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いえ制度せいど

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いえ制度せいど(いえせいど)とは、1898ねん明治めいじ31ねん)に制定せいていされた明治めいじ憲法けんぽうした民法みんぽうにおいて規定きていされた日本にっぽん家族かぞく制度せいどであり、親族しんぞく関係かんけいゆうするもののうちさらせま範囲はんいものを、戸主こしゅ(こしゅ)と家族かぞくとしてひとつのいえぞくさせ、戸主こしゅいえ統率とうそつ権限けんげんあたえていた制度せいどである。この規定きてい効力こうりょくゆうしていたのは、1898ねん7がつ16にちから1947ねん5がつ2にちまでの48ねん9かげつはんほどの期間きかんであった。

沿革えんかく

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戸主こしゅ制度せいどは、もっとふるくは大化たいか改新かいしんはじまる。孝徳天皇こうとくてんのうだいにおける政治せいじ体制たいせい整備せいびのため、古代こだいから存在そんざいした家内かない統率とうそつしゃたる家長かちょう戸主こしゅ地位ちいあたえ、対外たいがいてき権利けんり義務ぎむ主体しゅたいとしたのがはじまりである[1][2]

日本にっぽん近世きんせいにおいては身分みぶん制度せいど固定こていすすみ、支配しはいそう家臣かしんである武士ぶしいえにはさまざまな規制きせいくわえられており、武士ぶしほう庶民しょみんほうのの分離ぶんりられた[3]武士ぶしいえちょう世代せだいてき連続れんぞくせいをもった父系ふけい血族けつぞく集団しゅうだんとして本家ほんけすえ分家ぶんけ)の関係かんけいによって構成こうせいされていた。ちょう世代せだいてき本末ほんまつ筋目すじめ尊重そんちょうし、同姓どうせい重視じゅうしする傾向けいこう武士ぶし社会しゃかいでは重視じゅうしされていた[4]家督かとく一家いっかちょう意味いみし、家長かちょう包括ほうかつてき相続そうぞくする俸禄(いえろく)を意味いみする用語ようごとなった。いえ構成こうせいいん当主とうしゅ配偶はいぐうしゃ、その直系ちょっけい卑属ひぞくあるいは直系ちょっけい卑属ひぞく配偶はいぐうしゃと、とき傍系ぼうけい親族しんぞくふくまれた。本家ほんけ分家ぶんけ間柄あいだがら同姓どうせいばれ重視じゅうしされていた。当主とうしゅいえ代表だいひょうしゃとして広範囲こうはんいおよ家内かない統制とうせいけんとその責任せきにんゆうしていた[5]庶民しょみん家族かぞく構成こうせい武士ぶしじゅんじていたが、家族かぞく全員ぜんいん生産せいさんてき労働ろうどう分担ぶんたんしていたために、武士ぶし場合ばあいほど当主とうしゅ権限けんげん強力きょうりょくではなかったという[5]

ぜん近代きんだいにおける「いえ」は、あたかも莫大ばくだい権利けんり義務ぎむゆうする法人ほうじんのようなものであった。家長かちょう個人こじん権利けんり義務ぎむ主体しゅたいではなく、いえ代表だいひょうしゃとして強大きょうだい権利けんり行使こうしするかわりに、家産かさん家業かぎょう祭祀さいし維持いじするおも責務せきむ存在そんざいにすぎなかった。ところが明治維新めいじいしんによって職業しょくぎょう選択せんたく自由じゆう確保かくほされると、このような生活せいかつモデルは崩壊ほうかいする。しょ外国がいこくれいても、家族かぞく制度せいど徐々じょじょ崩壊ほうかいして個人こじん主義しゅぎいたることが歴史れきし必然ひつぜんおもわれたが、かといっていま慣習かんしゅうとして根付ねついている以上いじょう法律ほうりつをもって強引ごういんくすこともはばかられた。そこで、ちか将来しょうらい改正かいせい前提ぜんていとし、所有しょゆうけん平仄ひょうそくととのえ、戸主こしゅけん主体しゅたいいえではなく戸主こしゅ個人こじんとしたうえで家産かさん否定ひていし、戸主こしゅ権限けんげん従前じゅうぜんよりも大幅おおはば縮小しゅくしょうする過渡かとてき暫定ざんてい規定きていくこととしたのである[6][7]

