財やサービスの1単位を購入するに際して,その対価として提供しなければならない貨幣量のこと。無限とも思える人間の欲求に対して,それを満足させるために必要な自然資源の大部分が有限である。資源をどのように配分してどの財・サービスを,どれだけ,どのような方法で生産し,その結果を構成員間にどのように分配するかという資源配分および生産物分配の問題は,いかなる人間社会もがなんらかの形で解決せねばならない基礎的な問題である。現在の欧米諸国や日本のようないわゆる資本主義社会の基本的特質は,この問題の解決を価格という制度を通じて行っている点にある。すなわち,需要と供給の働きを通じてすべての財・サービスの価格体系を確立し,その価格体系に応じて種々の財・サービスを生産し,構成員間に分配しているのである。この点を少し詳しくみておこう。
家計と企業
ここで対象とする社会の経済的意思決定主体は家計と企業に大別される。家計は,消費に関する意思決定の主体であると同時に,労働力,資本,土地という生産要素の所有者として,それら生産要素のサービス(以下では単に生産要素と略記)をどれだけ供給すべきかを決定する主体でもある。家計の経済行動は,その所有する生産要素を販売して貨幣収入を得,それを用いて種々の生産物(財とサービスの両方を含む)を購入し,消費活動にあてるという形をとる。この収入と支出の関係は予算制約と呼ばれるが,各家計は,この予算制約の枠内で,自分の満足を最も高めるような生産物の購入と生産要素の販売のパターンを選択するであろう。その際には,各生産物の価格および各生産要素の価格(つまり労賃,地代,利子)の高低が,購入,販売のパターンの選択に重要な影響をもつことになろう。生産物の価格とその購入量との関係は家計の生産物需要関数と呼ばれ,生産要素の価格とその販売量との関係は家計の生産要素供給関数と呼ばれる。
生産活動に関する意思決定の主体は企業である。企業は家計から生産要素を購入し,それを用いて生産した生産物を家計に販売して,その際の売上げと費用の差を利潤として獲得する。できるだけ多くの利潤を獲得するには,生産要素価格の高低に応じて諸生産要素の使用比率を選択し,また生産物価格の高低に応じて生産=販売量を調節しなければならない。生産物の価格とその販売量との関係が企業の生産物供給関数であり,生産要素の価格と購入量との関係が企業の生産要素需要関数である(生産要素のなかには,家計の所有する生産要素のほかに,企業間で売買される生産要素,つまり中間生産物があるが,ここでは,叙述の簡単化のため,これを無視する)。
均衡価格体系
次に,これらの家計と企業が生産物と生産要素を売買する市場をみることにする。個々の家計あるいは企業の需要(供給)関数を社会全体について合計したものは市場需要(供給)関数と呼ばれる。つまり,ある生産物(生産要素)の市場需要(供給)関数とは,種々の価格のもとで社会全体がその生産物(生産要素)をどれだけ購入(販売)しようとしているかを示す関数である。もしも,ある価格のもとで生産物(生産要素)の需要量が供給量より大きければ,そのことは,この生産物(生産要素)を買いたいにもかかわらず買えない経済主体があることを意味する。この経済主体は,価格を少しばかりつり上げてでもその生産物(生産要素)を買おうとし,したがってこの場合価格は上昇する傾向をもつだろう。そしてこの価格上昇は,通常,需要量を減らし,供給量をふやすことにより,需給のギャップを減少させよう。逆に供給量が需要量より大きい場合には価格は下落傾向を示し,この下落が今度は需要量をふやし,供給量を減らして需給間のギャップを減少させよう。したがって結局,価格は,需要量と供給量が均衡する水準に落ち着くとみられる。この価格が均衡価格と呼ばれ,すべての生産物および生産要素の均衡価格の体系が均衡価格体系と呼ばれる。
この均衡価格体系を通じて何が実現されているだろうか。まず,どの財・サービスをどれだけ生産するかの問題は,各企業が,この価格体系のもとで自己の利潤を最大にする生産量を選択するという形で,一つの解を与えられている。どのような方法で生産するかの問題は,均衡生産要素価格のもとで総生産費を最小にする生産要素の組合せを企業が選択するという形で,解を与えられている。総生産費の最小化は利潤の最大化の一つの条件だからである。また生産物を構成員間にどのように分配するかの問題は,各家計がその有する生産要素を均衡価格で売って手に入れる貨幣収入が,社会の総生産物のうちその家計に割り当てられる分け前を決めるという形で,解決されている。このようにして価格は,人間社会がその存続のための基礎的経済問題を解いていくための,一つの社会的制度なのである。
パレート最適
しかし均衡価格体系を通じて実現されているのは,これだけにとどまらない。各企業はその担当する生産過程において(費用最小化を追求するなかで)効率的な資源利用を実現し,また各家計は予算制約の枠内で最大の満足度をもたらす消費パターンを選択するのだが,これらの純粋に利己的な行動の結果,次のような社会的効率性も達成されていることが証明できる。すなわち各生産物は,他の生産物の生産量を減らしたり生産要素使用量をふやしたりせずに生産できる,最大の生産量を実現しているし,また各家計の満足度は,他の家計の満足度を引き下げることなしに達成可能な,最高の水準に達しているのである。この効率性はまたパレート最適とも呼ばれるが,これを実現する価格,市場の働きが,かつてアダム・スミスによって〈神の見えざる手〉と名づけられたものであって,歴史上の他の種々の経済制度にくらべ,価格という制度がもつ大きな利点の一つである。
価格制度の限界
価格制度の働きの説明を終わるにあたって,この制度の限界に簡単にふれておく。とくに重要なのは公共財と独占である。公共財は,ある経済主体によるその消費が,他の経済主体によるその同時的消費を排除しない財とサービスと定義され,国防,公園等が代表的な例である。各個別の経済主体の観点からみるなら,これらの財・サービスは,代価を払わずに便益だけを享受する可能性をつねに残すため,その生産量の調節を価格制度にゆだねた場合には,その生産量は社会的に望ましい水準に比して過少となる。独占とは,ある生産物の供給を単一の企業が担当している事態をいうが,この企業は,利潤増大を目ざして生産量を削減し価格の引上げをはかるため,独占下の生産物の生産量も,社会的に過少となる。
ところで,以上の資源配分,所得分配の問題は微視経済学(ミクロ経済学)あるいは厚生経済学の分野で扱われるが,そこでは,貨幣のないいわゆる実物経済が仮定されることが多い。この場合,価格は,貨幣財と呼ばれる財と一般の財・サービスとの交換比率であって,財・サービスの持手変換が現実には貨幣を媒介とした購入・販売として行われる点は無視される。
財・サービスが現実には貨幣を媒介としてしか交換されえないということからくる重要な問題の一つにインフレーションがある。これは,貨幣との交換比率という本来の意味での諸価格の平均,つまり物価水準の時間的変化の問題であり,逆にみれば貨幣の購買力の時間的変化の問題であって,巨視的経済学(マクロ経済学)で扱われる。
執筆者:堀 元