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マクドネル・ダグラス MD-11 - Wikipedia

マクドネル・ダグラス MD-11

マクドネル・ダグラスしゃ開発かいはつした3はつワイドボディ旅客機りょかくき貨物かもつ
MD-11から転送てんそう

マクドネル・ダグラス MD-11
McDonnell Douglas MD-11

KLMオランダ航空のMD-11 (同社は最後までMD-11の旅客型を運航した)

KLMオランダ航空こうくうのMD-11
(同社どうしゃ最後さいごまでMD-11の旅客りょかくがた運航うんこうした)

マクドネル・ダグラス MD-11McDonnell Douglas/Boeing MD-11、エムディー・イレブン)は、マクドネル・ダグラスげんボーイングしゃせいさんはつしき大型おおがたジェット旅客機りょかくきマクドネル・ダグラス DC-10改良かいりょうがたで、のちにボーイングしゃ買収ばいしゅうされることになるマクドネル・ダグラスしゃ最後さいご製造せいぞうした大型おおがた旅客機りょかくきでもあった。ほん以降いこう、2023ねん現在げんざいいたるまでさんはつエンジンしき大型おおがたジェット旅客機りょかくき開発かいはつされておらず、「最後さいごさんはつ」ともばれる[注釈ちゅうしゃく 1]

MD-11が着陸ちゃくりく離陸りりくする様子ようす

たんに「市場いちば」と表記ひょうきした場合ばあい旅客機りょかくき販売はんばい市場いちばを、たんに「マイル」としるした場合ばあいノーティカルマイル(うみさとをあらわすものとする。

概要がいよう

編集へんしゅう
 
MD-11(ひだり)とDC-10(みぎ

1970年代ねんだい就航しゅうこうしたDC-10改良かいりょうくわえて近代きんだいした機体きたいである。ボーイング747では需要じゅようたいしておおきすぎる路線ろせんにDC-10が投入とうにゅうされたように、ボーイング747-400ではおおきすぎるなか長距離ちょうきょり路線ろせん投入とうにゅうされることを見込みこんで開発かいはつされた。

開発かいはつは1986ねんより開始かいしされた。1990ねん1がつ10日とおかはつ飛行ひこう1991ねんから運用うんよう開始かいし旅客りょかくがたのほか、貨物かもつ専用せんようがた、貨客混載こんさいのコンビがたなども生産せいさんされた。

改良かいりょうてんとしては、胴体どうたい延長えんちょう (5.66 m) ・主翼しゅよくはしへのウィングレット装着そうちゃく・コクピットない改良かいりょうグラスコックピット)などがなされた。エンジンはDC-10とおなじく、主翼しゅよくに2垂直すいちょく尾翼びよく基部きぶに1けい3搭載とうさいしている。重心じゅうしん位置いち変更へんこうにより、DC-10とくらべて水平すいへい尾翼びよくが7わり程度ていどおおきさに小型こがたされているのも特徴とくちょうである。

この機体きたい以降いこう、3はつエンジンワイドボディ旅客機りょかくき開発かいはつされておらず実質じっしつじょう最後さいごの3はつエンジン大型おおがた旅客機りょかくき」となっている。また定期ていき旅客りょかく運航うんこう使用しようされたなか唯一ゆいいつ航空こうくう機関きかんようしない2人ふたり乗務じょうむの3はつエンジン旅客機りょかくきである。

沿革えんかく

編集へんしゅう

開発かいはつ経緯けいい

編集へんしゅう

胴体どうたい延長えんちょうがた構想こうそう

編集へんしゅう

マクドネル・ダグラスでは、1970ねんに3はつしきのワイドボディジェット旅客機りょかくきであるDC-10はつ飛行ひこうさせており、当時とうじのライバルであるロッキードL-1011トライスター販売はんばい合戦かっせんにはっていたものの、1970年代ねんだい以降いこう航空こうくう旅客りょかくすう大幅おおはば増加ぞうかにより、当時とうじとしてはちょう大型おおがたであったボーイング747には発注はっちゅうすうおよばなかった[1]。しかし、アメリカ空軍くうぐんから派生はせいがたとなるKC-10エクステンダー受注じゅちゅうていたことから、生産せいさんラインの維持いじには成功せいこうしていた[1]

DC-10は航空こうくう会社かいしゃ要望ようぼうこたえるかたちで、各種かくしゅ派生はせいがたそろえていたがそれらはつばさはばなどの拡大かくだいはあったものの、どのかた胴体どうたい共通きょうつうであった。DC-10では当初とうしょから胴体どうたい延長えんちょう(ストレッチ)を考慮こうりょした設計せっけいとしており[2]、40フィート(12.19メートル)までは無理むりなく胴体どうたい延長えんちょうできるように、40フィート延長えんちょうしても離陸りりく機首きしゅげのさい接地せっちしないような形状けいじょうとしていたのである。

しかし航空こうくう会社かいしゃからのまとまった注文ちゅうもんがなければ胴体どうたい延長えんちょうがた開発かいはつには着手ちゃくしゅできない。マクドネル・ダグラスは1973ねんに「スーパーDC-10」とばれる、胴体どうたいを25フィート(7.62メートル)延長えんちょうした仕様しようと40フィート延長えんちょうした仕様しよう提案ていあんしていた[2]が、これに関心かんしんしめ航空こうくう会社かいしゃはなかった。

つぎ胴体どうたい延長えんちょうがた提案ていあんがされたのは1979ねんで、以下いかの3タイプが提案ていあんされた[2]

DC-10スーパー61
胴体どうたいを40フィート延長えんちょう座席ざせきすうかくクラス合計ごうけいで390せきとする。アメリカ国内線こくないせんようとして短距離たんきょりでの大量たいりょう輸送ゆそうはかったモデルで、最大さいだい離陸りりく重量じゅうりょうは52まんポンド(235,870キログラム)。
DC-10スーパー62
胴体どうたいを26フィート(8.13メートル)延長えんちょう座席ざせきすうかくクラス合計ごうけいで350せき主翼しゅよくつばさはばを14フィート(5.49メートル)拡大かくだいし、DC-10-30では2りんであった中央ちゅうおうあしを4りんとしたうえで、搭載とうさいエンジンのパワーアップにより、最大さいだい離陸りりく重量じゅうりょうは62まんポンド(281,230キログラム)までたかめたうえで、航続こうぞく距離きょりはDC-10-30とどうレベルを確保かくほする。
DC-10スーパー63
上記じょうきのスーパー61の胴体どうたいとスーパー62の主翼しゅよくわせたもので、スーパー61の航続こうぞく性能せいのう向上こうじょうがた相当そうとう

胴体どうたいを40フィート延長えんちょうした場合ばあい全長ぜんちょうは67.21メートルとボーイング747(全長ぜんちょう70.7メートル)にちかいものとなる。マクドネル・ダグラスでは運航うんこう経費けいひや1座席ざせきあたりの燃料ねんりょう消費しょうひもボーイング747より低減ていげんできるとして売込うりこみをはかった[2]が、ユナイテッド航空こうくうスウエスト航空すうえすとこうくう関心かんしんしめした[2]ものの、発注はっちゅうにはいたらなかった。

