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{{Pathnav|連続テレビ小説|frame=1}} |
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{{連続テレビ小説前後 |
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|16|[[おはようさん]]|1975年10月6日|1976年4月3日 |
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|17|雲のじゅうたん|1976年4月5日|10月2日 |
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|18|[[火の国に]]|1976年10月4日|1977年4月2日}} |
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{{基礎情報 テレビ番組 |
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{{基礎情報 テレビ番組 |
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|番組名=雲のじゅうたん |
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|番組名=雲のじゅうたん |
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|放送回数=156回 |
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|放送回数=156回 |
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|時代設定=[[大正]]7年〜[[昭和]]28年 |
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|時代設定=[[大正]]7年〜[[昭和]]28年 |
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|前作=[[おはようさん]] |
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|次作=[[火の国に]] |
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『'''雲のじゅうたん'''』(くものじゅうたん)は、[[1976年]]([[昭和]]51年)[[4月5日]]から[[10月2日]]まで放送された[[日本放送協会|NHK]][[連続テレビ小説]]17作目。 |
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『'''雲のじゅうたん'''』(くものじゅうたん)は、[[1976年]]([[昭和]]51年)[[4月5日]]から[[10月2日]]まで放送された[[日本放送協会|NHK]][[連続テレビ小説]]第17作。 |
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== 概要 == |
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== 概要 == |
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[[浅茅陽子]]扮するヒロイン真琴が、[[大正]]・[[昭和]]時代に飛行家([[パイロット (航空)|操縦士]])という夢に向かって奮闘する姿を伸びやかに描いている<ref name="mpte197609">{{Cite journal|和書|title=テレフィルム 「雲のじゅうたん」撮影始末記 / 森谷定政|journal=映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering|issue=289|publisher=[[日本映画テレビ技術協会]]|date=1976-09-01|pages=16 - 19|id={{NDLJP|4433070/9}}}}</ref>。[[秋田県]]が主な舞台となった初めての作品である<ref>「NHK放送史『朝ドラ100』」の[https://www.nhk.or.jp/archives/asadora/map/index.html 「ご当地マップ『秋田』」]を参照。</ref>。 |
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[[浅茅陽子]]扮するヒロイン真琴が、[[大正]]・[[昭和]]時代に飛行家([[パイロット (航空)|操縦士]])という夢に向かって奮闘する姿を伸びやかに描いている<ref name="mpte197609">{{Cite journal|和書|title=テレフィルム 「雲のじゅうたん」撮影始末記 / 森谷定政|journal=映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering|issue=289|publisher=[[日本映画テレビ技術協会]]|date=1976-09-01|pages=16 - 19|id={{NDLJP|4433070/9}}}}</ref>。[[秋田県]]が主な舞台となった初めての作品である<ref>「NHK放送史『朝ドラ100』」の[https://www.nhk.or.jp/archives/bangumi/special/asadora/map/index.html 「ご当地マップ『秋田』」]を参照。</ref>。 |
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[[中条静夫]]演じるヒロインの父・左衛門の、頑固親父ぶりも人気を博した。ナレーションの[[田中絹代]]は総集編の収録終了後の1976年12月27日に静養のため入院し、そのまま1977年3月に亡くなった<ref>[http://kinuyo-bunka.jp/mutter/post-110.html 下関市立近代先人顕彰館 田中絹代ぶんか館 名誉館長のつぶや記43]</ref>。 |
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[[中条静夫]]演じるヒロインの父・左衛門の、頑固親父ぶりも人気を博した。ナレーションの[[田中絹代]]は総集編の収録終了後の1976年12月27日に静養のため入院し、そのまま1977年3月に亡くなった<ref>[http://kinuyo-bunka.jp/mutter/post-110.html 下関市立近代先人顕彰館 田中絹代ぶんか館 名誉館長のつぶや記43]</ref>。 |
