天使てんしのたまご

『天使てんしのたまご』（てんしのたまご）は、1985年ねん12月15日にちに発売はつばいされた日本にっぽんのOVAである。原案げんあん・監督かんとく・脚本きゃくほんは、押井おしい守まもる。71分ふん。発売はつばい元もとは徳間書店とくましょてん。OVAながら新宿しんじゅく東映とうえいホール1でOVA発売はつばい前まえに劇場げきじょう公開こうかいされた。

天使てんしのたまご
OVA：天使てんしのたまご
監督かんとく	押井おしい守まもる
脚本きゃくほん	押井おしい守まもる
キャラクターデザイン	天野あまの喜孝よしたか
音楽おんがく	菅野かんの由ゆかり弘ひろし
アニメーション制作せいさく	スタジオディーン
製作せいさく	徳間とくま康やすし快かい
テンプレート - ノート
プロジェクト	アニメ
ポータル	アニメ

DVD版はんも2001年ねんにパイオニアLDCから販売はんばいされている。2007年ねん1月がつに徳間書店とくましょてんよりDVD版ばん再発さいはつ。2013年ねん8月がつにはBlu-ray版ばんが発売はつばいされた。発売はつばい元もとは徳間書店とくましょてん、販売元はんばいもとはポニーキャニオン。

公開こうかい40周年しゅうねん記念きねんとして、2025年ねんの発売はつばいを目標もくひょうに4Kリマスター版ばんが押井おしいの監修かんしゅうの元もとで制作せいさくされることが決定けっていした。

あらすじ

ノアの方舟はこぶねが陸地りくちを見みつけられなかったもう1つの世界せかい。巨大きょだいな眼球がんきゅうを模もし、中なかに複数ふくすうの人ひと型がたの彫像ちょうぞうが鎮座ちんざする宗教しゅうきょうの象徴しょうちょうのような機械きかい仕掛しかけの太陽たいようが海うみに沈しずみ、世界せかいは夜よるを迎むかえる。

方舟はこぶねの中なかの動物どうぶつがすべて化石かせきになった頃ころ、忘わすれ去さられた街まちで一人ひとりの少年しょうねんと一人ひとりの少女しょうじょが出会であう。

少女しょうじょは思おもい出だせないくらい昔むかしからそこにいて卵たまごを抱だいている。それが「天使てんしのたまご」だと信しんじて。

少年しょうねんは少女しょうじょに言いう。「卵たまごというのは、割わってみなくては中なかに何なにが入はいっているのか分わからないのだよ」と。

夜よごとに、忘わすれ去さられた街まちでは魚さかなの影かげが現あらわれ、影かげを狩かるために漁師りょうしたちが銛を打うつ。そして激はげしい雨あめが街まちを水没すいぼつさせる。

少年しょうねんが「鳥とりを知しってるよ」という少女しょうじょに連つれられて見みたものは羽はねの生はえた人間にんげんを模もした天使てんしの骸骨がいこつの化石かせきだった。少女しょうじょはこの天使てんしを孵かえすために卵たまごをあたためているのだと言いう。

少女しょうじょが深ふかい眠ねむりについている時とき、眠ねむれない少年しょうねんは卵たまごを打うち砕くだいて、彼女かのじょの元もとを去さった。

その事ことに気きづいた少女しょうじょは去さっていく少年しょうねんを追おう。だが、途中とちゅうで地面じめんの裂さけ目めに気きづかず、水みずを湛たたえたその裂さけ目めの中なかへ真まっ逆さかさまに墜落ついらくしてゆく。まるで水みずに映うつったもう一人ひとりの自分じぶんと出会であうようにして。

海岸かいがんでまた一人ひとりになった少年しょうねんは海うみを見みつめる。再ふたたび世界せかいが朝あさを迎むかえ、海うみから太陽たいようが上あがる。その中なかに新あたらしい彫像ちょうぞうがあった。卵たまごを抱だいた少女しょうじょのものであった。少年しょうねんは、いつまでも少女しょうじょの彫像ちょうぞうを見上みあげるのだった。

空そらを見上みあげる少年しょうねんを上うえから見みる映像えいぞう。その映像えいぞうはどんどん引ひいていき、最後さいごに少年しょうねんの立たっている海岸かいがん、世界せかいの形かたちが明あかされる。世界せかいが巨大きょだいな方舟はこぶねであることが明あきらかになり、物語ものがたりは幕まくを閉とじる。

登場とうじょう人物じんぶつ

少年しょうねん

声こえ - 根津ねづ甚八じんぱち

十字架じゅうじかにも見みえる大おおきな武器ぶきを担かついだ少年しょうねん。赤あかい戦車せんしゃに乗のって、どこからともなく廃墟はいきょの町まちへやって来くる。

鳥とりを追おいかけて、さまよい続つづけてきた。それ以前いぜんの記憶きおくは無なくしてしまっている。

少女しょうじょ

声こえ - 兵藤ひょうどうまこ

廃墟はいきょの町まちでガラスの瓶びんを集あつめながら、独ひとりで暮くらす幼おさない少女しょうじょ。たまごを抱いだきかかえている。

何なん十じゅう万まん年ねんも瓶びんを集あつめ続つづけて生いきてきた。

作品さくひん概要がいよう

生死せいしや世界せかいの変化へんかは描えがかれるものの起伏きふくのあるストーリーはほとんど存在そんざいしない前衛ぜんえい的てき内容ないようである。押井おしいが言いうに、見所みどころはストーリーではなく、たまごの中なかに何なにが入はいっているのかという点てんであるという。

旧約きゅうやく聖書せいしょ・創世そうせい記きに登場とうじょうするノアの方舟はこぶねのエピソードを独自どくじに解釈かいしゃくした物語ものがたりをベースにしている。キーワード「方舟はこぶね」は押井おしいの複数ふくすうの後作あとさくに形かたちを変かえて登場とうじょうしており、押井おしいの作品さくひん世界せかいを語かたる上じょうで重要じゅうような一いち作さくである。なお「はこぶね」の一般いっぱん的てきな漢字かんじ表記ひょうきとしては「箱船はこぶね」「箱はこ舟ぶね」等とう複数ふくすうの表記ひょうきがあるが、押井おしいはこの作品さくひん以降いこう「方舟はこぶね」に統一とういつした。

登場とうじょうする意味深いみしんげなモチーフは聖書せいしょにおけるシンボルの暗喩あんゆで、例たとえば「魚さかな」は「言葉ことば」、「鳥とり」は「命いのち」を意味いみするなどが挙あげられるという考察こうさつもある。原画げんが担当たんとうだった当時とうじ若手わかての貞さだ本義ほんぎ行ぎょう曰いわく、この時ときの押井おしいは聖書せいしょのシンボル事典じてんを横よこに置おいて作業さぎょうしていたという。全体ぜんたいのモチーフは、押井おしいが影響えいきょうを受うけたアンドレイ・タルコフスキーの『惑星わくせいソラリス』に酷似こくじしている。

この作品さくひん自身じしんもビデオソフトが後のちに廃盤はいばんになり、DVDなどで再発さいはつされるまでの間あいだ、作品さくひんの入手にゅうしゅ手段しゅだんが完全かんぜんになくなる不遇ふぐうの時代じだいを経験けいけんしている。監督かんとく料りょうはもらわずに、制作せいさく者しゃ印税いんぜいのみの契約けいやくだったが、印税いんぜいはほとんど入はいらなかったので貧乏びんぼう生活せいかつを送おくった。

製作せいさく

背景はいけい

当初とうしょ押井おしいはこの作品さくひんを、「環たまき八はちに雄大ゆうだいな方舟はこぶねが入港にゅうこうしてきたらすごいだろうな!」という思おもい付つきから、「わけのわからない連中れんちゅうがたむろする24時じ間あいだ営業えいぎょうのコンビニエンスストアに、何故なぜか毎夜まいよ8時じになると空そらから方舟はこぶねが降おりてくる。ある日ひ卵たまごを抱かかえた少女しょうじょが突如とつじょ方舟はこぶねから降おりてくる。それが縁えんとなり、更さらにすごい方舟はこぶねがやって来くることを知しった全すべてのキャラクターが待まちわびる」という、コミカルで軽かるい雰囲気ふんいきに仕上しあげようと考かんがえていたそうだが、天野あまのの絵えを見みた途端とたんに「このキャラで現実げんじつの日本にっぽんを舞台ぶたいにするのは辛つらい」「これはまっとうなファンタジーでやらないと駄目だめだ」と考かんがえを改あらためた。

基本きほんコンセプトは「基本きほんは固定こていされた画面がめんで進行しんこうし、フォロー・ショット、パンは使つかわない」「時代じだいの中なかの無意識むいしきを取とり出だす。それに成功せいこうすれば、観客かんきゃく個人こじんの無意識むいしきの中なかにある風景ふうけいに共感きょうかんしてくれるのではないか」「語かたっても言葉ことばにならない部分ぶぶんを伝つたえて、時代じだいを違ちがった角度かくどから明あかす」「日常にちじょうを忘わすれてスカッとさせるのではなく、観客かんきゃくが予想よそうもしなかった物ものを見みつけ出だす喜よろこびを見出みだせるようなエンターテイメント作品さくひんを作つくる」「「物語ものがたり性せいは極力きょくりょく排除はいじょして、シンプルにする。アニメーションの面白おもしろくて、豊ゆたかな表現ひょうげん力りょくを積つみ重かさねて、その上うえで物語ものがたり性せいを出だす様ようにする」」「カール・グスタフ・ユングの分析ぶんせき心理しんり学がくの『元もと型かた』『集合しゅうごう的てき無意識むいしき』の要領ようりょうであらゆるモチーフを象徴しょうちょう的てき表現ひょうげん・暗喩あんゆで埋うめ尽つくす」事こととした。

宮崎駿みやざきはやおが押井おしいに仕事しごと先さきとして、徳間書店とくましょてんを紹介しょうかいした所ところから、企画きかくが本格ほんかく的てきに動うごき出だした。

「	少女しょうじょと女おんなの境界きょうかい線せんは いったいどこにあるのだろうか 少女しょうじょがひとりの少年しょうねんに出会であい 少女しょうじょであることから 解放かいほうされる日ひ その日ひのために用意よういされる 壮大そうだいで幻想げんそう的てきな物語ものがたり そして現代げんだいに蘇そえる ノアの箱はこ舟ぶね伝説でんせつ SFハードメルヘン 「天使てんしのたまご」は 女おんなの子このためのアニメーションです ―『天使てんしのたまご』企画きかく書しょ・前文ぜんぶんより。	」
—鈴木すずき敏夫としお（大だい日本にっぽん絵画かいが刊かん「押井おしい守まもる・映像えいぞう機械きかい論ろん[メカフィリア]」押井おしい守まもる・竹内たけうち敦志あつし著しるp.73より）

