榛名 はるな 火山 かざん の火山 かざん 体 たい 地形 ちけい 図 ず
山頂 さんちょう 部 ぶ 地形 ちけい 図 ず と解説 かいせつ >無印 むじるし 画像 がぞう
榛名山 はるなさん カルデラ付近 ふきん の空中 くうちゅう 写真 しゃしん 国土 こくど 交通省 こうつうしょう 国土 こくど 地理 ちり 院 いん 地図 ちず ・空中 くうちゅう 写真 しゃしん 閲覧 えつらん サービス の空中 くうちゅう 写真 しゃしん を基 もと に作成 さくせい
山頂 さんちょう にはカルデラ 湖 みずうみ である榛名湖 はるなこ と中央 ちゅうおう 火口丘 かこうきゅう の榛名富士 はるなふじ 溶岩 ようがん ドーム (標高 ひょうこう 1,390.3 m)があり、
495年 ねん 頃 ごろ (早川 はやかわ 2009)と約 やく 30年 ねん 後 ご に大 おお きな噴火 ふんか をしたと見 み られている。中央 ちゅうおう のカルデラと榛名富士 はるなふじ を最高峰 さいこうほう の掃部ヶ岳 だけ (かもんがたけ 標高 ひょうこう 1,449 m)、天目山 てんもくざん (1,303 m) 、尖 とが った峰 みね の相馬山 そうまやま (1,411 m) 、二ッ岳 ふたつだけ (1,344 m) 、典型 てんけい 的 てき な溶岩 ようがん 円 えん 頂 いただき 丘 おか の烏帽子岳 えぼうしだけ (1,363 m) 、鬢櫛山 びんぐしやま (1,350 m) などが囲 かこ み、更 さら に外側 そとがわ にも水沢山 みずさわやま (浅間山 あさまやま 1,194 m)、鷹ノ巣山 たかのすやま (956 m) 、三ッ峰 みつみね 山 さん (1,315 m) 、杏 すもも が岳 たけ (1,292 m) 、古賀良山 こがらさん (982 m) 、五 ご 万 まん 石 せき (1,060 m) など数 すう 多 おお くの側 がわ 火山 かざん があり、非常 ひじょう に多 おお くの峰 みね をもつ複雑 ふくざつ な山容 さんよう を見 み せている。
金井 かない 東裏 ひがしうら 遺跡 いせき 出土 しゅつど の甲 かぶと を着 き た古墳 こふん 人 じん (複製 ふくせい )。群馬 ぐんま 県立 けんりつ 歴史 れきし 博物館 はくぶつかん 展示 てんじ 。
古 いにしえ 期 き 榛名 はるな 火山 かざん :約 やく 50万 まん 年 ねん 前 まえ 頃 ごろ から開始 かいし し、約 やく 24万 まん 年 ねん 前 まえ 頃 ごろ まで。約 やく 20万 まん 年間 ねんかん の活動 かつどう 休止 きゅうし 期 き を経 へ て、約 やく 5万 まん 年 ねん 前 まえ から新 しん 期 き 榛名 はるな 火山 かざん の活動 かつどう に移行 いこう 。
新 しん 期 き 榛名 はるな 火山 かざん :約 やく 5万 まん 年 ねん 前 まえ の八崎 はっさき 降下 こうか 軽石 かるいし ・白川 しらかわ 火砕流 かさいりゅう の噴出 ふんしゅつ で開始 かいし し、榛名 はるな カルデラを形成 けいせい 。その後 ご 、榛名富士 はるなふじ 、蛇 へび ヶ岳 だけ 、相馬山 そうまやま 、水沢山 みずさわやま 、二ッ岳 ふたつだけ など少 すく なくとも5個 こ の安山岩 あんざんがん 溶岩 ようがん ドームを形成 けいせい したが、いくつかが山 やま 体 たい 崩壊 ほうかい し榛名山 はるなさん 東側 ひがしがわ 及 およ び南側 みなみがわ 山麓 さんろく に扇状地 せんじょうち 状 じょう 地形 ちけい を形成 けいせい 。
