天神祭てんじんまつり

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大川おおかわでの船渡御ふなとぎょ(2012ねん

天神祭てんじんまつり(てんじんまつり、てんじんさい)は、日本にっぽん各地かくち天満てんまみや天神てんじんしゃ)でもよおされるまつ祭神さいじん菅原すがわら道真みちざね命日めいにちにちなんだ縁日えんにちで、25にち前後ぜんこうおこなわれる。いちねんのうち1がつはつ天神祭てんじんまつりなど、あるつき盛大せいだいおこなわれることがある。かく神社じんじゃおこなわれる天神祭てんじんまつりなかでは、大阪天満宮おおさかてんまんぐう中心ちゅうしんとして大阪おおさかおこなわれる天神祭てんじんまつり有名ゆうめいである。以下いかより大阪おおさか天神祭てんじんまつりのことについて記述きじゅつする。

日本にっぽんさん大祭たいさいは、京都きょうと祇園祭ぎおんまつり東京とうきょう神田かんださい)のひとつ。また、生國しょうごくたましい神社じんじゃ生國しょうごく魂祭たままつり住吉すみよし大社たいしゃ住吉すみよしさいとも大阪おおさかさんだいなつまつひとつ。期間きかん6がつ下旬げじゅん吉日きちじつ - 7がつ25にちやく1かげつあいだわたしょ行事ぎょうじおこなわれる。とくに、25にち本宮ほんぐうよるは、大川おおかわきゅう淀川よどがわ)におおくのふね船渡御ふなとぎょおこなわれ、奉納ほうのう花火はなびがあがる。大川おおかわうつ篝火かがりび提灯ちょうちんあかり、花火はなびなどの華麗かれい姿すがたよりみず祭典さいてんともばれている。ほこりゅう神事しんじ(ほこながししんじ)、りく渡御とぎょ(りくとぎょ)などの神事しんじおこなわれる。24にち宵宮よいみや、25にち本宮ほんぐう

歴史れきし[編集へんしゅう]

てん神祭しんさい大阪天満宮おおさかてんまんぐう鎮座ちんざした2ねんてんれき5ねん951ねん)6がつ1にちよりはじまったとされている。このとき祭事さいじ大川おおかわよりかみぼこながして、ながいた場所ばしょ祭場さいじょうもうけて、その祭場さいじょうみそぎばらいをおこなうというものであった。これがほこりゅう神事しんじもととなり、その祭場さいじょうふね奉迎ほうげいしたことが船渡御ふなとぎょ起源きげんとなっているとつたえられている。

天神祭てんじんまつりつづいてきたが、日本にっぽんさん大祭たいさいいちつとばれるようになるのは江戸えど時代じだいからである。安土あづち桃山ももやま時代じだい豊臣とよとみ秀吉ひでよしより催太鼓たいこ拝領はいりょうする。寛永かんえい末期まっき祭場さいじょう御旅所おたびしょ)をざつのどじょう(ざこば)にさだめたためほこりゅう神事しんじりやめられる。このころりく渡御とぎょ起源きげんとなるしゃ登場とうじょうする。慶安けいあん2ねんにでたお触書ふれがきによると、おおくのしゃそうって宮入みやいりしようとするため順番じゅんばんめさせたとある。寛文ひろふみ末期まっき御旅所おたびしょ戎島えびすじま現在げんざい大阪おおさか西にし本田ほんだ)に移転いてん元禄げんろく時代じだいになると「むかえ人形にんぎょう」(おむかえにんぎょう)とばれる2メートルほどの人形にんぎょうふね穂先ほさきたかかざけるようになる。またこのころよりこう形成けいせいされ日本にっぽんさんだいまつりとしてばれるようになる。当時とうじ天神祭てんじんまつり壮大そうだいさは『東海道とうかいどうちゅう膝栗毛ひざくりげ』や『世間せけん胸算用むなざんよう』でえがかれているほか、大阪天満宮おおさかてんまんぐう東側ひがしがわ位置いちする「天神橋てんじんばし2丁目ちょうめ商店しょうてんがい」(天神橋てんじんばしすじ商店しょうてんがい一部いちぶ入口いりくちのアーケードには、羽柴はしば秀吉ひでよし佐々木ささき高綱たかつな八幡やはた太郎たろう木津きづ勘助かんすけをあしらった4たいの「むかえ人形にんぎょう」がかざられている。

慶応けいおう元年がんねん(1865ねん)、将軍しょうぐん徳川とくがわ家茂いえもち長州ちょうしゅう征討せいとうのため大阪城おおさかじょう入城にゅうじょうしたため、天神祭てんじんまつり中止ちゅうしされる。このとし以降いこう維新いしん騒乱そうらんにより明治めいじ4ねん(1871ねん)に復活ふっかつするまで中止ちゅうしされた。同年どうねんには、御旅所おたびしょ戎島えびすじまから千代崎ちよざき大阪おおさか西にし)へ移転いてんさせたうえで、「天満宮てんまんぐう行宮あんぐう」(てんまんぐうあんぐう)という名称めいしょう常設じょうせつ明治めいじ7ねん(1874ねん)から船渡御ふなとぎょ中止ちゅうしされたが、本社ほんしゃ営繕えいぜんコレラ流行りゅうこうけて、明治めいじ14ねん(1881ねん)に復活ふっかつした。このあいだにはりく渡御とぎょのみおこなわれたとしがあったほか、上記じょうき以外いがい期間きかんにも、明治天皇めいじてんのう崩御ほうぎょ大川おおかわ水位すいい上昇じょうしょう会場かいじょう近辺きんぺんでの住宅じゅうたく密集みっしゅうなどを理由りゆう船渡御ふなとぎょがたびたび中止ちゅうしされていた。

昭和しょうわ5ねん(1930ねん)に食満南北けまなんぼく提言ていげんによりほこりゅう神事しんじ復活ふっかつ昭和しょうわ13ねん(1938ねん)から昭和しょうわ23ねん(1948ねん)までにちちゅう戦争せんそうだい世界せかい大戦たいせん影響えいきょうにより船渡御ふなとぎょ祭事さいじそのものが中止ちゅうしされた。

昭和しょうわ24ねん(1949ねん)に大川おおかわ下流かりゅう船渡御ふなとぎょ復活ふっかつ江之子島えのこじま大阪おおさか西にし)から常設じょうせつ御旅所おたびしょ同区どうくの「天満宮てんまんぐう行宮あんぐう」)まで陸路りくろ巡行じゅんこうするルートも確立かくりつしていた。しかし、地盤じばん沈下ちんか影響えいきょうふねはししたをくぐることが困難こんなんになったためふたた中止ちゅうし結局けっきょく、「ふね天神橋てんじんばし北東ほくとうがわたる河岸かわぎしから大川おおかわ上流じょうりゅうさかのぼりながら、『天満宮てんまんぐう行宮あんぐう』での神事しんじ船上せんじょうおこなう」という方式ほうしき変更へんこうしたうえで、昭和しょうわ28ねん(1953ねん)から船渡御ふなとぎょ再開さいかいした。なお、渡御とぎょのルートがこのように変更へんこうされてからも、「天満宮てんまんぐう行宮あんぐう」では毎年まいとし7がつ24にちに「行宮あんぐうさい」(あんぐうまつり)という神事しんじ実施じっし千代崎ちよざき地区ちくでは、この神事しんじにちなんで地元じもと児童じどうによる神輿しんよ巡行じゅんこうなどがもよおされているほか、かつては「トラック渡御とぎょ」(「むかえ人形にんぎょう」を複数ふくすうのトラックに分乗ぶんじょうさせる方式ほうしきでのりく渡御とぎょ)も独自どくじ実施じっししていた。

