井上いのうえ芳雄よしお、誰だれも言葉ことばや形かたちにできなかったものに触ふれる喜よろこび（後編こうへん）

取材しゅざい・文ぶん / 大滝おおたき知里ちさと

僕ぼくは“象徴しょうちょう”としてのプリンス、本当ほんとうの王子おうじは光一こういちくん

──井上いのうえさんはご自身じしんが“プリンス・オブ・ミュージカル”と呼よばれていることについてどう感かんじていますか？

自分じぶんでい出いだしたわけではないので……でも、20年ねんもそう呼よばれると“後こう付づけの納得なっとく”というのかな。プリンスかはわかりませんけど、僕ぼくは生徒せいと会長かいちょうタイプで、みんなの意見いけんをまとめて上うえに提出ていしゅつするのが得意とくい（笑）。何事なにごともにこやかに、物事ものごとを円滑えんかつに進すすめたいとは思おもっているんですよ。怒おこることは苦手にがてだし、もめるのも好すきじゃない。もめたとしても、い方いかた次第しだいなところもあるし、そういうことを解決かいけつしたり、誰だれがどう言いうべきかと考かんがえることに興味きょうみがあります。良よいように解釈かいしゃくすれば、そういう部分ぶぶんが王子おうじというか、象徴しょうちょうとして「この人ひとは私わたしを傷付きずつけない」という印象いんしょうにつながっているのではないかなと。自分じぶんで言いうのもなんですけど（笑）。

──会社かいしゃに1人ひとりは欲ほしい人材じんざいですね。

あははは。堂本どうもと光一こういちくんも、ずっと王子おうじじゃないですか。彼かれを見みていると、「こういう人ひとが王子おうじなんだな」と思おもいます。光一こういちくんのもとには人ひとが集あつまるし、何なにを言いうわけでもないけど、「光一こういちくんがやっているならやってみよう」と、彼かれの姿すがたに周まわりが納得なっとくさせられる。それがスターということなのかもしれないし、僕ぼくもそうありたいなと思おもいますね。

──お二に人にんが共演きょうえんしたミュージカル「ナイツ・テイル」は2018年ねんに初演しょえんされ、先日せんじつ再演さいえんが発表はっぴょうされましたが、当時とうじのお二に人にんの舞台ぶたい姿すがたを振ふり返かえったり、インタビューを拝読はいどくしたりすると、堂本どうもとさんと井上いのうえさんはとても波長はちょうが合あうのだろうなと感かんじます。

そうですね。でも、めったにそういう人ひとっていないし、お互たがいがそうだとわかることも難むずかしいんです。光一こういちくんとも最初さいしょは“違ちがう国くにの住人じゅうにん”みたいな感かんじだったし（笑）。でも、理屈りくつじゃなく“楽らく”なんですよね。長ながくやっているとそういう相性あいしょうの良よい人ひとがパッとわかるんです。坂本さかもと真しん綾あやさんもそう。大切たいせつにしていることが似にていて、共有きょうゆうできる部分ぶぶんが多おおくある。光一こういちくんは本当ほんとうに、僕ぼくにとってそういう存在そんざいです。

冷静れいせいに、立たち止どまって考かんがえるときが来きた

──順風じゅんぷう満まん帆ほなミュージカル俳優はいゆう人生じんせいを歩あゆまれてきた井上いのうえさんですが、あえて“自分じぶんに不足ふそくしているもの”を挙あげるとすれば、それは何なにだと思おもいますか？

今年ことしの3・4月がつにこまつ座ざ「日本人にっぽんじんのへそ」に出演しゅつえんして、お芝居しばいっていつまでも足たりることがないなと思おもいました。ミュージカルのお芝居しばいとストレートプレイのお芝居しばいでは、求もとめられるものが全然ぜんぜん違ちがう。自分じぶんにとっては演技えんぎってまだすごく繊細せんさいな神経しんけいが必要ひつようで。歌うたや踊おどりではなんとなく表現ひょうげんできても、セリフを緻密ちみつに一言ひとことずつ積つみ立たてて発はっすることは、やればやるほど難むずかしいんですよね。ミュージカルでストレートプレイのようなお芝居しばいをすることはもっと難むずかしいですし。自分じぶんに基礎きそがないとは言いわないけど、演技えんぎについて系統けいとう立たった学習がくしゅうをしてきていないので、もっと理論りろんに落おとし込こみたいなと最近さいきんは思おもっています。世よの中なかには何事なにごとも理論りろんがあるわけですから。

