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形而上学けいじじょうがく (アリストテレス)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

形而上学けいじじょうがく』(けいじじょうがく、古希こき: Μεταφυσικά (τたうὰ μετὰ τたうὰ φυσικά) : Metaphysica, えい: Metaphysics)とは、古代こだいギリシア哲学てつがくしゃアリストテレスの「だいいち哲学てつがく」にかんする著作ちょさくぐんを、後世こうせい人間にんげん編纂へんさんしまとめた書物しょもつ後世こうせいにおいて形而上学けいじじょうがく基礎きそとなった。

だいいち哲学てつがく」と「形而上学けいじじょうがく[編集へんしゅう]

本書ほんしょないでも度々たびたびべられているように、アリストテレス自身じしん本書ほんしょあつかわれているような「しょ存在そんざい万物ばんぶつ)の根本こんぽんてき原因げんいん原理げんり」を考察こうさつ探求たんきゅうする学問がくもん領域りょういきのことを、「だいいち哲学てつがく」(まれ: ἡ πρώτη φιλοσοφίαとうんでいた。

しかしこうした呼称こしょう定着ていちゃく継承けいしょうされず、紀元前きげんぜん1世紀せいきにアリストテレスの遺稿いこうなかから主要しゅよう講義こうぎ研究けんきゅう文献ぶんけんして編纂へんさんし、今日きょうつたわる「アリストテレス全集ぜんしゅう」をまとめげた逍遙しょうよう学派がくはペリパトス)のだい11だいがくあたまであるロドスのアンドロニコスひとしは、アリストテレスの著作ちょさくを、

  1. 論理ろんりがく
  2. 自然しぜんがく
  3. (だいいち哲学てつがく)
  4. 倫理りんりがく
  5. 政治せいじがく
  6. 制作せいさくじゅつ弁論べんろんじゅつ詩学しがく

じゅん配置はいちし、「だいいち哲学てつがく関連かんれん著作ちょさくぐんは「自然しぜんがく関連かんれん著作ちょさくぐんまれ: τたうὰ φυσικὰ, タ・ピュシカ)ののち配置はいちして、「自然しぜんてきなものども(自然しぜんがく著作ちょさくぐん)ののち(meta)のものども」(まれ: τたうὰ μετὰ τたうὰ φυσικὰ , タ・メタ・タ・ピュシカ)とんだ[1]。(紀元前きげんぜん2世紀せいきまつ著作ちょさく目録もくろく記述きじゅつから、こうした配置はいち呼称こしょうは、もうすこさかのぼった紀元前きげんぜん2世紀せいきまつ以前いぜん段階だんかいすで成立せいりつしていたともかんがえられる[2]。)

これが後世こうせい(5-6世紀せいき以降いこう[3])に短縮たんしゅく(taが省略しょうりゃく)され、本書ほんしょおよびそこにはしはっする学問がくもん領域りょういきは「メタピュシカ」(: Metaphysica)とばれるようになり、今日きょうでは英語えいごわけで「メタフィジクス」(えい: Metaphysics)、かんやくで「形而上学けいじじょうがくとうやくされ、呼称こしょうされている。

ただし、アリストテレスの「だいいち哲学てつがく」が、(『パイドン』『パルメニデスとうにもべられているように、古代こだいギリシアの哲学てつがくしゃ愛知あいちしゃたちとくプラトン系譜けいふ学派がくは学徒がくとたちにとってなにより重要じゅうようだった)「しょ存在そんざい万物ばんぶつ)の根本こんぽんてき原因げんいん原理げんり」をめぐる、感覚かんかく感覚かんかく論理ろんり数学すうがく神学しんがくなどを横断おうだんする幅広はばひろ包括ほうかつてき考察こうさつであったのにたいし、近代きんだい以降いこうの「形而上学けいじじょうがく」は、(「哲学てつがく全般ぜんぱんおなじく)「(近代きんだい)自然しぜん科学かがく」の発展はってん台頭たいとうともなって、その考察こうさつ対象たいしょう考察こうさつ領域りょういきせばめられたり変質へんしつさせられたりしてき、認識にんしきろんなど一部いちぶせま領域りょういきまれた変質へんしつした内容ないようとなっているてん注意ちゅうい必要ひつようである。

構成こうせい[編集へんしゅう]

概要がいよう[編集へんしゅう]

以下いかぜん14かんからる。

  • だい1かんΑあるふぁ) - 序論じょろんよん原因げんいんについて) (ぜん10しょう
  • だい2かんαあるふぁ) - 心得こころえぜん3しょう
  • だい3かんΒべーた) - 哲学てつがくてき問題もんだいしゅうぜん6しょう
  • だい4かんΓがんま) - 第一義だいいちぎてき存在そんざいぜん8しょう
  • だい5かんΔでるた) - 哲学てつがく用語ようご辞典じてんぜん30しょう
  • だい6かんΕいぷしろん) - 存在そんざいぜん4しょう
  • だい7かんΖぜーた) - 実体じったいぜん17しょう
  • だい8かんΗいーた) - 質料しつりょうぜん6しょう
  • だい9かんΘしーた) - 可能かのうたいげん実態じったいぜん10しょう
  • だい10かんΙいおた) - いち」についてぜん10しょう
  • だい11かんΚかっぱ) - しょろん要約ようやくぜん12しょう
  • だい12かんΛらむだ) - 不動ふどうどうしゃぜん10しょう
  • だい13かんΜみゅー) - 感覚かんかくてき実体じったいぜん10しょう
  • だい14かんΝにゅー) - かずぜん6しょう

