マクスウェルの悪魔 あくま (マクスウェルのあくま、Maxwell's demon )とは、1867年 ねん ごろ、スコットランド の物理 ぶつり 学者 がくしゃ ジェームズ・クラーク・マクスウェル が提唱 ていしょう した思考 しこう 実験 じっけん 、ないしその実験 じっけん で想定 そうてい される架空 かくう の、働 はたら く存在 そんざい である。マクスウェルの魔 ま 、マクスウェルの魔物 まもの 、マクスウェルのデーモン などともいう。 分子 ぶんし の動 うご きを観察 かんさつ できる架空 かくう の悪魔 あくま を想定 そうてい することによって、熱 ねつ 力学 りきがく 第 だい 二 に 法則 ほうそく で禁 きん じられたエントロピー の減少 げんしょう が可能 かのう であるとした。 熱 ねつ 力学 りきがく の根幹 こんかん に突 つ き付 つ けられたこの難問 なんもん は1980年代 ねんだい に入 はい ってようやく一応 いちおう の解決 かいけつ を見 み た。
マクスウェルが考 かんが えた仮想 かそう 的 てき な実験 じっけん 内容 ないよう とは以下 いか のようである(Theory of Heat 、1872年 ねん )。
マクスウェルの悪魔 あくま 。分子 ぶんし を観察 かんさつ できる悪魔 あくま は仕事 しごと をすることなしに温度 おんど 差 さ を作 つく り出 だ せるようにみえる。
均一 きんいつ な温度 おんど の気体 きたい で満 み たされた容器 ようき を用意 ようい する。 このとき温度 おんど は均一 きんいつ でも個々 ここ の分子 ぶんし の速度 そくど は決 けっ して均一 きんいつ ではないことに注意 ちゅうい する。
この容器 ようき を小 ちい さな穴 あな の空 あ いた仕切 しき りで2つの部分 ぶぶん A , B に分離 ぶんり し、個々 ここ の分子 ぶんし を見 み ることのできる「存在 そんざい 」がいて、この穴 あな を開 あ け閉 し めできるとする。
この存在 そんざい は、素早 すばや い分子 ぶんし のみを A から B へ、遅 おそ い分子 ぶんし のみを B から A へ通 とお り抜 ぬ けさせるように、この穴 あな を開閉 かいへい するのだとする。
この過程 かてい を繰 く り返 かえ すことにより、この存在 そんざい は力学 りきがく 的 てき 意味 いみ で仕事 しごと をすることなしに、 A の温度 おんど を下 さ げ、 B の温度 おんど を上 あ げることができる。 これは熱 ねつ 力学 りきがく 第 だい 二 に 法則 ほうそく と矛盾 むじゅん する。
マクスウェルの仮想 かそう したこの「存在 そんざい 」をケルヴィン (1874年 ねん )は、「マクスウェルの知的 ちてき な悪魔 あくま 」(Maxwell's intelligent demon )と名付 なづ けた。 マクスウェル自身 じしん は、この問題 もんだい に対 たい して、熱 ねつ 力学 りきがく の分子 ぶんし 論 ろん 的 てき 基盤 きばん である統計 とうけい 力学 りきがく が、個々 ここ の分子 ぶんし の厳密 げんみつ な力学 りきがく を捨 す てて、分子 ぶんし の集団 しゅうだん のみを統計 とうけい 的 てき に取 と り扱 あつか うものであり、こうした問題 もんだい に適用 てきよう できないことを指摘 してき するに留 とど まっている。
この問題 もんだい は1世紀 せいき 以上 いじょう に渡 わた って科学 かがく 者 しゃ を悩 なや ませることとなった。 一見 いっけん すれば、マクスウェルが言 い うように、この「悪魔 あくま 」の振 ふ る舞 ま いにエネルギー の散逸 さんいつ が必要 ひつよう となるようには思 おも われないが、これを認 みと めれば永久 えいきゅう 機関 きかん も容易 ようい に実現 じつげん できることになってしまう。 この悪魔 あくま を葬 ほうむ るためには、悪魔 あくま の振 ふ る舞 ま いがそもそも物理 ぶつり 的 てき にどのようなものであるかを解明 かいめい することが必要 ひつよう であった。 実際 じっさい 、これは観察 かんさつ により情報 じょうほう を得 え るという情報 じょうほう 論 ろん 的 てき な概念 がいねん と、統計 とうけい 力学 りきがく ひいては熱 ねつ 力学 りきがく との関係 かんけい を問 と う問題 もんだい であり、量子 りょうし 論 ろん とは別 べつ の角度 かくど から物理 ぶつり 学 がく にとって観測 かんそく とは何 なに かという問題 もんだい を提起 ていき するものであった。 この問題 もんだい に格闘 かくとう する過程 かてい で、現在 げんざい の情報 じょうほう 科学 かがく につながる重要 じゅうよう な知見 ちけん が生 う み出 だ された。