さらに、マクドネル・ダグラスではDC-10スーパー30・スーパー40というモデルの提案ていあんおこなった[2]。これは胴体どうたい延長えんちょうは18.4フィート(5.61メートル)にとどめ、主翼しゅよくはベース仕様しようとなるDC-10-30・-40のままでエンジンのパワーアップをおこなうというものであった[2]。また、胴体どうたい延長えんちょうがたとはべつに、DC-10スーパー10とばれる仕様しよう提案ていあんもされた[2]が、これはDC-10のエンジンを推力すいりょく20トンクラスのエンジンに変更へんこうしたうえで、主翼しゅよくウイングレット追加ついかすることで、巡航じゅんこう性能せいのうおよ経済けいざいせい改善かいぜんはかるものであった[2]

旅客機りょかくきのハイテクなみ

編集へんしゅう

一方いっぽうで、1980年代ねんだいはいるとワイドボディ旅客機りょかくきのハイテクすすむようになった。ボーインググラスコックピット採用さいようし、航空こうくう機関きかん乗務じょうむ不要ふようとしたボーイング7671981ねんはつ飛行ひこうさせ、いでエアバス同様どうよう航空こうくう機関きかん乗務じょうむ不要ふようA3101982ねんはつ飛行ひこうさせた。さらに、ボーイング747も1985ねんにグラスコックピットを採用さいようしたボーイング747-400開発かいはつ発表はっぴょうした。以後いご旅客機りょかくきでは、機体きたいおおきさにかかわらず2人ふたり乗務じょうむ常識じょうしきとなってゆくが、これはその前兆ぜんちょうでもあった。

このようなながれのなかでは、航空こうくう機関きかん乗務じょうむ必要ひつような3にん乗務じょうむであるDC-10の販路はんろせまくなることは必至ひっしであり、マクドネル・ダグラスは対抗たいこうする機種きしゅ市場いちばおく必要ひつようがあった[1]

そこで、マクドネル・ダグラスでは1982ねんにMD-100とばれるDC-10の発展はってんがた提案ていあんした[2]。このあんでは、グラスコックピットの採用さいようにより航空こうくう機関きかん乗務じょうむ不要ふようとし、すべての仕様しようにウイングレットが装備そうびされることになった。このときには以下いかのような仕様しよう提示ていじされた。

MD-100-10
DC-10の胴体どうたいを5フィート(1.52メートル)短縮たんしゅくして自重じちょう軽減けいげん
MD-100-20
DC-10の胴体どうたいを21.7フィート(6.61メートル)延長えんちょう
MD-100-30
DC-10の胴体どうたいを40フィート(12.19メートル)延長えんちょう

しかし、これらの提案ていあんたいしても航空こうくう会社かいしゃからの発注はっちゅうはなく、1983ねん11月にMD-100の計画けいかく中止ちゅうし決定けっていされた[3]

それでも、マクドネル・ダグラスはDC-10の発展はってんがた開発かいはつ完全かんぜんあきらめたわけではなく、1984ねんにはMD-XXXとして検討けんとう再開さいかいした[3]。そのこの発展はってんがたはMD-11Xという名称めいしょう変更へんこうされた[3]が、当初とうしょあんでは開発かいはつ費用ひよう多額たがくになるグラスコックピット導入どうにゅうやウイングレット装着そうちゃく見送みおくり、DC-10とおな胴体どうたいつMD-11-10がたと、胴体どうたいを22.5フィート(6.86メートル)延長えんちょうするMD-11X-20がたつくることになっていたが、そのグラスコックピット導入どうにゅうという方針ほうしん変更へんこうされた。

よく1985ねん6月のパリ航空こうくうショーにおいて、マクドネル・ダグラスはMD-11Xの開発かいはつ構想こうそう発表はっぴょうした。この時点じてんでは、グラスコックピット導入どうにゅうにより航空こうくう機関きかん乗務じょうむ不要ふようとするとともに、旅客りょかく定員ていいん貨物かもつ搭載とうさいりょう増加ぞうか真空しんくうしき便所べんじょ設置せっちなどを特徴とくちょうとするなか長距離ちょうきょりという位置いちづけであった。同年どうねん7がつ29にちには航空こうくう会社かいしゃへのみも承認しょうにんされ、同年どうねんまつまでにはウイングレット装着そうちゃくおこなうことに変更へんこうされるとともに、DC-10とおな胴体どうたい仕様しよう設定せっていせず、胴体どうたい延長えんちょうは18.6フィート(5.67メートル)とした仕様しよう標準ひょうじゅん仕様しようとすることになった。

この時点じてんでほぼ仕様しようかたまり、確定かくてい発注はっちゅう52・オプション40受注じゅちゅうあつめたことにより、1986ねん12月30にちにMD-11の名称めいしょうによりローンチが決定けっていされたのである。

マクドネル・ダグラスでは、MD-11の導入どうにゅうメリットとしてつぎの2てんげていた[4]

  1. 大型おおがた4はつ航続こうぞく距離きょり搭載とうさいりょう(ペイロード)が同等どうとうであり、搭載とうさいエンジンすうすくないぶんだけ燃料ねんりょう消費しょうひ整備せいびコストが低減ていげんできる。
  2. 大型おおがた双発そうはつ航続こうぞく距離きょりとペイロードが同等どうとうであり、洋上ようじょう飛行ひこう制限せいげんがないために柔軟じゅうなん経路けいろ設定せってい可能かのう

開発かいはつ難航なんこう

編集へんしゅう

MD-11では、機体きたい形状けいじょう後方こうほうだい2エンジンの方法ほうほうなどはDC-10をそのままいだ。これは開発かいはつのコストや期間きかん削減さくげんするには当然とうぜんかんがえられた方策ほうさくであった[4]

だが、開発かいはつ大幅おおはばおくれた。ローンチ当初とうしょ、1号機ごうき1989ねん3がつごろにはつ飛行ひこうという予定よていであったがマクドネル・ダグラス社内しゃない組織そしき大幅おおはば改編かいへんなどが影響えいきょうし、作業さぎょうすすまなかったのである[5]。ロールアウトにも特別とくべつ式典しきてんなどはおこなわず、実際じっさいはつ飛行ひこうしたのは1990ねん1がつ10日とおかと、9ヶ月かげつおくれとなった。

さらに飛行ひこうテストをすすめていくにつれ、ローンチ当初とうしょ航空こうくう会社かいしゃ約束やくそくしていた性能せいのうたっしないことがあきらかになってしまった。それは機体きたい空気くうき抵抗ていこう多少たしょうたかめであったことも影響えいきょうしていたが、エンジンの燃費ねんぴりつ予想よそうよりたかいうえ機体きたい自重じちょう設計せっけいよりも4,000ポンド(1,800キログラム)ほど超過ちょうかしていたのである。

ローンチ当初とうしょのMD-11の性能せいのうは、7,000マイル(12,960キロメートル)の区間くかん飛行ひこうする場合ばあい、61,000ポンド(27,670キログラム)のペイロードが可能かのうなはずであった[5]。しかし飛行ひこうテストではゼネラル・エレクトリックCF6がたエンジン搭載とうさいした機材きざい場合ばあい、7,000マイルの飛行ひこう許容きょようされるペイロードは48,500ポンド(22,000キログラム)(乗客じょうきゃく換算かんさんすると60にんぶん減少げんしょう相当そうとう[5]で、61,000ポンドのペイロードでは航続こうぞく距離きょりが6,500マイル(12,040キロメートル)となった。またプラット・アンド・ホイットニーPW4000がたエンジン搭載とうさいした機材きざい場合ばあいはさらに航続こうぞく距離きょりが6,270マイル(11,610キロメートル)となった[5]

