突然変異とつぜんへんい

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突然変異とつぜんへんい(とつぜんへんい、えい: Mutation)とは、生物せいぶつやウイルスがもつ遺伝いでん物質ぶっしつしつてき量的りょうてき変化へんか。および、その変化へんかによってしょうじる状態じょうたい

かくみどりたいにおいて、DNA、あるいはRNAうえ塩基えんき配列はいれつ物理ぶつりてき変化へんかしょうじることを遺伝子いでんし突然変異とつぜんへんいという。染色せんしょくたいかず構造こうぞう変化へんかしょうじることを染色せんしょくたい突然変異とつぜんへんいという。

細胞さいぼう個体こたいのレベルでは、突然変異とつぜんへんいにより表現ひょうげんがた変化へんかする場合ばあいがあるが、かならずしもつね表現ひょうげんがた変化へんかあらわれるわけではない。また、細胞さいぼう生物せいぶつ場合ばあい突然変異とつぜんへんい生殖せいしょく細胞さいぼう発生はっせいしなければ、次世代じせだいには遺伝いでんしない。

表現ひょうげんがた変異へんいしょうじた細胞さいぼうまたは個体こたい突然変異とつぜんへんいたいミュータントmutant)とばれ、変異へんいこす物理ぶつりてき化学かがくてき要因よういん変異へんいばらミュータゲン[注釈ちゅうしゃく 1])という。個体こたいレベルでは、発癌はつがん機能きのう不全ふぜんなどの原因げんいんとなる場合ばあいがある。しかし集団しゅうだんレベルでみれば、突然変異とつぜんへんいによってあたらしい機能きのうをもった個体こたいされるので、進化しんか原動力げんどうりょくともいえる。

英語えいごやドイツではそれぞれミューテーション[注釈ちゅうしゃく 2]ムタチオン[注釈ちゅうしゃく 3]、とび、このかたりは「変化へんか」を意味いみするラテン語らてんご由来ゆらいする。

遺伝子いでんし突然変異とつぜんへんい[編集へんしゅう]

遺伝子いでんし突然変異とつぜんへんいは、DNA複製ふくせいさいのミスや化学かがく物質ぶっしつによるDNAの損傷そんしょうおよび複製ふくせいミス・放射線ほうしゃせん照射しょうしゃによるDNAあるいは染色せんしょくたい損傷そんしょうトランスポゾン転移てんいによる遺伝子いでんし破壊はかいなどによってこされる。突然変異とつぜんへんいには、ひとつのヌクレオチドべつ塩基えんきわるてん変異へんいや、ひとつから複数ふくすうのヌクレオチドが挿入そうにゅうまたはかけしっするものもある。

てん変異へんいコドンの1番目ばんめコード変異へんいきる場合ばあいと2・3番目ばんめのコードにきる場合ばあいがある。前者ぜんしゃ後者こうしゃ変異へんいがコードの場所ばしょ関係かんけいなく一律いちりつきるならば、2・3番目ばんめのコードに変異へんいきて翻訳ほんやくしても対応たいおうするアミノ酸あみのさん変化へんかしないサイレント変異へんいが、1番目ばんめのコードの変異へんいよりおお子孫しそんがれていく。だい1コードに変異へんいがあり、アミノ酸あみのさん変化へんかしたタンパク質たんぱくしつ変異へんいまえ機能きのう保持ほじできないことがおおく、このような変異へんいたい生存せいぞん不利ふりになることがおおいとかんがえられる一方いっぽうで、このような変異へんい生存せいぞん有利ゆうりとなる場合ばあいもあり、そのような変異へんい進化しんか要因よういんとなりうる。

遺伝子いでんしをコードする領域りょういき以外いがいイントロン)の変異へんいや、遺伝子いでんしないでもアミノ酸あみのさん配列はいれつ転写てんしゃりょう変化へんかさせない場合ばあいはサイレント変異へんいとなる。

機能きのう影響えいきょうがあるてん変異へんいは、べつアミノ酸あみのさんにコドンが変化へんかする同義どうぎ変異へんいアミノ酸あみのさんのコドンが終止しゅうしコドンわるナンセンス変異へんい終止しゅうしコドンがアミノ酸あみのさんのコドンにわるごし変異へんいがある。みっつのヌクレオチドひとつのアミノ酸あみのさんをコードするため、挿入そうにゅうかけしっしたヌクレオチドが3の倍数ばいすうだとアミノ酸あみのさん挿入そうにゅうかけしつこり、そうでないときはコドンのわくがずれアミノ酸あみのさん配列はいれつおおきくわるフレームシフトなどがこる。

