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早稲田わせだ文学ぶんがく

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

早稲田わせだ文学ぶんがく』(わせだぶんがく)は、日本にっぽん文芸ぶんげい雑誌ざっし1891ねん明治めいじ24ねん)、東京とうきょう専門せんもん学校がっこう文学ぶんがくげん早稲田大学わせだだいがく文学ぶんがく学術がくじゅついん)の坪内つぼうち逍遥しょうよう創刊そうかん発行はっこうもと早稲田わせだ文学ぶんがくかい早稲田わせだ文学ぶんがく新人しんじんしょう主催しゅさいする。

だい10早稲田わせだ文学ぶんがく』が2007ねんより不定期ふていき刊行かんこうされていたが、2022ねん発行はっこうの「増刊ぞうかんごう 家族かぞく」をもって休刊きゅうかんとなった[1]。また、フリーペーパー『WB』も全国ぜんこく配布はいふしていた。

沿革えんかく

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だい1(1891ねん - 1898ねん
  • 創刊そうかん当時とうじ坪内つぼうち逍遥しょうよう東京とうきょう専門せんもん学校がっこう文学ぶんがく学生がくせい会員かいいん早稲田わせだ文学ぶんがくかいつくっていたが、それが「早稲田わせだ文学ぶんがく発行はっこう母胎ぼたいとなったとみられる。最初さいしょ講義こうぎろくふうであったが、1893ねん9月のだい49ごうからは誌面しめん一新いっしんされ純粋じゅんすい文学ぶんがく雑誌ざっし転身てんしんした。[2]
  • 坪内つぼうち逍遥しょうよう評論ひょうろん掲載けいさいもり鷗外との没理想ぼつりそう論争ろんそう舞台ぶたいになった。『しがらみ草紙ぞうし』3ごうには坪内つぼうち逍遥しょうようぶん掲載けいさいされる(cf.もり常治つねじ)。島村しまむら抱月ほうげつ広津ひろつ柳浪りゅうろうらが執筆しっぴつ
だい2(1906ねん - 1927ねん
だい3(1934ねん - 1949ねん
だい4(1949ねん
だい5(1951ねん - 1953ねん
だい6(1959ねん
だい7(1969ねん - 1975ねん
だい8(1976ねん - 1997ねん
だい9(1997ねん - 2005ねん
  • 編集へんしゅう参加さんかしゃとして批評ひひょう池田いけだ雄一ゆういち市川いちかわ真人まさとらがつらね、小説しょうせつよりも批評ひひょう思想しそう中心ちゅうしんとした編集へんしゅう方針ほうしんにシフトした誌面しめんづくりになった。
フリーペーパー「WB」(2005ねん - 2019?)
  • だい9の2005ねん5がつごうまでで商業しょうぎょう文芸ぶんげい形態けいたい一時いちじ休止きゅうしし、同年どうねん11がつよりフリーペーパー形式けいしきの「WB」が発行はっこうされた。ふたた商業しょうぎょうとしてだい10復刊ふっかんがなされたのちも、「WB」も並行へいこうして発行はっこうされていた。
だい10(2007ねん - 2022ねん
  • 詳細しょうさい後述こうじゅつ
  • 2007ねん5がつ復刊ふっかん準備じゅんびごう早稲田わせだ文学ぶんがく0」が刊行かんこうされ、2008ねん4がつの「早稲田わせだ文学ぶんがく1」にて復刊ふっかん
  • 2022ねん3がつの「増刊ぞうかんごう 家族かぞく」をもって休刊きゅうかんとなった。

だい10早稲田わせだ文学ぶんがく

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復刊ふっかん準備じゅんびごう

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通常つうじょうごう

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  • 早稲田わせだ文学ぶんがくかい発行はっこう早稲田わせだ文学ぶんがく編集へんしゅうしつ編集へんしゅう
  • 2008ねん4がつ本格ほんかくてき復刊ふっかん休刊きゅうかんにともない休止きゅうししていた早稲田わせだ文学ぶんがく新人しんじんしょう再開さいかいされる。「早稲田わせだ文学ぶんがく1」と「早稲田わせだ文学ぶんがく2」は太田出版おおたしゅっぱん出版しゅっぱん発売はつばいする。2010ねん2がつの「早稲田わせだ文学ぶんがく3」から2014ねん2がつの「早稲田わせだ文学ぶんがく7」までは早稲田わせだ文学ぶんがくかい発売はつばいになう。 「早稲田わせだ文学ぶんがく5」掲載けいさいさくの「abさんご」(黒田くろだ夏子なつこだい24かい早稲田わせだ文学ぶんがく新人しんじんしょう受賞じゅしょうさく)がだい148かい芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけしょう受賞じゅしょう
  • 2014ねん8がつからは、早稲田わせだ文学ぶんがくかい発行はっこう筑摩書房ちくましょぼう発売はつばいとなり「早稲田わせだ文学ぶんがく2014ねんあきごう」というように、数字すうじのナンバリングではなく発行はっこうされたとしぶしごうあらわすようになる。 [3]
編集へんしゅう委員いいんは2015ねん時点じてんあずまひろし角田つのだ光代みつよ川上かわかみ映子えいこ藤井ふじいひかりヤマザキマリ堀江ほりえ敏幸としゆき市川いちかわ真人まさとだったが、藤井ふじいひかりは2018ねん6がつ22にちづけ編集へんしゅう委員いいん辞任じにんした[4]

