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ハイパーインフレーション - Wikipedia

ハイパーインフレーション

急速きゅうそくかつ加速かそくてきなインフレーション

ハイパーインフレーション英語えいご: Hyperinflation日本にっぽんではハイパーインフレともばれる)とは、経済けいざいがく非常ひじょう加速かそくをみせるインフレーションのことをす。すべての商品しょうひん価格かかく上昇じょうしょうし、現地げんち通貨つうか実質じっしつてき価値かち急速きゅうそくうしなわれていく。これにより、人々ひとびとはその通貨つうか保有ほゆうがく最小限さいしょうげんおさえ、より安定あんていした外国がいこく通貨つうか最近さいきんではあめりかドルおおい)にえようとする[1]

紙幣
ハイパーインフレにおちいっていた1946ねんハンガリー発行はっこうされた、1(1020ペンゲー紙幣しへい。これまでに世界せかい発行はっこうされた最大さいだい額面がくめん紙幣しへいとされる。
ベネズエラのハイパーインフレは、おかねがその価値かちの90%をうしなうのにかかる時間じかんあらわされる(301にち移動いどう平均へいきんぎゃく対数たいすうスケール)。

価格かかく通常つうじょう比較的ひかくてき安定あんていした通貨つうかたいして安定あんていしている。ハイパーインフレーションでは、名目めいもく価格かかく物価ぶっか上昇じょうしょうのプロセスが長引ながび過去かこ市場いちば価格かかく調しらべないかぎ一般いっぱんにはづかないようなていインフレとはことなり、商品しょうひん名目めいもくコスト、マネーサプライ急速きゅうそくかつ継続けいぞくてき増加ぞうかする[2]。しかし一般いっぱんてきには、人々ひとびとげられた通貨つうかをできるだけはや手放てばなそうとするため、一般いっぱんてき物価ぶっか水準すいじゅんはマネーサプライよりもさらに急速きゅうそく上昇じょうしょうする。そうすると、実質じっしつてきなマネーストック(流通りゅうつうしているおかねりょう物価ぶっか水準すいじゅんったもの)は大幅おおはば減少げんしょうする[3]

古典こてん中心ちゅうしん通貨つうか発行はっこうによってまかなわれた政府せいふ財政ざいせい赤字あかじによってこされているという主張しゅちょうがある。一方いっぽう、ハイパーインフレーションは、戦争せんそうやその余波よは社会しゃかいてき政治せいじてき動揺どうようそう供給きょうきゅうりょう崩壊ほうかい輸出ゆしゅつ価格かかく下落げらくなど、政府せいふ税収ぜいしゅうあつめるのが困難こんなんになるような危機ききなど、政府せいふ予算よさんなんらかのストレスがかかった場合ばあいこることがおおいとされる。実質じっしつ税収ぜいしゅう急激きゅうげき減少げんしょうくわえ、政府せいふ支出ししゅつ維持いじする必要ひつようせいたかく、外国がいこくからの借金しゃっきんができない、あるいはしたくないという状況じょうきょうになると、そのくにはハイパーインフレーションにおちいると主張しゅちょうしている[4]

定義ていぎ 編集へんしゅう

 
アルゼンチンのハイパーインフレ

アメリカの経済けいざい学者がくしゃフィリップ・D・ケーガン英語えいごばんは、ハイパーインフレーションは「インフレーションりつ毎月まいつき50%をえること」と定義ていぎしている。毎月まいつきのインフレりつ50%が継続けいぞくすると、いちねんには物価ぶっかが129.75ばい上昇じょうしょうすることになる[ちゅう 1]。すなわち、インフレりつ12875%である[ちゅう 2][5]一方いっぽうで、国際こくさい会計かいけい基準きじゅんさだめでは「3年間ねんかん累積るいせき100%以上いじょう物価ぶっか上昇じょうしょう」をハイパーインフレの定義ていぎとしている[6]

ハイパーインフレの発生はっせいは、通貨つうか媒介ばいかいとした交換こうかん経済けいざい麻痺まひ確実かくじつせいたかまり[7] によって、生産せいさん活動かつどう投資とうしへの意欲いよく喪失そうしつさせることで、国民こくみん経済けいざい重大じゅうだい影響えいきょうをもたらす。

