(Translated by https://www.hiragana.jp/)
簿記 - Wikipedia

簿記ぼき

会計かいけい記録きろく方法ほうほうおよび作業さぎょう
工業こうぎょう簿記ぼきから転送てんそう

簿記ぼき(ぼき、英語えいご: bookkeeping)とは、企業きぎょうなどの経済けいざい主体しゅたい経済けいざい取引とりひきによりもたらされる資産しさん負債ふさい純資産じゅんしさん増減ぞうげん管理かんりし、あわせて一定いってい期間きかんない収益しゅうえきおよ費用ひよう記録きろくすることである。より平易へいいないいかたをすると「おかねやものの出入でいりを記録きろくするための方法ほうほう」である[1]記帳きちょう方法ほうほうによって単式たんしき簿記ぼき複式ふくしき簿記ぼきがあるが、今日きょうでは、産業さんぎょう革命かくめい以降いこう企業きぎょうだい規模きぼともな一般いっぱんてき記帳きちょう方式ほうしきである「複式ふくしき商業しょうぎょう簿記ぼき」をして「簿記ぼき」としょうすることもある。簿記ぼき種類しゅるいには商業しょうぎょう簿記ぼき工業こうぎょう簿記ぼき銀行ぎんこう簿記ぼき農業のうぎょう簿記ぼきなどがある[2][1][注釈ちゅうしゃく 1]簿記ぼきは、会計かいけいがくよりも会計かいけいにおける実務じつむちか部分ぶぶん担当たんとうする。

会計かいけい
主要しゅよう概念がいねん
簿記ぼき - 時価じか会計かいけい
現金げんきん主義しゅぎ - 発生はっせい主義しゅぎ
環境かんきょう会計かいけい
売上うりあげ原価げんか - 借方かりかた / 貸方かしかた
複式ふくしき簿記ぼき - 単式たんしき簿記ぼき
後入先出あといれさきだしほう - 先入せんにゅうさきほう
GAAP / US-GAAP
概念がいねんフレームワーク
国際こくさい財務ざいむ報告ほうこく基準きじゅん
そう勘定かんじょう元帳もとちょう - 取得しゅとく原価げんか主義しゅぎ
費用ひよう収益しゅうえき対応たいおう原則げんそく
収益しゅうえき認識にんしき - 試算しさんひょう
会計かいけい分野ぶんや
原価げんか - 財務ざいむ - 法定ほうてい
基金ききん - 管理かんり - ぜい
財務諸表ざいむしょひょう
貸借たいしゃく対照たいしょうひょう
損益そんえき計算けいさんしょ
キャッシュ・フロー計算けいさんしょ
持分もちぶん変動へんどう計算けいさんしょ
包括ほうかつ利益りえき計算けいさんしょ
注記ちゅうき - MD&A
監査かんさ
監査かんさ報告ほうこくしょ - 会計かいけい監査かんさ
GAAS / ISA - 内部ないぶ監査かんさ
SOXほう / 日本にっぽんばんSOXほう
会計かいけい資格しかく
JPCPA - ACCA - CA - CGA
CIMA - CMA - CPA - Bcom
税理士ぜいりし - 簿記ぼき検定けんてい
テンプレートを表示ひょうじ

貨幣かへい経済けいざい誕生たんじょう発展はってんなか貨幣かへいりょう勘定かんじょう記録きろく必要ひつようとなり、発明はつめいされた[1]

ローマ時代じだい古代こだい彫刻ちょうこくなか商業しょうぎょう帳簿ちょうぼられていることが確認かくにんされており、その歴史れきし古代こだいへさかのぼると推察すいさつされている。ローマほかギリシャバビロニアアッシリアエジプトなどでも古代こだい時点じてん簿記ぼき存在そんざいしていたことが推定すいていされている。しかし、そのころ簿記ぼきは、まだ単式たんしき簿記ぼきであった。

その14世紀せいきから15世紀せいきにかけてのルネサンスヴェネツィア商人しょうにんによって複式ふくしき簿記ぼき発明はつめいされたとかんがえられている[3]