物理 ぶつり 学者 がくしゃ レオ・シラード は、1929年 ねん にマクスウェルのモデルを単純 たんじゅん 化 か して 1 分子 ぶんし のみを閉 と じ込 こ めたシラードのエンジン (後述 こうじゅつ )と呼 よ ばれるモデルを用 もち い、 悪魔 あくま が同 おな じ大 おお きさの 2 つの部屋 へや のどちらに分子 ぶんし があるかを観測 かんそく するということにより、熱 ねつ 力学 りきがく の単位 たんい で Δ でるた S = k ln 2 だけのエントロピーが減少 げんしょう することを示 しめ した[1] 。 ただし、k はボルツマン定数 ていすう である。 この Δ でるた S は現在 げんざい 1 ビット と呼 よ ばれている情報 じょうほう 量 りょう に他 た ならない。 シラードの洞察 どうさつ は、元々 もともと 気体 きたい 運動 うんどう に対 たい して構築 こうちく された概念 がいねん であるエントロピーと、情報 じょうほう を得 え るということ、もしくは知識 ちしき をもつということの間 あいだ に深 ふか いつながりがあることを示 しめ し、また、ボルツマン定数 ていすう とは実 じつ は情報 じょうほう 量 りょう の単位 たんい と物理 ぶつり 学 がく の単位 たんい を変換 へんかん する比例 ひれい 定数 ていすう であることを明 あき らかにした。 シラードは、全体 ぜんたい の系 けい のエントロピーは減少 げんしょう しないはずなので、悪魔 あくま が観測 かんそく によって情報 じょうほう を得 え ることによってそれ以上 いじょう のエントロピーの上昇 じょうしょう を伴 ともな うだろうと結論 けつろん した。
実際 じっさい 、レオン・ブリユアン とデニス・ガボール は1951年 ねん 、それぞれ独立 どくりつ に悪魔 あくま を光 ひかり による観測 かんそく に置 お き換 か えて物理 ぶつり 的 てき 解析 かいせき を行 おこ ない、その観測 かんそく の過程 かてい で相応 そうおう するエントロピーの増大 ぞうだい が起 お こることを示 しめ した[2] [3] 。 これによって、観測 かんそく には最低限 さいていげん 必要 ひつよう なエネルギー散逸 さんいつ が伴 ともな うのだという主張 しゅちょう が、長 なが らくマクスウェルの悪魔 あくま に死 し を宣告 せんこく するものだと考 かんが えられてきた。
ところが、悪魔 あくま は完全 かんぜん には葬 ほうむ りさられていないことが明 あき らかになった。 1973年 ねん 、IBM のチャールズ・ベネット は、熱 ねつ 力学 りきがく 的 てき に可逆 かぎゃく な(元 もと に戻 もど すことができる)観測 かんそく が可能 かのう であり、こうした観測 かんそく においてはブリユアンらが指摘 してき したようなエントロピーの増大 ぞうだい が必要 ひつよう ないことを示 しめ したのである[4] 。