企画きかく書しょは鈴木すずき敏夫としおが一いち晩ばんで書かき上あげたが、その内容ないようは見みた押井おしいは「これのどこが『天使てんしのたまご』だ!」と怒おこる程ほどのいい加減かげんな内容ないようであり、押井おしいは「言いいたいことを好すき放題ほうだい言いってやる。全部ぜんぶ喋しゃべってダメならそれでもいい」「映画えいがの企画きかくとして提案ていあんすると企画きかくが通とおらなくなるし、映画えいがとして発表はっぴょうしてはいけない」と決意けついを固かため、重役じゅうやく会議かいぎの際さいに押井おしいはスポンサーの徳間書店とくましょてんの当時とうじの専務せんむ・常務じょうむ・社長しゃちょうに対たいして、「単純たんじゅんな、男おとこと女おんなの物語ものがたりである」「芸術げいじゅつ的てきな映画えいがだけど、アニメーションでそういうことをやるのが絶対ぜったいに必要ひつようなんだ」「この作品さくひんは作家さっかの書かき下おろしの小説しょうせつの枠わくでやらせてくれ。原作げんさくも書かくから」「作家さっかとして映画えいがを作つくりたい。だから監督かんとく料りょうはいらない。印税いんぜいだけで監督かんとくをやってみたい」と2時じ間あいだくらい説得せっとくした。結果けっか徳間書店とくましょてんのバックアップと制作せいさく費ひ8千せん万まん円えんを受うけ、この『天使てんしのたまご』が世よに出でることになった。実じつは、問題もんだいの企画きかく書しょは後のちにわざと押井おしいを怒おこらせるために鈴木すずきが用意よういしたダミーであり、押井おしいが言いいたいことをスポンサーの上層じょうそう部ぶに臆おくせず堂々どうどうと言いうことで、上層じょうそう部ぶが監督かんとくに対たいして作家さっかに接せっする時ときと同おなじ敬意けいいを持もってもらうための作戦さくせんだった。それを知しった押井おしいは、この経験けいけんを通とおして「『企画きかく書しょを会社かいしゃに認みとめさせるために、どのような手段しゅだんが許ゆるされるのか』について、深ふかい感銘かんめいを受うけた」と振ふり返かえっている。押井おしいと当時とうじ徳間書店とくましょてんの編集へんしゅう者しゃであった鈴木すずきが組くんだ初はじめての作品さくひんであり、『天使てんしのたまご』というタイトルも鈴木すずきが考案こうあんした（押井おしいが仮かりでつけていたタイトルは『水棲すいせい都市とし』だったという）。

海外かいがいへのロケーション・ハンティングの予算よさんが得えられない所ところか、考かんがえすらなかったため、代かわりにフランスの地方ちほう都市としの写真しゃしん集しゅうを基もとにして世界せかい観かんを構想こうそうされている。その無人むじんの路地ろじ・石畳いしだたみの舗道ほどう・建築けんちくの奇き怪かいな意匠いしょう・空そらを映うつす窓まど等とうの写真しゃしんから、半なかば自動的じどうてきに設定せっていが生うまれ、「街まちの様式ようしきや意匠いしょうを描写びょうしゃすることで物語ものがたり以前いぜんの何なにかを表現ひょうげんのみで成立せいりつさせるアニメ」を実現じつげんしようと試こころみた。

脚本きゃくほん

押井おしいはシナリオ制作せいさくに辺あたり、「映画えいが・小説しょうせつ・テレビアニメ・劇場げきじょうアニメ・OVA等とう、どの世界せかいでも物語ものがたりを『表現ひょうげんする』ことが難むずかしくなっている。例たとえば『愛あい』『勇気ゆうき』『希望きぼう』という言葉ことばが、その内実ないじつを掘ほり下さげて伝つたえるのではなく、単たんなる記号きごう・情報じょうほうになってしまっている。メカが登場とうじょうすれば、作品さくひんがどう展開てんかいするのかが受うけ手ては読よめてしまう。カットやシーンすらも記号きごうになってしまった」と当時とうじの状況じょうきょうを嘆なげき、それを打うち破やぶる試こころみとして『寓話ぐうわ』『諷刺ふうし』『たとえ話はなし』として構成こうせいする様ように志こころざし、「オーソドックスな伏線ふくせんを張はって、ラストで結論けつろんに結むすび付つく」という説話せつわ的てきな方法ほうほう論ろんを極力きょくりょく排除はいじょして、モンタージュ・間あいだ・構成こうせいを大幅おおはばに曖昧あいまいにし、並ならべ方かたを分わかりづらくし、その中なかでイメージ同士どうしをぶつけ合あうことによって、そこから「どういう作つくり方かたが開発かいはつできて、プロット・シチュエーションが視聴しちょう者しゃにどう見みえるか」に挑戦ちょうせんした。

最初さいしょに押井おしいが「『うる星せいやつら2 ビューティフル・ドリーマー』で表現ひょうげんした『女おんなの子この見みる夢ゆめ』を更さらに推おし進すすめる」「聖書せいしょでは『方舟はこぶねはアララト山さんに辿たどり着つき、そこから新あたらしい物語ものがたりが始はじまった』という風ふうになっているけど、本当ほんとうは方舟はこぶねはアララト山さんに着つかず、今いまも暗闇くらやみの中なかを漂ただよっているのではないか?現実げんじつ世界せかいは実じつは方舟はこぶねの密封みっぷうされた世界せかいで営いとなまれているのではないか?」をメインテーマにしたプロットを書かき、「企画きかくを通とおしたいから、物語ものがたりだけではなくて、イメージボードも欲ほしい」と天野あまのにオファーを出だした。プロットの時点じてんで天野あまのは作品さくひんの世界せかい観かんの広ひろさを感かんじ、「時間じかんがあれば幾いくらでも描えがけそう」と思おもいながらも、広ひろがりを留とめてコンセプトを固かためるために、押井おしいに書かきたいテーマをピックアップしてもらった上うえでイメージボードを書かき上あげていった。天野あまのが描えがき上あげたイメージボードをアニメーター達たちに見みてもらい、追加ついかして欲ほしいアイディアを募つのり、同時どうじにレイアウトシステムも構築こうちくしていった。

正式せいしきな脚本きゃくほんの決定けってい稿こうはないも同然どうぜんで、事前じぜんにメモに書かき込こんだ「受胎じゅたい告知こくち」「方舟はこぶね」「沈しずむ太陽たいよう」「夜よるに十字架じゅうじかを背負せおって、戦車せんしゃに乗のって訪おとずれる少年しょうねん」等とうのアイディアをいきなり絵えコンテで描えがきながら、はめ込こんでいった。これは「アンドレイ・タルコフスキーのように起承転結きしょうてんけつのあるドラマではなく、表現ひょうげんだけで映画えいがを作つくる」という狙ねらいがあった。

セリフの書かき方かたについて、「うる星せいやつら」の場合ばあいは「キャラクター同士どうしが饒舌じょうぜつに喋しゃべっているけど、一ひとつひとつの言葉ことばに大たいした意味いみは持もっていない。その中なかから、何なにかを新あたらしく表現ひょうげんする」という姿勢しせいで書かいていたが、本ほん作さくでは逆ぎゃくの「言葉ことばで表現ひょうげんしようとすると観念かんねん的てきになってしまい、そのままでは社会しゃかいに出だしても通用つうようしない言葉ことばになると思おもう。だから言葉ことばが出でてきそうなシーンでも、徹底的てっていてきに抑制よくせいして、これ以上いじょうそぎ落おとせない所ところまでそぎ落おとす。それが自分じぶんの表現ひょうげんにもなる」という姿勢しせいで書かいた。

デザイン

天野あまの喜孝よしたかは単純たんじゅんな「キャラクターデザイン」ではなく、「アートディレクション」という役職やくしょくになったが、その役割やくわりは押井おしい曰いわく「本来ほんらい1つの作品さくひんを作つくるために、沢山たくさんの各かくシーンのイメージイラストを描えがいた。それを壁かべに貼はって、順番じゅんばんを入いれ替かえたりしながら各かくシーンのイメージを決定けっていしていき、そのシーンを担当たんとうするアニメーターがキャラクターを含ふくめてそのシーンを作つくるものだった。しかし、次第しだいにそこまで手間てまをかけられず、現場げんば全体ぜんたいが『絵えコンテからアニメーターがレイアウトを起おこし、キャラクターは設定せってい表ひょうを見みてそのシーンに描えがき込こむ』という流ながれ作業さぎょうになってしまった。このままでは作品さくひん世界せかいに膨ふくらみが無なくなってしまう」と危惧きぐし、絵えコンテから原画げんがを描えがき上あげる前まえに、もう一度いちど天野あまのが絵えコンテを元もとにイメージを膨ふくらませる様ようにした。それが天野あまのによる大量たいりょうのイメージボードの制作せいさくへとつながり、アニメーターはそれを見みてもう一度いちどレイアウトを起おこしていくことで、世界せかい観かんに厚あつみを持もたせる様ようにした。

天野あまのはキャラクターのデザイン作業さぎょう以外いがいにも、大道具おおどうぐ・小道具こどうぐのデザイン、イメージポスターを描えがき上あげ、髪かみの色いろ・肌はだの色いろ等とうフィルム全体ぜんたいの色彩しきさい設定せっていを押井おしいと相談そうだんしながら決きめていった。

天野あまのはデザインの際さいに、影かげの付つけ方かたまで指定していしたが、線せんの引ひき方かたは作画さくが監督かんとくの名倉なくら靖博やすひろがまとめた。名倉なくらは押井おしいの「体からだが普通ふつうに動うごいていても、髪かみの毛けはスローモーション気味ぎみに」という演出えんしゅつ指示しじに答こたえるために、髪かみの毛けの量りょうを多おおくした。それは線せんも増ふえていくことであり、動画どうがスタッフ達たちからは「動うごかせない」とクレームが来きて、それでも名倉なくらは「やって下ください」と頭あたまを下さげた。

天野あまのは「僕ぼくがまとめて線せんまでやったら、あの感かんじにはならなかった。名倉なくら君くんが1本ほん1本ほんこだわって描えがいてくれたので、驚おどろきながらもピッタリきた」と称賛しょうさんした。

