ソクラテスの弁明べんめい

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ソクラテスの弁明べんめい』(ソクラテスのべんめい、古希こき: Ἀπολογία Σωκράτους: Apologia Socratisえい: Apology of Socrates)は、プラトンあらわした初期しょき対話たいわへんたんに、『弁明べんめい』(古希こき: Ἀπολογία: Apologiaえい: Apology)とも。

歴史れきしてき背景はいけい[編集へんしゅう]

ペロポネソス戦争せんそうアテナイスパルタ敗北はいぼく紀元前きげんぜん404ねん、アテナイではおやスパルタのさんじゅうにん政権せいけん成立せいりつ恐怖きょうふ政治せいじおこなわれた。さんじゅうにん政権せいけんいちねん程度ていど短期間たんきかん崩壊ほうかいしたが、わってくに主導しゅどうけん奪還だっかんした民主みんしゅ勢力せいりょくなかには、ペロポネソス戦争せんそう敗戦はいせんさんじゅうにん政権せいけん惨禍さんかまねいた原因げんいん責任せきにん追及ついきゅう一環いっかんとして、ソフィスト哲学てつがくしゃひとし異分子いぶんし」を糾弾きゅうだん排除はいじょするうごきがあった。

ペロポネソス戦争せんそうにおいて致命ちめいてきはたらきをしたアルキビアデスや、さんじゅうにん政権せいけん主導しゅどうしゃであったクリティアスひとしいがあり、かれらを教育きょういくしたであるとみなされていたソクラテスも、その糾弾きゅうだん排除はいじょ対象たいしょう一人ひとりとされた[注釈ちゅうしゃく 1]とくにソクラテスが「神霊しんれいダイモニオン)」からさとしをけていると公言こうげんしていたことが、「あたらしい神格しんかく輸入ゆにゅうした」との非難ひなん原因げんいんとなった[2]。こうしてソクラテスは、「国家こっかしんじないかみ々を導入どうにゅうし、青少年せいしょうねん堕落だらくさせた」として宗教しゅうきょう犯罪はんざいである「涜神とくしんざい」(かみ冒涜ぼうとくしたつみ)で公訴こうそされ[3]紀元前きげんぜん399ねん初頭しょとう裁判さいばんおこなわれることになった。ほんへんはその場面ばめん題材だいざいとする。

この告発こくはつたいしソクラテスは全面ぜんめんてき反論はんろんし、いささかの妥協だきょうせない。その結果けっかソクラテスには死刑しけい宣告せんこくされた。

死刑しけい宣告せんこくされたのちのソクラテスは、牢屋ろうややく30にち拘留こうりゅうされたのちけい執行しっこうによってどくニンジンはいんで死亡しぼうする(参照さんしょう:『クリトン』『パイドン』)が、ソクラテスの刑死けいしから6ねん紀元前きげんぜん393ねんに、ソフィスト・弁論べんろんであるポリュクラテスが、『ソクラテスにたいする告発こくはつ』という、アニュトスの法廷ほうてい告発こくはつぶん脚色きゃくしょくした作品さくひん発表はっぴょうしており、ほんさくのプラトンによる『ソクラテスの弁明べんめい』や、クセノポンによる『ソクラテスの弁明べんめい』、またクセノポンの『ソクラテスのおもだい1かん冒頭ぼうとう内容ないようなどは、直接的ちょくせつてきにはその作品さくひんたいする対抗たいこう措置そちという意味合いみあいがつよ[4]

構成こうせい[編集へんしゅう]

登場とうじょう人物じんぶつ[編集へんしゅう]

  • ソクラテス古希こき: Σωκράτης) - 70さいさい晩年ばんねん
  • メレトス古希こき: Μέλητος) - ソクラテスにたいする告発こくはつしゃ一人ひとり詩人しじん代表だいひょう

告発こくはつしゃけい3めいであり、メレトスのほかには、手工しゅこうしゃ政治せいじ代表だいひょうアニュトス古希こき: Ἄνυτος)、演説えんぜつ代表だいひょうリュコン古希こき: Λύκων)の2めいがいるが、かれらは本編ほんぺんでは話者わしゃとして登場とうじょうすることはない。アニュトスは、初期しょきまつ対話たいわへんメノン』に話者わしゃとして登場とうじょうする。)

時代じだい場面ばめん設定せってい[編集へんしゅう]

紀元前きげんぜん399ねんアテナイ民衆みんしゅう裁判所さいばんしょ。500にん市民しみん陪審ばいしんいんまえに、ソクラテスにたいする告発こくはつしゃであるメレトスらが論告ろんこく求刑きゅうけい弁論べんろんえ、それをけるかたちでソクラテスが自身じしんたいする弁護べんご弁明べんめい開始かいしするところから、はなしはじまる。

途中とちゅう、「無罪むざい有罪ゆうざい決定けってい投票とうひょう、「けいりょう確定かくてい投票とうひょうの2かい投票とうひょうはさみ、それをけてソクラテスが聴衆ちょうしゅうかって最後さいご演説えんぜつをする場面ばめんまでがえがかれる。

特徴とくちょう[編集へんしゅう]

プラトンの著作ちょさくおおくは対話たいわへんダイアローグ)だが、この『ソクラテスの弁明べんめい』は、その性格せいかくじょう途中とちゅうメレトスとのわずかな質疑しつぎ応答おうとう挿入そうにゅうされるほかは、すべてソクラテスの一人ひとりかたり(モノローグ)となっている。

ぶんりょうは、たとえば岩波いわなみ文庫ぶんこ訳書やくしょ[5]では55ページ程度ていどと、おおくの初期しょき著作ちょさく同様どうようすくなく、簡素かんそ仕上しあがりとなっている。

内容ないよう[編集へんしゅう]

