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WEST SIDE

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WEST SIDE
出身しゅっしん 日本の旗 日本にっぽん
ジャンル J-POP
活動かつどう期間きかん 2001ねん - 2003ねん
2010ねん
レーベル R&C Japan
共同きょうどう作業さぎょうしゃ 島田しまだ紳助しんすけ
布川ふかわ敏和としかずもとシブがきたい
メンバー ランディーズ
中川なかがわ貴志たかし高井たかい俊彦としひこ
キングコング
梶原かじはら雄太ゆうた西野にしのあきらひろ
ロザン
かん広文ひろふみ宇治うじばらぶんまわし
きゅうメンバー ライセンス井本いもと貴史たかし藤原ふじわら一裕かずひろ
SMAP

WEST SIDE(ウエストサイド)は、日本にっぽんダンスユニット。 吉本興業よしもとこうぎょう所属しょぞくわらいコンビであるランディーズキングコングロザンの3くみ結成けっせいされた。 島田しまだ紳助しんすけはじめてプロデュースしたユニットである。

概要がいよう

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関西かんさいテレビ放送ほうそうされていた「紳助しんすけ人間にんげんマンダラ」の企画きかくで、吉本興業よしもとこうぎょう所属しょぞく若手わかて芸人げいにんなかから「男前おとこまえ」を基本きほんとし、「うたっておどれる芸人げいにん発掘はっくつしよう」という島田しまだ紳助しんすけ発案はつあんのもとオーディションおこなった。合格ごうかくコンビは、ランディーズ、ロザン、ライセンスの3くみ

しかし、WEST SIDEのロケちゅう、ライセンスの井本いもと貴史たかしが、このグループへの加入かにゅう不満ふまん爆発ばくはつさせ、2人ふたりとも脱退だったい。そのわくに、当時とうじ吉本よしもと総合そうごう芸能げいのう学院がくいん(NSC)に在学ざいがくちゅうで、はやくも人気にんきほこっていたキングコングが加入かにゅう結成けっせい当初とうしょは、ランディーズの2人ふたりとロザン宇治うじばらは24さい、ロザンすがが23さい、キングコングの2人ふたりは19さいであった。当初とうしょ名前なまえは「男前おとこまえぐみ」。その沖縄おきなわアクターズスクール大阪おおさかこうでダンスレッスン、沖縄おきなわでの公演こうえん参加さんか。CDデビュー作曲さっきょく担当たんとうしたブラザー・コーンとの初対面しょたいめんさいに、かれ直感ちょっかんでひらめいたポーズ(両手りょうてかおまえひろげ、薬指くすりゆび中指なかゆび交差こうささせ、片手かたてでアルファベットのWのかたちつくる)の名前なまえり、グループめいを“WEST SIDE”と決定けっていする。初代しょだいプロデュースは、もとシブがきたい布川ふかわ敏和としかずおこなった。

2001ねん1がつに、シングル「WEST LOVE SHINE」(東芝とうしばEMI)でデビュー。プロモーションビデオ監督かんとくは、井筒いづつ和幸かずゆきつとめた。このシングルが、関西かんさいオリコンはつ登場とうじょう2記録きろくする。その人気にんきは、関西かんさいけんではジャニーズ事務所じむしょのタレントたち上回うわまわいきおいであった。その2ndシングル「Right Here, Right Now」、アルバム『WS』(ともにR&C Japan)、写真しゃしんしゅう角川書店かどかわしょてん)、DVDなどを発売はつばいし、Zepp Osakaでのライブもおこなった。2001ねん11月23にちには、ルミネtheよしもとでもライブをおこなった

関西かんさいばんSMAP』ともわしめるほどの人気にんきぶりに成長せいちょうした。

テレビでは「- 人間にんげんマンダラ」のほか、「大阪おおさかはつ元気げんきダッシュ!DOYAH」(NHK衛星えいせいだい)や「ゲンキ王国おうこく 〜GENKING〜」(関西かんさいテレビ)などにレギュラー出演しゅつえん2002ねん8がつには主演しゅえんドラマが放映ほうえいされた。

2003ねん9月12月特別とくべつ公演こうえん「〜ゲンキ王国おうこく外伝がいでん〜ウエストサイド・コメディ」を開催かいさいbase SUMMER SMILEで2002ねん、2003ねんに「WEST LOVE SHINE」をうたっている。

2003ねん10がつ9にち放送ほうそうの「アリ×アリ」(関西かんさいテレビないで「WEST SIDEの同窓会どうそうかい」を開催かいさいしている。

それ以降いこうは“WEST SIDE”としての活動かつどうく、3くみそれぞれの仕事しごと専念せんねんしている。なお、「わらっていいとも!増刊ぞうかんごう」でキングコング西野にしのが、「月刊げっかんコント増刊ぞうかんごう」でランディーズとロザンがダンスを披露ひろうしている。