「少年しょうねん」のデザインのコンセプトは天野あまのの出だしたラフデザインから、逆算ぎゃくさんして性格せいかくや行動こうどう等とうのイメージを作つくり上あげていった。イメージは「戦士せんし」「旅人たびびと」を想定そうていしていた。天野あまのはロングショットにも耐たえられる様ようにシルエットをあっさりさせて、髪かみの色いろをホワイトにし、肌はだの色いろは黒くろを基調きちょうにしたデザインを決定けってい稿こうにした。押井おしいは絵えコンテを切きる時ときに「『少年しょうねん』が『少女しょうじょ』に感情かんじょう移入いにゅうするのを客観きゃっかん的てきに描えがくのではなく、自分じぶん自身じしんが『少女しょうじょ』に『30代だいの男性だんせい』『父親ちちおや』ではなく、少年しょうねん時代じだいの自分じぶんとして見みられたい」と自身じしんを投影とうえいさせながら切きっていった。

押井おしいは「少女しょうじょ」のデザインのコンセプトについて、「最初さいしょから、ただ『私わたしはかわいい』という即そく物的ぶってきなデザインにしていては、アニメーションとしての新あたらしい表現ひょうげんが成立せいりつしないし、他たのキャラクターが引ひき立たて役やくになってしまう。実写じっしゃの女おんなの子この表現ひょうげんは可愛かわいい顔かおをする時ときもあれば、お婆ばあさんの様ように疲つかれた顔かおもするし、赤あかん坊ぼうみたいに無垢むくな顔かおもする。そういう表現ひょうげんがアニメーションでもできないか」という狙ねらいを持もっていた。天野あまのが描えがいた「少女しょうじょ」のデザインを押井おしいは「『かわいい』と言いうより『妖あやしい』。これなら『子供こども』ではなく『少女しょうじょ』を描えがける」と大変たいへん気きに入いった。それを聞きいた天野あまのは、スピンオフの絵本えほん「天使てんしのたまご 少女しょうじょ季き」にて「全すべての女おんなの子こが持もっている可能かのう性せい」を1枚まい絵えで表現ひょうげんする様ようにした。

「巨大きょだいな機械きかい」は押井おしいは最初さいしょに「目玉めだまに見みえて欲ほしい。誰だれの手てにも届とどかない世界せかい――ある種しゅの彼岸ひがんのイメージを出だしたい」と志こころざした。デザインの注文ちゅうもんを出だした時ときには「ゴシック建築けんちくの寺院じいん・石油せきゆコンビナート工場こうじょう・五百羅漢寺ごひゃくらかんじにも見みえる」「球体きゅうたいの巨大きょだいな都市とし」「キリスト教きょうの聖ひじり像ぞう」等ひとしどの様さまにもイメージできるように発注はっちゅうした。しかし天野あまのの絵柄えがらの影響えいきょうもあり、次第しだいに「仏陀ぶっだ」「観音かんのん菩薩ぼさつ」をイメージしたデザインに変かわっていった。その現象げんしょうについて押井おしいは「それぞれの時点じてんでその別べつのイメージがあり、それが物語ものがたりに果はたす役割やくわりがあり、最終さいしゅう的てきに一ひとつにまとめた時ときにどう見みえるかは全まったく違ちがう」「細部さいぶへの個人こじん的てきな思おもい入いれというのは、飽あくまで自分じぶん1人にんの思おもい入いれであって、映画えいがに込こめた物ものとは異ことなる。そういう所ところがアニメーションで映画えいがを作つくっている時ときの最大さいだいの面白おもしろさ」と振ふり返かえっている。

押井おしいは「内臓ないぞうを詰つめ込こんだ甲冑かっちゅうみたいな感かんじで」と「戦車せんしゃ」のデザインを発注はっちゅうし、見事みごとに天野あまのは注文ちゅうもん通どおりの戦車せんしゃを書かいたが、そのまま使つかうのは動画どうがにできないので、名倉なくらがデザインを清書せいしょした。戦車せんしゃ一いち個こ中隊ちゅうたいが出現しゅつげんするシーンはラッシュフィルムを見みた押井おしいが「血ちが逆流ぎゃくりゅうした」と興奮こうふんしたが、その60枚まい分ぶんの動画どうがが完成かんせいするのに2か月げつかかり、仕上しあげのスタッフ達たちからはクレームがきた。

「街まちの男おとこ達たち」は「各自かくじの個性こせいを際立きわだたせず、淡々たんたんとしながらも力強ちからづよさだけは感かんじさせるように」「着きている服ふくはハーマン・メルヴィルの『白鯨はくげい』に出でてくる漁師りょうし達たちが着きている重おもたいコートの感かんじを出だして欲ほしい」と天野あまの・アニメーター達たちに指示しじした。

「天使てんしの化石かせき」は「恐おそろし気きに見みえるが、美うつくしくなければいけない」と小林こばやしに指示しじした。

美術びじゅつ

小林こばやし七郎しちろうは「画用紙がようしで描えがかれた克明こくめいな美術びじゅつ背景はいけいの上うえに、更さらに油性ゆせいのサインペンでタッチ・色いろを描えがき込こんだセル画がを1枚まい重かさねることで、建物たてものの壁かべの荒々あらあらしさ等とう細こまかい部分ぶぶんを表現ひょうげんする」という手法しゅほうを全すべての背景はいけいで採用さいようした。これは「画面がめんのリアリティを出だしたい」「『キャラクターの面白おもしろさ中心ちゅうしんで、背景はいけいが主張しゅちょうし過すぎるとキャラクターが死しんでしまうから適当てきとうでいい』なんて風潮ふうちょうはおかしい。刺激しげきがエスカレートしていくと、アニメーションを退廃たいはいさせるという不毛ふもうの道みちを歩あゆむことになってしまう」という小林こばやしの意向いこうによるものである。押井おしいも「基本きほん的てきに絵柄えがらが良よければ、質感しつかん・色彩しきさい等とうは美術びじゅつがどう捉とらえて、どう引ひき出だすかに任まかせるべきだ」と考かんがえて、敢あえて止とめなかった。

小林こばやしは事前じぜんにアニメーターが描えがいてきたレイアウトを、事前じぜんに押井おしい・天野あまのとイメージボードで統一とういつした「色いろのない世界せかい」「石柱せきちゅうのレイアウト一ひとつとっても独特どくとくの理屈りくつがある。どの様ように画面がめんを切きり取とるかで、奥行おくゆきが様変さまがわりするから、それをどこまで制御せいぎょして、どこを目立めだたせるか」というコンセプトに合あわせて、ゴシック調しらべの世界せかい観かんを持もち込こみ、重量じゅうりょう感かんのある世界せかいを作つくり出だしていった。そのために、形かたち・線せん・タッチ・色調しきちょう・明暗めいあん等とうを全すべて統一とういつ・修正しゅうせいしていった。作画さくがスケジュールの半分はんぶんはレイアウトの修正しゅうせいに費ついやした。小林こばやしは美術びじゅつ・レイアウト以外いがいに色彩しきさい設計せっけいにも関与かんよしたため、半分はんぶん以上いじょうが1枚まい毎ごとの背景はいけい美術びじゅつの表現ひょうげん力りょくを高たかめる作業さぎょうとなり、カット数すうは通常つうじょうの映画えいがの3分ぶんの1（71分ふんで約やく400カット）となった。

小林こばやしは、作業さぎょうの際さいにまず「上あがってきた背景はいけい原図げんずを問答もんどう無用むようで消けしゴムで消けす」所しょから始はじめた。当然とうぜん上あげたアニメーター達たちからは非難ひなんが殺到さっとうしたが、小林こばやしは全まったく動揺どうようせず、消けしながら「レイアウトは理屈りくつであり、雰囲気ふんいきではない」「明確めいかくな理論りろんを持もった上うえで上あげなければいけない」「嘘うそを排除はいじょしていけば、自おのずと画面がめんは存在そんざい感かんを持もったものになる」ということをアニメーター達たちの目めの前まえで説教せっきょうした。その叱責しっせきは「罵詈ばり雑言ぞうごん」と言いってもいい程ほどにひたすら貶けなすようない方いかただったため、押井おしいは「どうしてそこまで言いうんだろう」と引ひいた。ただ、修正しゅうせいされた背景はいけいは確実かくじつに良よくなっていったため、アニメーター達たちと押井おしいは全まったく文句もんくが言いえず、納得なっとくするしかなかった。

押井おしいはこの経験けいけんを元もとに基本きほん的てきなレイアウトの見方みかたを学まなび、「『機動きどう警察けいさつパトレイバー』以降いこうで、レイアウトをチェックする時ときに三角さんかく定規じょうぎを手放てばなせなくなった」と語かたり、後のちに独自どくじのレイアウトシステムを確立かくりつする契機けいきとなった。

作画さくが

押井おしいは「作品さくひんが持もっているリズム・描えがくことで生うまれてくるテンポ・軽かるさ・躍動やくどう感かんとは全まったく別べつの『重おもい表現ひょうげん』を生うみ出だす」ことを作画さくが表現ひょうげん上じょうのメインテーマとし、中ちゅう割わりの枚数まいすうが増ふえることによって出でてくる「表現ひょうげんの不自由ふじゆうさが生うみ出だす奇妙きみょうな緊張きんちょう感かん」を面白おもしろく感かんじた。

押井おしいは「アニメーターの一人ひとりひとりが、各自かくじにテーマを持もちながら、作品さくひんを完成かんせいさせて欲ほしい」「1つのカット・シークエンス・シーンが物語ものがたりを進行しんこうさせるための記号きごうになるような絵えを描えがいて欲ほしくない。1つのカットが動うごくアニメーションとして何なにかを表現ひょうげんして、訴うったえるような絵えを描えがいて欲ほしい」「芝居しばいをただリアルに見みせるのではなく、動うごきがあっても1枚まいの絵えとして見みせる。動うごかして、尚なお且かつ緊張きんちょう感かんを出だす様ように」とアニメーター全員ぜんいんに注文ちゅうもんし、具体ぐたい的てきな指示しじはほとんど出ださなかった。名倉なくらは「ねちっこい演技えんぎで、精神せいしん的てき・内面ないめん的てきな物ものを出だしたいのではないか」「表情ひょうじょうをバッと出だすのではなく、抑おさえてもなお滲にじみ出でてくる感情かんじょうを期待きたいしているのではないか」と解釈かいしゃくし、押井おしいの出だしたイメージを感覚かんかく的てきに捉とらえて、自分じぶんの感覚かんかくで描えがいた。

