出典 しゅってん : フリー百科 ひゃっか 事典 じてん 『ウィキペディア(Wikipedia)』
黎明 れいめい (アル・ファラク 、アラビア語 ご : سورة الفلق )とは、クルアーン における第 だい 113番目 ばんめ の章 あきら (スーラ )。5つの節 ふし (アーヤ)から成 な る[1] 。井筒 いづつ 俊彦 としひこ は黎明 れいめい 章 しょう をマッカ啓示 けいじ 初期 しょき の代表 だいひょう 作 さく としているが[2] 、マッカ時代 じだい 最後 さいご 期 き の啓示 けいじ としているウィリアム・ミュア (英語 えいご 版 ばん ) や[3] 、マッカ啓示 けいじ もしくはメディナ啓示 けいじ であるとして啓示 けいじ 時期 じき を断定 だんてい していないジャラーラインなど[4] 、成立 せいりつ 時期 じき は諸説 しょせつ ある。章 あきら 題 だい は冒頭 ぼうとう の「黎明 れいめい の主 あるじ 」から取 と られており、ここで黎明 れいめい と訳 やく されているファラク (falaq)の意味 いみ は火 ひ 獄 ごく の牢屋 ろうや や大地 だいち の窪 くぼ み、朝 あさ など様々 さまざま な解釈 かいしゃく がなされている。falaqは裂 さ く、開 ひら くという意味 いみ のfuliqa (faaliqa)と同 おな じ語根 ごこん の語 かたり であり、家畜 かちく 章 あきら 第 だい 95節 せつ 「穀 こく 粒 つぶ や堅 かた い種子 しゅし を裂 さ き開 ひら く[5] 」などに用例 ようれい が見 み られる[6] 。
第 だい 112 - 114章 しょう の最後 さいご の3章 しょう は「ムアウウィザート」と総称 そうしょう される。中 なか でも、第 だい 113, 114章 しょう は「お縋 すが り申 もう す」の句 く で始 はじ まるため「お守 まも りの章 あきら 」もしくは双 そう 数 すう 形 がた で「ムアウウィザターン(神 かみ に保護 ほご を求 もと める2句 く )」と呼 よ ばれており、ハディース によって伝 つた えられるムハンマドの行動 こうどう に倣 なら って病気 びょうき の際 さい や就寝 しゅうしん 前 まえ に唱 とな えると功徳 くどく があるとされており、大衆 たいしゅう 的 てき な信仰 しんこう においても実践 じっせん されている[7] [8] [9] 。また、この2つの章 しょう は非常 ひじょう に短 みじか い祈祷 きとう 文 ぶん や呪文 じゅもん のような性質 せいしつ を持 も ったスーラであったため、ウスマーン版 ばん 公定 こうてい クルアーン制定 せいてい 以前 いぜん のイブン・マスウード版 ばん ではクルアーンに含 ふく まれていなかった[10] [4] 。
夜 よる の闇 やみ や呪 のろ い女 おんな 、妬 ねた み男 おとこ などからの厄 やく 災 わざわい を逃 のが れ、黎明 れいめい の王 おう であるアッラーフ に縋 すが るのだということを述 の べている非常 ひじょう に短 みじか い章 しょう である[11] 。黎明 れいめい 章 あきら および人々 ひとびと 章 あきら はユダヤ教徒 きょうと の魔術 まじゅつ 師 し ラビード・ブン・アル=アゥサムがムハンマドに魔術 まじゅつ をかけた際 さい に啓示 けいじ された章 あきら であり、アッラーフより啓示 けいじ されたこの2つの章 しょう を読 よ み上 あ げることでムハンマドは呪 のろ いから逃 のが れることができたとされている[4] 。第 だい 113章 しょう は黎明 れいめい という章 あきら 題 だい ではあるものの書 か かれているものはむしろ闇 やみ の光景 こうけい であり、人間 にんげん の世界 せかい が暗 くら いからこそ黎明 れいめい の王 おう であるアッラーフに救 すく いを求 もと めるのだという対比 たいひ がなされている[12] 。古代 こだい セム族 ぞく の世界 せかい では人間 にんげん の世 よ はこのような闇 やみ の世界 せかい であると考 かんが えており、ヘブライ語 ご 聖書 せいしょ の詩篇 しへん にも共通 きょうつう する世界 せかい 観 かん となっている[13] 。黎明 れいめい という語 かたり は単 たん なる光 ひかり ではなく暗 くら い世界 せかい に差 さ し込 こ んだ一筋 ひとすじ の光 ひかり を指 さ ししており、これは闇 やみ の世界 せかい から明 あか るい世界 せかい への変革 へんかく を暗示 あんじ する語句 ごく でもある[14] 。
