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マクスウェルの悪魔あくま

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

マクスウェルの悪魔あくま(マクスウェルのあくま、Maxwell's demon)とは、1867ねんごろ、スコットランド物理ぶつり学者がくしゃジェームズ・クラーク・マクスウェル提唱ていしょうした思考しこう実験じっけん、ないしその実験じっけん想定そうていされる架空かくうの、はたら存在そんざいである。マクスウェルのマクスウェルの魔物まものマクスウェルのデーモンなどともいう。 分子ぶんしうごきを観察かんさつできる架空かくう悪魔あくま想定そうていすることによって、ねつ力学りきがくだい法則ほうそくきんじられたエントロピー減少げんしょう可能かのうであるとした。 ねつ力学りきがく根幹こんかんけられたこの難問なんもんは1980年代ねんだいはいってようやく一応いちおう解決かいけつた。

マクスウェルの提起ていきした問題もんだい

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マクスウェルがかんがえた仮想かそうてき実験じっけん内容ないようとは以下いかのようである(Theory of Heat、1872ねん)。

マクスウェルの悪魔あくま分子ぶんし観察かんさつできる悪魔あくま仕事しごとをすることなしに温度おんどつくせるようにみえる。
  1. 均一きんいつ温度おんど気体きたいたされた容器ようき用意よういする。 このとき温度おんど均一きんいつでも個々ここ分子ぶんし速度そくどけっして均一きんいつではないことに注意ちゅういする。
  2. この容器ようきちいさなあないた仕切しきりで2つの部分ぶぶん A, B分離ぶんりし、個々ここ分子ぶんしることのできる「存在そんざい」がいて、このあなめできるとする。
  3. この存在そんざいは、素早すばや分子ぶんしのみを A から B へ、おそ分子ぶんしのみを B から Aとおけさせるように、このあな開閉かいへいするのだとする。
  4. この過程かていかえすことにより、この存在そんざい力学りきがくてき意味いみ仕事しごとをすることなしに、 A温度おんどげ、 B温度おんどげることができる。 これはねつ力学りきがくだい法則ほうそく矛盾むじゅんする。

マクスウェルの仮想かそうしたこの「存在そんざい」をケルヴィン(1874ねん)は、「マクスウェルの知的ちてき悪魔あくま」(Maxwell's intelligent demon)と名付なづけた。 マクスウェル自身じしんは、この問題もんだいたいして、ねつ力学りきがく分子ぶんしろんてき基盤きばんである統計とうけい力学りきがくが、個々ここ分子ぶんし厳密げんみつ力学りきがくてて、分子ぶんし集団しゅうだんのみを統計とうけいてきあつかうものであり、こうした問題もんだい適用てきようできないことを指摘してきするにとどまっている。

解決かいけつまでのみちのり

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この問題もんだいは1世紀せいき以上いじょうわたって科学かがくしゃなやませることとなった。 一見いっけんすれば、マクスウェルがうように、この「悪魔あくま」のいにエネルギー散逸さんいつ必要ひつようとなるようにはおもわれないが、これをみとめれば永久えいきゅう機関きかん容易ようい実現じつげんできることになってしまう。 この悪魔あくまほうむるためには、悪魔あくまいがそもそも物理ぶつりてきにどのようなものであるかを解明かいめいすることが必要ひつようであった。 実際じっさい、これは観察かんさつにより情報じょうほうるという情報じょうほうろんてき概念がいねんと、統計とうけい力学りきがくひいてはねつ力学りきがくとの関係かんけい問題もんだいであり、量子りょうしろんとはべつ角度かくどから物理ぶつりがくにとって観測かんそくとはなにかという問題もんだい提起ていきするものであった。 この問題もんだい格闘かくとうする過程かていで、現在げんざい情報じょうほう科学かがくにつながる重要じゅうよう知見ちけんされた。