名倉なくらは鈴木すずきから誘さそわれる形かたちで参加さんかして、原画げんがスタッフとしての作業さぎょうに留とまる予定よていだった。当初とうしょは作画さくが監督かんとくはなかむらたかしが務つとめる予定よていだったが、「工事こうじ中止ちゅうし命令めいれい」の作業さぎょうが大詰おおづめを迎むかえていたため、なかむらは参加さんかできなくなった。困こまった押井おしいが名倉なくらが描えがいたレイアウト・原画げんがが本ほん作さくの世界せかい観かんにハマっていたのを見みて、押井おしいの独断どくだんで名倉なくらを作画さくが監督かんとくに任命にんめいした。押井おしいはその時ときの理由りゆうに「名倉なくら君くんが最初さいしょに描えがいたレイアウトの時点じてんで、絵えがデリケートで、背景はいけいの設定せっていの仕方しかたを一ひとつ取とっても、名倉なくら君くんの表現ひょうげんしたいものが込こめられている。『これならいける』と思おもった。ひょうたんからコマという感かんじになったけど、この作品さくひんの救世主きゅうせいしゅになってくれた」と語かたっている。

名倉なくらは作画さくが監督かんとくとして、小ちいさな演技えんぎ・細こまかい表情ひょうじょう・目もくと顔がおの輪郭りんかくを特とくに注意ちゅういしてチェックした。押井おしいからは「実写じっしゃの感覚かんかくで光こうが上じょうからくると、顔かおはお面めんを被こうむったようになるから注意ちゅういして」と指示しじされ、実際じっさいに表情ひょうじょうの表現ひょうげんで、顔かおの頬ほおに影かげを入いれると一気いっきに大人おとなっぽくなってしまうため、影かげの使つかい方かたに苦労くろうした。また、今いままでの現場げんばで作画さくが枚数まいすうが制限せいげんされていたことへの反動はんどうで、3コマでの描写びょうしゃでいい所しょを2コマにタイムシートの指示しじを書かき換かえたり、時ときには名倉なくら自みずから1コマの描写びょうしゃにして、髪かみ・衣服いふくの描写びょうしゃを強調きょうちょうした。実際じっさいの作画さくが監督かんとくとしての修正しゅうせい作業さぎょうは3ヶ月かげつしかなかったが、「死しにそうだったけど、確実かくじつに次つぎのステップになった。やってよかった」と振ふり返かえり、押井おしいも「最初さいしょは作画さくが上じょうの事ことで話はなし合あったりしたけど、後半こうはんはほとんど任まかせっぱなしと言いってもいいほど信頼しんらいしていた」「当初とうしょのイメージはもっとシャープな、光ひかりと影かげのコントラストの強つよい絵えだった。でも、『名倉なくら君くんの繊細せんさいなタッチでもいいんだな』と思おもえた。もうこの作品さくひんにピッタリ」「初はじめての作画さくが監督かんとくで、あそこまで自分じぶんのやりたい表現ひょうげんを出だせるのは並なみではない。スケジュールも、彼かれのペースに上手うまくのせられてしまった」と名倉なくらの仕事しごとぶりを絶賛ぜっさんしている。

「王立おうりつ宇宙うちゅう軍ぐん オネアミスの翼つばさ」の企画きかく書しょのイメージボードの書かき方かたに悩なやんでいた貞さだ本義ほんぎ行ぎょうに、押井おしいが「今いま、天野あまのがイラストを描えがいているから勉強べんきょうしに来こい」と誘さそった。貞さだ本ほんは原画げんがを描えがきながら、天野あまのの仕事しごとを後うしろから眺ながめて、天野あまのからは怪訝けげんな表情ひょうじょうをされた。貞さだ本ほんは「天野あまのさんと押井おしいさんのセッションに興味きょうみがあったので、押井おしいさんに仕事場しごとばを見みせてくれる様ように頼たのんだが、結局けっきょく天野あまのさんの邪魔じゃまをしただけだった。だけど、この時ときの天野あまのさんの描えがき方かた・カラーインクの使つかい方かた等とうがお気きに入いりで大おおきな影響えいきょうを受うけた」と振ふり返かえっている。

庵あん野の秀明ひであきが作画さくがスタッフとして参加さんかしていたが、その想像そうぞうを絶ぜっする仕事しごと量りょうに打うちのめされ、2週間しゅうかんで逃走とうそうした。後のちにアニメーターの高木たかぎ弘樹ひろきは「『巨大きょだいな機械きかいの長ちょう尺しゃく・背せ動どう・1カット』の長丁場ながちょうばの原画げんがの注文ちゅうもんを受うけた庵あん野のさんが『1ヶ月かげつかかるから30万まんで受うけますよ』と条件じょうけんを提示ていじし、押井おしい監督かんとくはそのカットを欠番けつばんにした」とも語かたっている。それから2021年ねんの「庵あん野の秀明ひであき展てん」にて、庵あん野のが担当たんとうした本編ほんぺんでは未み使用しようのレイアウトが展示てんじされた。

動画どうがスタッフ達たちは単純たんじゅんに原画げんがと原画げんがの間あいだを埋うめる感覚かんかくで描えがくのではなく、全体ぜんたい的てきにコマ毎ごとに先さきの動うごきを作つくりながら描えがいていった。

音楽おんがく

1981年ねんに「りゅうの目めのなみだ」で共同きょうどうで関かかわったつながりから、押井おしいから菅野かんの由ゆかり弘ひろしにオファーが来きた。

押井おしいからは「ボーカルとピアノを基本きほんに、キリスト教きりすときょう音楽おんがくのイメージを取とり入いれる」「水みずの音おとと音楽おんがくだけで作品さくひんを作つくりたい」というコンセプトを提示ていじされた。そこから「ある程度ていど動画どうがが仕上しあがった所ところで、最初さいしょの劇げき伴ともの録音ろくおんを行おこない、それに合あわせてまた動画どうがを作つくり出だして、もう一度いちど音楽おんがくを録音ろくおんする」という双方向そうほうこうの作つくり方かたを採用さいようした。

1回かい目めの録音ろくおんの際さいにとてもいいテイクが上あがったが、大幅おおはばに映像えいぞうより長ながくなった曲きょくがあり、本来ほんらいだったら録ろくり直なおさなければいけなかった。しかし、押井おしいは「絵えの方ほうを伸のばすから、今いまのを採用さいようしよう」と決きめた。それに菅野かんのは嬉うれしさを覚おぼえたが、直後ちょくごに押井おしいが「後ご400枚まいか」とつぶやいたのを聞きいて恐おそれおののいた。

風かぜをイメージした音色ねいろは、菅野かんののアイディアでコーラスを担当たんとうした人々ひとびとが少年しょうねんの台詞せりふをそれぞれ違ちがったスピード・声色こわいろで話はなしたのを録音ろくおんし、それを編集へんしゅうすることで作つくり上あげた。

キャスティング

斯波しば重治しげはるは「この作品さくひんは形而上学けいじじょうがく的てき・観念かんねん的てき・啓示けいじ的てきな内容ないようだ」という自身じしんの思おもいを踏ふまえて、「子供こどもから大人おとなに変かわる年代ねんだいを意識いしきした、キャラクターの年齢ねんれいに近ちかい人ひと」ではなく「人間にんげんが背負せおっている重おもみが、画面がめんを通つうじて声こえの中なかに出だせる人ひと」を基準きじゅんに選えらび、「声こえの芝居しばいの中なかに、役者やくしゃの存在そんざい感かんを感かんじさせる」様さまな演えんじ方かたを要求ようきゅうした。

根津ねづに対たいしては、押井おしいが根津ねづに前々まえまえから抱だいていたイメージを意識いしきして、名指なざしで起用きようした。

兵藤ひょうどうはアニメーションの仕事しごとは本ほん作さくが初はじめてだった。斯波しばがオーディションテープを初はじめて聞きいた時ときは「キャラクターとの相性あいしょうが良よすぎて、役者やくしゃの存在そんざい感かんが薄うすれてしまう」と危惧きぐしたが、次第しだいに「少女しょうじょの日常にちじょう生活せいかつ感かんを払拭ふっしょくし、且かつ本来ほんらい持もっているキャラクターをきちんと出だしていける人ひとだ」と判断はんだんして、起用きようした。その場ばで一緒いっしょにオーディションテープを聞きいていた押井おしいは「この人ひとでいい」と即断そくだんした。その後ご兵藤ひょうどうと対面たいめんした際さいには、「立派りっぱな女性じょせいなのに、実じつ年齢ねんれいより10歳さい位くらい若わかく見みえた。印象いんしょうが『少女しょうじょ』を感かんじさせる人ひとだったので、かなり気きに入いった」と称しょうしている。

1985年ねん10月がつ14日にちに押井おしい・斯波しば・根津ねづ・兵藤ひょうどうが初はじめて顔合かおあわせした。ミーティングの際さいに根津ねづは押井おしいに「キャラクターを捉つかまえるために、フィルムを見みせて欲ほしい」と注文ちゅうもんした。兵藤ひょうどうはミーティング前まえにアフレコ台本だいほんを読よみ込こみ、キャラクターに対たいしての疑問ぎもん点てんを書かき出だして、ミーティングの時ときに押井おしいに質問しつもんして、解釈かいしゃくを深ふかめていった。アフレコは1985年ねん11月15日にち午後ごご20時じ～16日にち午前ごぜん2時じ30分ふんに浜町はまちょうスタジオで行おこなわれた。

海外かいがい展開てんかい

日本にっぽん国外こくがいでの権利けんりは、著作ちょさく権けん者しゃである徳間書店とくましょてんの尾形おがた英夫ひでおが独断どくだんでロジャー・コーマンに売却ばいきゃくし、その後ごは転売てんばいが繰くり返かえされて、2010年ねん時点じてんでの国外こくがいでの著作ちょさく権けん者しゃは不明ふめいになっている。海外かいがいでの反応はんのうは大おおきいものの、海外かいがい展開てんかいは「未来永劫みらいえいごう不可能ふかのう」と言いっても過言かごんではない状況じょうきょうになっていた。

2024年ねん5月がつ10日とおか、本ほん作さくの4Kリマスター版ばんの国際こくさい販売はんばい権けんをフランスのアニメーション配給はいきゅう会社かいしゃ「ゲベカ・インターナショナル」が獲得かくとくした。

2024年ねん5月がつ30日にち、アメリカの映画えいが配給はいきゅう会社かいしゃ「GKIDS」が本ほん作さくの4Kリマスター版ばんの北米ほくべいでの配給はいきゅう権けんを取得しゅとく。2025年ねんを目途もくとに北米ほくべいにて劇場げきじょう公開こうかいを予定よていしている。

監督かんとくによる解説かいせつ

焚たき火びの横よこで寝ねている少女しょうじょの側がわに少年しょうねんがいて卵たまごを割わる場面ばめんについては、二人ふたりがセックスをやっていると考かんがえてもらってよい、そういう暗喩あんゆを目指めざした描写びょうしゃであったと発言はつげんしている。

