スプートニク7ごう

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スプートニク7ごう
所属しょぞく ソビエト連邦れんぽう
国際こくさい標識ひょうしき番号ばんごう 1961-002A
カタログ番号ばんごう 00071
状態じょうたい 運用うんよう終了しゅうりょう
観測かんそく対象たいしょう 金星かなぼし
打上うちあ モルニヤ8K78ロケット
打上うちあ日時にちじ 1961ねん2がつ4にち
消滅しょうめつ日時にちじ 1961ねん2がつ26にち
質量しつりょう 645 kg(探査たんさ
6843 kg(ロケットみ)
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スプートニク7ごう(スプートニク7ごう、: Спутник-7)は1961ねんソビエト連邦れんぽうによって打上うちあげられた金星かなぼし探査たんさである。世界せかいはじめて金星かなぼし探査たんさする目的もくてき打上うちあげられた宇宙うちゅうであったが、ロケット不調ふちょうにより金星きんぼしかうことが出来できなかった。じゅん同型どうけいとして8にち打上うちあげられたベネラ1ごうがある。

概要がいよう[編集へんしゅう]

スプートニク7ごう設計せっけい1960ねん打上うちあげに失敗しっぱいしたM1がた火星かせい探査たんさ(マルスニク1ごう・2ごう)から流用りゅうようされた。探査たんさ本体ほんたい半球はんきゅう円筒えんとう組合くみあわせた形状けいじょうで、質量しつりょうは645 kgであった。観測かんそく装置そうちとして磁力じりょくけい垂直すいちょく速度そくどけい荷電かでん粒子りゅうしモニターが搭載とうさいされ、金星かなぼし大気たいき突入とつにゅうしながら調査ちょうさする計画けいかくであった。また世界せかいはじめて金星かなぼし表面ひょうめん降下こうかする予定よていであったため、記念きねんひん搭載とうさいした[1]

1961ねん2がつ4にち、スプートニク7ごうバイコヌール宇宙うちゅう基地きちからモルニヤロケットにより打上うちあげられ、ロケットだい4だん結合けつごうした状態じょうたい宇宙うちゅう待機たいき軌道きどう投入とうにゅうされた。地球ちきゅうを1しゅうしたところで金星かなぼし遷移せんい軌道きどう移動いどうするためにエンジンを点火てんかする予定よていであったが、おそらくはガイダンスシステムへの電力でんりょく供給きょうきゅう問題もんだいのため点火てんか成功せいこうせず、衛星えいせい地球ちきゅう周回しゅうかい軌道きどうとどまった。軌道きどう高度こうど空気くうき抵抗ていこうのため徐々じょじょ低下ていかし、22にち2がつ26にち大気圏たいきけん突入とつにゅうした[1]

スプートニク7ごう打上うちあげロケットと結合けつごうしたままだったため、質量しつりょう6843 kgの巨大きょだい人工じんこう衛星えいせいとして認識にんしきされた。ソ連それん衛星えいせい正体しょうたいあきらかにしなかったため、ソ連それん国外こくがいでは失敗しっぱいした有人ゆうじん宇宙船うちゅうせんだという憶測おくそくひろまることとなった。のちにこの衛星えいせい目的もくてきは「惑星わくせいあいだ探査たんさ可能かのう地球ちきゅう周回しゅうかいプラットフォームの実験じっけん」とされた[1]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  1. ^ a b c Sputnik 7” (英語えいご). NASA - NSSDC. 2008ねん5がつ25にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]