神経しんけい科学かがく

神経しんけい科学かがく（しんけいかがく、英語えいご: neuroscience）とは、神経しんけい系けいに関かんする研究けんきゅうを行おこなう自然しぜん科学かがくの一いち分野ぶんやである。研究けんきゅうの対象たいしょうとして、神経しんけい系けいの構造こうぞう、機能きのう、発達はったつ、遺伝いでん学がく、生化学せいかがく、生理学せいりがく、薬理やくり学がく、栄養えいよう学がくおよび病理びょうり学がくなどがある。この分野ぶんやは生物せいぶつ学がくの一いち部門ぶもんであるが、近年きんねんになって生物せいぶつ学がくのみならず心理しんり学がく、コンピュータ科学かがく、統計とうけい学がく、物理ぶつり学がく、医学いがくなど多様たような学問がくもん分野ぶんやからの注目ちゅうもくを集あつめるようになった。研究けんきゅう者しゃ数すうの増加ぞうかも目覚めざましい。神経しんけい科学かがく者しゃの用もちいる研究けんきゅう手法しゅほうは近年きんねん大幅おおはばに増加ぞうかしており、単一たんいつの神経しんけい細胞さいぼうやそれらを構成こうせいする物質ぶっしつの組成そせい・動態どうたいを調しらべるものから、思考しこう中ちゅうの脳のう内ないの活動かつどうを可視かし化かする技術ぎじゅつまで多岐たきに渡わたる。

ラモン・イ・カハールによるニワトリ小脳しょうのうの神経しんけい細胞さいぼうのスケッチ

神経しんけい科学かがくは脳のうと心しんの研究けんきゅうの最先端さいせんたんに位置いちする。神経しんけい系けいの研究けんきゅうは、人間にんげんがどのように外界がいかいを知覚ちかくし、またそれと相互そうご作用さようするのかを理解りかいするための基盤きばんとなりつつある。

ニューヨーク大学だいがくの心理しんり学がく教授きょうじゅゲイリー・マルクス氏しは「神経しんけい科学かがくという学問がくもんには様々さまざまな方法ほうほう論ろん的てき課題かだいが残のこっている」、「新聞しんぶんで一いち面めんに大おおきく記載きさいされる様ような研究けんきゅうはほとんど出鱈目でたらめであり、一流いちりゅうの神経しんけい科学かがく者しゃたちの研究けんきゅうは世間せけんの注目ちゅうもくを集あつめることはあまりない」と注意ちゅういした。

概要がいよう

神経しんけい細胞さいぼうのイラスト。dendrite:樹き状じょう突起とっき、soma(cell body):細胞さいぼう体たい、axon:軸じく索さく、Schwann cell:髄ずい鞘さやの実体じったいである細胞さいぼう、Node of Ranvier:ランヴィエの絞しぼ輪わ

成人せいじん男性だんせいの脳のうをMRIによって可視かし化かしたもの

神経しんけい系けいは神経しんけい細胞さいぼうのネットワークとそれをサポートする細胞さいぼう群ぐん（グリア細胞さいぼうなど）から成なる。神経しんけい細胞さいぼうはその集合しゅうごうとして機能きのう的てきな回路かいろを形成けいせいしており、個々ここの回路かいろは個体こたいの行動こうどうやふるまいに必要ひつような特定とくていの機能きのうを担になうと考かんがえられている。このため、神経しんけい科学かがくは様々さまざまな異ことなるレベルでの研究けんきゅうが可能かのうであり、分子ぶんしレベルから細胞さいぼう、システム、また認知にんち機能きのうのレベルまで多様たような研究けんきゅうが行おこなわれている。（グリアも信号しんごう伝達でんたつをすることがわかってきており、したがって神経しんけい細胞さいぼうのみを重視じゅうしするい方いかたである「神経しんけい科学かがく」(neuroscience)という呼よび名なはあまり正確せいかくではなかったという意見いけんもある）。

