巫みこ

巫みこ（ふ、かんなぎ）は、巫みこ覡（ふげき）とも言いい、神かみを祀まつり神しんに仕つかえ、神意しんいを世俗せぞくの人々ひとびとに伝つたえることを役割やくわりとする人々ひとびとを指さす。女性じょせいは「巫みこ」、男性だんせいの場合ばあいは「覡」、「祝しゅく」と云ゆった。「神和しんわ(かんな)ぎ」の意い。

シャーマニズムによるシベリア、アメリカ原住民げんじゅうみん、アフリカなどにみられるシャーマンも同様どうようである。

自みずからの身みに「神かみおろし」をして神かみの言葉ことば（神託しんたく）を伝つたえる役目やくめの人物じんぶつを指さすことが通例つうれいである。古代こだいの神官しんかんは、ほぼ巫みこと同おなじ存在そんざいであった。祭政さいせい不ふ分ぶんの社会しゃかいであれば、彼かれらが告つげる神託しんたくは、国くにの意思いしを左右さゆうする権威けんいを持もった。

「かんなぎ」と言いう場合ばあいは、特とくに日本にっぽんの巫みこを指さす。現在げんざい、神職しんしょくの一般いっぱん呼称こしょうである「神主かんぬし（かんぬし）」とは、本来ほんらい、文字通もじどおり神かみ掛かかる役目やくめを持もつ職しょくのことであった。日本にっぽんにおいては古来こらいより巫みこの多おおくは女性じょせいであり、巫女ふじょ（みこ、ふじょ）という呼称こしょうで呼よばれることが一般いっぱん的てきである。ただし、古代こだい初期しょきの日本にっぽんにおいては巫女ふじょと同一どういつの役目やくめを担になう「巫みこ覡、男おとこ巫みこ、巫みこ子こ」も少すくなからず存在そんざいしていた。また、現代げんだいにおいて巫女ふじょという場合ばあい、単たんに神道しんとうにおける神職しんしょくを補佐ほさする女性じょせいの職しょくの人々ひとびとを指さす言葉ことばとして使つかわれることが多おおい。

青森あおもり県けんなどには「イタコ」・「イチコ」などの名称めいしょうの職しょくもある。日本にっぽん本土ほんどと異ことなる歴史れきし背景はいけいを持もつ沖縄おきなわ県けん周辺しゅうへんでは、ユタ・ノロ（祝しゅく女おんな）という古代こだい日本にっぽんの巫みこと同おなじ能力のうりょく・権能けんのうで定義ていぎされる神職しんしょくが、琉球りゅうきゅう王国おうこく時代じだい以前いぜんから現代げんだいまで存続そんぞくしている。このことから、古代こだい日本にっぽんの信仰しんこう形態けいたいが残のこっていると指摘してきする民俗みんぞく学者がくしゃは多おおい。

「かんなぎ」の語源ごげんについては、神意しんいを招請しょうせいする意いの「神かみ招ぎ（かみまねぎ）」という語かたりからであるとか、「神和しんわ（かむなぎ）」という語かたりからであるなどといわれているが、どちらもはっきりとした裏うらづけはとれていない。

“巫みこ”という字じ

漢字かんじの「巫みこ」の形かたちの由来ゆらいについては、巫みこ者しゃの用もちいた道具どうぐを象かたどったものとする説せつや重かさなった玉たまの形かたちを象かたどったものとする説せつなど多数たすうの提案ていあんがあるものの、いずれも決定的けっていてきではなく定説ていせつはない^[1]^[2]。

巫みこの能力のうりょく

巫みこは一般いっぱんには、次つぎのような存在そんざいと受うけ止とめられている。

神かみや精霊せいれいなど、神かみ界かい・霊界れいかい・自然しぜん界かいの超ちょう物理ぶつり的てきな存在そんざいと交流こうりゅうする力ちからまたは立場たちばを持もっている。この交流こうりゅうを交信こうしんともいう。
祈祷きとうなどの手段しゅだんで己おのれの意識いしきを神かみ懸かかりの状態じょうたい（トランス状態じょうたいの一種いっしゅとも言いわれている）に置おき、交信こうしんする対象たいしょうの存在そんざいに明あけ渡わたすことで、対象たいしょうの言葉ことば（託宣たくせん、神託しんたく）を知しったり人々ひとびとに伝つたえたりすることができる（伝つたえることを役割やくわりとする）。