ハイパーインフレはおもに、経済けいざい提供ていきょう可能かのう水準すいじゅんえて政府せいふシニョリッジ獲得かくとくはかとき発生はっせいする。このときマネーサプライ中央ちゅうおう銀行ぎんこうにとってそとせいてきまってしまい、もはや中央ちゅうおう銀行ぎんこう物価ぶっかおさえこむことが出来できなくなる。シニョリッジ獲得かくとくのために貨幣かへいって名目めいもく貨幣かへい残高ざんだかやした場合ばあい、インフレーションをともなうのでシニョリッジは実質じっしつると目減めべりすることになる。貨幣かへいるほどに、インフレによるこの目減めべりが加速度かそくどてき増加ぞうかするため、政府せいふ獲得かくとく可能かのう実質じっしつのシニョリッジには上限じょうげん存在そんざいする。この上限じょうげんたっした状況じょうきょうから、政府せいふがさらなるシニョリッジをもとめて貨幣かへいった場合ばあい、インフレが一層いっそう昂進こうしんして政府せいふ目的もくてきとしたシニョリッジを確保かくほすることができない。それで、ますます貨幣かへいってシニョリッジを獲得かくとくしようとすると、その結果けっかインフレがさらに昂進こうしんして…、という悪循環あくじゅんかんおちいることになる。これがハイパーインフレーションである。この種類しゅるいのハイパーインフレは、政府せいふ政策せいさく変更へんこうされるという予測よそくが、人々ひとびと形成けいせいされるまで継続けいぞくする可能かのうせいがある[8]

実際じっさいに、ハイパーインフレーションがこるのは、敗戦はいせん革命かくめいといった時期じきであることがおおく、フランス革命かくめいときこった、アッシニア紙幣しへい増刷ぞうさつによるインフレーションを、歴史れきしじょう最初さいしょのハイパーインフレとするせつもある[9][10]

金塊きんかい銀塊ぎんかい地金じがね通貨つうか価値かち固定こていする本位ほんいせいでは、基本きほんてきにハイパーインフレは発生はっせいしないが、開戦かいせんなどにより本位ほんいせい停止ていしされることがおおく、このさいに、管理かんり通貨つうか制度せいど移行いこう戦時せんじ財政ざいせい野放図のほうずになってしまったり、敗戦はいせんにより多額たがく賠償ばいしょう発生はっせいする(おそれがある)場合ばあい通貨つうか信用しんよう喪失そうしつされ急激きゅうげき一時いちじてきなハイパーインフレが発生はっせいする。敗戦はいせん革命かくめい以外いがいにおいても、あるくに経済けいざい市場いちば信認しんにんうしなうことでハイパーインフレが発生はっせいすることがある。これは中南米ちゅうなんべいなどラテン諸国しょこくやロシア東欧とうおう諸国しょこく発生はっせいした性質せいしつのもので、領域りょういき経済けいざい成長せいちょう期待きたいした域外いきがい諸国しょこく市場いちばによる投資とうし長年ながねんにわたりおこなわれたものの、その成果せいか十分じゅうぶんでなく投資とうしたいする不信ふしんかん不安ふあんかん醸成じょうせいされた結果けっかとして、当該とうがいこく通貨つうか暴落ぼうらく購買こうばいりょく急速きゅうそくうしなうという現象げんしょうである。

この場合ばあい通貨つうか暴落ぼうらくは、市場いちばによる均衡きんこう過程かていであり、比較的ひかくてき短期間たんきかんによる急激きゅうげき調整ちょうせいののちインフレりつ安定あんていする傾向けいこうにある。しかし19世紀せいきから20世紀せいき初頭しょとう欧州おうしゅうラテン諸国しょこくでは国民こくみん大量たいりょう移民いみん離散りさんをまねき、長期ちょうきてき経済けいざい低迷ていめいやインフレの継続けいぞくまねいた。

れい 編集へんしゅう

18世紀せいきフランス革命かくめい直後ちょくごのハイパーインフレ、19世紀せいき南北戦争なんぼくせんそう直後ちょくごアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくのハイパーインフレなど、歴史れきしてきには巨額きょがく戦費せんぴ調達ちょうたつによってしょうじたれい記録きろくされている[11]。20世紀せいき初頭しょとうにも、だいいち世界せかい大戦たいせん直後ちょくごでは、敗戦はいせんドイツ帝国ていこくで1ちょうばい帝政ていせいわったロシア帝国ていこくで600おくばいのハイパーインフレが発生はっせいしている[11]

