石狩いしかり町まち女子高じょしこう生せい誘拐ゆうかい事件じけん

石狩いしかり町まち女子高じょしこう生せい誘拐ゆうかい事件じけん
誘拐ゆうかい現場げんば付近ふきんの位置いち座標ざひょう
場所ばしょ	日本にっぽん: 北海道ほっかいどう石狩いしかり郡ぐん石狩いしかり町まち生振おやふる村むら364
座標ざひょう	北緯ほくい43度ど10分ふん39.46秒びょう 東経とうけい141度ど21分ふん24.74秒びょう
標的ひょうてき	下校げこう中ちゅうの女子じょし中高生ちゅうこうせい
日付ひづけ	1995年ねん（平成へいせい7年ねん）7月がつ29日にち (UTC+9)
概要がいよう	借金しゃっきん返済へんさいに困こまった男おとこXが下校げこう中ちゅうの女子高じょしこう生せいAを誘拐ゆうかいし、Aの家族かぞくに身代金みのしろきん1億おく円えんを要求ようきゅうした。
攻撃こうげき手段しゅだん	タコ釣づり棒ぼうと針金はりがねで自転車じてんしゃを止とめ、針金はりがねで手首てくびを縛しばって車くるまに監禁かんきんする
攻撃こうげき側がわ人数にんずう	1人ひとり
被害ひがい者しゃ	女子高じょしこう生せいA（事件じけん当時とうじ15歳さい：札幌北陵さっぽろほくりょう高校こうこう1年生ねんせい）
犯人はんにん	男おとこX（逮捕たいほ当時とうじ44歳さい）
動機どうき	借金しゃっきん返済へんさいのため
謝罪しゃざい	あり
刑事けいじ訴訟そしょう	Xに懲役ちょうえき9年ねんの実刑じっけい判決はんけつ（確定かくてい）
影響えいきょう	Aは事件じけん後ごに警察官けいさつかんを志こころざし、1998年度ねんどの北海ほっかい道警どうけい採用さいよう試験しけんに合格ごうかく。犯罪はんざい被害ひがい者しゃ対策たいさくのモデルケースとして取とり上あげられた。
管轄かんかつ	北海道ほっかいどう警察けいさつ（捜査そうさ一いち課か・北きた警察けいさつ署しょ） 札幌さっぽろ地方ちほう検察庁けんさつちょう

石狩いしかり町まち女子高じょしこう生せい誘拐ゆうかい事件じけん（いしかりちょうじょしこうせいゆうかいじけん）は、1995年ねん（平成へいせい7年ねん）7月がつ29日にちに北海道ほっかいどう石狩いしかり支庁しちょう（現げん：石狩いしかり振興しんこう局きょく）管内かんないの石狩いしかり郡ぐん石狩いしかり町まち（現げん：石狩いしかり市し）で発生はっせいした身代金みのしろきん目的もくてきの誘拐ゆうかい事件じけん。『北海道ほっかいどう警察けいさつ史ふみ』 (1999) における呼称こしょうは石狩いしかり町内ちょうない女子じょし高校生こうこうせい被害ひがい身みの代金しろきん目的もくてき誘拐ゆうかい事件じけん。

犯人はんにんの男おとこX（当時とうじ44歳さい）は29日にち20時じ過すぎ、石狩いしかり町まち生振おやふる村むらの町まち道どうで帰宅きたく途中とちゅうの女子高じょしこう生せいA（当時とうじ15歳さい）をワゴン車しゃで誘拐ゆうかいし、Aの家族かぞくに身代金みのしろきん1億おく円えんを要求ようきゅうする電話でんわをかけた。北海ほっかい道警どうけいの捜査そうさ本部ほんぶは発生はっせい2日にち後ごの同月どうげつ31日にち22時じ39分ふん、古平ふるびら郡ぐん古平ふるびら町まちで犯人はんにんXと被害ひがい者しゃAの乗のった車くるまを発見はっけんしてAを無事ぶじ保護ほご、Xを身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい容疑ようぎで現行げんこう犯はん逮捕たいほした。Xは身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい・監禁かんきんのほか、強盗ごうとう未遂みすいの余罪よざいにも問とわれ、翌よく1996年ねん（平成へいせい8年ねん）2月がつ15日にちに札幌さっぽろ地裁ちさい（木村きむら烈れつ裁判さいばん長ちょう）で懲役ちょうえき9年ねん（求刑きゅうけい：懲役ちょうえき12年ねん）の実刑じっけい判決はんけつをい渡いわたされている。1968年ねん（昭和しょうわ43年ねん）から1996年ねんまでの間あいだに北海道ほっかいどうで発生はっせいした身代金みのしろきん目的もくてきの誘拐ゆうかい事件じけんは、本ほん事件じけんが6件けん目めである。

被害ひがい者しゃAは事件じけん後ごに警察官けいさつかんを志こころざし、1998年度ねんど（平成へいせい10年度ねんど）の北海ほっかい道警どうけい女性じょせい警察官けいさつかん採用さいよう試験しけんに合格ごうかくした。

事件じけん前まえの経緯けいい

犯人はんにんXは1984年ねん（昭和しょうわ59年ねん）ごろから、鉄骨てっこつを製造せいぞうする時ときに原寸げんすん大だいの図面ずめんを作つくる「原寸げんすん書しょ」の業務ぎょうむを請うけ負おい、1990年ねん（平成へいせい2年ねん）から独立どくりつした。Xは事件じけんの5、6年ねん前まえには月給げっきゅう約やく60万まん円えんを稼かせぐ鉄骨てっこつ加工かこう技術ぎじゅつ者しゃだったが、独立どくりつ後ごに景気けいきが悪化あっかして仕事しごとが軌道きどうに乗のらなくなり、1993年ねん（平成へいせい5年ねん）ごろからはサラ金さらきんや知人ちじん、親族しんぞくから借金しゃっきんを繰くり返かえすようになった。大型おおがたリゾートホテルの仕事しごとも請うけ負おったが、代金だいきんが入はいらず生活せいかつに苦くるしんでいたという。

弁護人べんごにんによれば、Xは1993年ねん1月がつに行いきつけのスナックで女性じょせい客きゃくに絡からんでいた男性だんせい客きゃくを殴なぐる事件じけんを起おこし、相手あいてに軽傷けいしょうを負おわせた。その事件じけんを隠かくしていたことから夫婦ふうふ関係かんけいが悪化あっかして同年どうねん3月がつに離職りしょくした上うえ、スナックの女性じょせい店長てんちょうに迷惑めいわくの代償だいしょうとして携帯けいたい電話でんわを貸かしたところ、月つき15万まん円えん以上いじょうの通話つうわ料りょうを支払しはらうことになったことで借金しゃっきんがかさんでいった。また相手あいての男性だんせい客きゃくから慰謝いしゃ料りょう200万まん円えんを要求ようきゅうされ、暴力団ぼうりょくだんが取とり立たてに来きたことで仕事しごとにも出でられないような日ひが増ふえていったという。

