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クビンカ戦車 せんしゃ 博物館 はくぶつかん (クビンカせんしゃはくぶつかん、ロシア語 ご : Военно-исторический музей бронетанкового вооружения и техники в Кубинке , 英語 えいご 通称 つうしょう :Kubinka Tank Museum)とは、モスクワ 郊外 こうがい にあるクビンカ基地 きち の敷地 しきち 内 ない にあるロシア の戦車 せんしゃ ・装甲車 そうこうしゃ 輌 りょう の博物館 はくぶつかん である。世界中 せかいじゅう から集 あつ めた300両 りょう 以上 いじょう の戦車 せんしゃ ・装甲車 そうこうしゃ が展示 てんじ されており、世界中 せかいじゅう でここにしかない車両 しゃりょう も多 おお い。
モスクワ近郊 きんこう のクビンカは、第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 前 まえ より、旧 きゅう ソビエト連邦 れんぽう の装甲車 そうこうしゃ 両 りょう 中央 ちゅうおう 研究所 けんきゅうじょ (НИИ БТ)およびそのテストコースの所在地 しょざいち であり、現在 げんざい の博物館 はくぶつかん の展示 てんじ 車輌 しゃりょう は、その資料 しりょう として収集 しゅうしゅう ・保存 ほぞん されたものが核 かく となっている。
1972年 ねん 頃 ころ に装甲車 そうこうしゃ 両 りょう 中央 ちゅうおう 研究所 けんきゅうじょ 施設 しせつ 内 ない に保管 ほかん されていた車両 しゃりょう を展示 てんじ 品 ひん とする博物館 はくぶつかん として整備 せいび され始 はじ めたという。当初 とうしょ は全 ぜん 車両 しゃりょう が野外 やがい 展示 てんじ されていたが、1975年 ねん に軍 ぐん のハンガーを利用 りよう して多 おお くの車両 しゃりょう を屋内 おくない 展示 てんじ するようになった。長 なが らく軍部 ぐんぶ や軍需 ぐんじゅ 産業 さんぎょう 関係 かんけい 者 しゃ など一部 いちぶ の人々 ひとびと しか参観 さんかん することができない施設 しせつ であったが、その後 ご 、一般 いっぱん 公開 こうかい されるようになった。西側 にしがわ にその存在 そんざい が知 し られるようになったのはグラスノスチ 以降 いこう のことで、それまで西側 にしがわ では現存 げんそん していないと思 おも われていた各国 かっこく の装甲車 そうこうしゃ 輌 りょう や、知 し られていなかったソ連 それん の試作 しさく 戦車 せんしゃ などの存在 そんざい が明 あき らかになった。
革命 かくめい 戦争 せんそう 期 き に使 つか われた第 だい 一 いち 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 型 かた の戦車 せんしゃ はじめ、古今 ここん 東西 とうざい の戦車 せんしゃ ・装甲 そうこう 車輌 しゃりょう 300輌 りょう 以上 いじょう を所蔵 しょぞう し、イギリスのボービントン戦車 せんしゃ 博物館 はくぶつかん と並 なら ぶ世界 せかい 最大 さいだい 級 きゅう の戦車 せんしゃ 博物館 はくぶつかん となっている。
軍 ぐん の研究所 けんきゅうじょ ・試験場 しけんじょう の付属 ふぞく 施設 しせつ であることから、第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 前 まえ からのソ連 それん 軍 ぐん の装備 そうび 車輌 しゃりょう のほか、その試作 しさく 車輌 しゃりょう も多数 たすう 所蔵 しょぞう している。さらに、敵国 てきこく ・仮想 かそう 敵国 てきこく からの鹵獲 ろかく 車輌 しゃりょう の評価 ひょうか 試験 しけん も行 おこな っていたため、第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 中 ちゅう のドイツ軍 ぐん ほか枢軸 すうじく 各国 かっこく の車輌 しゃりょう 、朝鮮 ちょうせん やベトナム、中東 ちゅうとう 、南米 なんべい 等 とう で入手 にゅうしゅ した冷戦 れいせん 期 き の西側 にしがわ 各国 かっこく の車輌 しゃりょう も多 おお い。