なお、朝鮮ちょうせんでは、日本にっぽんによる朝鮮ちょうせん支配しはいしたいえ制度せいどふく日本にっぽん民法みんぽう(1947ねん12月31にち以前いぜんのもの)が朝鮮ちょうせん民事みんじれいにより、ようされた。ただし、当初とうしょは、民法みんぽう親族しんぞく相続そうぞくかんする規定きていもちいせず、朝鮮ちょうせん慣習かんしゅうるとした。その徐々じょじょよう範囲はんい拡大かくだいされたものの。最後さいご段階だんかいでも、民法みんぽうのうちようされたのは、婚姻こんいん年齢ねんれい裁判さいばんじょう離婚りこん認知にんち婿養子むこようし親権しんけん後見こうけんじん親族しんぞくかい相続そうぞく承認しょうにんおよ財産ざいさん分離ぶんり規定きてい[8]であり、いえ制度せいどそのものはなお、朝鮮ちょうせん慣習かんしゅうによることになっており、したがって民法みんぽうようにより、日本にっぽんいえ制度せいど韓国かんこく移植いしょくされとはえない。しかし朝鮮ちょうせん戸籍こせきれいが、内地ないち戸籍こせきほうそのまま模倣もほうしたものであり、朝鮮ちょうせん戸籍こせきれいとおして,日本にっぽん明治めいじ民法みんぽういえ制度せいど朝鮮ちょうせん定着ていちゃく確定かくてい[9]し、1960ねん大韓民国だいかんみんこく民法みんぽう施行しこうまえまでつづいた。台湾たいわんでは、1945ねん日本にっぽん降伏ごうぶくすると、中国ちゅうごく本土ほんどすで公布こうふ施行しこうされていた中華民国ちゅうかみんこく民法みんぽう適用てきようされた。

いえ」の概念がいねん

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いえ」は、「戸主こしゅ」と「家族かぞく」から構成こうせいされる。戸主こしゅいえ統率とうそつしゃであり、家族かぞくいえ構成こうせいするもののうち戸主こしゅでないものをいう。

ひとつのいえひとつの戸籍こせき登録とうろくされる。つまり、おなぞくするかかの証明しょうめいは、そのいえ戸籍こせき記載きさいされているものであるかかによりおこなわれた。このことから、改正かいせいぜん民法みんぽう条文じょうぶんの「ちちいえにゅうル」「いえリタル」という(当時とうじの)表現ひょうげんは、戸籍こせきめんからは、それぞれ「ちちいえ戸籍こせき入籍にゅうせきする」「いえ戸籍こせきから除籍じょせきされた」ことを意味いみする。

なお、戸籍こせき管理かんりするための法律ほうりつとして、1948ねん昭和しょうわ23ねん)にそれまでの戸籍こせきほう大正たいしょう3ねん3がつ31にち法律ほうりつだい26ごう)を全部ぜんぶ改正かいせいして施行しこうされた戸籍こせきほう昭和しょうわ22ねん12月22にち法律ほうりつだい224ごう)では、戸籍こせき作成さくせい単位たんいを、夫婦ふうふ未婚みこんとして、さんだい以上いじょう親族しんぞくどういち戸籍こせき記載きさいされない制度せいどになっている(さんだい戸籍こせき禁止きんし)。改正かいせいまえ戸籍こせきほうでは、戸籍こせき作成さくせい単位たんいを、いえとし、いえ制度せいどにおいてはいえ構成こうせいいんだいかぎられなかったので、戸籍こせきじょうさんだい以上いじょう戸籍こせきとすることに制約せいやくはなかった。