イタリアじん数学すうがくしゃルカ・パチョーリ (Luca Pacioli) が1494ねん出版しゅっぱんした『算術さんじゅつ幾何きかおよ比例ひれい要覧ようらん』(通称つうしょうスムマ』、原題げんだい: Summa de arithmetica, geometria, proportioni e proportionalità)のなか複式ふくしき簿記ぼき紹介しょうかいされており、このほん組織そしきてきおこなわれた複式ふくしき簿記ぼき存在そんざい記述きじゅつする最古さいこ文献ぶんけんとしてられている。なお、このほん複式ふくしき簿記ぼき紹介しょうかいされたことが、ヨーロッパちゅう複式ふくしき簿記ぼきひろまるきっかけとなった。

当時とうじイタリアでは、前期ぜんきてき商業しょうぎょう資本しほん台頭たいとうともない、商品しょうひん生産せいさん商品しょうひん取引とりひき発展はってんしつつあった。そのような経済けいざい状況じょうきょうなかで、それまで普及ふきゅうしていた債権さいけん債務さいむ記帳きちょうほう擬人ぎじんほう)は継承けいしょうしながら、商品しょうひん勘定かんじょうくちべつ商品しょうひん勘定かんじょう)などの物的ぶってき勘定かんじょう資本しほん勘定かんじょうおよ名目めいもく勘定かんじょう損益そんえき勘定かんじょう)を導入どうにゅうして、組織そしきてき簿記ぼき完成かんせいされた。

現在げんざいでは、たんに「簿記ぼき」という場合ばあい、「複式ふくしき簿記ぼき」をすのが一般いっぱんてきである[1]複式ふくしき簿記ぼきにおいては、たとえば財貨ざいか物品ぶっぴん購入こうにゅうした場合ばあい物品ぶっぴんたという事実じじつ財貨ざいかうしなったという、取引とりひきにおける2側面そくめん遺漏いろうなく記録きろくしようとする[3]かみきよしマ帝国まていこく現在げんざいドイツ)の文豪ぶんごうヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは、「簿記ぼきこそ、人間にんげん精神せいしんんだもっとうつくしいものの1つである。」とべている[3]

日本にっぽんでは、1873ねん明治めいじ6ねん)6がつ福沢ふくさわ諭吉ゆきち日本にっぽんはつ簿記ぼきしょである『帳合ちょうあいほうはつへん出版しゅっぱんしたのにつづき、10月には加藤かとうあきらの『商家しょうか必用ひつよう』、12月に大蔵省おおくらしょうの『銀行ぎんこう簿記ぼきせいほう』と、西洋せいようしき簿記ぼきしょ相次あいついで刊行かんこうされ、洋式ようしき簿記ぼき導入どうにゅうはじまっている[4]1879ねん明治めいじ12ねん)には福澤ふくさわ諭吉ゆきち創設そうせつした簿記ぼき講習こうしゅうしょにおいて簿記ぼき教育きょういくはじまった。詳細しょうさい日本にっぽん会計かいけい学会がっかいちょう工藤くどう栄一郎えいいちろう明治めいじ初期しょきにおける簿記ぼき知識ちしき社会しゃかい普及ふきゅうと『帳合ちょうあいほう』および慶應義塾けいおうぎじゅく貢献こうけん」(福澤ふくさわ諭吉ゆきち年鑑ねんかん 50ごう pp.23-38 2023ねん12がつ)にゆずる。当時とうじはまだ「簿記ぼき」の訳語やくごはあてられていなかったが、その経緯けいい詳細しょうさいべつぶし和訳わやく由来ゆらい」で説明せつめいする。