Xは1994年ねん（平成へいせい6年ねん）1月がつごろからは全まったく仕事しごとをせず、釣つりなどをして遊あそび暮くらすようになり、同年どうねん春はるには妻つまと別居べっきょしていた。Xは同年どうねん2月がつ14日にち22時じ10分ふんごろ、札幌さっぽろ市し北きた区く屯田とんでん6の6のスーパーマーケット「MOT屯田とんでん店てん」に裏口うらぐちから侵入しんにゅうし、帰宅きたくしようとしていた男性だんせい従業じゅうぎょう員いん（当時とうじ63歳さい）の両りょう手首てくびを針金はりがねで縛しばり、針金はりがねの先さきを尖とがらせて錐きり状じょうにしたものを突つきつけて「騒さわぐな、金かねを出しゅっせ」などと脅おどしたが、防犯ぼうはんベルが鳴なったため、何なにも奪うばわずに逃にげるという強盗ごうとう未遂みすい事件じけんを起おこしていた。同年どうねん5月がつ以降いこう、Xは目めの病気びょうきで約やく3か月げつ間あいだ入院にゅういんし、退院たいいん後ごは車くるまで寝泊ねとまりしながら仕事しごとを探さがしたが、年齢ねんれい制限せいげんのため不調ふちょうに終おわった。

1995年ねん5月がつごろ以降いこう、Xは電気でんき・ガス・水道すいどうなどの公共こうきょう料金りょうきんやアパートの賃料ちんりょうの支払しはらいもできずに滞納たいのうし、食費しょくひにも事欠ことかくような状態じょうたいになったが、相変あいかわらず手持てもちの現金げんきんで食くいつなぐという生活せいかつを送おくっていた。誘拐ゆうかい事件じけんを起おこした7月がつには1日にち1食しょく、米飯べいはんと納豆なっとうの生活せいかつが続つづいていたという。

犯行はんこう計画けいかく

同年どうねん7月がつ15日にちごろ、Xはサラ金さらきんなどから600万まん円えん以上いじょうの借金しゃっきんを抱かかえ、滞納たいのうしたアパート賃料ちんりょうの支払しはらいにも窮きゅうする状態じょうたいになっていた。このころには借金しゃっきんの取とり立たてを恐おそれ、早朝そうちょうに外出がいしゅつして夜よる遅おそくに帰宅きたくする生活せいかつを続つづけていたが、そのころから借金しゃっきんを返済へんさいし、今後こんご生活せいかつをしていくためにはある程度ていどまとまった金員きんいんを一挙いっきょに入手にゅうしゅする必要ひつようがあり、そのためには犯罪はんざいを犯おかしてでも人ひとから無理矢理むりやりに金かねを奪うばうしかないと考かんがえるようになった。そして、窃盗せっとうや強盗ごうとうでは大金たいきんが入はいる可能かのう性せいは少すくないため、人ひとを略取りゃくしゅして多額たがくの身代金みのしろきんを得えようと考かんがえるようになり、以下いかのような犯行はんこう計画けいかくを練ねった。

• 略取りゃくしゅの対象たいしょう - 女子じょし中学生ちゅうがくせいあるいは女子高じょしこう生せいを狙ねらう。標的ひょうてきをこのように定さだめた理由りゆうは、女子じょし中高生ちゅうこうせいなら抵抗ていこうが少すくなく、身代金みのしろきんを払はらう親おやがいると考かんがえたためである。男性だんせい相手あいてでは抵抗ていこうされる危険きけん性せいがあり、また子供こどもは手てがかかると考かんがえたため、対象たいしょうから除外じょがいした。
• 犯行はんこう場所ばしょ - 通行つうこう車両しゃりょう・人通ひとどおりの少すくない石狩いしかり町まちの茨戸川ばらとがわ付近ふきん。Xは釣つりが趣味しゅみだったことから、よく釣つりに来きていた場所ばしょを待まち伏ぶせ場所ばしょに選えらんだという。
• 要求ようきゅうする身代金みのしろきんの金額きんがく - 計画けいかく段階だんかいでは一般いっぱん家庭かていであれば土地とち・建物たてものを担保たんぽにすれば用意よういできる2,000万まん円えん程度ていどを考かんがえていた。しかし犯行はんこう時じには欲よくが膨ふくらみ、1億おく円えんを要求ようきゅうした。

そして同年どうねん7月がつ17日にちごろ、Xはアパート賃料ちんりょうの督促とくそくを免まぬかれるため、石狩いしかり町まち緑苑台りょくえんだい東ひがし3-3地ち先さきの発寒川はっさむがわ堤防ていぼう（おおよその座標ざひょう）に車くるまを止とめて時ときを過すごしているうちに、計画けいかくを実行じっこうに移うつそうと決意けついし、付近ふきんの堤防ていぼうの植木うえきの支柱しちゅうとして用もちいられていた丸太まるたを取とり外はずし、持もっていたのこぎりで切断せつだんして車くるまに積つみ込こんだ。そして車くるまで石狩いしかり町まち生振おやふる336付近ふきんまで移動いどうし、丸太まるたを手てに持もちながら道路どうろ脇わきに隠かくれ、女子じょし中学生ちゅうがくせい・女子高じょしこう生せいが通とおりかかるのを待まち伏ぶせていたところ、自転車じてんしゃに乗のって走はしってきた女学生じょがくせいを見みつけたが、脅おどす際さいに振ふり回まわした丸太まるたで大だい怪我けがをさせては困こまるなどと躊躇ちゅうちょし、丸太まるたをどのように振ふり回まわそうかなどと考かんがえているうちに機会きかいを失うしなったため、同日どうじつは犯行はんこうを断念だんねんした。同月どうげつ22日にちごろ、Xは手持てもちの現金げんきんが27,000円えん前後ぜんこうにまで減少げんしょうしていたことから、身代金みのしろきん以外いがいに大金たいきんを手てにすることはできないと改あらためて決意けついした上うえで、マスク・タオルなどで覆面ふくめんし、タコ釣つり棒ぼうと呼よばれる鉄てつパイプを細工ざいくしたものを用もちいて女子じょし中学生ちゅうがくせい・女子高じょしこう生せいの乗のる自転車じてんしゃを転倒てんとうさせた上うえで取とり押おさえ、ウサギの捕獲ほかくに用もちいる針金はりがねに細工ざいくしたもので手てを縛しばり上あげ、ガムテープで目隠めかくしをし、ビニール紐ひもで縛しばり上あげるなどといった略取りゃくしゅの具体ぐたい的てき手段しゅだん・方法ほうほうについて計画けいかくを練ねり上あげ、普段ふだんから使つかっていたワゴン車しゃにそれらの用具ようぐと、犯行はんこう後ごに給油きゅうゆするための軽油けいゆを入いれたポリ容器ようきを積つみ込こんで準備じゅんびを整ととのえた。誘拐ゆうかい現場げんばから約やく数すう百ひゃくメートルの川かわ沿ぞいの小道こみちでは事件じけん発生はっせいの約やく2週間しゅうかん前まえから、平日へいじつと土曜日どようびの早朝そうちょう（6時じ30分ふんから7時じごろ）にXのものと似にたグレー系けいのワゴン車しゃが目撃もくげきされていた。

