郷土きょうど史し

郷土きょうど史し（きょうどし、英えい: Local history）とは、ある一いち地方ちほうの歴史れきしを調査ちょうさ・研究けんきゅうしていく歴史れきし学がくや刊行かんこう物ぶつ。郷土きょうど史しの研究けんきゅう者しゃを郷土きょうど史家しかまたは郷土きょうど史し研究けんきゅう家かと呼よぶ。

日本語にほんごの「郷土きょうど」の語かたり自体じたいは、中国ちゅうごくの古典こてん『列れつ子こ』『晋すすむ書しょ』に淵源えんげんをもつ漢語かんごである。

欧州おうしゅうの郷土きょうど史学しがく

教育きょういく学者がくしゃであるヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチは、目的もくてき論ろん的てき立場たちばと方法ほうほう論ろん的てき立場たちばの2つの方向ほうこう性せいから郷土きょうどに関かんして論ろんじた。このうち目的もくてき論ろん的てき立場たちばを継承けいしょうしたのがエドゥアルト・シュプランガーであり、多義たぎ的てきであった郷土きょうど概念がいねんに教育きょういく学がく的てき意義いぎを与あたえたといわれている。

第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせんに敗やぶれた後のちのドイツ（ヴァイマル共和きょうわ政せい）では国家こっか復興ふっこうの気力きりょくの養成ようせいとして郷土きょうど科か（ハイマートクンデ、Heimatkunde）が設もうけられた。郷土きょうど科かはヴァイマル期き初期しょきに設置せっちされた基礎きそ学校がっこうの科目かもくの一ひとつである。しかし、1960年代ねんだい後半こうはんから1970年代ねんだい初頭しょとうの教育きょういく改革かいかく論議ろんぎにおいて、それまでの郷土きょうど科か教育きょういくは非ひ現代げんだい的てきな教育きょういく内容ないよう、不合理ふごうりな郷土きょうど概念がいねん像ぞう、自然しぜん科学かがくとの貧弱ひんじゃくな繋がかりなどが批判ひはんを受うけた。

日本にっぽんの郷土きょうど史学しがく

日本にっぽんの学校がっこう教育きょういくでは1881年ねん（明治めいじ14年ねん）の小学校しょうがっこう教則きょうそく要綱ようこう地理ちり科かで初はじめて「郷土きょうど」の語かたりが使用しようされた。さらに大正たいしょう時代じだいには郷土きょうど科かが設置せっちされたが、本格ほんかく的てきな郷土きょうど教育きょういくは1929年ねん（昭和しょうわ4年ねん）に始はじまった。当時とうじの日本にっぽんは昭和しょうわ恐慌きょうこうの直後ちょくごで、ドイツの郷土きょうど科かを参考さんこうに農村のうそんの自立じりつ更生こうせいを目的もくてきとした郷土きょうど教育きょういくが強調きょうちょうされた。

太平洋戦争たいへいようせんそう後ご、排他はいた的てきな愛国あいこく教育きょういくとの結むすびつきに対たいする反省はんせいから、郷土きょうど史しは社会しゃかい科かという教科きょうかの中なかで組くみ込こまれた。昭和しょうわ40年代ねんだいになると高度こうど経済けいざい成長せいちょうとともに客観きゃっかん的てきな知識ちしきの習得しゅうとくが推奨すいしょうされるようになり、小・中学校しょうちゅうがっこう社会しゃかい科か『学習がくしゅう指導しどう要領ようりょう』でも「郷土きょうど」が曖昧あいまいな概念がいねんとして避さけられ「地域ちいき」に置おき換かえられるようになった。このような動うごきのほか「郷土きょうど」は流動的りゅうどうてきで曖昧あいまいな概念がいねんで避さけるべきという郷土きょうど回避かいひ論ろんもみられた。しかし、郷土きょうどを出発しゅっぱつ点てんとして、様々さまざまな教科きょうかに発展はってんさせようと試こころみる「郷土きょうど教育きょういく」は残のこり続つづけている。

