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サッカー大韓民国だいかんみんこく代表だいひょう

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サッカー大韓民国だいかんみんこく代表だいひょう
くにまたは地域ちいき 大韓民国の旗 大韓民国だいかんみんこく
協会きょうかい 大韓たいかんサッカー協会きょうかい
FIFAコード KOR
愛称あいしょう アジアのとら太極たいきょく戦士せんし
監督かんとく 大韓民国の旗 かねくん暫定ざんてい
キャプテン まごおきミン
最多さいた出場しゅつじょう選手せんしゅ くるまはん
洪明甫こうめいほ(136試合しあい
最多さいた得点とくてん選手せんしゅ くるまはん(58[1]得点とくてん
ホームカラー
アウェイカラー
はつ国際こくさい試合しあい
 韓国かんこく 5–3 メキシコ 
(ロンドン, イングランド; 1948ねん8がつ2にち)
最大さいだい勝利しょうり試合しあい
 韓国かんこく 16–0 ネパール 
(仁川にがわ, 大韓民国だいかんみんこく; 2003ねん9がつ29にち)
最大さいだい敗戦はいせん試合しあい
 韓国かんこく 0–12 スウェーデン 
(ロンドン, イングランド; 1948ねん8がつ5にち)
FIFAワールドカップ
出場しゅつじょう回数かいすう 11かいはつ出場しゅつじょう1954
最高さいこう成績せいせき 4 (2002)
AFCアジアカップ
出場しゅつじょう回数かいすう 15かい
最高さいこう成績せいせき 優勝ゆうしょう (1956, 1960)

(サッカーだいかんみんこくだいひょう、あさ: 대한민국 축구 국가대표팀)は、大韓たいかんサッカー協会きょうかい(KFA)によって構成こうせいされる大韓民国だいかんみんこく韓国かんこく)のサッカーナショナルチームである。アジアサッカー連盟れんめい(AFC)およびひがしアジアサッカー連盟れんめい(EAFF)所属しょぞく

概要がいよう[編集へんしゅう]

チームカラーはあかで、愛称あいしょう協会きょうかいのシンボルであるとらにちなんだ「アジアのとら아시아의 호랑이 (アシアエ・ホランイ)、あるいは韓国かんこく国旗こっき別名べつめい太極たいきょくはた(テグッキ、태극기)」に由来ゆらいする「太極たいきょく戦士せんし(テグッ・ジョンサ、태극전사)」である。また代表だいひょうサポーターは「Red Devils」という愛称あいしょうばれ、正式せいしきにこの集団しゅうだんは「붉은악마プルグンアンマあか悪魔あくま)」と命名めいめいされた。

FIFAワールドカップ出場しゅつじょう11かいはアジア地区ちく最多さいたである。なお、韓国かんこく代表だいひょうのユニフォームは1996ねんからは大手おおてスポーツメーカーのナイキ手掛てがけている。

歴史れきし[編集へんしゅう]

FIFAワールドカップについて[編集へんしゅう]

FIFAワールドカップには、当時とうじ承晩しょうばん大統領だいとうりょう日本にっぽん代表だいひょう選手せんしゅ韓国かんこく入国にゅうこく拒否きょひしたため2試合しあいとも日本にっぽんおこなわれた1954ねんスイス大会たいかい予選よせんに1しょう1ふん勝利しょうりはつ出場しゅつじょうしたが、スイスまでの移動いどう列車れっしゃふね日本にっぽん経由けいゆ、さらにはエールフランスからアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく空軍くうぐんまでぎ1週間しゅうかんようしたうえ試合しあい開始かいしじゅうすうあいだまえ到着とうちゃくするという悪条件あくじょうけんだったうえ当時とうじマジック・マジャール」とばれ3年間ねんかんで32試合しあい無敗むはいほこっていたハンガリー初戦しょせんたたかうことになり、FIFAワールドカップ史上しじょう最悪さいあく記録きろくとなる0-9の大差たいさ大敗たいはいつづトルコとの試合しあいでも0-7でやぶれた。

2度目どめ出場しゅつじょう1986 FIFAワールドカップ(32ねんぶり)であり、1リーグでアルゼンチンイタリアやぶれたもののブルガリアけてはつの「かちてん1」を獲得かくとくした。

