n -ブチルリチウム (英 えい : n -butyllithium )は有機 ゆうき 合成 ごうせい 上 じょう で重要 じゅうよう な有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ である。n -BuLi と略記 りゃっき される。ポリブタジエン やスチレン・ブタジエンゴム などを得 え るアニオン重合 じゅうごう の開始 かいし 剤 ざい として広 ひろ く用 もち いられている。有機 ゆうき 合成 ごうせい 化学 かがく においては強 つよ 塩基 えんき 、プロトン引 ひ き抜 ぬ き剤 ざい やリチオ化 か 剤 ざい として広 ひろ く用 もち いられている。n -ブチルリチウムを含 ふく む有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ 全体 ぜんたい の、世界 せかい での年間 ねんかん 生産 せいさん 量 りょう 及 およ び消費 しょうひ 量 りょう は約 やく 1,800トンと見積 みつ もられている。
ガラス瓶 がらすびん に入 はい ったブチルリチウム溶液 ようえき
ブチルリチウム及 およ びその溶液 ようえき は発火 はっか 性 せい を持 も つため、空気 くうき へ晒 さら さないよう注意 ちゅうい しなければならない。水 みず と激 はげ しく反応 はんのう してブタン と水酸化 すいさんか リチウム を与 あた える。
C
4
H
9
Li
+
H
2
O
⟶
C
4
H
10
+
LiOH
{\displaystyle {\ce {C4H9Li\ + H2O -> C4H10\ + LiOH}}}
二酸化炭素 にさんかたんそ (
CO
2
{\displaystyle {\ce {CO2}}}
) とも反応 はんのう し、吉 よし 草 くさ 酸 さん リチウムを生成 せいせい する。
C
4
H
9
Li
+
CO
2
⟶
C
4
H
9
CO
2
Li
{\displaystyle {\ce {C4H9Li\ + CO2 -> C4H9CO2Li}}}
炭素 たんそ とリチウムの電気 でんき 陰性 いんせい 度 ど が大 おお きく異 こと なるため、炭素 たんそ −リチウム結合 けつごう は非常 ひじょう に大 おお きく分極 ぶんきょく しているが、イオン性 せい 結合 けつごう ではない(電気 でんき 陰性 いんせい 度 ど : C = 2.55, Li = 0.98)。電荷 でんか 分離 ぶんり の正確 せいかく な状態 じょうたい は知 し られていないが、55–90% と推測 すいそく されている。それにもかかわらず、ブチルリチウムはしばしばブチルアニオンとリチウムイオンのように振 ふ る舞 ま うと考 かんが えられることがある(下図 したず 参照 さんしょう )。
しかしながらこのモデルは、n -BuLiがイオン性 せい ではないという点 てん で厳密 げんみつ には正 ただ しくない。固体 こたい 状態 じょうたい ではもちろん、溶液 ようえき 中 ちゅう においてもn -BuLiは炭素 たんそ −リチウム結合 けつごう を持 も つ他 ほか の有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ と同 おな じようにクラスター を形成 けいせい している。n -BuLiの場合 ばあい 、ジエチルエーテル 中 なか では4量 りょう 体 からだ を、シクロヘキサン 中 なか では6量 りょう 体 からだ を形成 けいせい している。炭素 たんそ −リチウム相互 そうご 作用 さよう は2中心 ちゅうしん 2電子 でんし 結合 けつごう ではない。4量 りょう 体 たい クラスターではリチウムとCH2 Rが立方体 りっぽうたい の頂点 ちょうてん に交互 こうご に配置 はいち されている。等価 とうか な表現 ひょうげん としてLi4 と[CH2 R]4 とがそれぞれ四 よん 面体 めんてい をなし互 たが いに交差 こうさ しているとも表 あらわ せる。このような固体 こたい 状態 じょうたい での構造 こうぞう は、非 ひ 極性 きょくせい 溶媒 ようばい 中 ちゅう でも維持 いじ されている。4量 りょう 体 からだ リチウムクラスターの周 まわ りにある電子 でんし 不足 ふそく の多 おお くの炭素 たんそ 鎖 くさり は、4中心 ちゅうしん 2電子 でんし 結合 けつごう によりリチウムを安定 あんてい 化 か している。リチウムが非 ひ 占有 せんゆう 軌道 きどう を使 つか って多 おお くの炭素 たんそ 鎖 くさり に配 はい 位 くらい するという性質 せいしつ と同 おな じく、n -BuLiは溶液 ようえき 中 ちゅう で他 た のσ しぐま ドナーに配 はい 位 い 可能 かのう である。
標準 ひょうじゅん 的 てき な生産 せいさん 法 ほう は臭 におい 化 か ブチル や塩化 えんか ブチル と金属 きんぞく リチウム とを反応 はんのう させるというものである。
2
Li
+
C
4
H
9
X
⟶
C
4
H
9
Li
+
LiX
{\displaystyle {\ce {2Li\ + C4H9X -> C4H9Li\ + LiX}}}