トーマス・サージェントは、1982ねん論文ろんぶんよんだいインフレーションの終焉しゅうえんThe Ends of Four Big Inflations)』において、だいいち世界せかい大戦たいせんにハンガリー(1922ねん - 1924ねん)、オーストリア(1922ねん - 1923ねん)、ポーランド(1921ねん - 1924ねん)、ドイツ(1922ねん - 1923ねん)でしょうじたハイパーインフレーションを分析ぶんせきした[8]。これらのハイパーインフレがしょうじた共通きょうつう原因げんいんは、戦争せんそう革命かくめいとうによる国内こくない生産せいさん低下ていかによる供給きょうきゅう能力のうりょく不足ふそくだいいち世界せかい大戦たいせん賠償ばいしょうきむ支払しはらいなどにともな財政ざいせい赤字あかじきゅう膨張ぼうちょうであり、不換紙幣ふかんしへいである政府せいふ紙幣しへい発行はっこうによる、財政ざいせい赤字あかじのファイナンスであった[12]

これらのハイパーインフレは最終さいしゅうてきには、独立どくりつした中央ちゅうおう銀行ぎんこう創設そうせつ均衡きんこう政府せいふ予算よさんけての一連いちれん措置そち金本位きんほんいせい復帰ふっきつうじて終息しゅうそくしている[12]中央ちゅうおう銀行ぎんこう財政ざいせい赤字あかじをファイナンスすることを拒否きょひし、政府せいふ財政ざいせい赤字あかじ民間みんかんへの国債こくさい売却ばいきゃくあるいは外国がいこくからの借入かりいれでファイナンスすることをめた直後ちょくご終息しゅうそくした[8][13]。サージェントは、ハイパーインフレが終息しゅうそくしたのは、そのくに政府せいふ財政ざいせい赤字あかじ補填ほてんする財政ざいせい金融きんゆう政策せいさくのありかた変更へんこうさせたからであるとしている[14]。ハイパーインフレは、財政ざいせい再建さいけん計画けいかくともなった貨幣かへい成長せいちょうりつ管理かんりによってほとんどが終息しゅうそくしている[15]

ほかに、歴史れきしてき有名ゆうめいなハイパーインフレーションのれいとして、アルゼンチン、ジンバブエがある。

南米なんべいやアフリカのくにでは、政府せいふ財政ざいせい赤字あかじ国外こくがいからのれによってファイナンスする手法しゅほうをとっていた[16]。その海外かいがい債権さいけんこくデフォルト予期よきし、そのくにけを停止ていしする事態じたいきた。結果けっか政府せいふ通貨つうか発行はっこうによるシニョリッジ依存いぞんし、財政ざいせい赤字あかじファイナンスをおこなうことによって、ハイパーインフレーションが発生はっせいした[17]

ポーランド 編集へんしゅう

ドイツ 編集へんしゅう

 
1924ねん発行はっこうされた100ちょうパピエルマルク紙幣しへい前年ぜんねんまつおこなわれた1:1ちょうのデノミネーションにより、100レンテンマルク緊急きんきゅう紙幣しへいとして使用しようされた。

1914ねんドイツ帝国ていこくだいいち世界せかい大戦たいせん勃発ぼっぱつ金本位きんほんいせいから離脱りだつマネーサプライ戦時せんじちゅう4ばいふくがった[18]

だいいち世界せかい大戦たいせん、ドイツ経済けいざい戦時せんじ体制たいせいながらくつづいたドイツ封鎖ふうさによって疲弊ひへいしていた。さらに連合れんごうこくヴェルサイユ条約じょうやくによって、1320おくきむマルク賠償金ばいしょうきん支払しはらいがされた。これはドイツの支払しはら能力のうりょくおおきく上回うわまわっており、また外貨がいか支払しはらうことが要求ようきゅうされていたため、賠償金ばいしょうきん支払しはらいはとどこおった。