大元おおもとのイメージは、押井おしいが子供こどもの頃ころに母親ははおやから聞きいた「女おんなの人ひとは生うまれた時ときからお腹なかにたまごを持もって生うまれてくる」という話はなし・テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物どうぶつ園えん』の「ずっと何なにかを待まち続つづけていた女おんなの子こが、他者たしゃに出会であい、別わかれる事ことで世界せかいが新あたらしくなる」という関係かんけい性せいの変化へんかを主軸しゅじくにした物語ものがたりから作つくられている。

本ほん作さくを、主人公しゅじんこうに感情かんじょう移入いにゅうして、ストーリーを追おっていく見方みかたに対たいするアンチテーゼであったかもしれないと語かたっており、物語ものがたりよりもアニメーションの表現ひょうげんを楽たのしむ姿勢しせいを投なげかけようとしたところがあり、退屈たいくつで眠ねむくなるようなギリギリのところで、緊張きんちょう感かんを持続じぞくさせる小刻こきざみの感動かんどうを与あたえ続つづけたいと語かたっている。

「少女しょうじょ」は「今いままで停止ていしされた時間じかんを生いきてきた存在そんざい」として描えがき、そこに「少女しょうじょ」を現状げんじょうから救すくい出だす存在そんざいでもある、「イエス・キリストを連想れんそうさせる救済きゅうさい者しゃ」として「少年しょうねん」を描えがいた。

「たまご」は「夢ゆめ」「希望きぼう」「可能かのう性せい」等ひとし様々さまざまな意味いみを込こめ、「卵たまごの中なかの鳥とりが見みている夢ゆめの中なかの世界せかい」みたいなもので、今いまはどこにもないものをお腹なかに抱かかえて生いきており、一番いちばん大切たいせつなものと思おもって生いきているが、それが打うち砕くだかれることなしに本当ほんとうの現実げんじつに出会であうことはなく、出発しゅっぱつはありえないといった意図いとを含ふくんでおり、ラストに泡あわがたまごに変かわったのは「鳥とりとなって飛とび立たつのではなく、『卵たまご』として生うまれ変かわることで救すくいや希望きぼうを托たくしているからである」「鳥とりが卵たまごになって、新あたらしい夢ゆめを見みている」という。後のちに「二に百ひゃく何なん十じゅう個この卵子らんし」とも言いった。

「魚さかな」は様々さまざまなモチーフに影響えいきょうされた結果けっかで、「シーラカンスのイメージ」「環たまき八はち通とおりで魚さかなが泳およいでいたら面白おもしろいだろうな」「日常にちじょう的てきに水没すいぼつが繰くり返かえされる都市としに、人間にんげんがいたら面白おもしろいだろう」という日々ひびの個人こじん的てきな妄想もうそうなどと混まざり合あって表現ひょうげんされたと解説かいせつしている。そこから、「実体じったいはないけど、影かげだけはある魚さかな」を絵えとして表現ひょうげんし、それを「無なくなってしまった物ものの記憶きおくであり、実在じつざいしないもの。つまり、たまごと全まったく同おなじ意味いみを持もつ」ことを表現ひょうげんした。

「戦車せんしゃ」は「少女しょうじょのある種しゅの願望がんぼう」「少年しょうねんが担かついでいる銃じゅう、街まちの男おとこ達たちの槍やりと同おなじことを象徴しょうちょうしている」「少女しょうじょの性的せいてきな夢ゆめ」「攻撃こうげき的てきな男性だんせい」を表あらわしている。

「夜毎よごとに水没すいぼつを繰くり返かえす街まち」は「『ノアの方舟はこぶね』からの水没すいぼつした都市とし」「鳥とりが夢ゆめの中なかで見みる、海洋かいように浮うかぶ残のこされた地上ちじょう」「作品さくひん世界せかいへの入いり口くち」「あの街まちは方舟はこぶねの上うえに乗のっているものかもしれないし、水みずの底そこに沈しずんでいるものかもしれない。そこに生いきている人間にんげん達たちがそれにすら気付きづかないだけなのかもしれない。同様どうように、人間にんげんと言いうのは現実げんじつに生いきていても現実げんじつを見みているわけではなくて、半なかば夢ゆめ・半なかば現実げんじつという曖昧あいまいな中なかで生いきているのではないのではないか」「女性じょせいの身体しんたい的てき現象げんしょう」「アメリカのテレビのホームドラマ・小説しょうせつや映画えいがで知しった先進せんしん国こくの都会とかいの風景ふうけいが、高校こうこう時代じだいの僕ぼくが期待きたいしていた自分じぶん自身じしんの未来みらいとどうしても重かさならなかった。その中なかで未来みらいを考かんがえていた時とき、通学つうがく電車でんしゃの中なかで空想くうそうしていて、僕ぼくにとって大変たいへん美うつくしかったのが本ほん作さくの廃墟はいきょの街まち」と称しょうしている。

「水みず」は「沈しずんでしまった世界せかいの記憶きおくであり、街まち全体ぜんたいが水みずの底そこにあるかもしれない」「透明とうめいで形かたちも無ないし、波紋はもんが現あらわれる時とき以外いがいは存在そんざいがあっても、どういう物ものなのかを指さし示しめすことができない」というイメージを表あらわし、作品さくひん世界せかいを覆おおう程ほどのテーマとなった。

「街まちの男おとこ達たち」は「魚さかなという実在じつざいしない存在そんざいを一生懸命いっしょうけんめいに追おいかけている」シーンを書かくことで、「無ないものを追おい掛かけ回まわし、実在じつざいしないものが現あらわれるのをひたすら待まっている」「やっていることは少女しょうじょと同おなじで、自分じぶんの事ことが全まったくわからない」ことを表現ひょうげんした。

「鳥とり」は「現実げんじつをもう一度いちどバラバラに解体かいたいしてみせ、観客かんきゃくを別べつの次元じげんに引ひっ張ぱり込こむためのとっかかり」「本来ほんらい気持きもち悪わるいものであり、今回こんかいは更さらに気持きもち悪わるく」描えがこうとした。

「天使てんし」は「人間にんげんと神かみをつなぐ者もの」「人間にんげんを裁さばく者もの」という意味合いみあいもある。

「天使てんしの化石かせき」の存在そんざいは「現実げんじつには在あり得えないものが形かたちになったもの」「裁さばく者ものも、救すくいをもたらす者ものもいなくなった世界せかい」を示しめし、その痕跡こんせきに振ふり回まわされるキャラクターを描写びょうしゃしようとした。

「羽毛うもう」は「鳥とり・天使てんしはいないけど、羽毛うもうは実在じつざいすることで何なんらかの情緒じょうちょ・救すくいを出だせれば」「壮大そうだいな男性だんせい的てき原理げんりそのもの」と話はなしている。

スタッフ

• 製作せいさく - 徳間とくま康やすし快かい
• 企画きかく - 山下やました辰巳たつみ、尾形おがた英夫ひでお
• 原案げんあん - 押井おしい守まもる、天野あまの喜孝よしたか、アニメージュ文庫ぶんこ『天使てんしのたまご』
• 脚本きゃくほん・監督かんとく - 押井おしい守まもる
• プロデューサー - 三浦みうら光紀みつのり、和田わだ豊ゆたか、小林こばやし正夫まさお、長谷川はせがわ洋ひろし
• 美術びじゅつ監督かんとく、レイアウト監修かんしゅう - 小林こばやし七郎しちろう
• アートディレクション（正確せいかくにはキャラクターデザイン・イメージボード・美術びじゅつ設定せってい・色彩しきさい設定せってい） - 天野あまの喜孝よしたか
• 作画さくが監督かんとく - 名倉なくら靖博やすひろ
• 音楽おんがく監督かんとく - 菅野かんの由ゆかり弘ひろし
• 音響おんきょう監督かんとく - 斯波しば重治しげはる
• 撮影さつえい監督かんとく - 杉村すぎむら重郎しげお
• 編集へんしゅう - 森田もりた清次せいじ
• アニメーション制作せいさく - スタジオディーン

作品さくひんの評価ひょうか

発売はつばい時じの評価ひょうか

押井おしいはこの作品さくひんを作つくったことにより、「わけのわからない物ものを作つくる監督かんとく」というレッテルを貼はられ、『機動きどう警察けいさつパトレイバー』の企画きかくが来くるまでその後ごの仕事しごとの依頼いらいがさっぱりなくなってしまった。ちなみに監督かんとく本人ほんにんも通とおして見みると疲つかれるらしく、当時とうじ日本にほんテレビのプロデューサーだった堀越ほりこし徹とおるは一いち回かい目めに寝ねてしまい、讀賣テレビ放送よみうりてれびほうそうの諏訪すわ道彦みちひこも訳わけの解わからないままテレビで放送ほうそうしたという。

宮崎駿みやざきはやおは「プロットと絵えコンテを見みた時とき、『押井おしい守まもる自身じしんにとってはゾクゾクするイメージでも他人たにんには通つうじない』と思おもった」「全すべてがいわくありげに描えがかれている。しかし、『そういうものだ』と切きって捨すてるかのように象徴しょうちょう化かさせてしまうほど、世界せかいは単純たんじゅんなのかな?そういう人ひとたちもいると同時どうじに、そうでない人ひとたちもいるということを出ださないと、世界せかいの描えがき方かたとしては一いち面めん的てきな気きがする。少女しょうじょがジャムを食たべている時ときも『それは誰だれが作つくっているんだろう』と思おもってしまう」「本ほん作さくでのモチーフは通俗つうぞく的てきな物語ものがたりの中なかにも込こめられるものであって、前衛ぜんえい映画えいがの形かたちを採とらなくてもできると思おもうんです」「戦車せんしゃを出だした以上いじょうは、巨きょ砲ほうをぶっ放ばなせ」と述のべており、さらに押井おしいによると、直接ちょくせつ自分じぶんに対たいして「やり方かたが特攻隊とっこうたいとテロリストだ。帰かえる場所ばしょの確保かくほなんて何なにも考かんがえてない。あんなものよく作つくれた。あなたは頭あたまがおかしい」と言いったという。実際じっさいに押井おしいはその後ごゲーム・実写じっしゃ等とう色々いろいろな企画きかくを手伝てつだいながら、監督かんとくとしての場所ばしょや知しり合あいとのつながりを確保かくほしたことを振ふり返かえっている。