1990 FIFAワールドカップでは3連敗れんぱい1994 FIFAワールドカップでは2ふん1はい1998 FIFAワールドカップでは1ふん2はいでいずれもグループリーグで敗退はいたいした。

2002 FIFAワールドカップではオランダひとフース・ヒディンク監督かんとくつとめ、初戦しょせんポーランドせんに2-0で勝利しょうりした(Wはいはつ勝利しょうり)。2せんアメリカせんでは前半ぜんはん、アメリカに先制せんせいされるが78ふん安貞やすさだ同点どうてんゴールをめ、1-1のけにもつれんだ。最終さいしゅうせんポルトガルせんでは70ふんぼくさとしほしがゴールをめて1-0で勝利しょうりおさめ、グループリーグを2しょう1ぶん首位しゅい突破とっぱした。決勝けっしょうトーナメント1回戦かいせんでは強豪きょうごうイタリアと対戦たいせん延長えんちょうせんすえ安貞やすさだつねのゴールデンゴールでこれをくだし、つづく2回戦かいせんスペイン対戦たいせんしてPKせんすえやぶった。アジアぜいとしてはじめてのベスト4に進出しんしゅつするも、準決勝じゅんけっしょう強豪きょうごうドイツまえ惜敗せきはいきっした。3決定けっていせんでもトルコにやぶれたものの、過去かこ最高さいこうの4となった。ところがイタリアせん、スペインせんでは誤審ごしん沙汰ざたされ、とく当事とうじしゃのイタリア、スペインにおいては韓国かんこくたいする一種いっしゅ陰謀いんぼうろんこった。当時とうじ主審しゅしんのちにテレビ番組ばんぐみない誤審ごしんだったとみとめている。FIFAはこのけん調査ちょうさし、不正ふせいはないという結論けつろんしている(詳細しょうさいについては、2002 FIFAワールドカップ項目こうもく参照さんしょうされたい。)。この大会たいかい韓国かんこくは、チームとしては大会たいかい参加さんかしたチームのなかもっともファンを魅了みりょうしたとされるチームにおくられるエンターテイニングチームしょう受賞じゅしょうし、個人こじんでは洪明甫こうめいほやなぎそうてつがオールスターチームの先発せんぱつメンバーに選出せんしゅつされた。なお、洪明甫こうめいほ大会たいかい最優秀さいゆうしゅう選手せんしゅめる記者きしゃ投票とうひょうオリバー・カーンロナウドいで3となり、ブロンズボールを受賞じゅしょうした。

2006 FIFAワールドカップでは初戦しょせんトーゴせんに2-1で逆転ぎゃくてん勝利しょうりし、自国じこく大会たいかい以外いがいでのワールドカップはつ勝利しょうりげた。2せんフランスせんでは先制せんせいされるも、後半こうはん同点どうてんなにとかけにんだ。しかし、最終さいしゅうせんスイスせんではスイスの堅守けんしゅくずすことができず0-2でやぶれた。フランスとスイスが無敗むはいだったため、1しょう1ふん1はいの3わり韓国かんこくのグループリーグでの敗退はいたいまった。

2010 FIFAワールドカップでは初戦しょせんギリシャせんに2-0で快勝かいしょう韓国かんこくじん監督かんとく(もとちょうしげる)でのワールドカップはつ勝利しょうりげた。しかし2せんのアルゼンチンせんではゴンサロ・イグアインにハットトリックをめられるなど相手あいて攻撃こうげきえられず、1-4と完敗かんぱいした。最終さいしゅうせんナイジェリアせんでは一時いちじ逆転ぎゃくてんしながらいつかれるも相手あいて猛攻もうこうえながら2-2でけ、1しょう1ふん1はいでグループリーグBぐみを2通過つうかして自国じこく大会たいかい以外いがいはつ決勝けっしょうトーナメント進出しんしゅつった。その決勝けっしょうトーナメント1回戦かいせんではウルグアイ対戦たいせんした。前半ぜんはん8ふんルイス・スアレスから先制せんせいゴールをめられるも、68ふんイ・チョンヨンのゴールで同点どうてんいついた。だが、80ふん先制せんせいゴールをうばったスアレスにもしのゴールをめられてしまい1-2でやぶれ、ベスト16で敗退はいたいした。

2014 FIFAワールドカップではグループHはいり、初戦しょせんロシアせんではイ・グノのゴールで先制せんせいするもいつかれ1-1でけ、2せんアルジェリアせんでは前半ぜんはんだけで3失点しってんきっしたが50ふんにはソン・フンミンのゴールで1てんかえすと、62ふんにはさらにはなされ72ふんク・ジャチョルのゴールで1てんかえした。が、反撃はんげきおよばず前半ぜんはんだけで3失点しってんきっしたことがおもひびき、2-4でやぶれた。3せんベルギーせんにも0-1でやぶれ、1ふん2はい成績せいせきで4大会たいかいぶりに1しょうもすることができず韓国かんこくのグループリーグでの敗退はいたいまった。

