トリコテセン

トリコテセン類るい（トリコテセンるい、英えい: trichothecenes）は、マイコトキシン（菌類きんるいの毒素どくそ）のうち、トリコテセン環たまきを持もつセスキテルペンに属ぞくする約やく100種しゅのカビ系けい毒素どくその総称そうしょうである。主おもにムギ赤あかかび病びょうにより生産せいさんされる物質ぶっしつで、人ひとや家畜かちくに重じゅう篤あつな中毒ちゅうどくを引ひき起おこすほか、無む脊椎動物せきついどうぶつ、植物しょくぶつにも影響えいきょうを及およぼす。ただし、カエンタケにも含有がんゆうされているように、必かならずしもカビだけが産さん生せいするわけではない。

化学かがく構造こうぞう

トリコテセン類るいの基本きほん構造こうぞうは、中央ちゅうおうに酸素さんそ原子げんし1つを含ふくむ6員いん環たまきがあり、それを挟はさむ2つの炭素たんそ環たまきから構成こうせいされている。12,13-位くらいがエポキシド、9-位くらいに二に重じゅう結合けつごうがある、12,13-epoxytrichothec-9-ene (EPT)をコア構造こうぞうと呼よんでおり、それに対たいする置換ちかんパターンによってAからDの4種しゅに分類ぶんるいすることが行おこなわれている。^[1]

type A: 8位いに置換ちかん基もとがないか、水酸基すいさんきまたはエステル結合けつごうが存在そんざいしているもの。ネオソラニオール、T-2トキシン、ジアセトキシスカーペノールなど。
type B: 8位いがカルボニルになっているもの。ニバレノール (NIV)、デオキシニバレノール (DON)、3- および 15-アセチルデオキシニバレノールなど。
type C: 7,8位いがエポキシドになっているもの。クロトシンなど。
type D: 4位いと15位いの間あいだで大だい員いん環たまき構造こうぞうを作つくっているもの。サトラトキシンHなど。

生なま合成ごうせい

トリコテセン類るいの生なま合成ごうせいは、まずファルネシル二にリン酸さんがテルペン環たまき化か酵素こうそTRI5によってトリコジエンとなる。続つづいてシトクロムP450であるTRI4によって酸素さんそ原子げんしが導入どうにゅうされていき、フザリウム属ぞくの場合ばあいはイソトリコトリオールが生しょうじた後のち、非ひ酵素こうそ的てきに異性いせい化かと環たまき化かが起おきてイソトリコデルモール（=3αあるふぁ-hydroxy EPT）となる。ここまででコア構造こうぞうが完成かんせいしており、あとは水酸化すいさんか、アセチル化か、エステル化かなどを経へて各種かくしゅトリコテセン類るいが生しょうじる。これらは3-位くらいに酸素さんそ原子げんしが導入どうにゅうされており、イソトリコトリオール(isotrichotriol)に由来ゆらいすることからt-typeと呼よばれることがある。^[1]

フザリウム属ぞく以外いがいのいくつかの菌きんでは、TRI4ホモログによって導入どうにゅうされる酸素さんそ原子げんしが1つ少すくなく、イソトリコジオールが生しょうじる。この場合ばあいは、非ひ酵素こうそ的てきな異性いせい化かと環たまき化かによってコア構造こうぞうであるEPTが生しょうじ、以後いごは同様どうようの修飾しゅうしょくを経へて各種かくしゅトリコテセン類るいが合成ごうせいされる。この場合ばあいは3-位くらいに酸素さんそ原子げんしがなく、イソトリコジオール(isotrichodiol)に因ちなんでd-typeと呼よばれる。^[1]

糸状いとじょう菌きんでは、二に次じ代謝たいしゃ産物さんぶつの生なま合成ごうせいに関かかわる遺伝子いでんし群ぐんは互たがいに隣となり合あった遺伝子いでんしクラスタを形成けいせいしていることが多おおい。フザリウム属ぞくの場合ばあい、トリコテセン生せい合成ごうせい遺伝子いでんし群ぐんは典型てんけい的てきには3ヶ所かしょに分わかれている。大だい部分ぶぶんの遺伝子いでんしが1ヶ所かしょにまとまった遺伝子いでんしクラスタとなっているが、TRI1-TRI16は2遺伝子いでんしで、TRI101は1遺伝子いでんしのみで離はなれて存在そんざいしている。^[1]