 
刻一刻こくいっこくとマルクの価値かちがるため、食料しょくりょうひんてん殺到さっとうする市民しみん
(1923ねん ベルリン

1923ねん1がつ11にちフランスベルギーイギリス反対はんたいり、ドイツ屈指くっし工業こうぎょう地帯ちたいであり地下ちか資源しげん豊富ほうふルール地方ちほう占領せんりょうした。占領せんりょうたいドイツ政府せいふ受動じゅどうてき抵抗ていこう運動うんどうびかけ、ストライキに参加さんかした労働ろうどうしゃ賃金ちんぎん政府せいふ保証ほしょうした。すでだいいち世界せかい大戦たいせんちゅうよりドイツではインフレーションが進行しんこうしていたが、抵抗ていこう運動うんどうともな財政ざいせい破綻はたんによって致命ちめいてき状況じょうきょうへとみちびかれ、ルール工業こうぎょう地帯ちたい供給きょうきゅう能力のうりょくうしなったために、空前くうぜんのハイパーインフレが発生はっせいした。

同年どうねん6がつまでに、マネーサプライは大戦たいせんまえの2000ばい増加ぞうかし、一般いっぱん物価ぶっか水準すいじゅんは25000ばいえていた[18]マルクは1年間ねんかんたいドルレートで7ケタ以上いじょう下落げらくするインフレーションとなり、パン1個いっこが1ちょうマルクとなるほどの状況じょうきょうで、100ちょうマルク紙幣しへい発行はっこうされるほどであった。このため、この時期じきのマルクは「パピエルマルク紙屑かみくずのマルク)」とばれる。紙幣しへい額面がくめんではなくおもさで取引とりひき事実じじつじょう秤量ひょうりょう貨幣かへい)されたり、紙幣しへい印刷いんさついそぐために片面かためん印刷いんさつにしたり、すで流通りゅうつうしている紙幣しへい額面がくめん証紙しょうしゴム印ごむいんなどで修正しゅうせいするなど、通常つうじょう状態じょうたいではかんがえられないような事態じたい発生はっせいした。

またこのハイパーインフレを「ユダヤ紙吹雪かみふぶき[19]はんユダヤ主義しゅぎてき陰謀いんぼうろん流行はやり、アドルフ・ヒトラーらがミュンヘン一揆いっきこしたのもハイパーインフレの危機きき収束しゅうそくするかしないかという時期じきであり(1923ねん11月8にち[20]左派さはによる地方ちほう政府せいふ掌握しょうあく発生はっせいするなど、混乱こんらんはドイツちゅうひろがっていた。

だいいち世界せかい大戦たいせんのドイツのハイパーインフレでは、酒場さかばきゃくは、値段ねだんがらないまだはや時間じかんのうちに、すうはいビールいち注文ちゅうもんしたとされる[21]

1923ねん10月15にちヒャルマル・シャハトドイツ帝国ていこく銀行ぎんこう総裁そうさい主導しゅどうにより、レンテンマルク導入どうにゅう発表はっぴょうされたことでインフレーションはほぼ停止ていしし、物価ぶっか安定あんていした(レンテンマルクの奇跡きせき[22][23][24]。レンテンマルクは不動産ふどうさん工業こうぎょう機械きかい担保たんぽとするレンテン債権さいけん兌換だかんできる、レンテン銀行ぎんこう英語えいごばん発行はっこうする銀行ぎんこうけんであり、1きんマルクとおな価値かちつとされていたが、法定ほうてい通貨つうかではなかった[22]

やがて1レンテンマルクは1ちょうパピエルマルクと交換こうかんされることになり[25]事実じじつじょうのデノミネーションがおこなわれた[22]よく1924ねんにはアメリカが賠償金ばいしょうきん支払しはらいプロセスに参加さんかし、ドイツに融資ゆうしおこなドーズあん採択さいたくされた。この資金しきんもとライヒスマルク発行はっこうされ、ドイツは戦時せんじちゅう以来いらい離脱りだつしていた金本位きんほんいせい復帰ふっきした[22]。ドイツは相対そうたいてき安定あんていばれる経済けいざい回復かいふくむかえ、ヴァイマル共和きょうわせいたおれることはなかった。

しかし1929ねん世界せかい恐慌きょうこうによってドイツ経済けいざいふたた崩壊ほうかいした。インフレーション再来さいらいこわれる民衆みんしゅう財界ざいかいは、だい規模きぼ財政ざいせい出動しゅつどう反対はんたいしていた[26]ハインリヒ・ブリューニング内閣ないかくは、この状況じょうきょうたいしてデフレーション政策せいさくのぞんだが[27]状況じょうきょう改善かいぜんされなかった。1933ねんには失業しつぎょうりつは、44%にたっした[28]

