宮刑きゅうけい

宮刑きゅうけい（きゅうけい、castration）は、去勢きょせいする刑罰けいばつ。この刑けいは世界せかい的てきに実施じっし例れいがあるが、中国ちゅうごくにおけるものが最もっとも有名ゆうめいである。男性だんせい器きを機能きのう不全ふぜんにする刑けいで、家系かけい繁栄はんえいを重おもんじる中国ちゅうごくで子孫しそんができないことは重おもい恥辱ちじょくとなった。

中国ちゅうごくにおける宮刑きゅうけい

異称いしょうと語源ごげん

古代こだい中国ちゅうごくの宮刑きゅうけいは、腐くさ刑けい（ふけい）、椓刑（たっけい）、陰かげ刑けい（いんけい）、または単たんに宮みやなどと呼よばれた。また、処しょされた者ものたちが横よこたわる部屋へやの様子ようすがカイコを飼かう籠かごに似にていたので、これを蚕室さんしつと呼よび、宮刑きゅうけいに処しょすることを「蚕室さんしつに下くだす」とも言いった。

椓刑の「椓」は削けずり取とる意いで、外そと性器せいきを損壊そんかい削除さくじょする刑罰けいばつの意いである。王おうの後宮こうきゅうで害がいが働はたらく憂うれいがないため宮廷きゅうていや付属ふぞくする機関きかんで終身しゅうしんにわたって働はたらかせ、このことから「宮刑きゅうけい」といわれた。「腐くさ刑けい」の語源ごげんについては多おおくの説せつがあり、

1. 治癒ちゆ前まえの傷口きずぐちから腐敗ふはい臭しゅうを発はっするからという説せつ（生傷なまきず悪臭あくしゅう説せつ）
2. 腐くさった木きは芽吹めぶかないことから子孫しそんを作つくれなくすることを「腐くさ」と称しょうしたという説せつ（断種だんしゅ説せつ）
3. 前漢ぜんかん初期しょきの竹たけ簡に「府ふ刑けい」ともあることから、宮中きゅうちゅうで労働ろうどうさせる宮刑きゅうけいと同おなじく「府ふ」（役所やくしょ）で働はたらかせる刑罰けいばつの意味いみだという説せつ（労働ろうどう刑けい説せつ）
4. 排尿はいにょう時じに陰部いんぶが尿にょうで濡ぬれるため股間こかんから日常にちじょう的てきに発はっする尿にょう臭しゅうのことを「腐くさ」といったという説せつ（尿にょう臭しゅう説せつ）
5. 上古じょうこ音おんでは「腐くさ・府ふ」と「婦ふ」が同音どうおんであることから股間こかんの形状けいじょうを女性じょせいのように平坦へいたんにする意味いみという説せつ（女性じょせい化か説せつ）
6. 外そと性器せいきを縛しばって腐くさらせる事ことで去勢きょせいする方法ほうほうがあったからだという説せつ（手術しゅじゅつ法ほう説せつ）
7. 「腐くさ」という漢字かんじには「ドロドロに溶とけて再ふたたび固かたまる」という意味いみがあり(「豆腐とうふ」等とう)、患部かんぶが一度いちど爛ただれ、再ふたたび固かたまる様ようを言いったという説せつ（治癒ちゆ経過けいか説せつ）

などがあり、いずれも完全かんぜんに証明しょうめいされておらず本ほん当とうの由来ゆらいがはっきりしない。

概説がいせつ

主おもに男性だんせいを対象たいしょうとした刑罰けいばつで、死刑しけいに次つぐ酷刑こっけいとして位置付いちづけられていた。先さき秦しん時代じだいについては詳細しょうさいが不明ふめいなことが多おおく、以下いかは漢かん代だい以降いこうの宮刑きゅうけいについて記述きじゅつする。