2010ねん4がつ結成けっせい10周年しゅうねんとなり、12月30にちおこなわれた、ランディーズ高井たかいとテンダラー白川しらかわらが主催しゅさいする音楽おんがくイベント「ミュージックアワーおんじん年末ねんまつスペシャルinBIGCAT〜」で、1かぎりの復活ふっかつたした。

2012ねん2がつ29にち放送ほうそうの「はねるのトびら」(フジテレビ)のギリギリッスでキングコングとロザンが共演きょうえんして、Right Here, Right Nowのダンスを披露ひろうした。

2017ねん6がつ25にち高井たかいがランディーズの解散かいさん発表はっぴょう。WEST SIDEに在籍ざいせきしていたコンビがはじめて解散かいさんすることとなった。

2021ねん1がつ31にち西野にしの吉本興業よしもとこうぎょうとのマネジメント契約けいやく終了しゅうりょう。メンバーではじめて吉本興業よしもとこうぎょう退社たいしゃした。

わらいとアイドル

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当時とうじのグループないでも、ランディーズ高井たかいのように積極せっきょくてきなメンバーがいたなかで、キングコングのようなではなかったメンバーがいたのも事実じじつであった。梶原かじはらかんしては、グループないではだんトツのダンススキルにもかかわらず、このグループの活動かつどうたいして積極せっきょくてきではなかった。メンバーたちは、baseよしもとやほとんどの関西かんさいローカルに出演しゅつえんし、しかも漫才まんざいやコント、トークの実力じつりょく十分じゅうぶんにあったが、ここで活動かつどうちゅうときはファンから芸人げいにんではなくジャニーズ同様どうようアイドル目線めせんられており、当時とうじ梶原かじはらは「ファン(当時とうじ)はいままで(WEST SIDE加入かにゅうまえ)は真剣しんけん漫才まんざいいていたのにもかかわらず、WEST SIDE加入かにゅうおれらが漫才まんざいをするためにステージにった瞬間しゅんかん、キャーキャーと声援せいえんをし、(梶原かじはらは)一旦いったん注意ちゅういするが、漫才まんざい開始かいししても一向いっこう声援せいえんめないので『うるさい!』と注意ちゅういし、しずかになってから漫才まんざいはじめていた」と証言しょうげんしている。つまり、この当時とうじのキングコングのファンは、「漫才まんざい・コントが面白おもしろいから劇場げきじょうく」のではなく、「かっこいいWEST SIDEのメンバーであるキングコングをためく」というきゃく大半たいはんめていた。

また、デビューした2001ねんには、ちょうどM-1グランプリはじまり、ストイックなまでに漫才まんざい完成かんせいたかめる芸人げいにん評価ひょうかされる傾向けいこうつよくなり、舞台ぶたいがったと同時どうじにブーイングをけることもめずらしくなかった。その傾向けいこう当時とうじほどではないとはいえ、現在げんざいわっていない。

周囲しゅうい先輩せんぱい芸人げいにん後輩こうはい芸人げいにんも、あまりWEST SIDEの活動かつどうおもっていなかった。オフィス北野きたの所属しょぞく当時とうじ)の東京とうきょうダイナマイトは「もし麒麟きりん千鳥ちどりわらめしがいなければ(アイドルする一方いっぽうの)大阪おおさかわらいはわっていた。」とかたっており、東京とうきょうでもけっして好意こういてきにはめられていなかった。ぎゃくに、おなじbaseよしもとのメンバーだったフットボールアワーブラックマヨネーズは「うらやましかった」とっている。

しかし時間じかんつにつれ、キングコングの2人ふたりは、大阪おおさかかんむりラジオ番組ばんぐみにて、「いまやったらもう1かいしてもいい」とWEST SIDE復活ふっかつ示唆しさするような発言はつげんをしたことがある。とくに、WEST SIDEをいやがっていた西野にしのは、「やってもいい(やりたい)」と積極せっきょくてきになり、梶原かじはらも「いまやったらキャーキャーわれたい」と発言はつげんしており、両者りょうしゃともキャーキャーわれるのが芸人げいにん人気にんきかるひとつの手段しゅだんだった、とはなしている。また、梶原かじはら自身じしんのYoutubeのサブチャンネルおよびTOKYO SPEAKEASYで、W-inds.のたちばな慶太けいたとラジオをしたさい「はねるのトびらで東京とうきょうでコントを頑張がんばらなあかんのに、なんでおどってうたってやらなあかんねん。という気持きもちだった。」とはなしている。[1]