第 だい 2節 せつ から第 だい 5節 せつ において記 しる されている「悪 あく 」は道徳 どうとく 的 てき 、倫理 りんり 的 てき な悪 あく ではなく闇 やみ の世界 せかい に渦巻 うずま く呪 のろ いのような悪 あく を指 さ ししている[15] 。第 だい 3節 せつ の「夜 よる の闇 やみ 」と訳 やく されているghāsiqの語 かたり の意味 いみ には諸説 しょせつ あり、月食 げっしょく 時 じ の月 つき や沈 しず んだ太陽 たいよう 、太陽 たいよう が沈 しず んだ後 のち に訪 おとず れる夜 よる の闇 やみ 、プレアデス星団 せいだん などと解釈 かいしゃく される[6] 。第 だい 4節 せつ の「結 むす び目 め に息吹 いぶ きかける」とは、紐 ひも の結 むす び目 め を作 つく りそこに息 いき を吹 ふ きかけることで人 ひと を呪 のろ う呪術 じゅじゅつ であり、藁 わら 人形 にんぎょう に釘 くぎ を打 う ち込 こ むことで人 ひと を呪 のろ う日本 にっぽん の丑 うし の刻参 ときまい り と類似 るいじ したものである[16] 。ユダヤ教徒 きょうと の魔術 まじゅつ 師 し ラビードがムハンマドに魔術 まじゅつ をかけた際 さい には、ムハンマドの頭髪 とうはつ を11個 いっこ の結 むす び目 め を作 つく った紐 ひも と11つの針 はり を刺 さ した蝋 ろう 人形 にんぎょう と共 とも にナツメヤシの実 み の中 なか に入 い れて井戸 いど の底 そこ の石 いし の下 した に隠 かく し、魔術 まじゅつ をかけたとされている[4] 。第 だい 5節 せつ の「嫉妬 しっと 心 しん 」は、古代 こだい においては人間 にんげん の感情 かんじょう としての単 たん なる嫉妬 しっと 心 しん に留 と まらず、嫉妬 しっと した相手 あいて に呪 のろ いをかけるという呪術 じゅじゅつ 的 てき な意味 いみ も含意 がんい している[17] 。そして第 だい 2節 せつ において、そのような「悪 あく 」を作 つく ったのもまたアッラーフであると記 しる されている[18] 。
冒頭 ぼうとう の「お縋 すが り申 もう す (aʿūḏu)」は開 ひらき 端 はし 章 あきら 第 だい 5節 せつ の「救 すく いを求 もと める (iyā-ka nasta'īn)」と同義 どうぎ であるが、iyā-ka nasta'īnが理性 りせい 的 てき な含意 がんい を持 も つ語句 ごく であるのに対 たい してaʿūḏuは感情 かんじょう 的 てき な含意 がんい をもつ語句 ごく であり、神憑 かみがか り状態 じょうたい の巫 みこ 者 しゃ のようなシャーマニズム的 てき なお告 つ げの形態 けいたい を取 と っている[19] [20] 。クルアーンは全体 ぜんたい を通 とお して脚韻 きゃくいん をリズミカルに繰 く り返 かえ すサジュウ形式 けいしき の文体 ぶんたい を取 と っているがマッカ啓示 けいじ 初期 しょき の黎明 れいめい 章 しょう ではそれが特 とく によく現 あらわ れており、これを読 よ み上 あ げることで読 よ む者 もの も聞 き く者 もの も共 とも に自己 じこ 催眠 さいみん 的 てき に興奮 こうふん 状態 じょうたい に入 はい っていくとされ、黎明 れいめい 章 あきら はそのような興奮 こうふん 状態 じょうたい で展開 てんかい した内面 ないめん 世界 せかい を記述 きじゅつ したものであるとされる[21] 。
脚注 きゃくちゅう ・出典 しゅってん [ 編集 へんしゅう ]
ジュズウ (章 あきら ) 1〜13 (0 1-) 14 (15-) 15〜16 (17-) 17 (21-) 18〜25 (23-) 26〜27 (46-) 28 (58-) 29 (67-) 30 (78-) 関連 かんれん 項目 こうもく
太字 ふとじ ۩ の計 けい 14章 しょう =サジダ節 ぶし あり (22「巡礼 じゅんれい 」のみ2節 せつ で計 けい 15)。 *の計 けい 29章 しょう =章 あきら の冒頭 ぼうとう に神秘 しんぴ 文字 もじ あり。