陰茎いんけい、睾丸こうがん、陰嚢ふぐりのすべてを切除せつじょするもので、宮刑きゅうけいを科かされた者ものの多おおくは、その後ご宦官かんがんとなって宮廷きゅうていに仕つかえた。景けい帝みかどの時代じだいに宮刑きゅうけいを廃止はいしして美人びじんを解放かいほうしたものの、紀元前きげんぜん146年ねんには死刑しけいの代替だいたい刑けいとして腐くさ刑けいに処しょすことを許ゆるした（ともに『漢書かんしょ』景けい帝みかど紀き）。武たけ帝みかどを批判ひはんしたとして死刑しけいとされた司馬しば遷が宮刑きゅうけいを受うけて命いのちを助たすけられ、後のちに中書ちゅうしょ令れいに任にんじられた。受刑じゅけい後ごに宦官かんがんとして重用じゅうようされることが多おおくなると、後ごの世よには自じ宮みや、すなわち自みずから性器せいきを切きり落おとして宦官かんがんとなる人間にんげんが増加ぞうかした。それに伴ともない、隋ずい代だいに宮刑きゅうけいは一旦いったん廃止はいしされる。自じ宮みやの増加ぞうかに伴ともない、去勢きょせい手術しゅじゅつの方法ほうほうも洗練せんれんされていき、最終さいしゅう的てきに清きよし代だいには、死亡しぼう率りつは1%未満みまんになったとされる。なお、一旦いったん廃止はいしされた宮刑きゅうけいは明あきら代だいに復活ふっかつし、政府せいふの高官こうかんから塩しおを作つくる人夫にんぷまで、さまざまな階層かいそうの男性だんせいがこの刑けいに処しょせられた。宮廷きゅうていに関係かんけいなく、その他た朝鮮半島ちょうせんはんとう等ひとしの地域ちいきでも行おこなわれたが、朝鮮半島ちょうせんはんとうでの宮刑きゅうけいは睾丸こうがんの摘出てきしゅつだけで陰茎いんけいの切断せつだんは行おこなわれなかった。

女性じょせいに対たいする椓刑

『礼れい記き』に「女子じょしは閉づ」とあり、これをファラオ式しき女子じょし割礼かつれいのように陰部いんぶを閉鎖へいさすると解釈かいしゃくするか、単たんに本人ほんにんを幽閉ゆうへいすると解釈かいしゃくするかで意見いけんが分わかれている。鄭てい玄げんは「宮みやとは丈夫じょうぶは則のりち其その勢いきおいを割わりち女子じょしは宮中きゅうちゅうに閉とざす。今いまの官かんなる男女だんじょの若わかき也」（『周しゅう礼あや』秋あき宮司ぐうじ刑けい鄭てい玄げん注ちゅう）と述のべ、班はん固かたは「宮みやとは女子じょし淫いんすれば執とりて宮中きゅうちゅうに置おき出でづるを得えざらしむなり。丈夫じょうぶ淫いんすればその勢いきおいを割われ去ざするなり（『白虎びゃっこ通どおり』五ご刑けい）といっているように、漢かん代だいでは幽閉ゆうへい説せつのほうが有力ゆうりょくだったが、実際じっさいに去勢きょせいされた事例じれいも若干じゃっかん数すうあったようである。この両りょう説せつは必かならずしも対立たいりつするものでなく、椓刑にはもともと起源きげんを異ことにする二ふたつの流ながれがあり、それが混同こんどうされて一ひとつになったため女子じょしの扱あつかいについて異ことなる二ふたつの伝承でんしょうが残のこされたとも考かんがえられている。陰部いんぶ閉鎖へいさ説せつを支持しじした小島こじま祐ゆう馬ばは、古代こだい中国ちゅうごくの刑罰けいばつを「族ぞく外がい制裁せいさい」と「族ぞく内ない制裁せいさい」の二に系統けいとうが統合とうごうされてできていたとして、陰かげ刑けい・黥刑・劓刑・臏刑のような身体しんたい刑けいは、異い民族みんぞくや他た部族ぶぞくへの「族ぞく外がい制裁せいさい」に源流げんりゅうしているとした。これは他た部族ぶぞく（他た氏族しぞく）との抗こう争そうで得えられた捕虜ほりょを奴隷どれいにする際さいになされるもので、古代こだいオリエントの戦争せんそう捕虜ほりょの睾丸こうがんを残のこして陰茎いんけいだけを切断せつだんして奴隷どれいにした風習ふうしゅうと同系どうけいの文化ぶんかである。これとはまったく別べつの説せつでは、宮刑きゅうけいは部族ぶぞく内部ないぶの成員せいいんへの制裁せいさいであって、睾丸こうがんを除去じょきょして生殖せいしょく能力のうりょくを奪うばってしまえば家系かけいが絶たえる事ことになり、先祖せんぞに対たいする祭祀さいしを人倫じんりんの最さい重要じゅうよう項目こうもくに置おく儒教じゅきょうにおいては、宗族そうぞく共同きょうどう体たいからの追放ついほう刑けいとして認識にんしきされていたとの説せつもあり、この説せつの場合ばあい、第だい一いちに、性交せいこうという行為こうい自体じたいを不可能ふかのうにすることが目的もくてきでなく授精じゅせい能力のうりょくを奪うばって子孫しそんを絶たつことが目的もくてきであるから、古ふるくは睾丸こうがんの摘出てきしゅつだけで陰茎いんけいは残のこされた可能かのう性せいがありうる（上述じょうじゅつの女子じょし幽閉ゆうへい説せつをとる鄭てい玄げんや班はん固かたの見解けんかいでは「勢いきおいを割さく」「勢いきおいを割われ去ざす」とあり去勢きょせいすなわち陰茎いんけいでなく睾丸こうがんを問題もんだいにしているようでもある）。第だい二にに、すでに子こや孫まごがいる場合ばあいは彼かれらも処刑しょけいしなければ意味いみがない。第だい三さんに、女性じょせいは「宗族そうぞく（父系ふけい男子だんし共同きょうどう体たい）」の所有しょゆう物ぶつとされていたとし、だから「宗族そうぞく共同きょうどう体たいからの追放ついほう刑けい」が女子じょしの場合ばあいは幽閉ゆうへいされることになるのだという。これは本来ほんらいの形かたちでは奴隷どれいとして他た氏族しぞく（他た部族ぶぞく）の預あずかりとなって出身しゅっしん氏族しぞくから分離ぶんりされるのか、逆ぎゃくに追放ついほうの結果けっか他た氏族しぞくの所有しょゆう奴隷どれいになることを避さけるため出身しゅっしん氏族しぞくが幽閉ゆうへいするのか不明ふめいだが、当然とうぜんながら、後のちには国家こっか所有しょゆうの奴隷どれいすなわち後宮こうきゅうに監禁かんきんされる女性じょせいの起源きげんということになる。が、皇后こうごう以下いかの皇帝こうていの妻女さいじょたちの起源きげんを犯罪はんざいを犯おかして氏族しぞくから追放ついほうされた女性じょせいだとする見解けんかいはほとんど支持しじされていない。