5世紀 せいき に活動 かつどう を再開 さいかい し、マグマ水蒸気 すいじょうき 噴火 ふんか を起 お こす。(二ッ岳 ふたつだけ 有馬 ありま 火山灰 かざんばい 噴火 ふんか )
489年 ねん 二ッ岳 ふたつだけ 渋川 しぶかわ 噴火 ふんか で大 だい 規模 きぼ なマグマ水蒸気 すいじょうき 噴火 ふんか と泥 どろ 流 りゅう 。マグマ噴出 ふんしゅつ 量 りょう は0.32 DREkm3 。火山 かざん 爆発 ばくはつ 指数 しすう :VEI4
525年 ねん から550年 ねん 大 だい 規模 きぼ マグマ噴火 ふんか 、マグマ水蒸気 すいじょうき 噴火 ふんか 、マグマ噴火 ふんか 泥 どろ 流 りゅう 。マグマ噴出 ふんしゅつ 量 りょう は0.74 DREkm3 。火山 かざん 爆発 ばくはつ 指数 しすう :VEI5
有史 ゆうし 以降 いこう の記録 きろく は残 のこ っていないが、古墳 こふん 時代 じだい 後期 こうき にあたる6世紀 せいき 代 だい には二 に ツ岳 だけ で大 だい 規模 きぼ 噴火 ふんか が度々 どど 発生 はっせい しており、北東 ほくとう 山麓 さんろく では6世紀 せいき 初頭 しょとう の「榛名 はるな 山二 やまふた ツ岳 だけ 渋川 しぶかわ 火山灰 かざんばい (Hr-FA)」と、6世紀 せいき 中頃 なかごろ の「榛名 はるな 山二 やまふた ツ岳 だけ 伊香保 いかほ 軽石 かるいし (Hr-FP)」の降下 こうか による分厚 ぶあつ い堆積 たいせき 層 そう が形成 けいせい されている。渋川 しぶかわ 市 し 黒井 くろい 峯 みね 遺跡 いせき や中筋 なかすじ 遺跡 いせき 、高崎 たかさき 市 し 三ツ寺 みつでら 遺跡 いせき など、火山灰 かざんばい や火砕流 かさいりゅう で被災 ひさい した古墳 こふん 時代 じだい 後期 こうき の遺跡 いせき は多 おお く発見 はっけん されており、当時 とうじ の群馬 ぐんま 県域 けんいき (上 うえ 毛 げ 野 の 地域 ちいき )に甚大 じんだい な被害 ひがい があったことが解 わか っている。渋川 しぶかわ 市 し の金井 かない 東裏 ひがしうら 遺跡 いせき (国道 こくどう 353号 ごう 建設 けんせつ 工事 こうじ に伴 ともな う調査 ちょうさ )では、6世紀 せいき 初頭 しょとう のHr-FA火砕流 かさいりゅう に巻 ま き込 こ まれた小 しょう 札 さつ 甲 かぶと を着 き 装 そう した成人 せいじん 男性 だんせい 人骨 じんこつ 1体 たい (甲 かぶと を着 き た古墳 こふん 人 じん )と、その家族 かぞく と思 おも われる成人 せいじん 女性 じょせい 人骨 じんこつ 1体 たい と幼児 ようじ 人骨 じんこつ 1体 たい 、乳児 にゅうじ 頭骨 とうこつ 1点 てん が発掘 はっくつ されており、人的 じんてき 被害 ひがい が出 で ていたことが裏付 うらづ けられている[2] 。当時 とうじ の北関東 きたかんとう は大和 やまと とは別 べつ の毛 け 野 の 地域 ちいき で、南海 なんかい トラフ巨大 きょだい 地震 じしん の白鳳 はくほう 地震 じしん とは違 ちが って記紀 きき には記載 きさい はない。
^ 榛名 はるな の「榛 はしばみ 」(=“春 はる ”)を「秋 あき 」に置 お き換 か えている。なお他 た の地名 ちめい は全 すべ て実名 じつめい となっている。
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