現在げんざい、全国ぜんこく各地かくちに「○×郷土きょうど史し研究けんきゅう会かい」「○×地方ちほう史し研究けんきゅう会かい」「○×地域ちいき史し研究けんきゅう会かい」と名乗なのる研究けんきゅう団体だんたいが多数たすう存在そんざいするが、名称めいしょうの違ちがいはその会かいが成立せいりつした時期じきによることが多おおく、研究けんきゅう内容ないよう、目的もくてき、手法しゅほうが違ちがうということはあまりない。また、それらの会かいの多おおくは、地方ちほう大学だいがくの歴史れきし学者がくしゃが主体しゅたいとなり、その教おしえ子ごの地元じもと社会しゃかい科か教員きょういん、学生がくせい、地方ちほう公共こうきょう団体だんたいの社会しゃかい教育きょういく担当たんとう職員しょくいん、地方ちほう博物館はくぶつかん学芸がくげい員いんなどが構成こうせい員いんとなっていることが多おおい。また、これらの研究けんきゅう者しゃや研究けんきゅう会かいが自治体じちたい史し、小学校しょうがっこうの社会しゃかい科かで使用しようされる地域ちいき副読本ふくどくほんなどの編纂へんさん、執筆しっぴつを行おこなっていることが多おおい。

問題もんだい点てん

研究けんきゅう成果せいかの信憑しんぴょう性せい

在野ざいやの郷土きょうど史家しかは、研究けんきゅう上じょうのルールを理解りかいしていなかったり、学術がくじゅつ研究けんきゅうに必要ひつような能力のうりょくを欠かいていたりする者ものが多おおく、その研究けんきゅう成果せいかが疑問ぎもん視しされる場合ばあいも少すくなくない。

馬うま部ぶ隆弘たかひろは在野ざいやの郷土きょうど史家しかからのTweetを分析ぶんせきし、「議論ぎろんに根拠こんきょがない」「史料しりょうの一部分いちぶぶんしか読よめていない」「批判ひはんと誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうを理解りかいしていない」「歴史れきし研究けんきゅうでありながら、くずし字じの読解どっかい能力のうりょくがない」といった問題もんだい点てんを抽出ちゅうしゅつした。

富山大学とやまだいがくの大野おおの圭介けいすけは、日本にっぽん古代こだいの郷土きょうど史し研究けんきゅうを例れいに取とり、信憑しんぴょう性せいのない研究けんきゅうの特徴とくちょうとして「著者ちょしゃが雑誌ざっしに発表はっぴょうした論文ろんぶんがない」「著者ちょしゃがその分野ぶんやについて専門せんもん的てきに学まなんだ経験けいけんがない」「やたらセンセーショナルな文句もんくが多おおい」「論調ろんちょうが攻撃こうげき的てきである」「引用いんよう文献ぶんけんがない」といった事例じれいを挙あげ、「そのような信用しんようできない"研究けんきゅう成果せいか"は単たんなる「研究けんきゅうごっこ」に過すぎない」と批判ひはんし、「（未熟みじゅくなアマチュアは）史料しりょうを読よむための『技術ぎじゅつ』を習得しゅうとくしないまま、いきなり大だいそれたことをしようとする」「大半たいはんのアマチュアは『プロが積つんだ努力どりょくを軽蔑けいべつし、自分勝手じぶんがってなルールを振ふりかざす』から（プロの学者がくしゃから）無視むしされる」と述のべている。