宮刑きゅうけいと腐くさ刑けいは別べつのものという説せつ

「宮刑きゅうけい」は文字通もじどおり宮中きゅうちゅうで召めし使つかう「労働ろうどう刑けい」であり去勢きょせいはそれに付随ふずいするものにすぎないのに対たいし、「椓刑・陰かげ刑けい・腐くさ刑けい」は去勢きょせいすること自体じたいに主眼しゅがんがあり、古ふるくは両者りょうしゃは本質ほんしつ的てきに異ことなる刑罰けいばつであった。その後ご、両者りょうしゃは次第しだいに混同こんどうされて同おなじ刑罰けいばつの別名べつめいとされるようになった。後宮こうきゅうでの労働ろうどう刑けいに処しょせられた宦官かんがん（去勢きょせい者しゃという意味いみでなく宮廷きゅうてい内ないでの労働ろうどうに従事じゅうじする奴隷どれいという本来ほんらいの意味いみの宦官かんがん）が不祥事ふしょうじを起おこすことを避さけるためにあらかじめ去勢きょせいを付加ふかしたことから、両方りょうほうの刑けいが混同こんどうされたのである。「宮刑きゅうけい」の趣旨しゅしはあくまでも宮廷きゅうていにおける強制きょうせい労働ろうどう刑けいであり去勢きょせいはあくまで付随ふずい的てきなものである。ゆえに女性じょせいを宮刑きゅうけいに処しょす場合ばあいには去勢きょせいする必要ひつよう性せいがなかったと言いえる。1983年ねんに発見はっけんされた前漢ぜんかん初期しょきの法令ほうれい集しゅう『二に年ねん律令りつりょう』でも、府ふ刑けい（腐くさ刑けい）に処しょせられたのは、強姦ごうかんを犯おかした者ものと肉にく刑けい相当そうとうの罪つみを繰くり返かえした者ものに限定げんていされており、後者こうしゃは去勢きょせい刑けいだけで労働ろうどう刑けいがない（府ふ刑けいのみ）が、前者ぜんしゃの条文じょうぶんには「強つよ與あずか人ひと奸者、府ふ以爲宮みや隷臣」（強姦ごうかんを犯おかした者ものは腐くさ刑けいに処しょした上うえで宮廷きゅうていで働はたらく奴隷どれいとする）と記しるされていることから、府ふ刑けい（腐くさ刑けい）の意味いみはあくまで去勢きょせい刑けいであり、宮刑きゅうけいは「去勢きょせい＋労役ろうえき刑けい」であったことがわかる。なお去勢きょせい手術しゅじゅつ法ほうの違ちがいで股間こかんの見みた目めが異ことなり、黄河こうが文明ぶんめい以来いらいの系統けいとうをひく漢かん帝国ていこくでの手術しゅじゅつ法ほう（上述じょうじゅつの二に系統けいとうの去勢きょせい刑けいが混同こんどうされたもの）が「椓刑・陰かげ刑けい・宮刑きゅうけい」で、戦国せんごく期きから登場とうじょうした秦はたの手術しゅじゅつ法ほうが「腐くさ刑けい」（これは途絶とだえて名称めいしょうだけが別名べつめいとして残のこる）だとも、また別べつの説せつでは秦しん代だい以前いぜんから呉ごや周しゅうなどの地方ちほうによっては陰茎いんけいか睾丸こうがんを残のこす手法しゅほうもあったともいう。