れい現在げんざい日本にっぽんでは、福沢ふくさわ諭吉ゆきち簿記ぼき講習こうしゅうしょ由来ゆらいする簿記ぼき教育きょういく伝統でんとう専門せんもん高校こうこうである商業しょうぎょう高等こうとう学校がっこう商業しょうぎょうかんする科目かもく設置せっちこう)において文部もんぶ科学かがくしょう高等こうとう学校がっこう学習がくしゅう指導しどう要領ようりょう平成へいせい 30 ねん告示こくじ)にもとづき、高大こうだい連携れんけいふく大学だいがく商学部しょうがくぶ水準すいじゅん簿記ぼき教育きょういく放送大学ほうそうだいがく選科せんか履修りしゅうせい科目かもく履修りしゅうせいふくむ)を教授きょうじゅしている。日商にっしょう簿記ぼき検定けんてい1きゅう取得しゅとくし、税理士ぜいりし試験しけん公認こうにん会計士かいけいし試験しけん受験じゅけんするひとし簿記ぼき教育きょういくひろがりをせている。日本にっぽん各地かくち名門めいもん商業しょうぎょう高等こうとう学校がっこう卒業そつぎょう進路しんろとして、簿記ぼき教育きょういく素養そようかし税務大学校ぜいむだいがっこう普通ふつう税務ぜいむ職員しょくいんとして活躍かつやくしている。

簿記ぼき分類ぶんるい

編集へんしゅう

単式たんしき簿記ぼき複式ふくしき簿記ぼき

編集へんしゅう

簿記ぼき表記ひょうき方法ほうほう記帳きちょうほう)には、単式たんしき簿記ぼき複式ふくしき簿記ぼきの2種類しゅるいがある。くわしくはかく項目こうもく参照さんしょうされたい。

正確せいかくかつ公正こうせい記述きじゅつできる方法ほうほう確立かくりつしている複式ふくしき簿記ぼきは、企業きぎょう会計かいけい公益こうえき法人ほうじん会計かいけい独立どくりつ行政ぎょうせい法人ほうじん会計かいけいなどにひろもちいられている。簿記ぼきといえば、おおくの場合ばあい複式ふくしき簿記ぼき前提ぜんていとする。以下いかとく注釈ちゅうしゃくがない場合ばあい複式ふくしき簿記ぼきすものとしてろんじる。職業しょくぎょうとしては税理士ぜいりしがいる。税理士ぜいりし試験しけん国税こくぜい審議しんぎかいおこな国家こっか試験しけん)では会計かいけいがく関連かんれんする出題しゅつだい科目かもくは、簿記ぼきろん財務諸表ざいむしょひょうろんである。

経済けいざい活動かつどうによる分類ぶんるい

編集へんしゅう

経済けいざい主体しゅたい企業きぎょう政府せいふなど)の経済けいざい活動かつどうおうじた簿記ぼき方法ほうほうろんがある。代表だいひょうてきなものに商業しょうぎょう簿記ぼき工業こうぎょう簿記ぼきがある。

商業しょうぎょう簿記ぼき

編集へんしゅう

完成かんせいしている商品しょうひん仕入しいれて販売はんばいする会社かいしゃ財務ざいむ状態じょうたい管理かんりするための記帳きちょう方式ほうしきもっと基本きほんてき簿記ぼきである。ただし、どの会社かいしゃにも共通きょうつうする決算けっさんかんする会計かいけい処理しょりや、固定こてい資産しさん償却しょうきゃく処理しょりなども「商業しょうぎょう簿記ぼき」としてあつかうことがある。

工業こうぎょう簿記ぼき

編集へんしゅう

材料ざいりょう仕入しいれ、製造せいぞうし、製品せいひん販売はんばいする会社かいしゃ財務ざいむ状態じょうたい記録きろく計算けいさん報告ほうこくするための記帳きちょう方式ほうしき。その製品せいひんつくるために必要ひつよう経費けいひ材料ざいりょう製造せいぞう作業さぎょういん賃金ちんぎん製造せいぞう機器ききランニングコストなどから算出さんしゅつするには複雑ふくざつ計算けいさん手続てつづきを必要ひつようとするため原価げんか計算けいさん理論りろんおももちいる。簡便かんべんほうとしてのしょうてき工業こうぎょう簿記ぼき存在そんざいする。