戸主こしゅ

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戸主こしゅは、いえ統率とうそつしゃとしての身分みぶんものであり、戸籍こせきじょう筆頭ひっとう記載きさいされた。このため、戸籍こせき特定とくてい戸主こしゅ氏名しめい本籍ほんせきおこなわれることになる。

戸主こしゅけん戸主こしゅ義務ぎむ

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戸主こしゅは、いえ統率とうそつしゃとして家族かぞくたいする扶養ふよう義務ぎむう(ただし、配偶はいぐうしゃ直系ちょっけい卑属ひぞく直系ちょっけい尊属そんぞくによる扶養ふよう義務ぎむのほうが優先ゆうせん)ほか、おも以下いかのような権能けんのう戸主こしゅけん)をゆうしていた。

  • 家族かぞく婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみたいする同意どういけん改正かいせいぜん民法みんぽう750じょう
    • ただし、離籍りせき制裁せいさい覚悟かくごするなら、戸主こしゅ同意どうい婚姻こんいん縁組えんぐみ強行きょうこうすることは可能かのう改正かいせいぜん民法みんぽう776じょう但書ただしがき・849じょう2こう[10]
  • 家族かぞく入籍にゅうせきまたたいする同意どういけん(ただし、法律ほうりつじょう当然とうぜん入籍にゅうせき除籍じょせきしょうじる場合ばあいのぞく)(改正かいせいぜん民法みんぽう735じょう・737じょう・738じょう
  • 家族かぞく居所きょしょ指定していけん改正かいせいぜん民法みんぽう749じょう
  • いえせきから排除はいじょする権利けんり
    1. 家族かぞく入籍にゅうせき拒否きょひする権利けんり
      • 戸主こしゅ同意どういずに婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみしたもの復籍ふくせき拒絶きょぜつ改正かいせいぜん民法みんぽう741じょう2・735じょう
      • 家族かぞく私生児しせいじ庶子しょし入籍にゅうせき拒否きょひ改正かいせいぜん民法みんぽう735じょう
      • 親族しんぞく入籍にゅうせき拒否きょひ改正かいせいぜん民法みんぽう737じょう
      • 引取ひきと入籍にゅうせき拒否きょひ改正かいせいぜん民法みんぽう738じょう
    2. 家族かぞくいえから排除はいじょする(離籍りせき権利けんり(ただし未成年みせいねんしゃ推定すいてい家督かとく相続そうぞくじん離籍りせきできない)
      • 居所きょしょ指定していしたがわない家族かぞく離籍りせき改正かいせいぜん民法みんぽう749じょう
      • 戸主こしゅ同意どういずに婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみしたもの離籍りせき改正かいせいぜん民法みんぽう750じょう

明治めいじ23ねんきゅう民法みんぽう人事じんじへんにも類似るいじ規定きていがあり、その制度せいど趣旨しゅしは、家産かさん戸主こしゅ個人こじん所有しょゆうとした代償だいしょうとして戸主こしゅ家族かぞくいん扶養ふよう義務ぎむうため、家族かぞくいん勝手かって行方ゆくえをくらましたり婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみ扶養ふよう対象たいしょう無尽蔵むじんぞうやされるとこまるが、かといっていつまでも独身どくしんでいろというわけにもいかないから、独立どくりつしてかせげるもの戸主こしゅ沿わない婚姻こんいん縁組えんぐみ強行きょうこうしたいのであれば新家しんや創立そうりつにより戸主こしゅ扶養ふよう義務ぎむまぬかれるのが公平こうへいだというかんがえによったものと説明せつめいされている[11]

戸主こしゅ権利けんり義務ぎむすくなくとも起草きそうしゃ主観しゅかんにおいては、妥当だとう範囲はんい制限せいげんしようとする意図いとはたらいていた[12]