安彦やすひこ良和よしかずは「『以前いぜんにはなかった試こころみ』だという気きがするのは、断片だんぺん的てきなモンタージュではなく、『80分ふんという長ながさで1つの完結かんけつした世界せかいを作つくる』ということだと思おもうからなんです。作画さくがのタッチは『哀かなしみのベラドンナ』にあった近代きんだい主義しゅぎ的てきなものだけど、非常ひじょうに興味深きょうみぶかいと同時どうじに、常つねに危険きけんを孕はらんでいる感かんじもある。押井おしいさんが作家さっかとして立たっていけるのか、その岐路きろに立たたされた時とき、尚なお且かつ『作家さっか・押井おしい』と『演出えんしゅつ家か・押井おしい』を使つかい分わけていく道みちができたら、余計よけい辛つらい所ところへ行いってしまうのではないか」と押井おしいの今後こんごを危惧きぐし、押井おしいは「1つのスタイルを決定けっていするのは割わりと容易たやすいけれど、自分じぶんは映画えいがの根源こんげんにある『時ときに芸術げいじゅつ的てきになったり、風俗ふうぞく的てきになったり、B級きゅうアクションになったり』する様ようなそういう正体しょうたい不明ふめいの非常ひじょうに無節操むせっそうな部分ぶぶんは手放てばなせない。大事だいじなのは『どっちに転ころんでもかまわない』という覚悟かくごなんだという気きがしてならないんです」と返答へんとうしている。

美樹みき本もと晴彦はるひこは「モノトーンの背景はいけいにキャラクターの色彩しきさいが置おかれているのがいい」「美術びじゅつが描えがき込こまれている部分ぶぶんもいいけど、森もりの背景はいけいで、奥おくの背景はいけいをシルエットにして、描えがき込こみをワンポイントに絞しぼっている点てんが、ここまで徹底的てっていてきに凝こっているととても効果こうか的てきだと思おもいました。その他たの部分ぶぶんも暗くらい中なかでうっすらと背景はいけいが見みえていたりして、空気くうきを感かんじさせられました」「キャラクターの外見がいけんが割わりとシンプルなのに、実際じっさいに動うごくとフォルムに立体りったい感かんがあって、びっくりしました。作画さくがの手間てまもかかったと思おもいますが、実際じっさいの作業さぎょうに入はいる前まえの『練ねり』がしっかりやってありました。『どういう画面がめんにするのか』に非常ひじょうにこだわっていて、『漠然ばくぜんと描えがき込こむ』『単たんにリアルにする』様さまなことをしなかったのが、数多かずおおい作品さくひんの中なかで一線いっせんを画かくしていると思おもいます」「内容ないようは決けっして大衆たいしゅう的てきな作品さくひんではありません。しかし、そういう作品さくひんで押おし切きるだけの確かくたるものを持もった作つくり手しゅの姿勢しせいが、すごく魅力みりょく的てきだとおもいます」「OVAは映画えいがやテレビアニメとは違ちがって、『作つくり手しゅが自分じぶんの作つくりたいものを作つくれる』という点てんにメリットがあります。そういう点てんで本ほん作さくは『OVAのメリットを最大限さいだいげんに活いかした』初はじめてに近ちかい作品さくひんだと思おもいます。出来できからいえば、映画えいが館かんにかけてもおかしくない作品さくひんでしょう」と絶賛ぜっさんしている。

『シティロード』は「1984年ねんは劇場げきじょう用よう長編ちょうへんアニメの分野ぶんやで『風ふうの谷たにのナウシカ』の宮崎駿みやざきはやおか、『うる星せいやつら2 ビューティフル・ドリーマー』の押井おしい守まもるかという議論ぎろんが喧やかましかった。そのときは、"うる星せいやつら"という借かり物もののキャラクターのせいもあって、押井おしいワールドの全貌ぜんぼうが見みえてこない憾うらみがあった。しかしこの押井おしい守まもる原案げんあん・監督かんとく『天使てんしのたまご』で、それは明確めいかくになった。一言ひとことでいえば、宮崎駿みやざきはやおの飛翔ひしょうする世界せかいに対たいして、押井おしい守まもるは沈潜ちんせんする世界せかいである。この映画えいがでは水みずの精せいのような少女しょうじょが登場とうじょうする。登場とうじょう人物じんぶつはもう一人ひとり、旅人たびびとの男おとこ。この二人ふたりだけだ。少女しょうじょが抱かかえた卵たまご（どうしても妊娠にんしんを連想れんそうする）が、世界せかい再生さいせいの鍵かぎになるらしいが、男おとこは別べつの考かんがえがあるらしい……聖書せいしょのノアの方舟はこぶねにヒントを得えているこの作品さくひんでは、何なによりも水みずが主役しゅやくである……ありとあらゆる水みずが描えがかれる。やがて（『ビューティフル・ドリーマー』でもそうだったが）、至いたるところに水みずがあるのも、世界せかいそのものが水没すいぼつしてしまっているからではないか、という幻覚げんかく（真実しんじつ?）に捉とらえられるのだ、『天使てんしのたまご』の映像えいぞうはタルコフスキーに勝まさるとも劣おとらない。"少女しょうじょをかわいいキャラにしたくなかった"という一言ひとことは、キャラ優先ゆうせんのアニメ界かいへの挑戦ちょうせん宣言せんげんだ」などと論ろんじた。

鴻おおとり上うえ尚史ひさしは「これは物語ものがたりの形かたちを変かえたイメージ・詩しの集積しゅうせき物ものです。結晶けっしょう化かされたイメージが二に次元じげんの詩しとして、画面がめんに立たち現あらわれます。アニメの1つの到達とうたつ点てんとして評価ひょうかされるべきものでしょう」と絶賛ぜっさんしながらも、「ただ、これ以上いじょう押井おしいさんには狭せまく高たかくなってほしくないのです。エンターテイメントの枠組わくぐみの中なかで歯はぎしりしながら跳とんでほしいのです。押井おしいさんはそれができる人ひとだと思おもってます」と述のべた。

池田いけだ憲章のりあきは「SFファンの心しんをくすぐりながらも、宗教しゅうきょう的てき・生命せいめい感かんのなさ・終末しゅうまつ観かんというSFファンですら惑乱わくらんしてしまう虚無きょむ的てきで終末しゅうまつ感かんあふれるイメージが全編ぜんぺんに続出ぞくしゅつする。その中なかで少女しょうじょが動うごき、行動こうどうすると生命せいめい力りょくを感かんじさせる生活せいかつ空間くうかんに転てんじてしまう。『うる星せいやつら2 ビューティフル・ドリーマー』『ダロス』で実践じっせんされた『架空かくうの世界せかい』自体じたいに意味いみを与あたえるのではなく、最終さいしゅう的てきには逆説ぎゃくせつ的てきな要領ようりょうでキャラクターを立たたせるために、常つねに異様いような世界せかい観かん作づくりをしてきた押井おしい守まもる監督かんとくらしい演出えんしゅつと言いえるだろう」「この物語ものがたりは、過去かこ・現在げんざい・未来みらいに生いきている人間にんげん全すべてに捧ささげられたレクイエムだったのかもしれない。意味いみありげな心象しんしょう風景ふうけいのイメージの積つみ重かさねより、少女しょうじょの印象いんしょうが強つよいのも、映画えいがは『空想くうそうの世界せかい』を描えがくのではなく『その中なかの人間にんげん』を描えがくのだという証明しょうめいなのだろう」と評ひょうしている。

友成ともなり純一じゅんいちは「物語ものがたりという枠組わくぐみそのものを取とっ払ばらった。一応いちおう、『夢ゆめの重おもみを信しんじる少女しょうじょが、廃墟はいきょの世界せかいで夢ゆめのたまごを割わられてしまう』という物語ものがたりはある。だが、本編ほんぺんは飽あくまで精緻せいちを極きわめたイメージの連鎖れんさとして綴つづられていく。美術びじゅつと作画さくがは、溜息ためいきが出でるほど素晴すばらしい。しかし、無意味むいみなイメージの連鎖れんさは何なにも生うみはしない。『卵たまごの中身なかみが空からっぽだった』というのは物語ものがたりという取とっ掛かかりすら失うしなった押井おしい守まもるの苦悩くのうの空回からまわりのみが感かんじられ、痛々いたいたしかった。イメージ同士どうしがぶつかり合あって火花ひばなを散ちらしている背後はいごに、緻密ちみつな計算けいさんされた物語ものがたりを秘ひめていなければ、観客かんきゃくは曖昧あいまいなイメージを前まえに不毛ふもうな緊張きんちょうを強しいられた挙句あげく、眠気ねむけを誘さそわれるだけに終おわってしまう。押井おしい守まもるの『従来じゅうらいの物語ものがたりアニメに対たいする否定ひてい』の意志いしは明確めいかくに表あらわされているものの、反面はんめん彼かれが『作家さっかとして何なにを構築こうちくしようとしているのか』が欠落けつらくしつつある。観客かんきゃくのイマジネーションを自由じゆうに喚起かんきさせるべく企図きとされたというが、それは曖昧あいまいなイメージの集積しゅうせきではなく、作家さっか自身じしんの強固きょうこな世界せかい観かんをぶつけることによって初はじめて可能かのうになるのではないか。大切たいせつなのは問といかけではなく、提示ていじである。『自由じゆうに見みて下ください』と甘あまえることではなく、往復おうふくビンタを食くらわせることである。そうすれば必かならず、観客かんきゃくは作品さくひんを自分じぶん自身じしんの問題もんだいとして、反応はんのうを返かえしてくるだろう」と押井おしいの姿勢しせいと作品さくひんのコンセプトそのものに対たいして明確めいかくな拒絶きょぜつの意志いしを示しめしている。

岸田きしだ秀しげるは「最初さいしょに見みた時ときは『ようわからんかった』です。これは褒ほめ言葉ことばです。わからんと言いうのは、『わかろうとして自分じぶんの既成きせいの枠組わくぐみに入いれよう』としていることです。現実げんじつには何なんら自分じぶんの流ながれに反響はんきょうを及およぼさない無関係むかんけいという『わからん』もありますが、本ほん作さくの場合ばあいは違ちがいます。その場面場面ばめんばめんのイメージは夜よる寝ねるまで残のこりました。街まちの中なかの魚さかなの影かげは何なにか?たまごとは何なになのか?戦車せんしゃらしきものは一体いったい何なになのか?水みずは幻想げんそうというか、現実げんじつというか…とにかくどれもが重要じゅうような役割やくわりを果はたしている様ようだが、『作つくった人ひとは何なにを描えがこうとしているのか?』等とうと色々いろいろ考かんがえさせられました。この作品さくひんはエモーションの上うえで反響はんきょうがあったが、それはどういう感動かんどうかは容易よういに言語げんごで説明せつめいできることではない」と賛辞さんじを呈ていし、押井おしいは「僕ぼくが意図いとした通とおりの見方みかたをして頂いただいて嬉うれしい。あなたは善意ぜんいの観客かんきゃくです」と微笑ほほえんだ。

後年こうねんの評価ひょうか

小林こばやしは出来上できあがった絵えコンテを見みた時ときから「これは絶対ぜったいに売うれるよ」「ほとんど映画えいがとして完成かんせいしてる」と押井おしいの手腕しゅわんを絶賛ぜっさんした。