これらはそれぞれべつ時期じきかれた論文ろんぶん講義こうぎ草稿そうこう講義こうぎろくるい集成しゅうせいであり、全体ぜんたいとして内容ないようにまとまりがあるとはがた[4]

ただし、

  • だい1かんΑあるふぁ)- だい3かんΒべーた)- だい4かんΓがんま)- だい6かんΕいぷしろん
  • だい7かんΖぜーた)- だい8かんΗいーた)- だい9かんΘしーた
  • だい10かんΙいおた)- だい13かんΜみゅー)- だい14かんΝにゅー

の3ぐんは、それぞれ内容ないようてきにまとまりがみとめられ、紀元前きげんぜん2世紀せいきまつ著作ちょさく目録もくろく記述きじゅつから、元来がんらいこの書物しょもつはこの10かん構成こうせいでまとめられ、

  • だい2かんαあるふぁ)、だい5かんΔでるた)、だい11かんΚかっぱ)、だい12かんΛらむだ

の4かんは、べつ独立どくりつした著作ちょさくこうから補足ほそくてき追加ついか挿入そうにゅうされたものだとかんがえられる[5]

詳細しょうさい[編集へんしゅう]

だい1かん - 序論じょろんよん原因げんいんについて)[編集へんしゅう]

  • だい1かんΑあるふぁ) - 序論じょろんよん原因げんいんについて) (ぜん10しょう
    • だい1しょう - すべての人間にんげんは「る」をほっする。人間にんげん知能ちのう感覚かんかく記憶きおく経験けいけん技術ぎじゅつ知恵ちえすすむ。知恵ちえまたは哲学てつがくは、「だいいち原因げんいん原理げんり」を対象たいしょうとする「棟梁とうりょうてきがく」である。
    • だい2しょう - 一般いっぱんてき見解けんかいにおける知恵ちえしょ特徴とくちょう我々われわれもとめる「最高さいこう知恵ちえ」(かみてきがく)の本性ほんしょう目標もくひょう
    • だい3しょう - 我々われわれ主張しゅちょうするよん原因げんいん形相ぎょうそういん質料しつりょういん始動しどういん目的もくてきいん) --- 最初さいしょ哲学てつがくしゃたちはまず「質料しつりょういん」を、つぎに「始動しどういん」を、アナクサゴラスは「目的もくてきいん」にも気付きづいた。
    • だい4しょう - かれらの原因げんいん未熟みじゅく --- エンペドクレスふたつの相反あいはんする「始動しどういん」。かれの「よん元素げんそせつ」とデモクリトスの「原子げんしせつ」。
    • だい5しょう - ピュタゴラスエレア原因げんいんかんする見解けんかい --- ピュタゴラスでは「形相ぎょうそういん」(本質ほんしつ)があんもとめられていた。
    • だい6しょう - プラトン哲学てつがく起源きげん。プラトンが設定せっていした三種さんしゅ存在そんざい諸々もろもろの「イデア」「感覚かんかくてき事物じぶつ」「その中間ちゅうかん」)。この哲学てつがくでは「形相ぎょうそういん」と「質料しつりょういん」のしゅのみが原因げんいんとしてかんがえられた。
    • だい7しょう - よん原因げんいんたいするこれまでのしょ哲学てつがくしゃ態度たいど
    • だい8しょう - ソクラテス以前いぜんしょ哲学てつがくしゃ原因げんいん使つかかたたいする批判ひはん
    • だい9しょう - プラトンのイデアせつたいする23ヶ条かじょう批判ひはん
    • だい10しょう - 結論けつろん --- 以上いじょう考察こうさつは、もとめるべき原因げんいん種類しゅるいが、我々われわれ主張しゅちょうするとおよっつあり、それ以上いじょうでもそれ以下いかでもないことを確証かくしょうする。

だい2かん - 心得こころえ[編集へんしゅう]

  • だい2かんαあるふぁ) - 心得こころえぜん3しょう
    • だい1しょう - 「真理しんり研究けんきゅう」についての心得こころえ。「理論りろんてきがく」の目的もくてきは「真理しんり」。「原因げんいん」と「真理しんり」の認識にんしき
    • だい2しょう - 「原因げんいん結果けっか系列けいれつ」も「原因げんいん種類しゅるい」も無限むげんではない。「原因げんいん種類しゅるい」はよっつあり、「原因げんいん系列けいれつ」にも「結果けっか系列けいれつ」にもかぎりがある。
    • だい3しょう - 「研究けんきゅう方法ほうほう」についての心得こころえ。「研究けんきゅう対象たいしょう」がことなるにおうじて「研究けんきゅう方法ほうほう」もことなる。

だい3かん - 哲学てつがくてき問題もんだいしゅう[編集へんしゅう]