マクドネル・ダグラスではエンジンメーカーへ性能せいのう向上こうじょう燃費ねんぴ改善かいぜんせま[6]一方いっぽうで、自重じちょう減少げんしょう空気くうき抵抗ていこう低減ていげんさくをまとめた(後述こうじゅつ)が、すで開発かいはつおくれているなか実際じっさい適用てきようされるのがさらに2ねんさきということになった[6]。このため、シンガポール航空こうくうをはじめとして発注はっちゅうをキャンセルする航空こうくう会社かいしゃもあった[6]。また、キャンセルとはならなかった航空こうくう会社かいしゃへも、計画けいかく遅延ちえん性能せいのう不足ふそくたいしての賠償ばいしょう責任せきにんまでしょうじることになった[6]

販売はんばい不振ふしん

編集へんしゅう

1990ねん11月8にち型式けいしき証明しょうめい取得しゅとくし、同年どうねん11月29にちにはフィンエアーへの引渡ひきわたしが開始かいしされ、同年どうねん12月20にちにはフィンエアーで商業しょうぎょう運航うんこう開始かいしされたがその販売はんばいすうびなかった。前述ぜんじゅつとおり、予定よてい性能せいのうたっしなかったためにネガティブな印象いんしょうとなってしまった[6]ことも一因いちいんであるが、3はつ自体じたい中途半端ちゅうとはんぱ位置いちづけになってしまったのである[7]

ローンチ当初とうしょ説明せつめいされた、大型おおがた4はつ比較ひかくした利点りてんにおいて、たしかにMD-11の長距離ちょうきょり仕様しよう (MD-11ER) では7,144マイル(13,228キロメートル)の航続こうぞく距離きょりゆうし、ボーイング747の航続こうぞく距離きょり(7,135 - 7,284マイル)と比較ひかくしても遜色そんしょくはない[7]が、乗客じょうきゃく定員ていいんはボーイング747と比較ひかくするとすくなくなるため、座席ざせきあたりのコストがたかくなってしまう[7]座席ざせきすう増加ぞうかさせると今度こんど航続こうぞく距離きょりみじかくなってしまう[7]ため、航空こうくう会社かいしゃはボーイング747導入どうにゅううごくことになった[7]。また、どう時期じき開発かいはつすすんでいた4はつエアバスA340はMD-11とどう程度ていど座席ざせきすうながら航続こうぞく距離きょりっていた。[8]

一方いっぽうで、大型おおがた双発そうはつ比較ひかくした場合ばあい利点りてんについても、双発そうはつ洋上ようじょう飛行ひこうについて運用うんよう拡張かくちょうみとめられることになり(ETOPS認定にんてい)、エンジン1停止ていししたさい着陸ちゃくりくできる空港くうこうまでの所要しょよう時間じかんとしてみとめられる時間じかん当初とうしょ120ふん程度ていどだったものが180ふん延長えんちょうされるとそれまでMD-11が運航うんこうされていた路線ろせん双発そうはつでも運航うんこうできることになり[7]経済けいざいせい観点かんてんから航空こうくう会社かいしゃボーイング767777エアバスA300-600RA330といったどう程度ていど乗客じょうきゃく定員ていいん双発そうはつえらぶようになった[7]

こうしてボーイングはボーイング747と双発そうはつ、エアバスも双発そうはつおく着実ちゃくじつ市場いちばシェアを確保かくほしていった[9]とくにエアバスのシェアはマクドネル・ダグラスのシェアをうばかたち拡大かくだいされた[10]。それにたいしてマクドネル・ダグラスには3はつのMD-11しかなかったのである[9]

生産せいさん終了しゅうりょう

編集へんしゅう

1990年代ねんだいはいると、ちゅう近距離きんきょりようナローボディMD-90MD-95と、販売はんばいおもわしくないMD-11しかたないうえに、軍用ぐんよう部門ぶもん業績ぎょうせきがらないマクドネル・ダグラスの業績ぎょうせき悪化あっかし、のメーカーとの協力きょうりょく合併がっぺいなどがささやかれることになった。最終さいしゅうてきには1997ねん8がつ4にちづけで、ボーイングとマクドネル・ダグラスは合併がっぺいした。合併がっぺい当初とうしょ、ボーイングでは「マクドネル・ダグラスの製品せいひんぐんはそのままぐ」と発表はっぴょうしていた[10]が、わずか3ヶ月かげつの1997ねん10がつに、ボーイングは「MD-11についてはあらたな受注じゅちゅうおこなわない」と発表はっぴょうした[10]

最終さいしゅうごう引渡ひきわたしがおこなわれたのは2000ねん8がつ24にち[10]で、MD-11は生産せいさん開始かいしからわずか10ねん製造せいぞう終了しゅうりょうとなった。はつ飛行ひこう時点じてんでは確定かくてい発注はっちゅう126・オプション発注はっちゅう189あった[6]が、最終さいしゅうてき製造せいぞうすうすべての仕様しよう合計ごうけいしても200という結末けつまつであった。

 
真横まよこからたMD-11の

構造こうぞう概説がいせつ

編集へんしゅう
   
DC-10のだい2エンジンまわり。テイルコーンはまるみをびている
MD-11のだい2エンジンまわり。平板へいばんじょうとなったテイルコーンと面積めんせき縮小しゅくしょうした水平すいへい尾翼びよくえる
 
主翼しゅよく装備そうびされたウイングレット
 
後方こうほうからたMD-11

前述ぜんじゅつとおり、開発かいはつコスト低減ていげんのため、製造せいぞう設備せつびなどはDC-10のものがそのまま活用かつようされることになったため、基本きほんてき機体きたい構造こうぞうはDC-10とはおおきくわるところはない。

胴体どうたいはDC-10よりも18.6フィート(5.67メートル)延長えんちょうされ、3クラスでの標準ひょうじゅん座席ざせきすうは298せきとなり、DC-10と比較ひかくすると40せきほど増加ぞうかすることになった[11]。また、胴体どうたいはしのテイルコーンの形状けいじょうは、DC-10ではまるみをびた形状けいじょうであったのにたいし、平板へいばんじょうとされた。

主翼しゅよくはしにはウイングレットが装備そうびされた。これは巡航じゅんこう誘導ゆうどう抵抗ていこう減少げんしょうはかったもので、高速こうそく巡航じゅんこう空気くうき抵抗ていこうが3%減少げんしょうした[11]