旧来きゅうらい政治せいじ勢力せいりょく民衆みんしゅうからの期待きたいうしない、ヴェルサイユ体制たいせい打破だはかかげるアドルフ・ヒトラーによるナチとう権力けんりょく掌握しょうあくまねいた。ナチス・ドイツ体制たいせいにおいては、政府せいふ支出ししゅつ拡大かくだいメフォ手形てがたなど非公式ひこうしきなものをふく政府せいふさい拡大かくだい政策せいさくおこなわれたが、これらの累積るいせきは、貨幣かへい市場いちばへの圧迫あっぱくをもたらすものであった[29]。ドイツの経済けいざい当局とうきょく賃金ちんぎん物価ぶっか上昇じょうしょうについてきびしくさえつけることで、インフレーションを抑制よくせいしようとした[30]

オーストリア 編集へんしゅう

だいいち世界せかい大戦たいせん敗戦はいせんこくであるオーストリアは、その戦後せんご賠償金ばいしょうきんをファイナンスするために政府せいふ中央ちゅうおう銀行ぎんこう貨幣かへい発行はっこうし、シニョリッジを利用りようしたことが、ハイパーインフレのがねいた[16]。これによって、オーストリアはつきりつ50%、年率ねんりつ1000%をはるかに上回うわまわった[31]。オーストリアのハイパーインフレは1922ねん8がつ停止ていしした[13]

ハンガリー 編集へんしゅう

だいいち世界せかい大戦たいせんにオーストリアから独立どくりつしたハンガリーにもはげしいインフレがおそった。独立どくりつ直後ちょくご導入どうにゅうされたハンガリー・コロナ英語えいごばん通貨つうか価値かちはげしく下落げらくし、1925ねんペンゲー導入どうにゅうまでつづいた。

だい世界せかい大戦たいせんにはよりはげしいハイパーインフレが発生はっせいした。ペンゲーは後期こうきの16年間ねんかん貨幣かへい価値かちが13000きょうぶんの1[32] になったが、20けた以上いじょうのインフレーションは1946ねん前半ぜんはん半年はんとしあいだきたものである。大戦たいせん、1945ねんまつまではたいドルレートが指数しすう関数かんすうてき増大ぞうだいしつつもインフレりつはほぼ一定いっていであったが、1946ねん初頭しょとうからはインフレりつそのものが指数しすう関数かんすうてき増大ぞうだいした。べつ表現ひょうげんでいえば、物価ぶっかが2ばいになるのにかかる時間じかんが、1かげつ、1週間しゅうかん、3にちとだんだんとみじかくなっていったということである。当時とうじるハンガリーじんによると、いちにち物価ぶっかが2ばいになる状況じょうきょうでも市場いちばでは紙幣しへい流通りゅうつうしており、現金げんきん入手にゅうしゅしたものはみな、すぐに使つかったという[33]

1946ねん印刷いんさつされた10[32] ペンゲー紙幣しへい紙幣しへいには10おくちょうかれている)は歴史れきしじょう最高さいこう額面がくめん紙幣しへいであったが、発行はっこうはされていない。実際じっさい発行はっこうされた最高さいこう額面がくめん紙幣しへいは1[32] ペンゲー紙幣しへい紙幣しへいには1おくちょうかれている)である。このハンガリーのインフレは、最悪さいあくのインフレーションとしてギネスブック記録きろくされている。1946ねん8がつ、ハンガリーのハイパーインフレはフォリント導入どうにゅうによって収束しゅうそくした。

1948ねんのハンガリーのハイパーインフレでは、労働ろうどうしゃは1にちに3かいけて給料きゅうりょうもらい、給料きゅうりょう価値かちにならないように小切手こぎって現金げんきんしようとする労働ろうどうしゃつまたちが、いちにちちゅう職場しょくば銀行ぎんこうあいだ往復おうふくしていたとされる[34]