法律ほうりつは、依然いぜんとして、戸主こしゅといふものをみとめてゐるが、ただだ、其一家いっか代表だいひょうしゃとしてみとめてるほどのことで、けっして、生殺与奪せいさつよだつといふがき、強力きょうりょく権力けんりょくみとめてゐない。ゆえに、家族かぞくたいして、懲罰ちょうばつけんをもたぬのみか…戸主こしゅは、相続そうぞくによって、其家の財産ざいさんってゐるから、家族かぞく扶養ふようする義務ぎむまけはした。かうなってみれば、其財さんは、たとへ、戸主こしゅ名義めいぎでも、其実は、其一家いっか共有きょうゆうおなごとだ。…ようするに…戸主こしゅといふものは、殆んど、必要ひつようがないようになった。 …男女だんじょが、かたみに、そうそうはれて夫婦ふうふになりいといふても、戸主こしゅまたは、おやゆるさぬといふ場合ばあい…其戸ぬし監督かんとくはなれて離籍りせきすること出来できるやうにしてある[13] — うめ謙次郎けんじろうじゅう世紀せいき法律ほうりつ」『読売新聞よみうりしんぶん』1900ねん明治めいじ33ねん)1がつ5にち
戸主こしゅ絶対ぜったいにその家族かぞく行動こうどう束縛そくばくすることあたわずゆえ家族かぞくにして独立どくりつするのりょくあらば戸主こしゅ束縛そくばくけず自己じこいて行動こうどうすことをべし。ただ戸主こしゅ恩恵おんけいたよ生活せいかつさんとほっせば唯々いい諾々だくだくそのしたがうのそとなきなり。今日きょう時勢じせいいてはもっと適当てきとうなる程度ていどいて戸主こしゅけん保護ほごするものとうべきか[14] — うめ謙次郎けんじろう民法みんぽう要義ようぎ

おんな戸主こしゅ

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戸主こしゅ男性だんせいであることが原則げんそくであるが、女性じょせいであっても家督かとく相続そうぞく庶子しょし私生児しせいじなどによる一家いっか創立そうりつなど、おんな戸主こしゅもありた。しかしおとこ戸主こしゅくらべ、いくつかの差異さいがあった。

  • 隠居いんきょするには、年齢ねんれいその要件ようけんたしている必要ひつようがあるが、おんな戸主こしゅ場合ばあい年齢ねんれい要件ようけんたす必要ひつようがない(改正かいせいぜん民法みんぽう755じょう
  • 男性だんせいの)戸主こしゅ婚姻こんいんして他家たけはいるには、おんな戸主こしゅいえ婚姻こんいんはい場合ばあい婿養子むこようし縁組えんぐみ婚姻こんいんつまおやとの養子ようし縁組えんぐみ同時どうじおこなうこと)にかぎられたが、おんな戸主こしゅ婚姻こんいんするためであれば裁判所さいばんしょ許可きょか隠居いんきょ廃家はいかができた(改正かいせいぜん民法みんぽう754じょう
  • 婚姻こんいんによりおっとじょ戸主こしゅいえはいる(入夫にゅうふ婚姻こんいんさい当事とうじしゃ反対はんたい意思いし表示ひょうじかぎ入夫にゅうふ戸主こしゅとなった(改正かいせいぜん民法みんぽう736じょう)。ただし1914ねん大正たいしょう3ねん以降いこう戸籍こせきほうでは、入夫にゅうふ婚姻こんいんとどけしょ入夫にゅうふ戸主こしゅとなるむね記載きさいしなければ、おんな戸主こしゅ継続けいぞくするあつかいであった。

