郷ごう御前ごぜん

郷ごう御前ごぜん（さとごぜん、仁じん安やす3年ねん〈1168年ねん〉 - 文治ぶんじ5年ねん閏うるう4月がつ30日にち〈1189年ねん6月15日にち〉）は、平安へいあん時代じだい末期まっき、鎌倉かまくら時代ときよ初期しょきの女性じょせい。武蔵むさし国こくの豪族ごうぞく、河かわ越こし重頼しげよりの娘むすめ。母ははは源みなもと頼朝よりともの乳母うばである比企ひき尼にの娘むすめ、河かわ越こし尼に。源義経みなもとのよしつねの正室せいしつ。頼朝よりともの命いのちにより義経よしつねに嫁とつぎ、頼朝よりともと義経よしつねが対立たいりつしたのちも義経よしつねの逃避行とうひこうに従したがい、最期さいごを共ともにした女性じょせいとされる。

本名ほんみょうは不明ふめいだが伝承でんしょうで郷ごう御前ごぜんと呼よばれているので、この項目こうもくでは郷ごう御前ごぜんとして述のべる。 故郷こきょうである河かわ越こし（川越かわごえ市し）では、京きょうへ嫁とついだ姫ひめである事ことから京きょう姫ひめ（きょうひめ）と呼よばれており、平泉ひらいずみでは貴人きじんの妻つまの敬称けいしょうである北きたの方かた（きたのかた）と呼よばれている。

生涯しょうがい

以下いか、史料しりょうである『吾妻あづま鏡きょう』による。

上洛じょうらく

元もと暦こよみ元年がんねん（1184年ねん）9月がつ14日にち、頼朝よりともの命いのちにより河かわ越こし重頼しげよりの娘むすめが都とに上のぼり、頼朝よりともの代官だいかんとして在京ざいきょうしていた義経よしつねの許もとに嫁とつぐ。重頼しげよりの家子いえこ2名めい、郎党ろうとう30数すう名めいが従したがう。この結婚けっこんが義経よしつねの無断むだん任官にんかんにより頼朝よりともの怒いかりを買かい、平たいら氏し追討ついとうを外はずされた直後ちょくごである事ことから、義経よしつねを監視かんしする目的もくてきとの見方みかたもあるが、『吾妻あづま鏡きょう』に「兼けん日にち約諾やくだくせしむ」とあるように、婚姻こんいん自体じたいは以前いぜんから決きまっていたものである。義経よしつねの異母いぼ兄けい・源範頼みなもとののりよりも義経よしつねと同おなじく比企ひき尼にの孫娘まごむすめを妻つまとしており、郷さとの母はは（河かわ越こし尼に）は頼朝よりともの嫡男ちゃくなん・万寿まんす（のちの頼よりゆき家か）の乳母うばである。父ちち・河かわ越こし重頼しげよりと兄弟きょうだいの河かわ越こし重房しげふさは義経よしつねの初陣ういじんである源義仲みなもとのよしなか追討ついとうに従したがい、後こう白河しらかわ法皇ほうおうの御所ごしょにも義経よしつねと共ともに参院さんいんしており、叔父おじの師岡もろおか重しげる経けいが義経よしつねの検非違使けびいし任官にんかんの式しきに随行ずいこうするなど、郷さとの上洛じょうらく以前いぜんから河かわ越えつ一族いちぞくが外戚がいせきとして義経よしつねの身辺しんぺんに仕つかえた形跡けいせきが見みられる。細川ほそかわ涼一りょういちは頼朝よりともの乳母うばである比企ひき尼にの孫娘まごむすめでかつ武蔵むさし国こく留守るす所しょ総そう検校けんぎょう職しょくとして武蔵むさし国内こくないに大おおきな勢力せいりょくを築きずいていた河かわ越こし重頼しげよりの娘むすめを義経よしつねに嫁とつがせたのは、頼朝よりともによる義経よしつねへの厚意こういの表あらわれであるとしている。