分類ぶんるい[編集へんしゅう]

中立ちゅうりつてき突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 4]
自然しぜん選択せんたく自然しぜん淘汰とうた)に有利ゆうりでも不利ふりでもなく、中立ちゅうりつてき突然変異とつぜんへんい( →「中立ちゅうりつ進化しんかせつ」「分子ぶんし時計とけい各項かくこう参照さんしょう)。
表現ひょうげん突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 5]
遺伝いでんてきレベルでは変異へんいきているが、表現ひょうげんがたではわからない変異へんい
復帰ふっき突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 6]
突然変異とつぜんへんい遺伝子いでんしふたた変異へんいこして、もと遺伝子いでんしもど変異へんい
サプレッサ突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 7]
抑圧よくあつ遺伝子いでんし変異へんいとも。tRNAのアンチコドンを変化へんかさせ終止しゅうしコドンを認識にんしきできるようになり、アミノ酸あみのさんくさり合成ごうせい終了しゅうりょうされなくなる変異へんい
適応てきおうてき突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 8]
ランダムに突然変異とつぜんへんいきるのではなく、まわりの環境かんきょう適応てきおうしてこすとかんがえられた突然変異とつぜんへんい現在げんざいでは否定ひていされている。

遺伝子いでんし突然変異とつぜんへんい[編集へんしゅう]

てん突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 9]
1個いっこヌクレオチド置換ちかんまたは欠損けっそんまたは挿入そうにゅう変異へんい
ミスセンス突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 10]
コドンない塩基えんき変化へんかまたは置換ちかんにより、本来ほんらいはいるべきものとはべつアミノ酸あみのさん合成ごうせいされたポリペプチドなかはいり、異常いじょうタンパク質たんぱくしつつくられる突然変異とつぜんへんい
ナンセンス突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 11]
アミノ酸あみのさんのコドンを終止しゅうしコドンにする変異へんい
フレームシフト突然変異とつぜんへんい[注釈ちゅうしゃく 12]
塩基えんき挿入そうにゅうかけしつによってオープンリーディングフレームがずれる突然変異とつぜんへんい

誘発ゆうはつ要因よういん[編集へんしゅう]

薬品やくひんによる刺激しげき[1]電離でんり放射線ほうしゃせんイオンビーム[2]などこうエネルギー粒子りゅうし[3]遺伝子いでんしきずつけることで誘発ゆうはつさそえおこり)される。また、植物しょくぶつでは栄養えいよう障害しょうがいによっても誘発ゆうはつされることが報告ほうこくされている[4]

染色せんしょくたい異常いじょう[編集へんしゅう]

染色せんしょくたい突然変異とつぜんへんい

染色せんしょくたい異常いじょうは、染色せんしょくたい構造こうぞう異常いじょうや、それにともな障害しょうがいこる変異へんいである。染色せんしょくたい異常いじょうによる突然変異とつぜんへんいには、染色せんしょくたい構造こうぞう変化へんか染色せんしょくたいすう変化へんかなどがある。

染色せんしょくたい構造こうぞう変化へんかによる突然変異とつぜんへんい[編集へんしゅう]

  • かけしつ - 染色せんしょくたい一部いちぶうしなわれる。
  • ぎゃく - 染色せんしょくたい一部いちぶ通常つうじょうぎゃくきになる。
  • 重複じゅうふく - 染色せんしょくたい一部いちぶ重複じゅうふくする。
  • てん - 染色せんしょくたい一部いちぶれて、べつ染色せんしょくたいつながる。

染色せんしょくたいすう変化へんかによる突然変異とつぜんへんい[編集へんしゅう]

影響えいきょう[編集へんしゅう]

からだ細胞さいぼう突然変異とつぜんへんい腫瘍しゅよう発症はっしょうにつながることがある。

生殖せいしょく細胞さいぼう突然変異とつぜんへんいこし、それが無事ぶじ発生はっせい成長せいちょうすれば、その個体こたいぜん細胞さいぼうのDNAが変異へんいした状態じょうたいとなり、部位ぶいによってはおやことなる遺伝いでん形質けいしつ発現はつげんすることがある。さらにそれが遺伝いでんし、いく世代せだいわたって変異へんい累積るいせきしていけば、ついにはべつたねへと変化へんかすることになり、これが進化しんかのプロセスのひとつとかんがえられている。