戸主こしゅ地位ちい承継しょうけい家督かとく相続そうぞく

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戸主こしゅ地位ちいは、戸主こしゅ財産ざいさんけんとともに家督かとく相続そうぞくという制度せいどにより承継しょうけいされる。相続そうぞくいち形態けいたいであるが、ぜん戸主こしゅからしん戸主こしゅすべての財産ざいさん権利けんりゆずわたされる単独たんどく相続そうぞくであるてん現在げんざい民法みんぽうおおきくことなる。ただし財産ざいさんかんしてえば遺言ゆいごんとうによる意思いし表示ひょうじがある場合ばあいにおいて相続そうぞくぶん指定していがあり遺言ゆいごん有効ゆうこうであるとみとめられれば、法律ほうりつじょう当然とうぜん」にそれは有効ゆうこうであった。戸主こしゅ地位ちい継承けいしょうについては法律ほうりつじょう推定すいてい相続そうぞくじんがいない場合ばあいかぎ遺言ゆいごん有効ゆうこうであるが、かり場合ばあいには取消とりけし請求せいきゅう対象たいしょうとされた。

家督かとく相続そうぞくつぎ場合ばあいおこなわれる。

  • 戸主こしゅ死亡しぼうしたとき
  • 戸主こしゅ隠居いんきょしたとき
  • 戸主こしゅ自身じしん婚姻こんいんべつ戸籍こせきったとき
  • おんな戸主こしゅ入夫にゅうふ婚姻こんいんおこなおっと戸主こしゅゆずるとき
  • 入夫にゅうふ婚姻こんいんにより戸主こしゅとなったおっと離婚りこんにより戸籍こせきるとき
  • 戸主こしゅ日本にっぽん国籍こくせきうしなったとき

家督かとく相続そうぞくじんしん戸主こしゅ)となるものは、きゅう戸主こしゅおなぞくするもの家族かぞく)のなかから、だいいち順位じゅんいとして直系ちょっけい卑属ひぞくのうち親等しんとう男女だんじょ嫡出ちゃくしゅつ庶子しょし長幼ちょうようじゅんめられた上位じょういもの(ただし、親等しんとうおな場合ばあい女子じょしといえども嫡出ちゃくしゅつおよ庶子しょし優先ゆうせんされた。)、相続そうぞくじんきゅう戸主こしゅ)により指定していされたものきゅう戸主こしゅ父母ちちはは親族しんぞくかいにより選定せんていされたものなどの順位じゅんいめることになっていた。なお、だいかさね相続そうぞく規定きていもあり、たとえばだいいち推定すいてい家督かとく相続そうぞくじんである長男ちょうなんまご生存せいぞんしたまま長男ちょうなん戸主こしゅ死亡しぼうまえくなっていた場合ばあいには、長男ちょうなんまごのなかから男女だんじょ嫡出ちゃくしゅつ庶子しょし長幼ちょうようじゅん家督かとく相続そうぞくがなされた。とく事情じじょう場合ばあい一般いっぱんてきには長男ちょうなん家督かとく相続そうぞくじんとして戸主こしゅ地位ちい承継しょうけいした。

親族しんぞくかい

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戸主こしゅ行為こうい能力のうりょくがなくかつ親権しんけんしゃ後見人こうけんにんがおらず戸主こしゅ代行だいこうようする場合ばあい親族しんぞくちゅう婚姻こんいんなどにおいて同意どういをなすべき父母ちちははがいない場合ばあいなどには、関係かんけいじんなどの請求せいきゅうによって、裁判所さいばんしょは、親族しんぞく縁故えんこしゃなかから3にん以上いじょう選任せんにんして、親族しんぞくかい招集しょうしゅうし、戸主こしゅけん代行だいこうさせることなどができた。

いえ設立せつりつ消滅しょうめつ

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あらたにいえ設立せつりつされる形態けいたいとして「分家ぶんけ」、「廃絶はいぜつ再興さいこう」、「一家いっか創立そうりつ」が、いえ消滅しょうめつする形態けいたいとして「廃家はいか」、「絶家ぜっけ」がある。