この反応 はんのう は金属 きんぞく リチウム中 ちゅう に 1% のナトリウム を入 い れておくことで加速 かそく される。この反応 はんのう ではベンゼン 、シクロヘキサン、ジエチルエーテルなどが溶媒 ようばい として用 もち いられる。臭 におい 化 か ブチルが前駆 ぜんく 体 たい となった場合 ばあい 、反応 はんのう 物 ぶつ は臭 におい 化 か リチウム とブチルリチウムが混在 こんざい してクラスターを形成 けいせい した、一様 いちよう な溶液 ようえき となる。一方 いっぽう 塩化 えんか リチウム との錯形成能 なるのう は比較的 ひかくてき 弱 よわ いため、塩化 えんか ブチルとリチウムの反応 はんのう では塩化 えんか リチウムの沈殿 ちんでん が生成 せいせい する。
n -BuLiはハロゲン化 か アルキル やハロゲン化 か アリール などの有機 ゆうき ハロゲン化物 ばけもの 、特 とく に臭化物 しゅうかぶつ と交換 こうかん 反応 はんのう を起 お こし、新 あら たな有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ を生成 せいせい する。
C
4
H
9
Li
+
RBr
⟶
C
4
H
9
Br
+
RLi
{\displaystyle {\ce {C4H9Li\ + RBr -> C4H9Br\ + RLi}}}
このようにして生成 せいせい した有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ (RLi) は通常 つうじょう 単 たん 離 はな されることなく用 もち いられる。RLiは求 もとめ 核 かく 性 せい のある炭素 たんそ 原子 げんし を持 も つこととなる。これらの反応 はんのう はエーテル系 けい 溶媒 ようばい 中 ちゅう 、−78 ℃で行 おこな われることが多 おお い。
似 に たような反応 はんのう として、2つの有機 ゆうき 金属 きんぞく 化合 かごう 物 ぶつ がその金属 きんぞく を交換 こうかん するトランスメタル化 か 反応 はんのう が挙 あ げられる。このような反応 はんのう の例 れい として多 おお く挙 あ げられるのはリチウムとスズ の交換 こうかん 反応 はんのう である。
C
4
H
9
Li
+
Me
3
SnAr
⟶
C
4
H
9
SnMe
3
+
LiAr
{\displaystyle {\ce {C4H9Li\ + Me3SnAr -> C4H9SnMe3\ + LiAr}}}
ただし Ar: アリール基 もと (芳香 ほうこう 族 ぞく 置換 ちかん 基 もと )、Me: メチル基 もと
n -BuLiの最 もっと も特徴 とくちょう 的 てき な性質 せいしつ の1つは、その塩基 えんき 性 せい である。tert -ブチルリチウム (t -BuLi) と sec -ブチルリチウム (s -BuLi) はより強 つよ い塩基 えんき として用 もち いられる。n -BuLiは、電子 でんし の非 ひ 局在 きょくざい 化 か により共役 きょうやく 塩基 えんき が多少 たしょう 安定 あんてい 化 か されている炭化 たんか 水素 すいそ の水素 すいそ 原子 げんし を引 ひ き抜 ぬ くことができる。アセチレン (H −C≡C−R) やメチルホスフィン (H −CH2 PR2 )、フェロセン (H −C5 H4 ) などがその例 れい として挙 あ げられる。ブタンの安定 あんてい 性 せい と揮発 きはつ 性 せい から、この脱 だつ 水素 すいそ 化 か 反応 はんのう は便利 べんり であると言 い える。n -BuLiの速度 そくど 論 ろん 的 てき な塩基 えんき 性 せい は反応 はんのう 溶媒 ようばい に依存 いぞん する。
LiC
4
H
9
+
R
−
H
⇆
C
4
H
10
+
R
−
Li
{\displaystyle {\ce {LiC4H9\ +R-H\ \leftrightarrows \ C4H10\ +R-Li}}}
テトラメチルエチレンジアミン (TMEDA) やDABCO といったリチウムイオンへの配 はい 位 い 能 のう を持 も つ化合 かごう 物 ぶつ は炭素 たんそ -リチウム結合 けつごう を分極 ぶんきょく させ、リチオ化 か を促進 そくしん する。このような添加 てんか 剤 ざい はリチオ化 か された化合 かごう 物 ぶつ を単 たん 離 はなれ するのに有用 ゆうよう である。有名 ゆうめい な例 れい としてジリチオフェロセンが挙 あ げられる。
Fe
(
C
5
H
5
)
2
+
2
LiC
4
H
9
+
2
TMEDA
⟶
C
4
H
10
+
Fe
(
C
5
H
4
Li
)
2
(
TMEDA
)
2
{\displaystyle {\ce {Fe(C5H5)2\ + 2LiC4H9\ + 2TMEDA -> C4H10\ + Fe(C5H4Li)2(TMEDA)2}}}
テトラヒドロフラン (THF)はブチルリチウムによって分解 ぶんかい する。特 とく にTMEDAの存在 そんざい 下 か では、THFの酸素 さんそ に隣接 りんせつ する4つのプロトンのうちの一 ひと つを引 ひ き抜 ぬ く。この過程 かてい は、ブチルリチウムが消費 しょうひ されてブタン になり、逆 ぎゃく 向 む きの環 たまき 化 か 付加 ふか 反応 はんのう を引 ひ き起 お こしてアセトアルデヒド のエノラート とエチレン を与 あた える。そのため、THF溶液 ようえき 中 ちゅう でのn-ブチルリチウムの反応 はんのう はドライアイス /アセトン の冷却 れいきゃく バスで-78 ℃のような極 ごく 低温 ていおん で行 おこな うことが多 おお いが、0℃や-20℃で行 おこな うことも可能 かのう である。