白峰しらみね旬しゅんは、ある郷土きょうど史家しかの自費じひ出版しゅっぱん物ぶつを例れいに取とり、「史料しりょうの原文げんぶんを誤読ごどくしている箇所かしょや、史料しりょうの内容ないようを現代げんだい語ご訳やくして解説かいせつを加くわえる際さいに恣意しい的てきな拡大かくだい解釈かいしゃくをした箇所かしょがあり、見解けんかいとして成立せいりつしない点てんが多おおくあること」「特とくに新説しんせつを発表はっぴょうする際さいは、どこまでが先行せんこう研究けんきゅうで指摘してきされていることで、どこからが自身じしんのオリジナルの考かんがえ（新説しんせつ）なのかを線引せんひきして提示ていじする必要ひつようがあるが、それが出来できていないこと」などの問題もんだい点てんを指摘してきしている。

学術がくじゅつ的てきな裏付うらづけがない郷土きょうど史し研究けんきゅうが「ロマンがある」などの理由りゆうから大々的だいだいてきに取とり上あげられ、地域ちいきの宣伝せんでんや町まちおこしのために利用りようされている事例じれいも確認かくにんされている。馬うま部ぶ隆弘たかひろは、自身じしんの体験たいけん談だんとして、かつて大阪おおさか府ふ枚方ひらかた市しが発行はっこうした小学校しょうがっこう副読本ふくどくほんの内容ないように偽にせ史しが含ふくまれると指摘してきしたところ、編集へんしゅう担当たんとう者しゃに「史実しじつでなくてもいいから、子供こどもたちが地元じもとの歴史れきしに関心かんしんを持もつことのほうが大事だいじ」と返答へんとうされたと述のべた。

一方いっぽうで、小しょう二田ふただ誠二せいじは、郷土きょうど史しは「科学かがく的てきな検証けんしょうに耐たえられないものも含ふくめて、そこに生いきる人ひとたちのアイデンティティの表出ひょうしゅつである」と定義ていぎし、「史実しじつの検証けんしょうは大事だいじだけれど、そこに「正ただしい学問がくもん」の介入かいにゅうできない領域りょういきが存在そんざいすること」を認みとめておくことが重要じゅうようと述のべている。

自治体じちたい史しにおける著作ちょさく権けん

地元じもとの歴史れきしを、地方自治体ちほうじちたいやその教育きょういく委員いいん会かいが自治体じちたい史しとして刊行かんこうすることも多おおく、市町村しちょうそん合併がっぺいや研究けんきゅうの進展しんてん、現代げんだいまでの時代じだい経過けいかを反映はんえいさせるため数すう十じゅう年ねんを経へて改定かいていされることもある。自治体じちたいが執筆しっぴつ者しゃに著作ちょさく権けんの譲渡じょうとを求もとめて反対はんたいされたり、古ふるい自治体じちたい史しでは著作ちょさく権けんの所在しょざいが不明ふめいになっていたりする問題もんだいが起おきている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 原田はらだ信之のぶゆき「ドイツの初等しょとう学校がっこうにおける郷土きょうど科かから事実じじつ教授きょうじゅへの教科きょうかの批判ひはん的てき改編かいへんについて」『日本にっぽん教育きょういく学会がっかい大會たいかい研究けんきゅう発表はっぴょう要項ようこう』第だい54巻かん、1995年ねん、200-201頁ぺーじ。 
• 花輪はなわ由樹ゆき「住すまいの教育きょういくにおける「名なづける郷土きょうど」と「名なづけられた郷土きょうど」の共存きょうぞんに関かんする考察こうさつ」『日本にっぽん建築けんちく学会がっかい計画けいかく系けい論ろん文集ぶんしゅう』第だい80巻かん第だい712号ごう、2015年ねん、1445-1451頁ぺーじ。 
• 馬うま部ぶ隆弘たかひろ『椿井つばい文書ぶんしょ：日本にっぽん最大さいだい級きゅうの偽にせ文書ぶんしょ』中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ〈中公新書ちゅうこうしんしょ〉、2020年ねん3月がつ。ISBN 978-4-12-102584-5。 

関連かんれん項目こうもく

• 日本にっぽんの郷土きょうど史家しか一覧いちらん
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