分家ぶんけ

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分家ぶんけとは、あるいえぞくする家族かぞくが、その意思いしもとづき、そのいえから分離ぶんりしてあらたにいえ設立せつりつすることをいう。このとき、元々もともとぞくしていたいえを「本家ほんけ」とんだ。本家ほんけ統率とうそつ観点かんてんから、分家ぶんけするためには戸主こしゅ同意どうい必要ひつようとされた。分家ぶんけするさいには分家ぶんけしゃつまおよび直系ちょっけい卑属ひぞくおよびそのつま分家ぶんけともあらたないえはいることができる。ただし夫婦ふうふどうせき原則げんそくがあるため、分家ぶんけしゃつまと、直系ちょっけい卑属ひぞくあらたないえはいるときのつまかならとも移動いどうすることになる。

なお、きゅう民法みんぽうとう法律ほうりつじょう用語ようごではいが、地域ちいきによって本家ほんけのことを母屋もや分家ぶんけのことを新宅しんたくなど独自どくじ呼称こしょうする場合ばあいがある。

一家いっか創立そうりつ

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一家いっか創立そうりつとは、家督かとく相続そうぞく分家ぶんけとはことなり、あらたに戸主こしゅになるもの意思いしとは無関係むかんけいに、法律ほうりつ規定きていにより当然とうぜんいえ設立せつりつされる場合ばあいをいう。

一家いっか創立そうりつつぎ場合ばあいしょうじる。

  • 子供こども父母ちちははともからないとき(改正かいせいぜん民法みんぽう733じょう3)
  • 嫡出ちゃくしゅつが、戸主こしゅ同意どういられずに、父母ちちははいえはいることができなかったとき(改正かいせいぜん民法みんぽう735じょう2)
  • 婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみをしたもの離婚りこん養子ようし離縁りえんをしたさいに、復籍ふくせきするはずのいえ廃家はいか絶家ぜっけによりくなっていたとき(改正かいせいぜん民法みんぽう740じょう
  • 戸主こしゅ同意どういずに婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみをしたもの離婚りこん養子ようし離縁りえんしたさいに、復籍ふくせきすべきいえ戸主こしゅ復籍ふくせき拒絶きょぜつをされたとき(改正かいせいぜん民法みんぽう741じょう・742じょう・750じょう
  • 家族かぞく離籍りせきされたとき(改正かいせいぜん民法みんぽう742じょう・749じょう・750じょう
  • 家族かぞくのこっている状態じょうたい絶家ぜっけし、はいるべきいえくなったとき(改正かいせいぜん民法みんぽう764じょう
  • 日本にっぽん国籍こくせきたないものが、あらたに国籍こくせき取得しゅとくしたとき(きゅう国籍こくせきほう5じょう5・24じょう・26じょう
  • 戸籍こせき父母ちちははあい日本にっぽんまれたとき(きゅう国籍こくせきほう4じょう
  • 戸主こしゅでないものが爵位しゃくいさづけられたとき(明治めいじ38ねん 戸主こしゅサルしゃ爵位しゃくいヲ授ケラレタル場合ばあいせきスル法律ほうりつ
  • 皇族こうぞく臣籍しんせき降下こうかしたとき(明治めいじ43ねん皇室こうしつれい2ごう

廃家はいか

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廃家はいかとは、戸主こしゅが、婚姻こんいん養子ようし縁組えんぐみなどの理由りゆうによりいえはいるために、もといえ消滅しょうめつさせることをいう(改正かいせいぜん民法みんぽう762じょう)。ただし、一家いっか創立そうりつによって戸主こしゅになったもの自由じゆう廃家はいかできたが、家督かとく相続そうぞくにより戸主こしゅになったもの廃家はいかする場合ばあい裁判所さいばんしょ許可きょか必要ひつようとした。

絶家ぜっけ

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絶家ぜっけとは、戸主こしゅ死亡しぼうしたことなどにより家督かとく相続そうぞく開始かいしされたにもかかわらず、家督かとく相続そうぞくじんとなるものがいないために、いえ消滅しょうめつすることをいう(改正かいせいぜん民法みんぽう764じょう)。廃家はいか戸主こしゅ意志いしもとおこなうのにたいし、絶家ぜっけ不可抗力ふかこうりょくによりしょうじる。