物理ぶつり学者がくしゃレオ・シラードは、1929ねんにマクスウェルのモデルを単純たんじゅんして 1 分子ぶんしのみをめたシラードのエンジン後述こうじゅつ)とばれるモデルをもちい、 悪魔あくまおなおおきさの 2 つの部屋へやのどちらに分子ぶんしがあるかを観測かんそくするということにより、ねつ力学りきがく単位たんいΔでるたS = k ln 2 だけのエントロピーが減少げんしょうすることをしめした[1]。 ただし、kボルツマン定数ていすうである。 この ΔでるたS現在げんざい 1 ビットばれている情報じょうほうりょうならない。 シラードの洞察どうさつは、元々もともと気体きたい運動うんどうたいして構築こうちくされた概念がいねんであるエントロピーと、情報じょうほうるということ、もしくは知識ちしきをもつということのあいだふかいつながりがあることをしめし、また、ボルツマン定数ていすうとはじつ情報じょうほうりょう単位たんい物理ぶつりがく単位たんい変換へんかんする比例ひれい定数ていすうであることをあきらかにした。 シラードは、全体ぜんたいけいのエントロピーは減少げんしょうしないはずなので、悪魔あくま観測かんそくによって情報じょうほうることによってそれ以上いじょうのエントロピーの上昇じょうしょうともなうだろうと結論けつろんした。

実際じっさいレオン・ブリユアンデニス・ガボールは1951ねん、それぞれ独立どくりつ悪魔あくまひかりによる観測かんそくえて物理ぶつりてき解析かいせきおこない、その観測かんそく過程かてい相応そうおうするエントロピーの増大ぞうだいこることをしめした[2][3]。 これによって、観測かんそくには最低限さいていげん必要ひつようなエネルギー散逸さんいつともなうのだという主張しゅちょうが、ながらくマクスウェルの悪魔あくま宣告せんこくするものだとかんがえられてきた。

ところが、悪魔あくま完全かんぜんにはほうむりさられていないことがあきらかになった。 1973ねんIBMチャールズ・ベネットは、ねつ力学りきがくてき可逆かぎゃくな(もともどすことができる)観測かんそく可能かのうであり、こうした観測かんそくにおいてはブリユアンらが指摘してきしたようなエントロピーの増大ぞうだい必要ひつようないことをしめしたのである[4]

これに先立さきだつ1961ねんおなじく IBM の研究けんきゅうしゃであったロルフ・ランダウアー英語えいごばんによって、コンピュータにおける記憶きおく消去しょうきょが、ブリユアンの主張しゅちょうした観測かんそくによるエントロピーの増大ぞうだいどう程度ていどのエントロピー増大ぞうだい必要ひつようとすることがしめされていた (ランダウアーの原理げんり[5]。 ベネットがよみがえらせた問題もんだいは、このランダウアーの原理げんりわせることによってベネット自身じしんにより解決かいけつされた(1982ねん[6]。 エントロピーの増大ぞうだいは、観測かんそくおこなったときではなく、むしろおこなった観測かんそく結果けっかを「わすれる」ときにこるのである。 すなわち、悪魔あくま分子ぶんし速度そくど観測かんそくできても観測かんそくした速度そくど情報じょうほう記憶きおくする必要ひつようがあるが、悪魔あくまかえはたらくためにはまど開閉かいへい終了しゅうりょうした時点じてんつぎ分子ぶんしのためにその情報じょうほう記憶きおく消去しょうきょしなければならない。情報じょうほう消去しょうきょまえ分子ぶんし速度そくどはや場合ばあいおそ場合ばあいおな状態じょうたい遷移せんいさせる必要ひつようがあり、ねつ力学りきがくてき可逆かぎゃく過程かていである。 このため悪魔あくまいを完全かんぜん完了かんりょうさせるためには、エントロピーの増大ぞうだい必然ひつぜんのものとなる。