即すなわち一種いっしゅの超ちょう常つね的てきな力ちからを持もち、超ちょう常つね的てきな存在そんざいと交信こうしんする能力のうりょくがあって、それを以もって的確てきかくな答こたえを神託しんたくを求もとめる人々ひとびとに返かえすことができると見みなされている。

一方いっぽう、神託しんたくを授さづけていた一部いちぶの巫みこは、もっと現実げんじつ的てきな別べつの能力のうりょくに優すぐれていたらしいことが、最近さいきんの研究けんきゅうで指摘してきされている。それは即すなわち、情報じょうほう収集しゅうしゅう力りょくと、政治せいじ的てき視野しやに立たった判断はんだん力りょくである。

例たとえばギリシャのデルポイにおけるアポロンの神託しんたくは、古代こだいギリシャ世界せかいでは大変たいへんな権威けんいを持もっていた。そのためデルポイには各地かくちから都市とし国家こっかの使者ししゃを含ふくむ多おおくの人々ひとびとが集あつまり、またそれを目当めあてに無数むすうの民衆みんしゅうも集あつまっていた。そして神託しんたくを下くだすアポロンの神官しんかんたちは実じつは、デルポイに集あつまる群衆ぐんしゅうから各地かくちの情報じょうほうや巷ちまたの噂うわさなどを収集しゅうしゅうし、それらを総合そうごうして独自どくじに世界せかい情勢じょうせいを把握はあくしていた、という。

古代こだい日本にっぽんでは邪馬台国やまたいこくの卑弥呼ひみこが巫女ふじょだったと考かんがえられている。また、ヤマト王権おうけんでも代々だいだい、巫女ふじょたちが国家こっか権力けんりょくの一部いちぶになっていたとする見解けんかいもある。このように、祭政さいせい一致いっちの古代こだいにおいては、巫女ふじょが政治せいじに参画さんかくしていたとする説せつがある。

巫みこになる過程かてい

人ひとが巫みこになる（入にゅう巫みこ・成なる巫みこ）過程かていにはいくつかの種類しゅるいがあり、地方ちほうによってさまざまである^[3]。

大おおきく修業しゅうぎょう型がたと啓示けいじ型がたがあり、これらの転化てんか型がたまたは応用おうよう型がたと呼よべるものもある。修業しゅうぎょう型がたには東北とうほく地方ちほうのイタコが挙あげられる。これは盲目もうもくの女子じょしが初潮しょちょう前まえに師匠ししょうに弟子でし入いりして巫みこ業ぎょうの修業しゅうぎょうをし、ある時期じきにテストを受うけて一いち人前にんまえのイタコとして認みとめられる。啓示けいじ型がたには沖縄おきなわのユタや津軽つがる地方ちほうのゴミソなどが挙あげられる。啓示けいじ型がたを更さらに細こまかく分わけると偶発ぐうはつ型がたと修行しゅぎょう型がたに分わけられる。偶発ぐうはつ型がたはそれまで普通ふつうだった人ひとがある日ひ突然とつぜん神かみがかってしまい、それが神かみの啓示けいじであると周囲しゅういから認みとめられるものである。修行しゅぎょう型がたは、普通ふつう人じんが人生じんせいの苦難くなんに遭あい、宗教しゅうきょう的てきな修行しゅぎょうを積つむ過程かていで神かみの啓示けいじを受うけるものである。しかしこれら啓示けいじ型がたであっても啓示けいじを受うけただけでは十分じゅうぶんでなく、更さらに巫術ふじゅつの修得しゅうとくのための修練しゅうれんが必要ひつようとされる。

道教どうきょう（古代こだい中国ちゅうごく）における巫祝ふしゅく^[4]

神霊しんれいや精霊せいれいを祭祀さいしする職階しょっかいに巫祝ふしゅく（ふしゅく）・童わらわ乩（どうけい、タンキー）がある。彼かれらはいずれも神かみの託宣たくせんを伝つたえる霊媒れいばい者しゃである。

巫祝ふしゅくという言葉ことばの意味いみ府ふ

巫みこ…袖そでを垂しだれて神かみを降おろす舞まい姿すがた。

祝しゅく…神かみに福ぶくを祈いのる、または祝詞のりとを唱となえることから呪のろいともいうので呪文じゅもんを意味いみする。

したがって、巫祝ふしゅくとは、方術ほうじゅつを使つかってヒトの願ねがい事ごとに答こたえる民間みんかんの呪術じゅじゅつ師しである。また、呪文じゅもんを唱となえながら歌舞かぶによって降臨こうりんしてきた神霊しんれい、精霊せいれい、死霊しりょうと直接ちょくせつ交渉こうしょうすることで霊れい意いを伝達でんたつするという特殊とくしゅな能力のうりょくをもった祈祷きとう師しでもある。