2018 FIFAワールドカップではグループFはいり、初戦しょせんスウェーデンに0-1、2せんメキシコに1-2と連敗れんぱいきっした。なお、メキシコせんでは大会たいかい最多さいたファウルすう記録きろく話題わだいになった。自力じりきでのグループリーグ突破とっぱ不可能ふかのうとなった最終さいしゅうせんのドイツせんではGKチョ・ヒョヌ再三さいさんこうセーブなどで後半こうはんアディショナルタイムまで0-0の状態じょうたいから、93ふんキム・ヨングォンのゴールが一旦いったんオフサイドと判定はんていされるもVARにより判定はんていくつがえ先制せんせいする。なお、たなければグループリーグ敗退はいたいまるドイツがパワープレイにた96ふんには韓国かんこく陣内じんないにいたドイツのGKマヌエル・ノイアーからボールをうば前線ぜんせんにフィード、いついたソン・フンミン無人むじんのゴールにみ2-0としそのまま試合しあい終了しゅうりょう。この結果けっかによりスウェーデン、メキシコがともかちてん6で3せんえたためグループF3わり、2大会たいかい連続れんぞくでグループリーグ敗退はいたいとなった。

2022 FIFAワールドカップではグループHはいり、ポルトガル、ガーナ、ウルグアイとおなぐみはいった。初戦しょせんのウルグアイせんではいの展開てんかいとなったものの、き0-0でけてかちてん1を獲得かくとく[2]。だが、2せんのガーナせんでは前半ぜんはんに2失点しってんきっ後半こうはんチョ・ギュソンの2ゴールでいつくも、直後ちょくごモハメド・クドゥスのゴールでしをゆるして2-3でやぶれた(試合しあい終了しゅうりょうにはパウロ・ベント監督かんとくにレッドカードが提示ていじされるトラブルが発生はっせいした。)[3][4]勝利しょうり以外いがいではグループリーグ敗退はいたい決定けっていする最終さいしゅうせんのポルトガルせんでは、前半ぜんはん5ふんリカルド・オルタのゴールで先制せんせいゆるくるしい展開てんかいとなったものの前半ぜんはん27ふん、CKからキム・ヨングォンの2大会たいかい連続れんぞくゴールで同点どうてんにもつれんだ。後半こうはん選手せんしゅ交代こうたいをしながらしゴールをねらつづけ、後半こうはんアディショナルタイムにはソン・フンミンのカウンターからファン・ヒチャンしゴールをめ、終了しゅうりょう間際まぎわだい逆転ぎゃくてんげき見事みごと逆転ぎゃくてん勝利しょうりおさめた。もし、韓国かんこく勝利しょうり以外いがいならグループリーグ突破とっぱまっていたウルグアイがガーナに2-0で勝利しょうりしたが、韓国かんこくとウルグアイでてん得失点とくしってんならんだがそう得点とくてんでウルグアイを2てん上回うわまわった韓国かんこくがグループH・2はいり、2010ねんみなみアフリカ大会たいかい以来いらい3度目どめ決勝けっしょうトーナメント進出しんしゅつめた[5][6]むかえた決勝けっしょうトーナメント1回戦かいせんでは優勝ゆうしょう候補こうほブラジル対戦たいせん、76ふんペク・スンホのゴールで1てんかえしたがこの試合しあい復帰ふっきしたネイマールにPKをめられるなど前半ぜんはんだけで4失点しってんきっしたことがおもひびき、1-4でやぶれベスト16で敗退はいたいした。大会たいかい終了しゅうりょう、ベント監督かんとく退任たいにん発表はっぴょうされた[7]

AFCアジアカップについて[編集へんしゅう]

AFCアジアカップ優勝ゆうしょうだい1かい大会たいかい(1956ねんだい2かい大会たいかい(1960ねんの2じゅん優勝ゆうしょう1972ねん大会たいかい1980ねん大会たいかい1988ねん大会たいかい2015ねん大会たいかいの4である。韓国かんこくのメディアは、「アジアカップ・ジンクス」という言葉ことばもちいるなどアジアカップへの苦手にがて意識いしきっている[8]

AFCアジアカップ2007は、準決勝じゅんけっしょうイラクにPKせん敗退はいたい。3決定けっていせん日本にっぽんにPKせん勝利しょうりして3となった。

AFCアジアカップ2011は、準決勝じゅんけっしょう日本にっぽんにPKせん敗退はいたいした。3決定けっていせんウズベキスタン勝利しょうりして2大会たいかい連続れんぞくの3となった。なお、どう大会たいかいでフェアプレーしょう受賞じゅしょうしている。

AFCアジアカップ2015は、AFCアジアカップ1988以来いらい決勝けっしょう進出しんしゅつたした。しかし開催かいさいこくオーストラリアやぶれ、じゅん優勝ゆうしょうわった。

AFCアジアカップ2019は、ベスト8でカタール敗退はいたいした。カタールはこの大会たいかい優勝ゆうしょうした。

AFCアジアカップ2023は、準決勝じゅんけっしょうヨルダンに0-2でやぶれ、2大会たいかいぶりの決勝けっしょう進出しんしゅつはならなかった[9]

EAFF E-1サッカー選手権せんしゅけんについて[編集へんしゅう]