昭和しょうわ49ねん(1974ねん)には、オイルショック影響えいきょうで、かみにぎわい行事ぎょうじりく渡御とぎょ船渡御ふなとぎょ奉納ほうのう花火はなび)がすべ中止ちゅうしされた。その一方いっぽうで、昭和しょうわ56ねん(1981ねん)から「ギャルみこし」、平成へいせい3ねん(1991ねん)からみずさい天神祭てんじんまつり奉納ほうのう花火はなび合同ごうどう開催かいさい平成へいせい6ねん(1994ねん)には、オーストラリアブリスベンでも天神祭てんじんまつりときぎょうされた。

平成へいせい9ねん(1997ねん)には、開催かいさい期間きかんちゅう台風たいふう接近せっきんした影響えいきょう本宮ほんぐう縮小しゅくしょう平成へいせい12ねん(2000ねん)には、例年れいねん本宮ほんぐう開催かいさいする7がつ25にちこうじゅん皇后こうごう斂葬のおこなわれたため、本宮ほんぐう開催かいさいよく26にちえた。

れい元年がんねん(2019ねん)には、だい125だい天皇てんのう明仁あきひと生前せいぜん退位たいいによってとくひとしが5がつ1にちだい126だい天皇てんのう即位そくいされたことから、「天皇陛下てんのうへいか即位そくい奉祝ほうしゅくさい」をねて開催かいさいされた。

れい2ねん(2020ねん)には、年始ねんしから日本にっぽん国内こくない新型しんがたコロナウイルス感染かんせんしょう(COVID-19)が流行りゅうこうしていること背景はいけいに、かみにぎわい行事ぎょうじすべ中止ちゅうしした[1]かみにぎわい行事ぎょうじ全面ぜんめん中止ちゅうしは、前述ぜんじゅつした昭和しょうわ49ねん(1974ねん以来いらい46ねんり。大阪天満宮おおさかてんまんぐう主催しゅさいする神事しんじ宵宮よいみやさいほこりゅう神事しんじ行宮あんぐう天神祭てんじんまつり本宮ほんぐうさい)については、悪疫あくえき新型しんがたコロナウイルス)の退散たいさん祈願きがんする目的もくてきで7がつ25にち神職しんしょくのみでおこなわれたほか、史上しじょうはじめてYouTube神事しんじ動画どうがのライブ配信はいしん解説かいせつきで実施じっしした[2]

れい3ねん(2021ねん)には、2がつ大阪天満宮おおさかてんまんぐう職員しょくいんからCOVID-19への罹患りかんはじめて判明はんめい[3]。そのもCOVID-19の流行りゅうこう歯止はどめがかっていないことから、前年ぜんねんつづいてかみにぎわい行事ぎょうじすべ中止ちゅうししたうえで、神事しんじのみおこなった。前年ぜんねんかみにぎわい行事ぎょうじ中止ちゅうしけてYouTubeじょう開設かいせつされた「大阪天満宮おおさかてんまんぐう公式こうしきチャンネル」でも、神事しんじ動画どうがのライブ配信はいしんやアーカイブ動画どうが配信はいしん見送みおくっている[4]

れい4ねん(2022ねん)には船渡御ふなとぎょ奉納ほうのう花火はなび再開さいかい見送みおくった一方いっぽうで、COVID-19が過去かこ2ねんほどには流行りゅうこうしていないことをまえて、りく渡御とぎょを3ねんりに復活ふっかつさせることを5月26にち発表はっぴょう。この時点じてんでは、大阪おおさか府内ふない感染かんせんさい拡大かくだいみとめられた場合ばあいに、りく渡御とぎょ中止ちゅうしする余地よちのこしていた[5]実際じっさいには、7がつはいってから感染かんせんしゃすう過去かこ最多さいた水準すいじゅんにまで急増きゅうぞうしているものの、本宮ほんぐう当日とうじつには(感染かんせん抑制よくせい手段しゅだんひとつである)ソーシャルディスタンス確保かくほすることを条件じょうけんりく渡御とぎょ実施じっし実施じっしさいしては、参加さんかしゃ総数そうすう例年れいねんの3ぶんの1程度ていど制限せいげんするとともに、「神霊しんれいせた神輿しんよ参加さんかしゃかつがないわりに、神輿しんよ台車だいしゃせたうえで、参加さんかしゃ台車だいしゃつなきながら大阪天満宮おおさかてんまんぐう界隈かいわいめぐる」という方法ほうほうられた[6]。しかし、感染かんせんしょう関連かんれん国内こくないほうにおけるCOVID-19の分類ぶんるいれい5ねん(2023ねん)5がつ8にちづけぶしせいインフルエンザなどと同等どうとうの)「るい感染かんせんしょう移行いこうしたことをけて、同年どうねん本宮ほんぐうから船渡御ふなとぎょ奉納ほうのう花火はなび再開さいかいしている。

日程にってい[編集へんしゅう]

  • 6がつ下旬げじゅん吉日きちじつ装束しょうぞくたまものしき天神祭てんじんまつり神事しんじはじめ)
  • 6がつ下旬げじゅんふねり、浴衣ゆかた販売はんばい
  • 7がつ7にち天満てんま天神てんじん七夕たなばたさい天神祭てんじんまつりぜん
  • 7がつ11にち船渡御ふなとぎょ事始ことはじめしき
  • 7がつ15にちあし奉納ほうのうしき
  • 7がつ18にち前後ぜんこうたい搦み
  • 7がつ21にち前後ぜんこう本社ほんしゃ神輿しんよ蔵出くらだ
  • 7がつ22にち伏見ふしみさんじゅうせきせんけんじさけさい
  • 7がつ23にちよいみや俗称ぞくしょう)、御羽車おはぐるま巡幸じゅんこう庖丁ほうちょうしき
  • 7がつ24にち宵宮よいみやほこりゅう神事しんじ、催太鼓たいこ宮入みやいり獅子ししまい宮入みやいり
  • 7がつ25にち本宮もとみやなつ大祭たいさい神事しんじ神霊しんれいうつり御祭おまつりりく渡御とぎょ船渡御ふなとぎょ還御かんぎょさい

各種かくしゅ行事ぎょうじ[編集へんしゅう]