なお、ベネットと同様どうよう悪魔あくま記憶きおく消去しょうきょ環境かんきょうへのエントロピーの増大ぞうだいまねくという洞察どうさつは1970ねんオリバー・ペンローズによっても独立どくりつされていた[7]。 また、ベネットの「解決かいけつ」は発表はっぴょうおおくの議論ぎろんこし、基本きほんてきにはれられたかにみえる現在げんざいもなおマクスウェルの悪魔あくまかんする文献ぶんけんつづけている。

情報じょうほう消去しょうきょ論理ろんりてき可逆かぎゃくなので、ねつ力学りきがくてきにも可逆かぎゃくである」という議論ぎろんがなされるが、沙川さがわたかだいによればこれはあやまりである[8]。 1980 年代ねんだいからひろれられてきた「情報じょうほう消去しょうきょかんがえることではじめて、デーモン(悪魔あくま)と(ねつ力学りきがくだい法則ほうそく整合せいごうせい理解りかいできる」という主張しゅちょう妥当だとうではない。デーモンとだい法則ほうそく整合せいごうせい理解りかいするために情報じょうほう消去しょうきょかんがえる必要ひつようは、そもそもない[8]

1990年代ねんだい以降いこう平衡へいこう統計とうけい力学りきがく発展はってんにより、微小びしょうけいにおけるねつ力学りきがくだい法則ほうそくのあるべき姿すがたあきらかになってきた。その重要じゅうよう成果せいかひとつは、ねつ力学りきがくだい法則ほうそくがわずかなかくりつれることをあきらかにし、そのかくりつ特定とくていしたことである[9]

オリジナルのランダウアーの原理げんり対称たいしょうメモリーという特殊とくしゅ状況じょうきょうかぎられ、より一般いっぱんてきには、消去しょうきょ測定そくてい必要ひつよう仕事しごとにトレードオフがあり、それらのたいして下限かげん存在そんざいするわけである。さらに,相互そうご情報じょうほうりょう Iもちいてせる仕事しごと最大さいだいkB T I であることをしめしている。

W測定そくてい + W消去しょうきょ ≧ kBT I ≧ W出力しゅつりょく .

これが Maxwell の悪魔あくまねつ力学りきがくだい法則ほうそくとの整合せいごうせいかんする現在げんざい解釈かいしゃくである[10]

シラードのエンジン

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記憶きおく消去しょうきょによっていかにしてマクスウェルの悪魔あくま破綻はたんするかをるために、それを単純たんじゅんしたモデルであるシラードのエンジンかんがえる。 シラードのエンジンは、おおくの気体きたい分子ぶんしめた容器ようきかんがえるわりに 1 分子ぶんしだけをれた容器ようきによってねつから仕事しごとつく仮想かそうてきエンジンである。 エンジンを操作そうさする微小びしょう悪魔あくま観察かんさつ適当てきとう機械きかいてき動作どうさおこなう。 この悪魔あくま知的ちてき存在そんざいである必要ひつようはなく、必要ひつようなら適切てきせつ機械きかいてき過程かていえることができる。 エンジンはねつよく英語えいごばんなかにおかれ、ねつのやりとりにより分子ぶんし温度おんど (平均へいきん速度そくど) は周囲しゅうい温度おんどおなじにたもたれる。

このエンジンのサイクルはつぎの 3 段階だんかいにわけることができる (参照さんしょう)。 まず、最初さいしょ状態じょうたい A では、適当てきとうメモリからなる悪魔あくまがあるまった状態じょうたい 0 におかれているとする。 よって、悪魔あくま気体きたいのどこに分子ぶんしがあるかまだらない。