その応用おうよう簿記ぼき

編集へんしゅう

基本きほんてき簿記ぼきである商業しょうぎょう簿記ぼきたいして、それ以外いがい簿記ぼきのことを応用おうよう簿記ぼきしょうする。

  • 農業のうぎょう簿記ぼき:工業こうぎょう簿記ぼきのように原価げんか計算けいさんともなう。個人こじん事業じぎょうぬしおお日本にっぽん農業のうぎょうでは、家計かけいとの区別くべつをつける意味合いみあいもつ。
  • 林業りんぎょう簿記ぼき: 農業のうぎょう簿記ぼき同様どうように、だいいち産業さんぎょうである林業りんぎょうにおける簿記ぼき
  • 漁業ぎょぎょう簿記ぼき: 漁場ぎょじょうりょうえさだいといった経費けいひ特徴とくちょうとする漁業ぎょぎょうにおける簿記ぼき
  • 建設けんせつぎょう簿記ぼき: だい規模きぼ資金しきん労働ろうどうりょく、そして長期間ちょうきかんかる建設けんせつぎょうのための簿記ぼきである。
  • 銀行ぎんこう簿記ぼき: 貨幣かへい商品しょうひんとする企業きぎょうかんがえることができる。
  • かんよう簿記ぼき: 収入しゅうにゅう税金ぜいきんであり、財務ざいむ状況じょうきょう収支しゅうし)をみるためにおも使つかわれる。単式たんしき簿記ぼき主流しゅりゅう
  • 組合くみあい簿記ぼき: 営利えいり団体だんたいであり、収支しゅうし均衡きんこう着眼ちゃくがんてんがある。
  • 農協のうきょう簿記ぼき: 農業のうぎょう協同きょうどう組合くみあい使つかわれる。農協のうきょう使つか様々さまざま業種ぎょうしゅをカバーする。
  • 家計かけい簿記ぼき: いわゆる家計かけい簿貯金ちょきん以外いがい現金げんきん収支しゅうししるした単式たんしき簿記ぼきおおい。
  • 社会しゃかい福祉ふくし会計かいけい簿記ぼき:社会しゃかい福祉ふくし法人ほうじん使用しようする、特殊とくしゅ処理しょりなどがある「社会しゃかい福祉ふくし法人ほうじん会計かいけい基準きじゅん」をもとにした簿記ぼき

和訳わやく由来ゆらい

編集へんしゅう

日本にっぽんにおける洋式ようしき簿記ぼき導入どうにゅうは、1873ねん明治めいじ6ねん)の福澤ふくさわ諭吉ゆきち加藤かとうあきら大蔵省おおくらしょうによる洋式ようしき簿記ぼきしょ刊行かんこう嚆矢こうしとするが、1874ねん明治めいじ7ねん以前いぜん英語えいご辞書じしょでは Bookkeeping のわけおおくの場合ばあい帳面ちょうめん算用さんようおもること」とされ、「簿記ぼき」の訳語やくごはまだ使用しようされていなかった[5]

西洋せいようしき簿記ぼき導入どうにゅう以前いぜん日本にっぽん固有こゆう帳簿ちょうぼ記入きにゅうは「帳合ちょうあい(ちょうあい)」としょうされており、福澤ふくさわ諭吉ゆきちはこれをまえて訳語やくごに「帳合ちょうあい」をて、 "Bryant & Stratton's Common School Book-keeping" を翻訳ほんやくし『帳合ちょうあいほう』をあらわしたが、のち福澤ふくさわ全集ぜんしゅう緒言しょげんにおいて「ブックキーピングを帳合ちょうあいやくして、簿記ぼきもちいひざりしは、あまぞくぎたるゆえか、今日きょうくだりはるるを[6]」とべている[7]

一方いっぽう、『商家しょうか必用ひつよう』は「簿ほう」というかたり簿記ぼきしょとして最初さいしょ使用しようしたものであるが、簿ほうというかたり自体じたい明治めいじ5ねん8がつ文部省もんぶしょう学制がくせいにおいてすで使用しようされていた[8]。また文部省もんぶしょう小・中学校しょうちゅうがっこう教科書きょうかしょとして1875ねん明治めいじ8ねん)に日本にっぽんはつ学校がっこうよう簿記ぼき教科書きょうかしょうまみみ簿ほう』を、1876ねん明治めいじ9ねん)に『うまみみ複式ふくしき簿ほう』を刊行かんこうするなど、「簿ほう」のかたり文部省もんぶしょう中心ちゅうしんひろもちいられた[9][10]