EAFF E-1サッカー選手権せんしゅけん優勝ゆうしょうは5かいであり、2022ねん大会たいかい終了しゅうりょう時点じてん最多さいた記録きろくである。

EAFF E-1サッカー選手権せんしゅけん2017は、初戦しょせん中国ちゅうごくせん前半ぜんはんに9ふん韋世ごう英語えいごばん先制せんせいゴールをうばわれ、キム・シヌクイ・ジェイクのゴールで前半ぜんはんのうちに逆転ぎゃくてんしたが、76ふん于大たから失点しってん献上けんじょうして2-2のドロー。だい2せん北朝鮮きたちょうせんせんは、64ぶんのオウンゴールで1-0とち2連勝れんしょう勝利しょうりしなければ優勝ゆうしょうはないという状況じょうきょういどんだ最終さいしゅうせん日本にっぽんせん前半ぜんはん3ふんにPKでさき失点しってんしたが、キム・シヌクの2ゴール、チョン・ウヨン直接ちょくせつフリーキック、ヨム・ギフンの3にん活躍かつやくで4-1と快勝かいしょう日本にっぽん逆転ぎゃくてん大会たいかい2連覇れんぱ達成たっせいした。

EAFF E-1サッカー選手権せんしゅけん2019は、初戦しょせん香港ほんこんたたかファン・インボムナ・サンホのゴールで2-0と勝利しょうり大会たいかい3連覇れんぱ幸先さいさきいスタートをった。だい2せん中国ちゅうごくせんは13ふんキム・ミンジェ先制せんせいゴールをめた。1てんリードでかえした後半こうはんはかなりの接戦せっせんとなり追加ついかてんうばえなかったが、1-0でり2連勝れんしょう勝利しょうり以外いがい優勝ゆうしょうはないという状況じょうきょういどんだ最終さいしゅうせん日本にっぽんせん前半ぜんはん28ふんにファン・インボムがミドルシュートを先制せんせいてんうばう。後半こうはんこそ得点とくてんはなかったものの、相手あいてには最後さいごまで同点どうてんにさせず1-0で勝利しょうり日本にっぽん逆転ぎゃくてん大会たいかい3連覇れんぱ達成たっせいした(この大会たいかいでは史上しじょうはつとなる開催かいさいこく優勝ゆうしょうという快挙かいきょげられた)。

EAFF E-1サッカー選手権せんしゅけん2022は、初戦しょせん中国ちゅうごくせんはオウンゴールで先制せんせいするとそのクォン・チャンフンチョ・ギュソンのゴールで3-0で勝利しょうりつづ香港ほんこんせんおなじく3-0で勝利しょうりし、1で2日本にっぽんとの最終さいしゅうせんのぞんだ。以外いがい優勝ゆうしょうという試合しあいだったが、49ふん失点しってんするとそのも64ふん・72ふんつづけに失点しってんし、0-3で敗戦はいせん日本にっぽん逆転ぎゃくてんされ2わり、大会たいかい4連覇れんぱのがした。

成績せいせき[編集へんしゅう]

あかわく自国じこく開催かいさい

FIFAワールドカップ[編集へんしゅう]

開催かいさいこく / とし 成績せいせき ためし かち ぶん まけ とく しつ
ブラジルの旗 1950 不参加ふさんか
スイスの旗 1954 グループリーグ敗退はいたい 2 0 0 2 0 16
スウェーデンの旗 1958 不参加ふさんか
チリの旗 1962 予選よせん敗退はいたい
イングランドの旗 1966 不参加ふさんか
メキシコの旗 1970 予選よせん敗退はいたい
西ドイツの旗 1974
アルゼンチンの旗 1978
スペインの旗 1982
メキシコの旗 1986 グループリーグ敗退はいたい 3 0 1 2 4 7
イタリアの旗 1990 3 0 0 3 1 6
アメリカ合衆国の旗 1994 3 0 2 1 4 5
フランスの旗 1998 3 0 1 2 2 9
日本の旗大韓民国の旗 2002 4 7 3 2 2 8 6
ドイツの旗 2006 グループリーグ敗退はいたい 3 1 1 1 3 4
南アフリカ共和国の旗 2010 ベスト16 4 1 1 2 6 8
ブラジルの旗 2014 グループリーグ敗退はいたい 3 0 1 2 3 6
ロシアの旗 2018 3 1 0 2 3 3
カタールの旗 2022 ベスト16 4 1 1 2 5 8
合計ごうけい 出場しゅつじょう11かい 38 7 10 21 39 78

オリンピック[編集へんしゅう]

開催かいさいこく / とし 成績せいせき ためし かち ぶん まけ とく しつ
イギリスの旗 1948 ベスト8 2 1 0 1 5 15
フィンランドの旗 1952 不参加ふさんか
オーストラリアの旗 1956 予選よせん敗退はいたい
イタリアの旗 1960
日本の旗 1964 グループリーグ敗退はいたい 3 0 0 3 1 20
メキシコの旗 1968 予選よせん敗退はいたい
ドイツの旗 1972
カナダの旗 1976
ソビエト連邦の旗 1980
アメリカ合衆国の旗 1984
大韓民国の旗 1988 グループリーグ敗退はいたい 3 0 2 1 1 2
合計ごうけい 3/11 8 1 2 5 7 37