空気くうき抵抗ていこう低減ていげんさくとして、マクドネル・ダグラスがもっとも強調きょうちょうしたのは水平すいへい尾翼びよく(スタビライザー)の面積めんせき縮小しゅくしょうである[12]。これは、くらべて揚力ようりょく中心ちゅうしん機体きたい重心じゅうしんによりちかづけることとし、水平すいへい尾翼びよく面積めんせきをDC-10と比較ひかくして30パーセント減少げんしょうさせることによって空気くうき抵抗ていこう減少げんしょうさせるという方策ほうさくで、空気くうき抵抗ていこうが2パーセント、重量じゅうりょうも0.5パーセント減少げんしょうする[12]一般いっぱんてき大型おおがた航空機こうくうき機体きたい重心じゅうしんより後方こうほう揚力ようりょく中心ちゅうしんる。このことで尻上しりあがりの姿勢しせいろうとするため、その姿勢しせい矯正きょうせいすべく水平すいへい尾翼びよくには下向したむきの揚力ようりょくしょうじさせる(スタビライザーとの命名めいめい理由りゆうである)。水平すいへい飛行ひこうちゅうであっても水平すいへい尾翼びよくには下向したむ揚力ようりょくしょうじており、主翼しゅよく発生はっせいしている上向うわむきの揚力ようりょくつね下方かほうげんじている。この上向うわむ揚力ようりょく一部いちぶ相殺そうさいは、機体きたい全体ぜんたいそらりょく特性とくせいには抵抗ていこう成分せいぶんとしてあらわれる(ただしたて方向ほうこう外乱がいらんつよくなる)。マクドネル・ダグラスがった水平すいへい尾翼びよく面積めんせき縮小しゅくしょうは、この抵抗ていこう成分せいぶんそらりょくてきなロス)の減少げんしょう目的もくてきであった。ふくつぎ効果こうかとして機体きたい重量じゅうりょう前述ぜんじゅつのように減少げんしょうした。また、水平すいへい尾翼びよく内部ないぶ燃料ねんりょうタンク(すなわちおも)とすることで機体きたい下向したむきのちからくわえ、さらなる水平すいへい尾翼びよく面積めんせき縮小しゅくしょう企図きとした。このふくつぎ効果こうかとして当然とうぜん航続こうぞく距離きょりび、水平すいへい尾翼びよくないのタンクまですべたした場合ばあい燃料ねんりょう搭載とうさいりょうは240,000ポンド(108,000キログラム)である[13]。ただし、水平すいへい尾翼びよく面積めんせき縮小しゅくしょうたて方向ほうこうピッチング)の飛行ひこう安定あんていせいげんじてしまうため、フライ・バイ・ワイヤ操縦そうじゅうシステムがわソフトウェアてき外乱がいらん対策たいさくおこなうことになった。

エンジンはプラット・アンド・ホイットニー PW4460またはゼネラル・エレクトリック CF6-80C2D1F選択せんたくできる。開発かいはつ当初とうしょにはロールス・ロイストレント650エンジンの選択せんたく考慮こうりょされていたが、発注はっちゅうはなかった。

だい2エンジンの装着そうちゃく方法ほうほうはDC-10と同様どうようで、垂直すいちょく尾翼びよくをエンジンとダクトで串刺くしざしにしたような配置はいちとなっている。

性能せいのう改善かいぜん対策たいさく

編集へんしゅう

MD-11のテスト飛行ひこうちゅう発覚はっかくした性能せいのうひつじたちは、MD-11の販売はんばいじょう重大じゅうだい支障ししょうとなった。マクドネル・ダグラスでは、飛行ひこう性能せいのう問題もんだい改善かいぜんし、開発かいはつ保証ほしょうした性能せいのう発揮はっきできるようにするために、パフォーマンス・インプルーブメント・プログラム(Performance Improvement Program、以下いかりゃくして「PIP」と表記ひょうきする)とばれるプロジェクトを開始かいしした[6]

PIPの改善かいぜん内容ないようは、燃料ねんりょうタンクの容量ようりょう増大ぞうだいだいエンジンダクト形状けいじょうフラップトラックフェアリングの形状けいじょう変更へんこうといった大掛おおがかりなものから、ワイパー停止ていしきのようなこまかいものまで多岐たきわたっており、1993ねん以降いこうすうにわたって公表こうひょうされた。これらの改善かいぜんさく生産せいさんラインじょうにあった機体きたい反映はんえいされるだけではなく、一部いちぶ改善かいぜん項目こうもくすで引渡ひきわたしがおこなわれた機体きたいにも適用てきよう(レトロフィット)することが可能かのうとなっていた[6]

操縦そうじゅうシステム

編集へんしゅう
 
かくせきにCRTディスプレイがよこに3つならんだグラスコックピット

マクドネル・ダグラスのワイドボディ旅客機りょかくきとしては、はじめてグラスコックピットが採用さいようされた。これにより、エンジンとう監視かんしについてはコンピューター制御せいぎょされることになり、航空こうくう機関きかん乗務じょうむ不要ふようとなった。コックピットからアナログ計器けいきるい大幅おおはば減少げんしょうしたため、DC-10とはコックピットない印象いんしょうおおきくわることになった。その一方いっぽうで、スラストレバーまわり(センターペデスタル)の装備そうびひんについては、DC-10からおおきくわっておらず、フラップの角度かくどを1きざみに設定せっていできる「Dial a Flap」システムもDC-10から継承けいしょうされている。

また、MD-11ではさらに自動じどうすすめるため、以下いかの3システムを導入どうにゅうした。

Longitudinal Stability Augmentation Systemのりゃく、「エルサス」とばれる[14]日本語にほんご表現ひょうげんすると「たて安定あんてい増加ぞうか装置そうち」である。

前述ぜんじゅつのように、空気くうき抵抗ていこう減少げんしょうさせるための方策ほうさくとして、水平すいへい尾翼びよく面積めんせきをDC-10と比較ひかくして30%減少げんしょうさせたが、そのままではたて方向ほうこうたいする安定あんていせいそこなわれる。LSASはこれをおぎなうために装備そうびされたシステムである。自動じどう操縦そうじゅう装置そうち作動さどうちゅう機体きたい角度かくど一定いっていたもつほか、操縦そうじゅう手動しゅどう操縦そうじゅう操縦そうじゅうちからがかからなくなると、そのとき機体きたい角度かくどたも機能きのうゆうする[15]

このシステムはMD-11にとっては重要じゅうようなシステムで[12]、4じゅう系統けいとうとなっているうちの3系統けいとう動作どうさしなくても、のこる1系統けいとう正常せいじょう動作どうさしていれば有効ゆうこう作動さどうする[12]

Roll Control Wheel Steeringのりゃく

水平すいへい安定あんていせい維持いじするためのシステムで、このシステムは自動じどう操縦そうじゅう装置そうち作動さどうちゅう機体きたいかたむきを30以内いないたもつほか、手動しゅどう操縦そうじゅうに30える角度かくどかたぶけようとすると操縦そうじゅう桿の操作そうさおもくし、操縦そうじゅう桿からちからくと、ただちに30までかたむかくもど機能きのうゆうする[15]

テイル・フューエル・マネージメント

編集へんしゅう

MD-11では、水平すいへい尾翼びよく内部ないぶ燃料ねんりょうタンクとすることで航続こうぞく距離きょり延長えんちょうはかったが、燃料ねんりょう減少げんしょうともな重心じゅうしん位置いち移動いどうすることになる。これをおぎないつつ、重心じゅうしん位置いち燃料ねんりょうざんりょうかかわらず一定いっていたもち、巡航じゅんこう性能せいのう向上こうじょうさせるため、FSC(Fuel System Controller)とばれるシステムを採用さいようした。

これは、主翼しゅよく胴体どうたい燃料ねんりょうタンクと水平すいへい尾翼びよくない燃料ねんりょうタンクとのあいだ燃料ねんりょう移送いそうするシステムで、2つの燃料ねんりょうタンクのざんりょうが60,000ポンド(27,000キログラム)以上いじょう場合ばあい機能きのうする[15]。また、燃料ねんりょう凍結とうけつしないために、30ふんごと主翼しゅよくのタンクと水平すいへい尾翼びよくのタンクの燃料ねんりょう循環じゅんかんさせる機能きのうゆうしている[15]。また、水平すいへい尾翼びよくのタンクの燃料ねんりょうざんりょうが15,000ポンド(6,250キログラム)以下いかになると、水平すいへい尾翼びよくない燃料ねんりょうすべ主翼しゅよくないのタンクに移送いそうする[15]