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1976 年の 平均視聴率は40.1%、 最高視聴率は48.7%( 関東地区、[[ビデオリサーチ]] 調べ)<ref>[ https://www.videor.co.jp/ tvrating/ past_tvrating/ drama/ 02/nhk. html ビデオリサーチ NHK 朝の 連続テレビ 小説【関東地区】]より 。</ref>。 全156 回。1976 年12 月20日から12月29 日まで、45 分の 総集編全10 回が 放送された。 |
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フィルム で収録した<ref name="mpte197609"/>。 |
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'''全話現存する最古の連続テレビ小説作品'''であり、また'''民放でも再放送された初のNHKドラマ'''でもある<ref name="masukomi-shimin197711">{{Cite journal|和書|title=放送デスクメモ――77・五~六 / 編集部|journal=マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌|issue=119|publisher=日本マスコミ市民会議|date=1977-11-01|pages=59 - 63|id={{NDLJP|3463789/31}}}}</ref>{{Efn|1977年10月(当初は1977年7月からの予定であった<ref name="masukomi-shimin197711"/>)から1978年3月まで、[[テレビ東京|東京12チャンネル(現・テレビ東京)]]の月 - 土8:30 - 8:55に放送(『[[風見鶏 (テレビドラマ)|風見鶏]]』放送直後)。東京12チャンネルはそれまで9:00から放送を開始していたが、この時より開始時刻が7:45と早くなったため、本作が編成された。}}。
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民放で販売され再放送された初のNHKドラマでもある<ref name="masukomi-shimin197711">{{Cite journal|和書|title=放送デスクメモ――77・五~六 / 編集部|journal=マスコミ市民 : ジャーナリストと市民を結ぶ情報誌|issue=119|publisher=日本マスコミ市民会議|date=1977-11-01|pages=59 - 63|id={{NDLJP|3463789/31}}}}</ref>{{Efn|1977年10月(当初は1977年7月からの予定であった<ref name="masukomi-shimin197711"/>)から1978年3月まで、[[テレビ東京|東京12チャンネル(現・テレビ東京)]]の月 - 土8時30分 - 8時55分に放送(『[[風見鶏 (テレビドラマ)|風見鶏]]』放送直後)。東京12チャンネルはそれまで9時00分から放送を開始していたが、この時より開始時刻が7時45分と早くなったため、本作が編成された。}}{{Efn|民放で再放送されたNHKドラマとしては1967年に東京12チャンネルで放送された『[[おはなはん]]』『[[横堀川 (テレビドラマ)|横堀川]]』『[[文五捕物絵図]]』が先である。このときは経営危機にあった同局を支援するための無償提供だった<ref name="masukomi-shimin197711" /><ref>金子明雄『東京12チャンネルの挑戦 300チャンネル時代への視点』三一書房、1998年、p.58</ref><ref>荒俣宏『TV博物誌』小学館、1997年、p.355</ref><ref name="中日">「NHK 『雲のじゅうたん』を売る 副収入へ初の“商売” 買い手は民放 全編で2500万円前後」『中日新聞』1977年6月11日付</ref>}}。 |
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1976 年の 平均視聴率は40.1%、 最高視聴率は48.7%( 関東地区、[[ビデオリサーチ]] 調べ)<ref>[ http://www.videor.co.jp/ data/ ratedata/ program/ 02asa. htm ビデオリサーチ NHK 朝の 連続テレビ 小説 過去の視聴率データより ]</ref>。 全156 回。1976 年12 月20日から12月29 日まで、45 分の 総集編全10 回が 放送された。 |
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[[1976年]]当時、同タイトルで小説化本が発売された(田向正健・追島小葉・著、[[日本放送出版協会]])。 |
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[[1976年]]当時、同タイトルで小説化本が発売された(田向正健・追島小葉・著、[[日本放送出版協会]])。 |
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ロケ撮影ではフィルム が用いられている<ref name="mpte197609"/>。 |
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前述のように初めて民放へ本格的に販売されたNHKの番組である。これまでも1967年に東京12チャンネルに提供したドラマや[[放送番組センター]]を通して配給したドキュメント番組があったがそれらは非営利だった。『雲のじゅうたん』の販売は[[国際映画社]]の仲介で[[NHKサービスセンター]]との間で1977年5月に推定2,500万円で販売契約が成立し、作家・音楽家・出演者の再放送分報酬を除いた1,000万円前後がNHKの取り分となった<ref name="中日" />。 |
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1999年10月4日から2000年4月1日まで、[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK BS2]]で月 - 土午前7時46分 - 8時1分に全156回が再放送された。 |
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1999年10月4日から2000年4月1日まで、[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK BS2]]で月 - 土午前7時46分 - 8時1分に全156回が再放送された。 |
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== キャスト == |
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== キャスト == |
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; 小野間(稲葉)真琴 |