アジア競技きょうぎ大会たいかい[編集へんしゅう]

開催かいさいこく / とし 成績せいせき ためし かち ぶん まけ とく しつ
インドの旗 1951 不参加ふさんか
フィリピンの旗 1954 じゅん優勝ゆうしょう 4 2 15 12
日本の旗 1958 5 4 0 1 15 6
インドネシアの旗 1962 5 4 0 1 9 5
タイ王国の旗 1966 グループリーグ敗退はいたい 2 0 0 2 0 4
タイ王国の旗 1970 優勝ゆうしょう 6 3 2 1 5 3
イランの旗 1974 ベスト8 5 1 1 3 4 10
タイ王国の旗 1978 優勝ゆうしょう 7 6 1 0 15 3
インドの旗 1982 グループリーグ敗退はいたい 3 1 0 2 4 3
大韓民国の旗 1986 優勝ゆうしょう 6 4 2 0 14 3
中華人民共和国の旗 1990 3 6 5 0 1 18 1
日本の旗 1994 4 6 3 0 3 17 7
タイ王国の旗 1998 ベスト8 6 4 0 2 12 6
合計ごうけい 12/13 61 36 8 17 128 63

AFCアジアカップ[編集へんしゅう]

開催かいさいこく / とし 成績せいせき ためし かち ぶん まけ とく しつ
香港の旗 1956 優勝ゆうしょう 3 2 1 0 9 6
大韓民国の旗 1960 3 3 0 0 9 1
イスラエルの旗 1964 3 3 1 0 2 2 4
イランの旗 1968 予選よせん敗退はいたい
タイ王国の旗 1972 じゅん優勝ゆうしょう 5 1 2 2 7 6
イランの旗 1976 予選よせん敗退はいたい
クウェートの旗 1980 じゅん優勝ゆうしょう 6 4 1 1 12 6
シンガポールの旗 1984 グループリーグ敗退はいたい 4 0 2 2 1 3
カタールの旗 1988 じゅん優勝ゆうしょう 6 5 1 0 11 3
日本の旗 1992 予選よせん敗退はいたい
アラブ首長国連邦の旗 1996 ベスト8 4 1 1 2 7 11
レバノンの旗 2000 3 6 3 1 2 9 6
中華人民共和国の旗 2004 ベスト8 4 2 1 1 9 4
インドネシアの旗マレーシアの旗タイ王国の旗ベトナムの旗 2007 3 6 1 4 1 3 3
カタールの旗 2011 6 4 2 0 13 7
オーストラリアの旗 2015 じゅん優勝ゆうしょう 6 5 0 1 8 2
アラブ首長国連邦の旗 2019 ベスト8 5 4 0 1 6 2
カタールの旗 2023 ベスト4 6 2 3 1 11 10
合計ごうけい 出場しゅつじょう15かい/優勝ゆうしょう2かい 73 38 19 16 117 74

ダイナスティカップ[編集へんしゅう]

開催かいさいねん 結果けっか 試合しあい 勝利しょうり 引分ひきわけ 敗戦はいせん 得点とくてん 失点しってん
中華人民共和国の旗 1990 優勝ゆうしょう 3 3 0 0 4 0
中華人民共和国の旗 1992 じゅん優勝ゆうしょう 3 1 2 0 3 1
香港の旗 1995 3 1 2 0 4 1
日本の旗 1998 3 3 2 0 1 4 2

EAFF E-1サッカー選手権せんしゅけん[編集へんしゅう]

開催かいさいこく / とし 結果けっか 試合しあい 勝利しょうり 引分ひきわけ 敗戦はいせん 得点とくてん 失点しってん
日本の旗 2003 優勝ゆうしょう 3 2 1 0 4 1
大韓民国の旗 2005 4 3 0 2 1 1 2
中華人民共和国の旗 2008 優勝ゆうしょう 3 1 2 0 5 4
日本の旗 2010 じゅん優勝ゆうしょう 3 2 0 1 8 4
大韓民国の旗 2013 3 3 0 2 1 1 2
中華人民共和国の旗 2015 優勝ゆうしょう 3 1 2 0 3 1
日本の旗 2017 3 2 1 0 7 3
大韓民国の旗 2019 3 3 0 0 4 0
日本の旗 2022 じゅん優勝ゆうしょう 3 2 0 1 6 3
合計ごうけい 出場しゅつじょう9かい/優勝ゆうしょう5かい 27 13 10 4 39 20

歴代れきだい監督かんとく[編集へんしゅう]

