出典 しゅってん : フリー百科 ひゃっか 事典 じてん 『ウィキペディア(Wikipedia)』
T7ファージ (バクテリオファージT7 、T7 、英 えい :Bacteriophage T7 )はポドウイルス科 か に属 ぞく し、二 に 本 ほん 鎖 くさり DNA をゲノム として持 も ち、大腸菌 だいちょうきん を宿主 しゅくしゅ とするバクテリオファージ の種 たね である。溶源化 か せずに必 かなら ず溶菌 ようきん サイクルを送 おく ると考 かんが えられている。T7ファージの持 も つRNAポリメラーゼ は転写 てんしゃ 速度 そくど が速 はや く、T7プロモーターに対 たい し高 たか い特異 とくい 性 せい を示 しめ すという特徴 とくちょう を持 も ち、タンパク質 たんぱくしつ 発現 はつげん 系 けい などに応用 おうよう されている。
T7ファージの構造 こうぞう の模 も 式 しき 図 ず 。gp10はカプシドタンパク質 しつ で外 そと 殻 から を形成 けいせい し、内部 ないぶ に二 に 本 ほん 鎖 くさり DNAのゲノムを保持 ほじ する。gp14、gp15、gp16はコアを形成 けいせい する。gp17は尾 お 部 ぶ の脚 あし を構成 こうせい する。(左 ひだり )ウイルスが大腸菌 だいちょうきん に付着 ふちゃく するとgp14、gp15、gp16は大腸菌 だいちょうきん の外 そと 膜 まく と内 うち 膜 まく を貫通 かんつう するチャネルを形成 けいせい し、菌 きん 体内 たいない へのゲノムDNAの通 とお り道 みち となる。(右 みぎ )
1945年 ねん に大腸菌 だいちょうきん を宿主 しゅくしゅ とするファージの基準 きじゅん 種 しゅ の一 ひと つとして定義 ていぎ されたT7ファージはポドウイルス科 か に属 ぞく するエンベロープ を持 も たないDNAウイルスで、正 せい 20面体 めんてい のカプシド の内部 ないぶ に、直 ちょく 鎖 くさり 状 じょう の2本 ほん 鎖 くさり DNAをゲノムとして持 も つ[ 1] [ 2] [ 3] 。カプシドの頭部 とうぶ と尾 お 部 ぶ を持 も ち、頭部 とうぶ の直径 ちょっけい は60 - 61nm、カプシドの厚 あつ さは2nmである[ 4] 。ゲノムは1983年 ねん に解読 かいどく されており[ 5] 、約 やく 40kbp の配列 はいれつ は55の遺伝子 いでんし を含 ふく む[ 3] 。必須 ひっす 遺伝子 いでんし は整数 せいすう の番号 ばんごう が付 つ けられており、必須 ひっす でない遺伝子 いでんし にはその相対 そうたい 的 てき な位置 いち を反映 はんえい する少数 しょうすう の番号 ばんごう が与 あた えられた。しかし現在 げんざい ではgp2.5、gp6.7、gp7.3が必須 ひっす な一方 いっぽう でgp7は必須 ひっす でないと考 かんが えられている[ 6] 。
gp1はDNA依存 いぞん 性 せい RNAポリメラーゼで、感染 かんせん 初期 しょき に大腸菌 だいちょうきん 由来 ゆらい RNAポリメラーゼによって転写 てんしゃ された後 のち 、それ以降 いこう のウイルス遺伝子 いでんし の転写 てんしゃ 、複製 ふくせい を担 にな う。gp5はDNAポリメラーゼ でDNAの複製 ふくせい を行 おこな う。gp10はフレームシフトによって2種類 しゅるい のタンパク質 たんぱくしつ をコードする遺伝子 いでんし で、カプシドの主成分 しゅせいぶん として外郭 がいかく を構成 こうせい する。gp14、gp15、gp16は複 ふく 合体 がったい を形成 けいせい して、内郭 ないかく を形成 けいせい する[ 1] 。また、これら3つのタンパク質 たんぱくしつ は同 おな じく構造 こうぞう タンパク質 たんぱくしつ であるgp6.7、gp7.3と共 とも に、感染 かんせん 時 じ に大腸菌 だいちょうきん の菌 きん 体内 たいない に挿入 そうにゅう される[ 4] 。gp17は尾 お 部 ぶ の付 つ け根 ね から伸 の びる尾 お 部 ぶ 繊維 せんい タンパク質 たんぱくしつ (tail fiber protein)で、3分子 ぶんし で一本 いっぽん の繊維 せんい を形成 けいせい し、これが6本 ほん 伸 の びている[ 7] 。
T7ファージの宿主 しゅくしゅ は大腸菌 だいちょうきん で特 とく にO抗原 こうげん が短 みじか いものに感染 かんせん する。生活 せいかつ 環 たまき は短 みじか く、37℃では17分 ふん で感染 かんせん が完了 かんりょう する[ 1] 。近 きん 縁 えん 種 しゅ には他 た の腸 ちょう 内 ない 細菌 さいきん に感染 かんせん するものもあるが、これまでにグラム陽性 ようせい 菌 きん に感染 かんせん するT7様 よう ファージが発見 はっけん されたことはない[ 1] [ 7] 。