アルゼンチン 編集へんしゅう

1988ねん過剰かじょう通貨つうか供給きょうきゅう原因げんいん年率ねんりつ5000ばいのハイパーインフレが発生はっせいする[35]1989ねんにはたい前年ぜんねん50ばい物価ぶっか上昇じょうしょうられ、1991ねんドルペッグせいアルゼンチン・ペソ導入どうにゅう(カバロプラン)するまで、経済けいざいだい混乱こんらんとなり、庶民しょみんタンス預金よきん紙屑かみくず同然どうぜんとなった。1993ねんにはインフレりつ年率ねんりつ7.4%に沈静ちんせいした[35]ラプラタ奇跡きせき[36])。

その固定こてい相場そうばせい維持いじした結果けっか急激きゅうげきなペソだかによって貿易ぼうえき不振ふしんとなり経済けいざい停滞ていたい、アルゼンチン政府せいふ2001ねん11月14にち債務さいむ不履行ふりこう宣言せんげんをする[37]2002ねんには固定こてい相場そうばせい廃止はいしし、変動へんどう相場そうばせいへの移行いこうインフレターゲット導入どうにゅうおこなった[38]。2002ねんにはインフレりつは40%にたっしたが翌年よくねんには年率ねんりつ3.8%に沈静ちんせいする[39]

ブラジル 編集へんしゅう

1986ねんから1994ねんまでの8年間ねんかんに、2ちょう7500おくぶんの1のハイパーインフレーションがしょうじた。ブラジル政府せいふは、1993ねん12月に「レアルプラン」を発表はっぴょうし、ドルペッグの通貨つうかレアル導入どうにゅうを1994ねん7がつおこないインフレを終息しゅうそくさせた[40]

メキシコ 編集へんしゅう

ロシア 編集へんしゅう

だいいち大戦たいせんからロシア革命かくめい帝政ていせいロシア政府せいふは1914ねん開戦かいせんから1918ねん6がつまでに541おくルーブルの戦費せんぴ支出ししゅつしており、これは1913ねん経常けいじょう歳出さいしゅつの17.6ねんぶん相当そうとうするものであった。これらは政府せいふ短期たんき証券しょうけん国債こくさい外債がいさい発行はっこうなどでまかなわれていたが、1917ねん10がつ革命かくめい成立せいりつしたソビエト(ボリシェビキ)政権せいけん帝政ていせいロシア時代じだい内外ないがい発行はっこうされた国債こくさい債務さいむ放棄ほうき宣言せんげん国立こくりつ銀行ぎんこうけん増発ぞうはつ歳費さいひ調達ちょうたつはじめたため、ソ連それんでは1913ねん物価ぶっか水準すいじゅんたいして1924ねん2がつには171おくばいにまで増加ぞうかした。一方いっぽうでボリシェヴィキ政府せいふ債務さいむ放棄ほうき宣言せんげんにもかかわらず帝政ていせいロシアが発行はっこうした外債がいさい金利きんり急騰きゅうとうせず価格かかく暴落ぼうらくしなかった。これは国際こくさい投資とうしがロシア革命かくめい短期たんきわる可能かのうせいをみており、あるいは国際こくさい金融きんゆう市場いちばでの資金しきん調達ちょうたつ再開さいかいにともない帝政ていせいロシアの債務さいむかんしてもなんらかの義務ぎむわざるをえないという見方みかたをとっていたからである[41]

経済けいざい学者がくしゃジョン・メイナード・ケインズによれば、レーニンはこのインフレについて「資本しほん主義しゅぎ破壊はかいする最善さいぜん方法ほうほうは、通貨つうか堕落だらくさせることだ。政府せいふはインフレを継続けいぞくすることで、ひそかに、づかれることなく、国民こくみんとみのうち、かなりの部分ぶぶん没収ぼっしゅうできる。」とべたという[42]。そのルーブルは、1924ねん4がつまでに3かいのデノミがおこなわれ、ロシアのインフレは沈静ちんせいした[43]