時間じかん祭事さいじ催事さいじ平成へいせい18ねん行程こうてい参考さんこう

装束しょうぞくたまものしき (6がつ下旬げじゅん吉日きちじつ[編集へんしゅう]

天神祭てんじんまつり神事しんじはじめの行事ぎょうじで、この装束しょうぞくたまものしきより天神祭てんじんまつりしょ行事ぎょうじはじめられる。 平成へいせい18年度ねんどもろやく神童しんどう随身ずいじんうし曳童さる田彦たびこ)の装束しょうぞくたまものしき{しょうぞくたばりしき}(任命にんめいしき)が、6月25にち1145ふんよりおこなわれた。 まず、宮司ぐうじより辞令じれいわたされ、しょやくつとめる心構こころがまえなどがはなされる。 このより、しょやく斎戒さいかいってまつりまでつつしむことやしてはならないことがおみやからいいわたされる。 たとえば、いち葬儀そうぎ参列さんれつすること。いち喧嘩けんか、もめごとなどのあらそいごと。いち、その不浄ふじょう関与かんよすること、ひとしがある。

そのしょやく衣装いしょうをつけ、本殿ほんでん報告ほうこくさいおこなう。

宵宮よいみや(7がつ24にち[編集へんしゅう]

2005ねんほこりゅう神事しんじ様子ようす
4:00 -

太鼓たいこ一番いちばん太鼓たいこと、つづいてだんじり囃子ばやし一番いちばんかねまつり開始かいしげる。大門おおもん開門かいもん

7:45 - 宵宮よいみやさい

本殿ほんでんにおいて人々ひとびと無病むびょう息災そくさいほこりゅう神事しんじ無事ぶじ祈願きがんされる。

8:50 - ほこりゅう神事しんじ

かみぼここうより推挙すいきょされた大阪おおさか市立しりつ西天満にしてんま小学校しょうがっこうの6年生ねんせい男子だんし神童しんどうによってほこりゅうきょう水上すいじょうよりほこながす。元々もともと上記じょうきのようにほこながいた場所ばしょ御旅所おたびしょさだめて祭礼さいれいおこなったが、御旅所おたびしょ固定こていされてからはその役目やくめになっていない。

そのながされたかみぼこひろげるとりせん(おとりぶね)が太鼓たいこらし、かい航行こうこうする。

ほこりゅう神事しんじわると巡行じゅんこうまで正式せいしき祭事さいじはないが、かく場所ばしょでいろいろな催事さいじおこなわれている。下記かき記述きじゅつ

16:00 - 巡行じゅんこう

まず、催太による「からうす」がおこなわれ、そのもよお太鼓たいこ獅子ししまい巡行じゅんこうする。

本宮もとみや(7がつ25にち[編集へんしゅう]

太鼓たいこ
おおとり神輿しんよ
13:30 - なつ大祭たいさい

氏子うじこ平安へいあんいのり、神霊しんれいうつり御祭おまつり御霊みたま鳳輦ほうれん(ごほうれん)にうつす。2019ねんまでは一般いっぱん公開こうかいされていなかったが、2020ねんから、大阪天満宮おおさかてんまんぐうのYouTube公式こうしきチャンネルをつうじてなま中継ちゅうけい動画どうがのライブ配信はいしん)を実施じっし配信はいしんちゅうは、動画どうが視聴しちょうしゃがインターネットから拝礼はいれい大阪おおさかめ(後述こうじゅつ)へ同時どうじのぞめるような配慮はいりょほどこされている。

15:30 - りく渡御とぎょ(りくとぎょ)

まつりのメインイベントのひとつ。船渡御ふなとぎょ乗船じょうせんじょうまでの神輿しんよ渡御とぎょ随伴ずいはんしてやく4キロをやく3000にん行列ぎょうれつする。行列ぎょうれつ先頭せんとうもよお太鼓たいこで、つづいてさる田彦たびこ采女うねめ(うねめ)、花傘はながさ猩々しょうじょう人形にんぎょうせた山車だしうし曳童などのだいいちじん御羽車おはぐるま神霊しんれいうつした鳳輦ほうれんのあるだいじんたま神輿しんよおおとり神輿しんよだいさんじんによって構成こうせいされる。 りく渡御とぎょ順番じゅんばんは、太鼓たいこちゅうかみぼここうしゃこう天満てんまライオンズ奉仕ほうしこう天神てんじんこう釆女うねめ稚児ちご敬神けいしん婦人ふじんかい大阪おおさか書林しょりん文庫ぶんここうぶくうめこううし曳童)、御旗おはたこう花傘はながさこうそう奉行ぶぎょう大阪おおさか府知事ふちじ大阪おおさか市長しちょうさかきこうだいさかき)、御羽車おはぐるまこう丑日うしのひこうにしきぶたこうかんぶたこう鳳輦ほうれんこう氏子うじこ総代そうだい協賛きょうさんかい委員いいんたま神輿しんよおおとり神輿しんよ菅公かんこうかいまつ囃子ばやし)のじゅんである。

18:00 - 船渡御ふなとぎょ

りく渡御とぎょにつづいてメインイベントのひとつ。ふねは4種類しゅるいけられ、神霊しんれいをのせた鳳輦ほうれん奉安ほうあんせん、催太鼓たいこせんしゃ囃子ばやしせんなどかみつかえる講社こうしゃ供奉ぐぶせんかみをおむかえする風流ふうりゅう人形にんぎょうかざったむかえせん協賛きょうさん団体だんたい市民しみんせんなどの奉拝ほうはいせん、そのどんどこせん子供こどもどんどこせん落語らくごせんなどまつりげるため自由じゆう航行こうこうできるれつがいせんがある。奉安ほうあんせん供奉ぐぶせん天神橋てんじんばしのたもとから出航しゅっこうして大川おおかわさかのぼり、反転はんてんしてくだる。

協賛きょうさん団体だんたいによる奉拝ほうはいせん飛翔ひしょうきょうよりくだり、天神橋てんじんばし反転はんてんさかのぼる。ふね同士どうしときには大阪おおさか交換こうかんされるが、鳳輦ほうれん奉安ほうあんせん通過つうかするときは沈黙ちんもくするのがならわしである。また、奉拝ほうはいせんより供奉ぐぶせんへは、大阪おおさかめをもとめることは法度はっととされ、そのぎゃく大阪おおさかめをおこなうのは順当じゅんとうとされる。舞台ぶたいせんかがりせんなどもあるが、渡御とぎょせずに定着ていちゃくして神楽かぐらとう奉納ほうのうする。神霊しんれいせた鳳輦ほうれん奉安ほうあんせん見下みおろすことがないように、鳳輦ほうれん奉安ほうあんせん通過つうかするはし中央ちゅうおうには正中せいちゅうおおいがされる。