郷さとが嫁とついで5か月げつ後ごの文治ぶんじ元年がんねん（1185年ねん）2月がつ16日にち、義経よしつねは屋島やしまの戦たたかいに出陣しゅつじん。続つづく壇ノ浦だんのうらの戦たたかいで平たいら氏しを滅ほろぼして大功たいこうを立たて、平たいら氏し追討ついとうの英雄えいゆうとして4月がつ24日にちに都とに凱旋がいせんする。しかし5月がつ、頼朝よりともは先さきの無断むだん任官にんかんと自じ専せんの振ふる舞まいにより、義経よしつねを勘当かんどうする。義経よしつねは弁明べんめいのため、壇ノ浦だんのうらでの捕虜ほりょを伴ともない鎌倉かまくらへ向むかったが腰越こしごえで留とめ置おかれ、頼朝よりともとの対面たいめんを願ねがうも鎌倉かまくら入いりさえも許ゆるされず、都とへ戻もどる事ことを余儀よぎなくされる。この仕打しうちに義経よしつねは怒いかり、6月がつに都とへ戻もどる道中どうちゅうで頼朝よりともとの断交だんこうを宣言せんげんした。また、この頃ころに義経よしつねは平時忠たいらのときただの娘むすめ（蕨わらび姫ひめ）を室しつに迎むかえているが、引ひき続つづき郷さとは正室せいしつとしての地位ちいを保たもった。

義経よしつね失脚しっきゃく

義経よしつねが都とに戻もどって4か月げつ後ごの同年どうねん10月がつ9日にち、頼朝よりともが土佐とさ坊ぼう昌俊まさとしを差さし向むけ義経よしつね討伐とうばつを計はかる。義経よしつねは10月13日にちに後こう白河しらかわ法皇ほうおうの御所ごしょに参院さんいんし叔父おじ・源みなもと行こう家かと共ともに頼朝よりとも追討ついとうの院宣いんぜんを要請ようせい。17日にちに義経よしつねが昌俊まさとしの襲撃しゅうげきを返かえり討うつと、18日にちに頼朝よりとも追討ついとうの宣旨せんじが下くだる。10月23日にち、鎌倉かまくらで河かわ越こし重房しげふさが義経よしつねの縁戚えんせきである事ことを理由りゆうに、勝長かつなが寿ひさし院いん落慶らっけい供養くようの随ずい兵へいから外はずされている。29日にち、頼朝よりともが義経よしつね討伐とうばつのため鎌倉かまくらから都とへ向むけて出陣しゅつじんすると、11月3日にち、義経よしつねは郎党ろうとうら200騎きを率ひきいて京都きょうとを退去たいきょする。11月12日にち、河かわ越こし重頼しげよりが義経よしつねの縁戚えんせきであるとして領地りょうちを没収ぼっしゅうされ、後のちに重頼しげより・重房しげふさともに誅殺ちゅうさつされた。郷さとが義経よしつねに嫁とついでわずか1年ねん後ごの事ことであった。

この頃ころの郷さとの動向どうこうは不明ふめいだが、義経よしつねが京都きょうとの近辺きんぺんに潜伏せんぷくしていた文治ぶんじ2年ねん（1186年ねん）に娘むすめが誕生たんじょうしている事ことから、京都きょうと在中ざいちゅうに懐妊かいにんし、都との近辺きんぺんに身みを隠かくして出産しゅっさんしたものと推測すいそくされる。細川ほそかわ涼一りょういちは、頼朝よりとも方かたが義経よしつねの母はは・常盤御前ときわごぜんの証言しょうげんにより岩倉いわくらを捜索そうさくしたという逸話いつわに注目ちゅうもくし、常盤御前ときわごぜんが郷ごう御前ごぜんを岩倉いわくらの大雲寺だいうんじ（岩倉いわくら観音かんのん）に一時いちじ的てきに匿かくまってそこで娘むすめを生うませたと推測すいそくする。

文治ぶんじ3年ねん（1187年ねん）2月がつ10日とおか、義経よしつねは陸奥みちのく国こくの藤原秀衡ふじわらのひでひらを頼たより、郷さとと子こらを伴ともない奥州おうしゅうに赴おもむく。一いち行ぎょうは山伏やまぶしと稚児ちごの姿すがたに身みをやつしていた。