ソクラテスに死刑しけい判決はんけつした民衆みんしゅう裁判さいばん概要がいよう、そこにおけるソクラテス自身じしん言動げんどう弁明べんめい)がえがかれる。また、ソクラテスの弁明べんめいとおして、かれ特異とくい哲学てつがくあい智者ちしゃ人生じんせい発端ほったん経緯けいいや、かれ思想しそうひととなり、時代じだい背景はいけいなどが描写びょうしゃされる。

あらすじ[編集へんしゅう]

さき告発こくはつたいするソクラテスの対抗たいこう弁論べんろんから対話たいわへんはじまる。この対抗たいこう弁論べんろん対話たいわへんだい部分ぶぶんめる。ソクラテスはこの告発こくはつたいこうから反論はんろんする。ソクラテスはかれ実践じっせんする試問しもん問答もんどうほう)を説明せつめいする。それはデルポイ神託しんたく「ソクラテスよりかしこいものはいない」にたいし、それを反駁はんばくする意図いとはじめられたものであったが、数々かずかず知者ちしゃばれるひととの対話たいわによりソクラテスは、自分じぶん知者ちしゃではないが、ぶんをわきまえずに「らないことまで、っているとおもんでいる」ような人々ひとびとよりは、「らないことは、らないと自覚じかくしている」ぶんだけ、自分じぶんかれらよりかしこいという結論けつろんたっする。

なにかをっておりかしこいと主張しゅちょうするひとがいれば、対話たいわによってそれを吟味ぎんみし、そうでないことを見出みいだしたならそのことをあきらかにし、またしん探求たんきゅうしようとする人々ひとびととくわか人々ひとびとにそのことを奨励しょうれいすること、さき告発こくはつされたいとなみの内実ないじつは、ソクラテスのからみればそのようなことであった。

ソクラテスは、しん追求ついきゅうたましい世話せわはかることをすすめることは、かみからあたえられた自分じぶん使命しめいであって、国家こっか命令めいれいがこのことをきんじようとも自分じぶんにはやめることができないとかたる。

アテナイの裁判さいばんではまず被告人ひこくにん有罪ゆうざいかどうかが審議しんぎされ、つづいて告発こくはつしゃ被告人ひこくにん双方そうほうから量刑りょうけい提案ていあんがなされる。ソクラテスは有罪ゆうざい宣告せんこくされる。ここで裁判さいばん告発こくはつしゃアニュトスは死刑しけい求刑きゅうけいする。ソクラテスはこれにたい自分じぶんっていることはたましい世話せわをみなにうながすというもっと重要じゅうようなことであり、したがって自分じぶん国家こっか最上さいじょう奉仕ほうしをなしているのだと主張しゅちょうする。

そして、それにふさわしい刑罰けいばつはソクラテスのかんがえでは公会堂こうかいどうでの無料むりょう食事しょくじであると主張しゅちょうする。公会堂こうかいどうでの食事しょくじはオリュンピア競技きょうぎ優勝ゆうしょうしゃなどにあたえられる当時とうじのアテナイで最高さいこう公的こうてき顕彰けんしょうであった。ソクラテスは追放ついほうけい提案ていあんをまぬかれることも出来できたのであろうがあえてそれをしなかった。

結果けっかとして、ソクラテスには死刑しけい宣告せんこくされ裁判さいばん終結しゅうけつする。ソクラテスは有罪ゆうざい投票とうひょうをした人々ひとびとには忠告ちゅうこくを、無罪むざい投票とうひょうをした人々ひとびとには自身じしん死生しせいかんかたりつつほんへんわる。

詳細しょうさい[編集へんしゅう]

原典げんてんにはしょう区分くぶんいが、慣用かんようてきには33のしょうけられている[6]以下いか、それをもとに、かくしょう概要がいようしるす。

導入どうにゅう[編集へんしゅう]

  • 1. 告発こくはつしゃ素晴すばらしい弁論べんろんおこなったが、そこには真実しんじつまったいこと、自身じしん演説えんぜつもうまくないし、裁判さいばんにも不慣ふなれなこと、言葉ことばづかいではなく内容ないよう真実しんじつであるかどうかのみに注意ちゅういはらってほしい、など。

種類しゅるい弾劾だんがいしゃ[編集へんしゅう]

ふる弾劾だんがいしゃ」のいいぶん否定ひてい[編集へんしゅう]
  • 2. 自身じしんたいする種類しゅるい弾劾だんがいしゃ区別くべつ。すなわち、風聞ふうぶんらすアリストパネスおよかおえない大衆たいしゅうふる弾劾だんがいしゃ)と、今回こんかい裁判さいばん告発こくはつしゃあたらしい弾劾だんがいしゃ)の区別くべつ。そして、まずは「ふる弾劾だんがいしゃがわのいいぶんたいして、弁明べんめいすることの確認かくにん
  • 3. 「ふる弾劾だんがいしゃがわのいいぶん検討けんとう。「不正ふせい無益むえきなことに従事じゅうじ地下ちか天上てんじょう事象じしょう研究けんきゅう悪事あくじげて善事ぜんじし、他人たにん教授きょうじゅする」が事実無根じじつむこんであることを、まずは聴衆ちょうしゅうへとうったえかけ、確認かくにん
  • 4. 同時どうじに「ひと教育きょういく謝礼しゃれい要求ようきゅうする」というソフィストてき風評ふうひょう否定ひてい自身じしんはソフィストのじゅつわせない。

裁判さいばんいたるまでの経緯けいい[編集へんしゅう]