  • だい3かんΒべーた) - 哲学てつがくてき問題もんだいしゅうぜん6しょう
    • だい1しょう - 研究けんきゅうにあたっての「難問なんもん」の所在しょざい意義いぎあきらかにしておく必要ひつようがある --- 哲学てつがくしょ難問なんもんぜん14もん列挙れっきょ
    • だい2しょう
      • [だい1もん] 「ただひとつのがく」で「すべての種類しゅるい原因げんいん」が研究けんきゅうされるか。
      • [だい2もん] 「実体じったいについてのがく」が「論証ろんしょうしょ原理げんりしょ公理こうり)」をも研究けんきゅうするのか。もししないならいかなるがくがそれを研究けんきゅうするのか。
      • [だい3もん] 「ただひとつのがく」で「あらゆる種類しゅるい実体じったい」が研究けんきゅうされるか。
      • [だい5もん] 「実体じったいがく」が「その実体じったい属性ぞくせい」をも研究けんきゅうするのか。
      • [だい4もん] 「感覚かんかくてきでない実体じったい」があるか。あるとすればなん種類しゅるいあるか。
    • だい3しょう
      • [だい6もん] 「事物じぶつ原理げんり」とされるべきはその事物じぶつの「るい」なのか、「内在ないざいてき構成こうせい要素ようそ」なのか。
      • [だい7もん] 「るい」が「原理げんり」であるにしてもそれは「最高さいこうるい」であるか、「最低さいているい」であるか。
    • だい4しょう
      • [だい8もん] 存在そんざいするのは「個々ここ事物じぶつ」のみか、「べつのあるなにもの」かが存在そんざいするのか。
      • [だい9もん] 「しょ原理げんり」は「たね」においてひとつか、「かず」においてひとつか。
      • [だい10もん] 「消滅しょうめつてきなもの」と「不滅ふめつてきなもの」の「原理げんり」はおなじかか。
      • [だい11もん] 「存在そんざい」や「いち」は存在そんざいする事物じぶつの「実体じったい」か「属性ぞくせい」か。
    • だい5しょう
      • [だい14もん] 「数学すうがくしょ対象たいしょう」は「実体じったい」かか。
    • だい6しょう
      • ([あらたなだい15もん] なぜ「感覚かんかくてき事物じぶつ」や「数学すうがくてき対象たいしょう」のほかに、「諸々もろもろのイデア」が存在そんざいするとしなくてはならないのか。)
      • [だい13もん] 「原理げんり構成こうせい要素ようそ」が存在そんざいするのは「可能かのうてき」にか、「現実げんじつてき」にか。
      • [だい12もん] 「原理げんり」は「普遍ふへんてき」なものか、「個別こべつてき」なものか。

だい4かん - 第一義だいいちぎてき存在そんざい[編集へんしゅう]

  • だい4かんΓがんま) - 第一義だいいちぎてき存在そんざいぜん8しょう
    • だい1しょう - 「存在そんざいとしての存在そんざい」とその「自体じたいてき属性ぞくせい」を対象たいしょうとするがく必要ひつようせいしょ存在そんざいの「最高さいこう原因げんいん」をもとめる我々われわれがくだいいち哲学てつがく)は存在そんざい存在そんざいとして研究けんきゅうしその「だいいちしょ原理げんり」をもとめる。
    • だい2しょう - それゆえ我々われわれは「第一義だいいちぎてき存在そんざい」すなわち実体じったい研究けんきゅうし、その自体じたいてきしょ属性ぞくせいいち、そのそれから派生はせいする種々しゅじゅ対立たいりつてき根本こんぽん概念がいねん研究けんきゅうせねばならない。この「哲学てつがくしゃがく」は、「べんしょうじゅつ」とも「ソフィストじゅつ」ともことなる。
    • だい3しょう - また我々われわれがく実体じったい研究けんきゅうするほかに、論証ろんしょうしょ前提ぜんていしょ公理こうり、ことに矛盾むじゅんりつについてもかんがえねばならない。
    • だい4しょう - 矛盾むじゅんりつ論証ろんしょうもとめるべきではない。矛盾むじゅんりつ否定ひてい不可能ふかのうせい弁駁べんばくてき証明しょうめいされる。矛盾むじゅんりつ否定ひていしゃたいする7つの弁駁べんばく
    • だい5しょう - プロタゴラス感覚かんかくてき相対そうたい主義しゅぎたいする論難ろんなん
    • だい6しょう - 相対そうたい主義しゅぎたいする論難ろんなんつづき。
    • だい7しょう - 排中律はいちゅうりつとその擁護ようご
    • だい8しょう - すべての立言りつげんしんであるのでもなくにせであるのでもない。すべての事物じぶつ静止せいししているのでも運動うんどうしているのでもない。

だい5かん - 哲学てつがく用語ようご辞典じてん[編集へんしゅう]

だい6かん - 存在そんざい[編集へんしゅう]

  • だい6かんΕいぷしろん) - 存在そんざいぜん4しょう
    • だい1しょう - 我々われわれもとめるのは「存在そんざいとしてのしょ存在そんざい」の「原理げんり」や「原因げんいん」である。「理論りろん」と「実践じっせん」と「制作せいさく」。理論りろんがくさん部門ぶもん。「自然しぜんがく」や「数学すうがく」にたいして我々われわれ学問がくもんは「だいいち哲学てつがく」である。
    • だい2しょう - 存在そんざいよん --- 1.「付帯ふたいてき存在そんざい」、2.「しん」としての存在そんざい、3.「述語じゅつご形態けいたい」としての存在そんざい、4.「可能かのうてき存在そんざい」と「現実げんじつてき存在そんざい」 --- まず「付帯ふたいてき存在そんざい」について。この存在そんざいについては認識にんしきはありない。
    • だい3しょう - 「付帯ふたいてき存在そんざい」のありかたとその原因げんいん
    • だい4しょう - 「しん」と「にせ」。「しん」としての存在そんざいと「にせ」としての存在そんざい。この存在そんざい本来ほんらい意味いみでの存在そんざいではなく「だいいち哲学てつがく」の対象たいしょうから除外じょがいされてよい。

だい7かん - 実体じったい[編集へんしゅう]