また、近年 きんねん は海外 かいがい の博物館 はくぶつかん との交換 こうかん で入手 にゅうしゅ した車輌 しゃりょう 、ロシア領内 りょうない で発掘 はっくつ された大戦 たいせん 中 ちゅう の車輌 しゃりょう 等 とう もあり、所蔵 しょぞう 車両 しゃりょう はなお増加 ぞうか している。以前 いぜん は(特 とく に鹵獲 ろかく 車輌 しゃりょう の)塗装 とそう やマーキングが考証 こうしょう を考慮 こうりょ しないものであったが、ソ連 それん 崩壊 ほうかい 後 ご は各 かく 車輌 しゃりょう のレストアも進 すす み、改正 かいせい されつつある。
クビンカ戦車 せんしゃ 博物館 はくぶつかん にしか現存 げんそん しないクーゲルパンツァー
現在 げんざい 、展示 てんじ 車両 しゃりょう は7つの展示 てんじ 館 かん に収容 しゅうよう されているほか、若干 じゃっかん の屋外 おくがい 展示 てんじ がある。展示 てんじ 館 かん は、
第 だい 1棟 むね :ソ連 それん ・ロシア軍 ぐん 車両 しゃりょう (重 じゅう 戦車 せんしゃ )
第 だい 2棟 むね :ソ連 それん ・ロシア軍 ぐん 車両 しゃりょう (中 ちゅう 戦車 せんしゃ およびMBT )
第 だい 3棟 むね :ソ連 それん ・ロシア軍 ぐん 車両 しゃりょう (軽 けい 戦車 せんしゃ 、空挺 くうてい 車両 しゃりょう 、装甲 そうこう 兵員 へいいん 輸送 ゆそう 車 しゃ 等 ひとし )
第 だい 4棟 むね :ソ連 それん ・ロシア軍 ぐん 車両 しゃりょう (装 そう 輪 わ 車両 しゃりょう )
第 だい 5棟 むね :アメリカ、イギリス軍 ぐん 車両 しゃりょう
第 だい 6棟 むね :第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 中 ちゅう のドイツ軍 ぐん 車両 しゃりょう
第 だい 7棟 むね :その他 た の国々 くにぐに (フランス、日本 にっぽん 、チェコ、ポーランド、ハンガリー、中国 ちゅうごく 等 とう )の車両 しゃりょう
よりなる。
大戦 たいせん 中 ちゅう のドイツ軍 ぐん の超 ちょう 重 じゅう 戦車 せんしゃ マウス やカール自 じ 走 はし 臼砲 きゅうほう 、33B突撃 とつげき 歩兵 ほへい 砲 ほう 、VK3001(H) 12.8cm自 じ 走 はし 砲 ほう 、ミーネンロイマー 、開発 かいはつ 経緯 けいい ・使途 しと 不明 ふめい の“クーゲルパンツァー (球形 きゅうけい 戦車 せんしゃ )”、旧 きゅう 日本 にっぽん 海軍 かいぐん の特 とく 二 に 式 しき 内火艇 ないかてい 、旧 きゅう ソ連 それん で核 かく 戦争 せんそう 下 か での行動 こうどう を想定 そうてい して設計 せっけい された試作 しさく 重 じゅう 戦車 せんしゃ オブイェークト279 、ミサイル戦車 せんしゃ IT-1 、重 じゅう 戦車 せんしゃ IS-4 、IS-7 ほか多数 たすう の試作 しさく 戦車 せんしゃ など、ここにしか現存 げんそん しない車輌 しゃりょう を多数 たすう 所蔵 しょぞう していることも大 おお きな特色 とくしょく である。
クビンカ(Кубинке)駅 えき より無料 むりょう のシャトルバスが運行 うんこう 、帰 かえ りも30分 ふん 間隔 かんかく でバスが出 で ている。
かつては入場 にゅうじょう に際 さい し、外国 がいこく 人 じん は10日 とおか 以上 いじょう 前 まえ に申請 しんせい が必要 ひつよう とされていたが2015年 ねん 現在 げんざい では事前 じぜん 申請 しんせい もなく撮影 さつえい 料 りょう 込 こ みの入場 にゅうじょう 料 りょう 1200ルーブル(休日 きゅうじつ は1500)を支払 しはら うだけで許可 きょか される。
この場合 ばあい ガイドはつかないが自由 じゆう に行動 こうどう できる。
毎朝 まいあさ 10時 じ より開館 かいかん だが、月曜日 げつようび は定休 ていきゅう 日 び なので注意 ちゅうい が必要 ひつよう 。