渡御とぎょわたりちゅう鳳輦ほうれんせんでは水上すいじょうさいときぎょうされる。定着ていちゃくしている舞台ぶたいせん供奉ぐぶせんから神楽かぐら囃子はやし奉納ほうのうされる。このころから花火はなびこうによって奉納ほうのう花火はなびげられてまつり最大さいだいがる。(1999ねんより花火はなびこう消滅しょうめつし、天神祭てんじんまつり花火はなび実行じっこう委員いいんかいによって、川崎かわさき公園こうえんさくらみや公園こうえんの2箇所かしょ奉納ほうのう花火はなびげが実施じっしされている。川崎かわさき公園こうえんでは2002ねんより、大阪おおさかにちにち新聞しんぶん主催しゅさいの「みずさい」の一環いっかん花火はなびげられている。

奉納ほうのう花火はなびについては、2015ねん・2016ねんに5,000はつげ。「天皇陛下てんのうへいか即位そくい奉祝ほうしゅくさい」をねて開催かいさいされた2019ねんには、即位そくいへの奉祝ほうしゅく花火はなび特別とくべつげられた。

22:00 - みやり・還御かんぎょさい

渡御とぎょわった一団いちだん天満宮てんまんぐうもどり、催太とも大阪おおさかめをおこなう。獅子舞ししまい四方よもきよしめと本殿ほんでんはしりこみ、その還御かんぎょさい本殿ほんでんときぎょうされてまつりはわる。


神事しんじとしてまつりのスケジュールにはふくまれていないが境内けいだいではしゃ囃子ばやしりゅうおどりが奉納ほうのうされたり、おむか人形にんぎょう展示てんじされたりしている。さかいがいでも下記かきのような催事さいじおこなわれている。

ギャルみこし(天神祭てんじんまつり女性じょせい御神輿おみこし

7がつ23にちにオーディションでえらばれた女性じょせいかつ神輿しんよ巡行じゅんこう主催しゅさい天神橋てんじんばしすじ商店しょうてんかい天神橋てんじんばし4・5・6丁目ちょうめ商店しょうてんがい)。選考せんこうがユニークでべいたわらげる選考せんこうとかくしげいなどのPR選考せんこうによって選出せんしゅつされる。 ギャルみこしは、まつり渡御とぎょれつ本隊ほんたい)には参加さんかしない。

自動車じどうしゃ渡御とぎょ

宵宮よいみやの10:00ごろから市内しないをトラックによってパレードをおこなう。トラックには子供こども神輿しんよしゃ囃子ばやしなどがむ。

町内ちょうない神輿しんよみや

かく町内ちょうない神輿しんよ境内けいだい宮入みやいりおこなう。

ドラゴンボート国際こくさい選手権せんしゅけん

昭和しょうわ63ねんから奉納ほうのうイベントの一環いっかんとしておこなわれているドラゴンボートレース。 サンケイスポーツ主催しゅさい

テレビ中継ちゅうけい関連かんれん番組ばんぐみ
天神祭てんじんまつりせい中継ちゅうけい
ジャンル 特別とくべつ番組ばんぐみ
出演しゅつえんしゃ 西川にしかわきよしハイヒール
ほか
製作せいさく
制作せいさく テレビ大阪てれびおおさか
放送ほうそう
音声おんせい形式けいしきステレオ放送ほうそう
放送ほうそうこく地域ちいき日本の旗 日本にっぽん
放送ほうそう期間きかん1982ねん7がつ25にち - (とし1かい
放送ほうそう時間じかん本宮もとみや開催かいさい基本きほんとして19:00 - 20:54)
放送ほうそうぶん114ふん
回数かいすう39

特記とっき事項じこう
放送ほうそう時間じかん回数かいすうは2023ねんまでの時点じてん
テンプレートを表示ひょうじ

例年れいねんは、地元じもときょくテレビ大阪てれびおおさか[7] が、本宮ほんぐうよる(18:55 - 20:54)に関西かんさいローカルけのなま中継ちゅうけいを。本宮ほんぐうつきみずきむ日曜日にちようびかさなる場合ばあい[8]当該とうがい時間じかんたい放送ほうそうされるテレビ東京てれびとうきょう制作せいさくのレギュラー番組ばんぐみについては、みず - 金曜日きんようびであれば本来ほんらいの『土曜どようエンタテインメントわく[9]月曜日げつようびであれば翌日よくじつ火曜日かようび)のおな時間じかんたい(ローカルセールスわく)で振替ふりかえ放送ほうそう実施じっしする[10]

テレビ大阪てれびおおさか本社ほんしゃ大阪おおさか中央ちゅうおう大手前おおてまえ)の屋上おくじょうから奉納ほうのう花火はなび一望いちぼうできることをまえて、なま中継ちゅうけいさいしては、屋上おくじょう進行しんこうよう舞台ぶたい放送ほうそうじょう呼称こしょうは「スタジオ」)や屋台やたい設置せっち西川にしかわきよしハイヒールリンゴモモコ)が総合そうごう司会しかいテレビ大阪てれびおおさかのアナウンサーから1めい進行しんこうやくつとめるほか、同局どうきょく制作せいさくのレギュラー番組ばんぐみ出演しゅつえんしゃおもに『おとなたびあるきりょ』の三田村みたむら邦彦くにひこ)や演歌えんか歌手かしゅおも大阪おおさか出身しゅっしんしゃ)をゲストにむかえる。出演しゅつえんしゃ全員ぜんいん浴衣ゆかた姿すがたで、スポンサーから屋台やたいなどをつうじて提供ていきょうされる飲食いんしょくぶつ摂取せっしゅしながらなま中継ちゅうけい進行しんこう基本きほんとして奉納ほうのう花火はなび出演しゅつえんしゃ背後はいごうつるような配置はいち放送ほうそうしているが、中継ちゅうけい随所ずいしょ出演しゅつえんしゃ花火はなび鑑賞かんしょうできるように、舞台ぶたい複数ふくすうのスタッフが両手りょうてしながら回転かいてんできるように設計せっけいされている。また、大阪天満宮おおさかてんまんぐう境内けいだい(または門前もんぜん)からみやり、れつがいせんうえから花火はなびげ、天満宮てんまんぐうちか天神橋てんじんばしすじ商店しょうてんがいからにぎわいの模様もよう随時ずいじ中継ちゅうけい平成へいせい時代じだい最後さいご開催かいさいであった2018ねんなま中継ちゅうけいからは、ヘリコプターによる大阪おおさかおよび周辺しゅうへん地域ちいきそらつまみ中継ちゅうけいれている。

その一方いっぽうで、地上ちじょうデジタル放送ほうそう移行いこう2015ねん以降いこうは、なま中継ちゅうけいマルチチャンネル編成へんせい採用さいようサブチャンネル(073チャンネル)では、船渡御ふなとぎょ奉納ほうのう花火はなび映像えいぞうを、せんねん俊幸としゆきアナウンサーのナレーションや進行しんこう紹介しょうかいする。千年ちとせテレビ大阪てれびおおさか定年ていねん退職たいしょくフリーアナウンサー転身てんしん)した2019ねんには、FM大阪おおさか当時とうじ愛称あいしょうは「FM OH!」)とのコラボレーション企画きかく実施じっしする関係かんけいで、同局どうきょく番組ばんぐみパーソナリティから1めいがサブチャンネルの進行しんこうくわわっていた。