事件じけん発生はっせい

Xは事件じけん当日とうじつの7月がつ29日にち12時じごろ、札幌さっぽろ市し北きた区く屯田とんでんの防風ぼうふう林りんの中なかで駐車ちゅうしゃして休やすんでいるうちに、同月どうげつ31日にちに家賃やちんを支払しはらうためには今日きょう実行じっこうするしかないと決意けついし、18時じ30分ふんごろに車くるまを運転うんてんして自宅じたくアパートを発たった。事件じけん当時とうじ、所持しょじ金きんは4万まん円えんだった。Xは19時じごろ、石狩いしかり町まち生振おやふる336の堤防ていぼうに駐車ちゅうしゃすると、度胸どきょうをつけるために缶かんビールや日本酒にほんしゅを飲のみ、覆面ふくめん用ようのマスクを黒くろく塗ぬるなどの準備じゅんびをした後のち、生振おやふる363の路上ろじょう（おおよその座標ざひょう）に駐車ちゅうしゃして帽子ぼうし・軍手ぐんてを着用ちゃくようし、針金はりがね・ガムテープを入いれた白しろいビニール袋ぶくろをズボンポケットに入いれ、タコ釣づり棒ぼうを手てに持もった上うえで、駐車ちゅうしゃ地点ちてんから約やく130 m離はなれた犯行はんこう現場げんばである生振おやふる364の路上ろじょう（おおよその座標ざひょう）に至いたり、同日どうじつ19時じ30分ふんごろから道路どうろ脇わきの草くさむらに身みを隠かくして標的ひょうてきを待まち伏ぶせた。

19時じ50分ふんごろ、帰宅きたく途中とちゅうの被害ひがい者しゃA（当時とうじ15歳さい）がXの待まち伏ぶせていた付近ふきんを自転車じてんしゃで通とおりかかった。Aの通学つうがくしていた高校こうこうは当時とうじ、同月どうげつ25日にちから夏休なつやすみに入はいっていたが、夏季かき講習こうしゅうが開ひらかれており、生徒せいとのほぼ全員ぜんいんが出席しゅっせきしていた。Aは事件じけん当時とうじ、札幌北陵さっぽろほくりょう高校こうこうの1年生ねんせいで、将来しょうらいは小学校しょうがっこうの教諭きょうゆになるため北海道教育大学ほっかいどうきょういくだいがくへの進学しんがくを志こころざしており、ホームルームの副ふく議長ぎちょうを務つとめ、夏季かき講習こうしゅうを1日にちも休やすまず出席しゅっせきするなど真面目まじめな性格せいかくだった。事件じけん当日とうじつ、Aは7時じ40分ふんごろに自転車じてんしゃで自宅じたくを出でて登校とうこう、8時じ40分ふんから14時じごろまで開ひらかれた夏季かき講習こうしゅうに出席しゅっせきした後のち、講習こうしゅうが終おわってからもそのまま友人ゆうじんらとともに自習じしゅうしており、19時じごろに下校げこうして20時じごろに自宅じたく付近ふきんで友人ゆうじんと別わかれた。Aは誘拐ゆうかいされる直前ちょくぜん、自転車じてんしゃで友人ゆうじん数すう人にんと下校げこうしており、学校がっこうから数かず km離はなれた地点ちてんで別わかれていた。Aの自宅じたくから学校がっこうまでの距離きょりは約やく8 kmで、自転車じてんしゃが発見はっけんされた現場げんばはA宅たくから約やく2 km離はなれた地点ちてんを走はしる道路どうろ（通称つうしょう「防風ぼうふう林りん通どおり」）脇わきの草地くさちだった。この道路どうろは学校がっこうからA宅たくの方向ほうこうへ向むかう近道ちかみちだが、約やく1 kmの間あいだに街路がいろ灯とうが1灯とうあるのみで、周囲しゅういには民家みんかもほとんどないことから夜間やかんは特とくに人通ひとどおりが少すくなかった。

Xは自転車じてんしゃが面前めんぜんを通過つうかしようとした瞬間しゅんかん、タコ釣づり棒ぼうを自転車じてんしゃめがけて突つき出だし、車体しゃたいに引ひっ掛かけて引ひき戻もどした。Aはバランスを崩くずして転倒てんとうした。そして道路どうろ上じょうに飛とび出だしたところ、Aが悲鳴ひめいを上あげたが、Xはその悲鳴ひめいで自転車じてんしゃに乗のっていた人物じんぶつ（＝A）が女性じょせいであると気きづき、逃にげようとするAの肩かたを掴つかみ、左腕さわんを首くびに回まわして右手みぎてで口くちを塞ふさぎながら「大声おおごえを出だすな」と道路どうろ脇わきの草くさむらに引ひきずり込こんだ。そしてXはAを車くるままで引ひきずり込こんだが、この時ときに彼女かのじょが着きていた制服せいふくから女子じょし学生がくせいであることを知しった。Xは「伏ふせろ」「俺おれはナイフを持もっているんだ」などと言いってAにうつ伏ぶせの姿勢しせいを取とらせると、両手りょうてを後うしろに回まわすよう命めいじ、針金はりがねで後手ごてに緊縛きんばくした上うえで、その針金はりがねを首くびの前方ぜんぽうに回まわした上うえで両りょう手首てくびに巻まき付つけ、Aを抱かかえて車くるまの後部こうぶ座席ざせきに押おし込こみ、Aの乗のっていた自転車じてんしゃを水田すいでんに放ひり投なげ、タコ釣づり棒ぼうを回収かいしゅうして車くるまを発進はっしんさせた。しかし、この時点じてんではまだ身代金みのしろきんを受うけ取とる時間じかん・場所ばしょは決きめていなかった。なお揉もみ合あいになっていた途中とちゅう、Aは道路どうろ脇わきの側溝そっこうに落おちて制服せいふくが濡ぬれたため、車内しゃないにあったグレーの半袖はんそでTてぃーシャツと黒くろっぽいスウェットズボンに着替きがえていた。