出典しゅってん[10]
在任ざいにん期間きかん 監督かんとくめい
1948ねん6がつ 大韓民国の旗 ほお廷徽朝鮮ちょうせんばん(パク・ジョンヒ)
1948ねん6がつ - 同年どうねん8がつ 大韓民国の旗 さかえさとし朝鮮ちょうせんばん(イ・ヨンミン)
1948ねん12月 - 1949ねん2がつ 大韓民国の旗 ひろし(イ・ユヒョン)
1950ねん3がつ - 1950ねん4がつ 大韓民国の旗 きむかずしゅう朝鮮ちょうせんばん(キム・ファジプ)
1953ねん4がつ - 同年どうねん5がつ 大韓民国の旗 きむひろしうえ(キム・ヨンシク)
1954ねん2がつ - 同年どうねん5がつ 大韓民国の旗 裴宗鎬(ペ・ジョンホ)
1954ねん5がつ - 同年どうねん6がつ 大韓民国の旗 きむひろしうえ(キム・ヨンシク)
1956ねん2がつ - 同年どうねん6がつ 大韓民国の旗 しゅ栄光えいこう朝鮮ちょうせんばん(チュ・ヨングァン)
1956ねん8がつ - 同年どうねん10がつ 大韓民国の旗 金成かねなりあせ(キム・ソンガン)
1958ねん1がつ - 同年どうねん3がつ 大韓民国の旗 きむけい朝鮮ちょうせんばん(キム・ギュファン)
1958ねん4がつ - 同年どうねん6がつ 大韓民国の旗 閔丙だい(ミン・ビョンデ)
1959ねん7がつ - 同年どうねん9がつ 大韓民国の旗 ていみなみ朝鮮ちょうせんばん(チョン・ナムシク)
1959ねん11月 - 同年どうねん12がつ 大韓民国の旗 きむひろしうえ(キム・ヨンシク)
1960ねん2がつ - 同年どうねん4がつ 大韓民国の旗 閔丙だい(ミン・ビョンデ)
1960ねん7がつ - 同年どうねん9がつ 大韓民国の旗 しゅ栄光えいこう(チュ・ヨングァン)
1960ねん9がつ - 1961ねん6がつ 大韓民国の旗 きむひろしうえ(キム・ヨンシク)
1961ねん9がつ - 1962ねん3がつ 大韓民国の旗 きむけい煥(キム・ギュファン)
1962ねん5がつ - 同年どうねん6がつ 大韓民国の旗 閔丙だい(ミン・ビョンデ)
1962ねん7がつ - 同年どうねん10がつ 大韓民国の旗 きむけい煥(キム・ギュファン)
1963ねん7がつ - 同年どうねん9がつ 大韓民国の旗 ほお奎禎朝鮮ちょうせんばん(パク・ギュジョン)
1963ねん10がつ - 同年どうねん12がつ 大韓民国の旗 閔丙だい(ミン・ビョンデ)
1964ねん5がつ - 同年どうねん10がつ 大韓民国の旗 きむけい煥(キム・ギュファン)
1964ねん5がつ - 同年どうねん6がつ 大韓民国の旗 ぼくにちかぶと朝鮮ちょうせんばん(パク・イルガプ、Bチームでの指揮しき
1965ねん7がつ - 同年どうねん8がつ 大韓民国の旗 ていみなみ湜(チョン・ナムシク)
1966ねん7がつ - 同年どうねん9がつ 大韓民国の旗 かんあきらはな朝鮮ちょうせんばん(ハン・チャンファ)
1966ねん9がつ - 同年どうねん12がつ 大韓民国の旗 アン・ジョンス朝鮮ちょうせんばん
1967ねん5がつ - 同年どうねん10がつ 大韓民国の旗 ちょうけい朝鮮ちょうせんばん(チャン・ギョンファン)
1967ねん10がつ - 1968ねん8がつ 大韓民国の旗 ぼくにちかぶと(パク・イルガプ)
1969ねん9がつ - 同年どうねん10がつ 大韓民国の旗 きむひろしうえ(キム・ヨンシク)
1969ねん11月 大韓民国の旗 カン・チョンヨン朝鮮ちょうせんばん
1970ねん2がつ13にち - 1971ねん10がつ6にち 大韓民国の旗 かんひろしもと朝鮮ちょうせんばん(ハン・ホンギ)
1971ねん11月 大韓民国の旗 ひろしとくおよげ朝鮮ちょうせんばん(ホン・ドギョン)
1971ねん12月7にち - 1972ねん6がつ15にち 大韓民国の旗 ほお秉奭朝鮮ちょうせんばん(パク・ビョンソク)
1972ねん6がつ16にち - 同年どうねん12がつ20日はつか 大韓民国の旗 咸興あきら朝鮮ちょうせんばん(ハム・フンチョル)
1972ねん12月21にち - 1973ねん11月20にち 大韓民国の旗 閔丙だい(ミン・ビョンデ)
1973ねん12月21にち - 同年どうねん12がつ25にち 大韓民国の旗 文正ふみまさうえ(ムン・チョンシク)
1974ねん1がつ31にち - 同年どうねん11がつ17にち 大韓民国の旗 ちぇさかえ朝鮮ちょうせんばん(チェ・ヨングン)
1974ねん11月17にち - 1976ねん5がつ13にち 大韓民国の旗 咸興あきら(ハム・フンチョル)
1976ねん5がつ14にち - 同年どうねん12がつ31にち 大韓民国の旗 文正ふみまさうえ(ムン・チョンシク)
1977ねん1がつ1にち - 同年どうねん9がつ16にち 大韓民国の旗 ちぇ貞敏さだとし(チェ・ジョンミン)
1977ねん9がつ17にち - 同年どうねん12がつ18にち 大韓民国の旗 金正男キムジョンナム(キム・ジョンナム、コーチ)
1978ねん3がつ2にち - 1979ねん3がつ28にち 大韓民国の旗 咸興あきら(ハム・フンチョル)
1979ねん3がつ29にち - 1980ねん5がつ3にち 大韓民国の旗 ちょうけい煥(チャン・ギョンファン)