なお、新型しんがたコロナウイルス感染かんせん拡大かくだい影響えいきょう神事しんじのみおこなわれた2020ねんにも、本宮ほんぐうよる特別とくべつ番組ばんぐみ編成へんせい大阪天満宮おおさかてんまんぐう境内けいだいからのなま中継ちゅうけいをベースに、前年ぜんねんまでの放送ほうそうどうろく映像えいぞうから厳選げんせんしためい場面ばめんしゅうんだ。前年ぜんねんつづいてFM大阪おおさかとのコラボレーション企画きかく実施じっしされたが、テレビ大阪てれびおおさかでは放送ほうそう時間じかん例年れいねんの2あいだから40ふん(19:20 - 20:00)に短縮たんしゅく出演しゅつえんしゃも、テレビ大阪てれびおおさかのアナウンサー(福谷ふくたに清志きよし川北かわきたまどかけい坂本さかもとななさい)と大阪おおさか市長しちょう民選みんせんだい21だい松井まつい一郎いちろう特別とくべつゲスト)に限定げんていした[11]

本宮ほんぐう日曜日にちようびであった2021ねんには、1982ねん開局かいきょく以来いらいはじめてなま中継ちゅうけい見送みおくったわりに、当日とうじつの11:52 - 12:40に『今日きょう天神祭てんじんまつり!みなさん、ご苦労くろうさまです~伝統でんとうまつりをささえるひとたちに密着みっちゃく~』という事前じぜん収録しゅうろくのドキュメンタリー(リポーター:石田いしだやすしわらめし哲夫てつお)を編成へんせいした。前年ぜんねんおな事情じじょう神事しんじのみおこなわれたことにくわえて、前年ぜんねん見送みおくられた2020東京とうきょうオリンピック開催かいさいまったことにともなって、テレビ東京てれびとうきょう系列けいれつ担当たんとうぶん男子だんし競泳きょうえい競技きょうぎ予選よせん中継ちゅうけい当日とうじつよる同時どうじネットで放送ほうそうしたことによる。

テレビ大阪てれびおおさか開局かいきょく40周年しゅうねんむかえた2022ねんには、船渡御ふなとぎょ奉納ほうのう花火はなび再開さいかい見送みおくられたことから、前年ぜんねんつづいてなま中継ちゅうけい断念だんねん天神祭てんじんまつり大阪おおさか歴史れきし物語ものがたるスポットをモーリー・ロバートソン豊崎とよさきゆかり里絵りえテレビ大阪てれびおおさか開局かいきょく協力きょうりょくしていた毎日放送まいにちほうそう出身しゅっしんのフリーアナウンサー)と高島たかしま幸次こうじ大阪天満宮おおさかてんまんぐう文化ぶんか研究所けんきゅうじょ研究けんきゅういんつとめる歴史れきし学者がくしゃ)がめぐるロケを天神祭てんじんまつり開催かいさいまえ(7がつ上旬じょうじゅん)に実施じっししたうえで、収録しゅうろく映像えいぞうかつら吉弥よしやのナレーションをえた特別とくべつ番組ばんぐみ天神祭てんじんまつりさんぽ~あるけばわかる浪花なにわ今昔こんじゃく~』を本宮ほんぐう当日とうじつ月曜日げつようび)の15:32 - 16:29に放送ほうそうした。

2023ねんには、船渡御ふなとぎょ奉納ほうのう花火はなび復活ふっかつすることをけて、テレビ大阪てれびおおさか本宮ほんぐうなま中継ちゅうけい7がつ25にち火曜日かようび)の18:25 - 20:54に再開さいかい司会しかい休止きゅうしまえおなじく西川にしかわきよしとハイヒールで、ヘリコプターからのそらつまみ中継ちゅうけい前田まえだ拓哉たくやテレビ大阪てれびおおさかアナウンサー)の実況じっきょうリポートで復活ふっかつさせたほか、放送ほうそうわく休止きゅうしまえから30ふんほど拡大かくだいさせた。また、「天神祭てんじんまつり2023予習よしゅう復習ふくしゅうスペシャル」と銘打めいうって、『今日きょう天神祭てんじんまつり!みなさん、ご苦労くろうさまです』を7がつ23にち日曜日にちようび)の11:36 - 12:24、『天神祭てんじんまつりさんぽ』を宵宮よいみや24にち)の17:30 - 18:29にさい放送ほうそう[12]なま中継ちゅうけいでは休止きゅうしまえおなじく、開局かいきょく以来いらい41年間ねんかん本社ほんしゃ使用しようしてきた日経にっけい大阪おおさか電波でんぱ会館かいかん屋上おくじょうに、人力じんりきでのみ回転かいてんできる進行しんこうよう舞台ぶたい前述ぜんじゅつ)を設置せっちした。もっとも、テレビ大阪てれびおおさかでは日経にっけい大阪おおさか電波でんぱ会館かいかん近隣きんりん建設けんせつちゅうふくあい施設しせつダブルツリーbyヒルトン大阪城おおさかじょう)に2024ねん4がつから本社ほんしゃ機能きのう演奏えんそうしょ移転いてんさせることがまっているため、この会館かいかんから天神祭てんじんまつり中継ちゅうけい進行しんこうする体制たいせいを2023ねん終了しゅうりょうさせている。

天神祭てんじんまつり参加さんかするには?[編集へんしゅう]

一般いっぱん参拝さんぱい観覧かんらんきゃくとしてではなく天神祭てんじんまつり神事しんじ祭事さいじ参加さんかするには基本きほんてきこう所属しょぞくしなければならない。天神祭てんじんまつりはあくまで大阪天満宮おおさかてんまんぐう氏子うじこによる祭事さいじであるためである。しかしながら、こう条件じょうけんきびしくなく、大阪おおさか天満てんまライオンズクラブ奉仕ほうしこうなどあたらしいこうみとめられている。また、こう人員じんいん不足ふそくのためアルバイトボランティアといったかたち参加さんかすることもできる。には市民しみん奉拝ほうはいせん公募こうぼ応募おうぼしたり、帝国ていこくホテルの奉拝ほうはいせんのチケットを購入こうにゅうして船渡御ふなとぎょ参加さんかする手段しゅだんもある。清掃せいそうボランティアも募集ぼしゅうしており、天神祭てんじんまつり清掃せいそうボランティア天神祭てんじんまつり美化びか委員いいんかい(ダストバスターズ)に参加さんかする方法ほうほうもある。

用語ようご[編集へんしゅう]

こう[編集へんしゅう]