これに先立 さきだ つ1961年 ねん 、同 おな じく IBM の研究 けんきゅう 者 しゃ であったロルフ・ランダウアー (英語 えいご 版 ばん ) によって、コンピュータにおける記憶 きおく の消去 しょうきょ が、ブリユアンの主張 しゅちょう した観測 かんそく によるエントロピーの増大 ぞうだい と同 どう 程度 ていど のエントロピー増大 ぞうだい を必要 ひつよう とすることが示 しめ されていた (ランダウアーの原理 げんり )[5] 。 ベネットが甦 よみがえ らせた問題 もんだい は、このランダウアーの原理 げんり と組 く み合 あ わせることによってベネット自身 じしん により解決 かいけつ された(1982年 ねん )[6] 。 エントロピーの増大 ぞうだい は、観測 かんそく を行 おこ なったときではなく、むしろ行 おこ なった観測 かんそく 結果 けっか を「忘 わす れる」ときに起 お こるのである。 すなわち、悪魔 あくま が分子 ぶんし の速度 そくど を観測 かんそく できても観測 かんそく した速度 そくど の情報 じょうほう を記憶 きおく する必要 ひつよう があるが、悪魔 あくま が繰 く り返 かえ し働 はたら くためには窓 まど の開閉 かいへい が終了 しゅうりょう した時点 じてん で次 つぎ の分子 ぶんし のためにその情報 じょうほう の記憶 きおく は消去 しょうきょ しなければならない。情報 じょうほう の消去 しょうきょ は前 まえ の分子 ぶんし の速度 そくど が速 はや い場合 ばあい も遅 おそ い場合 ばあい も同 おな じ状態 じょうたい へ遷移 せんい させる必要 ひつよう があり、熱 ねつ 力学 りきがく 的 てき に非 ひ 可逆 かぎゃく な過程 かてい である。 このため悪魔 あくま の振 ふ る舞 ま いを完全 かんぜん に完了 かんりょう させるためには、エントロピーの増大 ぞうだい が必然 ひつぜん のものとなる。
なお、ベネットと同様 どうよう に悪魔 あくま の記憶 きおく の消去 しょうきょ が環境 かんきょう へのエントロピーの増大 ぞうだい を招 まね くという洞察 どうさつ は1970年 ねん にオリバー・ペンローズ によっても独立 どくりつ に成 な されていた[7] 。 また、ベネットの「解決 かいけつ 」は発表 はっぴょう 後 ご 多 おお くの議論 ぎろん を巻 ま き起 お こし、基本 きほん 的 てき には受 う け入 い れられたかにみえる現在 げんざい もなおマクスウェルの悪魔 あくま に関 かん する文献 ぶんけん は増 ふ え続 つづ けている。
「情報 じょうほう 消去 しょうきょ は論理 ろんり 的 てき に不 ふ 可逆 かぎゃく なので、熱 ねつ 力学 りきがく 的 てき にも不 ふ 可逆 かぎゃく である」という議論 ぎろん がなされるが、沙川 さがわ 貴 たか 大 だい によればこれは誤 あやま りである[8] 。
1980 年代 ねんだい から広 ひろ く受 う け入 い れられてきた「情報 じょうほう の消去 しょうきょ を考 かんが えることで初 はじ めて、デーモン(悪魔 あくま )と(熱 ねつ 力学 りきがく )第 だい 二 に 法則 ほうそく の整合 せいごう 性 せい を理解 りかい できる」という主張 しゅちょう は妥当 だとう ではない。デーモンと第 だい 二 に 法則 ほうそく の整合 せいごう 性 せい を理解 りかい するために情報 じょうほう 消去 しょうきょ を考 かんが える必要 ひつよう は、そもそもない[8] 。
1990年代 ねんだい 以降 いこう の非 ひ 平衡 へいこう 統計 とうけい 力学 りきがく の発展 はってん により、微小 びしょう 系 けい における熱 ねつ 力学 りきがく 第 だい 二 に 法則 ほうそく のあるべき姿 すがた が明 あき らかになってきた。その重要 じゅうよう な成果 せいか の一 ひと つは、熱 ねつ 力学 りきがく 第 だい 二 に 法則 ほうそく がわずかな確 かく 率 りつ で破 わ れることを明 あき らかにし、その確 かく 率 りつ も特定 とくてい したことである[9] 。
オリジナルのランダウアーの原理 げんり は対称 たいしょう メモリーという特殊 とくしゅ な状況 じょうきょう に限 かぎ られ、より一般 いっぱん 的 てき には、消去 しょうきょ と測定 そくてい に必要 ひつよう な仕事 しごと にトレードオフがあり、それらの和 わ に対 たい して下限 かげん が存在 そんざい するわけである。さらに,相互 そうご 情報 じょうほう 量 りょう I を用 もち いて取 と り出 だ せる仕事 しごと は最大 さいだい で kB T I であることを示 しめ している。
W測定 そくてい + W消去 しょうきょ ≧ kB T I ≧ W出力 しゅつりょく .
