきな「ぎょめい」でなく「おんな」と読よんだ。山本やまもと七なな平たいらは『私わたしの中なかの日本にっぽん軍ぐん』の中なかで、ある衛生えいせい下士官かしかんが部隊ぶたいの宴会えんかいで酔よい、「突撃とつげき一いち番ばん、軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしはオンナで終おわらぁー」と叫さけんだと記しるしている^[8]^[9]。

その他た

梅津うめづ美治よしはる郎ろう陸軍りくぐん大将たいしょうの誕生たんじょう日びは、軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしが下賜かしされた明治めいじ15年ねん（1882年ねん）1月がつ4日にちである。

戦争せんそう中ちゅうに陸軍りくぐん上等じょうとう兵へいとして中なか支ささえの戦場せんじょうにいた、後ごの戦記せんき作家さっかの伊藤いとう桂一けいいちは、戦陣せんじん訓くんと軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしを比較ひかくして次つぎのように述のべている^[10]。

「戦陣せんじん訓くん」にくらべると、明治めいじ十じゅう五ご年ねん発布はっぷの「軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし」は荘重そうちょうなリズムをもつ文体ぶんたいで、内部ないぶに純粋じゅんすいな国家こっか意識いしきが流ながれているし、軍隊ぐんたいを離はなれて、一種いっしゅの叙事詩じょじし的てきな文学ぶんがく性せいをさえ感かんじるのである。興隆こうりゅうしてゆく民族みんぞくや軍隊ぐんたいの反映はんえいが「軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし」にはある。「戦陣せんじん訓くん」を「軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし」と比較ひかくすることは酷こくであるにしても「戦陣せんじん訓くん」にはなんら灌漑かんがいしている精神せいしんがなく、いたずらに兵隊へいたいに押おしつける箇条書かじょうがきが羅列られつしてあるだけである。およそ考かんがえられるかぎりのあらゆる制約せいやく条項じょうこうを、いったい生身なまみの兵隊へいたいが守まもれるとでも思おもったのであろうか。ともかく「戦陣せんじん訓くん」には耗弱した軍ぐんの組織そしきの反映はんえいがあり、聡明そうめいなる兵隊へいたいはそれを読よんだ時点じてんで、すでに兵隊へいたいそのものの危機ききを予感よかんしたかもしれない。 — 伊藤いとう桂一けいいち『兵隊へいたいたちの陸軍りくぐん史し』新潮しんちょう文庫ぶんこ、2008年ねん（平成へいせい20年ねん）

稲田いなだ朋美ともみの防衛ぼうえい大臣だいじん辞任じにんの要因よういんとなった自衛隊じえいたい日報にっぽう問題もんだいに際さいし、元もと外務省がいむしょうの佐藤さとう優ゆうは「自衛じえい官かんたちが二度にどとこのような行動こうどうをとらないように、自衛隊じえいたいに軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしを暗唱あんしょうさせ、軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしの精神せいしんを叩たたき込こんだほうがいいのではないでしょうか」と述のべている。