シラードのエンジンのサイクル。(a) 観測かんそく、(b) ピストンの拡大かくだいによる仕事しごとし、(c) 記憶きおく消去しょうきょ観測かんそく (a) によって悪魔あくまR または L どちらかの情報じょうほうる。エンジンは等温とうおん過程かてい (b) によってねつ Q仕事しごと Wえるが、記憶きおく消去しょうきょ (c) は可逆かぎゃく過程かていでありこれには W 以上いじょうのエネルギーの消費しょうひ必要ひつようとなる。
(a) 観測かんそく
容器ようき中央ちゅうおう仕切しきりをれ、悪魔あくま左右さゆうどちらに分子ぶんしがあるかを観測かんそくする。 ここで悪魔あくま気体きたいから 1 ビットの情報じょうほうることになる。 観測かんそく結果けっかおうじて、悪魔あくまのメモリの状態じょうたいR (上段じょうだん) もしくは L (下段げだん) となる。 これにより気体きたい状態じょうたいとメモリの状態じょうたいとのあいだには相関そうかん成立せいりつする。
(b) ねつから仕事しごとへの変換へんかん
分子ぶんしみぎにあったときには、中央ちゅうおう仕切しきりをひだりに、ひだりにあったときにはみぎに、ゆっくりとうごかせるようにする。 このとき、過程かてい等温とうおん過程かていであり、(自由じゆう膨張ぼうちょうなので)内部ないぶエネルギーは変化へんかしない。 よりこまかくえば、分子ぶんし容器ようきすときに仕事しごとをし、わずかにエネルギーをうしなうが、すぐに周囲しゅういねつよくからねつのエネルギーをる。 これによって、周囲しゅういねつ Q仕事しごと Wえることができる。 体積たいせきが 2 ばいになるときには、この仕事しごとわるエネルギーは kT ln 2 である。
(c) 記憶きおく消去しょうきょ
最後さいごにサイクルを完結かんけつさせるために、もと状態じょうたい A にもどすには、悪魔あくまのメモリの状態じょうたい R または L区別くべつ消去しょうきょしてともに 0 にする必要ひつようがある。

もし (a) の観測かんそく過程かていにも、(c) の記憶きおく消去しょうきょにもエネルギーの消費しょうひ必要ひつようないとすれば、このエンジンを永久えいきゅうはたらかせることができ、これはねつから仕事しごと永久えいきゅう機関きかんとなってしまう。 ベネット以前いぜん観測かんそく過程かてい最小限さいしょうげん必要ひつようなエネルギーがあるのだとかんがえられていたが、実際じっさいにはエネルギーの消費しょうひ必要ひつようとせず観測かんそくおこなうことは可能かのうである。 ぎゃくに (c) の記憶きおく消去しょうきょRL状態じょうたい単一たんいつの 0 の状態じょうたいにせねばならず、ランダウアーの原理げんりによりどこかに余分よぶん状態じょうたいねつとしててなければならない。 このとき結局けっきょく仕事しごと W 以上いじょうのエネルギーをねつとすることになり、このエンジンは期待きたいどおりにははたらかない。

うえ下段げだんは、悪魔あくまのメモリの状態じょうたいたてじくにとり、気体きたい状態じょうたいよこじくにとったあい空間くうかんあらわす。 このエンジンを外側そとがわから観察かんさつしゃにとって、悪魔あくま気体きたい両方りょうほうけいこりうる状態じょうたいかく段階だんかいいろきの部分ぶぶんとなる。 この状態じょうたいすう対数たいすうけい内部ないぶのエントロピー S比例ひれいする。 もし、S減少げんしょうするなら、それをおぎなうだけの外部がいぶのエントロピーの上昇じょうしょうがなければならない。 実際じっさい過程かてい (a) でメモリと気体きたい相関そうかん成立せいりつするだけではエントロピーは減少げんしょうしない。 過程かてい (b) で 1 ビットのエントロピーの上昇じょうしょうがあり、そのままではこれは可逆かぎゃくサイクルとなる。 よって内部ないぶエントロピーを減少げんしょうさせるメモリの消去しょうきょ過程かてい (c) が必要ひつようとなる。