これが Maxwell の悪魔 あくま と熱 ねつ 力学 りきがく 第 だい 二 に 法則 ほうそく との整合 せいごう 性 せい に関 かん する現在 げんざい の解釈 かいしゃく である[10] 。
記憶 きおく の消去 しょうきょ によっていかにしてマクスウェルの悪魔 あくま が破綻 はたん するかを知 し るために、それを単純 たんじゅん 化 か したモデルであるシラード のエンジン を考 かんが える。 シラードのエンジンは、多 おお くの気体 きたい 分子 ぶんし を閉 と じ込 こ めた容器 ようき を考 かんが える代 か わりに 1 分子 ぶんし だけを入 い れた容器 ようき によって熱 ねつ から仕事 しごと を作 つく り出 だ す仮想 かそう 的 てき なエンジン である。 エンジンを操作 そうさ する微小 びしょう な悪魔 あくま は観察 かんさつ や適当 てきとう な機械 きかい 的 てき 動作 どうさ を行 おこな う。 この悪魔 あくま は知的 ちてき な存在 そんざい である必要 ひつよう はなく、必要 ひつよう なら適切 てきせつ な機械 きかい 的 てき 過程 かてい で置 お き代 か えることができる。 エンジンは熱 ねつ 浴 よく (英語 えいご 版 ばん ) の中 なか におかれ、熱 ねつ のやりとりにより分子 ぶんし の温度 おんど (平均 へいきん 速度 そくど ) は周囲 しゅうい の温度 おんど と同 おな じに保 たも たれる。
このエンジンのサイクルは次 つぎ の 3 段階 だんかい にわけることができる (図 ず 参照 さんしょう )。 まず、最初 さいしょ の状態 じょうたい A では、適当 てきとう なメモリ からなる悪魔 あくま がある決 き まった状態 じょうたい 0 におかれているとする。 よって、悪魔 あくま は気体 きたい のどこに分子 ぶんし があるかまだ知 し らない。
シラードのエンジンのサイクル。(a) 観測 かんそく 、(b) ピストンの拡大 かくだい による仕事 しごと の取 と り出 だ し、(c) 記憶 きおく の消去 しょうきょ 。観測 かんそく (a) によって悪魔 あくま は R または L どちらかの情報 じょうほう を得 え る。エンジンは等温 とうおん 過程 かてい (b) によって熱 ねつ Q を仕事 しごと W に変 か えるが、記憶 きおく の消去 しょうきょ (c) は非 ひ 可逆 かぎゃく な過程 かてい でありこれには W 以上 いじょう のエネルギーの消費 しょうひ が必要 ひつよう となる。
(a) 観測 かんそく
容器 ようき の中央 ちゅうおう に仕切 しき りを入 い れ、悪魔 あくま が左右 さゆう どちらに分子 ぶんし があるかを観測 かんそく する。 ここで悪魔 あくま は気体 きたい から 1 ビットの情報 じょうほう を得 え ることになる。 観測 かんそく 結果 けっか に応 おう じて、悪魔 あくま のメモリの状態 じょうたい は R (図 ず 上段 じょうだん ) もしくは L (図 ず 下段 げだん ) となる。 これにより気体 きたい の状態 じょうたい とメモリの状態 じょうたい との間 あいだ には相関 そうかん が成立 せいりつ する。
(b) 熱 ねつ から仕事 しごと への変換 へんかん
分子 ぶんし が右 みぎ にあったときには、中央 ちゅうおう の仕切 しき りを左 ひだり に、左 ひだり にあったときには右 みぎ に、ゆっくりと動 うご かせるようにする。 このとき、過程 かてい は等温 とうおん 過程 かてい であり、(自由 じゆう 膨張 ぼうちょう なので)内部 ないぶ エネルギーは変化 へんか しない。 より細 こま かく言 い えば、分子 ぶんし は容器 ようき を押 お すときに仕事 しごと をし、わずかにエネルギーを失 うしな うが、すぐに周囲 しゅうい の熱 ねつ 浴 よく から熱 ねつ のエネルギーを受 う け取 と る。 これによって、周囲 しゅうい の熱 ねつ Q を仕事 しごと W に変 か えることができる。 体積 たいせき が 2 倍 ばい になるときには、この仕事 しごと に代 か わるエネルギーは kT ln 2 である。
(c) 記憶 きおく の消去 しょうきょ
最後 さいご にサイクルを完結 かんけつ させるために、元 もと の状態 じょうたい A に戻 もど すには、悪魔 あくま のメモリの状態 じょうたい R または L の区別 くべつ を消去 しょうきょ して共 とも に 0 にする必要 ひつよう がある。