  • だい7かんΖぜーた) - 実体じったいぜん17しょう
    • だい1しょう - 「述語じゅつごしょ形態けいたい」としてのしょ存在そんざいうち第一義だいいちぎてき存在そんざいするのは「実体じったい」である。存在そんざいについての我々われわれ研究けんきゅうなによりも「だいいち実体じったい」についての研究けんきゅうである。
    • だい2しょう - なにが「実体じったい」であるのかについての諸説しょせつ検討けんとうされるべきしょ問題もんだい
    • だい3しょう - 一般いっぱんに「実体じったい」とみとめられているのは「本質ほんしつ」「普遍ふへん」「るい」「基体きたい」のよっつである。 --- まず「基体きたい」について。実体じったいとしての「基体きたい」は「形相ぎょうそう」か「質料しつりょう」か両者りょうしゃの「結合けつごうたい」(具体ぐたいてき個物こぶつ)かのどれか。「質料しつりょう」「結合けつごうたい」が第一義だいいちぎてき実体じったいではありない理由りゆう。それゆえ我々われわれはまず感覚かんかくてき事物じぶつの「形相ぎょうそう」(本質ほんしつ)を研究けんきゅうしよう。
    • だい4しょう - 事物じぶつの「本質ほんしつ」についての言語げんご形式けいしきじょうおよび事実じじつじょう考察こうさつ。いかなる事物じぶつに「本質ほんしつ」はぞくするか。「本質ほんしつ」が定義ていぎされるのはなにものか。だいいちには「実体じったい」である。
    • だい5しょう - 「重複じゅうふくてきわれるもの」には「定義ていぎ」も「本質ほんしつ」もありない。
    • だい6しょう - 「事物じぶつ」とその「本質ほんしつ」とはおなじであるか。その「事物じぶつ」が「付帯ふたいてき存在そんざい」ではなく「自体じたいてき実体じったい」であれば両者りょうしゃおなじである。
    • だい7しょう - 「自然しぜんによる生成せいせい」「技術ぎじゅつによる生成せいせい」「自己じこ偶発ぐうはつてき生成せいせい」。これらの「生成せいせい」のしょ条件じょうけん
    • だい8しょう - 「形相ぎょうそう」は「生成せいせい消滅しょうめつ過程かてい」にあることなしに存在そんざいし、「質料しつりょう」において現実げんじつてき存在そんざいする。生成せいせいするのは「質料しつりょう」との「結合けつごうたい」(具体ぐたいてき個物こぶつ)であり、その生成せいせいの「始動しどういん」は「生成せいせいする個物こぶつ」と同種どうしゅの「個物こぶつ」に内在ないざいする「形相ぎょうそう」である。
    • だい9しょう - 「自己じこ偶発ぐうはつてき生成せいせい」がこる理由りゆう。「実体じったい」の生成せいせいから以外いがい生成せいせいしょ条件じょうけん
    • だい10しょう - 「事物じぶつ部分ぶぶん」とそれの「説明せつめい方式ほうしき部分ぶぶん」との関係かんけい。「部分ぶぶん」と「全体ぜんたい」との関係かんけい
    • だい11しょう - どのような部分ぶぶんが「形相ぎょうそう」の部分ぶぶんであり、どのような部分ぶぶんが「結合けつごうたい」の部分ぶぶんか。
    • だい12しょう - 定義ていぎふたつの要素ようそ(「るい」と「種差たねさし」)をふくむのにひとつであるのはなぜか。「るい」と「種差たねさし」のただしい結合けつごう必要ひつよう
    • だい13しょう - 「実体じったい」とみとめられているもの --- 「基体きたい」(質料しつりょう)と「本質ほんしつ」(形相ぎょうそう)とその「結合けつごうたい」(個物こぶつ)と「普遍ふへん」 --- のうち普遍ふへん」は「実体じったい」ではない。「普遍ふへん」は「実体じったい」の「述語じゅつご」であり「属性ぞくせい」である。
    • だい14しょう - イデアろんしゃは「各々おのおののイデア」をはなれて独立どくりつ存在そんざいする「実体じったい」であるとしながら、その各々おのおのを「るいなるイデア」と「種差たねさしなるイデア」とからるものとしているが、これは不可能ふかのうである。
    • だい15しょう - 「個別こべつてき」なものは、「感覚かんかくてき」なそれにせよ、「思惟しいてき」なそれにせよ、「定義ていぎ」も「論証ろんしょう」もされない。
    • だい16しょう - 「感覚かんかくてき事物じぶつ」もおおくの部分ぶぶんは「可能かのうてき存在そんざい」である。「いち」や「存在そんざい」は「事物じぶつ実体じったい」ではない。
    • だい17しょう - 「実体じったい」は一種いっしゅの「原理げんり原因げんいん」であるが、「しん実体じったい」は「質料しつりょう」を「一定いってい存在そんざい状態じょうたい」にあらしめるところの「原因げんいん」、すなわち「形相ぎょうそう」である。

だい8かん - 質料しつりょう[編集へんしゅう]

  • だい8かんΗいーた) - 質料しつりょうぜん6しょう
    • だい1しょう - ぜんまき要約ようやく一般いっぱん実体じったいみとめられている感覚かんかくてき事物じぶつは「質料しつりょう」と「形相ぎょうそう」(形式けいしき)とその「結合けつごうたい」にかれるが、そのなかで「質料しつりょう」は事物じぶつ転化てんか基体きたいとなる。
    • だい2しょう - 「質料しつりょう」としての実体じったい可能かのうてき存在そんざいである。現実げんじつてき存在そんざいとしての実体じったいなにか。「差別さべつしょう」(種差たねさし)、「形相ぎょうそう」(げん実態じったい)の諸相しょそう
    • だい3しょう - 事物じぶつ名前なまえは「質料しつりょう」と結合けつごうした「個体こたい」をしめすのか、あるいはその「形相ぎょうそう」(げん実態じったい)をか。個々ここ構成こうせい要素ようそほかにこれらを結合けつごうさせるなにものか(形相ぎょうそう)が存在そんざいする。定義ていぎについてのアンティステネスせつへの反駁はんばくかず類比るいひてき定義ていぎ仕方しかた
    • だい4しょう - 事物じぶつの「だいいちもっととお質料しつりょう」と「もっとちか直接ちょくせつ質料しつりょう」。しょ原因げんいんただしい追求ついきゅう仕方しかた限定げんていけるもの(属性ぞくせい基体きたい)は「質料しつりょう」ではなく「具体ぐたいてき個物こぶつ」である。
    • だい5しょう - 事物じぶつ転化てんかと「質料しつりょう」の関係かんけい
    • だい6しょう - 定義ていぎひとつであることの原因げんいんなにか。それは定義ていぎにおける「るい」は「種差たねさし」の可能かのうたいであり、「種差たねさし」は「るい」のげん実態じったいだから。