廃絶はいぜつ再興さいこう

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廃絶はいぜつ再興さいこうとは、廃家はいか絶家ぜっけしたいえを、縁故えんこしゃ戸主こしゅとなり再興さいこうすること。廃絶はいぜつ再興さいこうおも要件ようけんつぎとおりである。

  • 家族かぞく戸主こしゅ同意どうい廃絶はいぜつした本家ほんけ分家ぶんけ同家どうけその親族しんぞくいえ再興さいこうすることができる(改正かいせいぜん民法みんぽう743じょう
  • 法定ほうてい推定すいてい家督かとく相続そうぞくじん戸主こしゅつまおんな戸主こしゅ入夫にゅうふ廃絶はいぜつがその本家ほんけである場合ばあいかぎって再興さいこうすることができる(改正かいせいぜん民法みんぽう744じょう
  • あらたにいえてたものかんしては自由じゆう廃家はいかして、本家ほんけ分家ぶんけ同家どうけその親族しんぞくいえ再興さいこうすることができる(改正かいせいぜん民法みんぽう762じょう
  • 家督かとく相続そうぞくによって戸主こしゅとなったものは、廃絶はいぜつがその本家ほんけである場合ばあいかぎって、裁判所さいばんしょ許可きょか現在げんざいいえ廃家はいかしたうえ本家ほんけ再興さいこうすることができる(改正かいせいぜん民法みんぽう762じょう
  • 離婚りこんまたは離縁りえんによって実家じっか復籍ふくせきすべきもの実家じっか廃絶はいぜつによって復籍ふくせきすることができない場合ばあいには再興さいこうすることができる(改正かいせいぜん民法みんぽう740じょう
  • 廃絶はいぜつ再興さいこう市町村しちょうそんちょうとどることをようする(きゅう戸籍こせきほう164じょう

再興さいこうしたものはそのいえ戸主こしゅとなり廃絶はいぜつしょうするが、廃絶はいぜつまえ債権さいけん債務さいむなど各種かくしゅ権利けんり義務ぎむわけではないため、たんいえのこし、本家ほんけ分家ぶんけといった家系かけいのこ程度ていど効果こうかしか祭祀さいし相続そうぞくとしての意味合いみあいがつよかった。[ちゅう 1]

廃止はいしされた理由りゆうとう

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前述ぜんじゅつのように、物理ぶつりてき懲罰ちょうばつけんたず、離籍りせき覚悟かくごされれば婚姻こんいん縁組えんぐみ居所きょしょ移転いてん阻止そしできないという意味いみでは、戸主こしゅけん実効じっこうせい脆弱ぜいじゃくであった[15]

しかし、立法りっぽうしゃ楽観らっかんしてもうけた離籍りせきけん意外いがい弊害へいがいしょうじた。条文じょうぶんじょう行使こうし方法ほうほう制限せいげんかったため、扶養ふよう義務ぎむ免除めんじょなど不正ふせい利益りえきるためや、いやがらせ目的もくてきによる行使こうし相次あいついだのである。そこではやくから判例はんれい権利けんり濫用らんよう法理ほうり発達はったつさせ、恣意しいてき離籍りせき無効むこうにする努力どりょくこうじており、戸主こしゅけん必要ひつようとする社会しゃかいてき実態じったい欠如けつじょふるくから指摘してきされつづけてきた[16]

そこではやくも大正たいしょう時代じだいには法律ほうりつじょう家族かぞく制度せいど緩和かんわろん支配しはいてきとなり[17][18]離籍りせきけん行使こうし裁判所さいばんしょ許可きょかようするとの改正かいせい[19]昭和しょうわ16ねん成立せいりつ保守ほしゅからの反対はんたいろんとくなかった[20]