客室きゃくしつ

編集へんしゅう
 
3れつ-4れつ-2れつのエコノミークラス(KLMオランダ航空こうくう
 
中央ちゅうおうれつじょう荷物にもつだなけた状態じょうたい(フィンエアー)

登場とうじょう当時とうじ標準ひょうじゅんてき座席ざせき配置はいちエコノミークラスよこ9れつ(2れつ-5れつ-2れっか3れつ-3れつ-3れつ)の配置はいちで、荷物にもつだな(オーバーヘッド・ストウェッジ)は窓側まどがわ座席ざせきだけではなく中央ちゅうおうれつじょうにももうけられ、1区画くかくながさを80インチ(2.3メートル)と大型おおがたした。これはちょうしゃく荷物にもつ収容しゅうようできるようにしたためである[16]

機内きない座席ざせき配列はいれつなどの配列はいれつ柔軟じゅうなんせいたせており、エコノミークラスに個人こじんようテレビなどのエンターテインメント設備せつびがない場合ばあいは、客室きゃくしつ仕様しよう変更へんこう最大さいだい18あいだ完了かんりょうできる[16]

操縦そうじゅう特性とくせい

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操縦そうじゅうむずかしい機体きたい

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操縦そうじゅう特性とくせいとしては、りこなすことが比較的ひかくてきむずかしいとの評価ひょうかがある[17]

設計せっけい思想しそうあやま

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前述ぜんじゅつ構造こうぞう概説がいせつ記述きじゅつしたように、MD-11では空気くうき抵抗ていこう減少げんしょうのために重心じゅうしん後方こうほう移動いどうすることで水平すいへい尾翼びよく小型こがたおこなった。しかし、重心じゅうしん後方こうほうにずらす手法しゅほうは、本来ほんらい運動うんどう能力のうりょく向上こうじょう採用さいようされる方法ほうほうであり[12]、(運動うんどう性能せいのう重視じゅうしする戦闘せんとうでは一般いっぱんてきとなっていたが)旅客機りょかくきにおいては妥当だとう設計せっけい思想しそうではなかったといわれている[18]

たて方向ほうこう安定あんていせいわるうえ、それをフォローするためのLSASと自動じどう操縦そうじゅう装置そうちはずれると、操縦そうじゅうではリカバリーが困難こんなんとなることがのち判明はんめいした[18]後述こうじゅつする事故じこ以外いがいにも、自動じどう操縦そうじゅう装置そうちるとはげしい上下動じょうげどうかえ事例じれい報告ほうこくされている[18]

おも仕様しよう比較ひかくについては主要しゅようしょもとひょう参照さんしょう

開発かいはつされた仕様しよう

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MD-11(基本きほんがた

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チャイナエアラインのMD-11

MD-11の基本きほん仕様しよう最大さいだい離陸りりく重量じゅうりょう当初とうしょ計画けいかくでは605,500ポンド(274,650キログラム)であったが、前述ぜんじゅつ性能せいのう改善かいぜん対策たいさくだけではまだ不足ふそくであるため、段階だんかいてきげをおこなった結果けっか最終さいしゅうてきには630,500ポンド(285,990キログラム)となった[19]。また、当初とうしょそらだったつばさはしまで主翼しゅよく燃料ねんりょうタンクを拡大かくだいし、さらにオプションで床下ゆかした貨物かもつしつ補助ほじょ燃料ねんりょうタンクを増設ぞうせつできるようにして、航続こうぞく距離きょり延長えんちょう対応たいおうした[19]基本きほんがた生産せいさんすう最終さいしゅうてきに132となった。

MD-11ER(航続こうぞく距離きょり延長えんちょうがた

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ワールドエアウェイズのMD-11ER

基本きほんがた最大さいだい離陸りりく重量じゅうりょう最終さいしゅうてきに630,500ポンド(285,990キログラム)として[19]までげられたが、オプションの補助ほじょ燃料ねんりょうタンクを2増設ぞうせつした仕様しようは、航続こうぞく距離きょり延長えんちょうがた(Expanded Range、ERがた)として区別くべつされた。CF6がたエンジン搭載とうさい仕様しようガルーダ・インドネシア航空こうくうに2[5]、PW4000がたエンジン搭載とうさい仕様しようワールド・エアウェイズに2[5]導入どうにゅうされた。

MD-11C(貨客混載こんさいがた

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アリタリアのMD-11C

機体きたい前方ぜんぽう客室きゃくしつ機体きたい後方こうほう貨物かもつしつとして胴体どうたい後部こうぶ側面そくめんはば4.06メートル・たかさ2.59メートルの貨物かもつとびら設置せっちした。客室きゃくしつ貨物かもつしつ比率ひりつ変更へんこうすることが可能かのう[19]。アリタリア航空こうくうが5導入どうにゅう[20]

MD-11F(貨物かもつがた

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UPS航空こうくうのMD-11F

胴体どうたい前方ぜんぽう側面そくめんはば3.56メートル・たかさ2.59メートルの貨物かもつとびら設置せっちし、ゆか強化きょうかしたじゅん貨物かもつがた仕様しよう床上ゆかうえ貨物かもつしつ容積ようせきは440立方りっぽうメートルで、カーゴパレット26まい搭載とうさい可能かのうで、床下ゆかした貨物かもつしつ容積ようせきは158立方りっぽうメートル。受注じゅちゅうすうは53で、2000ねん8がつ24にちルフトハンザ・カーゴ導入どうにゅうされた機体きたいが、MD-11最後さいご新造しんぞうとなった[10]。なお、その旅客りょかくがたから貨物かもつがたへの改修かいしゅうおこなわれている。

MD-11CF(旅客りょかく貨物かもつ転換てんかんがた

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マーティンエアーのMD-11CF

旅客りょかくよう貨物かもつよう転換てんかん可能かのうな「コンバーチブルがた」で、貨物かもつがた同様どうよう胴体どうたい前方ぜんぽう側面そくめんはば3.56メートル・たかさ2.59メートルの貨物かもつとびら設置せっちしているが、客室きゃくしつまど乗降じょうこうとびらもそのままのこされている。床上ゆかうえキャビン(旅客りょかく仕様しようなら客室きゃくしつ貨物かもつ仕様しようなら貨物かもつしつ)の容積ようせきは410立方りっぽうメートルとじゅん貨物かもつがたよりややすくない[20]新造しんぞうされたのは6で、マーティンエアーとワールド・エアウェイズのみ導入どうにゅう[19]旅客りょかくがたからの改造かいぞうおこなわれている[20]

計画けいかくのみの仕様しよう

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MD-11LR(Long Range、長距離ちょうきょり仕様しよう

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つばさはしを3.6メートルずつ延長えんちょうしたうえ中央ちゅうおうあしを4りんとして、8,000マイル(14,820キロメートル)の航続こうぞく距離きょり計画けいかくだった[20]