銀行ぎんこう簿記ぼきせいほう』は大蔵省おおくらしょうまねかれたスコットランドじんアラン・シャンド (Alexander Allan Shand) の原著げんちょ大蔵省おおくらしょう翻訳ほんやく校正こうせいした日本にっぽんはつ複式ふくしき簿記ぼきしょ[11]、1872ねん明治めいじ5ねん)8がつ公布こうふ・11月に施行しこうされた国立こくりつ銀行ぎんこう条例じょうれいもとづいて設立せつりつされた国立こくりつだいいち銀行ぎんこうなど150ぎょうほどの銀行ぎんこうが、統一とういつてき銀行ぎんこう簿記ぼきおこなわせる目的もくてき編集へんしゅうされたものである[12]どう条例じょうれいだい24じょうには「銀行ぎんこう簿記ぼき」とあり、これが書名しょめい銀行ぎんこう簿記ぼきせいほう』にれられた[13]明治めいじ初期しょきしょ官庁かんちょうでは「帳簿ちょうぼきしるす」というひろ意味いみで「簿記ぼき」のかたりすで常用じょうようとして使つかわれていた。これは、1869ねん明治めいじ2ねん)のしゅう議院ぎいん建白けんぱく取扱とりあつかい規則きそくに「…姓名せいめい月日つきひ簿記ぼきすべきこと」とあるのが最初さいしょ用例ようれいとされる[14]以降いこう次第しだい今日きょう簿記ぼき意味いみ限定げんていされて大蔵省おおくらしょう組織そしきめいれい: 簿記ぼき)や通則つうそくなどで使用しようされるようになり、前述ぜんじゅつ国立こくりつ銀行ぎんこう条例じょうれいでももちいられることとなった。『銀行ぎんこう簿記ぼきせいほう』は銀行ぎんこう簿記ぼきのバイブルてき存在そんざいとして国立こくりつ銀行ぎんこうのみならず普通ふつう銀行ぎんこうにまで幅広はばひろ適用てきようされ、その刊行かんこうされた『銀行ぎんこう簿記ぼき例題れいだい』『銀行ぎんこう簿記ぼき用法ようほう』などととも実業じつぎょうかいにもひろ普及ふきゅうした[11][12]

このように Bookkeeping の訳語やくごとしては、はじ明治めいじ6ねんに「帳合ちょうあい」「簿」「簿記ぼき」などがてられた簿記ぼきしょ刊行かんこうされたが、「帳合ちょうあい」は1879ねん明治めいじ12ねん)・1880ねん明治めいじ13ねん)ごろ、「簿」は1882ねん明治めいじ15ねん)・1883ねん明治めいじ16ねん以後いご標題ひょうだいにはられなくなり、明治めいじ20ねんには簿記ぼきしょ標題ひょうだいに「簿記ぼき」のかたり使用しようすることが一般いっぱんてきとなっていった[15]

なお、Bookkeeping(ブックキーピング)を「ブッキー」や「ボッキー」とりゃくし、それが「ブキ」「ボキ」となり、漢字かんじて「簿記ぼき」の語源ごげんとなったとするせつについて、簿記ぼき研究けんきゅうしゃ日大にちだい商学部しょうがくぶ教授きょうじゅ西川にしかわ孝治こうじろう論文ろんぶん簿記ぼき語源ごげんについて』(慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがく三田みた商学しょうがく研究けんきゅうだい7かんだい2ごう、1964ねん)のなかで「茶話ちゃばなしぎないことはあきらかである」とべ、退しりぞけている[14]