発生はっせい地域ちいき

穀物こくもつなど植物しょくぶつのカビからトリコテセンが検出けんしゅつされた地域ちいきは、ロシア、フランス、ブラジル、インド、カナダなど冷ひや帯たいから熱帯ねったいまで多岐たきにわたり、食中毒しょくちゅうどくの原因げんいんとして報告ほうこくされている^[2]。

原因げんいん菌きん

トリコテセン産さん生せい菌きんのひとつ*Fusarium graminearum sensu stricto*。

フザリウム属ぞくの主おもな生産せいさん菌きん^[3]

Fusarium graminearum 種たね複ふく合ごう種しゅ
F. culmorum
F. sporotrichioides
F. poae
F. equiseti

同属どうぞく菌きんには、ゼアラレノン（ZER）やフモニシン（FUM）を生産せいさんするものがあり重複じゅうふく汚染おせんも多おおく発生はっせいしている。

キノコのカエンタケもトリコテセン類るいを生成せいせいするが、カエンタケの属ぞくするボタンタケ科かはフザリウム属ぞくと近きん縁えんである。

毒性どくせい

体内たいないに取とり込こまれる経路けいろは、皮膚ひふ及および粘膜ねんまくなどからの経けい皮がわ浸潤しんじゅん、粉塵ふんじんの吸入きゅうにゅうによる気管支きかんし及および肺はい、含有がんゆうする食物しょくもつ摂食せっしょくの三さん経路けいろがある。毒性どくせいはタイプAのT-2トキシンが最もっとも強つよい。

動物どうぶつ：主おもな急性きゅうせい症状しょうじょうとしては、腹痛はらいた、下痢げり、嘔吐おうと、脱力だつりょく、発熱はつねつ、悪寒おかん、筋肉きんにく痛つう、顆粒かりゅう球だま減少げんしょうによる二に次じ性せいの敗血症はいけつしょう、潰瘍かいようや全身ぜんしんの出血しゅっけつなどが起おこる。動物どうぶつ実験じっけんでは急性きゅうせい毒性どくせいとして食欲しょくよく不振ふしんによる体重たいじゅう減少げんしょう、慢性まんせい毒性どくせいとしてIgA 産さん生せい異常いじょうによるIgA腎じん症しょう、免疫めんえき力りょくの低下ていか、発はつガン性せいが指摘してきされている。
植物しょくぶつ：葉はの形態けいたい形成けいせい阻害そがい(タイプA)、根ねの伸張しんちょう阻害そがい(タイプB)などを引ひき起おこす。

作用さよう経路けいろ

トリコテセン類るいは、リボゾームの 60S サブユニットに結合けつごうすることによる蛋白質たんぱくしつおよび核酸かくさんの合成ごうせい阻害そがいによる免疫めんえき阻害そがい作用さよう、セロトニン介在かいざい性せいニューロンへの作用さようによる食欲しょくよく不振ふしんや嘔吐おうと、免疫めんえき系けい細胞さいぼうへのアポトーシス、炎症えんしょう性せいサイトカインの産さん生せいなどを引ひき起おこす。このため、人間にんげんを含ふくむ動物どうぶつに対たいし強つよい毒性どくせいを発揮はっきする。

汚染おせん事例じれい

かつて日本にっぽんでは、太平洋戦争たいへいようせんそう後ごの食糧難しょくりょうなん時じに東南とうなんアジアなどからコメを緊急きんきゅう輸入ゆにゅうしたが、輸入ゆにゅう米まいがカビ汚染おせんで黄色きいろに変色へんしょくし毒性どくせいのあるマイコトキシンを含ふくんでいたため、十じゅう数すう万まんトンの米こめを廃棄はいきした事例じれいがある。この黄き変へん米まい事件じけんの原因げんいんについては、Penicillium属ぞくのカビが作つくるシトリニン、ルテオスカイリン、ルグロシン等とうのマイコトキシンとされている。また、第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん後ごのソビエト連邦れんぽうのオーレンバーク地区ちくで発生はっせいした食中毒しょくちゅうどく性せい無む白血球はっけっきゅう症しょう (ATA)の原因げんいん物質ぶっしつで有あり患者かんじゃの30%～80%が死亡しぼうした。