溶菌 ようきん サイクルを送 おく るファージの生活 せいかつ 環 たまき は、大 おお きく吸着 きゅうちゃく 、侵入 しんにゅう 、DNA複製 ふくせい 、組 く み立 た てといったステージで構成 こうせい され、最終 さいしゅう 的 てき に細菌 さいきん の細胞 さいぼう 壁 かべ を破 やぶ る(溶菌 ようきん )ことで細胞 さいぼう 外 がい へ放出 ほうしゅつ される[ 6] 。ファージがgp17を大腸菌 だいちょうきん のLPS に付着 ふちゃく させることで吸着 きゅうちゃく すると、gp14、gp15、gp16が大腸菌 だいちょうきん の内 うち 膜 まく と外 そと 膜 まく を貫通 かんつう するチャネルを形成 けいせい する。gp15、gp16の働 はたら きによってゲノムDNAの端 はし がまず菌 きん 体内 たいない へ送 おく り込 こ まれ、それ以降 いこう は転写 てんしゃ によってDNAの侵入 しんにゅう が進 すす む[ 8] 。侵入 しんにゅう したDNAは大腸菌 だいちょうきん の持 も つ防御 ぼうぎょ 機構 きこう である制限 せいげん 酵素 こうそ やRecBCD による切断 せつだん を受 う けるが、gp0.3やgp5.9はこれを阻害 そがい する。同様 どうよう に細菌 さいきん の持 も つ獲得 かくとく 免疫 めんえき 機構 きこう であるCRISPR に対 たい してもT7ファージは対抗 たいこう する機構 きこう を持 も っている可能 かのう 性 せい が指摘 してき されている[ 6] 。
侵入 しんにゅう したDNAは転写 てんしゃ を受 う けるが、T7ファージの遺伝子 いでんし は感染 かんせん 時 じ の発現 はつげん するタイミングによって初期 しょき 遺伝子 いでんし 、中期 ちゅうき 遺伝子 いでんし 、後期 こうき 遺伝子 いでんし に分類 ぶんるい される。初期 しょき 遺伝子 いでんし は感染 かんせん 初期 しょき 段階 だんかい で大腸菌 だいちょうきん 由来 ゆらい のRNAポリメラーゼによって転写 てんしゃ される遺伝子 いでんし 群 ぐん である。この中 なか でT7 RNAポリメラーゼは唯一 ゆいいつ T7ファージの増殖 ぞうしょく に必須 ひっす となる。中期 ちゅうき 以降 いこう の遺伝子 いでんし は大腸菌 だいちょうきん 由来 ゆらい のRNAポリメラーゼではなく、T7 RNAポリメラーゼによって転写 てんしゃ される。一旦 いったん T7 RNAポリメラーゼが転写 てんしゃ されると、宿主 しゅくしゅ のRNAポリメラーゼはT7ファージ増殖 ぞうしょく の阻害 そがい 要因 よういん にしかならず、RNAポリメラーゼ のβ べーた 'サブユニットに結合 けつごう するgp2によってその機能 きのう が阻害 そがい される[ 1] 。また、T7ファージは自前 じまえ のタンパク質 たんぱくしつ を増殖 ぞうしょく に多用 たよう するため、宿主 しゅくしゅ 由来 ゆらい のタンパク質 たんぱくしつ をほとんど必要 ひつよう としない。T7ファージの増殖 ぞうしょく に必要 ひつよう な宿主 しゅくしゅ のタンパク質 たんぱくしつ は、RNAポリメラーゼを除 のぞ くと、DNAの複製 ふくせい 等 とう に必要 ひつよう なチオレドキシン と(デオキシ)シチジン1リン酸 さん キナーゼのみである[ 1] [ 7] 。
T7ファージのゲノム複製 ふくせい はゲノムの左端 ひだりはし から15%の位置 いち で開始 かいし し、双方向 そうほうこう 性 せい にDNAの複製 ふくせい が進行 しんこう する。この複製 ふくせい にはT7 DNAポリメラーゼに加 くわ え、T7 RNAポリメラーゼが必要 ひつよう である。大腸菌 だいちょうきん に感染 かんせん 後 ご 15分 ふん でT7ファージ由来 ゆらい のDNA分子 ぶんし は200倍 ばい に増幅 ぞうふく される[ 2] 。急速 きゅうそく なDNAの複製 ふくせい には多量 たりょう の基質 きしつ の確保 かくほ を必要 ひつよう とするが、T7ファージはこれを宿主 しゅくしゅ のゲノムDNAの分解 ぶんかい によって達成 たっせい している。gp3とgp6はそれぞれエンドヌクレアーゼ 活性 かっせい とエクソヌクレアーゼ 活性 かっせい を持 も っており、宿主 しゅくしゅ ゲノムの分解 ぶんかい を行 おこな う[ 6] 。