日本にっぽん簿記ぼき検定けんてい

編集へんしゅう

簿記ぼきかんする基礎きそ知識ちしき実務じつむ計算けいさん能力のうりょく判定はんていするための検定けんてい試験しけんとして各種かくしゅ簿記ぼき検定けんていがあり、日本にっぽんでは日本にっぽん商工しょうこう会議かいぎしょをはじめ複数ふくすう団体だんたいにより実施じっしされている。

簿記ぼき

編集へんしゅう

公益社こうえきしゃだん法人ほうじん全国ぜんこく経理けいり教育きょういく協会きょうかい制定せいてい日付ひづけ簿記ぼき原点げんてんである福沢ふくさわ諭吉ゆきち訳本やくほん帳合ちょうあいほう」が1873ねん明治めいじ6ねん)の2がつ10日とおか慶応義塾けいおうぎじゅく出版しゅっぱんきょくから発行はっこうされたことによる。

脚注きゃくちゅう

編集へんしゅう

注釈ちゅうしゃく

編集へんしゅう
  1. ^ 家計かけい簿小遣こづかちょう単式たんしき簿記ぼきといわれる簿記ぼき一種いっしゅであるといえる。浜田はまだ(2005)p.21

出典しゅってん

編集へんしゅう
  1. ^ a b c d 浜田はまだ(2005)pp.20-21
  2. ^ コトバンク- 簿記ぼき”. 2019ねん1がつ23にち閲覧えつらん
  3. ^ a b c 浜田はまだ(2005)pp.22-23
  4. ^ 洋式ようしき簿記ぼき事始ことはじめ130周年しゅうねんねん”. 複式ふくしき簿記ぼきがやってきた!. 一橋大学ひとつばしだいがく (2003ねん). 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん
  5. ^ 西川にしかわ (1964), pp.37-38
  6. ^ 福澤ふくさわ諭吉ゆきち. “福澤ふくさわ全集ぜんしゅう緒言しょげん”. 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん
  7. ^ 西川にしかわ (1964), pp.39-40
  8. ^ 西川にしかわ (1964), p.41
  9. ^ 西川にしかわ (1964), pp.41-42
  10. ^ うまみみ簿ほう”. 複式ふくしき簿記ぼきがやってきた!. 一橋大学ひとつばしだいがく (2003ねん). 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん
  11. ^ a b 銀行ぎんこう簿記ぼきせいほう”. 複式ふくしき簿記ぼきがやってきた!. 一橋大学ひとつばしだいがく (2003ねん). 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん
  12. ^ a b 岩田いわた康成やすなり米田よねだ正巳まさみ石塚いしづか一彌かずや井手いで健二けんじ (2009ねん3がつ). “複式ふくしき簿記ぼき日本にっぽんへの導入どうにゅうとその影響えいきょう” (PDF). Fuji business review (1), 74-79, 2009-03. 東京とうきょう富士大学ふじだいがく. 2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん
  13. ^ 西川にしかわ (1964), p.42
  14. ^ a b 西川にしかわ (1964), p.43
  15. ^ 西川にしかわ (1964), p.44

参考さんこう文献ぶんけん

編集へんしゅう
  • 浜田はまだ勝義まさよし『はじめてのひと簿記ぼき入門にゅうもんじゅくかんき出版しゅっぱん、2005ねん10がつISBN 978-4-7612-6290-7 
  • 西川にしかわ孝治こうじろう簿記ぼき語源ごげんについて」『三田みた商学しょうがく研究けんきゅうだい7かんだい2ごう慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがくメディアセンター、1964ねん6がつ、33-45ぺーじ2012ねん1がつ12にち閲覧えつらん 
  • 日本にっぽん会計かいけい学会がっかいちょう 工藤くどう栄一郎えいいちろう明治めいじ初期しょきにおける簿記ぼき知識ちしき社会しゃかい普及ふきゅうと『帳合ちょうあいほう』および慶應義塾けいおうぎじゅく貢献こうけん福澤ふくさわ諭吉ゆきち年鑑ねんかん 50ごう pp.23-38 2023ねん12月

関連かんれん項目こうもく

編集へんしゅう

外部がいぶリンク

編集へんしゅう