天神祭てんじんまつりにはこうまたは講社こうしゃばれる団体だんたいがあり、このこう天神祭てんじんまつりささえるおおきな役割やくわりとなっている。こう起源きげんくわしくあきらかになっていないが、ふるこう江戸えど時代じだいよりあったとわれている。元々もともとこうとはおなこころざしった集団しゅうだんであり、天神祭てんじんまつり奉仕ほうしするために、商人しょうにんまちであった特徴とくちょうじょうべい問屋とんや八百屋やおやなどかく同業どうぎょう団体だんたいなどであつまってできた。一般いっぱん参拝さんぱい観覧かんらんきゃくとしてではなく天神祭てんじんまつり神事しんじ祭事さいじ参加さんかするには、基本きほんてきこう所属しょぞくする必要ひつようがある。大阪天満宮おおさかてんまんぐうこうをまとめる大阪天満宮おおさかてんまんぐう講社こうしゃ連合れんごうかいがあり、天神祭てんじんまつり基本きほんてきなことはこのかいめられる。現在げんざい講社こうしゃ連合れんごうかい会長かいちょう天神てんじんこう獅子ししこうもと森本もりもと幸一こういちである。おも講社こうしゃは、催太鼓たいこ太鼓たいこちゅう(たいこなか)、天神祭てんじんまつり渡御とぎょれつでご神体しんたいをおせする鳳輦ほうれんこう(ごほうれんこう)、おおとり神輿しんよかんみなみ連合れんごうおおとりこうたま神輿しんよ中央ちゅうおう市場いちばだま神輿しんよこう、だんじり囃子ばやししゃこう(じぐるまこう)、獅子舞ししまい天神てんじんこう獅子ししうし曳童ぶくうめこう米穀べいこくしょうにしきぶたこう(おきんがいこう)、御神酒おみきこうはなしょう組合くみあいさかきこう船渡御ふなとぎょふね世話せわする御船みふねこう(おふねこう)、どんどこせんのどんどこせんこう出版しゅっぱん業界ぎょうかい文庫ぶんここう丑日うしのひこう天神橋てんじんばし商店しょうてんがい御羽車おはぐるまこう(おはぐるまこう)[このこうの23にち御羽車おはぐるま巡行じゅんこうにあわせてギャルみこしがおこなわれている]、など現存げんそんする講社こうしゃは25団体だんたいである。こうによって太鼓たいこちゅうは催太鼓たいこしゃこう境内けいだいでのだんじり囃子ばやし演奏えんそうおどりを奉納ほうのうするなどと役割やくわりまっている。しかしながら上記じょうきでもべたが、こう構成こうせいする人員じんいん年々ねんねん減少げんしょうしているため、アルバイトやボランティアなどの参加さんか増加ぞうかしている。とりわけボランティアはダストバスターズとばれる清掃せいそうボランティアが活躍かつやくしている。

太鼓たいこ[編集へんしゅう]

天神祭てんじんまつりりく渡御とぎょ先頭せんとうまくら太鼓たいこだいで6にんいちくみで3にんずつでだい太鼓たいこはさんでたたく。はたしゅは「願人がんにん(がんじ)」とばれ、特徴とくちょうとしてはながあかぬのがった頭巾ずきんばれる烏帽子えぼし帽子ぼうしをかぶり背中せなかブチとばれるぼう背負せおおっている。願人がんにん太鼓たいこかつひとを「舁ぎかた(かつぎかた)」とい、舁ぎかたを3ねん以上いじょう経験けいけんしなければ花形はながたである願人がんにんにはなれない。、舁ぎかた願人がんにん統率とうそつする「さいあたま(ざいがしら)」と「さいかた(ざいかた)」がいる。太鼓たいこ演奏えんそうほう独特どくとく大阪おおさか無形むけい民俗みんぞく文化財ぶんかざい記録きろく選択せんたく)となっている。

太鼓たいこ特徴とくちょうは「からうす」である。からうすは催太鼓たいこ太鼓たいこだいした丸太まるたはさみ、その丸太まるたじくにしてシーソーのようにらしながら太鼓たいこたた豪快ごうかいわざである。たてれるたてからうすとよこれるよこからうすがある。願人がんにんとされないようになわにしがみつきながら太鼓たいこたたくが、このときでも頭巾ずきんちないようにしなければならない。

むかえ人形にんぎょう[編集へんしゅう]

むかえ人形にんぎょう

むかえ人形にんぎょう元禄げんろくまつりまえ町内ちょうないかざられ、まつりになるとふねたか人形にんぎょうかかげて神霊しんれいむかえたことがはじまりとされている。当時とうじ人形にんぎょうは2メートルほどであったが、とおる年間ねんかん人形にんぎょう芝居しばい隆盛りゅうせいにより4メートル以上いじょうある大型おおがたむかえ人形にんぎょう製作せいさくされるようになった。ひろしさんねんの『天満宮てんまんぐう神事しんじむかえ舩人がた図会ずえ』によると44たいあったが、維新いしん戦禍せんかおおくがけてしまい15たいになった(うち14たい大阪おおさか有形ゆうけい民俗みんぞく文化財ぶんかざい)。むかえ人形にんぎょうおおくは歌舞伎かぶきのうもの題材だいざいとしており、には羽柴はしば秀吉ひでよし坂田公時さかたのきんときせきはねなど和漢わかん歴史れきし物語ものがたり人物じんぶつおおい。天神橋てんじんばしすじ商店しょうてんがい天神橋てんじんばしすじ2丁目ちょうめアーケードにむかえ人形にんぎょうをモティーフにした人形にんぎょうることができる。

むかえ人形にんぎょう逸話いつわとして文政ぶんせい7ねんむかえ人形にんぎょう阿部あべたもつめいこいをした天満てんま青物あおもの市場いちばむすめさわのはなしのこっている。

のこっている15たい天神祭てんじんまつり期間きかんちゅうすうたい境内けいだい展示てんじされる。

どんどこせん[編集へんしゅう]

どんどこせん

どんどこせん起源きげん前述ぜんじゅつむかえ人形にんぎょうをかざったふねからている。元々もともと伝馬船てんません使つかっていたため伝馬てんまともてんまともばれる。名前なまえ由来ゆらいはどんどことおとをかきらしながらすす姿すがたからているとされている。かね太鼓たいこわせて28にんしゅ一斉いっせいかいいですす姿すがた勇壮ゆうそうである。

どんどこせんりく渡御とぎょには参加さんかせずに大川おおかわください開催かいさいらせる役目やくめになっている。船渡御ふなとぎょになるとれつがいせんひとつとしてまつりげる役目やくめになう。高校生こうこうせいから大人おとな乗船じょうせんしているどんどこせん木場きばわかちゅう)と、小中学生しょうちゅうがくせい乗船じょうせんしている子供こどもどんどこせん木場きば小若こわか)の現在げんざいふたつのふね活躍かつやくちゅう木津川きづがわ土佐堀とさぼりがわ大川おおかわ東横ひがしよこ堀川ほりかわ道頓堀どうとんぼりがわ縦横無尽じゅうおうむじんするよう大阪おおさかなつ風物詩ふうぶつしひとつとして有名ゆうめい