だい9かん - 可能かのうたいげん実態じったい[編集へんしゅう]

  • だい9かんΘしーた) - 可能かのうたいげん実態じったいぜん10しょう
    • だい1しょう - 「デュナミスにおける存在そんざい」(可能かのうてき存在そんざい)と「エネルゲイアにおける存在そんざい」(現実げんじつてき存在そんざい)について。まず本来ほんらい意味いみでの「デュナミス」すなわち「運動うんどう能力のうりょく」としてのそれ。能動のうどうてき能力のうりょく受動じゅどうてき能力のうりょく能力のうりょくかけじょたい
    • だい2しょう - 理性りせいてき能力のうりょく理性りせいてき能力のうりょく理性りせいてき能力のうりょく反対はんたいのものどもの両方りょうほう関係かんけいるが非理ひりせいてき能力のうりょく一方いっぽうてきである。
    • だい3しょう - 能力のうりょく可能かのうせい)を否定ひていするメガラ逆説ぎゃくせつたいする反論はんろんつぎあらたな意味いみでの「デュナミス」、すなわち現実げんじつ活動かつどうげん実態じったいとしての「エネルゲイア」にたいする可能かのうりょく可能かのうせい可能かのうたいとしての「デュナミス」について。
    • だい4しょう - 無能むのう不可能ふかのう有能ゆうのう可能かのうなどについて。
    • だい5しょう - 能力のうりょく可能かのうせい獲得かくとく方法ほうほうと、可能かのうせい可能かのうたい現実げんじつされるしょ条件じょうけんについて。
    • だい6しょう - 「エネルゲイア」にたいする「デュナミス」(可能かのうせい可能かのうたい)。「エネルゲイア」の。すなわち「運動うんどう現実げんじつ活動かつどう」としてのそれと「完了かんりょうてきげん実態じったい」(エンテレケイア)と同義どうぎてきなそれ。
    • だい7しょう - どのような場合ばあいに、あるものはのものの「可能かのうたい」であり「質料しつりょう」であるか。
    • だい8しょう - 「げん実態じったい」はその説明せつめい方式ほうしきにおいても、時間じかんてきにも、その本質ほんしつにおいても、「可能かのうたい」よりさきである。永遠えいえんてき必然ひつぜんてき実体じったいは「可能かのうたい」においてそんすることなく永遠えいえんてき運動うんどうにもたんなる「可能かのうせい」はそんしない。
    • だい9しょう - 「ぜんげん実態じったい」は「ぜん可能かのうたい」よりまさり、「あくげん実態じったい」は「あく可能かのうたい」よりおとる。幾何きかがくてき定理ていりは「現実げんじつ」によって発見はっけんされる。
    • だい10しょう - しんとしての存在そんざいふく合体がったいおよびふく合体がったいしんにせについて。

だい10かん - 「いち」について[編集へんしゅう]

  • だい10かんΙいおた) - いち」についてぜん10しょう
    • だい1しょう - 「いち」について。「いち」とわれるよっつの場合ばあい。「いち」はおも性質せいしつりょう尺度しゃくどである。諸種しょしゅ尺度しゃくど
    • だい2しょう - 「いち」はピュタゴラスプラトンくような「実体じったい」ではなく、自然しぜん哲学てつがくしゃたちがくような「基体きたい」でもない。「いち」が「普遍ふへん」であるということの論証ろんしょう。「いち」は「存在そんざい」と同様どうよう普遍ふへんてき述語じゅつごである。
    • だい3しょう - 「いち」と「」の対立たいりつについて。関連かんれんするしょ概念がいねん --- 「同一どういつせい」「類似るいじせい」「せい」「差別さべつせい」 --- の解明かいめい
    • だい4しょう - 「反対はんたいせい」は完全かんぜんに「差別さべつせい」である。「反対はんたいせい」と「かけじょたいおよび「矛盾むじゅんてき対立たいりつ」との関係かんけい
    • だい5しょう - 「だい」と「しょう」はどのような対立たいりつか。「いち」にたいする反対はんたいのものはひとつであるが、「ひとし」は同時どうじに「だい」と「しょう」と対立たいりつする。
    • だい6しょう - 「いち」と「」の対立たいりつ、「しょう」と「」の対立たいりつについて。
    • だい7しょう - 「反対はんたい」のものどものあいだにある「ちゅうあいだ」のものどもについて。それら相互そうご関係かんけい。「反対はんたい」のものどもとの関係かんけい。それらが「反対はんたい」のものどもからるということについて。
    • だい8しょう - 「たね」においてことなる(差別さべつされる)とはなにか。「たね」における差別さべつせいはその「るい」のうちでの差別さべつせいであり、「せい」である。
    • だい9しょう - どのような「反対はんたいせい」があるものには「たね」における差別さべつをもたらし、のものにはもたらさないのか。
    • だい10しょう - 「消滅しょうめつてき」なものと「永遠えいえんてき」(不滅ふめつてき)なものとは「るい」をことにしている。そこからイデアせつ排撃はいげきされる。