MD-11ストレッチ仕様しよう

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胴体どうたい主翼しゅよく前後ぜんご合計ごうけい34フィート(10.36メートル)延長えんちょうする仕様しよう。3クラスで最大さいだい337せき、エコノミークラスをやした2クラスであれば474せきもうけることが出来でき計画けいかくだった[7]

パノラマキャビン仕様しよう

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MD-11ストレッチ仕様しよう前方ぜんぽう床下ゆかした貨物かもつしつ客室きゃくしつとして使用しようすることで、さらに旅客りょかく定員ていいん増加ぞうかはかったモデル。階下かいかせきにはビジネスクラスで2れつ-2れつ配列はいれつで66せき、エコノミークラスを2れつ-3れつ配置はいちとすると99せき設置せっちできる計画けいかくであった[7]

胴体どうたい主翼しゅよく前後ぜんご合計ごうけい12フィート(3.6メートル)延長えんちょうしたうえで、後退こうたいかくをややちいさめにしたうえでアスペクトたかめるしん設計せっけい主翼しゅよくわせるものであった[20]

販売はんばい成績せいせき

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ルフトハンザ・カーゴのMD-11F

そう生産せいさんすうは200で、2019ねん現在げんざい旅客機りょかくきとしての運用うんよう皆無かいむ貨物かもつとして使つかわれているが、貨物かもつにおいてもおもボーイング777F代替だいたいされ、退役たいえき開始かいしされている。マクドネル・ダグラスがボーイングに吸収きゅうしゅうされたさいには「貨物かもつ需要じゅようがある」として生産せいさん継続けいぞく検討けんとうされていたが、2001ねん2がつに、販売はんばい成績せいせきおもわしくないことと、貨物かもつがた需要じゅようすで就航しゅうこうしている旅客りょかくがたからの改修かいしゅうたせること、ボーイングしゃ777競合きょうごうすることなどから200生産せいさん中止ちゅうしされた。生産せいさん開始かいしからわずか10年間ねんかんしか製造せいぞうされなかった。

販売はんばい成績せいせきなやんだ理由りゆうは、いざ飛行ひこう試験しけんはじまると空気くうき抵抗ていこう予想よそう以上いじょうおおきく、またエンジンの燃費ねんぴ予想よそう以上いじょうわるかったこと、さらには機体きたい重量じゅうりょう予定よてい大幅おおはばにオーバーしてしまいユーザーとなる航空こうくう会社かいしゃ満足まんぞくさせられなかったこと、ETOPS規制きせい大幅おおはば緩和かんわにより飛行ひこうルート選択せんたくにおける双発そうはつたいするアドバンテージがうしなわれたこと、生産せいさん開始かいしされるまえに、より経済けいざいせいたかエアバスしゃA330A340ボーイングしゃの777などの開発かいはつ開始かいしされたためである。

これらのライバル機材きざい開発かいはつ開始かいしにより、大量たいりょう発注はっちゅうおこなっていたシンガポール航空こうくうなど複数ふくすう航空こうくう会社かいしゃがMD-11の発注はっちゅうをキャンセルしたり、日本航空にほんこうくうようにオプション発注はっちゅうのキャンセルをおこなった。また就航しゅうこうしてからも、日本航空にほんこうくうやタイ国際こくさい航空こうくう大韓航空だいかんこうくうやアリタリア航空こうくうのように、保有ほゆうしているMD-11を売却ばいきゃくをしてこれらのライバル購入こうにゅうしたり、保有ほゆうはするが旅客機りょかくきではなく貨物かもつとして運航うんこうするということが相次あいついだ。

マクドネル・ダグラスは当初とうしょ設計せっけい目標もくひょう達成たっせいするため、前述ぜんじゅつのように生産せいさんちゅう様々さまざま改良かいりょうおこなっているが、航空こうくう会社かいしゃからの信頼しんらいおおきくうしなってしまったのも事実じじつであり、最後さいごまで販売はんばい上向うわむきにすることはできなかった。

現在げんざいは、旅客機りょかくきとしての役目やくめえた機体きたいおおくが貨物かもつ会社かいしゃ売却ばいきゃくされて貨物かもつ改造かいぞうされ活躍かつやくしている。旅客機りょかくきとしては不人気ふにんきでも、胴体どうたいはばおおきく3はつエンジンのため貨物かもつ搭載とうさいりょうおおいことから貨物かもつとしては使つかいやすいので、需要じゅよう旺盛おうせいである。しかし一方いっぽうでは、このことが旅客機りょかくきとしての活躍かつやく期間きかんちぢめてしまったというこえもある[よう出典しゅってん]

導入どうにゅうした航空こうくう会社かいしゃ一部いちぶ

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貨物かもつとして使用しようされるUPS航空こうくうのMD-11F
 
フィンエアーのMD-11(退役たいえきずみ

現役げんえき

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現在げんざい旅客りょかくがたぜん機運きうんこう終了しゅうりょうしており、貨物かもつがたのみが運航うんこうされている。

  • 貨物かもつがた
    • フェデックス・エクスプレス自社じしゃ導入どうにゅうのほかアメリカン航空こうくうなどからの旅客りょかく仕様しよう購入こうにゅうしBCFへ改造かいぞうにより増強ぞうきょう。)
    • UPS航空こうくう日本航空にほんこうくう大韓航空だいかんこうくう、タイ国際こくさい航空こうくう、ヴァリグブラジル航空こうくうなどからの旅客りょかく中古ちゅうこをBCFへ改造かいぞうしている。)
    • ウエスタン・グローバル・エアラインズ

退役たいえき

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日本にっぽんにおけるMD-11

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日本航空にほんこうくう(JAL)

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日本航空にほんこうくうのMD-11(JA8586「コウノトリ」)
 
唯一ゆいいつ太陽たいようのアーク」塗装とそうとなったJA8582(「タンチョウ」)

日本にっぽん航空こうくう会社かいしゃでは日本航空にほんこうくう唯一ゆいいつ国際線こくさいせん専用せんよう機材きざいとして基本きほんがたを10導入どうにゅうし、およそ10年間ねんかんにわたって運航うんこうした。

導入どうにゅうされた10には、整備せいび中心ちゅうしんとした社内しゃないボランティアグループ「JALメカブラザーズ」の提案ていあん従業じゅうぎょういん乗客じょうきゃくしたしみをもたせるべく機体きたいべつ愛称あいしょう付与ふよ復活ふっかつ提案ていあんされ、乗員じょういん機長きちょうらのアイデアで「とりのように大空おおぞら元気げんき自由じゆうんでほしい」というおもいをめた「J-bird(ジェイ・バード)」の愛称あいしょうあたえられ、リアエンジンのインテークには「J Bird」のロゴがれられた。また愛称あいしょう候補こうほには機体きたいめいの「MD」にちなみ「マイ・ディアバード」「マイ・ドリームバード」も提案ていあんされていた[21]

各々おのおの機体きたいには日本にっぽん野鳥やちょうかい協力きょうりょくえらばれた日本にっぽん貴重きちょう野鳥やちょう名称めいしょうけられ、さらにウイングレットにはボーイング747-400と同様どうようの「JAL」ロゴとかく機体きたいけられた野鳥やちょうのイラストと和名わみょう英名えいめい表記ひょうきえがかれた。また野鳥やちょうイラストをもちいたアパレル商品しょうひん音楽おんがくCDも発売はつばいされ収益しゅうえき一部いちぶ野鳥やちょう保護ほご活動かつどう寄付きふされた[21]

