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ミック・グゾウスキー

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ミック・グゾウスキー
Mick Guzauski
出身しゅっしん アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく ニューヨークしゅう ロチェスター
ジャンル ジャズR&Bラテン
ロックポップス
イージーリスニング
職業しょくぎょう プロデューサー / エンジニア
活動かつどう期間きかん 1980年代ねんだい前半ぜんはん - 現在げんざい
共同きょうどう作業さぎょうしゃ ベイビーフェイス
マライア・キャリー
エリック・クラプトン
スタンリー・クラーク
EW&Fプリンス
チャック・マンジョーネ
バーブラ・ストライサンド
ヴァネッサ・ウィリアムス
イエロージャケッツ
チャック・マンジョーネ

ミック・グゾウスキー (Mick Guzauski、別名べつめい "Mic Guzauski"、"Mick 'Mix Maestro' Guzauski") は、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくのマルチ・プラチナムミキシング・エンジニアおよびサウンド・エンジニアである。

ジャズR&Bラテンロックポップスイージーリスニングなど、がける音楽おんがくスタイルは幅広はばひろい。これまでにタリアのアルバム『アラサンド』と、アレハンドロ・サンスのアルバム『ノ・エス・ロ・ミスモ』で、それぞれ2002ねんと2004ねんラテン・グラミーしょう獲得かくとく。また2006ねんにはエリック・クラプトンのアルバム『バック・ホーム』でグラミーしょうベスト・エンジニア(ノンクラシック)を獲得かくとくした。2001ねんにはミックスをがけた27まいのシングルで1獲得かくとくしている[1]

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ニューヨークしゅうロチェスターそだった。地元じもと商業しょうぎょうスタジオがなかったため、高校生こうこうせいになると自宅じたく地下ちかしつもの自作じさく機材きざい自前じまえのスタジオをげた。そのスティーヴ・ガッドトニー・レヴィンとのエンジニアの仕事しごとて、イーストマン音楽おんがく学校がっこう生徒せいとや、のちフォリナー成功せいこうおさめるルー・グラムとも仕事しごとをした。

経歴けいれき

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当時とうじロチェスターで有望ゆうぼうだったチャック・マンジョーネ出会であい、かれのレコーディングやライブ・サウンドのミキシングをつとめるようになる。1975ねんにマンジョーネがA&Mレコード契約けいやくするさい、マンジョーネはニュー・アルバムでの45にん編成へんせいのオーケストラとリズムたい、ソリストのレコーディングのため、ミック・グゾウスキーをA&Mスタジオのあるロサンゼルスに同行どうこうさせるよう要望ようぼうした。そのグゾウスキーはすうねんわたってマンジョーネの作品さくひんにエンジニアとして参加さんかした。

1980年代ねんだい

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1980年代ねんだい前半ぜんはんにコンプレックス・スタジオ(ジョージ・マッセンバーグ・スタジオ)でモーリス・ホワイトアース・ウィンド・アンド・ファイアー仕事しごとをし、1980年代ねんだいなかばにはロサンゼルスのコンウェイ・スタジオを拠点きょてんバート・バカラックディオンヌ・ワーウィックMr.ミスターマドンナトーキング・ヘッズジョニー・マティスヘンリー・マンシーニパティ・ラベルスタンリー・クラークジョージ・デューククインシー・ジョーンズマイケル・ボルトンケニー・Gシェールなどのエンジニアリングやミキシングにたずさわった。

1990年代ねんだい

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1991ねんウォルター・アファナシエフからマイケル・ボルトンの作品さくひんのミキシングを依頼いらいされ、それ以来いらい2人ふたり作品さくひんには現在げんざい参加さんかしている。そのマライア・キャリーのミキシングのためアファナシエフと契約けいやく。グゾウスキーのミキシングをったソニーの当時とうじのCEO・トミー・モトーラ依頼いらいけ、ニューヨークのソニー・スタジオうつったグゾウスキーは、モトーラとともにソニーやマライア・キャリーのホーム・スタジオで、女性じょせいボーカリストのバラードきょくをメインにミキシングをがけた。そのにもデイヴィッド・フォスターベイビーフェイスボーイズIIメン、オール・4・ワンなどのプロジェクトでミキシングをがけた。

2001ねんにはマイケル・ジャクソンの『スリラー』の5.1チャンネルサラウンドへのリミックスや、のマイケル・ジャクソンのアルバムのSuper Audio CDフォーマット依頼いらい[1][2]試行錯誤しこうさくごかえしたものの、アーティストの要求ようきゅうにはとどかなかった[3]

現在げんざい

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現在げんざいは、ニューヨークはマウント・キスコのやく40つぼ自宅じたく地下ちかもうけたプライベート・スタジオ、バーキング・ドクター・レコーディング活動かつどう拠点きょてんにしている。スタジオには2つのコントロール・ルームと、ちいさなトラッキング/オーバーダブ・ルームがある。スタジオAはソニーしゃせいOxford OXF-R3デジタルミキシング・コンソールPro Tools HDX 3を中心ちゅうしんまれており、96チャンネルの入出力にゅうしゅつりょく対応たいおうしている。スタジオBはYamaha DM2000を中心ちゅうしんにEventide SP2016(おもにロング・リバーブをボーカルやバラードきょく使用しよう)やManley LaboratoriesGMLしゃせいパラメトリックイコライザーAMS RMX-16デジタルリバーブ、EMTしゃせいプレートリバーブ、ソニーしゃせい3348HRマルチトラック・レコーダーといったアウトボードエフェクターで構成こうせいされている。また、製作せいさく環境かんきょうがDAWを中心ちゅうしんとしたもののため、かくエフェクターをモデリングしたプラグインをもっぱら使用しようする[4]

バーキング・ドクター・レコーディングではこれまでブライアン・マックナイトマイケル・ジャクソンリアン・ライムスエリック・クラプトンザ・コアーズB.B.キングブランディ、マーク・アンソニー、ジェニファー・ロペス、モニカ・ナランホ、マイケル・マクドナルド、マライア・キャリーなどのプロジェクトでミックスをがけてきた。現在げんざいはララ・ファビアンやジェシカ・シンプソンズッケロワン・リーホン、マイケル・ボルトン、ダフト・パンクらのプロジェクトをがけている。

エミーしょうノミネート

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エリック・クラプトンの「Great Performances; Eric Clapton Crossroads Guitar Festival」(1972ねん)で、エリオット・シャイナー、ニール・ドーフスマンとともに2005ねんエミーしょう(ヴァラエティ/音楽おんがく/スペシャル/アニメーション番組ばんぐみ部門ぶもん音響おんきょうしょう)にノミネートされている。

ディスコグラフィ(抜粋ばっすい

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(E = engineer; M = mixer)

フィルモグラフィ

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脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b Paul Verna (2001ねん5がつ1にち). “Interview with Mick Guzauski”. Mix Online. 2009ねん8がつ5にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2009ねん7がつ7にち閲覧えつらん
  2. ^ Kevin Becka (2006ねん6がつ1にち). “"Mix Interview: Mick Guzauski"”. Mix Online. 2009ねん8がつ5にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2009ねん7がつ7にち閲覧えつらん
  3. ^ Roger Friedman (2001 -07-23). “First Jackson Effort Rejected, New One Not Ready”. Fox News. 2009ねん7がつ7にち閲覧えつらん
  4. ^ 10 Questions with Mick Guzauski, the Mixer Behind Draft Punk, Pharrell & More”. Universal Audio (2016ねん3がつ14にち). 2018ねん2がつ19にち閲覧えつらん

外部がいぶリンク

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