もし (a) の観測 かんそく 過程 かてい にも、(c) の記憶 きおく の消去 しょうきょ にもエネルギーの消費 しょうひ が必要 ひつよう ないとすれば、このエンジンを永久 えいきゅう に働 はたら かせることができ、これは熱 ねつ から仕事 しごと を取 と り出 だ す永久 えいきゅう 機関 きかん となってしまう。 ベネット以前 いぜん は観測 かんそく 過程 かてい に最小限 さいしょうげん 必要 ひつよう なエネルギーがあるのだと考 かんが えられていたが、実際 じっさい にはエネルギーの消費 しょうひ を必要 ひつよう とせず観測 かんそく を行 おこな うことは可能 かのう である。 逆 ぎゃく に (c) の記憶 きおく の消去 しょうきょ は R と L の状態 じょうたい を単一 たんいつ の 0 の状態 じょうたい にせねばならず、ランダウアーの原理 げんり によりどこかに余分 よぶん な状態 じょうたい を熱 ねつ として捨 す てなければならない。 このとき結局 けっきょく 、得 え た仕事 しごと W 以上 いじょう のエネルギーを熱 ねつ とすることになり、このエンジンは期待 きたい 通 どお りには働 はたら かない。
上 うえ 図 ず の下段 げだん の図 ず は、悪魔 あくま のメモリの状態 じょうたい を縦 たて 軸 じく にとり、気体 きたい の状態 じょうたい を横 よこ 軸 じく にとった相 あい 空間 くうかん を表 あらわ す。 このエンジンを外側 そとがわ から見 み る観察 かんさつ 者 しゃ にとって、悪魔 あくま と気体 きたい 両方 りょうほう の系 けい の起 お こりうる状態 じょうたい は各 かく 段階 だんかい で色 いろ 付 つ きの部分 ぶぶん となる。 この状態 じょうたい 数 すう の対数 たいすう は系 けい 内部 ないぶ のエントロピー S に比例 ひれい する。 もし、S が減少 げんしょう するなら、それを補 おぎな うだけの外部 がいぶ のエントロピーの上昇 じょうしょう がなければならない。 実際 じっさい 、過程 かてい (a) でメモリと気体 きたい に相関 そうかん が成立 せいりつ するだけではエントロピーは減少 げんしょう しない。 過程 かてい (b) で 1 ビットのエントロピーの上昇 じょうしょう があり、そのままではこれは非 ひ 可逆 かぎゃく サイクルとなる。 よって内部 ないぶ エントロピーを減少 げんしょう させるメモリの消去 しょうきょ の過程 かてい (c) が必要 ひつよう となる。
ところが、悪魔 あくま が R となり上 うえ 図 ず の上段 じょうだん の経路 けいろ を通 とお ったか、L となり下段 げだん の経路 けいろ を通 とお ったかを知 し ろうとして、(b) において(おそらくはエネルギー散逸 さんいつ なしで)実験 じっけん 者 しゃ X が悪魔 あくま の状態 じょうたい を観察 かんさつ するかもしれない。 これによって例 たと えば X が悪魔 あくま の状態 じょうたい を R だと知 し ったときには相 あい 空間 くうかん での可能 かのう な状態 じょうたい は、図 ず の赤 あか い部分 ぶぶん だけに減 へ るように思 おも われ、内部 ないぶ エントロピーの変化 へんか は、順 じゅん に (a) 1 → (b) 0 → (c) 1 → (a) 1 となる。 このときはあたかも観測 かんそく でエネルギー散逸 さんいつ が必要 ひつよう で、消去 しょうきょ にエネルギー散逸 さんいつ は必要 ひつよう なくなったように思 おも われる。 しかし、この場合 ばあい には実験 じっけん 者 しゃ X がメモリを観測 かんそく したために実験 じっけん 者 しゃ 自身 じしん が悪魔 あくま として気体 きたい との相関 そうかん をもってしまっており、サイクルは完結 かんけつ していない。 X の観察 かんさつ 結果 けっか を知 し らない人 ひと からみれば、やはり X がその記憶 きおく を消去 しょうきょ するときにエネルギー散逸 さんいつ が必要 ひつよう となる。 このことはエントロピーが観測 かんそく 者 しゃ の知識 ちしき に依存 いぞん した観測 かんそく 者 しゃ 相対 そうたい の概念 がいねん であることを明瞭 めいりょう に示 しめ している。
なお、この観測 かんそく 過程 かてい を量子 りょうし 論 ろん における収縮 しゅうしゅく を伴 ともな う量子 りょうし 状態 じょうたい の観測 かんそく だとみなすと、この議論 ぎろん はシュレーディンガーの猫 ねこ に類似 るいじ している。 このとき、悪魔 あくま と分子 ぶんし の位置 いち の相関 そうかん は猫 ねこ の生死 せいし の状態 じょうたい と同位 どうい 体 たい の崩壊 ほうかい の状態 じょうたい とのEPR相関 そうかん に対応 たいおう し、それを外 そと から見 み ることは猫 ねこ の生死 せいし の重 かさ ねあわせを認 みと める観測 かんそく 問題 もんだい の多 た 世界 せかい 解釈 かいしゃく に、悪魔 あくま の状態 じょうたい を実験 じっけん 者 しゃ が観察 かんさつ することは収縮 しゅうしゅく を認 みと める立場 たちば に対応 たいおう づけることができる。