ソ連それん崩壊ほうかいロシアでは、政府せいふによる強制きょうせい貯蓄ちょちく制度せいど中止ちゅうし中央ちゅうおう政府せいふ生産せいさん指令しれい停止ていしコメコン体制たいせい崩壊ほうかいによる物資ぶっし不足ふそく通貨つうかロシア・ルーブル下落げらくなどによって経済けいざい混乱こんらんし、ハイパーインフレがきた[44]1992ねん物価ぶっか上昇じょうしょうりつは、前年ぜんねんで26ばいとなった[44]。1992ねんにインフレりつは2150%を記録きろくしたが、1996ねんにはIMFの融資ゆうし指導しどう結果けっかインフレは収束しゅうそくした[45]物価ぶっか上昇じょうしょうりつ1993ねんには10ばい、1994ねんには3.2ばい沈静ちんせいしていった[44]。しかし、1998ねんアジア通貨つうか危機きき影響えいきょうけ、外貨がいか大量たいりょう流出りゅうしゅつ財政ざいせい危機ききてき状況じょうきょうとなり、通貨つうかげと対外たいがい債務さいむ支払しはらいの延期えんき宣言せんげんふたた深刻しんこくなインフレにおちいった[46]

ユーゴスラビア 編集へんしゅう

 
5000おくディナール紙幣しへい (1993)

ユーゴスラビアではもともとインフレりつたかかったが、1989ねん爆発ばくはつてきなインフレーションが発生はっせいした。これはいったんおさまるが、そののユーゴスラビアの解体かいたいユーゴスラビア紛争ふんそう時期じきにふたたびインフレーションが発生はっせいし、1993ねんには116ちょうパーセントのちょうハイパーインフレーションが発生はっせいした[47]ユーゴスラビア・ディナールなんげられ、5000おくディナール紙幣しへい発行はっこうされた。

コンゴ民主みんしゅ共和きょうわこく(ザイール) 編集へんしゅう

トルコ 編集へんしゅう

ジンバブエ 編集へんしゅう

 
100ちょうジンバブエドル紙幣しへい

ジンバブエでは、独立どくりつからきゅう支配しはいそうたいして弾圧だんあつてき政策せいさく実施じっしロバート・ムガベ大統領だいとうりょうは、2000ねん白人はくじん所有しょゆうする土地とち強制きょうせい収用しゅうようする法律ほうりつ成立せいりつさせ、2007ねん外資がいしけい企業きぎょうたいし、株式かぶしき過半数かはんすう強制きょうせいてき政府せいふ譲渡じょうとするという法律ほうりつ成立せいりつさせた[48]

国内こくない白人はくじん農家のうか国外こくがいしたその結果けっか自国じこくしゅ産業さんぎょうであった農業のうぎょう崩壊ほうかい、さらに旱魃かんばつ(かんばつ)がちをかけ、国内こくない極度きょくどもの不足ふそく発生はっせいした[49]治安ちあん悪化あっかかさなり、富裕ふゆうそう国外こくがい流出りゅうしゅつする結果けっかとなった。こうした傾向けいこうはインフレーションに拍車はくしゃをかけ、2000年代ねんだいはいると経済けいざい機能きのう不全ふぜんおちい猛烈もうれつなインフレーションに直面ちょくめんすることとなった。

2000-2007ねんの7年間ねんかん通貨つうか供給きょうきゅうりょうは130まんばいたっし、物価ぶっかは650まんばい上昇じょうしょうした[50]。2008ねん7がつのジンバブエのインフレりつは、2おく311.5まん%となった[51]

2008ねん時点じてん年率ねんりつ220まん%にたっ[50]どう8がつにジンバブエ準備じゅんび銀行ぎんこうは、通貨つうかげるデノミネーションおこなった。そののインフレーションの影響えいきょう9月30にちに2まんジンバブエ・ドル発行はっこうなど、デノミネーションに20種類しゅるい紙幣しへい発行はっこうし、どう12月19にちに100おくジンバブエ・ドル紙幣しへい発行はっこうした。最近さいきん8年間ねんかんで23けた以上いじょうのインフレーションとなっていて、うち2008ねんだけでやく14けた、9月から3かげつやく10けたのインフレーションとなり、最終さいしゅうてきには『100ちょうジンバブエ・ドル紙幣しへい』が発行はっこうされた。

さらに2009ねん2がつ2にち、1ちょうジンバブエドルを1ジンバブエドルに、桁数けたすうにして12けたげるデノミネーション措置そちこうじた。結局けっきょく同年どうねん2がつにジンバブエ政府せいふは、公務員こうむいん給与きゅうよあめりかドルで支払しはらうと発表はっぴょうし、紙屑かみくず同然どうぜんのジンバブエ・ドルが公式こうしきには流通りゅうつうしなくなり、4がつ12にちにはジンバブエドルの流通りゅうつう停止ていしと、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくドルおよびみなみアフリカランドなどの外貨がいか導入どうにゅうにより、自国じこく通貨つうか放棄ほうき発表はっぴょうすることを余儀よぎなくされた。その外貨がいか使用しようともなってインフレーションは沈静ちんせい[52]デフレーションとなった。