だい11かん - しょろん要約ようやく[編集へんしゅう]

  • だい11かんΚかっぱ) - しょろん要約ようやくぜん12しょう
    • だい1しょう - だい3かんだい2しょう-だい3しょう概要がいよう
    • だい2しょう - だい3かんだい4しょう-だい6しょう概要がいよう
    • だい3しょう - だい4かんだい1しょう-だい2しょう概要がいよう
    • だい4しょう - だい4かんだい3しょう概要がいよう
    • だい5しょう - だい4かんだい4しょう概要がいよう
    • だい6しょう - だい4かんだい5しょう-だい8しょう概要がいよう
    • だい7しょう - だい6かんだい1しょう概要がいよう
    • だい8しょう - だい6かんだい2しょう-だい4しょう概要がいよう。『自然しぜんがくだい2かんだい5しょう-だい6しょうからの抄録しょうろく --- 偶運について。
    • だい9しょう - 『自然しぜんがくだい3かんだい1しょう-だい3しょうからの抄録しょうろく。 --- 可能かのうたいげん実態じったい運動うんどうについて。
    • だい10しょう - 『自然しぜんがくだい3かんだい4しょう-だい5しょうだい7しょうからの抄録しょうろく。 --- 無限むげんについて (現実げんじつてき無限むげんなものは存在そんざいしないということについて)。
    • だい11しょう - 『自然しぜんがくだい5かんだい1しょうからの抄録しょうろく。 --- 転化てんかについて、運動うんどうについて、生成せいせい消滅しょうめつ運動うんどうではないことについて。
    • だい12しょう - 『自然しぜんがくだい5かんだい2しょう-だい3しょうからの抄録しょうろく。 --- 「性質せいしつ」における運動うんどう変化へんか)と「りょう」における運動うんどう増減ぞうげん)と「場所ばしょ」における運動うんどう移動いどう)について。実体じったいについての運動うんどうはないことについて。場所ばしょてき物理ぶつりてき関係かんけいあらわしょ概念がいねん定義ていぎ

だい12かん - 不動ふどうどうしゃ[編集へんしゅう]

  • だい12かんΛらむだ) - 不動ふどうどうしゃぜん10しょう
    • だい1しょう - 我々われわれ研究けんきゅう対象たいしょう実体じったいである。実体じったいすべてに優先ゆうせんする。実体じったい三種さんしゅ --- 「消滅しょうめつてき感覚かんかくてき実体じったい」「永遠えいえんてき感覚かんかくてき実体じったい」「永遠えいえんてき不動ふどう感覚かんかくてき実体じったい」。
    • だい2しょう - 転化てんかにはその原理げんりとして「形相ぎょうそう」とその「かけじょたい」のほかに「質料しつりょう」が必要ひつようである。
    • だい3しょう - 最後さいごの「質料しつりょう」や「形相ぎょうそう」には生成せいせい過程かていそんしない。各々おのおの実体じったいおな名前なまえのものから生成せいせいする。生成せいせいよんしゅ --- 「技術ぎじゅつ」「自然しぜん」「偶運」「自己じこ偶発ぐうはつ」。実体じったいさん --- 「質料しつりょう」「形相ぎょうそう」「結合けつごうぶつ」。事物じぶつの「始動しどういん」はその事物じぶつよりさき存在そんざいしうるがその「形相ぎょうそう」は同時どうじてき存在そんざいする。人間にんげんのような自然しぜんてき事物じぶつ以外いがいはいかなる事物じぶつの「形相ぎょうそう」もその事物じぶつよりさきには存在そんざいしない。
    • だい4しょう - 事物じぶつ構成こうせい要素ようそはその事物じぶつことなるにおうじて「かずてき個別こべつてき)にはことなるが、その「たね」においてはおなじである。それらはすべさんしゅ構成こうせい要素ようそ形相ぎょうそう」「かけじょたい」「質料しつりょう」をち、最近さいきんおよさいとお外的がいてき始動しどういんどうしゃ)をつ。
    • だい5しょう - 事物じぶつの「可能かのうたい」と「げん実態じったい」もすべての事物じぶつ共通きょうつう原理げんりであるが、その仕方しかた場合ばあいことなるにおうじてことなる。
    • だい6しょう - 「永遠えいえんてき不動ふどう感覚かんかくてき実体じったい」について、こうした不動ふどう実体じったい存在そんざいすべき。永遠えいえんてき運動うんどうのための「永遠えいえんてきどうしゃ」が存在そんざいすべきであり、このどうしゃはその本質ほんしつに「可能かのうたい」をふくまないまったくの「げん実態じったい」であらねばならない。
    • だい7しょう - 永遠えいえんてき運動うんどうこす「だいいち永遠えいえんてきどうしゃ」は、まったくの「げん実態じったい」であるから、みずからはまったくの「不変ふへん不動ふどう実体じったい」であり、あたかも思惟しい欲求よっきゅう対象たいしょう思惟しいしゃ欲求よっきゅうしゃうごかすように、みずからはうごかないですべてをうごかす。この「だいいち不動ふどうどうしゃ」に世界せかいすべては依存いぞんする。これは「ぜん」であり、「生命せいめい」であり、不断ふだんみずからを思惟しい観照かんしょうしている「純粋じゅんすい理性りせい」であり、「かみ」である。その観照かんしょう生活せいかつまったく「完全かんぜん」であり「こころよ」である。
    • だい8しょう - しょ天体てんたい運行うんこうつかさどおおくの天球てんきゅうしょ運動うんどうのためには、「だいいち天球てんきゅう」をうごかす「だいいち不動ふどうどうしゃ」(かみ)のほかに、それだけおおくの「不動ふどうどうしゃ」が存在そんざいすべきである。エウドクソスカリッポスしょ天球てんきゅう設定せっていアリストテレスみずからの設定せってい。そのかずは「55」または「47」であろう。「だいいち不動ふどうどうしゃ」はただひとつであり、世界せかいひとつである。
    • だい9しょう - 「かみ理性りせい」についての問題もんだい。その思惟しい対象たいしょうはそれみずからであらねばならない。「かみ思惟しい」は「思惟しい思惟しい」である。質料しつりょうてき物質ぶっしつてきなものにおいては思惟しい思惟しい対象たいしょうおなじものである。
    • だい10しょう - 「ぜん」は世界せかいしょ事物じぶつたいしてなにであるか。それは「すべてに内在ないざいする秩序ちつじょ原理げんり」であるとともに、「それらを超越ちょうえつする統一とういつてき支配しはい原理げんり」である。自然しぜん哲学てつがくしゃたちのしょ見解けんかい難点なんてん