ところが、悪魔あくまが R となりうえ上段じょうだん経路けいろとおったか、L となり下段げだん経路けいろとおったかをろうとして、(b) において(おそらくはエネルギー散逸さんいつなしで)実験じっけんしゃ X悪魔あくま状態じょうたい観察かんさつするかもしれない。 これによってたとえば X悪魔あくま状態じょうたいを R だとったときにはあい空間くうかんでの可能かのう状態じょうたいは、あか部分ぶぶんだけにるようにおもわれ、内部ないぶエントロピーの変化へんかは、じゅんに (a) 1 → (b) 0 → (c) 1 → (a) 1 となる。 このときはあたかも観測かんそくでエネルギー散逸さんいつ必要ひつようで、消去しょうきょにエネルギー散逸さんいつ必要ひつようなくなったようにおもわれる。 しかし、この場合ばあいには実験じっけんしゃ X がメモリを観測かんそくしたために実験じっけんしゃ自身じしん悪魔あくまとして気体きたいとの相関そうかんをもってしまっており、サイクルは完結かんけつしていない。 X観察かんさつ結果けっからないひとからみれば、やはり X がその記憶きおく消去しょうきょするときにエネルギー散逸さんいつ必要ひつようとなる。 このことはエントロピーが観測かんそくしゃ知識ちしき依存いぞんした観測かんそくしゃ相対そうたい概念がいねんであることを明瞭めいりょうしめしている。

なお、この観測かんそく過程かてい量子りょうしろんにおける収縮しゅうしゅくともな量子りょうし状態じょうたい観測かんそくだとみなすと、この議論ぎろんシュレーディンガーのねこ類似るいじしている。 このとき、悪魔あくま分子ぶんし位置いち相関そうかんねこ生死せいし状態じょうたい同位どういたい崩壊ほうかい状態じょうたいとのEPR相関そうかん対応たいおうし、それをそとからることはねこ生死せいしかさねあわせをみとめる観測かんそく問題もんだい世界せかい解釈かいしゃくに、悪魔あくま状態じょうたい実験じっけんしゃ観察かんさつすることは収縮しゅうしゅくみとめる立場たちば対応たいおうづけることができる。

現実げんじつ世界せかいとマクスウェルの悪魔あくま

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シラードのエンジンの議論ぎろんは、我々われわれがその状態じょうたいをわかっているメモリは、我々われわれにとって 1 ビットあたり kT ln 2 のエネルギーをつとかんがえることができることを意味いみする。 たとえば、 3.83×1020 ビット、 0 ℃ のメモリは、その利用りようしゃがメモリすべての状態じょうたいっているかぎおよそ 1 J のエネルギーをす「燃料ねんりょう」とることができる。 ぎゃくにその状態じょうたいらず、利用りようしゃにとって乱雑らんざつ状態じょうたいであるメモリからはエネルギーをすことができない。 これは我々われわれ対象たいしょう状態じょうたいっていることが秩序ちつじょとしてエントロピーをげ、らないことがエントロピーのおおきな乱雑らんざつさをあらわすという日常にちじょうてきなエントロピーの解釈かいしゃく情報じょうほう概念がいねんつうじてねつ力学りきがくてきなエントロピーに実際じっさいむすけている。

上述じょうじゅつのように、ランダウアーの原理げんり記憶きおく消去しょうきょのような可逆かぎゃく計算けいさん原理げんりてきなエントロピーの増加ぞうかともなうことをしめした。 一方いっぽう情報じょうほううしなわないような可逆かぎゃく計算けいさんならば、このような散逸さんいつ必要ひつようない。 こうした可逆かぎゃく計算けいさんフレドキントフォリによって調しらべられてきた。 量子りょうし計算けいさんにおいては、結果けっかるための観測かんそく過程かてい以外いがいのすべての計算けいさん過程かていはこのような可逆かぎゃくなものでなければならない。