日本航空にほんこうくうでは、たん中距離ちゅうきょり仕様しよう長距離ちょうきょり仕様しようの2タイプが各々おのおの5ずつ導入どうにゅうされた。前者ぜんしゃなか短距離たんきょりのアジアやホノルルせん使用しようされているDC-10-40の後継こうけいとして、後者こうしゃには747-400だと供給きょうきゅう過多かたになる長距離ちょうきょり欧米おうべい路線ろせん投入とうにゅうするための新型しんがた中型ちゅうがた機材きざいとしての役割やくわりあたえられた。選定せんていされたエンジンは、同社どうしゃの747-400や767-300ERなどとおなじGEしゃせいのCF6-80C2ではなく、DC-10-40とおなじP&WしゃせいのJT9Dけい進化しんかさせたPW4000けい(PW4460)を選定せんていした。

1993ねん11月29にちカリフォルニアしゅうロングビーチのマクドネル・ダグラスしゃで1号機ごうきわたされ、よく1994ねん4がつ1にち羽田はたはつ鹿児島かごしまきで運航うんこう開始かいし国内線こくないせんでしばらく運航うんこうされたのち、導入どうにゅうされたぜん国際線こくさいせん運航うんこうされた。たん中距離ちゅうきょり路線ろせんでは747クラシックやDC-10-40、767-300などと、長距離ちょうきょり路線ろせんでは747-400ととも活躍かつやくした。以降いこう1997ねんまで10導入どうにゅうされたが、オプションぶん10購入こうにゅうはキャンセルされている。

しかし、1994ねんにデビューしたボーイング777や、そのまえから飛行ひこうしていたボーイング767やエアバスA330などの双発そうはつ中型ちゅうがたが、次々つぎつぎとETOPS180/270などの規制きせい緩和かんわ恩恵おんけいけるようになると情勢じょうせい一変いっぺんし、経済けいざいせいおとる3はつでそれらに対抗たいこうするのは不利ふり状況じょうきょうとなっていた。

さらにボーイングとマクドネル・ダグラスが1997ねん合併がっぺいし、ボーイング777のみにあわせてMD-11の有利ゆうり下取したど条件じょうけん提示ていじされたことから、2000ねんころそれらの状況じょうきょうをうけて日本航空にほんこうくうはMD-11の退役たいえき決定けっていし、その後継こうけいとして双発そうはつのボーイング767-300ERの追加ついか導入どうにゅうと777-200ERの新規しんき導入どうにゅう決定けっていした。

そして2002ねんから777-200ERの導入どうにゅうがはじまると、MD-11はそれらの導入どうにゅうすすむにつれて急速きゅうそく中距離ちゅうきょり路線ろせん仕様しようから退役たいえきがはじまり、2004ねん10月12にち香港ほんこんはつ成田なりたき730便びん担当たんとう機材きざいはJA8582)をもってぜん退役たいえき、10ねん6カ月かげつ営業えいぎょう運航うんこう終了しゅうりょうした。これは先輩せんぱいかくたるDC-10(1976ねん運航うんこう開始かいし・2005ねんぜん退役たいえき)よりも非常ひじょうはやく、さらに10ねん程度ていど運航うんこう期間きかんコンベア880以来いらいとなる「短命たんめい」にもなった。

その日本航空にほんこうくうより引退いんたいしたぜんがアメリカの貨物かもつ専門せんもん航空こうくう会社かいしゃユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)」へ移籍いせきした。移籍いせき貨物かもつ専用せんよう改造かいぞうされUPSの主力しゅりょく機材きざいとして活躍かつやくしており、日本にっぽん発着はっちゃく路線ろせんにも投入とうにゅうされている。ただ、2016ねんにそのうちの1であるN277UP(もとJA8587「ノグチゲラ」)が仁川にがわ国際こくさい空港くうこう後述こうじゅつする離陸りりく失敗しっぱい事故じここしてぜんそんとなり、現在げんざいは9運航うんこうされている。

なお、2004ねん10がつのラストフライトを担当たんとうしたJA8582のみ当時とうじ日本航空にほんこうくうのCIカラー(サンアーク塗装とそう)にえられたが、それ以外いがいすべきゅう鶴丸つるまる塗装とそうでの退役たいえきとなった。

運航うんこう 機体きたい記号きごう 製造せいぞう番号ばんごう 愛称あいしょう 登録とうろく年月日ねんがっぴ 退役たいえき年月日ねんがっぴ
1号機ごうき JA8580 48571/552 エトピリカ 1993/11 2002/9 退役たいえきげんN272UP)
2号機ごうき JA8581 48572/556 ヤイロチョウ 1993/12 2002/7 退役たいえきげんN271UP)
3号機ごうき JA8582 48573/559 タンチョウ 1994/3 2004/10/12 退役たいえきげんN279UP)
4号機ごうき JA8583 48574/566 イヌワシ 1993/8/11 2003/5 退役たいえきげんN273UP)
5号機ごうき JA8584 48575/568 ヤンバルクイナ 1994/9/13 2003/6 退役たいえきげんN274UP)
6号機ごうき JA8585 48576/574 クマタカ 1995/4/4 2002/11 退役たいえきげんN270UP)
7号機ごうき JA8586 48577/583 コウノトリ 1994/4/11 2004/8/4 退役たいえきげんN278UP)
8号機ごうき JA8587 48578/588 ノグチゲラ 1995/6/28 2004/5 退役たいえきげんN277UP、2016ねん事故じこのためぜんそん
9号機ごうき JA8588 48579/599 オジロワシ 1996/4/3 2003/10 退役たいえきげんN276UP)
10号機ごうき JA8589 48774/610 ライチョウ 1997/3/ 2003/7 退役たいえきげんN275UP)

航空こうくう会社かいしゃ

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旅客機りょかくきでは、1990年代ねんだいにはアメリカン航空こうくうデルタ航空こうくう、アリタリア航空こうくうヴァリグブラジル航空こうくうなど多数たすう航空こうくう会社かいしゃ定期ていき機材きざいとして運航うんこうしたものの、かく航空こうくう会社かいしゃからの退役たいえきすすんだため2000年代ねんだいまつには日本にっぽん国内こくない空港くうこうから旅客りょかくがたれがほぼ消滅しょうめつした。唯一ゆいいつフィンランド航空こうくうのみが2010ねん以降いこう中部ちゅうぶ - ヘルシンキせん機材きざい使用しようしていたが、これもあいだもなくして同社どうしゃからの旅客りょかくがたMD-11の退役たいえきともな機材きざい変更へんこうされれが消滅しょうめつした。現在げんざい貨物かもつではユナイテッド・パーセル・サービスやフェデラルエクスプレス、ルフトハンザカーゴなど多数たすう航空こうくう会社かいしゃ日本にっぽんれている。

MD-11はだいよん世代せだいジェット旅客機りょかくき(アドテク)のなかもっと事故じこ発生はっせいりつたかかった。実際じっさいどう世代せだいエアバスA330エアバスA340ボーイング777イリューシン96くらべると墜落ついらくぜんそん事故じこかくりつおおく、しかもそのうち操縦そうじゅうミスが原因げんいん事故じこが4けんをしめている。また巡航じゅんこうちゅうみだれ高下こうげする重大じゅうだいインシデントも発生はっせいしていることから操縦そうじゅう系統けいとう敏感びんかんすぎることが原因げんいんであったといわれている。操縦そうじゅう特性とくせい項目こうもくでもれているように、同等どうとうくらべてMD-11は「操縦そうじゅうむずかしい」機体きたいという意見いけんもある[17]