XはAを誘拐ゆうかいした後のち、石狩いしかり町まち・札幌さっぽろ市し手稲ていね区く・同市どうし北きた区くの自宅じたく付近ふきんと車くるまを走はしらせながら、タコ釣づり棒ぼうを投棄とうきしたり、Aにガムテープで目隠めかくしをしたり、タオルで猿轡さるぐつわをしたりした。その後ご、小樽おたる方面ほうめんに向むかう途中とちゅうでAから氏名しめい・電話でんわ番号ばんごうをき出きだし、同日どうじつ22時じ20分ふんごろにはA宅たくに最初さいしょの身代金みのしろきん要求ようきゅうの電話でんわ（後述こうじゅつ）をかけた。またAに自身じしんの顔かおや車くるまのナンバーを見みないことを約束やくそくさせた上うえで、翌よく30日にち朝あさには手首てくびの針金はりがねを外はずし、目隠めかくしも取とっている。同日どうじつ（29日にち）夜よる、Xは釣つりで時間じかんを潰つぶそうと考かんがえ、よく行いっていた渡島ととう半島はんとうの日本海にほんかい岸きしへ行いき、現場げんばから約やく130 km離はなれた檜山ひやま支庁しちょう（現げん：檜山ひやま振興しんこう局きょく）の瀬棚せたな郡ぐん瀬棚せたな町まち（現げん：久遠くどお郡ぐんせたな町まち）まで走はしって朝あさを迎むかえた。しかし翌よく30日にちは雨あめで釣つりができず、後志しりべ支庁しちょうの岩内いわうち郡ぐん岩内いわうち町まちまで走はしり、Aにはコンビニで購入こうにゅうした弁当べんとうを食たべさせた。そして金融きんゆう機関きかんが営業えいぎょうする31日にち（月曜日げつようび）にもう一度いちど電話でんわをかけたが、それがきっかけで居場所いばしょを突つき止とめられ、逮捕たいほされた。

Aは保護ほごされるまでの間あいだ、Xの言いいなりになっていれば何なにもされないと悟さとり、「必かならず助たすかる」と自分じぶんを励はげましながら、岩内いわうち町まち付近ふきんでは窓まどの水滴すいてきを拭ぬぐって居場所いばしょを確認かくにんしようとしていた。また車内しゃないでは重苦おもくるしい雰囲気ふんいきを和やわらげようと、Xに積極せっきょく的てきに話はなしかけ、高校こうこうや釣つりの話はなしなどをしてXの気持きもちを和やわらげようとしていたが、Xが警察けいさつから職務しょくむ質問しつもんを受うけた後のち、信号しんごう無視むしや検問けんもん突破とっぱを繰くり返かえした際さいには「殺ころされるかもしれない」とも感かんじていたという。XはAと話はなしているうちに、「もう、そろそろおれも捕つかまるだろうな」などと弱音よわねを吐はくようになっていた。

捜査そうさ

29日にち22時じ20分ふんごろ、A宅たくに中年ちゅうねんの男おとこの声こえで「子供こどもを預あずかっている。1億おく円えんを用意よういすれ。明日あした午後ごご6時じにまた電話でんわする」と電話でんわがあった。この電話でんわはXが札幌さっぽろ市し手稲ていね区く稲穂いなほ3条じょうの公衆こうしゅう電話でんわからかけたもので、応対おうたいしたのはAの母親ははおやだった。同日どうじつ22時じ27分ふん、Aの父親ちちおやが札幌北さっぽろきた警察けいさつ署しょに通報つうほうし、これを受うけた北海道ほっかいどう警察けいさつの捜査そうさ一いち課かや札幌北さっぽろきた署しょなどが「Aは身代金みのしろきん目的もくてきで誘拐ゆうかいされた可能かのう性せいが高たかい」と見みて捜査そうさしていたが、男おとこが指定していした時間じかんになっても電話でんわは来こなかったため、30日にち深夜しんやになって道警どうけいは北きた署しょに道警どうけい刑事けいじ部長ぶちょう・清水しみず勇いさむ道どうを本部ほんぶ長ちょうとした捜査そうさ本部ほんぶを設置せっちし、公開こうかい捜査そうさに乗のり出だした。これは事件じけん発生はっせいから25時じ間あいだ後ごのことで、捜査そうさ機関きかんと報道ほうどう機関きかんが報道ほうどう協定きょうていを締結ていけつすることが多おおい誘拐ゆうかい事件じけんの捜査そうさとしては異例いれいの早はやさでの公開こうかい捜査そうさ開始かいしとされていた。道警どうけいは公開こうかい捜査そうさに踏ふみ切きった理由りゆうとして、事件じけん発生はっせいから丸まる1日にちが経過けいかし、電話でんわの男おとこが指定していした時間じかん（30日にち18時じ）になっても連絡れんらくがなかったこと、また被害ひがい者しゃAの家いえの状況じょうきょうに対たいして要求ようきゅう金額きんがくが多額たがくであることなどを挙あげており、Aの早期そうき発見はっけんと情報じょうほう収集しゅうしゅうのために早期そうきの公開こうかい捜査そうさが必要ひつようと判断はんだんしたためだった。一方いっぽうで以下いかのような事情じじょうから、道警どうけいは身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい以外いがいの可能かのう性せいも考かんがえて捜索そうさくを行おこなっており、営利えいり目的もくてき誘拐ゆうかいの可能かのう性せいは低ひくいと見みているという報道ほうどうもあった。

• 30日にちまでの時点じてんでは身代金みのしろきん要求ようきゅうの電話でんわが1回かいのみで、それ以降いこうは男おとこ（＝犯人はんにんX）やAからの連絡れんらくがなかったこと
• 身代金みのしろきんを要求ようきゅうした29日にちは土曜日どようび、また身代金みのしろきん取引とりひきの日ひとして指定していされた同日どうじつは日曜日にちようび（金融きんゆう機関きかんの休日きゅうじつ）であり、要求ようきゅう額がくも多額たがくであることから現実げんじつ性せいが低ひくいと見みられていたこと
• 事件じけん後ごに誘拐ゆうかい現場げんばでAの自転車じてんしゃが発見はっけんされたが、自転車じてんしゃは無傷むきずのままで周囲しゅういに血痕けっこんなどもなかったため、Aが交通こうつう事故じこなどに遭遇そうぐうした可能かのう性せいも低ひくいと見みられたこと
• Aは事件じけん前まえに無断むだんで家いえを空あけたことはなく、家出いえでの可能かのう性せいも考かんがえられなかったこと

また当時とうじ、A宅たく周辺しゅうへんで数すう年ねん前まえから変質へんしつ者しゃが出没しゅつぼつしていたため、変質へんしつ者しゃによる犯行はんこうという可能かのう性せいも考かんがえられていた。しかし逮捕たいほ後ごにはX本人ほんにんの自供じきょう（後述こうじゅつ）に加くわえ、Xが事前じぜんに誘拐ゆうかい現場げんばを下見したみしていたことや、車内しゃないにAの手首てくびを縛しばった針金はりがねを用意よういしていた点てんなどから、計画けいかく的てき犯行はんこうの可能かのう性せいが強つよいと結論けつろん付つけられた。

道警どうけいは当時とうじ、Aについては実名じつめい・住所じゅうしょを発表はっぴょうせず、「石狩いしかりの高校こうこう1年生ねんせいの女子じょし（15歳さい）」などと匿名とくめいで発表はっぴょうし、学年がくねんおよび年齢ねんれい・身長しんちょう・髪型かみがた・制服せいふくの特徴とくちょうのみを報ほうじた。これはAの父親ちちおやからの要望ようぼうや、性的せいてき被害ひがいもあり得えるとの道警どうけいの判断はんだんからで、結果けっか的てきには性的せいてき被害ひがいはなかったが、解決かいけつ後ごも匿名とくめい発表はっぴょうを続つづけた。その後ご、Aは北海ほっかい道警どうけいの採用さいよう試験しけんに合格ごうかくしたことを受うけて実名じつめいで読売新聞社よみうりしんぶんしゃの取材しゅざいに応おうじ、1998年ねん1月がつには『読売新聞よみうりしんぶん』の紙面しめんで実名じつめい報道ほうどうがなされた。同年どうねん4月がつに道みち警察けいさつ学校がっこう入校にゅうこう式しきに出席しゅっせきした（後述こうじゅつ）際さいには、他紙たしもAの実名じつめいを報ほうじている。