本ほん作さくを観みた押井おしいの母親ははおやからは「もう観客かんきゃくが来こなくなるのではないかと」今後こんごを心配しんぱいされている。

今関いまぜきあきよしは「観客かんきゃくが要求ようきゅうするものを気持きもちよく出だしてしまう映画えいがが多おおい中なかで、『もっと見みる側がわもイマジネーションを作つくりなさい』という映画えいがでしたね。絵えの並ならべ方かたもカット割わりというより、イメージの羅列られつに近ちかい所ところが部分ぶぶん部分ぶぶんあって、恐おそろしく長ながい間あいだがあったりとか。1枚まい1枚まいのイメージが見事みごとに絵えになっていましたね」「ビデオで見みると、ロングショットのキャラクターはビデオでは点景てんけいでしかないし、画面がめんが小ちいさいと何なにもわからない。音響おんきょうも静しずかに演出えんしゅつしているので、細こまかい部分ぶぶんをき取きとるために音量おんりょうを大おおきくすると、ボリュームのノイズが先さきに聞きこえてくる」と評ひょうし、押井おしいは「最初さいしょから『映画えいがを作つくるつもりでやろう』とスタッフと意思いし統一とういつした」と話はなしている。

河かわ森もり正治しょうじは「『よくぞここまで画面がめん設計せっけいや色彩しきさいの素晴すばらしい作品さくひんを作つくってくれた』と頭あたまの下さがる思おもいです」「テレビアニメに比くらべると予算よさんはいいでしょうけど、劇場げきじょう用ようアニメに比くらべれば、制作せいさく期間きかん・制作せいさく費ひの面めんでそれほど差さはないのに、その緻密ちみつさには驚おどろくべきものです。場当ばあたりの仕事しごとではなく、基本きほん的てきな設計せっけい段階だんかいで綿密めんみつな計画けいかくが成なされた上うえで作つくられているのでしょうね」と賞賛しょうさんしている。反面はんめん「押井おしいさんが掲かかげていた『物語ものがたり性せいの排除はいじょ』と『シーンの表現ひょうげん』は少年しょうねん・少女しょうじょ・たまごの3つに絞しぼっていれば、象徴しょうちょう的てきな大道具おおどうぐである方舟はこぶね・太陽たいよう等とうの美術びじゅつは必要ひつようとせず、抽象ちゅうしょう性せい・動うごかし方かた・台詞せりふの表現ひょうげんで更さらに突つき抜ぬけることができるのは、と思おもってしまいます。あれほど克明こくめいに描えがかれているだけに僕ぼく個人こじんの欲よくとして言いいたくなってしまいます」と語かたり、押井おしいは「制作せいさく中ちゅうに聞きいたら頷うなずいていました。今回こんかいはちょっと複雑ふくざつなんです。既存きそんのアニメーションがよく取とり上あげる『自己じこ犠牲ぎせい』『勇気ゆうき』とは全まったく違ちがうものを観客かんきゃくの心しんの中なかに投なげ入いれたかった。既存きそんの人生じんせいを鼓舞こぶする様ようなテーマでは、むしろ見みる人ひとの現状げんじょうをあまりにも無視むしした作品さくひんになってしまうと思おもいました」と返かえしている。

光瀬みつせ龍りゅうは「今いまは重おもく哲学てつがく的てきなテーマを取とり扱あつかうと『照てれ臭くさい』『格好かっこう悪わるい』『サラリと流ながして欲ほしい』と言いわれる時代じだい。だからこそ、そのテーマに真面目まじめに取とり組くんで作つくっていることが嬉うれしかった」「本ほん作さくのテーマは第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん前夜ぜんやのヨーロッパのムードに非常ひじょうによく似にていると感かんじた。その頃ころの私わたしはまだ幼おさなくて、実感じっかんとして知しっているわけではありませんが、その後ご読よんだ書物しょもつや記録きろくを思おもい出だすと、ピタリと符合ふごうする。言葉ことばで表現ひょうげんすれば、『必かならず来くる破滅はめつを予期よきして、おののいている人間にんげんの魂たましい』を感かんじた」と賞賛しょうさんしている。

金子かねこ修介しゅうすけは「一言ひとことで言いえば『寂さびしい』という印象いんしょうでした。豊ゆたかさ・解放かいほう感かんがあまり感かんじられないのです。もう少すこし説話せつわ的てきなストーリーがあった方ほうがよかった。カットは非凡ひぼんでしたけど、構成こうせい全体ぜんたいは既すでにどこかで見みた様ような気きがしました」と評ひょうし、押井おしいは「今いままで本ほん作さくで見みてきたドラマを反芻はんすうして欲ほしかった。それが新あたらしいエンターテイメントの方法ほうほうだから」と返かえした。

長部おさべ日出雄ひでおは「レベルの高たかい芸術げいじゅつ作品さくひんであるし、他たの小説しょうせつ・演劇えんげきより質しつが高たかい。しかも、2度目どめの視聴しちょうでわかったことがあったり、新あらたにわからなくなった所ところが出でてきたりと『何なん度ども見みないとわからない構造こうぞうがOVAみたいな作品さくひんだな』と思おもいました」「アンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』と深ふかい関係かんけいにありますね。それを一番いちばん強つよく感かんじたのが『水みず』です。絶たえず変化へんかしていく『流動りゅうどう性せい』・人間にんげんにとって必要ひつよう不可欠ふかけつである反面はんめん、多数たすうの死者ししゃをもたらす利害りがいの『両義りょうぎ性せい』というタルコフスキーの思おもいを、押井おしいさんが意識いしき的てきに出発しゅっぱつ点てんにして、自分じぶんなりのイメージを広ひろげていると思おもうんです。鮮あざやかに表現ひょうげんされていて、感動かんどうしました」「『宇宙うちゅう』『人間にんげん』『生せい』『死し』といった哲学てつがく的てきなテーマを正面しょうめん切きって扱あつかっています」と絶賛ぜっさんし、押井おしいは「僕ぼく自身じしん『ノスタルジア』から真似まねをしたわけではなく、映画えいがとは色々いろいろな引用いんようをし、こちらで咀嚼そしゃくして折おり合あいがついていればそれでいいと思おもっています。『これだけ多おおくの映画えいがが撮とられているのだから、かつて撮とられていないカットはない』と断言だんげんしてもいいんじゃないかな」と持論じろんを展開てんかいした。

池田いけだ敏春としはるは「カメラアングルで俯瞰ふかん景けいが多おおかったです。失礼しつれいない方いかたになりますが、撮影さつえいする対象たいしょうに冷つめたくなれるんですよね。その冷つめたさが全体ぜんたいの画面がめんを引ひき締しめて美うつくしくさせることにもつながるのですが」と複雑ふくざつな心境しんきょうを抱だいたが、反面はんめん「演技えんぎ・物語ものがたりがバカにされ始はじめた時代じだいの中なかで、『どうすれば自分じぶんたちのテーマを観客かんきゃくに訴うったえられるか』という問題もんだいに本ほん作さくはアニメーションで対応たいおうした。クサい演技えんぎは実写じっしゃだとそのクサさがストレートに伝つたわってしまう。アニメーションだと『これは絵えですよ』とクサさが取とれて、押おしつけがましさがなくなっていく」と評価ひょうかし、押井おしいは「その通とおりだと思おもいます。物語ものがたりを作つくるのが難むずかしくなってしまった今いまの時代じだいに迂闊うかつなことをやると、すぐに笑わらわれてしまう。かと言いっても笑わらわれるのを恐おそれていると、何なにも訴うったえることはできなくなります。ただ、池田いけださんの仰おっしゃった『これは絵えですよ』というアニメーションの独自どくじの権利けんりを利用りようして、生身なまみの人間にんげんではないのをいいことにもっと露骨ろこつに演技えんぎ・物語ものがたり・感動かんどうの押おしつけをやっている作品さくひんが結構けっこうあるんです」と持論じろんを展開てんかいした。

村上むらかみ隆たかしは「本ほん作さくの曖昧あいまいさは、後ごの押井おしいの作風さくふうを悪わるい意味いみで決定けっていしていったかに見みえる。確たしかに、本ほん作さくほど天野あまの喜孝よしたか・名倉なくら靖博やすひろの持もつ強烈きょうれつで抽象ちゅうしょう性せいの高たかいビジュアルイメージを語かたるのにベストな人選じんせんをし、それをアニメーションとして表現ひょうげんしているものはなく、押井おしいの力量りきりょうを示しめすものではある。しかし、先送さきおくりにされた登場とうじょう人物じんぶつの設定せっていや、曖昧あいまいなストーリーの骨組ほねぐみなどを避さけて通とおるかの様ように、次々つぎつぎと繰くり出だす強力きょうりょくなイメージやモチーフの提出ていしゅつのみで劇げきを引ひっ張ぱって行いき、『時間じかん』や『劇場げきじょう』を乗のり切きろうとする試こころみに、如何いかにも1980年代ねんだい前半ぜんはんのMTVでのミュージックビデオクリップの社会しゃかい現象げんしょうのようなものに見みえてしまった。その内容ないようは『イメージの中なかの美少女びしょうじょ』『コンプレックスを持もった中年ちゅうねん男性だんせい』『学生がくせい紛争ふんそうへの鬱屈うっくつ』『閉塞へいそくしてしまう国家こっかへのこれまたコンプレックス』…これらを長ちょう台詞せりふで処理しょりするという、説明せつめい的てきになりがちな状況じょうきょう設定せっていを何なにとか無意味むいみ化かする逃にげの手法しゅほうが先行せんこうしていたかに見みえた。その長なが台詞ぜりふこそ、押井おしいの主張しゅちょうの吐露とろに留とまらず、逆ぎゃくに押井おしいのある種しゅの『照てれ』『手塚てづか治虫おさむの作品さくひん群ぐんでいう所ところのヒョウタンツギ』『自己じこ批評ひひょう』等とうの表現ひょうげんそのものなのであろう。そして、『それこそが押井おしいの決きめ技わざだ』と周まわりのスタッフ・関係かんけい者しゃ・観客かんきゃく…もしかすると押井おしい監督かんとく本人ほんにんも思おもっていたのかもしれない」と評ひょうしている。

押井おしいは「作品さくひんの中なかでやりたいことだけを全部ぜんぶ吐はき出だす様ようにやりましたので、改あらためて語かたる部分ぶぶんがないんです。その分ぶんのツケとして『他人たにんが入いれない映画えいが』になってしまい、仕事しごとがなくなった。本来ほんらい『商品しょうひん』という前提ぜんていで作品さくひんを作つくっているわけですから、制作せいさく者しゃとしての自分じぶんはやはり問題もんだいがあった」「テーマに対たいして、演出えんしゅつが拙つたない。話はなしもたいしてないし、キャラクターも説明せつめいしないし、事件じけんも起おきない。普通ふつうの日本にっぽんのテレビアニメの『キャラクターを動うごかして、セリフを言いわせて、それで物語ものがたりを特とく化かさせる』世界せかいと違ちがって、本当ほんとうに何なにもない。結構けっこうな絵えが並ならんで、結構けっこうな音楽おんがくが流ながれてくるだけだから、見みる側がわもどう理解りかいすればいいかわからない」と総括そうかつしている。