1980ねん5がつ3にち - 1982ねん6がつ20日はつか 大韓民国の旗 金正男キムジョンナム(キム・ジョンナム、コーチ)
1982ねん6がつ21にち - 1983ねん1がつ28にち 大韓民国の旗 ちぇいんさわ朝鮮ちょうせんばん(チェ・ウンテク)
1983ねん1がつ29にち - 同年どうねん8がつ22にち 大韓民国の旗 ちょうじゅんだま(チョ・ユノク)
1983ねん8がつ23にち - 1984ねん7がつ2にち 大韓民国の旗 ほお鍾煥朝鮮ちょうせんばん(パク・ジョンファン)
1984ねん7がつ3にち - 1985ねん1がつ11にち 大韓民国の旗 文正ふみまさうえ(ムン・チョンシク)
1985ねん3がつ19にち - 1986ねん11月19にち 大韓民国の旗 金正男キムジョンナム(キム・ジョンナム)
1986ねん11がつ20日はつか - 1988ねん7がつ5にち 大韓民国の旗 ほお鍾煥(パク・ジョンファン)
1988ねん7がつ6にち - 同年どうねん10がつ5にち 大韓民国の旗 金正男キムジョンナム(キム・ジョンナム)
1988ねん10がつ6にち - 1990ねん7がつ2にち 大韓民国の旗 会澤あいざわ朝鮮ちょうせんばん(イ・フェテク)
1990ねん7がつ3にち - 同年どうねん8がつ8にち 大韓民国の旗 みつる朝鮮ちょうせんばん(イ・チャマン)
1990ねん8がつ9にち - 同年どうねん10がつ23にち 大韓民国の旗 ほお鍾煥(パク・ジョンファン)
1991ねん5がつ22にち - 同年どうねん7がつ27にち 大韓民国の旗 こうざいあさひ朝鮮ちょうせんばん(コ・ジェウク)
1992ねん7がつ8にち - 1994ねん7がつ23にち 大韓民国の旗 きむあきら(キム・ホ)
1994ねん7がつ24にち - 1995ねん2がつ26にち ロシアの旗 アナトリー・ブイショヴェツ
1995ねん4がつ26にち - 同年どうねん7がつ31にち 大韓民国の旗 ほお鍾煥(パク・ジョンファン)
1995ねん8がつ1にち - 同年どうねん8がつ12にち 大韓民国の旗 もとちょうしげる(ホ・ジョンム、暫定ざんてい監督かんとく
1995ねん9がつ16にち - 同年どうねん9がつ30にち 大韓民国の旗 ちょう炳卓(チョン・ビョンタク、暫定ざんてい監督かんとく
1995ねん10がつ20日はつか - 同年どうねん10がつ30にち 大韓民国の旗 こうざいあさひ(コ・ジェウク、暫定ざんてい監督かんとく
1996ねん2がつ15にち - 1997ねん1がつ7にち 大韓民国の旗 ほお鍾煥(パク・ジョンファン)
1997ねん1がつ8にち - 1998ねん6がつ21にち 大韓民国の旗 くるまはん(チャ・ボングン)
1998ねん6がつ22にち - 1998ねん6がつ25にち 大韓民国の旗 金平きんぴらすず朝鮮ちょうせんばん(キム・ピョンソク、暫定ざんてい監督かんとく
1998ねん10がつ14にち - 2000ねん11月13にち 大韓民国の旗 もとちょうしげる(ホ・ジョンム)
2000ねん11がつ10日とおか - 同年どうねん11がつ20日はつか 大韓民国の旗 ぼくひさしいとぐち(パク・ハンソ、暫定ざんてい監督かんとく
2001ねん1がつ1にち - 2002ねん6がつ30にち オランダの旗 フース・ヒディンク
2002ねん11月18にち - 同年どうねん11がつ20日はつか 大韓民国の旗 きむ鎬坤(キム・ホゴン、暫定ざんてい監督かんとく
2003ねん2がつ3にち - 2004ねん4がつ19にち ポルトガルの旗 ウンベルト・コエリョ
2004ねん4がつ20日はつか - 同年どうねん6がつ15にち 大韓民国の旗 ぼくしげるはな(パク・ソンファ、暫定ざんてい監督かんとく
2004ねん6がつ24にち - 2005ねん8がつ23にち オランダの旗 ヨー・ボンフレールオランダばん
2005ねん10がつ1にち - 2006ねん6がつ30にち オランダの旗 ディック・アドフォカート
2006ねん7がつ1にち - 2007ねん8がつ3にち オランダの旗 ピム・ファーベーク
2007ねん12月7にち - 2010ねん6がつ30にち 大韓民国の旗 もとちょうしげる(ホ・ジョンム)
2010ねん7がつ21にち - 2011ねん12月8にち 大韓民国の旗 ちょうひろらい(チョ・グァンレ)
2011ねん12月21にち - 2013ねん6がつ19にち 大韓民国の旗 ちぇやすし(チェ・ガンヒ)
2013ねん6がつ26にち - 2014ねん7がつ10日とおか 大韓民国の旗 洪明甫こうめいほ(ホン・ミョンボ)
2014ねん9がつ5にち - 同年どうねん9がつ8にち 大韓民国の旗 さるだいりゅう(シン・テヨン、暫定ざんてい監督かんとく
2014ねん9がつ8にち - 2017ねん6がつ15にち ドイツの旗 ウリ・シュティーリケ
2017ねん7がつ4にち - 2018ねん7がつ31にち 大韓民国の旗 さるだいりゅう(シン・テヨン)
2018ねん8がつ17にち - 2022ねん12月6にち ポルトガルの旗 パウロ・ベント
2023ねん2がつ27にち - 2024ねん2がつ16にち ドイツの旗 ユルゲン・クリンスマン
2024ねん2がつ27にち - 大韓民国の旗 黄善洪おうぜんこう(ファン・ソンホン、暫定ざんてい監督かんとく