逮捕たいほ

31日にち9時じ30分ふんから18時じごろにかけ、道警どうけいはA宅たく付近ふきんなどの捜索そうさくを行おこなった。一方いっぽうで同日どうじつ9時じ35分ふんごろ、XはA宅たくに2度目どめの電話でんわをかけ、当時とうじ使用しようされていた1万まん円えん札さつで身代金みのしろきん全額ぜんがく（1億おく円えん）を用意よういするよう、一方いっぽう的てきに十じゅう数すう秒びょう程度ていど話はなした。道警どうけいが逆ぎゃく探知たんちを行おこなったところ、電話でんわが発信はっしんされた地点ちてんは後志しりべ管内かんない岩内いわうち町内ちょうないの電話でんわボックスであることが判明はんめいし、道警どうけいは緊急きんきゅう配備はいびを行おこなった。また18時じごろにも同どう管内かんない古宇ふるう郡ぐん泊とまり村むら堀株ほりかっぷ村むらの国道こくどう229号ごう脇わきにある公衆こうしゅう電話でんわから無言むごん電話でんわがあった。

19時じ30分ふんごろ、Xはワゴン車しゃの後部こうぶ座席ざせきにAを乗のせたまま、岩内いわうち町内ちょうないの公衆こうしゅう電話でんわボックスに入にゅうろうとしたが、警戒けいかいにあたっていた岩内いわうち・小樽おたるの両りょう警察けいさつ署員しょいんに発見はっけんされ、免許めんきょ証しょうの提示ていじを求もとめられた。その際さい、警察官けいさつかんから車くるまのカーテンの隙間すきまから見みえた後部こうぶ座席ざせきの若わかい女性じょせい（＝A）について職務しょくむ質問しつもんを受うけたが、Xは車くるまを急きゅう発進はっしんさせて泊とまり村むらや神恵内かもえない村むらの検問けんもんを突破とっぱ、道道みちみちを走はしって当とう丸まる峠とうげ（座標ざひょう）方面ほうめんへ逃走とうそうした。しかし当とう丸まる峠とうげを中心ちゅうしんに両方向りょうほうこうから岩内いわうち・小樽おたるの両りょう署員しょいんによって挟はさみ撃うちされるような形かたちで追跡ついせきされ、逃走とうそうから約やく3時じ間あいだ後ごの22時じ40分ふんごろ、Xの車くるまは岩内いわうち署員しょいんにより、当とう丸まる峠とうげの頂上ちょうじょう付近ふきんから古平ふるびら町まち寄よりの道道みちみち脇わきの林道りんどうで発見はっけんされた。追跡ついせきの距離きょりは約やく40 kmにおよんだ。Aは怪我けがもなく無事ぶじ保護ほごされ、Xは同署どうしょ員いんによって身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかいの現行げんこう犯はんで逮捕たいほされた。逮捕たいほ時刻じこくは22時じ39分ふんで、車内しゃないからは凶器きょうきなどは発見はっけんされず、またXの持もち物ものはタバコとライターのみで、現金げんきんもなかったという。逮捕たいほ現場げんばは当とう丸まる峠とうげを道道みちみちで古平ふるびら町まち側がわへ約やく8 km下くだった地点ちてんから林道りんどうに入はいり、さらに1 km南みなみに入はいった地点ちてんであり、石狩いしかり町まちからは約やく100 km離はなれていた。この逮捕たいほを受うけて捜査そうさ本部ほんぶは31日にち夜よる、事件じけんを身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい事件じけんと断定だんてい、行方ゆくえ不明ふめい事件じけん捜査そうさ本部ほんぶから「身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい事件じけん特別とくべつ捜査そうさ本部ほんぶ」（本部ほんぶ長ちょう：道警どうけい本部ほんぶ長ちょう・伊達だて興きょう治ち）へ切きり替かえた。

逮捕たいほ後ご、Xは8月がつ2日にちに札幌さっぽろ地方ちほう検察庁けんさつちょうへ送検そうけんされ、同月どうげつ22日にちに身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい・監禁かんきんの罪つみで札幌さっぽろ地方裁判所ちほうさいばんしょへ起訴きそされた。Xは逮捕たいほ直後ちょくごの取とり調しらべでは「釣つりの帰かえりにムシャクシャして、誘拐ゆうかいして金かねを取とろうと思おもいついた」と供述きょうじゅつしていたが、後のちに借金しゃっきん返済へんさいに困こまっていたことから、約やく1か月げつ前まえから誘拐ゆうかいを計画けいかくしていた旨むねを供述きょうじゅつしていた。

さらに針金はりがねで手首てくびを縛しばるという手口てぐちの共通きょうつう性せいから、1994年ねん2月がつの強盗ごうとう未遂みすい事件じけんに関かんしてもXの関与かんよが浮上ふじょうしたため、Xは誘拐ゆうかい事件じけんの初はつ公判こうはん後ごの同年どうねん10月がつ16日にち、強盗ごうとう未遂みすいの余罪よざいで再さい逮捕たいほされ、11月2日にちに追つい起訴きそされた。

逮捕たいほ後ごのX

Xは逮捕たいほ後ご、留置とめおき場じょうや拘置こうち所しょまで面会めんかいに来くる親族しんぞくはおらず、Aと強盗ごうとう未遂みすい事件じけんの被害ひがい者しゃそれぞれに謝罪しゃざいの手紙てがみを送おくっていた。また弁護人べんごにん宛あての手紙てがみでは、「人ひとに相談そうだんしていれば卑劣ひれつな事件じけんを起おこさずに済すんだ」という反省はんせいの弁べんや、被害ひがい者しゃであるAへの謝罪しゃざいの念ねん、また「〔Aには〕3日間にちかん冷静れいせいで落おち着ついた行動こうどうをとっていただいたことに感謝かんしゃしております」「極刑きょっけいで大罪だいざいを償つぐなうつもりでおります」などと綴つづっている。

刑事けいじ裁判さいばん

1995年ねん10月がつ12日にちに札幌さっぽろ地方裁判所ちほうさいばんしょ（木村きむら烈れつ裁判さいばん長ちょう）で被告人ひこくにんXの第だい一いち審しん初はつ公判こうはんが開ひらかれ、罪状ざいじょう認否にんぴでXは起訴きそ事実じじつの大半たいはんを認みとめた一方いっぽう、「ナイフを持もっている」と言いってAを脅迫きょうはくした点てんは否定ひていしたが、「Aがそう言いったのなら争あらそう気きはない」と述のべた。検察官けんさつかんは冒頭ぼうとう陳述ちんじゅつで、Xは借金しゃっきんに窮きゅうしたことでまとまった金かねを犯罪はんざいで得えようと思おもい立たち、「窃盗せっとうや強盗ごうとうでは多額たがくな金かねは取とれない」と考かんがえて誘拐ゆうかいを決意けついしたと述のべた。