「デルポイの神託しんたく」と「無知むち[編集へんしゅう]
  • 5. 自身じしんたいする名声めいせい悪評あくひょう理由りゆう。それは一種いっしゅ智慧ちえである。しかしそれは告発こくはつしゃ風評ふうひょうわれるようなちょう人的じんてき智慧ちえではなく、人間にんげんてき智慧ちえである。その説明せつめい端緒たんしょとして、デルポイ神託しんたくしょ自身じしん(ソクラテス)がもっとかしこいとわれたエピソードを披露ひろう[注釈ちゅうしゃく 2]。(以降いこう、9まで一連いちれんはなしつづく)
  • 6. 上記じょうき神託しんたく検証けんしょうのために、賢者けんじゃ世評せひょうのある政治せいじ対話たいわおこなったエピソードを披露ひろう相手あいて無知むちだとかんじ、その説明せつめいこころみるも憎悪ぞうおされる。自身じしん無知むちだが、それを自覚じかくしている(無知むち)だけ、相手あいてよりかしこいとかんがえる。さらにもう一人ひとり世評せひょうのある人物じんぶつたずねたがおな結論けつろんだった。
  • 7. その順次じゅんじ様々さまざまひと憎悪ぞうおされながらも歴訪れきほう。その結果けっか世評せひょうのあるうぬぼれた人々ひとびとはほぼすべさとしみるいており、むしろ世評せひょうなきぶんをわきまえた謙虚けんきょ人々ひとびとほどさとしすぐれていた。政治せいじつぎに、様々さまざま詩人しじん訪問ほうもんしたが、政治せいじ場合ばあいおなじく、みずかかた内容ないよう真義しんぎについてはなんらの理解りかいもなく、特定とくてい才能さいのうもっ事柄ことがらくしている智者ちしゃであるかのようにうぬぼれていた。
  • 8. 最後さいご手工しゅこうしゃたずねた。かれらもその分野ぶんや熟練じゅくれんした技芸ぎげいにおいては智者ちしゃであったが、詩人しじんおなじく、そのことをもっ事柄ことがらかんしても識者しきしゃしんじていた。こうして一連いちれん歴訪れきほうえ、神託しんたくにおいて、これまでの自身じしんのように「智慧ちえ (にかんするおもみ/満足まんぞく/居直いなおり) と (それゆえの) 愚昧ぐまいたずに、あるがままでいる」のがいいか、かれらのように「智慧ちえ (にかんするおもみ/満足まんぞく/居直いなおり) と (それゆえの) 愚昧ぐまいあわつ」のがいいか自問じもんし、前者ぜんしゃえらんだ。
  • 9. こうした行為こうい結果けっか自身じしんにはおおくのてき出来できおおくの誹謗ひぼうこった。また、相手あいて無知むち論証ろんしょうする行為こういていた傍聴ぼうちょうしゃは、自身じしん(ソクラテス)を賢者けんじゃしんじるため、名声めいせいひろまった。しかし、しん賢明けんめいなのはかみのみであり、この神託しんたく人智じんち僅少きんしょうそらさを指摘してきしたものであり、かみ自身じしん(ソクラテス)のもちいたのはあくまでもいちれいぎない。「最大さいだい智者ちしゃは、ソクラテスのように、自分じぶん智慧ちえ価値かちさをさとったものである」と。この神意しんいのままに自身じしんあるまわり、賢者けんじゃおもわれるものつけてはその智慧ちえ吟味ぎんみし、その濫用らんよう・うぬぼれがあればかみ助力じょりょくしゃとしてそれを指摘してきする。このかみへの奉仕ほうし事業じぎょうのため公事こうじ私事しじひまく、極貧ごくひん生活せいかつしている。
富裕ふゆう市民しみん息子むすこたちによる模倣もほう[編集へんしゅう]
  • 10. また、富裕ふゆう市民しみん息子むすこたちが自身じしん(ソクラテス)を模倣もほうし、その試問しもんによって無知むちあばかれた人々ひとびとも、「青年せいねん腐敗ふはいさせた」と自身じしん(ソクラテス)にいきどおった。またその批判ひはん内容ないようさにきゅうした哲学てつがくしゃ批判ひはん常套句じょうとうくである「地下ちか天上てんじょう事象じしょう~(上記じょうき3)」といった批判ひはんあわせて自身じしんけられることになった。こうして詩人しじん代表だいひょうのメレトス、手工しゅこうしゃ政治せいじ代表だいひょうのアニュトス、演説えんぜつ代表だいひょうのリュコンの3めい告発こくはつしゃとなり、今回こんかい裁判さいばんこされた。

メレトスとの質疑しつぎ応答おうとう[編集へんしゅう]