分子ぶんしレベルにおける神経しんけい科学かがくの研究けんきゅう対象たいしょうには、個々ここの細胞さいぼうがどのように分子ぶんしシグナルを発現はつげんしまた反応はんのうするか、あるいはどのような分子ぶんしシグナルによって軸じく索さくがその複雑ふくざつな接続せつぞくパターンを形成けいせいするか、などがある。このレベルでは、分子生物学ぶんしせいぶつがくや遺伝いでん学がくに由来ゆらいする研究けんきゅう手法しゅほうが応用おうようされ、神経しんけい細胞さいぼうがどのように発達はったつし死しんでいくか、遺伝子いでんしの発現はつげんがどのように細胞さいぼうの生物せいぶつ的てきな機能きのうに影響えいきょうするのかが調しらべられている。

細胞さいぼうレベルにおいては、その基本きほん的てきな研究けんきゅう対象たいしょうとして神経しんけい細胞さいぼうが生理学せいりがく的てきまた電気でんき化学かがく的てきにどのように信号しんごう処理しょりを行おこなっているのか、そのメカニズムを探さぐることが挙あげられる。細胞さいぼう内ないの樹き状じょう突起とっきや細胞さいぼう体たい、軸じく索さくにおける信号しんごう処理しょりや、また神経しんけい伝達でんたつ物質ぶっしつや電気でんき的てきなチャネルを通つうじて他たの細胞さいぼうから伝つたわった信号しんごうが細胞さいぼう内ないでどのように処理しょりされるのかについての研究けんきゅうが行おこなわれている。

システムレベルにおいての研究けんきゅう（システム神経しんけい科学かがく）では、神経しんけい回路かいろが解剖かいぼう学がく的てきまた生理学せいりがく的てきにどうやって形成けいせいされるか、またそれらがどのように働はたらくことで反射はんしゃや知覚ちかく、感覚かんかく系けいの統合とうごう、運動うんどう制御せいぎょ、学習がくしゅうや記憶きおくなどの生理学せいりがく的てきな機能きのうが実現じつげんされているのかが研究けんきゅうの対象たいしょうとなっている。別べつのい方いかたをすれば、システム神経しんけい科学かがく者しゃは動物どうぶつのふるまい・行動こうどうを生うみ出だす神経しんけい基盤きばん、またそのメカニズムを探さぐろうとしている。たとえば、システムレベルの研究けんきゅうではそれぞれ個々ここの知覚ちかくや運動うんどう様式ようしき、あるいはそれらに共通きょうつうするメカニズムを研究けんきゅう対象たいしょうとする：視覚しかくはどのように働はたらいているのか？　鳥とりはどうやって新あたらしい歌うたを覚おぼえるのか？　コウモリは超ちょう音波おんぱを用もちいてどのように自分じぶんの位置いちを知しることが出来できるのか？　神経しんけい系けいはどうやって情報じょうほうをコードしているのか？

認知にんちレベルにおいての研究けんきゅう（認知にんち神経しんけい科学かがく）では、神経しんけい回路かいろがどのように心理しんり・認知にんち機能きのうを生うみ出だすのかが研究けんきゅうの対象たいしょうとなっている。近年きんねん、ニューロイメージング（例れい：fMRI、ポジトロン断層だんそう法ほう (PET)、単一たんいつ光子こうし放射ほうしゃ断層だんそう撮影さつえい (SPECT)、近赤外線きんせきがいせん分光ぶんこう法ほう (NIRS) ）や電気でんき生理学せいりがく、経けい頭蓋とうがい磁気じき刺激しげき法ほう (TMS)、ヒトの遺伝子いでんし解析かいせきなどの強力きょうりょくな研究けんきゅう手段しゅだんが発達はったつしてきたことにより、神経しんけい科学かがく者しゃ（特とくにこのレベルの科学かがく者しゃを認知にんち脳のう科学かがく者しゃとも言いう）はヒトの認知にんちや感情かんじょうなどのより抽象ちゅうしょう的てきな機能きのうがどのような神経しんけい回路かいろによって担になわれているかということについて研究けんきゅうを行おこなうことが出来できるようになった。従来じゅうらいは科学かがく的てきに還元かんげん不可能ふかのうと考かんがえる研究けんきゅう者しゃさえいた多おおくの複雑ふくざつな精神せいしん的てきなプロセスが神経しんけい活動かつどうと強固きょうこに結むすびついていることが解明かいめいされつつある。

