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しょうひめ

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しょうひめ(おひめ、天正てんしょう13ねん1585ねん)? - 天正てんしょう19ねん7がつ9にち1591ねん8がつ27にち))は、安土あづち桃山ももやま時代じだい女性じょせい徳川とくがわ秀忠ひでただ正室せいしつ織田おだ信雄のぶお長女ちょうじょ

生涯しょうがい

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織田おだ信雄のぶお長女ちょうじょとして誕生たんじょうした。

寛政かんせい』は生母せいぼ北畠きたばたけきょうむすめ千代ちよ御前ごぜん)としているが、彼女かのじょ三瀬みせへん天正てんしょう4ねん(1576ねん))のときに自害じがいしているので、誤伝ごでんである。

のちに羽柴はしば秀吉ひでよし豊臣とよとみ秀吉ひでよし)の養女ようじょになった[1]秀吉ひでよし養女ようじょになった正確せいかく時期じきについては不明ふめいであるが、天正てんしょう12ねん1584ねん)の小牧こまき長久手ながくてたたか終結しゅうけつ推測すいそくされる。天正てんしょう18ねん1590ねん)1がつ11にち(または21にち)、上洛じょうらくした12さい徳川とくがわ秀忠ひでただ結婚けっこんした[2]一説いっせつには、しょうひめは6さいであったという。縁組えんぐみ織田おだ徳川とくがわではなく、豊臣とよとみ徳川とくがわ縁組えんぐみという意義いぎつよっていた[3]秀吉ひでよし関東かんとう出陣しゅつじんまえ徳川とくがわとのきずな強化きょうか意図いとしており、この結果けっかが6さいでの婚儀こんぎとなった[3]。また、天正てんしょう18ねん1がつ14にちには、家康いえやす後室こうしつとなっていた秀吉ひでよしいもうと朝日あさひひめくなっている。このため、朝日あさひひめによって豊臣とよとみ徳川とくがわ婚姻こんいん関係かんけい消滅しょうめつすることを憂慮ゆうりょした秀吉ひでよしによって企図きとされた婚姻こんいん関係かんけいであったとする見方みかたもある[4]

ただし、しょうひめ年齢ねんれい当時とうじ6さいおさなかったことから、天正てんしょう18ねん段階だんかいでは縁組えんぐみめを内外ないがい宣言せんげんする、現代げんだいうところの「婚約こんやくしき」をおこなったもので、正式せいしき輿入こしいれが実現じつげんするまえしょうひめ早世そうせいがあったため正式せいしき婚姻こんいんにはいたらなかったとする見方みかたもある[5]

ちち信雄のぶお失脚しっきゃくも、聚楽第じゅらくだい北政所きたのまんどころのもとで養育よういくされた。よく天正てんしょう19ねん(1591ねん)7がつ9にち死去しきょ享年きょうねんしょう先述せんじゅつ一説いっせつから換算かんさんすると7さいぼつ)。死後しごてんみずてら法要ほうようおこなわれた。戒名かいみょうの「あま棠院殿どのかつら林宗りんそう禅定ぜんじょうあま」、「しょう夫人ふじん」の美称びしょうは7さい童女どうじょとしては異例いれいあつかいである[3]

なお、『寛政かんせいじゅうおさむ諸家しょか』では、天正てんしょう18ねん1590ねん)の実父じっぷ信雄のぶお改易かいえきによって離婚りこん織田おだ復籍ふくせきし、その佐々ささ一義かずよし再婚さいこんして寛永かんえい18ねん1641ねん)まできたと記述きじゅつしている。ただし、天童てんどうはん織田おだ系譜けいふにおいては秀吉ひでよし養女ようじょになったむすめ一義いちぎとついだむすめ別人べつじんとしている。また、前述ぜんじゅつのように秀吉ひでよし養女ようじょとして豊臣とよとみ徳川とくがわ両家りょうけ婚姻こんいん関係かんけい成立せいりつ目的もくてきとしていたとした場合ばあい実父じっぷ信雄のぶお問題もんだい豊臣とよとみ徳川とくがわ両家りょうけ政略せいりゃくもとづく婚姻こんいん関係かんけい破棄はきするとはかんがえづらいとおもわれる。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ つぼ内定ないていえき所蔵しょぞう織田おだ系図けいず
  2. ^ 多聞たもんいん日記にっき』など
  3. ^ a b c 渡辺わたなべ江美子えみこあま棠院かつらりんしょう夫人ふじん豊臣とよとみ秀吉ひでよし養女ようじょしょう姫君ひめぎみ―」(べいはら正義まさよし先生せんせい古稀こき記念きねんろん文集ぶんしゅう刊行かんこうかいへん戦国せんごくゆたか政治せいじ文化ぶんかぞくぐんしょ類従るいじゅう完成かんせいかい、1993ねん
  4. ^ 黒田くろだ基樹もとき羽柴はしば豊臣とよとみ政権せいけんにおける家康いえやす地位ちい黒田くろだ 編著へんちょ徳川とくがわ家康いえやすとその時代じだい』戒光さち出版しゅっぱん〈シリーズ・戦国せんごく大名だいみょうしん研究けんきゅう 3〉、2023ねん5がつISBN 978-4-86403-473-9。P288-290.
  5. ^ 片山かたやま正彦まさひこ書評しょひょう 福田ふくだ千鶴ちづるちょ淀殿よどどの -われ太閤たいこうつまとなりて-』」『豊臣とよとみ政権せいけん東国とうごく政策せいさく徳川とくがわ思文閣出版しぶんかくしゅっぱん佛教大学ぶっきょうだいがく研究けんきゅう叢書そうしょ〉、2017ねんISBN 978-4-7842-1875-2。P78-80(初出しょしゅつゆたか研究けんきゅうかいゆたか研究けんきゅう』9ごう