日本にっぽんにおける去勢きょせい刑けい（羅ら切きり刑けい）

通説つうせつでは日本にっぽんでは宮刑きゅうけいを取とり入いれなかったとされているが、『日本書紀にほんしょき』にある「官かん者しゃ」という言葉ことばには宦官かんがんの意味いみもあることから、雄略天皇ゆうりゃくてんのうの頃ころには少すくなくとも一時いちじ的てきには行おこなわれていたのではないかとする説せつがある。その後ごの日本にっぽんにおける宮刑きゅうけいの記載きさい例れいとしては、『建たて武たけし式目しきもく』の記述きじゅつがあり、その方法ほうほうは『後ご太平たいへい記き』に「男おとこはヘノコを裂さき（陰茎いんけいや陰嚢ふぐりを切取きりとる）」、「女おんなは膣ちつ口こうを縫ぬい潰つぶして塞ふさぐ」と記録きろくされている。実際じっさいの執行しっこう例れいとしては『皇帝こうてい紀き抄しょう』巻まき七ななに、土御門天皇つちみかどてんのうの代だい、1207年ねん（承うけたまわ元もと元年がんねん）に法然ほうねんの弟子でしである法ほう本ほん坊ぼう行ぎょう空そらと安楽あんらく坊ぼう遵西が、女犯にょぼんの咎とがめで羅ら切きりの刑けいに処しょせられたとの記録きろくがある（承うけたまわ元もとの法難ほうなん）。ただし、この「羅ら」は「頸」の誤写ごしゃであり、実際じっさいには斬き刑けいだったとも言いわれる。

その他た著名ちょめいな伝説でんせつとしては、本州ほんしゅう西部せいぶの有力ゆうりょく守護しゅご大名だいみょうであった大内おおうち義隆よしたかの遺児いじ、歓寿丸まるの逸話いつわが挙あげられる。義隆よしたかが家臣かしん陶とう晴賢はるかたの謀反ぼうほんによって、1551年ねん（天文てんもん20年ねん）9月がつ1日にち、長門ながと国こく大だい寧やすし寺てらに攻せめ滅ほろぼされたとき、残のこされた歓寿丸まるは、女装じょそうして逃にげ山中さんちゅうに潜伏せんぷくしたが、翌年よくねん捕とらえられて殺害さつがいされたという。その際さい、歓寿丸本まるほん人じんすなわち男児だんじである証拠しょうこを求もとめた陶すえ軍ぐんが、遺体いたいの男根だんこんを切除せつじょして持もち去さったとする伝説でんせつがあり、山口やまぐち県けんの俵山たわらやま温泉おんせん近ちかくにあるその現場げんばには、歓寿丸まるを哀あわれんだ村人むらびとによって、麻あさ羅ら観音かんのんという寺てらが造つくられている。

日本語にほんごの俗語ぞくごで、陰茎いんけいまたは男性だんせい器きの切断せつだんを「羅ら切きり」とも言いうが、必かならずしも宮刑きゅうけいと同義どうぎではない。

現在げんざいのアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくにおける去勢きょせい刑けい

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくの一部いちぶの州しゅうにおいて、性せい犯罪はんざい者しゃに対たいして、本人ほんにんの希望きぼうにより、あるいは懲役ちょうえき刑けいとの自由じゆう選択せんたくの形かたちで、去勢きょせい刑けいが行おこなわれている。 実施じっし方法ほうほうは、多おおくは薬物やくぶつ注射ちゅうしゃで睾丸こうがんを萎縮いしゅくさせる「化学かがく的てき去勢きょせい」といわれる方法ほうほうを取とるが、テキサス州しゅうにおいては、手術しゅじゅつによる睾丸こうがん摘出てきしゅつが実施じっしされており、1997年ねんと2007年ねんに執行しっこうされた例れいがある。

宮刑きゅうけいに遭あった著名ちょめい人じん

「宦官かんがん#著名ちょめいな中国ちゅうごくの宦官かんがん」を参照さんしょう

参考さんこう文献ぶんけん

• 三田村みたむら泰やすし助すけ著ちょ『宦官かんがん――側近そっきん政治せいじの構造こうぞう』中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ［中公新書ちゅうこうしんしょ］、ISBN 4121000072。［中公ちゅうこう文庫ぶんこBIBLIO］、ISBN 4122041864。

関連かんれん項目こうもく

• 性器せいき切断せつだん
• 自じ宮みや
• 宦官かんがん
• 去勢きょせい
• 羅ら切きり
• 完全かんぜん去勢きょせい
• カストラート
• 髠刑
• 五ご刑けい