脚注きゃくちゅう

^ 日本法令にほんほうれい索引さくいん
^ ^a ^b ^c 日本にっぽん大だい百科全書ひゃっかぜんしょ(ニッポニカ)「軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし」(小学館しょうがくかん)
^ 旺文社おうぶんしゃ日本にっぽん史し事典じてん三さん訂てい版ばん「軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし」
^ ^a ^b 荒川あらかわ紘ひろし「教育きょういく基本きほん法ほうと儒教じゅきょう教育きょういく」『東邦とうほう学がく誌し』第だい39巻かん第だい1号ごう、愛知あいち東邦大学とうほうだいがく、2010年ねん6月がつ1日にち、37-52頁ぺーじ、ISSN 02874067。
^ 陸軍りくぐんの一部いちぶには「政論せいろんに惑まどわず政治せいじに拘かかわらず」について「政府せいふや政治せいじ家かが何なにを言いおうと気きにする必要ひつようはない、ということだ」という解釈かいしゃくすらあったという。
^ 「人ひと固有こゆう一死或重於泰山或輕於鴻毛」（人ひともとより一死いっし有あれども、或あるいは泰山たいざんより重おもく、或あるいは鴻毛こうもうより輕けいし）（司馬しば遷報むくい任にん少しょう卿きょう書しょ）
人ひとの死しは必然ひつぜんだが、その死しの意味いみは山やまの如ごとく重おもいこともあれば、鴻毛こうもう（ダウン）の如ごとく軽かるいこともある。すなはち軍人ぐんじんは、みだりに死しなば「鴻毛こうもう」と化かすが、死しぬべき死し（義ぎのための死し）は「山岳さんがく」であるということである。この古諺こげんは「義よし」を説とく物ものであるが、勅みことのり諭さとしでは主語しゅごに明示めいじされた。
^ 村上むらかみ兵衛ひょうえ『陸軍りくぐん幼年ようねん学校がっこうよもやま物語ものがたり』わちさんぺい絵え、光人みつひと社しゃ、1984年ねん11月、145頁ぺーじ。ISBN 4-7698-0248-X。名古屋なごや陸軍りくぐん幼年ようねん学校がっこう校長こうちょう橘たちばな周太しゅうたの訓示くんじ“御ご勅みことのり諭さとしを読よみなさい”
^ 山本やまもと七なな平たいら『私わたしの中なかの日本にっぽん軍ぐん』上下じょうげ巻まき、文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう〈文春ぶんしゅん文庫ぶんこ〉、1983年ねん5月がつ。ISBN 4-16-730601-8 ISBN 4-16-730602-6。
^ 山本やまもと七なな平たいら『私わたしの中なかの日本にっぽん軍ぐん』文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう〈山本やまもと七なな平ひらライブラリー 2〉、1997年ねん4月がつ。ISBN 4-16-364620-5。
^ 伊藤いとう桂一けいいち『兵隊へいたいたちの陸軍りくぐん史し』新潮社しんちょうしゃ〈新潮しんちょう文庫ぶんこ〉、2008年ねん8月がつ。ISBN 978-4-10-148612-3。

参考さんこう文献ぶんけん

秋月あきづき種たね樹じゅ『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし写うつし』秋月あきづき種たね樹じゅ、1888年ねん（明治めいじ21年ねん）10月がつ。
山本やまもと松太郎まつたろう『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし釈しゃく要かなめ』上野うえの勘三郎かんざぶろう、1892年ねん（明治めいじ25年ねん）12月。
杉山すぎやま鉄てつ耕こう『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし帖じょう』1895年ねん（明治めいじ28年ねん）3月がつ。
中村なかむら覚さとし『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし講義こうぎ』軍事ぐんじ教育きょういく会かい、1898年ねん（明治めいじ31年ねん）1月がつ。
丸山まるやま正彦まさひこ『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし義ぎ解かい』吉川よしかわ半はん七なな、1898年ねん（明治めいじ31年ねん）8月がつ。
高賀こうか詵三郎さぶろう『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし捷とし解かい』目黒めぐろ書房しょぼう、1902年ねん（明治めいじ35年ねん）4月がつ。
鈴木すずき松太郎まつたろう『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし講義こうぎ』鈴木すずき松太郎まつたろう、1909年ねん（明治めいじ42年ねん）8月がつ。
足立あだち栗ぐり園えん『大正たいしょう勅みことのり諭さとし軍人ぐんじんの精神せいしん』富田とみた文ぶん陽ひ堂どう、1913年ねん（大正たいしょう2年ねん）1月がつ。
亘理わたり章あきら三郎さぶろう『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとしの御ご下賜かしと其史的てき研究けんきゅう』中ちゅう文ぶん館かん書店しょてん、1932年ねん（昭和しょうわ7年ねん）4月がつ。
教育きょういく総監そうかん部ぶ『軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし謹解』軍人ぐんじん会館かいかん、1941年ねん（昭和しょうわ16年ねん）5月がつ。
明治天皇めいじてんのう『明治天皇めいじてんのう御ご下賜かし　軍人ぐんじん勅みことのり諭さとし　明治めいじ十じゅう五ご年ねん一いち月がつ四よん日にち』帝国ていこく在郷ざいきょう軍人ぐんじん会かい竹ちく間あいだ分会ぶんかい、1937年ねん（昭和しょうわ12年ねん）5月がつ。