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; 小野間(稲葉)真琴 |
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: 演 - [[浅茅陽子]]<ref>{{NHK人物録|D0009070866_00000|浅茅陽子}}</ref><ref>{{Cite journal|和書|title=夢いつぱいの青空を目指して / 浅茅陽子|journal=[[婦人生活]]|volume=30|issue=6|publisher=[[婦人生活社]]|date=1976-05-01|pages=77 - 79|id={{NDLJP|2324554/25}}}}</ref> |
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: 演 - [[浅茅陽子]]<ref>{{NHK人物録|D0009122966_00000|浅茅陽子}}</ref><ref>{{Cite journal|和書|title=夢いつぱいの青空を目指して / 浅茅陽子|journal=[[婦人生活]]|volume=30|issue=6|publisher=[[婦人生活社]]|date=1976-05-01|pages=77 - 79|id={{NDLJP|2324554/25}}}}</ref> |
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; 小野間左衛門 |
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; 小野間左衛門 |
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: 演 - [[中条静夫]] |
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: 演 - [[中条静夫]] |
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: 演 - [[千石規子]] |
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: 演 - [[千石規子]] |
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; 茅野隆二 |
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; 茅野隆二 |
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: 演 - [[志垣太郎]]<ref>{{NHK人物録|D0009071172_00000|志垣太郎}}</ref> |
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: 演 - [[志垣太郎]]<ref>{{NHK人物録|D0009120422_00000|志垣太郎}}</ref> |
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: 海軍少尉 |
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: 海軍少尉 |
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; 三吉 |
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; 三吉 |
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*語り - [[田中絹代]]<ref name="bpcj"/> |
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*語り - [[田中絹代]]<ref name="bpcj"/> |
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== モデル == |
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== 「モデル」とされた飛行士たち == |
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{{see also|第二次世界大戦前の日本の女性飛行士}} |
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好評を得たドラマであり、初期の女性飛行士たちにも注目が集まった(後に掲げる、「モデル」と取りざたされた人々は放送時点でも存命であった)。モデル探しの過熱や、特定人物と過度に結び付けられることに配慮したためか、1976年時点で脚本の[[田向正健]]は「あくまでもオリジナル作品で、特定のモデルはいない」と強調している<ref name="sato-1976"/>。2020年現在のNHKは、「ヒロインのモデルとなった人物は日本初の女性飛行士をはじめ複数いたそうだ」と記している<ref>{{cite web|url=https://www2.nhk.or.jp/archives/search/special/detail/?d=asadra018|title=東北が舞台の連続テレビ小説|work=NHKアーカイブス|publisher=NHK|accessdate=2021-5-9}}</ref><ref>{{cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E5%85%B5%E9%A0%AD%20%E7%B2%BE-1653361|title=兵頭精|work=20世紀日本人名事典|accessdate=2021-5-9}}</ref>。 |
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好評を得たドラマであり、初期の女性飛行士たちにも注目が集まった(後に掲げる、「モデル」と取りざたされた人々は放送時点で存命であった)。モデル探しの過熱や、特定人物と過度に結び付けられることに配慮したためか、1976年時点で脚本の[[田向正健]]は「あくまでもオリジナル作品で、特定のモデルはいない」と強調している<ref name="sato-1976"/>。2020年現在のNHKは、「ヒロインのモデルとなった人物は日本初の女性飛行士をはじめ複数いたそうだ」と記している<ref>{{Cite web|和書|url=https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=C0010416|title=東北が舞台の連続テレビ小説|work=NHKアーカイブス|publisher=NHK|accessdate=2021-5-9}}</ref><ref>{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/%E5%85%B5%E9%A0%AD%20%E7%B2%BE-1653361|title=兵頭精|work=20世紀日本人名事典|accessdate=2021-5-9}}</ref>。 |