ジンバブエのインフレーションの特徴とくちょうとしては、インターネット社会しゃかいによって、世界せかいなか人々ひとびと素早すばや物価ぶっか上昇じょうしょうかんする情報じょうほう入手にゅうしゅできたてんげられる。

北朝鮮きたちょうせん 編集へんしゅう

ベネズエラ 編集へんしゅう

世界せかい屈指くっし原油げんゆ埋蔵まいぞうりょうほこベネズエラは、原油げんゆ輸出ゆしゅつ全体ぜんたいの9わりめていたが、2015ねん原油げんゆ価格かかく急落きゅうらくするとベネズエラ経済けいざい危機ききおちいった。2015ねんインフレーションりつは98.3%[53]、2016ねんのインフレりつは700%にたっした。2008ねんから2016ねんまでのボリバル・ソベラノ累積るいせきインフレりつは2,000%をえている[54]。2018ねん7がつ23にち国際こくさい通貨つうか基金ききんは、2018ねんまつボリバル・ソベラノのインフレりつが100まん%にたっするむね見解けんかい発表はっぴょうした[55]さきえない経済けいざい治安ちあん混乱こんらん国民こくみん生活せいかつ疲弊ひへいし、2019ねん6がつ時点じてんで400まんにん以上いじょうが、国境こっきょうえてみなみアメリカ各国かっこくコロンビア:やく130まんにんペルー:76.8まんにんチリ:28.8まんにんエクアドル:26.3まんにんアルゼンチン:13まんにんブラジル:16.8まんにん)へ流出りゅうしゅつしたと推測すいそくされている[56][57][58]

議論ぎろん 編集へんしゅう

森永もりなが卓郎たくろうは「ハイパー・インフレーションは、輸入ゆにゅう価格かかく人件じんけん利益りえきのいずれかが極端きょくたんおおきくなったときにきる。人件じんけん利益りえきが10ばいになるということはかんがえられず、現実げんじつてきなのは輸入ゆにゅう価格かかくおおきくなることである」と指摘してきしている[59]

物価ぶっか供給きょうきゅうコストの合計ごうけい = 輸入ゆにゅう価格かかく + 人件じんけん + 利益りえき[59]

経済けいざい学者がくしゃ飯田いいだ泰之やすゆきは「ハイパーインフレがきるくにとおりだけである。通貨つうか発行はっこう主体しゅたい継続けいぞくせいうたがわれた場合ばあいたとえば外国がいこく占領せんりょうされるんじゃないかという場合ばあいと、すでに占領せんりょうされてしまった場合ばあい。つまり、くに崩壊ほうかいする、革命かくめい戦争せんそうという状況じょうきょうこりえるものである」と指摘してきしている[60]

経済けいざい学者がくしゃ若田部わかたべあきらきよしは「ハイパーインフレが先進せんしんこくきるのはまれである。ハイパーインフレは、社会しゃかい混乱こんらん状態じょうたいおちいるときにきやすい」と指摘してきしている[61]

経済けいざい学者がくしゃ田中たなか秀臣ひでおみは「歴史れきしてき経験けいけんからてハイパーインフレの原因げんいんは、おも深刻しんこく財政ざいせい赤字あかじをファイナンスするためのシニョリッジの利用りよう、その帰結きけつとしての急激きゅうげき貨幣かへい成長せいちょうりつにある」と指摘してきしている[62]田中たなかは「『きょう解消かいしょうするためにおこなわれた金融きんゆう政策せいさく原因げんいんでハイパーインフレがきた』という歴史れきしてき経験けいけん存在そんざいしない」と指摘してきしている[15]

脚注きゃくちゅう 編集へんしゅう

注釈ちゅうしゃく 編集へんしゅう

  1. ^ 計算けいさんしきは、1.512 = 129.746
  2. ^ 計算けいさんしきは、(129.75 -1) * 100(%)

出典しゅってん 編集へんしゅう

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