麦むぎ赤あかカビ病びょうの多発たはつした1998年ねんには、台風たいふうで倒伏とうふくし水みずに浸つかったイネの変色へんしょく部位ぶいから検出けんしゅつした^[4]。

代表だいひょう的てきな規制きせい値ち

タイプA

T-2 トキシン
- ヨーロッパ中心ちゅうしん（ EUの基準きじゅん値ちではない）
  食品しょくひん：主おもに100 ppb
  飼料しりょう：100 ～ 1000 ppb
HT-2 トキシン
- カナダ・飼料しりょう：100 ppb

FAO/WHO合同ごうどう食品しょくひん添加てんか物ぶつ専門せんもん家か会議かいぎ（JECFA）による暫定ざんてい耐たい容よう一いち日にち摂取せっしゅ量りょう（PTDI）として、（T-2またはHT-2 単独たんどく又または合ごう量りょう）＝ 0.06 μみゅー g/kg bw/day(2001年ねん）

タイプB

デオキシニバレノール(DON)
- 日本にっぽん : 暫定ざんてい基準きじゅん値ちとして、1．1ppm(2005年ねん)

FAO/WHO合同ごうどう食品しょくひん添加てんか物ぶつ専門せんもん家か会議かいぎ（JECFA）による暫定ざんてい耐たい容よう一いち日にち摂取せっしゅ量りょう（PTDI）＝1 μみゅーg/kg bw/day（2001年ねん）

汚染おせん調査ちょうさ

平成へいせい13年度ねんどに厚生こうせい労働省ろうどうしょう等とうの調査ちょうさでは、国産こくさん小麦こむぎ玄麦げんばく（n=82）の DON 汚染おせん平均へいきん値ちは0.16 mg/kg、最さい高値たかねは 2.1 mg/kg。
輸入ゆにゅう小麦こむぎ玄麦げんばく（n =144）では DON 汚染おせん平均へいきん値ちは 0.06 mg/kg、最さい高値たかねは 0.68 mg/kg。と、輸入ゆにゅう小麦こむぎより国産こくさんのほうが DON 汚染おせん濃度のうどが高たかいことを示しめすデータが得えられた。

汚染おせん防止ぼうし対策たいさく

普通ふつう、小麦こむぎでは製粉せいふんにより、ふすまに高たかく、粉こなには低ひくく含有がんゆうする。酵母こうぼによる分解ぶんかいはなく、また熱ねつに対たいする安定あんてい性せいも高たかい為ため、通常つうじょうの調理ちょうりでは分解ぶんかいされない。但ただし、調理ちょうり方法ほうほうによって食品しょくひん中ちゅうへの残存ざんそん量りょうは変かわる。特とくに熱ねつに対たいし安定あんていであることから、一いち度ど産さん生むされた物質ぶっしつを除去じょきょすることは困難こんなんである為ため、農作物のうさくもつの生産せいさん段階だんかいでの対策たいさくが重要じゅうようである。つまり、収穫しゅうかく前まえ(開花かいか期き)の適切てきせつな農薬のうやく散布さんぷや赤あかカビ被害ひがい穂ほの別べつ刈がり、収穫しゅうかく後ごの迅速じんそくな乾燥かんそう、粒つぶ厚あつや比重ひじゅうによる選別せんべつなど^[5]と同時どうじに保管ほかん中ちゅうの適切てきせつな衛生えいせい管理かんりも必要ひつようとなる。

古ふるくから小麦こむぎや大麦おおむぎでは、赤あかカビ病びょうに耐たい性せいを持もたせた品種ひんしゅの開発かいはつが行おこなわれている。

出典しゅってん・脚注きゃくちゅう

report-021.pdf 食品しょくひん危害きがい真ま菌きんとマイコトキシン規制きせいの現状げんじょうと今後こんご (PDF) 国立こくりつ医薬品いやくひん食品しょくひん衛生えいせい研究所けんきゅうじょ報告ほうこく第だい124号ごう第だい一部いちぶ