シラードのエンジンの議論 ぎろん は、我々 われわれ がその状態 じょうたい をわかっているメモリは、我々 われわれ にとって 1 ビット あたり kT ln 2 のエネルギーを持 も つと考 かんが えることができることを意味 いみ する。 例 たと えば、 3.83× 10 20 ビット、 0 ℃ のメモリは、その利用 りよう 者 しゃ がメモリすべての状態 じょうたい を知 し っている限 かぎ り およそ 1 J のエネルギーを生 う み出 だ す「燃料 ねんりょう 」と見 み ることができる。 逆 ぎゃく にその状態 じょうたい を知 し らず、利用 りよう 者 しゃ にとって乱雑 らんざつ な状態 じょうたい であるメモリからはエネルギーを取 と り出 だ すことができない。 これは我々 われわれ が対象 たいしょう の状態 じょうたい を知 し っていることが秩序 ちつじょ としてエントロピーを下 さ げ、知 し らないことがエントロピーの大 おお きな乱雑 らんざつ さを表 あらわ すという日常 にちじょう 的 てき なエントロピーの解釈 かいしゃく を情報 じょうほう の概念 がいねん を通 つう じて熱 ねつ 力学 りきがく 的 てき なエントロピーに実際 じっさい に結 むす び付 つ けている。
上述 じょうじゅつ のように、ランダウアーの原理 げんり は記憶 きおく の消去 しょうきょ のような非 ひ 可逆 かぎゃく な計算 けいさん に原理 げんり 的 てき なエントロピーの増加 ぞうか が伴 ともな うことを示 しめ した。 一方 いっぽう 、情報 じょうほう を失 うしな わないような可逆 かぎゃく な計算 けいさん ならば、このような散逸 さんいつ は必要 ひつよう ない。 こうした可逆 かぎゃく 計算 けいさん はフレドキン やトフォリ によって調 しら べられてきた。 量子 りょうし 計算 けいさん においては、結果 けっか を得 え るための観測 かんそく 過程 かてい 以外 いがい のすべての計算 けいさん 過程 かてい はこのような可逆 かぎゃく なものでなければならない。
記憶 きおく を消去 しょうきょ するときにエントロピーが増大 ぞうだい するということは、記憶 きおく を行 おこ なうこと(状態 じょうたい の間 あいだ に相関 そうかん をもつこと)のできる存在 そんざい ならば、記憶 きおく の消去 しょうきょ というツケを支払 しはら うまでの間 あいだ は、短期間 たんきかん なら実際 じっさい にマクスウェルの悪魔 あくま を働 はたら かせることができる可能 かのう 性 せい を示唆 しさ している。 細胞 さいぼう 内 ない などの生命 せいめい システムではこのような仕組 しく みが有効 ゆうこう に利用 りよう されていることが考 かんが えられる。 熱 ねつ 力学 りきがく 的 てき に効率 こうりつ がよいとは必 かなら ずしもいえないが、ブラウン・ラチェット などと呼 よ ばれる分子 ぶんし の熱 ねつ 運動 うんどう から一方向 いちほうこう の動作 どうさ を取 と り出 だ すモデルがイオンポンプ や分子 ぶんし モーター に関 かん して提出 ていしゅつ されており、これらはこのマクスウェルの悪魔 あくま に類似 るいじ している。 また分子 ぶんし 機械 きかい として同様 どうよう の構造 こうぞう を作 つく ろうという試 こころ みも行 おこ なわれている。
2010年 ねん 、鳥谷部 とやべ 祥一 しょういち 、沙川 さがわ 貴 たか 大 だい らは、世界 せかい で初 はじ めて情報 じょうほう によって熱 ねつ エネルギーが仕事 しごと に変換 へんかん されることを確認 かくにん したと発表 はっぴょう した[11] 。
2017年 ねん 、NTT物性 ぶっせい 科学 かがく 基礎 きそ 研究所 けんきゅうじょ はトランジスタ内 ない の電子 でんし 1個 こ の動 うご きを観測 かんそく し、その結果 けっか に基 もと づいてトランジスタを操作 そうさ する技術 ぎじゅつ を開発 かいはつ した。その技術 ぎじゅつ を使 つか い、熱 ねつ ノイズから一方向 いちほうこう に動 うご く電子 でんし のみを選 え り分 わ けることで電流 でんりゅう を流 なが しエネルギーを生成 せいせい させることに成功 せいこう した。[12]