最近さいきんの傾向けいこうとして、神経しんけい科学かがくは社会しゃかい科学かがくの諸しょ分野ぶんやとも関連かんれんを持もちはじめ、新あらたな学際がくさい分野ぶんやとして神経しんけい経済けいざい学がく、決定けってい理論りろん、社会しゃかい神経しんけい科学かがくなどが発展はってんしつつある。これらの分野ぶんやは、脳のうと社会しゃかい環境かんきょうの相互そうご作用さようなどのより複雑ふくざつな問題もんだいを扱あつかう。

神経しんけい学がく (Neurology)(神経しんけい病理びょうり学がく、神経しんけい内ない科学かがくとも) や精神せいしん医学いがく (Psychiatry) は医学いがく上じょうの専門せんもん分野ぶんやであり、学究がっきゅう的てきな研究けんきゅうの世界せかいでは、特とくに疾病しっぺいを対象たいしょうとした神経しんけい科学かがくの一いち分野ぶんやとみなされている。これらの単語たんごはまた臨床りんしょう医学いがく上うえの分類ぶんるいでもある。神経しんけい学がくは脳のう梗塞こうそくや筋すじ萎縮いしゅく性せい側がわ索さく硬化こうか症しょう (ALS) などの中枢ちゅうすう及および末梢まっしょう神経しんけい系けいにおける疾病しっぺいを扱あつかうのに対たいし、精神せいしん医学いがくは主おもに精神せいしん障害しょうがいを対象たいしょうとする。両者りょうしゃの境界きょうかいは近年きんねんぼやけてきており、どちらを専門せんもんとする医師いしも通常つうじょうは両方りょうほうの訓練くんれんを受うける。神経しんけい学がくも精神せいしん医学いがくも神経しんけい科学かがくの基礎きそ研究けんきゅうに深ふかく関与かんよし、また影響えいきょうを受うけている。

神経しんけい科学かがくの主おもな研究けんきゅう分野ぶんや

現在げんざいの神経しんけい科学かがく研究けんきゅうは非常ひじょうに大雑把おおざっぱにまとめると以下いかのように分類ぶんるいすることが出来できる。この分類ぶんるいは、実験じっけん対象たいしょうとそのスケール、また研究けんきゅう手法しゅほうを元もとにしたものである。個々ここの神経しんけい科学かがく者しゃは、しばしばこれらのうちの複数ふくすうの領域りょういきをまたいで研究けんきゅうを行おこなっている。