青年せいねん腐敗ふはいさせ」にたいする反証はんしょう[編集へんしゅう]
  • 11. 「ふる弾劾だんがいしゃ」にたいする弁明べんめい終了しゅうりょうつづいて「あたらしい弾劾だんがいしゃ」(とう裁判さいばん告発こくはつしゃ)にたいする弁明べんめいへ。訴状そじょう内容ないよう青年せいねん腐敗ふはいさせ、国家こっかしんじるかみ々をしんじず、あたらしき神霊しんれい(ダイモニア)をしんじる」の検証けんしょう。まずは「青年せいねん腐敗ふはいさせ」の部分ぶぶんから。告発こくはつしゃメレトスは青年せいねん善導ぜんどう本来ほんらい無関心むかんしんなのに、熱心ねっしんであるかのようによそおっている。
  • 12. メレトスへの尋問じんもん開始かいし。メレトス、青年せいねん善導ぜんどう関心事かんしんじ「そのとおり」、青年せいねん善導ぜんどうしゃは「国法こくほう」、人間にんげんでは「裁判官さいばんかん陪審ばいしんいん)、聴衆ちょうしゅう評議ひょうぎいんみん会議かいぎいん全員ぜんいん」「ソクラテスをのぞすべてのアテナイじん」。ソクラテス、うま場合ばあいならそうこたえないはず、調しらべ以外いがいだい多数たすう一緒いっしょしつけけたらかえってわるくする、青年せいねん一緒いっしょ、これでメレトスの青年せいねん善導ぜんどうへの関心かんしん暴露ばくろされた。
  • 13. メレトス、ひと自分じぶんえきする善人ぜんにんよりも自分じぶんがいする悪人あくにんほっすること(青年せいねんたちがみずかのぞんでソクラテスをほっしたこと)は「ない」、ソクラテスが青年せいねん腐敗ふはいさせたのは(無自覚むじかくではなく)「故意こい」。ソクラテス、メレトスのいいぶんでは、自身じしん(ソクラテス)は青年せいねんがいし、青年せいねんからもがいされることを故意こいおこなっている愚者ぐしゃになってしまうが、そのようなものはいない。自身じしん(ソクラテス)は青年せいねんがいさないか、無自覚むじかくかのどちらかであり、いずれにしろメレトスはうそべている。また、自身じしん(ソクラテス)が無自覚むじかく青年せいねん腐敗ふはいさせているのなら、自身じしん(ソクラテス)にそれを教示きょうしくん誨すればはなしなのに、それをせずに不当ふとうにも処罰しょばつのための裁判さいばんへとした。
あたらしき神霊しんれいしんじる」にたいする反証はんしょう[編集へんしゅう]
  • 14. メレトスの青年せいねん善導ぜんどうたいする関心かんしん明白めいはくつぎに「あたらしき神霊しんれい(ダイモニア)をしんじる」の部分ぶぶん話題わだい移行いこう。メレトス、ソクラテスは国家こっかみとめるかみ々ではなくほかあたらしい神霊しんれい(ダイモニア)を青年せいねんおしえて腐敗ふはいさせている。ソクラテス、それは「アテナイ以外いがいかみ々をしんじる」ということか、それとも「かみろんしゃ」ということか。メレトス、ソクラテスは後者こうしゃの「かみろんしゃ」であり、「太陽たいよういしつき」と主張しゅちょうする。ソクラテス、それは哲学てつがくしゃアナクサゴラス主張しゅちょうだとみなっている。メレトスこそがじつ高慢こうまん放恣ほうしかみろんしゃであり、この訴状そじょうもそうした青年せいねん出来心できごころゆえにおもえる。メレトスの訴状そじょう主張しゅちょうは(「ソクラテスは罪人ざいにんかみしんじないがゆえに、しかもかみしんじるがゆえに。」という)矛盾むじゅんはらんだなぞかけのよう。
  • 15. メレトス、「神霊しんれいはたらき(ダイモニア)はしんじるが、神霊しんれいそのもの(ダイモネス)をしんじないもの」など「一人ひとりもいない」、また、神霊しんれいは「かみ々そのもの」か、「かみ々の」と「看做みなしている」。ソクラテス、そのいいぶんでは自身じしん(ソクラテス)は「かみ々をみとめないで、神霊しんれいかみ々)をみとめる」ということになり、なぞかけ・冗談じょうだんのよう。メレトスがこのような訴状そじょう起草きそうしたのは、我々われわれためしているのか、自身じしん(ソクラテス)をおとしいれる罪過ざいか苦慮くりょした結果けっかかのどちらか。

最終さいしゅう弁論べんろん[編集へんしゅう]