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第二次世界大戦以前の日本で飛行士となった女性は27名いる{{sfn|村山茂代|2007|p=45}}(二等飛行機操縦士20人・三等飛行機操縦士7人{{sfn|村山茂代|2007|p=47}}{{efn|[[航空法施行規則]](昭和2年逓信省令第8号)では三等飛行機操縦士免許は規定されず、当分の間の措置として別個に「三等飛行機操縦士免許規則」(昭和2年逓信省令第12号)が定められた。}}。パイロットを職業とするために必要な一等飛行機操縦士{{efn|[[航空法施行規則]](昭和2年逓信省令第8号)第69条「一等飛行機操縦士免状ノ受有者ハ用途ノ如何ニ拘ラス免状ニ掲クル飛行機ノ操縦ニ従事スルコトヲ得/二等飛行機操縦士免状ノ受有者ハ運送営業ノ為ニスル場合ヲ除クノ外免状ニ掲クル飛行機ノ操縦ニ従事スルコトヲ得」。}}の受験資格は女性にはなかった{{sfn|村山茂代|2007|p=48}})。「『雲のじゅうたん』の主人公のモデル」として、以下のように複数の人物の名が挙げられる(カッコ内は結婚後の姓。資格取得順{{sfn|村山茂代|2007|p=48}})。 |
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第二次世界大戦以前の日本で飛行士の資格を取得した女性は30人ほどいる{{efn|『ヒコーキ野郎』1977年6月号掲載の「戦前の女性飛行士一覧表」(日本婦人航空協会監修)によれば27名である{{sfn|村山茂代|2007|p=45}}(二等飛行機操縦士20人・三等飛行機操縦士7人{{sfn|村山茂代|2007|p=47}}。パイロットを職業とするために必要な一等飛行機操縦士の受験資格は女性にはなかった{{sfn|村山茂代|2007|p=48}})。ただし[[北村兼子]]が記されていないなど、この「一覧表」には遺漏もあるとみられる。}}。「『雲のじゅうたん』の主人公のモデル」として、以下のように複数の人物の名が挙げられる(カッコ内は結婚後の姓。資格取得順{{sfn|村山茂代|2007|p=48}})。 |
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*[[兵頭精]]<ref>{{cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E5%85%B5%E9%A0%AD%E7%B2%BE-1103812|title=兵頭精|work=デジタル版 日本人名大辞典+Plus|accessdate=2021-5-9}}</ref><ref>{{cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E5%85%B5%E9%A0%AD%20%E7%B2%BE-1653361|title=兵頭精|work=20世紀日本人名事典|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 愛媛県出身。日本初の女性飛行士(1922年3月に三等飛行機操縦士資格取得)。1980年没。 |
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*[[兵頭精]]<ref>{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/%E5%85%B5%E9%A0%AD%E7%B2%BE-1103812|title=兵頭精|work=デジタル版 日本人名大辞典+Plus|accessdate=2021-5-9}}</ref><ref>{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/%E5%85%B5%E9%A0%AD%20%E7%B2%BE-1653361|title=兵頭精|work=20世紀日本人名事典|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 愛媛県出身。日本初の女性飛行士(1922年3月に三等飛行機操縦士資格取得)。1980年没。 |
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*[[木部シゲノ]]<ref>{{cite web|url=https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/jinbutsu/kibe.html|title=木部シゲノ|work= 豊前の先人たち|publisher=豊前市|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 福岡県出身。最初の女性二等飛行機操縦士(1927年8月に資格取得)。戦後は及位野衣らと日本婦人航空協会を設立。1980年没。 |
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*[[木部シゲノ]]<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/jinbutsu/kibe.html|title=木部シゲノ|work= 豊前の先人たち|publisher=豊前市|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 福岡県出身。最初の女性二等飛行機操縦士(1927年8月に資格取得)。戦後は及位野衣らと[[日本婦人航空協会]]を設立。1980年没。 |
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*[[前田あさの]](龍あさの)<ref>{{cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E7%AB%9C%20%E3%81%82%E3%81%95%E3%81%AE-1658666|title=竜あさの|work=20世紀日本人名事典|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 奈良県出身。1925年12月に4人目の女性飛行家となる。1979年没。 |
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*[[前田あさの]](龍あさの)<ref>{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/%E7%AB%9C%20%E3%81%82%E3%81%95%E3%81%AE-1658666|title=竜あさの|work=20世紀日本人名事典|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 奈良県出身。1925年12月に4人目の女性飛行家となる。1979年没。 |