歴代れきだい選手せんしゅ[編集へんしゅう]

太字ふとじ現役げんえき選手せんしゅ

GK[編集へんしゅう]

DF[編集へんしゅう]

MF[編集へんしゅう]

FW[編集へんしゅう]

歴代れきだい記録きろく[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Bum-Kun Cha - Century of International Appearances
  2. ^ 2ポストにすくわれた韓国かんこく代表だいひょう、Wはいドロー発進はっしん。ウルグアイ代表だいひょうと0-0でてん1奪取だっしゅ”. Goal.com. 2023ねん6がつ10日とおか閲覧えつらん
  3. ^ 動画どうが】ガーナ、クドゥスの2ゴールでせいこん大会たいかいはつ勝利しょうり韓国かんこくは2てんいつくもおよばず…”. Goal.com (2022ねん11月29にち). 2023ねん6がつ10日とおか閲覧えつらん
  4. ^ 韓国かんこくコーチ、やぶれたガーナせんに「結果けっか完全かんぜんにアンフェア。ドローですらフェアな結果けっかではない」”. Goal.com (2022ねん11月29にち). 2023ねん6がつ10日とおか閲覧えつらん
  5. ^ 韓国かんこく代表だいひょう後半こうはんATの劇的げきてきだんでポルトガルにだい金星きんぼしてん得失点とくしってんならんだウルグアイをそう得点とくてんすう上回うわまわる、3大会たいかいぶり決勝けっしょうTへ”. Goal.com (2022ねん12月3にち). 2023ねん6がつ10日とおか閲覧えつらん
  6. ^ Wはい決勝けっしょうT進出しんしゅつよろこびのなみだながしたソン・フンミン「この瞬間しゅんかんながあいだっていた」”. Goal.com (2022ねん12月3にち). 2023ねん6がつ10日とおか閲覧えつらん
  7. ^ 韓国かんこく指揮しきかんベントがブラジルせん退任たいにん発表はっぴょうかれらの監督かんとくであったことにほこりをかんじている」”. Goal.com (2022ねん12月6にち). 2023ねん6がつ10日とおか閲覧えつらん
  8. ^ “アジア制覇せいはねら韓国かんこく、「夢見心地ゆめみごこち」の日本にっぽんむかつ”. スポーツナビ. (2010ねん10がつ12にち). http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/japan/2012/columndtl/201010110004-spnavi 2011ねん1がつ26にち閲覧えつらん 
  9. ^ 韓国かんこく、アジアはい4きょうやぶれる!! 圧巻あっかんだい声援せいえんけたヨルダンが史上しじょうはつ決勝けっしょう進出しんしゅつ”. ゲキサカ (2024ねん2がつ7にち). 2024ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  10. ^ ko:역대 대표팀 감독”. 大韓たいかんサッカー協会きょうかい. 2024ねん1がつ24にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]