危険きけん」と「[編集へんしゅう]
  • 16. 「あたらしい弾劾だんがいしゃ」(とう裁判さいばん告発こくはつしゃおよび「訴状そじょう」にたいする弁明べんめい終了しゅうりょう総論そうろんへ。自身じしん(ソクラテス)や善人ぜんにんほろぼすのは、メレトスら告発こくはつしゃあたらしい弾劾だんがいしゃ)ではなく、むしろ大衆たいしゅう誹謗ひぼう猜忌さいきふる弾劾だんがいしゃ)である。これまでもこれからもそう。それら大衆たいしゅうによって危険きけんさらされるいとなみであっても、ひと自身じしんをもいとわず固守こしゅすべき。
  • 17. 自身じしん従軍じゅうぐん[注釈ちゅうしゃく 3]したさいにも固守こしゅした。したがって、いま自身じしんかみからけたとしんじるあい智者ちしゃとして他者たしゃ吟味ぎんみするを、などをおそれて放棄ほうきすることはできない。それをしてしまうことこそがむしろ、神託しんたく拒否きょひ賢人けんじんよそおい、かみ不信ふしんつみであり、法廷ほうていされるにあたいする。人間にんげんにとってなにかをものなどいないのに、おそれることも賢人けんじん気取きどること。したがって、アニュトスの「ソクラテスを死刑しけいにするか、放免ほうめんして子弟してい一人ひとりのこらず腐敗ふはいさせるかの二者択一にしゃたくいつ」という意見いけんはともかく、今回こんかい放免ほうめんえに姿勢しせい変更へんこうもとめられたとしても、自身じしんはこれまでの姿勢しせいえない。自身じしん諸君しょくんよりもかみしたがう。そうした人々ひとびとには「偉大いだいなアテナイじん蓄財ちくざい名声めいせい栄誉えいよばかりをかんがえ、さとし真理まり霊魂れいこんくすることをかんがえないのは恥辱ちじょくおもわないか」と指摘してきする。自身じしんは「かみたいするわたしのこの奉仕ほうしまさるほどの幸福こうふくが、このくににおいて諸君しょくんさづけられたことはいまだかつてなかった」としんじている。それは身体しんたい財産ざいさんよりも霊魂れいこん完成かんせいかえりみ、熱心ねっしんにすることの勧告かんこくとくからこそとみきものがしょうじることの附言ふげんならない。いずれにしても、放免ほうめんされようがされまいが、自身じしん姿勢しせい一切いっさいわらない。
かみからの賜物たまもの」としての「ソクラテス」[編集へんしゅう]
  • 18. 諸君しょくん自身じしん(ソクラテス)を死刑しけいしょするなら、諸君しょくんはむしろ諸君しょくん自身じしんがいすることになる。自身じしん(ソクラテス)にとっては、死刑しけい追放ついほう公民こうみんけん剥奪はくだつは、正義せいぎはんするというおおきなわざわいくらべればたいしたことではない。自身じしん(ソクラテス)は自分じぶんのためではなく、諸君しょくんのため、諸君しょくんかみからの賜物たまものたいしてつみおかし、容易ようい見出みいだすことのできない自身じしん(ソクラテス)のような人物じんぶつうしなってしまうことがないようにするために弁明べんめいしている。長年ながねん家庭かていかえりみず、貧乏びんぼういとわず、何人なんにんにも家族かぞくのごとく接近せっきんし、報酬ほうしゅうとく追求ついきゅうくような行為こういは、人間業にんげんわざではなくかみ賜物たまもの
「ダイモニオンのこえ」と「政治せいじ[編集へんしゅう]
  • 19. 自身じしん(ソクラテス)が国事こくじかかわらない理由りゆうは、幼年ようねん時代じだいからあらわれる「ダイモニオンのこえ」にある。つねなにかを諫止(禁止きんし抑止よくし)するためにあらわれるこのこえが、政治せいじかかわることに抗議こうぎする。この抗議こうぎまさしく、実際じっさい自身じしん政治せいじかかわっていたら、すでんでいただろう。本当ほんとう正義せいぎのためにたたかうことをほっするならば、公人こうじんではなく私人しじんとして生活せいかつすべき。
  • 20. 政治せいじかかわることの危険きけんせいかんする2つの例示れいじ唯一ゆいいつ公職こうしょく経験けいけんである評議ひょうぎいん時代じだいペロポネソス戦争せんそうなか紀元前きげんぜん406ねんにおけるアルギヌサイの海戦かいせん将軍しょうぐん10めいたいする違法いほう有罪ゆうざい宣告せんこくたいし、一人ひとり反対はんたいしたことで演説えんぜつしゃ大衆たいしゅう怒号どごうけたエピソードと、さんじゅうにん政権せいけんした紀元前きげんぜん404ねん、サラミスじんレオンを処刑しょけいのために連行れんこうすることを一人ひとり拒否きょひしていえかえったエピソード。
  • 21. 自身じしん公人こうじんとしても私人しじんとしても態度たいど一切いっさいえなかったが、公人こうじんとして政治せいじたずさわることがすくなかったから、なが歳月さいげつきながらえることができた。誹謗ひぼうしゃ自身じしん(ソクラテス)の弟子でしんでいるクリティアスアルキビアデスたいしても、譲歩じょうほしたことはない。自身じしん何人なんにんたいしても、報酬ほうしゅうらず、貧富ひんぷ差別さべつなく、試問しもん問答もんどうおこなってきた。いまだかつてだれになったこともなく、だれ授業じゅぎょうさづけたこともない。
ソクラテスの仲間なかま支援しえんしゃ[編集へんしゅう]
  • 22. 自身じしん仲間なかまとなっている人々ひとびとは、賢明けんめいとうぬぼれている人々ひとびと吟味ぎんみされるのをたのしむ。しかし、自身じしんかみからの使命しめいとしてこれをおこなっている。自身じしん青年せいねん腐敗ふはいさせているのなら、そのなかすで壮年そうねんたっした人々ひとびとや、その家族かぞく一族いちぞくがここに復讐ふくしゅうてなければおかしい。ここにもクリトンクリトブロスちち)、リュサニアス(アイスキネスちち)、アンティポン(エピゲネスのちち)、ニコストラトス(テオドトスのあに)、パラリオス(テアゲスあに)、アデイマントスプラトンあに)、アイアントドロス(アポロドロスあにとうがいるが、かれらはむしろ自身じしん(ソクラテス)を援助えんじょしている。

補足ほそく[編集へんしゅう]

法廷ほうてい戦術せんじゅつ拒否きょひ」と「裁判官さいばんかん役割やくわり[編集へんしゅう]
  • 23. 弁明べんめいとしていたいことはえた。諸君しょくんなかにはなみだながして嘆願たんがんあいもとめしたり、同情どうじょうをひくために子供こども親族しんぞく友人ゆうじんおお法廷ほうていそうとすることを期待きたいしていたものもいるかもしれないが、自身じしんはそうはしない。自身じしんにとっても、諸君しょくんにとっても、国家こっかにとってもそれは不名誉ふめいよなことだから。
  • 24. 裁判官さいばんかん陪審ばいしんいん)は、国法こくほうにしたがって事件じけん審理しんりしなくてはならない。メレトスの訴状そじょうとおりであるかか。自身じしん告発こくはつしゃたちよりもかたかみ々をしんじ、もっと裁判さいばんされることを諸君しょくんかみ々にゆだねる。

(「無罪むざい有罪ゆうざい決定けってい」の投票とうひょう結果けっかやく280たい220、すなわちやく30にんぶんひょうで「有罪ゆうざい」が決定けってい[7][8]以下いかけいりょうめぐ弁論べんろんうつる。)


けいりょうについての弁論べんろん[編集へんしゅう]