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*[[今井小松|今井小まつ]](西原小まつ)<ref>{{cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E8%A5%BF%E5%8E%9F%20%E5%B0%8F%E3%81%BE%E3%81%A4-1651861|title=西原小まつ|work=デジタル版 日本人名大辞典+Plus|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 京都府出身。1927年12月、木部に続いて二等飛行機操縦士。航空作家としても活動。1984年没。 |
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*[[今井小松|今井小まつ]](西原小まつ)<ref>{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/%E8%A5%BF%E5%8E%9F%20%E5%B0%8F%E3%81%BE%E3%81%A4-1651861|title=西原小まつ|work=デジタル版 日本人名大辞典+Plus|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 京都府出身。1927年12月、木部に続いて二等飛行機操縦士。航空作家としても活動。1984年没。 |
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*[[西崎キク|松本キク]](西崎キク)<ref>{{cite web|url=http://www.town.kamisato.saitama.jp/1285.htm|title=地域にあって|work= 郷土の偉人・西﨑キク|publisher=上里町|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 埼玉県出身。女性水上飛行機操縦士第1号。1934年、海外に飛行した初の女性飛行士の一人。1979年没。 |
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*[[西崎キク|松本キク]](西崎キク)<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.town.kamisato.saitama.jp/1285.htm|title=地域にあって|work= 郷土の偉人・西﨑キク|publisher=上里町|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 埼玉県出身。女性水上飛行機操縦士第1号。1934年、海外に飛行した初の女性飛行士の一人。1979年没。 |
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*[[馬淵テフ子]]{{sfn|鹿角市先人顕彰館研究員(編)|2020|p=165}} - 秋田県鹿角郡出身(出生地は青森県弘前市)。1934年、秋田に郷土飛行。海外に飛行した初の女性飛行士の一人。1985年没。 |
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*[[馬淵テフ子]]{{sfn|鹿角市先人顕彰館研究員(編)|2020|p=165}} - 秋田県鹿角郡出身(出生地は青森県弘前市)。1934年、秋田に郷土飛行。海外に飛行した初の女性飛行士の一人。1985年没。 |
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*[[及位ヤヱ|及位野衣]]<ref>{{cite web|url=https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8A%E4%BD%8D%E3%83%A4%E3%83%B1-1100178|title=及位ヤヱ|work=デジタル版 日本人名大辞典+Plus|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 秋田県山本郡生まれ、[[角館町]]で幼少期を過ごし、山形県で成長。戦後も飛行士として活動。2005年没。 |
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*[[及位ヤヱ|及位野衣]]<ref>{{Cite web|和書|url=https://kotobank.jp/word/%E5%8F%8A%E4%BD%8D%E3%83%A4%E3%83%B1-1100178|title=及位ヤヱ|work=デジタル版 日本人名大辞典+Plus|accessdate=2021-5-9}}</ref> - 秋田県山本郡生まれ、[[角館町]]で幼少期を過ごし、山形県で成長。戦後も飛行士として活動。2005年没。 |
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== その他 == |
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== その他 == |
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== 関連項目 == |
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== 関連項目 == |
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*[[舞いあがれ!]] - 2022年10月3日から放送を開始した朝ドラ。本作と同様、ヒロインがパイロットを目指す。 |
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*[[舞いあがれ!]] - 2022年度下半期に放送された朝ドラ。本作と同様、ヒロインがパイロットを目指す。 |
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== 外部リンク == |
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== 外部リンク == |
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* {{NHK放送史|D0009010207_00000|連続テレビ小説 雲のじゅうたん}} |
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* {{NHK放送史|D0009010207_00000|連続テレビ小説 雲のじゅうたん}} |
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* [https://www.nhk.or.jp/archives/bangumi/special/asadora/drama/d_017.html 第17作「雲のじゅうたん」] - NHK朝ドラ100 |