文治ぶんじ5年ねん（1189年ねん）閏うるう4月がつ30日にち、頼朝よりともの命いのちを受うけた藤原ふじわら泰やすし衡が、従兵じゅうへい数すう百ひゃく騎きで義経よしつねが暮くらす衣川きぬがわ館かんを襲撃しゅうげき。義経よしつねは持仏堂じぶつどうに入はいり、22歳さいの郷さとと4歳さいの娘むすめを殺害さつがいしたのち自害じがいした。

平泉ひらいずみ町まち金鶏山きんけいざんの麓ふもとにある千手堂せんじゅどう境内けいだいに、義経よしつね妻子さいしの墓はかがある。

奥州おうしゅう市し衣川きぬがわの雲際うんさい寺てらは郷さとが再興さいこうしたとされ、郷さとの守まもり本尊ほんぞんに由来ゆらいすると伝つたえられる。不動明王ふどうみょうおうと、義経よしつね夫妻ふさいの位牌いはいが安置あんちされていたが、平成へいせい20年ねん（2008年ねん）8月がつ6日にち、同どう寺てらの火災かさいにより焼失しょうしつした。位牌いはいに記しるされた戒名かいみょうは「局つぼね山さん妙みょう好こう尼あま大姉だいし」。

河かわ越こし氏しの所領しょりょうは後家ごけとなった河かわ越こし尼にに安堵あんどされるが、その後ご生いき残のこった郷さとの兄弟きょうだいたちが吾妻あづま鏡きょうの記録きろくに現あらわれるのは、父ちち・重頼しげより誅殺ちゅうさつの20年ねん後ごである。

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  千手堂せんじゅどう境内けいだい
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  墓石はかいし
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  金鶏山きんけいざん登山とざん道どう入いり口くち
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  雲際うんさい寺てら

吾妻あづま鏡きょう考察こうさつ

細川ほそかわ涼一りょういちは白拍子しらびょうしとされる義経よしつねの妾わらわ・静御前しずかごぜんの逸話いつわは『吾妻あづま鏡きょう』でも取とり上あげられるのに対たいして、河かわ越こし重頼しげよりの娘むすめ（郷ごう御前ごぜん）が元もと暦こよみ元年がんねん9月がつ14日にち条じょう（婚姻こんいん記事きじ）・文治ぶんじ3年ねん2月がつ10日とおか条じょう（北国きたぐに下向げこう）・文治ぶんじ5年ねん4月がつ30日にち条じょう（死去しきょ）の3か所しょにしか記事きじが見みえない背景はいけいとして、『吾妻あづま鏡きょう』が北条ほうじょう氏しの影響えいきょうを受うけた歴史れきし書しょで北条ほうじょう氏しと勢力せいりょくを競きそった比企ひき氏しやその縁戚えんせきである河かわ越こし氏しに関かんする記事きじは過小かしょうに記しるされ、その結果けっかとして重頼しげよりの娘むすめの存在そんざいは「隠蔽いんぺい」されたとする。また、北条ほうじょう氏しの婿むこである畠山はたけやま重忠しげただの記事きじに比くらべて、比企ひき氏しの婿むこである河かわ越こし重頼しげよりが重忠しげただの同族どうぞく・同格どうかくであったにもかかわらず記事きじが少すくないことも、同様どうようの理由りゆうであるとする。

古典こてん作品さくひんにおける義経よしつねの正妻せいさい

• 南北なんぼく朝あさ時代じだい - 室町むろまち時代ときよ初期しょきに成立せいりつしたとされる『義経よしつね記き』では、その時代じだいに盲目もうもくの琵琶びわ法師ほうしらが属ぞくする当とう道みち座ざを支配しはいしていた久我くが家かの姫ひめを義経よしつねの北きたの方かたとしている。
• 延のべ享とおる4年ねん（1747年ねん）の人形浄瑠璃にんぎょうじょうるり『義経よしつね千本せんぼん桜さくら』（後のちに歌舞伎かぶき化か）での義経よしつね正妻せいさいは、平時忠たいらのときただの養女ようじょで川越かわごえ太郎たろうの実みの娘むすめ「卿きょうの君きみ」。義経よしつねの窮地きゅうちを救すくうため京きょうの堀川ほりかわ御所ごしょで自害じがいする。