11月20日にちの第だい2回かい公判こうはんでは、Xの弁護人べんごにんが冒頭ぼうとう陳述ちんじゅつで、Xは当初とうしょから女おんな生徒せいとの誘拐ゆうかいを企くわだてていたわけではなく、自転車じてんしゃやバイクを棒ぼうで倒たおして被害ひがい者しゃの持もっている現金げんきんを奪うばう強盗ごうとうのつもりで犯行はんこうを起おこしたのであり、また当時とうじの標的ひょうてきは成人せいじん男性だんせいだったと主張しゅちょう。しかし犯行はんこう時じ、暗くらがりでAを捕つかまえてから相手あいてが金かねを持もっていない女じょ生徒せいとだとわかり、その場ばで誘拐ゆうかいを思おもい立たったという主張しゅちょうを展開てんかいした。また犯行はんこうの動機どうきとなった借金しゃっきんはXの遊興ゆうきょう・浪費ろうひが原因げんいんではなく、スナックでのトラブルや離婚りこん、目めの病気びょうきなど不運ふうんが重かさなったことによって累積るいせきしたものであり、Xは事件じけん当時とうじ精神せいしん的てきに追おい詰つめられていたと主張しゅちょうした。続つづく被告人ひこくにん質問しつもんで、Xは当初とうしょから多額たがくの身代金みのしろきん要求ようきゅうを考かんがえていたわけではなく、強盗ごうとうで1か月げつ分ぶんの家賃やちんをしのごうと思おもったという旨むねを供述きょうじゅつした。同日どうじつには強盗ごうとう未遂みすい事件じけんに関かんする罪状ざいじょう認否にんぴも行おこなわれ、Xは起訴きそ事実じじつを認みとめている。

12月11日にちの第だい3回かい公判こうはんでは、Xが被告人ひこくにん質問しつもんで「電話でんわをかけると警察けいさつは数すう秒びょうで逆ぎゃく探知たんちできるのを知しっていたので、金かねを取とるのは無理むりと思おもっていた」「〔Aを強盗ごうとうのつもりで押おし倒たおした際さい〕すごい悲鳴ひめいを上あげられ、その場ばから逃にげようと車くるまに乗のせた。金かねだけ取とって降おろせば良よいと思おもったが、連つれてきた以上いじょう、誘拐ゆうかいなんだと思おもい込こんでしまった」と、場当ばあたり的てきな犯行はんこうであることを強調きょうちょうする供述きょうじゅつをした一方いっぽう、検察官けんさつかんはAが車内しゃないで遺書いしょを書かいていたことを明あきらかにした。

審理しんりは同年どうねん12月がつ25日にちの公判こうはんで結審けっしんした。同日どうじつの公判こうはんでは検察官けんさつかんが論告ろんこくを行おこない、Xの法廷ほうていでの供述きょうじゅつの変化へんかや、針金はりがねなどを事前じぜんに準備じゅんびしていた点てんを挙あげ、誘拐ゆうかいは計画けいかく的てき犯行はんこうであると主張しゅちょうした上うえで、金融きんゆう機関きかんの休業きゅうぎょう日びである土曜日どようびに決行けっこうするなど杜撰ずさんな面めんが見みられる点てんについては、「杜撰ずさんな生活せいかつ」で借金しゃっきんを重かさねたXの性格せいかくを反映はんえいしただけであると指摘してきした。その上うえで犯行はんこうは家族かぞくの情愛じょうあいに漬つけ込こみ、手てっ取とり早ばやく金銭きんせん欲よくを満みたそうとする卑劣ひれつな犯罪はんざいであると主張しゅちょう、Aと同年代どうねんだいの子供こどもを持もつ親おやに与あたえた恐怖きょうふ心しんや社会しゃかいへの影響えいきょうも大おおきく、酌量しゃくりょうの余地よちはないとして、Xに懲役ちょうえき12年ねんを求刑きゅうけいした。一方いっぽうでXの弁護人べんごにんは最終さいしゅう弁論べんろんで、犯行はんこうは借金しゃっきんのために追おい詰つめられたことによるもので計画けいかく性せいはなく、絶望ぜつぼう的てきな状況じょうきょうでおよんだものであると主張しゅちょう、さらにXが深ふかく反省はんせいしていることも情状じょうじょうとして挙あげ、寛大かんだいな判決はんけつを求もとめた。

1996年ねん（平成へいせい8年ねん）2月がつ15日にちに判決はんけつ公判こうはんが開ひらかれ、札幌さっぽろ地裁ちさい（木村きむら烈れつ裁判さいばん長ちょう）はXを懲役ちょうえき9年ねんの実刑じっけいに処しょす判決はんけつをい渡いわたした。同どう地裁ちさいは判決はんけつ理由りゆうで、Xの「強盗ごうとうのつもりが、たまたま相手あいてが女学生じょがくせいだったので誘拐ゆうかいになった。犯行はんこうは偶発ぐうはつ的てきなものだった」とする主張しゅちょうを「不合理ふごうりな弁解べんかい」として退しりぞけ、Aに金品きんぴんを要求ようきゅうしていなかった点てんや、拉致らち現場げんばも多額たがくの現金げんきんを持もつ人物じんぶつの通行つうこうが期待きたいできなかった点てんから、犯行はんこうの計画けいかく性せいは強つよく推認できるとして、当初とうしょから拉致らちが目的もくてきだった可能かのう性せいが高たかいと認定にんていした。その上うえで、犯行はんこう動機どうきは一攫千金いっかくせんきんを狙ねらった身勝手みがってなものであり、被害ひがい者しゃであるAや彼女かのじょの家族かぞく、また地域ちいき社会しゃかいだけでなく、広ひろく学校がっこうに通かよう子こどもやその家族かぞくに与あたえた衝撃しょうげきも重大じゅうだいであると評ひょうした。特とくにAについては「生命せいめいを奪うばわれるのではないか」という極度きょくどの不安ふあんや恐怖きょうふに晒さらされ、「将来しょうらいにわたる癒いやしがたい精神せいしん的てき衝撃しょうげきを受うけた」と言及げんきゅうし、XにはAを解放かいほうする機会きかいが多々たたあったにもかかわらず、娘むすめを心配しんぱいするAの両親りょうしんの心情しんじょうを逆手さかてに取とり、莫大ばくだいな身代金みのしろきんを要求ようきゅうしたことは悪質あくしつ極きわまるものであると評ひょうした。その上うえで、監禁かんきん中ちゅうのAに食事しょくじを与あたえるなど最低限さいていげんの人間にんげん的てきな配慮はいりょをしていた点てん、Aが無事ぶじ保護ほごされた点てんなどを考慮こうりょしても刑事けいじ責任せきにんは重大じゅうだいであると述のべた。Xは控訴こうそしない意向いこうを示しめし、同どう判決はんけつは1998年ねん1月がつまでに確定かくていしている。