意外いがい僅差きんさ[編集へんしゅう]
  • 25. 有罪ゆうざい決定けってい予想よそうどおりだった。むしろおおくのひょうがつくとおもってたのが、意外いがい僅差きんさだった。30ひょう投票とうひょうちがえば無罪むざい放免ほうめんになっていただろうし、アニュトスとリュコンが告発こくはつしゃつらねてなければ、メレトスは5ぶんの1の票数ひょうすうられずに罰金ばっきん1000ドラクメはらうことになっていただろう。
「プリュタネイオンにおける食事しょくじ」の提議ていぎ[編集へんしゅう]
  • 26. 告発こくはつしゃ死刑しけい提議ていぎしている。それにたいしてなに提議ていぎすべきか。何人なんにんにも善良ぜんりょうかつ賢明けんめいになるよう説得せっとくすることにつとめてきた一人ひとりまずしき国家こっか功労こうろうしゃけるべき賞罰しょうばつは、きものであるべきであり、プリュタネイオン役所やくしょ会議かいぎじょう迎賓館げいひんかん宴会えんかいじょうねたアテナイの中心ちゅうしん施設しせつ)における食事しょくじがふさわしい。
  • 27. これは傲慢ごうまんからうのではない。自身じしんけっして故意こい不正ふせいおこなったことがないと確信かくしんしているが、それを諸君しょくんしんじさせるには時間じかんみじかすぎる。自身じしん不正ふせいおこなっていないと確信かくしんしているので、(ましてやぶくわざわいかもからずおそれてもいないとべている死刑しけいにわざわざ対抗たいこうするためにあえて)提議ていぎする刑罰けいばつおもいつかない。投獄とうごくされて奴隷どれい生活せいかつおくればいいのか。罰金ばっきんはらうにもかねい。追放ついほうされてもそのまち々でおなじことをかえすだろう。
姿勢しせい変更へんこう」の拒否きょひと「罰金ばっきん30ムナ」の提議ていぎ[編集へんしゅう]
  • 28. 「追放ついほうさきしずかな生活せいかつおくる」ことなど、自身じしんにはできない。それはかみいのちそむくことであるし、人間にんげん最大さいだい幸福こうふくであり甲斐がいは、日毎ひごととくについてかたることであり、たましい探求たんきゅうならないから。かねがあればそれを罰金ばっきんとして提議ていぎするが、自身じしん一文いちぶんしである。ぎん1ムナぐらいははらえるので、それを提議ていぎしたいところだが、プラトン、クリトンクリトブロスアポロドロス罰金ばっきん30ムナの提議ていぎ催促さいそくし、その保証人ほしょうにんになってくれるというので、それを提議ていぎする。

(「けいりょう確定かくてい」の投票とうひょう結果けっかやく360たい140の多数たすうもって「死刑しけい」が確定かくてい[9]。)


死刑しけい確定かくてい」をけて[編集へんしゅう]

有罪ゆうざい死刑しけい投票とうひょうをした人々ひとびと」への忠告ちゅうこく[編集へんしゅう]
  • 29. 有罪ゆうざい死刑しけい投票とうひょうをしたアテナイじん諸君しょくんは、高齢こうれいとおくない自身じしん(ソクラテス)のつだけの辛抱しんぼうりなかったばかりに、賢人けんじんソクラテスを死刑しけいしょしたという汚名おめい罪科つみとがわされるだろう。諸君しょくんを批議する人々ひとびと自身じしん(ソクラテス)を賢人けんじんぶであろうから。諸君しょくん自身じしん(ソクラテス)が有罪ゆうざいになった理由りゆうは、「言葉ことば不足ふそく」「有罪ゆうざいまぬかれるためいかなる言動げんどういとわない姿勢しせい欠如けつじょ」だとかんがえるだろう。しかし自身じしんわせれば「厚顔こうがん無恥むち迎合げいごう意図いと不足ふそく」である。自身じしんはいかなる危険きけんまえにしても賤民せんみんらしくうべきでないとしんじていたし、後悔こうかいい。まぬかれることは困難こんなんではない。まぬかれるよりあくまぬかれるほうがはるかに困難こんなんである。あくよりもはやける。老年ろうねんわたしいつかれ、わか諸君しょくんあくいつかれた。
  • 30. 自身じしん(ソクラテス)を有罪ゆうざいだんじたる諸君しょくんへの予言よげん諸君しょくんには死刑しけいよりはるかにおもけいされるだろう。諸君しょくん諸君しょくん生活せいかつについての弁明べんめいまぬかれるために今回こんかい行動こうどうたが、結果けっかはその意図いととは反対はんたいになるだろう。自身じしん(ソクラテス)がはばんでいた、わか峻烈しゅんれつおおくの問責もんせきしゃが、諸君しょくんまえあらわれ、諸君しょくんふかなやますだろう。ただしくない生活せいかつたいする批議を、批判ひはんしゃ殺害さつがい圧伏あっぷくすることで阻止そししようとする手段しゅだんは、成功せいこう困難こんなん立派りっぱでもない。もっと立派りっぱ容易ようい手段しゅだんは、みずかくなるよう心掛こころがけることである。
無罪むざい投票とうひょうをした人々ひとびと」への辞世じせい挨拶あいさつ[編集へんしゅう]
  • 31. 無罪むざい投票とうひょうをしてくれた諸君しょくん正当せいとうな「裁判官さいばんかん諸君しょくん)へ。「ダイモニオンのこえ」は、今回こんかいけんいちあらわれなかったので、今回こんかい出来事できごとはきっとことである。わざわいだとかんがえるもの間違まちがっている。
  • 32. また、一種いっしゅ幸福こうふくであるという希望きぼうには以下いか理由りゆうもある。は「純然じゅんぜんたる虚無きょむへの回帰かいき」か、「まれわり、あのへの霊魂れいこん移転いてん」かのいずれかである。前者ぜんしゃであるならば、感覚かんかく消失しょうしつであり、ゆめひとつさえないねむりにひとしいものであり、驚嘆きょうたんすべき利得りとくである。後者こうしゃであるならば、数々かずかずはんかみ偉人いじんたちと冥府めいふえるのだから言語げんごたやした幸福こうふくである。
  • 33. 「裁判官さいばんかん諸君しょくん無罪むざい投票とうひょうをしてくれた諸君しょくん)も、「善人ぜんにんたいしては生前せいぜんにも死後しごにもいかなる禍害かがいこりないこと、かみ々もけっしてかれわすれることがないこと」を真理しんりみとめ、たのしき希望きぼうもっうことが必要ひつようである。したがって、自身じしん(ソクラテス)は告発こくはつしゃ有罪ゆうざい宣告せんこくをした人々ひとびとにも、すこしもいきどおりをいてはいない。なお、自身じしん(ソクラテス)の息子むすこたち成人せいじんしたあかつきには、自身じしん(ソクラテス)が諸君しょくんにしたように、かれらを叱責しっせき非難ひなんしてなやませてもらいたい。蓄財ちくざいよりもとく念頭ねんとうくように、ひとかどの人間にんげんでもないのにそうしたかおをすることがないように。
    るべきときた。自身じしん(ソクラテス)はぬために、諸君しょくんきながらえるために。両者りょうしゃうち、どちらが運命うんめい出逢であうか、かみよりものはいない。