ぜんそん事故じこ

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フェデックス・エクスプレスのMD-11F

2016ねん現在げんざい、MD-11のぜんそん事故じこは10けん発生はっせいしている。そのうちフェデックス・エクスプレスの事故じこだけでも3けんめており、いずれも着陸ちゃくりく事故じこである。また、機内きない火災かさい1けん以外いがいの9けんはいずれも離着陸りちゃくりく発生はっせいしており、うち3けん横転おうてんしている。

  • 2009ねん11月28にち上海しゃんはい浦東ほとう国際こくさい空港くうこうからキルギスジンバブエのアヴィエント・アヴィエーションの貨物かもつ便びん離陸りりく失敗しっぱい爆発ばくはつ炎上えんじょう乗員じょういん7めいちゅう3にん死亡しぼうし1にん重傷じゅうしょう、3にん軽傷けいしょうった。どう空港くうこうないにおける開港かいこう以来いらいはつぜんそんおよ死亡しぼう事故じことなった。

その事故じこ

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ほかにも墜落ついらくにはいたらなかったが、巡航じゅんこうちゅう不安定ふあんていとなって死傷ししょうしゃした事故じこ発生はっせいしている。

  • 1993ねん4がつ6にち上海しゃんはいからロサンゼルスにかっていた中国ちゅうごく東方とうほう航空こうくう583便びん(B-2171)が、太平洋たいへいよう上空じょうくう飛行ひこうちゅう乗組のりくみいんぜんえんフラップのレバーにあやまってれ、フラップが前方ぜんぽう稼動かどうしたため機体きたい上下じょうげれ、下降かこう上昇じょうしょうなんかえしたのち、5000フィートまで高度こうどとした。このらん高下こうげ事故じこで2めい乗客じょうきゃく死亡しぼう、149めい乗客じょうきゃくと7めい乗組のりくみいんがケガをした。そのうち乗客じょうきゃく1めい両脚りょうきゃく不随ふずいに、客室きゃくしつ乗務じょうむいん1めいあたま重傷じゅうしょうった。事故じこによる機体きたい外部がいぶ損傷そんしょうはなかったが、客室きゃくしつないおおきな損傷そんしょうけた。なお、この事件じけん題材だいざいアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく小説しょうせつマイケル・クライトンは、『エアフレーム -機体きたい-』(日本語にほんごばん:早川書房はやかわしょぼう)を発表はっぴょう[注釈ちゅうしゃく 2]している。
  • 1997ねん6がつ8にち香港ほんこんから名古屋なごやかっていた日本航空にほんこうくう706便びん(JA8580)が、着陸ちゃくりく降下こうかちゅうであった志摩半島しまはんとう上空じょうくう突如とつじょらんだかくだし、複数ふくすう乗員じょういん乗客じょうきゃく負傷ふしょうした。負傷ふしょうしゃのうちの乗員じょういん1めいが1ねん8ヵ月かげつ事故じこによる昏睡こんすい状態じょうたいから回復かいふくすることなく死亡しぼうした。運輸省うんゆしょう航空こうくう事故じこ調査ちょうさ委員いいんかい当時とうじ)は「機長きちょう不適切ふてきせつ操縦そうじゅう事故じこまねいた」としたが、刑事けいじ裁判さいばんでは「事故じこ特有とくゆう操縦そうじゅうシステムの不具合ふぐあい原因げんいんである」として機長きちょう無罪むざいになった。そのため現在げんざいでも事故じこ原因げんいんをめぐりあらそいがある(日本航空にほんこうくうMD11らん高下こうげ事故じこ)。

主要しゅようしょもとひょう

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MD-11 MD-11F MD-11C MD-11ER
乗客じょうきゃくすう(1クラス) 410 - - -
乗客じょうきゃくすう(2クラス) 323 - 204 -
最大さいだい離陸りりく重量じゅうりょう 602,555 lb (273,314 kg) 630,500 lb (285,990 kg) 620,350 lb (283,700 kg) 630,500 lb (285,990 kg)
航続こうぞく距離きょり 12,633 km 7,242 km 12,392 km 13,408 km
就航しゅうこうマッハすう 0.87 (やく1050km/h)
全長ぜんちょう 61.21 m (200 ft 10 in)
つばさはば 51.66 m (169 ft 6 in)
ぜんこう 17.60 m (57 ft 9 in)
エンジン P&W PW4460 ターボファンエンジン 267 kN (60,000 lbf) × 3、またはP&W PW4462 ターボファンエンジン 276 kN (62,000 lbf) × 3、またはGE CF6-80C2D1F ターボファンエンジン 274 kN (61,500 lbf) × 3

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ ビジネスジェットでは、フランスせいダッソー ファルコン 900およびダッソー ファルコン 7X現在げんざいでも生産せいさんされている
  2. ^ フィクションであるため、サスペンス仕立したてになっているうえに、機種きしゅめいもノートンN22となっているが、死者ししゃ2めい壊滅かいめつてき客室きゃくしつ破損はそんこうむっているなど、実際じっさい事故じこ被害ひがい状況じょうきょう酷似こくじしている。

出典しゅってん

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  1. ^ a b c 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p65
  2. ^ a b c d e f g h i j イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p69
  3. ^ a b c イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p70
  4. ^ a b 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p66
  5. ^ a b c d e f イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p72
  6. ^ a b c d e f g h イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p73
  7. ^ a b c d e f g h i 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p67
  8. ^ ただし巡航じゅんこう速度そくどがA340はマッハ0.82でMD-11はB747-400とほぼどうそくのマッハ0.85をせたためこのてんではA340にたいする数少かずすくない有利ゆうりてんえる。
  9. ^ a b 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p69
  10. ^ a b c d e 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p70
  11. ^ a b イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p71
  12. ^ a b c d e 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p52
  13. ^ 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p63
  14. ^ 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p44
  15. ^ a b c d e 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p45
  16. ^ a b 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごう p68
  17. ^ a b 着陸ちゃくりく失敗しっぱいのMD11がた海外かいがいでも横転おうてん事故じこむずかしい操縦そうじゅうせい」『読売新聞よみうりしんぶん』2009ねん3がつ24にちオリジナルの2009ねん3がつ26にち時点じてんにおけるアーカイブ。2023ねん3がつ1にち閲覧えつらん
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  19. ^ a b c d e イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p74
  20. ^ a b c d e イカロス出版しゅっぱん旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』p75
  21. ^ a b 特別とくべつ企画きかくJALスペシャル・マーキング・シップス - 世界せかいのエアライン4(ワールドフォトプレス 1994ねん
  22. ^ ASN Aircraft accident McDonnell Douglas MD-11F N277UP”. aviation-safety.net. 2021ねん8がつ22にち閲覧えつらん

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 旅客機りょかくき型式けいしきシリーズ1 トライ・ワイドボディ・ジェット DC-10/MD-11 & L-1011』(イカロス出版いかろすしゅっぱん・2000ねんISBN 4-87149-275-3
  • 月刊げっかんエアライン』2001ねん2がつごうイカロス出版いかろすしゅっぱん

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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