メンバー(解散かいさん

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詳細しょうさいかくメンバー【公式こうしきサイトじゅん】の項目こうもくなどを参照さんしょう

ランディーズ

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吉本よしもとしん喜劇きげき活動かつどうちゅう本業ほんぎょう以外いがいでもテレビドラマや映画えいがにそれぞれが出演しゅつえん高井たかいは、THE★RED STARというバンドに所属しょぞくしている。2007ねん吉本よしもとしん喜劇きげき正座せいざいんとして加入かにゅうはコンビ活動かつどう徐々じょじょ減少げんしょうしていたが、2017ねん6月25にち放送ほうそうの『やすとものどこいこ!?』(テレビ大阪てれびおおさか)に出演しゅつえんしたさい高井たかいがコンビを解散かいさんしていること発表はっぴょう[2]翌日よくじつには高井たかいが、あらためてTwitterにて解散かいさんしたこと報告ほうこくしている[3]。これによって、WEST SIDEに在籍ざいせきしていたコンビがはじめて解散かいさんすることとなった。

中川なかがわ貴志たかし

サブリーダーとして活躍かつやくしていた。ダンスは下手へたながらも、おじさんキャラであいされていた。WEST SIDE時代じだいはモテた、とのこと。しかし現在げんざいは、かげくなるほどふとり、本当ほんとうのおじさんようなルックスで、色々いろいろ番組ばんぐみでネタにされている。

高井たかい俊彦としひこ

リーダーとして活躍かつやくしていた。解散かいさんも、WEST SIDE復活ふっかつねらっている。吉本よしもとのイベントでは「ウエッサ〜イ!」とさけんでわらいをとることがある。

キングコング

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いちはや東京とうきょう進出しんしゅつたし、「はねるのトびら」を中心ちゅうしん若者わかもの人気にんきしゃに。梶原かじはらは、YouTuberカジサック」として活躍かつやくちゅう西野にしのは、絵本えほん作家さっか芸人げいにん並行へいこうして活躍かつやくちゅう

梶原かじはら雄太ゆうた
まえ運動うんどう神経しんけいで、見事みごとなダンスを披露ひろう。また、メンバー最高さいこう歌唱かしょうりょくそなえ、とくにラップを中心ちゅうしんうたっている。
西野にしのあきらひろ
かんならイケメンキャラとしてあつかわれていたが、ダンスと歌唱かしょうりょくくなく、とくにダンスにかんしては、ロザンすがやランディーズ中川なかがわのように、「ダンスがいつけなくて、苦手にがてえる」ではなく、練習れんしゅうちゅうはあまりにも特徴とくちょうてきなダンスを披露ひろうしていたため、「かれのダンスはおかしい」とわれていた。解散かいさん自身じしんのブログで「WEST SIDEががするほどきらいだった」とかたっているが、ラジオとうでは、「もう一度いちどやりたい」と発言はつげんすること多々たたある。メンバーとのなかい。

関西かんさい中心ちゅうしん活動かつどう。2008ねんごろからはあたまさをかし、東京とうきょうのクイズ番組ばんぐみQさま』『平成へいせい教育きょういく委員いいんかい』『今夜こんやはナゾトレ』など出演しゅつえん。コンビ共々ともども成績せいせき優秀ゆうしゅう

かん広文ひろふみ
イケメンキャラとして人気にんきあつめつつも、多少たしょう不器用ぶきようなため、苦手にがてなダンスをなん練習れんしゅうしていた。
宇治うじばらぶんまわし
かおわるいと残念ざんねんがられながらも、うたおどりもしっかりとこなしていた。

ディスコグラフィ

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シングル

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WEST LOVE SHINE
2001ねん1がつ24にち発売はつばいのデビューシングル。
Right Here, Right Now
2001ねん11月7にち発売はつばいの2ndシングル。

アルバム

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W・S
2001ねん12月12にち発売はつばいされた唯一ゆいいつのアルバム。シングル表題ひょうだいとなった2きょくほか、アルバムオリジナルきょく8きょく収録しゅうろく

DVD・ビデオ

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関連かんれん商品しょうひん

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  • WEST SIDE(写真しゃしんしゅう
  • ビニールバッグ
  • ポストカード(10まいセット)
  • カンバッジ(54mm)
  • カンバッジ(31mm)(高井たかい中川なかがわかん宇治うじばら梶原かじはら西野にしの
  • ファスナーアクセサリー(高井たかい中川なかがわかん宇治うじばら梶原かじはら西野にしの
  • 爆笑ばくしょうオンエアバトル2(WEST SIDEのインタビューあり)

WEST SIDEとして出演しゅつえんした番組ばんぐみ

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  • WEST SIDEのヒミツのあな
  • AM808。マジッすよ!あ

脚注きゃくちゅう

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