24にちほこりゅう神事しんじさいかみぼこひろげるとりせん(おとりぶね)もどんどこせん木場きばわかちゅう)のメンバーが太鼓たいこらし、かい人力じんりき航行こうこう。※みやり(どんどこせんろくげ、ふねごと境内けいだいはいる)のさいかみぼこかえ役目やくめもどんどこせんこう木場きばわかちゅう木場きば小若こわか)がおこなっている。

大阪おおさか府内ふないにおける唯一ゆいいつせん伝統でんとう行事ぎょうじとして、また全国ぜんこくてきても希少きしょうかた伝承でんしょうしており、貴重きちょうなものとして、平成へいせい31ねんがつ22にち大阪おおさか無形むけい民俗みんぞく文化財ぶんかざい記録きろく選択せんたく)に指定していされた。

りゅうおど[編集へんしゅう]

天神祭てんじんまつりりゅうおどりは長崎ながさき(“ジャおどり”と発音はつおん)・中華ちゅうかがい神戸こうべ南京なんきんまち春節しゅんせつさいでの複数ふくすうじんりゅう人形にんぎょうあやつっておどるそれとはことなり、りゅうてんのぼるさまをしておどる。おどしゅゆびげ、からだをくねらせて昇竜しょうりゅう表現ひょうげんしているのが特徴とくちょうである。宵宮よいみやではしゃこうによってしゃ囃子ばやし太鼓たいこかねにあわせておど姿すがた境内けいだい終日しゅうじつることが出来できる。また、船渡御ふなとぎょでは市民しみん奉拝ほうはいせん協賛きょうさん団体だんたい奉拝ほうはいせん船上せんじょうおどっている姿すがたることも出来できる。なお、長柄ながえりゅうばれるしゃ囃子ばやしでは、「うんをつく」というしゃおどりがなされており、りゅうおどりとは異質いしつなものとかんがえてもよかろう。

天神祭てんじんまつり以外いがいでも、大阪おおさか市内しない杭全くまた神社じんじゃ長柄ながら八幡宮はちまんぐう彌榮やさか神社じんじゃ桑津くわづたかし神社じんじゃあさひ清水しみず八幡やはた大神宮だいじんぐうなどや、豊中とよなか服部はっとりたかし神宮じんぐうなどの神社じんじゃのだんじりさいなどでさかんにおどられている。また、ほかには梅田うめだ近辺きんぺんでの路上ろじょうパフォーマンスなどでかけることが出来できる。なお、長柄ながら八幡宮はちまんぐう服部はっとりたかし神宮じんぐうでのおどりは、りゅうおどりではない。

大阪おおさかめ(手打てうち)[編集へんしゅう]

大阪おおさかでよく使つかわれる一種いっしゅ元々もともと生國しょうごくたましい神社じんじゃつたわる五節ごせちからなる大阪おおさかめ(手打てうち)が省略しょうりゃくされてさんせつになって使つかわれている。さん節目ふしめが「よぉやさの」、「よーいとさ」や、「商売しょうばい繁盛はんじょう」になる場合ばあいもあるが天神祭てんじんまつり使つかわれる大阪おおさかめ(手打てうち)は下記かきのスタイルが一般いっぱんてきである。

ちましょ(パン、パン)もひとつ(もうひとつ)せぇ(パン、パン)いおうて(いわうて)さん(パ、パン、パン)

天神祭てんじんまつり開催かいさいちゅう大阪おおさかめ(手打てうち)はいろいろな場面ばめん場所ばしょ使つかわれるため、機会きかいおお節回ふしまわしであり、奉拝ほうはいせん同士どうしれつがいせんちがさい大阪おおさかめ(手打てうち)をわすため、奉拝ほうはいせん乗船じょうせんさい練習れんしゅうおこなう。

ギャルみこし[編集へんしゅう]

ギャルみこし使つかわれるだんじり(天満てんまえきまえにて撮影さつえい
  • 毎年まいとし7がつ23にち宵宮よいみや前日ぜんじつ)におこなわれている。本来ほんらい名称めいしょうは「天神祭てんじんまつり女性じょせい御神輿おみこし」だが、参加さんかしゃ観覧かんらんしゃあいだでいつのころからか「ギャルみこし」とばれるようになり、そのままイベントの名称めいしょうとして定着ていちゃくしている。だい1かい1981ねんで、地域ちいき文化ぶんか発展はってん振興しんこう地域ちいき活性かっせい一環いっかんとして天神橋てんじんばしすじ商店しょうてんがいよん町会ちょうかいよんばんがいてんよんきた商店しょうてんがいてん商店しょうてんがいてんろく商店しょうてんがいかく商店しょうてんがい団体だんたい中心ちゅうしんとなって企画きかくされた。
  • 1981ねんみとめられなかった天満宮てんまんぐう参拝さんぱいだい2かいの1982ねんから御羽車おはぐるまこう巡行じゅんこう一環いっかんとしておこなわれるようになった。
  • 毎年まいとしかつしゅはオーディションで募集ぼしゅうする。オーディションでは参加さんかしゃ仮装かそうをしてそれを選考せんこう人選じんせんしたのち、そのなかから優秀ゆうしゅうしゃは「ミス天神てんじんきょう」(1めい)「じゅんミス天神てんじんきょう」(2めい)「御羽車おはぐるまむすめ」(1めい)として表彰ひょうしょう記念きねんひん高級こうきゅうブランドひん)が贈呈ぞうていされる。2005ねんまでの参加さんか資格しかくまん16さい~28さい女性じょせいかぎられていたが、2006ねん以降いこう年齢ねんれい制限せいげん撤廃てっぱいされた。なお、2015ねん後述こうじゅつ理由りゆうによりオーディションは実施じっししなかった。
  • また、ギャルみこしのかつしゅえらばれたメンバーはこのほか大阪おおさか各種かくしゅ公共こうきょうイベントとう出席しゅっせきしたり、海外かいがい姉妹しまい都市としとうへの招待しょうたいけて演技えんぎすることもある。
  • 2005ねんだい25かい記念きねん大会たいかいとして、将来しょうらいにな子供こどもたちと過去かこにギャルみこしを経験けいけんした母親ははおやとの親子おやこ参加さんかする企画きかくおこなわれた。
  • 2015ねんだい35かい記念きねん巡行じゅんこうとして、歴代れきだいのミス天神橋てんじんばしじゅんミス天神橋てんじんばし御羽車おはぐるまむすめ受賞じゅしょうしゃ中心ちゅうしんに、過去かこのギャルみこし参加さんかしゃから105めい選抜せんばつされてかつしゅをつとめた。

天神てんじん天満てんまはなむすめ[編集へんしゅう]