論点ろんてん[編集へんしゅう]

無知むち[編集へんしゅう]

ほんへんでは、デルポイ神託しんたくはしはっするソクラテスの哲学てつがくしゃあい智者ちしゃ人生じんせい経緯けいいともに、「無知むち」についての言及げんきゅうされる。自分じぶんっていること以上いじょうのことをっているとおもむ「智慧ちえ愚昧ぐまいあわつ」状態じょうたいおちいっているものたち対比的たいひてきに、よくりもしないことをっていると過信かしんしない「智慧ちえ愚昧ぐまいたずにあるがままでいる」しゃとしてのソクラテス自身じしん言及げんきゅうされる。

また、ソクラテスのもちいる「問答もんどうほう」が、そうした相手あいて智慧ちえ吟味ぎんみするためのものであることもあわせて言及げんきゅうされる。

この「無知むち」のモチーフは、そのも「死刑しけい」「死後しご世界せかい」に言及げんきゅうするくだりで、おそれることもまた、よくりもしないことをっているかのようによそおうことであるとして、再度さいどされる。


なお、初期しょきまつ対話たいわへんメノン』では、この「無知むち」が、あるいは、初期しょき対話たいわへん頻出ひんしゅつする「アポリア」(まり)の自覚じかくが、人々ひとびとを、たんなる「おもいなし」(思惑おもわく臆見おっけん、doxa ドクサ)への安住あんじゅうからし、原因げんいん根拠こんきょともなった理論りろんてき知識ちしき」(episteme エピステーメー)へといたらしめる重要じゅうよう契機けいきとなることが、明快めいかい説明せつめいされている。

正義まさよし[編集へんしゅう]

ほんへんでは、正義せいぎはんすることが自分じぶんにとっては死刑しけいその刑罰けいばつよりもおおきなわざわいであると、ソクラテスによってべられている。この発想はっそうは、続編ぞくへんである『クリトン』においてもかえ反復はんぷくされる。『クリトン』の内容ないようのっとるならば、ソクラテスにとっての正義せいぎとは、「熟慮じゅくりょ検討けんとう結果けっか最善さいぜんおもえるかんがえ」のことであり、それにのっとっておくことで、いかなる場合ばあいにおいても、死後しご冥府めいふにおいてすらも、「自身じしんをちゃんと弁明べんめいできるようにしておくこと」である。

ほんへんにおいても、また続編ぞくへんの『クリトン』においても、「いかなる場合ばあいにおいても、故意こい不正ふせいおこなわない」(らずに不正ふせいおこなっていたのであれば、あらためる)という倫理りんりかん言及げんきゅうされている。

裁判さいばん[編集へんしゅう]

ほんへんでは、冒頭ぼうとうで、ソクラテスが聴衆ちょうしゅう陪審ばいしんいんたちたいして、はなかた印象いんしょうではなく、その内容ないようただしさによって判断はんだんしてもらいたいとねがるところからはじまる。一回いっかい投票とうひょう直前ちょくぜんにも、ふたたおなじおねがいがかえされる。

末尾まつびにおいては、ソクラテスは無罪むざい投票とうひょうをした人々ひとびとを「正当せいとう裁判官さいばんかん」とび、かれらにたいして自身じしん死生しせいかんく。

政治せいじ[編集へんしゅう]

ほんへんでは、「現実げんじつ政治せいじかかわることの危険きけんせい」が、ソクラテス自身じしん経験けいけんした2つのエピソードととも言及げんきゅうされる。また、「正義せいぎのためにたたかうならば、公人こうじんではなく私人しじんとして生活せいかつすべき」というかんがえも表明ひょうめいされている。『だいなな書簡しょかん』にもかれているとおり、この姿勢しせい著者ちょしゃであるプラトン自身じしん人生じんせい態度たいどともかさなる。

大衆たいしゅう[編集へんしゅう]

ほんへんでは、「アリストパネスらの風聞ふうぶんながされるふる弾劾だんがいしゃ」「自分じぶんたちのやましさをおおかくすために、批判ひはんしゃ封殺ふうさつしようとするものたち」として、大衆たいしゅう批判ひはんてき言及げんきゅうされている。

また、ソクラテス以前いぜんにも、そうした大衆たいしゅうによって善人ぜんにんほろぼされてきたし、これからもそうだろうという見解けんかい批判ひはんしゃ封殺ふうさつすることは、より極端きょくたん反動はんどうすこと、それよりはみずかくなるようつとめることが得策とくさくであるといった見解けんかいが、あわせてべられる。

青年せいねん教育きょういく[編集へんしゅう]

ソクラテスが青年せいねんたちの教育きょういく熱心ねっしんだったことは、プラトンのほか対話たいわへんにもえがかれており、本裁ほんだちばん訴状そじょうにおいても、「青年せいねん腐敗ふはいさせた」として言及げんきゅうされている。

ほんへんでは、ソクラテスと告発こくはつしゃメレトスとの質疑しつぎ応答おうとうなかで、青年せいねん教育きょういくについてのいくらかの言及げんきゅうがある。メレトスが、国法こくほうやソクラテス以外いがいすべてのアテナイじんが、青年せいねんたちにとっての善導ぜんどうしゃとなるとべたのにたいして、ソクラテスは、青年せいねん教育きょういくうま調教ちょうきょうおなじく、そのみちけたものによっておこなわれなければならず、メレトスのいいぶん青年せいねんたちの教育きょういくたいする関心かんしんあらわれだとして批判ひはんする。

なお、こうした「一般いっぱん大衆たいしゅう意見いけんよりも、一部いちぶ専門せんもん意見いけん尊重そんちょうされるべき」というかんがえは、続編ぞくへんである『クリトン』においても、かえされる。