──よく言いわれる“役やくが降おりてきた”というような、感情かんじょうやエネルギーなど、何なにかの力ちからに動うごかされて演えんじるのではなく？

コロナもきっかけだったと思おもうんですけど、今いままで感覚かんかくや感情かんじょうでねじ伏ふせてきたものに対たいして、一度いちど、冷静れいせいに「それってどういうことですか？」と疑問ぎもんを持もてるようになったと思おもうんです。生いき方かたやジェンダー、女性じょせい蔑視べっしなどの問題もんだいもそう。ミュージカルという芸事げいごとや表現ひょうげんに関かんしても、きっとそれは避さけて通とおれないことなんじゃないかなと思おもい始はじめていて。これまで何なんとなく雰囲気ふんいきでやってきたものを、もっとはっきりさせたほうがいいんじゃないか、それができる時代じだいに来きているんじゃないかなと思おもいます。

──確たしかにコロナは多おおくの人ひとにとって、自分じぶんが置おかれた現状げんじょうを再さい認識にんしきする大おおきなきっかけになったと思おもいます。20年間ねんかん走はしり続つづけてきた井上いのうえさんにとっては、歩あゆみが減速げんそくさせられたことで、何なにが見みえてきましたか？

映画えいが「ラ・ラ・ランド」のヒットや2.5次元じげんミュージカルの隆盛りゅうせいなどもあり、ミュージカル界かいがずっといい感かんじで来きていたので、コロナによってその勢いきおいが止とまってしまったのは残念ざんねんだなと思おもいます。でも、必要ひつような部分ぶぶんもあったなと。例たとえば興業こうぎょうについての考かんがえ方かたやシステムの見直みなおし、チケットの形態けいたいやスタッフの働はたらき方かたなど、コロナをきっかけに今後こんご、やり方かたが変かわるものもきっとあるはず。業界ぎょうかいはとても苦くるしいですけど、希望きぼうは捨すてずに踏ふん張ばって乗のり越こえたいですね。ただ、ミュージカルに関かんしては、コロナによってというよりも、自分じぶんの年齢ねんれいが上あがったことで、見みえ方かたがずいぶん変かわりました。ミュージカルって特とくに日本にっぽんでは若者わかものを愛めでる文化ぶんかだと思おもうんです。日本にっぽんの文化ぶんか全体ぜんたいを見みても若わかい人ひとの力ちからが強つよいし、初々ういういしさや成長せいちょう過程かていを見守みまもることを求もとめる人ひとが多おおい。僕ぼくも、その典型てんけいだったと思おもうんですよね。でも自分じぶんが四よん十じゅう代だい、五ご十じゅう代だいとなっていくときに、ミュージカルがすべての年齢ねんれい層そうに開ひらかれているジャンルだということを、もうちょっとアピールしていきたい。そうじゃないと自分じぶんがやる場ばもなくなってしまうので（笑）。

先日せんじつ、光枝みつえ明彦あきひこさんが「死しぬまでミュージカル俳優はいゆうでいたい」とおっしゃっていて。それって実じつはミュージカルの歴史れきしが浅あさい日本にっぽんではまだ検証けんしょうされていないこと。アスリート的てきには年齢ねんれいを重かさねると体からだが動うごかなくなってくるけど、じゃあ、ミュージカルを青春せいしゅん時代じだいの一過いっか性せいのもので終おわらせないためにはどうすればいいのか、という新あらたな課題かだいが見みえてきました。

──2.5次元じげんミュージカルにしても、大型おおがたミュージカル作品さくひんにしても、若者わかものが人気にんきの中心ちゅうしんとなるジャンルとして拡大かくだいしていますものね。

ミュージカルだけに限かぎらず、僕ぼくらの仕事しごとは「次つぎに何なにをやるんだろう」って思おもわれることの連続れんぞくだと思おもうんです。そういう自分じぶんでありたいし、必要ひつようなら休やすんで勉強べんきょうするかもしれない。今いまはコロナでそんなことを言いっている場合ばあいじゃないかもしれないけど、ミュージカルって基本きほん的てきにはワクワクするものだと思おもうので、ここから新あたらしい何なにか、違ちがう何なにかが生うまれてくると信しんじています。良よい意味いみで期待きたいしているんです。

──井上いのうえさんはミュージカルとストレートプレイに並行へいこうして挑いどまれ、舞台ぶたいだけでなく映画えいがやテレビにも活躍かつやくの場ばを持もたれるなど、これまでのミュージカル俳優はいゆうのイメージを更新こうしんするような活動かつどうを多おおくされています。また演出えんしゅつ家かや作家さっかなど、さまざまなアーティストとのつながりも広ひろくお持もちです。四よん十じゅう代だい、五ご十じゅう代だい、六ろく十じゅう代だいのミュージカル俳優はいゆうが活躍かつやくする場ばを作つくっていくにあたり、今後こんごの作品さくひん作づくりについて、何なにかイメージをお持もちですか？