記憶きおく消去しょうきょするときにエントロピーが増大ぞうだいするということは、記憶きおくおこなうこと(状態じょうたいあいだ相関そうかんをもつこと)のできる存在そんざいならば、記憶きおく消去しょうきょというツケを支払しはらうまでのあいだは、短期間たんきかんなら実際じっさいにマクスウェルの悪魔あくまはたらかせることができる可能かのうせい示唆しさしている。 細胞さいぼうないなどの生命せいめいシステムではこのような仕組しくみが有効ゆうこう利用りようされていることがかんがえられる。 ねつ力学りきがくてき効率こうりつがよいとはかならずしもいえないが、ブラウン・ラチェットなどとばれる分子ぶんしねつ運動うんどうから一方向いちほうこう動作どうさすモデルがイオンポンプ分子ぶんしモーターかんして提出ていしゅつされており、これらはこのマクスウェルの悪魔あくま類似るいじしている。 また分子ぶんし機械きかいとして同様どうよう構造こうぞうつくろうというこころみもおこなわれている。

2010ねん鳥谷部とやべ祥一しょういち沙川さがわたかだいらは、世界せかいはじめて情報じょうほうによってねつエネルギーが仕事しごと変換へんかんされることを確認かくにんしたと発表はっぴょうした[11]

2017ねん、NTT物性ぶっせい科学かがく基礎きそ研究所けんきゅうじょはトランジスタない電子でんしうごきを観測かんそくし、その結果けっかもとづいてトランジスタを操作そうさする技術ぎじゅつ開発かいはつした。その技術ぎじゅつ使つかい、ねつノイズから一方向いちほうこううご電子でんしのみをけることで電流でんりゅうながしエネルギーを生成せいせいさせることに成功せいこうした。[12]

NTTは以下いか手順てじゅんで「悪魔あくま」の動作どうさ実現じつげんした。

  1. 入口いりくちとびらけて、入口いりくち電子でんしばこあいだにおける電子でんしのランダムなねつ運動うんどう観測かんそくする
  2. 電子でんし電子でんしばこはいってたときに、入口いりくちとびらめて、電子でんしばこ電子でんしめる
  3. 出口いでぐちとびらけて、電子でんしばこ出口でぐちあいだにおける電子でんしのランダムなねつ運動うんどう観測かんそくする
  4. 電子でんし電子でんしばこからったときに、出口いでぐちとびらめて、出口でぐち電子でんし