だい13かん - 感覚かんかくてき実体じったい[編集へんしゅう]

  • だい13かんΜみゅー) - 感覚かんかくてき実体じったいぜん10しょう
    • だい1しょう - 「感覚かんかくてき実体じったい」のほかに「不動ふどう永遠えいえんてき感覚かんかくてき実体じったい」が存在そんざいするかかの研究けんきゅう。こうした実体じったいとして「数学すうがくてき対象たいしょう」と「イデア」がげられているから検討けんとうする。
    • だい2しょう - 1.「数学すうがくてき対象たいしょう」について。それらは感覚かんかくてき事物じぶつうちにある特定とくてい実体じったいではなく、感覚かんかくてき事物じぶつからはなれてそんする実体じったいでもない。
    • だい3しょう - それらはただ抽離されて思想しそうなかそんするのみであり、数学すうがくてきしょ学科がっか感覚かんかくてき事物じぶつをただすうおおきさとして考察こうさつする。ただし数学すうがくが「よし」の考察こうさつ無関係むかんけいであるという非難ひなん不当ふとうである。
    • だい4しょう - 2.「イデア」について。「イデア」が想定そうていされるにいたった理由りゆう。「イデア」せつ由来ゆらいソクラテスは「普遍ふへん」を感覚かんかくてき事物じぶつからはなれてそんするとはしなかった。「イデア」せつ批判ひはん --- 「イデア」の想定そうてい感覚かんかくてき事物じぶつ存在そんざい理由りゆう説明せつめいにはある意味いみでは「余計よけい」であり、ある意味いみでは「不足ふそく」である。
    • だい5しょう - 「イデア」せつ批判ひはん(つづき) --- 「イデア」の想定そうてい感覚かんかくてき事物じぶつの「転化てんか」を説明せつめいない。
    • だい6しょう - 3.「かず」を「感覚かんかくてき事物じぶつからはなれてそんする実体じったい」であるとし、「感覚かんかくてき事物じぶつ原因げんいん」だとするしょ見解けんかいについて。「数学すうがくてきすう」は比較ひかく可能かのうである。「イデア」と「数学すうがくてきすう」をげるプラトンせつと、「数学すうがくてきすう」のみげるスペウシッポスせつなどの検討けんとう
    • だい7しょう - プラトンかずろんとくに「エイドス」てきかずについて。 --- 各々おのおのかず単位たんい相互そうご比較ひかく可能かのうであるならば、「数学すうがくてきすう」のほかに「エイドスてきすう」はありない。
    • だい8しょう - スペウシッポスピュタゴラス実体じったいとしての「かずろんにも、プラトンと同様どうよう難点なんてんがある。 --- いかにして「かず」のしょ単位たんいが「不定ふてい」から生成せいせいようか。かず系列けいれつ無限むげん有限ゆうげんか。「いち」それ自体じたいがいかなる実体じったいでありようか。
    • だい9しょう - 数学すうがくてきしょ対象たいしょうとくに「てん」「せん」「めん」「立体りったい」など幾何きかがくてきしょ対象たいしょう生成せいせい原理げんりかんするしょ見解けんかい検討けんとう。「かず」を「いち」と「」から生成せいせいするとするせつや、「おおきさ」を「いち」と「」から生成せいせいするとするせつへの批判ひはん。「エイドスてきすう」にたいする批判ひはん総括そうかつふたたび「イデア」ろんについて --- 「イデア」論者ろんしゃは「イデア」を普遍ふへんてきなものと同時どうじ個別こべつてきなものともしている。
    • だい10しょう - 実体じったいをどのような意味いみで「はなれてそんするもの」とすべきか。しょ実体じったい原理げんりはどのような意味いみ普遍ふへんてきであり、どのような意味いみ個別こべつてきなのか。

だい14かん - かず[編集へんしゅう]