増刊ぞうかんごう

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  • 2010ねん2がつに、30さい以下いかによる小説しょうせつ評論ひょうろん掲載けいさいした「早稲田わせだ文学ぶんがく増刊ぞうかん wasebun U30」を、同年どうねん12がつに「早稲田わせだ文学ぶんがく増刊ぞうかんπぱい “わりきれないおもしろさ”ごう」を刊行かんこう2012ねん4がつに「早稲田わせだ文学ぶんがく記録きろく増刊ぞうかん震災しんさいとフィクションの“距離きょり”」を刊行かんこう。いずれも、発行はっこう発売はつばいともに早稲田わせだ文学ぶんがくかい
  • 2017ねん9がつ川上かわかみ映子えいこ責任せきにん編集へんしゅうで、「女性じょせい」と「く」ことの関係かんけいせいをテーマにした「早稲田わせだ文学ぶんがく増刊ぞうかん 女性じょせいごう」を刊行かんこう[3]
  • 2019ねん12月に「「早稲田わせだ文学ぶんがく増刊ぞうかんごうわらい」はどこからるのか?」を、2022ねん3がつには「早稲田わせだ文学ぶんがく増刊ぞうかんごう 家族かぞく」をそれぞれ刊行かんこう

GRANTA JAPAN

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休刊きゅうかん

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  • 2023ねん7がつ前年度ぜんねんどの3がつ刊行かんこうした「早稲田わせだ文学ぶんがく増刊ぞうかんごう 家族かぞく」をもってだい10早稲田わせだ文学ぶんがく』が休刊きゅうかんとなったことが発表はっぴょうされた[7]本誌ほんしのスポンサーをつとめてきた早稲田大学わせだだいがく文学ぶんがく学術がくじゅついん現代げんだい文芸ぶんげいコース、文芸ぶんげい・ジャーナリズムろんけいのカリキュラム改革かいかくともない、早稲田大学わせだだいがくから発行はっこう補助ほじょ停止ていしされたことなどを理由りゆうとしている[8]

剣玉けんだま基金ききん

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平岡ひらおかあつしよりゆき遺族いぞく寄付きふもとにして早稲田わせだ文学ぶんがく編集へんしゅうしつ設置せっちした基金ききん若手わかて作家さっかによる意欲いよくてき実験じっけんてき作品さくひん執筆しっぴつ飛躍ひやく支援しえん目的もくてきとする。ちなみに名称めいしょう平岡ひらおか生前せいぜんしばしばくちにしていた「文学ぶんがく剣玉けんだまである」から。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 早稲田わせだ文学ぶんがく編集へんしゅうしつ - WB/早稲田わせだ文学ぶんがく”. www.bungaku.net. 2023ねん8がつ1にち閲覧えつらん
  2. ^ [1] 2019ねん2がつ12にち閲覧えつらん
  3. ^ a b c [2] 2019ねん2がつ11にち閲覧えつらん
  4. ^ 藤井ふじいひかり/Hikaru Fujii on Twitter」『Twitter』。2018ねん7がつ1にち閲覧えつらん
  5. ^ [3] 2019ねん2がつ11にち閲覧えつらん
  6. ^ [4] 2019ねん2がつ11にち閲覧えつらん
  7. ^ 早稲田わせだ文学ぶんがく編集へんしゅうしつ - WB/早稲田わせだ文学ぶんがく”. www.bungaku.net. 2023ねん8がつ1にち閲覧えつらん
  8. ^ 早稲田わせだ文学ぶんがくだい10発行はっこう停止ていしかか経緯けいい.pdf”. 早稲田わせだ文学ぶんがく編集へんしゅうしつ. 2023ねん8がつ1にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく

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関連かんれん文献ぶんけん

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外部がいぶリンク

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