悪魔あくま(シリコンたん電子でんしデバイス)が電子でんしうごきを観測かんそくして、その情報じょうほう作業さぎょうにエネルギーが必要ひつようであり、これが電流でんりゅうなが電源でんげんとしての役割やくわりたす。1ビットの情報じょうほうるためには一定いっていりょうのエネルギーが必要ひつようである。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ Szilard, Leo (1929). “Über die Entropieverminderung in einem thermodynamischen System bei Eingriffen intelligenter Wesen”. Zeitschrift für Physik (Springer) 53 (11-12): 840-856. doi:10.1007/BF01341281. https://doi.org/10.1007/BF01341281. 
    Szilard, Leo (1964). “On the decrease of entropy in a thermodynamic system by the intervention of intelligent beings”. Behavioral Science (Wiley Online Library) 9 (4): 301-310. doi:10.1002/bs.3830090402. https://doi.org/10.1002/bs.3830090402. 
  2. ^ Brillouin, L. (1951) "Maxwell's demon cannot operate: Information and entropy. I", J. Appl. Phys. 22:334-337; in Maxwell's Demon 2, pp. 120-123, doi:10.1063/1.1699951.
  3. ^ Gabor, D. (1964) "Light and information", Prog. Optics 1:111-153.
  4. ^ Bennett, C. H. (1973) "Logical reversibility of computation", IBM J. Res. Dev. 17:525-532, doi:10.1147/rd.176.0525.
  5. ^ Landauer, R. (1961) "Irreversibility and heat generation in the computing process", IBM J. Res. Dev. 5:183-191; in Maxwell's Demon 2, pp. 148-156, doi:10.1147/rd.53.0183
  6. ^ Bennett, Charles H (1982). “The thermodynamics of computation—a review”. International Journal of Theoretical Physics (Springer) 21: 283-318. doi:10.1007/BF02084158. https://doi.org/10.1007/BF02084158.  (Paid subscription requiredよう購読こうどく契約けいやく)
  7. ^ Penrose, O. (1970) Foundations of Statistical Mechanics: A Deductive Treatment Mineola,NY: Dover Pub.; (2005) ISBN 0486438708 (pbk).
  8. ^ a b 沙川さがわたかだい<講義こうぎノート>情報処理じょうほうしょりねつ力学りきがく (だい59かい物性ぶっせい若手わかてなつ学校がっこう : 集中しゅうちゅうゼミ)」『物性ぶっせい研究けんきゅう電子でんしばんだい4かんだい1ごう物性ぶっせい研究けんきゅう電子でんしばん 編集へんしゅう委員いいんかい、2015ねん2がつ、1-16ぺーじdoi:10.14989/194302hdl:2433/194302 
  9. ^ 沙川さがわたかだい, 上田うえだただしひとしMaxwellのデーモンと情報じょうほうねつ力学りきがく (特集とくしゅう 物理ぶつり論理ろんり--概念がいねん規定きてい論理ろんり構造こうぞうをとらえなおす)」(PDF)『数理すうり科学かがくだい46かんだい11ごう、サイエンスしゃ、2008ねん11月、18-23ぺーじISSN 03862240CRID 1523951030408170496 
  10. ^ 鳥谷部とやべ祥一しょういち, 宗行むねゆきえいろうねつゆらぎを利用りようする―情報じょうほうねつ機関きかん実現じつげん」『生物せいぶつ物理ぶつりだい52かんだい3ごう日本にっぽん生物せいぶつ物理ぶつり学会がっかい、2012ねん、136-139ぺーじdoi:10.2142/biophys.52.136ISSN 05824052CRID 1390001206536288128 
  11. ^ 田崎たさきはれあきら悪魔あくま」とのき : エントロピーをめぐって(最近さいきんのトピックス)」『日本にっぽん物理ぶつり学会がっかいだい66かんだい3ごう日本にっぽん物理ぶつり学会がっかい、2011ねん3がつ、172-173ぺーじdoi:10.11316/butsuri.66.3_172ISSN 0029-0181NAID 110008593008 
  12. ^ ねつノイズをけて電流でんりゅうながすことに成功せいこう マクスウェルの悪魔あくまによる発電はつでん”. www.brl.ntt.co.jp. NTT物性ぶっせい科学かがく基礎きそ研究所けんきゅうじょ. 2023ねん3がつ16にち閲覧えつらん

参考さんこう文献ぶんけん

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  • Leff, H.S. and Rex, A.F. (eds.), "Maxwell's Demon 2: Entropy, Classical and Quantum Information, Computing", 2003, IoP Pub.: Bristol, ISBN 0750307595主要しゅよう歴史れきしてき論文ろんぶん詳細しょうさいなクロニクル、文献ぶんけんリストをふく
  • Feynman, Richard Phillips; Hey, Anthony J. G.; Allen, Robin W.; はら康夫やすお; 中山なかやまけん(情報じょうほう科学かがく); 松田まつだ和典かずのり"だい5しょう"」『ファインマン計算けいさん科学かがく岩波書店いわなみしょてん、1999ねん全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:99063722https://id.ndl.go.jp/bib/000002757447 
  • 都筑つづき卓司たくし新装しんそうばん マックスウェルの悪魔あくま講談社こうだんしゃブルーバックス、2002ねんISBN 4062573849。 - 初版しょはんは1970ねんであるため、ランダウアー=ベネットによる議論ぎろんふくまれていない(それらは最初さいしょげたMaxwell's Demon 2: Entropy, Classical and Quantum Information, Computingにまとまっている)。
  • 竹内たけうちかおるねつとはなんだろう : 温度おんど・エントロピー・ブラックホール……』講談社こうだんしゃ〈ブルーバックス〉、2002ねんISBN 9784062573900NCID BA59670802 

関連かんれん項目こうもく

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