大阪天満宮おおさかてんまんぐうときぎょうされるほしあいななゆうまつりや天神祭てんじんまつりのガイドをする天神橋てんじんばしすじ商店しょうてんがいのキャンペーンガール。大阪天満宮おおさかてんまんぐう巫女ふじょ同等どうとう立場たちばにある。 天神橋てんじんばしすじ商店しょうてん連合れんごうかい天神橋てんじんばし1・2・3丁目ちょうめ商店しょうてんがい)の主催しゅさい平成へいせい15ねんより公募こうぼ開始かいしされ、毎年まいとし10めいえらばれている。 みず大阪おおさかをイメージした浴衣ゆかたうえ千早ちはや着用ちゃくようし、大阪天満宮おおさかてんまんぐうはな紅白こうはくうめをあしらったはなやかなかんむりけて奉仕ほうしする。 ほしあいななゆうまつり(7がつ7にち)と天神祭てんじんまつり(7がつ24にち~25にち)の期間きかんちゅう大阪おおさか各種かくしゅ公共こうきょうイベントで活躍かつやくするほか大阪天満宮おおさかてんまんぐう十日とおかえびす天満てんま天神てんじんえびすさい」でぶくむすめとして奉仕ほうしする。

暴力団ぼうりょくだん排除はいじょ規定きてい[編集へんしゅう]

2017ねん大阪天満宮おおさかてんまんぐう関係かんけい団体だんたいは、天神祭てんじんまつり暴力団ぼうりょくだんかかわらせないことを目的もくてきに「暴力団ぼうりょくだん排除はいじょ規程きてい」を制定せいてい天神祭てんじんまつり神事しんじ奉納ほうのう花火はなび露店ろてんなどに暴力団ぼうりょくだん参加さんか協賛きょうさんといったかたち関与かんよするのを拒否きょひすることとした[13]

天神祭てんじんまつりかんする料理りょうり[編集へんしゅう]

  • 7がつ24にち宵祭よいまつり)の夕食ゆうしょくやしそうめん、あじの塩焼しおやき、はものがわれたきゅうりのものの、はものがわのざきざくというものがべられていた。
  • 7がつ25にちほんまつり)のごちそう:やしそうめん、はものつけき、はもちり、たこときゅうりのもの、お菓子かしわん(さかなのすりものやきくらげがはいったはくたかしししいたけとかいわれさい煮物にもの)、はもの里芋さといもわせなどがべられていた。[14]

参考さんこう資料しりょう[編集へんしゅう]

  • 野辺のべきよし網干あぼしあつしへん天神祭てんじんまつり-なにわのひびき』そうもとしゃ 1994 ISBN 4-422-70071-5
  • 米山よねやま俊直としなお河内かわうち厚郎あつろう編著へんちょ天神祭てんじんまつり-みずせんねんまつり東方とうほう出版しゅっぱん 1994 ISBN 4-88591-394-2

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 天神祭てんじんまつり中止ちゅうし 渡御とぎょ行事ぎょうじ奉納ほうのう花火はなび 神事しんじ実施じっし. 大阪おおさかにちにち新聞しんぶん. (2020ねん4がつ14にち). https://www.nnn.co.jp/dainichi/news/200414/20200414026.html 2020ねん4がつ16にち閲覧えつらん 
  2. ^ 規模きぼ縮小しゅくしょう天神祭てんじんまつり 神事しんじライブ配信はいしん コロナまつ模索もさく. 産経新聞さんけいしんぶん. (2020ねん7がつ20日はつか). https://www.sankei.com/article/20200702-BX7RGPFIWNK2XEGMECLT22SPKM/ 2020ねん7がつ23にち閲覧えつらん 
  3. ^ 新型しんがたコロナウイルス感染かんせんしゃ発生はっせいについて”. 大阪天満宮おおさかてんまんぐう. (2021ねん2がつ25にち). https://osakatemmangu.or.jp/news/898/ 2021ねん5がつ20日はつか閲覧えつらん 
  4. ^ 天神祭てんじんまつり今年ことし行事ぎょうじ中止ちゅうし 神事しんじ録画ろくが公開こうかい. 産経新聞さんけいしんぶん. (2021ねん5がつ20日はつか). https://www.sankei.com/life/news/210519/lif2105190040-n1.html 2021ねん5がつ20日はつか閲覧えつらん 
  5. ^ りく渡御とぎょ3ねんぶり復活ふっかつ 天神祭てんじんまつり 船渡御ふなとぎょ断念だんねん. 大阪おおさかにちにち新聞しんぶん. (2022ねん5がつ26にち). https://www.nnn.co.jp/dainichi/news/220526/20220526028.html 2022ねん7がつ6にち閲覧えつらん 
  6. ^ 天神祭てんじんまつり3ねんぶりのりく渡御とぎょ大阪おおさか みこしかつがず人数にんずう制限せいげん. 共同通信きょうどうつうしん. (2022ねん7がつ25にち). https://web.archive.org/web/20220725165357/https://nordot.app/924233775986065408?c=39546741839462401 2022ねん7がつ26にち閲覧えつらん 
  7. ^ 開局かいきょくした1982ねんのみ、テレビ東京てれびとうきょうとの相互そうごネット方式ほうしき放送ほうそうされた(司会しかい藤本ふじもと義一ぎいち秋野あきの暢子ようこ)。
  8. ^ 土曜日どようびはローカルセールスわく
  9. ^ 毎年まいとしテレビ東京てれびとうきょうではこのわく隅田川すみだがわ花火はなび大会たいかい関東かんとうローカルで放送ほうそうしている。2019ねん木曜もくよう開催かいさい)は土曜どようではなく翌週よくしゅう火曜かようえた。
  10. ^ 2010ねん場合ばあいには、『モヤモヤさまぁ〜ず2』を21:00 - 21:54(120ふんおくれ)に時差じさネット、『日曜にちようビッグバラエティ 長距離ちょうきょり路線ろせんバス沿線えんせん人々ひとびと』を7がつ31にち土曜日どようび)に振替ふりかえ放送ほうそう
  11. ^ テレビ大阪てれびおおさか 今年ことしも「天神祭てんじんまつりなま中継ちゅうけい映像えいぞうだけでも大阪おおさかなつかんじてもらいたい(『スポーツニッポン2020ねん6がつ10日とおか付記ふきごと
  12. ^ "天神祭てんじんまつり歴史れきしあるいてる!「天神祭てんじんまつりさんぽ ~あるけばわかる浪花なにわ今昔こんじゃく~」7がつ25にちつき放送ほうそう!" (Press release). テレビ大阪てれびおおさか. 22 July 2023. 2023ねん7がつ25にち閲覧えつらん
  13. ^ 天神祭てんじんまつりから暴力団ぼうりょくだん排除はいじょ 大阪天満宮おおさかてんまんぐうなど規程きてい制定せいてい”. 産経新聞さんけいしんぶんしゃ (2022ねん5がつ22にち). 2023ねん8がつ3にち閲覧えつらん
  14. ^ (しゃ)のうやま漁村ぎょそん文化ぶんか協会きょうかいへん別巻べっかん まつりと行事ぎょうじのごちそう ききがき ふるさとの家庭かてい料理りょうり』(しゃ)のうやま漁村ぎょそん文化ぶんか協会きょうかい 2004 ISBN 4-540-03340-9

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]