領域りょういき	主おもな研究けんきゅう対象たいしょうと考かんがえ方かた	実験じっけん的てき・理論りろん的てき研究けんきゅう手法しゅほう
分子ぶんし及および細胞さいぼう神経しんけい科学かがく	イオンチャネル、シナプス、活動かつどう電位でんい、神経しんけい伝達でんたつ物質ぶっしつ、神経しんけい生物せいぶつ学がく、長期ちょうき増強ぞうきょう、長期ちょうき抑圧よくあつ	PCR、免疫めんえき組織そしき化学かがく、パッチクランプ法ほう、分子ぶんしクローニング、遺伝子いでんしノックアウト、生化学せいかがくアッセイ、連鎖れんさ解析かいせき、カルシウムイメージング、2光子こうし顕微鏡けんびきょう、高速こうそく液体えきたいクロマトグラフィー (HPLC)、狂犬病きょうけんびょうウイルス
システム神経しんけい科学かがく	感覚かんかく（視覚しかく、聴覚ちょうかく、嗅覚きゅうかく、味覚みかく、体からだ性せい感覚かんかく）、パターン認識にんしき、感覚かんかく統合とうごう、神経しんけいコーディング、痛いたみ、自発じはつおよび誘発ゆうはつ電位でんい、色覚しきかく、運動うんどう系けい、睡眠すいみん、覚醒かくせい、恒常こうじょう性せい、運動うんどう学習がくしゅう、注意ちゅうい	単一たんいつ細胞さいぼう電位でんい記録きろく、内因ないいん性せい信号しんごうイメージング、微小びしょう刺激しげき法ほう、電位でんい感受性かんじゅせい色素しきそ、fMRI、パッチクランプ、ゲノミクス、覚醒かくせい動物どうぶつの訓練くんれん、局所きょくしょ（場ば）電位でんい、ROC、皮質ひしつコーディング、カルシウムイメージング、2光子こうし顕微鏡けんびきょう
認知にんち神経しんけい科学かがく	注意ちゅうい、行動こうどう遺伝いでん学がく、意思いし決定けってい、感情かんじょう、言語げんご、神経しんけい言語げんご学がく、記憶きおく、動機付どうきずけ、認知にんち、神経しんけい心理しんり学がく、性的せいてき行動こうどう、社会しゃかい神経しんけい科学かがく、意識いしきに相関そうかんした脳のう活動かつどう	計量けいりょう心理しんり学がく、脳波のうは (EEG)、脳のう磁図 (MEG)、fMRI、ポジトロン断層だんそう法ほう (PET)、拡散かくさんテンソル画像がぞう(DTI)、SPECT、単一たんいつ細胞さいぼう電位でんい記録きろく、経けい頭蓋とうがい磁気じき刺激しげき法ほう (TMS)
発達はったつ神経しんけい科学かがく	軸じく索さく誘導ゆうどう、神経しんけい堤つつみ、成長せいちょう因子いんし、成長せいちょう錐きり、神経しんけい筋すじ接合せつごう、細胞さいぼう増殖ぞうしょく、細胞さいぼう分化ぶんか、アポトーシス、シナプス形成けいせい、運動うんどう分化ぶんか、傷害しょうがいと回復かいふく	アフリカツメガエル、たんぱく質しつ化学かがく、ゲノミクス、ショウジョウバエ、Hox遺伝子いでんし
行動こうどう神経しんけい科学かがく	生理せいり心理しんり学がく、精神せいしん物理ぶつり学がく、概がい日び周期しゅうき、神経しんけい内分泌ないぶんぴつ学がく、薬くすり／アルコールの作用さよう	動物どうぶつモデル、In situ ハイブリダイゼーション、fMRI、免疫めんえき組織そしき染色せんしょく、機能きのう的てきゲノミクス、PET、EEG、MEG
計算けいさんおよび理論りろん神経しんけい科学かがく	ホジキン・ハクスレー方程式ほうていしき、ケーブル理論りろん、ニューラルネットワーク(ヘブ学習がくしゅう)、パターン認識にんしき、自己じこ組織そしき化か	マルコフ連鎖れんさモンテカルロ法ほう、統計とうけい学がく、NEURONシミュレータ(Genesisシミュレータ)
疾病しっぺいと加か齢よわいの神経しんけい科学かがく	末梢まっしょう神経しんけい障害しょうがい、脊椎せきつい損傷そんしょう、自律じりつ神経しんけい系けい、統合とうごう失調しっちょう症しょう、鬱うつ、不安ふあん、アルツハイマー病びょう、パーキンソン病びょう、依存いぞん症しょう、記憶きおく傷害しょうがい、自閉症じへいしょう	臨床りんしょう実験じっけん、神経しんけい薬理やくり学がく、脳のう深部しんぶ刺激しげき、脳神経のうしんけい外科げか
神経しんけい工学こうがく	脳のう・コンピュータインターフェース (BCI)、ニューロプロスセティックス
栄養えいよう神経しんけい科学かがく	en:Nutritional neuroscience

関連かんれん項目こうもく

• 脳のう - 大脳皮質だいのうひしつ - 神経しんけい細胞さいぼう
• 脳神経のうしんけい倫理りんり

外部がいぶリンク

• Neuroscience （英語えいご） - スカラーペディア百科ひゃっか事典じてん「神経しんけい科学かがく」の項目こうもく。
• 日本にっぽん神経しんけい科学かがく学会がっかい
• 北米ほくべい神経しんけい科学かがく学会がっかい（北米ほくべい神経しんけい科学かがく学会がっかいHP）
• 日本にっぽん脳のう科学かがく関連かんれん学会がっかい連合れんごう
• 日本にっぽんの脳のう研究けんきゅう