NTTは以下 いか の手順 てじゅん で「悪魔 あくま 」の動作 どうさ を実現 じつげん した。
入口 いりくち 扉 とびら を開 あ けて、入口 いりくち と電子 でんし 箱 ばこ の間 あいだ における電子 でんし のランダムな熱 ねつ 運動 うんどう を観測 かんそく する
電子 でんし が電子 でんし 箱 ばこ に入 はい って来 き たときに、入口 いりくち 扉 とびら を閉 し めて、電子 でんし 箱 ばこ に電子 でんし を閉 と じ込 こ める
出口 いでぐち 扉 とびら を開 あ けて、電子 でんし 箱 ばこ と出口 でぐち の間 あいだ における電子 でんし のランダムな熱 ねつ 運動 うんどう を観測 かんそく する
電子 でんし が電子 でんし 箱 ばこ から出 で て行 い ったときに、出口 いでぐち 扉 とびら を閉 し めて、出口 でぐち へ電子 でんし を追 お い出 だ す
悪魔 あくま (シリコン単 たん 電子 でんし デバイス)が電子 でんし の動 うご きを観測 かんそく して、その情報 じょうほう を得 え る作業 さぎょう にエネルギーが必要 ひつよう であり、これが電流 でんりゅう を流 なが す電源 でんげん としての役割 やくわり を果 は たす。1ビットの情報 じょうほう を得 え るためには一定 いってい の量 りょう のエネルギーが必要 ひつよう である。
^ Szilard, Leo (1929). “Über die Entropieverminderung in einem thermodynamischen System bei Eingriffen intelligenter Wesen” . Zeitschrift für Physik (Springer) 53 (11-12): 840-856. doi :10.1007/BF01341281 . https://doi.org/10.1007/BF01341281 . Szilard, Leo (1964). “On the decrease of entropy in a thermodynamic system by the intervention of intelligent beings” . Behavioral Science (Wiley Online Library) 9 (4): 301-310. doi :10.1002/bs.3830090402 . https://doi.org/10.1002/bs.3830090402 .
^ Brillouin, L. (1951) "Maxwell's demon cannot operate: Information and entropy. I", J. Appl. Phys. 22 :334-337; in Maxwell's Demon 2 , pp. 120-123, doi :10.1063/1.1699951 .
^ Gabor, D. (1964) "Light and information", Prog. Optics 1 :111-153.
^ Bennett, C. H. (1973) "Logical reversibility of computation", IBM J. Res. Dev. 17 :525-532, doi :10.1147/rd.176.0525 .
^ Landauer, R. (1961) "Irreversibility and heat generation in the computing process", IBM J. Res. Dev. 5 :183-191; in Maxwell's Demon 2 , pp. 148-156, doi :10.1147/rd.53.0183
^ Bennett, Charles H (1982). “The thermodynamics of computation—a review” . International Journal of Theoretical Physics (Springer) 21 : 283-318. doi :10.1007/BF02084158 . https://doi.org/10.1007/BF02084158 . (要 よう 購読 こうどく 契約 けいやく )
^ Penrose, O. (1970) Foundations of Statistical Mechanics: A Deductive Treatment Mineola,NY: Dover Pub.; (2005) ISBN 0486438708 (pbk).