n -BuLiを含 ふく む有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ は特定 とくてい のアルデヒドやケトンの生成 せいせい にも用 もち いられる。1つの例 れい として、有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ と2置換 ちかん アミドとの反応 はんのう が挙 あ げられる。
R
1
Li
+
R
2
CONMe
2
⟶
LiNMe
2
+
R
2
C
(
O
)
R
1
{\displaystyle {\ce {R^{1}Li\ + R^{2}CONMe2 -> LiNMe2\ + R^{2}C(O)R^{1}}}}
有機 ゆうき リチウム化合 かごう 物 ぶつ はアルケン の生成 せいせい にも用 もち いられる。加熱 かねつ するとβ べーた 水素 すいそ 脱 だつ 離 はなれ を起 お こし、アルケンと水素 すいそ 化 か リチウム を生成 せいせい する。
C
4
H
9
Li
⟶
LiH
+
CH
3
CH
2
CH
=
CH
2
{\displaystyle {\ce {C4H9Li -> LiH\ + CH3CH2CH=CH2}}}
ブチルリチウムの最大 さいだい の用途 ようと は上述 じょうじゅつ のようにアニオン重合 じゅうごう における重合 じゅうごう 開始 かいし 剤 ざい である。特 とく に近年 きんねん はエコタイヤ向 む けの溶液 ようえき 重合 じゅうごう スチレン-ブタジエンゴム(Solution styrene-butadiene rubber、S-SBR)向 む けの重合 じゅうごう 開始 かいし 剤 ざい としての需要 じゅよう が増加 ぞうか している[1] 。
プロトン引 ひ き抜 ぬ き剤 ざい として医薬 いやく や農薬 のうやく 、また様々 さまざま なファインケミカル製品 せいひん の製造 せいぞう に利用 りよう されている。一般 いっぱん 的 てき には極 ごく 低温 ていおん 反応 はんのう 装置 そうち が必要 ひつよう であるが、近年 きんねん はマイクロリアクターの利用 りよう により極 ごく 低温 ていおん を回避 かいひ した反応 はんのう 例 れい も増加 ぞうか している。
最近 さいきん 増加 ぞうか している用途 ようと は半導体 はんどうたい ケミカルである。モリブデンアミド、ジルコニウムアミドやハフニウムアミドなどALD (原子 げんし 層 そう 堆積 たいせき )用 よう の金属 きんぞく モノマーがHigh-K材料 ざいりょう の高 こう 比 ひ 誘電 ゆうでん 率 りつ 膜 まく の素材 そざい として用 もち いられており、これらの合成 ごうせい にブチルリチウムが使用 しよう されている。
ブチルリチウムは空気 くうき と水 みず に非常 ひじょう に敏感 びんかん であり、空気 くうき に晒 さら すとしばしば発火 はっか する。取 と り扱 あつか う際 さい には不 ふ 活性 かっせい ガス下 か で、活性 かっせい を落 お とさないように保存 ほぞん 、取扱 とりあつかい を行 おこな わなければいけない。
ChemExper Chemical Directory
岡野 おかの 一哉 かずや (2016). “ブチルリチウム”. 有機 ゆうき 合成 ごうせい 化学 かがく 協会 きょうかい 誌 し 74 (4): 374–377. https://doi.org/10.5059/yukigoseikyokaishi.74.374
FMC Lithium manufacturer's product sheets
Environmental Chemistry directory
Weissenbacher, Anderson, Ishikawa, Organometallics , July 1998, p681.7002, Chemicals Economics Handbook SRI International
HPV test plan, submitted by FMC Lithium to EPA
Ovaska, T. V. e-EROS Encyclopedia of Reagents for Organic Synthesis "n-butyllithium." Wiley and sons. 2006. DOI: [1]
Elschenbroich, C.; Salzer, A. Organometallics: a Concise Introduction 1st ed. 1989: VHC publishers, New York.
Greenwood, N. N.; Earnshaw, A. Chemistry of the Elements , 2nd ed. 1997: Butterworth-Heinemann, Boston.
Brandsma, L.; Verkraijsse, H. D. "Preparative Polar Organometallic Chemistry I"; Springer-Verlag: Berlin, 1987.
^ ”溶液 ようえき 重合 じゅうごう ゴムのイノベーション“ https://arc.asahi-kasei.co.jp/report/arc_report/pdf/rs-989.pdf