蓄財ちくざい[編集へんしゅう]

ほんへんでは、ソクラテスが「偉大いだいなアテナイじん蓄財ちくざいなどばかりにとらわれ、知見ちけんくしようとしないのは恥辱ちじょくではないか」とうったえるくだりがある。また、末尾まつびでは、ソクラテスが聴衆ちょうしゅうたいして、ソクラテスの息子むすこたちが成人せいじんしたあかつきには、その息子むすこたちにたいしても、蓄財ちくざいよりもとく念頭ねんとうくように非難ひなん教育きょういくしてもらうようたのんでいる。

ダイモニオン[編集へんしゅう]

ほんへんでは、ソクラテスの指針ししんともなっていた「ダイモニオンのこえ」についても言及げんきゅうされている。幼少ようしょうころよりあらわれ、つねなにかをいさめ、禁止きんし抑止よくしするためにあらわれたという「ダイモニオンのこえ」は、ソクラテスに政治せいじかかわることをいさめたという。

また、末尾まつびにおいては、この裁判さいばんかんして、「ダイモニオンのこえ」はあらわれなかったので、今回こんかいはきっといことであるとも、ソクラテスは聴衆ちょうしゅうかたっている。

信仰しんこう[編集へんしゅう]

ほんへんでは、デルポイ神託しんたくしんじ、かみへの奉仕ほうしとしてあい智者ちしゃ智慧ちえ吟味ぎんみ活動かつどういそしんだり、「ダイモニオンのこえ」をしんじたり、「善人ぜんにんには生前せいぜん死後しご禍害かがいい」と断言だんげんするなど、ソクラテスの信心しんじんふかさについての記述きじゅつおおられる。

問答もんどう駆使くしして智慧ちえ吟味ぎんみしたり正義せいぎ探求たんきゅうしていく理知的りちてきめんがありながら、他方たほうでこうした信心しんじんふかさもあわつソクラテスの性格せいかくを、たとえば岩波いわなみ文庫ぶんこ解説かいせつでは、「ソクラテスは熱烈ねつれつなる理性りせい信奉しんぽうしゃであると同時どうじに、宗教しゅうきょうてき神秘しんぴでもあった」とひょうしている[10]

評価ひょうか[編集へんしゅう]

弁明べんめい』はプラトンの著作ちょさくなかでは初期しょきかれたと推測すいそくされている。プラトンの脚色きゃくしょくもある程度ていどくわわっているとかんがえられているがほとんどの研究けんきゅうしゃはソクラテス裁判さいばん正確せいかく記録きろくであるとかんがえている。

しょ研究けんきゅうは『弁明べんめい』におけるプラトンの関心かんしん以下いかのようなものとかんがえている。

  • ソクラテスの描写びょうしゃつうじ、「哲学てつがくしゃ」および「哲学てつがくすること」の模範もはん提示ていじする。
  • ソクラテス裁判さいばん記録きろくし、その真実しんじつ姿すがたつたえ、もって間接かんせつてき裁判さいばん不当ふとうであることをしめす。

文体ぶんたい格調かくちょうたか芸術げいじゅつてきにも完璧かんぺきちかくて、またその弁論べんろんとく緊密きんみつ構成こうせいされ、ときには劇的げきてきでもあり、哲学てつがくまた文学ぶんがく最高峰さいこうほうとして古来こらいからたか評価ひょうかされている。

日本語にほんごやく[編集へんしゅう]

漫画まんが[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ ただし、イソクラテスによれば、かれらとの交際こうさいたいする非難ひなん実際じっさい裁判さいばんでは言及げんきゅうされておらず、6ねん発表はっぴょうされた弁論べんろんポリュクラテスの作文さくぶん『ソクラテスにたいする告発こくはつ』ではじめてされたものだったとされる[1]
  2. ^ ソクラテスが直接ちょくせつデルポイ神託しんたくしょおもむいてそれをいたのではなく、かれ友人ゆうじんであり熱烈ねつれつ信奉しんぽうしゃでもあったカイレポンからかされた伝聞でんぶんである。
  3. ^ ソクラテスはペロポネソス戦争せんそう関連かんれんする3つのたたかい、ポティダイアのたたかアンフィポリスのたたかデリオンのたたか従軍じゅうぐん奮闘ふんとうしたことがられている。

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ 『ソクラテスのおも岩波いわなみ文庫ぶんこ 佐々木ささきさとし p6[よう文献ぶんけん特定とくてい詳細しょうさい情報じょうほう]
  2. ^ ソクラテスのおもクセノポン 1かん1しょう[よう文献ぶんけん特定とくてい詳細しょうさい情報じょうほう]
  3. ^ エウテュプロン
  4. ^ 『ソクラテスのおも岩波いわなみ文庫ぶんこ pp.5-7
  5. ^ 『ソクラテスの弁明べんめい・クリトン』 久保くぼつとむわけ 岩波いわなみ文庫ぶんこ
  6. ^ 参考さんこう: 『ソクラテスの弁明べんめい・クリトン』 久保くぼつとむやく 岩波いわなみ文庫ぶんこ
  7. ^ 岩波書店いわなみしょてん 全集ぜんしゅう1 p101、岩波いわなみ文庫ぶんこpp109-110
  8. ^ 岩波いわなみ文庫ぶんこp.109では、「くろしろいしひょう投票とうひょうおこなわれた」とかれているが、アリストテレスの『アテナイじんくにせいだい68しょうに、当時とうじψぷさいφふぁいοおみくろんιいおたという専用せんよう投票とうひょう用具ようぐもちいていたことが説明せつめいされているため、岩波いわなみ文庫ぶんこのその記述きじゅつあやまりである。
  9. ^ 岩波いわなみ文庫ぶんこpp110-111
  10. ^ 『ソクラテスの弁明べんめい・クリトン』久保くぼつとむやく 岩波いわなみ文庫ぶんこ p126

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]