^ ^a ^b ^c ^d McCormick SP, Stanley AM, Stover NA, Alexander NJ (July 2011). “Trichothecenes: from simple to complex mycotoxins”. Toxins 3 (7): 802-814. doi:10.3390/toxins3070802. PMC 3202860. PMID 22069741.
^ トリコテセン-マイコトキシン（T-2マイコトキシンなど）について横浜よこはま市し衛生えいせい研究所けんきゅうじょ^{[リンク切きれ]}
^ David E. Starkey;Todd J. Ward;Takayuki Aoki;Liane R. Gale;H. Corby Kistler;David M. Geiser;Haruhisa Suga;Beáta Tóth;János Varga;Kerry O’Donnell (2007). “Global molecular surveillance reveals novel Fusarium head blight species and trichothecene toxin diversity”. Fungal genetics and biology (Elsevier) 44 (11): 1191-1204. doi:10.1016/j.fgb.2007.03.001.
^ 田中たなか健治けんじ, 小林こばやし秀しげる誉ほまれ, 永田ながた忠博ただひろ, 真鍋まなべ勝まさる「倒伏とうふくし水みずに浸つかった日本にっぽん産さん米まいのトリコテセン自然しぜん汚染おせん」『食品しょくひん衛生えいせい学がく雑誌ざっし』第だい45巻かん第だい2号ごう、日本にっぽん食品しょくひん衛生えいせい学会がっかい、2004年ねん、63-66頁ぺーじ、CRID 1390282679200932864、doi:10.3358/shokueishi.45.63、ISSN 0015-6426。
^ 須永すなが恭之きょうすけ「農林水産省のうりんすいさんしょうにおけるかび毒どくのリスク管理かんり」『マイコトキシン』第だい61巻かん第だい2号ごう、日本にっぽんマイコトキシン学会がっかい、2011年ねん、65-69頁ぺーじ、doi:10.2520/myco.61.65。

外部がいぶリンク

Detailed information about mycotoxins^{[リンク切きれ]}
Vendor's Product Website
Structures of some of the Commoner Trichothecene Mycotoxins.
カビ毒どく - 財団ざいだん法人ほうじん食品しょくひん産業さんぎょうセンター
上野うえの芳夫よしお「トリコテセン系けいマイコトキシンによる食品しょくひん汚染おせん」『衛生えいせい化学かがく』第だい30巻かん第だい5号ごう、日本にっぽん薬やく学会がっかい、1984年ねん、251-256頁ぺーじ、doi:10.1248/jhs1956.30.5_251、NAID 110003643156。
T-2トキシン、HT-2トキシン T-2 toxin, HT-2 toxin (PDF)
「デオキシニバレノール」のリスクプロファイル (PDF) 農林水産省のうりんすいさんしょう

[McCormick_2011-1] McCormick SP, Stanley AM, Stover NA, Alexander NJ (July 2011). “Trichothecenes: from simple to complex mycotoxins”. Toxins 3 (7): 802-814. doi:10.3390/toxins3070802. PMC 3202860. PMID 22069741.

[2] トリコテセン-マイコトキシン（T-2マイコトキシンなど）について横浜よこはま市し衛生えいせい研究所けんきゅうじょ^{[リンク切きれ]}

[3] David E. Starkey;Todd J. Ward;Takayuki Aoki;Liane R. Gale;H. Corby Kistler;David M. Geiser;Haruhisa Suga;Beáta Tóth;János Varga;Kerry O’Donnell (2007). “Global molecular surveillance reveals novel Fusarium head blight species and trichothecene toxin diversity”. Fungal genetics and biology (Elsevier) 44 (11): 1191-1204. doi:10.1016/j.fgb.2007.03.001.

[4] 田中たなか健治けんじ, 小林こばやし秀しげる誉ほまれ, 永田ながた忠博ただひろ, 真鍋まなべ勝まさる「倒伏とうふくし水みずに浸つかった日本にっぽん産さん米まいのトリコテセン自然しぜん汚染おせん」『食品しょくひん衛生えいせい学がく雑誌ざっし』第だい45巻かん第だい2号ごう、日本にっぽん食品しょくひん衛生えいせい学会がっかい、2004年ねん、63-66頁ぺーじ、CRID 1390282679200932864、doi:10.3358/shokueishi.45.63、ISSN 0015-6426。

[5] 須永すなが恭之きょうすけ「農林水産省のうりんすいさんしょうにおけるかび毒どくのリスク管理かんり」『マイコトキシン』第だい61巻かん第だい2号ごう、日本にっぽんマイコトキシン学会がっかい、2011年ねん、65-69頁ぺーじ、doi:10.2520/myco.61.65。

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