^ a b 沙川 さがわ 貴 たか 大 だい 「<講義 こうぎ ノート>情報処理 じょうほうしょり の熱 ねつ 力学 りきがく (第 だい 59回 かい 物性 ぶっせい 若手 わかて 夏 なつ の学校 がっこう : 集中 しゅうちゅう ゼミ) 」『物性 ぶっせい 研究 けんきゅう ・電子 でんし 版 ばん 』第 だい 4巻 かん 第 だい 1号 ごう 、物性 ぶっせい 研究 けんきゅう ・電子 でんし 版 ばん 編集 へんしゅう 委員 いいん 会 かい 、2015年 ねん 2月 がつ 、1-16頁 ぺーじ 、doi :10.14989/194302 、hdl :2433/194302 。
^ 沙川 さがわ 貴 たか 大 だい , 上田 うえだ 正 ただし 仁 ひとし 「Maxwellのデーモンと情報 じょうほう 熱 ねつ 力学 りきがく (特集 とくしゅう 物理 ぶつり と論理 ろんり --概念 がいねん 規定 きてい と論理 ろんり 構造 こうぞう をとらえ直 なお す) 」(PDF)『数理 すうり 科学 かがく 』第 だい 46巻 かん 第 だい 11号 ごう 、サイエンス社 しゃ 、2008年 ねん 11月、18-23頁 ぺーじ 、ISSN 03862240 、CRID 1523951030408170496 。
^ 鳥谷部 とやべ 祥一 しょういち , 宗行 むねゆき 英 えい 朗 ろう 「熱 ねつ ゆらぎを利用 りよう する―情報 じょうほう 熱 ねつ 機関 きかん の実現 じつげん ― 」『生物 せいぶつ 物理 ぶつり 』第 だい 52巻 かん 第 だい 3号 ごう 、日本 にっぽん 生物 せいぶつ 物理 ぶつり 学会 がっかい 、2012年 ねん 、136-139頁 ぺーじ 、doi :10.2142/biophys.52.136 、ISSN 05824052 、CRID 1390001206536288128 。
^ 田崎 たさき 晴 はれ 明 あきら 「「悪魔 あくま 」との取 と り引 ひ き : エントロピーをめぐって(最近 さいきん のトピックス) 」『日本 にっぽん 物理 ぶつり 学会 がっかい 誌 し 』第 だい 66巻 かん 第 だい 3号 ごう 、日本 にっぽん 物理 ぶつり 学会 がっかい 、2011年 ねん 3月 がつ 、172-173頁 ぺーじ 、doi :10.11316/butsuri.66.3_172 、ISSN 0029-0181 、NAID 110008593008 。
^ “熱 ねつ ノイズを選 え り分 わ けて電流 でんりゅう を流 なが すことに成功 せいこう マクスウェルの悪魔 あくま による発電 はつでん ”. www.brl.ntt.co.jp . NTT物性 ぶっせい 科学 かがく 基礎 きそ 研究所 けんきゅうじょ . 2023年 ねん 3月 がつ 16日 にち 閲覧 えつらん 。
Leff, H.S. and Rex, A.F. (eds.), "Maxwell's Demon 2: Entropy, Classical and Quantum Information, Computing ", 2003, IoP Pub.: Bristol, ISBN 0750307595 — 主要 しゅよう な歴史 れきし 的 てき 論文 ろんぶん と詳細 しょうさい なクロニクル、文献 ぶんけん リストを含 ふく む
Feynman, Richard Phillips; Hey, Anthony J. G.; Allen, Robin W.; 原 はら 康夫 やすお ; 中山 なかやま 健 けん (情報 じょうほう 科学 かがく ); 松田 まつだ 和典 かずのり 「"第 だい 5章 しょう " 」『ファインマン計算 けいさん 機 き 科学 かがく 』岩波書店 いわなみしょてん 、1999年 ねん 。全国 ぜんこく 書誌 しょし 番号 ばんごう :99063722 。https://id.ndl.go.jp/bib/000002757447 。
都筑 つづき 卓司 たくし 『新装 しんそう 版 ばん マックスウェルの悪魔 あくま 』講談社 こうだんしゃ ブルーバックス、2002年 ねん 。ISBN 4062573849 。 - 初版 しょはん は1970年 ねん であるため、ランダウアー=ベネットによる議論 ぎろん は含 ふく まれていない(それらは最初 さいしょ に挙 あ げたMaxwell's Demon 2: Entropy, Classical and Quantum Information, Computing にまとまっている)。
竹内 たけうち 薫 かおる 『熱 ねつ とはなんだろう : 温度 おんど ・エントロピー・ブラックホール……』講談社 こうだんしゃ 〈ブルーバックス〉、2002年 ねん 。ISBN 9784062573900 。 NCID BA59670802 。