黒澤くろさわ明あきら監督かんとくの映画えいがを舞台ぶたい化かしたミュージカル「生いきる」は、そういう意味合いみあいもあったのかなと思おもうんです。市村いちむら正親まさちかさんや鹿賀かが丈史たけしさんという大だい先輩せんぱいを主演しゅえんに据すえて成立せいりつする日本にっぽんの作品さくひんという意味いみで、素晴すばらしかった。そういう作品さくひんが増ふえていくのは望のぞましいですし、僕ぼく自身じしんは演えんじられる役柄やくがらがたくさんあるに越こしたことはないなと。同時どうじに、それを観かんに来きてくれる観客かんきゃく層そうの拡大かくだいも重要じゅうようで。ブロードウェイでは渋しぶいベテランの俳優はいゆうさんたちが第だい一線いっせんで活躍かつやくしているので、そこにモデルケースはあると感かんじるんですが……。でも最低限さいていげん、まずは自分じぶんが上手じょうずじゃないとなっていうのは、戒いましめとしてあります（笑）。役者やくしゃとして常つねにスキルアップを続つづけながら、環境かんきょうを変かえたり考かんがえていったりすることに参加さんかできればと思おもいます。

ミュージカルの非ひ現実げんじつが真実しんじつに触ふれて感動かんどうする

──ミュージカルを愛あいし、その最前線さいぜんせんを走はしり続つづけている井上いのうえさんは、ミュージカルのどこに一番いちばんの魅力みりょくを感かんじていますか？

音楽おんがくがあることですよね。音楽おんがくって感情かんじょうをほぐす、出だしやすくする、伝つたわりやすくするという効果こうかがあると思おもうんです。例たとえば、ミュージカル「レ・ミゼラブル」でジャベールが星ほしに向むかって歌うたいかける瞬間しゅんかんって、現実げんじつにはきっとあり得えないですよね。でも心しんの中なかではそう思おもっているかもしれない、そう思おもう瞬間しゅんかんがあるかもしれない。その“現実げんじつではない場面ばめん”が実際じっさいに目めの前まえに浮うき出でてくるところが、ミュージカルの一番いちばんの魅力みりょくだと思おもいます。

もちろん、シェイクスピアの長ちょうゼリフでもそう感かんじることがあるかもしれないけど、音楽おんがくに乗のったときに“現実げんじつにはない場面ばめん”がより伝つたわるし、「自分じぶんにもその気持きもちがあるな」と実感じっかんできるというか。踊おどりや群舞ぐんぶを観みて気持きもちが躍おどるのもそうですよね。ミュージカルを観みてうれしくなるのは、真実しんじつに触ふれた気きがするからなんじゃないかなと思おもうんです。今いままで誰だれも、言葉ことばにも形かたちにもできなかったものを感かんじて、それを「自分じぶんだけじゃないんだ」とわかり合あえる喜よろこびがある。「そうだった、そうだった」と思おもい出だすというか。そうやって音楽おんがくによって呼よび覚さまされる感情かんじょうや真実しんじつがあるということが、ミュージカルの一番いちばんの魅力みりょくなんじゃないかなと思おもいます。

プロフィール

1979年ねん、福岡ふくおか県けん出身しゅっしん。2000年ねん、大学だいがく在学ざいがく中ちゅうにミュージカル「エリザベート」の皇太子こうたいしルドルフ役やくでデビュー。以後いご、さまざまな舞台ぶたいで活躍かつやくし、多数たすうの演劇えんげき賞しょうに輝かがやく。また、音楽おんがく番組ばんぐみ出演しゅつえんやコンサートの開催かいさい、歌手かしゅ活動かつどうのほか、テレビドラマやバラエティ番組ばんぐみにも出演しゅつえんし、活動かつどうの幅はばを広ひろげている。主おもな出演しゅつえん作さくにミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」、「1984」、「陥没かんぼつ」、「十じゅう二に番目ばんめの天使てんし」、ミュージカル「シャボン玉だまとんだ 宇宙うちゅう（ソラ）までとんだ」など。WOWOW「オリジナルミュージカルコメディ 福田ふくだ雄一ゆういち×井上いのうえ芳雄よしお『グリーン＆ブラックス』」に出演しゅつえんするほか、BS-TBS「美うつくしい日本にっぽんに出会であう旅たび」ではナレーションを担当たんとう。パーソナリティを務つとめるTBSラジオ「井上いのうえ芳雄よしお by MYSELF」が毎週まいしゅう日曜日にちようびに放送ほうそう中ちゅう。4月からNHK総合そうごう「はやウタ」で初はじめて歌うた番組ばんぐみのレギュラー司会しかいを務つとめている。6・7月がつに「首切くびきり王子おうじと愚おろかな女おんな」、9月から11月がつにかけてミュージカル「ナイツ・テイル─騎士きし物語ものがたり─」、2022年ねん1月がつにミュージカル「リトルプリンス」への出演しゅつえんが控ひかえる。