細菌さいきんウイルス突然変異とつぜんへんいによりワクチンかた変化へんか治療ちりょうやくへの抵抗ていこうりょく獲得かくとくすることがあり、治療ちりょう予防よぼう困難こんなんにしている。ただし細胞さいぼう個体こたい突然変異とつぜんへんいこしたとしても、細胞さいぼうなら分裂ぶんれつ能力のうりょく個体こたいなら繁殖はんしょく能力のうりょくたない場合ばあいおおく、変異へんいしたものがその個体こたいのみでわる場合ばあいすくなくない。また個体こたい場合ばあいは、繁殖はんしょく能力のうりょくっていたとしても、かならずしも変異へんいしたDNA部分ぶぶん遺伝いでんされるわけではないので、やはり変異へんい遺伝いでんされるとはかぎらない。

歴史れきし[編集へんしゅう]

突然変異とつぜんへんい発見はっけんし、命名めいめいしたのはオランダの生物せいぶつ学者がくしゃユーゴー・ド・フリースで、1901ねんのことだった。ここから進化しんか突然変異とつぜんへんいによってこるという突然変異とつぜんへんいせつ提唱ていしょうした。

突然変異とつぜんへんい人為じんいてき誘発ゆうはつできることを実験じっけんてき証明しょうめいしたのはハーマン・J・マラーである( →「人為じんい突然変異とつぜんへんいこう参照さんしょう)。マラーはショウジョウバエXせん照射しょうしゃし、次世代じせだい致死ちしりつはかることにより、理論りろんから推測すいそくした。以後いご生物せいぶつがく遺伝いでんがく)では人為じんいてき突然変異とつぜんへんい誘導ゆうどうする変異へんい導入どうにゅうにより突然変異とつぜんへんいたいて、その表現ひょうげんがた観察かんさつすることで、遺伝子いでんし機能きのう解析かいせきしてきた。

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ えい: mutagen
  2. ^ えい: mutation
  3. ^ どく: Mutation
  4. ^ えい: neutral mutation
  5. ^ silent mutation
  6. ^ えい: back mutation
  7. ^ えい: suppressor mutation
  8. ^ えい: adaptive mutation
  9. ^ えい: point mutation
  10. ^ えい: missense mutation
  11. ^ えい: nonsense mutation
  12. ^ えい: frameshift mutation

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ 河口かわぐちゆたか, 土井どい良宏よしひろ, 伴野とものゆたか, 藤井ふじいひろしたまご浸漬しんせきほうによるN-メチル-N-ニトロソウレアのカイコの発生はっせいおよぼす影響えいきょう突然変異とつぜんへんい誘発ゆうはつ」『日本にっぽん蚕糸さんしがく雑誌ざっしだい54かんだい3ごう日本にっぽん蚕糸さんし学会がっかい、1985ねん、213-221ぺーじdoi:10.11416/kontyushigen1930.54.213 
  2. ^ 田中たなかあつしイオンビームによる植物しょくぶつ突然変異とつぜんへんい誘発ゆうはつ」『RADIOISOTOPES』だい52かんだい4ごう日本にっぽんアイソトープ協会きょうかい、2003ねん、186-194ぺーじdoi:10.3769/radioisotopes.52.186ISSN 0033-8303NAID 130004127588 
  3. ^ 鈴木すずき雅雄まさお4. ライサイエンスへの利用りよう 4.3炭素たんそおよびネオンイオンビームによって誘発ゆうはつされた細胞さいぼう突然変異とつぜんへんい」『Radioisotopes』だい44かんだい11ごう日本にっぽんアイソト-プ協会きょうかい、1995ねん11月、818-823ぺーじdoi:10.3769/radioisotopes.44.11_818ISSN 00338303NAID 10003718968 
  4. ^ 野口のぐち弥吉やきち水稲すいとうにおけるりん欠乏けつぼうによる突然変異とつぜんへんいさそえおこり」『育種いくしゅがく雑誌ざっしだい8かんだい3ごう日本にっぽん育種いくしゅ学会がっかい、1958ねん、137-141ぺーじdoi:10.1270/jsbbs1951.8.137ISSN 0536-3683NAID 130003479486