増幅 ぞうふく を経 へ てウイルス粒子 りゅうし となった娘 むすめ ウイルスは複数 ふくすう のタンパク質 たんぱくしつ を産 さん 生 む し、宿主 しゅくしゅ の細胞 さいぼう 膜 まく を破 やぶ り、菌 きん 体外 たいがい へ拡散 かくさん して次 つぎ の感染 かんせん 環 たまき を開始 かいし させる。ある種 しゅ の細菌 さいきん からT7様 よう のプロファージが見 み つかることはあるが、原則 げんそく 的 てき にT7ファージは溶源化 か を起 お こさないと考 かんが えられており、必 かなら ず溶菌 ようきん サイクルを送 おく る[ 7] 。
T7 RNAポリメラーゼ(青 あお )がDNA(オレンジ)を鋳型 いがた としてmRNA(緑 みどり )を合成 ごうせい する様子 ようす 。
1945年 ねん に大腸菌 だいちょうきん に感染 かんせん するファージとして定義 ていぎ されたT7ファージは、1969年 ねん に遺伝子 いでんし 地図 ちず が報告 ほうこく されて以来 いらい 、DNAの複製 ふくせい や転写 てんしゃ に関 かか わる酵素 こうそ が生化学 せいかがく 的 てき に解析 かいせき され、T7ファージは脚光 きゃっこう を浴 あ びた。T7ファージやそのタンパク質 たんぱくしつ は転写 てんしゃ の機構 きこう や、DNA複製 ふくせい 機構 きこう の解明 かいめい に利用 りよう されてきた他 ほか 、タンパク質 たんぱくしつ の発現 はつげん 系 けい やDNAシークエンシング 、ファージディスプレイ法 ほう などの様々 さまざま な研究 けんきゅう 手法 しゅほう に応用 おうよう されている[ 1] [ 2] [ 7] 。また、1945年 ねん に同定 どうてい される以前 いぜん にも1920年代 ねんだい に、デレーユ によって治療 ちりょう 目的 もくてき の研究 けんきゅう がなされていたと考 かんが えられている[ 1] [ 9] 。
T7ファージに由来 ゆらい するRNAポリメラーゼ 、T7 RNAポリメラーゼは転写 てんしゃ 速度 そくど が宿主 しゅくしゅ である大腸菌 だいちょうきん のRNAポリメラーゼに比 くら べ非常 ひじょう に速 はや く、また、T7プロモーターを特異 とくい 的 てき に認識 にんしき するという特徴 とくちょう を持 も つ[ 10] [ 11] 。T7プロモーターとT7 RNAポリメラーゼの特異 とくい 性 せい は高 たか い。T7ファージの近 きん 縁 えん にT3ファージ があり、両者 りょうしゃ のRNAポリメラーゼはアミノ酸 あみのさん 配列 はいれつ で82%の相 あい 同性 どうせい を示 しめ すが、両者 りょうしゃ のRNAポリメラーゼは互 たが いのプロモーターを利用 りよう できない[ 12] [ 13] 。このT7 RNAポリメラーゼの高 たか い特異 とくい 性 せい を応用 おうよう して分子生物学 ぶんしせいぶつがく の研究 けんきゅう においては、T7プロモーターとT7 RNAポリメラーゼを組 く み合 あ わせる、T7発現 はつげん 系 けい が外来 がいらい 遺伝子 いでんし の発現 はつげん 系 けい に応用 おうよう されている[ 10] [ 11] 。代表 だいひょう 例 れい が1985年 ねん [ 14] と1986年 ねん [ 15] に報告 ほうこく された系 けい を発展 はってん させた、大腸菌 だいちょうきん を宿主 しゅくしゅ とするpETシステムであり、この系 けい はタンパク質 たんぱくしつ の大量 たいりょう 発現 はつげん に用 もち いられる[ 16] 。
^ a b c d e f g h Häuser, R; Blasche, S; Dokland, T; Haggård-Ljungquist, E; von Brunn, A; Salas, M; Casjens, S; Molineux, I et al. (2012). “Bacteriophage Protein–Protein Interactions”. Bacteriophage protein-protein interactions . Advances in Virus Research. 83 . pp. 219–98. doi :10.1016/B978-0-12-394438-2.00006-2 . ISBN 9780123944382 . PMC 3461333 . PMID 22748812
^ a b c Richardson CC (1983). “Bacteriophage T7: minimal requirements for the replication of a duplex DNA molecule”. Cell 33 (2): 315-7. PMID 6344999 .