戦後せんごにはいえ制度せいど憲法けんぽう24じょうひとしはんするとして、「日本国にっぽんこく憲法けんぽう施行しこうともな民法みんぽう応急おうきゅうてき措置そちかんする法律ほうりつ」(昭和しょうわ22ねん法律ほうりつだい74ごう昭和しょうわ22ねん4がつ19にち施行しこう)により、日本国にっぽんこく憲法けんぽう施行しこう(1947ねん5月3にち)を以って廃止はいしされた。牧野まきの英一ひでかずらのつよ主張しゅちょうもあり「家族かぞく扶養ふよう義務ぎむ」などのかたち一部いちぶのこされたが(民法みんぽう877じょう)、戦後せんご改正かいせい民法みんぽう当時とうじ社会しゃかい事実じじつとしてのいえ制度せいどや、道徳どうとくじょう家庭かてい生活せいかつ否定ひてい積極せっきょくてき破壊はかいする趣旨しゅしたわけではなく、法律ほうりつじょういえ制度せいど廃止はいしすることで道徳どうとく人情にんじょう経済けいざいゆだねた趣旨しゅしあらわすものであり、同時どうじ施行しこうされた家事かじ審判しんぱんほう(2013ねん廃止はいし)のだい1じょうが「家庭かてい平和へいわ健全けんぜん親族しんぞく共同きょうどう生活せいかつ維持いじはかることを目的もくてきとする」としていたのとどう趣旨しゅしだとも説明せつめいされている[21]一方いっぽうで、法律ほうりつじょういえ制度せいど解体かいたいされた以上いじょう道徳どうとくじょうのそれも解体かいたいされるべきという主張しゅちょうも、おも進歩しんぽ自認じにんする論者ろんしゃによって有力ゆうりょくとなえられている[22]

現行げんこう民法みんぽうとの関係かんけい

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げん民法みんぽう夫婦ふうふ同氏どうし規定きていいえ制度せいど名残なごりとみて、選択せんたくてき夫婦ふうふべつせいせい導入どうにゅうすべきという主張しゅちょうがある[23][24]戸籍こせき制度せいどにも同様どうよう議論ぎろんがある[24]

いえ制度せいど復活ふっかつ賛成さんせいする著名ちょめいじん

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高市たかいち早苗さなえ - 1996ねん1がつ9にちづけ世界せかい日報にっぽうで、「わたし家長かちょう制度せいど復活ふっかつしてもいいとおもう」と発言はつげんした[25]

田母神たもかみ俊雄としお - X(きゅうツイッター)で、かえ制度せいど復活ふっかつびかけている[26][27][28][29]れいげると、「戦前せんぜんだい家族かぞく制度せいどもどしてはどうかとおもう」「いえ単位たんいとして課税かぜいするようにしてだい家族かぞくほうぜいやすくなるようにすれば大家たいか族制ぞくせい誘導ゆうどうできる。年寄としよりの一人暮ひとりぐらしをくすには家督かとく相続そうぞく制度せいど復活ふっかつすることがいい」「むかしいえ制度せいどがあれば、いまのような孤独こどく問題もんだい年金ねんきん問題もんだいもなくなるのではないかとおもいます」などと発言はつげんした[26][28][29]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ きゅう民法みんぽう効力こうりょくっていた戦前せんぜんおよび2021ねん現在げんざいでもかく家庭かてい地域ちいきによっては)「家系かけい祭祀さいし」をぐことが名誉めいよある責務せきむかんがえていたため、この規定きていさだめられていた。

出典しゅってん

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  1. ^ 中村なかむら清彦きよひこ我国わがくに家政かせい民法みんぽうさん)」『日本にっぽん法律ほうりつ』4かん8ごう博文ひろぶみかん、1892ねん
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参考さんこう文献ぶんけん

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  • 浅古あさごひろし伊藤いとう孝夫たかお植田うえだ信廣のぶひろ神保じんぼ文夫ふみお日本にっぽん法制ほうせいあおりん書院しょいん、2010ねん9がつ1にち 

関連かんれん項目こうもく

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