事件じけん後ご

Aが通学つうがくしていた高校こうこうは事件じけんを受うけ、夜よるの通学つうがく路ろが暗くらいことを問題もんだい視しし、通学つうがく路ろの緊急きんきゅう調査ちょうさを行おこなう方針ほうしんを決きめた。

被害ひがい者しゃAのその後ご

Aは事件じけん後ご、家族かぞくに対たいし「恐おそろしかったけど、ご飯はんもちゃんと食たべさせてくれたし、乱暴らんぼうされることもなかったので頑張がんばれた」と話はなしていた。

Aは事件じけん前まえは将来しょうらいの夢ゆめとして小学校しょうがっこう教諭きょうゆを志こころざしていたが（前述ぜんじゅつ）、高校こうこう2年生ねんせいの時ときに警察官けいさつかんになることを決意けついし、1997年ねん（平成へいせい9年ねん）9月がつには北海道ほっかいどう警察けいさつの女性じょせい警察官けいさつかん採用さいよう試験しけん（倍率ばいりつ25.6倍ばい）を受験じゅけん、同年どうねん11月がつに最終さいしゅう合格ごうかく通知つうちを受うけた。Aの母親ははおやは、娘むすめが家いえに帰かえってきた際さいに「私わたし、婦人ふじん警官けいかんになろうかな」とつぶやいていたのを覚おぼえていた。Aは『読売新聞よみうりしんぶん』の取材しゅざいを受うけた際さい、それまで警察けいさつは「厳きびしいところ」だと思おもっていたが、事件じけん後ごに刑事けいじの知しり合あいができてイメージが変かわり、事情じじょう聴取ちょうしゅの際さいにジュースを買かってもらったりなど親身しんみに接せっしてもらえたこと、また警察けいさつ側がわのアフターケア（取とり調しらべを短時間たんじかんにする、事件じけん後ごに進路しんろ相談そうだんに乗のるなど）を踏ふまえ、「さりげない優やさしさに助たすけられた」と話はなしている。誘拐ゆうかい事件じけんの被害ひがい者しゃが事件じけん後ごに警察官けいさつかんになることは当時とうじ、日本にっぽんで初はつの出来事できごとだった。Aは1998年ねん4月がつ1日にち付づけで北海ほっかい道警どうけいの警察官けいさつかんとして採用さいようされ、同月どうげつ7日にちに開ひらかれた道みち警察けいさつ学校がっこうの入校にゅうこう式しきに出席しゅっせきした後のち、警察けいさつ署しょで被害ひがい者しゃの役やくに立たつ仕事しごとをすることや、将来しょうらい刑事けいじになることを目標もくひょうとして語かたっている。また『東京とうきょう新聞しんぶん』や『女性じょせいセブン』では、以下いかのようなAの言葉ことばが紹介しょうかいされている。

多おおくの警察官けいさつかんと接せっして素晴すばらしい心遣こころづかいに心しんを打うたれ、警察官けいさつかんになろうと思おもった。何なによりも被害ひがい者しゃのために役立やくだつ仕事しごとがしたい。 — A、『東京とうきょう新聞しんぶん』 (1998)

「大おおきな事件じけんだけでなく、小ちいさな事件じけんでも被害ひがいにあった人ひとは大勢おおぜいいますよね。そういう人ひとたちの心しんが安やすらぐようなことが少すこしでもできたら…と思おもいます。そしてこれからは自分じぶんの身みは自分じぶんで守まもるようにしたい」 — A、『女性じょせいセブン』 (1998)

このAの選択せんたくについて、事件じけん当時とうじ北きた署長しょちょうとして捜査そうさに携たずさわった里さと幸夫ゆきお（当時とうじは道警どうけい函館はこだて方面ほうめん本部ほんぶ長ちょう）は「（誘拐ゆうかいという）大変たいへんな経験けいけんを糧かてに、立派りっぱな婦人ふじん警官けいかんとして活躍かつやくしてほしい」と、またAの母親ははおやは「失敗しっぱいもあるだろうけど、あの子こにはほかの人ひとが遭遇そうぐうしたことのない経験けいけんがある。それを少すこしでも生いかせるよう頑張がんばってほしいです」と語かたっている。

評価ひょうか

猪瀬いのせ直樹なおきは本ほん事件じけんについて、通常つうじょうの身代金みのしろきん目的もくてき誘拐ゆうかい（知能犯ちのうはんで、身代金みのしろきん要求ようきゅうも理詰りづめで行おこなう）とは異ことなり、犯人はんにんは精神せいしん的てきに正常せいじょうではなかったという可能かのう性せいを指摘してきした上うえで、下手へたに公開こうかい捜査そうさを見送みおくり続つづけていればかえって犯人はんにんを心理しんり的てきに追おい詰つめ、Aの身みに危険きけんがおよんでいた可能かのう性せいもあったとして、早期そうきの公開こうかい捜査そうさに踏ふみ切きった道警どうけいの姿勢しせいを評価ひょうかした上うえで、そのような判断はんだんには坂本さかもと堤つつみ弁護士べんごし一家いっか殺害さつがい事件じけんで徹底的てっていてきな捜査そうさを行おこなわなかったことに対たいする反省はんせいが影響えいきょうしているかもしれないと評ひょうした。一方いっぽうで刑事けいじ事件じけんに詳くわしい弁護士べんごしの笹森ささもり学まなぶ（札幌さっぽろ弁護士べんごし会かい）は、公開こうかい捜査そうさは本来ほんらい事件じけんが長期ちょうき化かした場合ばあい、犯人はんにんを特定とくていするために最終さいしゅう段階だんかいで行おこなうものであり、被害ひがい者しゃが生存せいぞんしている場合ばあいは非常ひじょうに危険きけんを伴ともなうとしてその判断はんだんに疑義ぎぎを呈ていし、道警どうけいは想定そうていしていた犯人はんにん像ぞう、公開こうかいに踏ふみ切きった理由りゆう・経緯けいいなどを明あきらかにする必要ひつようがあると指摘してきした。