関連かんれん作品さくひん

書籍しょせき

• 義経よしつねと郷さと姫ひめ：悲恋ひれん柚ゆず香が菊きく河かわ越こし御前ごぜん物語ものがたり（篠しの綾子あやこ、角川書店かどかわしょてん、2005年ねん。ISBN 978-4-0465-1967-2。文庫ぶんこ題だい『義経よしつねと郷さと姫ひめ』）

映画えいが

• 新しん・平家ひらか物語ものがたり 静せいと義経よしつね（1956年ねん、大映だいえい） - 演えんじ：香川かがわ京子きょうこ（役名やくめいは百合野ゆりの）

テレビドラマ

• 源義経みなもとのよしつね（1966年ねん、NHK大河たいがドラマ） - 演えんじ：堀井ほりい永子えいこ（役名やくめいはるん）
• 北条ほうじょう政子まさこ（1970年ねん、NET） - 演えんじ：武たけ原はら英子えいこ（役名やくめいは小菊こぎく）
• 草くさ燃もえる（1979年ねん、NHK大河たいがドラマ） - 演えんじ：宮地みやじ真由美まゆみ（役名やくめいは小菊こぎく）
• 武蔵坊むさしぼう弁慶べんけい（1986年ねん、NHK） - 演えんじ：山咲やまざき千里せんり（役名やくめいは若わかの前まえ）
• 源義経みなもとのよしつね（1990年ねん、TBS） - 演えんじ：有森ありもり也実なりみ（役名やくめいは扇おうぎ御前ごぜん）
• 源義経みなもとのよしつね（1991年ねん、日本にほんテレビ） - 演えんじ：和久井わくい映見えみ（役名やくめいは若わかノ前まえ）
• 炎ほのお立たつ（1993年ねん、NHK大河たいがドラマ） - 演えんじ：高取たかとり茉南まなん（役名やくめいは義経よしつねの妻つま）
• 義経よしつね（2005年ねん、NHK大河たいがドラマ） - 演えんじ：尾野おの真千子まちこ（役名やくめいは萌もえ）
• 鎌倉かまくら殿どのの13人にん（2022年ねん、NHK大河たいがドラマ） - 演えんじ：三浦みうら透子とうこ （役名やくめいは里さと）

参考さんこう文献ぶんけん

• 細川ほそかわ涼一りょういち「第だい十じゅう五ご章しょう：河かわ越こし重頼しげよりの娘むすめ」『日本にっぽん中世ちゅうせいの社会しゃかいと寺社じしゃ』思文閣出版しぶんかくしゅっぱん、2013年ねん3月がつ。ISBN 978-4-7842-1670-3。 

初出しょしゅつ：『京都きょうと橘たちばな大学だいがく女性じょせい歴史れきし文化ぶんか研究所けんきゅうじょ紀要きよう』16号ごう、2008年ねん3月がつ

• 細川ほそかわ涼一りょういち「第だい十じゅう六ろく章しょう：常盤ときわ」『日本にっぽん中世ちゅうせいの社会しゃかいと寺社じしゃ』思文閣出版しぶんかくしゅっぱん、2013年ねん3月がつ。ISBN 978-4-7842-1670-3。 

初出しょしゅつ：『京都きょうと橘たちばな大学だいがく女性じょせい歴史れきし文化ぶんか研究所けんきゅうじょ紀要きよう』17号ごう、2009年ねん3月がつ

関連かんれん文献ぶんけん

• 元木もとき泰雄やすお『源義経みなもとのよしつね』吉川弘文館よしかわこうぶんかん〈歴史れきし文化ぶんかライブラリー〉、2007年ねん。 
• 上うえ横手よこて雅まさ敬たかし『源みなもと義経よしつね：流浪るろうの勇者ゆうしゃ』文ぶん英えい堂どう、2004年ねん。 

関連かんれん項目こうもく

• 河かわ越こし氏し
• 雲際うんさい寺てら