鈴木すずき敏夫としおは「この映画えいがは『観念かんねんの具現ぐげん化か』だと思おもった。情緒じょうちょが感かんじられず、男女だんじょ2人にんが出でてきているのに一切いっさい官能かんのう性せいがなく、登場とうじょう人物じんぶつが全員ぜんいん観念かんねん的てきだったのは初はじめて見みた時ときは本当ほんとうに驚おどろきました。考かんがえてみれば面白おもしろい映画えいがなんだけど、そんなものはかつて世界せかいの誰だれも作つくったことがなかった。不可能ふかのうだから。その不可能ふかのうへの挑戦ちょうせんが成功せいこうしたかどうかは、僕ぼくは敢あえて言いいません」と評ひょうしている。

萩尾はぎお望都もとは「絵えの美うつくしさ・幻想げんそう性せいの美うつくしさ・今いまにも壊こわれそうに、危あやういバランスの中なかで成なり立たつ世界せかい。その不安ふあん感かんがたまごを持もつ少女しょうじょに集結しゅうけつされているイメージはインパクトが強つよかった。透すき通とおった美うつくしい世界せかいです」と絶賛ぜっさんしている。

四方田よもだ犬いぬ彦は「水みずに浮うかぶ『惑星わくせいソラリス』の様ような幻想げんそうという点てんでは『うる星せいやつら2 ビューティフル・ドリーマー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊こうかくきどうたい』と本ほん作さくは似にています。本ほん作さくはあまり論ろんじられていませんが、押井おしい守まもるの『原型げんけい』が全すべて出揃でそろっているという印象いんしょうがあります。『宇宙うちゅう全体ぜんたいが神かみの夢ゆめである』という発想はっそうがはっきりと出でています」と評ひょうしている。

冲方丁ひのとは「普通ふつう『コミュニケーションとはかくあるべし』というやり方かたを子供こどもの頃ころに学まなぶわけですが、本ほん作さくでは正ただしい通とおりにコミュニケーションしていたら、最後さいごに少年しょうねんがたまごを割わる必要ひつようはないはずなんです。少女しょうじょと一緒いっしょに孵化ふかを見守みまもればいい。『唯一ゆいいつの正ただしいあり方かた』と思おもっていたものをひっくり返かえされたところに新鮮しんせんさがありました。『他ほかにもやり方かたはあったんじゃないか』『別べつの可能かのう性せいを知しりたい』『本ほん作さくの世界せかいに行いってしまっても、必要ひつようがあれば元もとに戻もどることは可能かのうなのではないか』と常つねにコミュニケーションの成立せいりつと断絶だんぜつを巡めぐる問題もんだいについて考かんがえる様ようになりました」と自身じしんの創作そうさく活動かつどうのスタンスのルーツになったことを押井おしいに語かたり、押井おしいも「後々あとあとの作品さくひんでも、舞台ぶたい装置そうちやキャラクターに本ほん作さくの影かげや既すんで視し感かんを指摘してきされた。結局けっきょく同おなじ人間にんげんだから、自分じぶんの関心かんしんの対象たいしょう・資質ししつの問題もんだいだから変かえようがない。それをどうやって世界せかい観かんや物語ものがたりに組くみ込こんでいくかが重要じゅうようなんだよ。言葉ことばだけは年としをとる度たびに違ちがう言葉ことばを使つかう様ように変かわっていくよ」と語かたっている。

布川ふかわゆうじは「俺おれがプロデューサーだったら絶対ぜったいやらせなかった」と言いい、押井おしいは「それでもやりたかった。宮崎駿みやざきはやおになる気きは毛頭もうとうなかったし、その時々ときどきのテーマに忠実ちゅうじつでありたかった」と返かえしている。

鳥海とりうみ永ひさし行ぎょうは「お前まえはこの作品さくひんで、アニメの世界せかいにとてもいい事ことをしたんだ。それだけは誇ほこっていいんだ」と絶賛ぜっさんしたが、それ以上いじょうは何なにも言いわず、押井おしいはどこが良よかったのか聞きこうとしたが、聞きけないまま鳥海とりうみの死去しきょにより永遠えいえんに聞きく機会きかいを失うしなってしまった。また、本ほん作さくの「少女しょうじょ」の役割やくわりを持もったキャラクターが、その後ごの押井おしいが手掛てがけた作品さくひんにも変かわった立たち位置いちで度々たびたび出でてくることに鳥海とりうみは「明解めいかいだ。その少女しょうじょの正体しょうたいは、お前まえの最初さいしょの奥おくさんとの間あいだに出来できた娘むすめがお前まえに取とりついたんだ」と解釈かいしゃくを示しめしている。それを聞きいた押井おしいは「やっぱり自分じぶんの中なかの映画えいがの原型げんけいは出でてしまうんだな」「僕ぼくは未いまだにある意味いみ『天使てんしのたまご』の世界せかいに冒険ぼうけんに行いったっきりなんだな」と思おもいをはせた。

HISASHIは「『何なにを観かんせられているんだろう?』と思おもって、未いまだに理解りかいはできていないんだけど、そういう作つくり手しゅのエゴが見みえるところがいい。それを解とき明あかしていく楽たのしみがある」と賞賛しょうさんし、それを聞きいていた世界せかいも「なんだかわからないけど、『すごいものを見みた!』って感かんじは、音楽おんがくに通つうじるものはあるかもしれない」と同意どういしている。

関連かんれん書籍しょせき

いずれも徳間書店とくましょてんからの刊行かんこう。すべて長ながらく絶版ぜっぱんとなったが、2004年ねん『イノセンス』公開こうかい時じに再版さいはんされた。『絵えコンテ集しゅう』は2013年ねん、『少女しょうじょ季き』は2017年ねんに、復刊ふっかんドットコムより再々さいさい版ばん（『少女しょうじょ季き』は天野あまの喜孝よしたかのコメントが新あらたに収録しゅうろくされている）。

• 天野あまの喜孝よしたか（絵え） あらきりつこ、押井おしい守まもる（文ぶん）『天使てんしのたまご 少女しょうじょ季き』徳間書店とくましょてん、1985年ねん ISBN 4-19-861802-X
• アニメージュ編集へんしゅう部ぶ（編へん）『THE ART OF 天使てんしのたまご』徳間書店とくましょてん、1986年ねん
  • 2004年ねんの再版さいはん時じに天野あまの喜孝よしたかのイメージボード80ページを追加ついかし、 増補ぞうほ改訂かいてい版ばん(ISBN 4-19-810009-8)となる。
• 天野あまの喜孝よしたか・押井おしい守まもる『天使てんしのたまご』徳間書店とくましょてん<アニメージュ文庫ぶんこ>、1985年ねん ISBN 4-19-669549-3
• 『天使てんしのたまご絵えコンテ集しゅう』徳間書店とくましょてん、1985年ねん ISBN 4-19-720230-X

サウンドトラック

天使てんしのたまご 音楽おんがく編へん

菅野かんの由ゆかり弘ひろし、JAN 4988008534030

1. プレリュード
2. 卵たまごのみる夢ゆめ
3. 機械きかい仕掛しかけの太陽たいよう
4. 天使てんしのたまごメインテーマ
5. 水みずの記憶きおく
6. 窓まどの向むこうに
7. 水底みなそこの街まち
8. 魚さかな狩かり
9. オペラハウス
10. 時どきの堆積たいせき
11. 天使てんしの化石かせき
12. 夜盗やとうの如ごとく
13. 転生てんせい
14. 異い神かみと共ともに

本ほん作さくの登場とうじょうする作品さくひん

篠田しのだ節子せつこの小説しょうせつ『聖域せいいき』には、登場とうじょう人物じんぶつが本ほん作さくのビデオを鑑賞かんしょうする場面ばめんがある。描写びょうしゃされている内容ないようから見みて、作者さくしゃが本ほん作さくを実際じっさいに鑑賞かんしょうした上うえで執筆しっぴつしていることが窺うかがえる。

ベルギー出身しゅっしんの映画えいが監督かんとくカール・コルパートの作品さくひん『In The Aftermath: Angels Never Sleep』（日本にっぽん未み公開こうかい）では新しん撮つまみの実写じっしゃシークエンスと『天使てんしのたまご』のアニメーションをミックスし、最終さいしゅう戦争せんそう後ごの荒廃こうはいした世界せかいが描えがかれている。

参考さんこう文献ぶんけん

• アニメージュ編集へんしゅう部ぶ「付録ふろく『天使てんしのたまご GUIDE BOOK』」『アニメージュ』1985年ねん12月がつ号ごう、徳間書店とくましょてん、1985年ねん12月。 
• アニメック編集へんしゅう部ぶ「「新春しんしゅん対談たいだん 押井おしい守まもる VS 天野あまの喜孝よしたか 『天てんたまについて』」、「解説かいせつ 天使てんしのたまご －押井おしい守まもる監督かんとくに聞きく－」」『アニメック』1986年ねん3月がつ号ごう、ラポート、1986年ねん3月がつ。 
• 小林こばやし七郎しちろう『空気くうきを描えがく美術びじゅつ 小林こばやし七郎しちろう画集がしゅう』徳間書店とくましょてん、2002年ねん。ISBN 978-4198614980。 
• 押井おしい守まもる『すべての映画えいがはアニメになる』徳間書店とくましょてん、2004a。ISBN 978-4198618285。 
• 押井おしい守まもる『イノセンス創作そうさくノート 人形にんぎょう・建築けんちく・身体しんたいの旅たび+対談たいだん』徳間書店とくましょてん、2004b。ISBN 978-4198618308。 
• 押井おしい守まもる『勝かつために戦たたかえ！〈監督かんとくゼッキョー篇へん〉』徳間書店とくましょてん、2010年ねん。ISBN 978-4198630072。 
• 押井おしい守まもる『天使てんしのたまご 絵えコンテ集しゅう』復刊ふっかんドットコム、2013年ねん。ISBN 978-4835449661。 
• 押井おしい守まもる『押井おしい言論げんろん 2012 - 2015』サイゾー、2016年ねん。ISBN 978-4904209936。 

外部がいぶリンク

• アニメ『天使てんしのたまご』公式こうしきアカウント (@AngelsEgg_anime) - X（旧きゅうTwitter）