『北海道新聞ほっかいどうしんぶん』は本ほん事件じけんについて、捜査そうさ本部ほんぶによる公開こうかい捜査そうさ開始かいしの判断はんだんが早はやすぎたのではないかとの声こえが上あがっていることについて言及げんきゅうした一方いっぽう、事件じけんの状況じょうきょう（犯人はんにん側がわからの連絡れんらくが指定してい時刻じこくになってもなかったこと、現場げんばに争あらそった跡あとがあったことなど）からその判断はんだん自体じたいは「捜査そうさの常道じょうどう」に則のっとったものであったと評ひょうした上うえで、同どう時期じきに発生はっせいした八王子はちおうじスーパー強盗ごうとう殺人さつじん事件じけん（犯人はんにんが一挙いっきょに被害ひがい者しゃ3人にんを射殺しゃさつした）や函館はこだて空港くうこうハイジャック事件じけんなどのように、従来じゅうらいの犯行はんこう手口てぐちとは異質いしつな荒あらっぽい手口てぐちの犯行はんこうに走はしる者ものがいたことも挙あげ、それまでの常識じょうしきとは異ことなる短絡たんらく的てきな犯罪はんざいが発生はっせいする可能かのう性せいは考慮こうりょした方ほうが良よいと評ひょうした。またXの犯行はんこう動機どうき（バブル崩壊ほうかいの影響えいきょうで請うけ負おった工事こうじの代金だいきんが入金にゅうきんせず、借金しゃっきんに苦くるしんでいた）や、同年どうねんの北海道ほっかいどう内ないでタクシー強盗ごうとう・コンビニ強盗ごうとうなどの短絡たんらく的てき犯罪はんざいが相次あいついでいたことを踏ふまえ、Xのように追おい詰つめられた心理しんりにいた者しゃたちに対たいし呼よび掛かけるような形かたちで、同年どうねんに道内どうないで発生はっせいした凶悪きょうあく事件じけんのほとんどが解決かいけつしていることについて言及げんきゅうしている。

北海道新聞社ほっかいどうしんぶんしゃ写真しゃしん部長ぶちょうの谷たに博ひろしは、自社じしゃを含ふくめてどの新聞しんぶんでも犯人はんにんXの顔写真かおじゃしんが報ほうじられてないことを挙あげ、営利えいり誘拐ゆうかい事件じけんで逮捕たいほされた被疑ひぎ者しゃの顔写真かおじゃしんが報ほうじられない事例じれいはかつてなかったのではないかと指摘してき、犯罪はんざい被疑ひぎ者しゃの人権じんけんを重視じゅうしする風潮ふうちょうから「容疑ようぎ者しゃは〔顔写真かおじゃしんを〕撮とらなくてもいい」という風潮ふうちょうが発生はっせいしているのではないかと評ひょうした上うえで、凶悪きょうあく犯罪はんざいの取材しゅざいをし、被疑ひぎ者しゃの顔写真かおじゃしんを報ほうじることは新聞しんぶんの使命しめいではないかとも述のべている。

北海ほっかい道警どうけいは1987年ねん（昭和しょうわ62年ねん）に発生はっせいした上磯かみいそ沖おきの保険ほけん金きん殺人さつじん事件じけんや、本ほん事件じけんと同おなじ1995年ねんに発生はっせいした函館はこだて空港くうこう全日空ぜんにっくうジャンボ機じゃんぼきハイジャック事件じけんと並ならび、本ほん事件じけんを「全国ぜんこく的てきに道みち警察けいさつの真価しんかが問とわれる事件じけん」と位置いちづけている。

事件じけん後ごのAについて

『読売新聞よみうりしんぶん』は、同種どうしゅの事件じけんで被害ひがい者しゃの多おおくが直接ちょくせつの被害ひがいだけでなく「精神せいしん的てきショック」「捜査そうさや裁判さいばんの精神せいしん的てき、時間じかん的てき負担ふたん」「世間せけんの目めに晒さらされることによるストレス」などの二に次じ被害ひがいを受うけていることについて言及げんきゅうした上うえで、本ほん事件じけんについては捜査そうさ当時とうじから解決かいけつ後ごまでAを匿名とくめいで発表はっぴょうし続つづけていた（実名じつめい報道ほうどうがされなかった）こと、解決かいけつ後ごに捜査そうさ員いんたちが事情じじょう聴取ちょうしゅを可能かのうな限かぎり短時間たんじかんで済すませたり、捜査そうさ終了しゅうりょう後ごもAに親身しんみに接せっしたりしたことを挙あげ、Aが警察けいさつに対たいする信頼しんらいを抱いだくようになったことを指摘してきし、被害ひがい者しゃ対策たいさくの面めんで学まなぶべき教訓きょうくんが多おおいと評ひょうした。その一方いっぽうで、1997年ねん（平成へいせい9年ねん）に開設かいせつされた「北海道ほっかいどう被害ひがい者しゃ相談そうだん室しつ」に対たいし、男性だんせい警官けいかんによる事情じじょう聴取ちょうしゅで屈辱くつじょくを感かんじたり「合意ごういの行為こういではないか」と聞きかれて落おち込こんだりなど、警察けいさつの捜査そうさによる二に次じ被害ひがい（セカンドレイプ）を受うけた犯罪はんざい被害ひがい者しゃの声こえが複数ふくすう寄よせられていることなどにも言及げんきゅうした上うえで、被害ひがい者しゃの心しんをケアするためには専門せんもんスタッフを充実じゅうじつさせ、カウンセリング技術ぎじゅつなどを備そなえた民間みんかん人じんなどの参加さんかなども検討けんとうする必要ひつようがあると指摘してきした。

「日本にっぽん被害ひがい者しゃ学会がっかい」理事りじ長ちょうの宮澤みやざわ浩一こういち（中央大学ちゅうおうだいがく教授きょうじゅ）は、凶悪きょうあく事件じけんの被害ひがい者しゃが警察官けいさつかんになることは欧米おうべいでも珍めずらしい出来事できごとであると評ひょうしている。また、警察けいさつが被害ひがい者しゃ支援しえんのシステムを全国ぜんこくに普及ふきゅうさせていた当時とうじの動向どうこうを踏ふまえ、スタッフの充実じゅうじつが今後こんごの課題かだいになっているとも評ひょうしていた。

参考さんこう文献ぶんけん

• 新聞しんぶん写真しゃしん研究けんきゅう会かい「現代げんだい新聞しんぶん写真しゃしん論ろん＜連載れんさい第だい8回かい＞ 地元じもとの生なまニュースをカラーで――地方ちほう紙しの新聞しんぶん写真しゃしん」『新聞しんぶん研究けんきゅう』第だい539号ごう、日本にっぽん新聞しんぶん協会きょうかい、1996年ねん6月がつ1日にち、63-73頁ぺーじ、NDLJP:3361098/1/38。 
• 「悪夢あくむを希望きぼうに変かえて 2年ねん7か月げつ前まえ、営利えいり誘拐ゆうかいの人質ひとじちとなった女子高じょしこう生せいが「他人たにんを守まもるために」と婦人ふじん警官けいかんの使命しめいに燃もえて社会しゃかいへ旅立たびだつ　「被害ひがい者しゃの心しんに安やすらぎを」が〔A〕さんの夢ゆめだ。」『女性じょせいセブン』第だい36巻かん第だい10号ごう、小学館しょうがくかん、1998年ねん3月がつ12日にち、246-248頁ぺーじ。 
• 北海道ほっかいどう警察けいさつ史し編集へんしゅう委員いいん会かい 編へん『昭和しょうわ後期こうき・平成へいせい初期しょき編へん』 三さん、北海道ほっかいどう警察けいさつ本部ほんぶ〈北海道ほっかいどう警察けいさつ史し〉、1999年ねん3月がつ31日にち。doi:10.11501/2987682。 NCID BN05945986。NDLJP:2987682。 

関連かんれん項目こうもく

• 被害ひがい者しゃ学がく