^ a b “T7virus ”. ViralZone. 2017年 ねん 10月 がつ 12日 にち 閲覧 えつらん 。
^ a b Kemp P, Garcia LR, Molineux IJ (2005). “Changes in bacteriophage T7 virion structure at the initiation of infection”. Virology 340 (2): 307-17. PMID 16054667 .
^ Dunn, J. J.; Studier, F. W. (1983). “Complete nucleotide sequence of bacteriophage T7 DNA and the locations of T7 genetic elements” . Journal of Molecular Biology 166 (4): 477–535. doi :10.1016/S0022-2836(83)80282-4 . PMID 6864790 . http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022283683802824 .
^ a b c d Qimron, Udi; Tabor, Stanley; Richardson, Charles C. (2010). “New Details about Bacteriophage T7-Host Interactions”. Microbe Magazine 5 (3): 117–122. doi :10.1128/microbe.5.117.1 . ISSN 1558-7452 .
^ a b c d e Molineux I (2006). “The T7 group”. The bacteriophages . The Oxford University Press. p. 277–301
^ Molineux IJ, Panja D (2013). “Popping the cork: mechanisms of phage genome ejection”. Nat Rev Microbiol 11 (3): 194-204. PMID 23385786 .
^ Molineux IJ (2006). “Fifty-three years since Hershey and Chase; much ado about pressure but which pressure is it?”. Virology 344 (1): 221-9. PMID 16364752 .
^ a b 廣瀬 ひろせ 遵 (1997). “T7ファージRNAポリメラーゼを利用 りよう した新 あたら しい外来 がいらい 遺伝子 いでんし 発現 はつげん 系 けい の開発 かいはつ ”. 生物 せいぶつ 工学 こうがく 75 (4): 282. NAID 110002951603 .
^ a b 東端 ひがしばた 啓 けい 貴 とうと (2013). “大腸菌 だいちょうきん を宿主 しゅくしゅ とした異種 いしゅ タンパク質 たんぱくしつ 高 だか 発現 はつげん のイロハ(生物 せいぶつ 工学 こうがく 基礎 きそ 講座 こうざ -バイオよもやま話 ばなし -)”. 生物 せいぶつ 工学 こうがく 91 (2): 96-100. NAID 110009597773 .
^ Raskin CA, Diaz G, Joho K, McAllister WT. (1992). “Substitution of a single bacteriophage T3 residue in bacteriophage T7 RNA polymerase at position 748 results in a switch in promoter specificity”. J Mol Biol 228 (2): 506-15. PMID 1453460 .
^ Bull JJ, Molineux IJ (2008). “Predicting evolution from genomics: experimental evolution of bacteriophage T7”. Heredity 100 (5): 453-63. PMID 18212807 .
^ Tabor S, Richardson CC (1985). “A bacteriophage T7 RNA polymerase/promoter system for controlled exclusive expression of specific genes” . Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 82 (4): 1074–8. PMC 397196 . PMID 3156376 . https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC397196/ .
^ Studier FW, Moffatt BA (1986). “Use of bacteriophage T7 RNA polymerase to direct selective high-level expression of cloned genes”. J. Mol. Biol. 189 (1): 113–30. PMID 3537305 .
^ Michael R. Green, Joseph Sambrook (2012). “Expressing Cloned Genes”. Molecular Cloning: A Laboratory Manual . 3 (4 ed.). Cold Spring Harbor Laboratory. pp. 1495. ISBN 1936113422