シャーマニズム

古代こだいの漢かん民族みんぞくは、自然しぜん界かいの気候きこうや天変地異てんぺんちい、さらには人事じんじ百般ひゃっぱんなど、多おおくの出来事できごとは神霊しんれいや精霊せいれいの力ちからによるものだと信しんじていた。そこで、祈祷きとう師しは銅鑼どら、太鼓たいこ、ラッパなどを用もちいて神霊しんれいや精霊せいれいと直接ちょくせつ交渉こうしょうし、託宣たくせん、予言よげん、治ち病びょう、祭儀さいぎなどを行おこなうために霊力れいりょくを得えて巫みこ道どう、巫みこ俗ぞく、巫みこ教きょう、巫術ふじゅつなどに専念せんねんした

（シャーマン…ヒトに神霊しんれいや精霊せいれいが降ふり、そのヒトを仲介ちゅうかいして神かみや霊れいの意思いしを伝達でんたつする巫祝ふしゅく→巫祝ふしゅく…シャーマニズムを執とり行おこなうシャーマン）

職業しょくぎょう

①祭祀さいし→道教どうきょう

②呪術じゅじゅつ→方術ほうじゅつ（→⑴祈祷きとう、祈いのり雨う、卜ぼく占うらない、占うらない星ぼし、霊れい符ふ、予言よげんなど　⑵煉丹れんたん術じゅつ⇒外がい丹に術じゅつ（丹に薬やくの製造せいぞう）、内うち丹に術じゅつ（調しらべ息いき、導しるべ引））

③治ち病びょう→巫みこ医い→道教どうきょう医学いがく

中国ちゅうごく古代こだいの宗教しゅうきょう的てきな行事ぎょうじは日本にっぽんに伝つたわり、現在げんざいの日本にっぽん社会しゃかいにおいても廃すたれることなく、ある種しゅの宗教しゅうきょう団体だんたいは巫祝ふしゅくによって祈祷きとうする行事ぎょうじが行おこなわれている。日本にっぽんにおいて祈祷きとうする巫祝ふしゅくは主おもに女性じょせいであるため、巫女ふじょ（みこ）と呼よばれている。注意ちゅういすべきは、神社じんじゃに奉仕ほうしして神楽かぐらを舞まう未婚みこんの女性じょせいも巫女ふじょというが、彼女かのじょらは神降かみおろしのようなシャーマニズム的てきな行動こうどうはしない。

脚注きゃくちゅう

[脚注きゃくちゅうの使つかい方かた]

^ 季き旭あさひ昇のぼる (2014), 説せつ文ぶん新しん証あかし, 台北たいぺい: 芸文げいぶん印しるし書しょ館かん, pp. 384–385, ISBN 978-957-520-168-5
^ 林はやし志こころざし強きょう等とう (2017), 《文ぶん源げん》評注ひょうちゅう, 北京ぺきん: 中国ちゅうごく社会しゃかい科学かがく出版しゅっぱん社しゃ, pp. 188–189, ISBN 978-7-5203-0419-1
^ 桜井さくらい徳太郎とくたろう「日本にっぽん巫みこ俗ぞくの特徴とくちょう」『桜井さくらい徳太郎とくたろう著作ちょさく集しゅう第だい七なな巻かん東ひがしアジアの民俗みんぞく宗教しゅうきょう』吉川弘文館よしかわこうぶんかん、1987。
^ 今井いまい弘ひろし (2011年ねん11月3日にち). 古代こだいの中国ちゅうごく文化ぶんかを探さぐる‐道教どうきょうと煉丹れんたん術じゅつ‐. 関西大学かんさいだいがく出版しゅっぱん部ぶ

参考さんこう文献ぶんけん

岩井いわい大だい慧とし「史しは巫みこから起おこったか:Did Shi 史し(History, Letters) originate from Shamanism?」『季刊きかん民族みんぞく學がく研究けんきゅう』第だい21巻かん第だい3号ごう、日本にっぽん文化ぶんか人類じんるい学会がっかい、1957年ねん8月がつ25日にち、134-140頁ぺーじ、ISSN 00215023、NAID 110001838028。