  • だい14かんΝにゅー) - かずぜん6しょう
    • だい1しょう - 原理げんりは「反対はんたいてき対立たいりつするもの」ではありない。プラトン学徒がくとアカデメイア)はその原理げんり反対はんたいてき対立たいりつするものであるとし、その一方いっぽうを「質料しつりょう」(不定ふてい)であるとした。このせつしょ形態けいたい。「いち」と「」についての解明かいめい
    • だい2しょう - 「永遠えいえんてき実体じったい」は構成こうせい要素ようそからるものではありない。パルメニデスが「存在そんざい唯一ゆいいつせい」をとなえたのにたいしてその事実じじつじょうの「多数たすうせい」を説明せつめいするのがプラトンの任務にんむだったが、「いち」と「不定ふてい」ではその説明せつめいはできなかった。「エイドスてきすう」も「数学すうがくてきすう」もはなれてそんする実体じったいではありない。
    • だい3しょう - 「かず」を実体じったいであるとするしょ見解けんかいふくまれる種々しゅじゅ難点なんてんについて。ピュタゴラス数学すうがくてきしょ対象たいしょう永遠えいえんてきなものであるとしながら、他方たほうでそれらを生成せいせいするものであるとしている。
    • だい4しょう - 事物じぶつ構成こうせい要素ようそまたは原理げんりと「ぜん」や「よし」の関係かんけいについて。原理げんりは「ぜん」であるだろうが、「ぜん」は実体じったいではなくて述語じゅつごではないか。もし「いち」と「不等ふとう」(大小だいしょう)が原理げんりであるなら、「いち」は「ぜん」で「不等ふとう」は「あく」か。しかし原理げんりは「ぜん」ではないか。「ぜん」は原理げんりか、原理げんり結果けっかか。
    • だい5しょう - それらは諸々もろもろの「かず」をいかにしてそれらの原理げんり構成こうせい要素ようそから生成せいせいさせるか。また「かず」がいかにして存在そんざいしょ事物じぶつ原理げんりでありるか。ようするに「かず」はいかなる「かず」にせよ事物じぶつの「始動しどういん」でもなく「質料しつりょう」でも「形相ぎょうそう」でもなく「目的もくてき」でもない。
    • だい6しょう -「かず」を事物じぶつ原理げんりとしてなにやくつか。ピュタゴラスの「かずろんについて。かれらのかんがえた「かず」と事物じぶつ事象じしょうとの関係かんけいは「類比るいひてき」「比喩ひゆてき」「空想くうそうてき」であってそこには因果いんが関係かんけい存在そんざいしない。結語けつご

内容ないよう[編集へんしゅう]

論点ろんてん[編集へんしゅう]

よっつの原因げんいん[編集へんしゅう]

純粋じゅんすい物事ものごと真理しんりろうとする学問がくもん一般いっぱんてき課題かだいとは、物事ものごと原因げんいん認識にんしきであり、だいいち哲学てつがくにおいても課題かだいだいいち原因げんいん究明きゅうめいであるとかんがえる。そこで原因げんいん質量しつりょういん形相ぎょうそういん目的もくてきいん始動しどういんよん種類しゅるい区分くぶんされる。このよっつの原因げんいんから物事ものごと存在そんざい変化へんか説明せつめいできないのでは、それは最高さいこう知恵ちえをしているとはえないとアリストテレスは主張しゅちょうする。またアリストテレスは最高さいこう知恵ちえ純粋じゅんすい高潔こうけつであり、神聖しんせいであるという特徴とくちょうべている。アリストテレスの見解けんかいによれば、タレスデモクリトスピタゴラスヘラクレイトス、プラトンなどの哲学てつがくしゃがみなよん種類しゅるい原因げんいんについて包括ほうかつてき説明せつめいこころみており、かつよん種類しゅるい原因げんいん以外いがい原因げんいんがあげられなかったことから、アリストテレスは自説じせつ立証りっしょうこころみる。

哲学てつがく課題かだい[編集へんしゅう]

アリストテレスは哲学てつがく問題もんだいしゅう作成さくせいしており、形而上学けいじじょうがく性質せいしつかんする問題もんだい形而上学けいじじょうがく対象たいしょうかんする問題もんだいがどのようなものであるかをべている。だいいち問題もんだいとは存在そんざい存在そんざいとして研究けんきゅうすることにより、その原理げんり探求たんきゅうすることが形而上学けいじじょうがくによって可能かのうであるのかという問題もんだいである。これはアリストテレスがべるだいいち哲学てつがく数学すうがく公理こうり論理ろんりがく矛盾むじゅんなどのほか学問がくもんにおける根本こんぽんてき前提ぜんてい規則きそくあつかうことが可能かのうであるかどうかという問題もんだいである。だい問題もんだいとはだいいち哲学てつがく想定そうていする存在そんざいを、個別こべつてき実体じったいとするのか、もしくは普遍ふへんてき実体じったいとするのかという問題もんだいである。ここでさだめられた問題もんだいについてアリストテレスはのち考察こうさつくわえている。くわえて本書ほんしょでは原理げんり要素ようそ実在じつざい必然ひつぜん実体じったい差異さい対立たいりつ状態じょうたいなどの形而上学けいじじょうがくにおいて重要じゅうようとされるしょ概念がいねんについて個別こべつ検討けんとうがなされている。ここは執筆しっぴつ段階だんかいでは本書ほんしょほか記事きじとはべつ作成さくせいされた形而上学けいじじょうがくにおける専門せんもん用語ようご辞典じてんてき内容ないようしるされている。

日本語にほんごやく[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 形而上学けいじじょうがく』(した) たかし, 岩波いわなみ文庫ぶんこ p.373, 384
  2. ^ 形而上学けいじじょうがく』(した) たかし, 岩波いわなみ文庫ぶんこ p.397
  3. ^ 形而上学けいじじょうがく』(した) たかし, 岩波いわなみ文庫ぶんこ p.409
  4. ^ 形而上学けいじじょうがく』(した) たかし, 岩波いわなみ文庫ぶんこ pp.385-386
  5. ^ 形而上学けいじじょうがく』(した) たかし, 岩波いわなみ文庫ぶんこ pp.387-408

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]