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* [https://www6.nhk.or.jp/drama/pastprog/detail.html?i=asadora17 連続テレビ小説「雲のじゅうたん」] - NHKドラマ |
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* [https://userweb.shikoku.ne.jp/atlas/book/200003.html 兵頭精、空を飛びます] |
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* [https://userweb.shikoku.ne.jp/atlas/book/200003.html 兵頭精、空を飛びます] |
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* [http://www.town.kamisato.saitama.jp/ijin/index.htm 郷土の偉人西崎キク] |
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* [http://www.town.kamisato.saitama.jp/ijin/index.htm 郷土の偉人西崎キク] |
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[[Category:連続テレビ小説]] |
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[[Category:1976 年のテレビドラマ]] |
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[[Category:田向正健脚本のテレビドラマ]] |
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[[Category:航空ドラマ]] |
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[[Category:パイロット|作品]] |
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『雲のじゅうたん』(くものじゅうたん)は、1976年(昭和51年)4月5日から10月2日まで放送されたNHK連続テレビ小説第17作。
浅茅陽子扮するヒロイン真琴が、大正・昭和時代に飛行家(操縦士)という夢に向かって奮闘する姿を伸びやかに描いている[1]。秋田県が主な舞台となった初めての作品である[2]。
中条静夫演じるヒロインの父・左衛門の、頑固親父ぶりも人気を博した。ナレーションの田中絹代は総集編の収録終了後の1976年12月27日に静養のため入院し、そのまま1977年3月に亡くなった[3]。
1976年の平均視聴率は40.1%、最高視聴率は48.7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)[4]。全156回。1976年12月20日から12月29日まで、45分の総集編全10回が放送された。
民放で販売され再放送された初のNHKドラマでもある[5][注釈 1][注釈 2]。
1976年当時、同タイトルで小説化本が発売された(田向正健・追島小葉・著、日本放送出版協会)。
ロケ撮影ではフィルムが用いられている[1]。
前述のように初めて民放へ本格的に販売されたNHKの番組である。これまでも1967年に東京12チャンネルに提供したドラマや放送番組センターを通して配給したドキュメント番組があったがそれらは非営利だった。『雲のじゅうたん』の販売は国際映画社の仲介でNHKサービスセンターとの間で1977年5月に推定2,500万円で販売契約が成立し、作家・音楽家・出演者の再放送分報酬を除いた1,000万円前後がNHKの取り分となった[8]。
1999年10月4日から2000年4月1日まで、NHK BS2で月 - 土午前7時46分 - 8時1分に全156回が再放送された。
2001年には、全5巻の総集編VHSビデオが発売された。
各地のNHKアーカイブスの番組公開ライブラリーで総集編全10回を視聴可能。
ただし完全版・総集編共にDVDは未発売。
放送ライブラリーでは第1回が公開[9]。
テーマ曲はCD「朝ドラ~NHK連続テレビ小説テーマ集」(2006年、ソニー・ミュージック、MHCL-722)に収録されている。
- 小野間(稲葉)真琴
- 演 - 浅茅陽子[10][11]
- 小野間左衛門
- 演 - 中条静夫
- 小野間たき
- 演 - 幸田弘子[12]
- 小野間千代
- 演 - 堀井永子
- 小野間直子
- 演 - 浅利香津代
- 小野間行雄
- 演 - 小鹿番
- 小野間良子
- 演 - 斉藤友子
- 小野間英子
- 演 - 川島ゆかり
- 井原高子
- 演 - 山田はるみ
- 稲葉忠裕
- 演 - 竜崎勝
- 稲葉誠
- 演 - 井上純一(幼少期: 演 - 古川清隆)
- 遠井知恵子→稲葉知恵子
- 演 - 佐野布美子
- 利根優
- 演 - 高松英郎
- 飛行学校校長
- 白川義信
- 演 - 船越英二
- 白川春子
- 演 - 馬渕晴子
- 白川信之助
- 演 - 辻辰行
- 高沢兼子
- 演 - 千石規子
- 茅野隆二
- 演 - 志垣太郎[13]
- 海軍少尉
- 三吉
- 演 - 北村和夫(幼少期: 演 - 兼安博文)
- とめ
- 演 - 大久保正信
- 加屋徳次郎
- 演 - 戸浦六宏
- 順三
- 演 - 鈴木公久
- 安藤先生
- 演 - 奥村公延
- 小林町長
- 演 - 小松方正
- 大林良平
- 演 - 矢崎滋
- 俊堂
- 演 - 風間杜夫[14]
- 飛行訓練生
- 正吉
- 演 - 桐原史雄
- その他
- 演 - 金井大、山崎猛、山谷初男、大山高男、矢田稔、東啓子、佐藤輝、山田康雄 他
「モデル」とされた飛行士たち[編集]
好評を得たドラマであり、初期の女性飛行士たちにも注目が集まった(後に掲げる、「モデル」と取りざたされた人々は放送時点で存命であった)。モデル探しの過熱や、特定人物と過度に結び付けられることに配慮したためか、1976年時点で脚本の田向正健は「あくまでもオリジナル作品で、特定のモデルはいない」と強調している[16]。2020年現在のNHKは、「ヒロインのモデルとなった人物は日本初の女性飛行士をはじめ複数いたそうだ」と記している[17][18]。
第二次世界大戦以前の日本で飛行士の資格を取得した女性は30人ほどいる[注釈 3]。「『雲のじゅうたん』の主人公のモデル」として、以下のように複数の人物の名が挙げられる(カッコ内は結婚後の姓。資格取得順)。
- 兵頭精[22][23] - 愛媛県出身。日本初の女性飛行士(1922年3月に三等飛行機操縦士資格取得)。1980年没。
- 木部シゲノ[24] - 福岡県出身。最初の女性二等飛行機操縦士(1927年8月に資格取得)。戦後は及位野衣らと日本婦人航空協会を設立。1980年没。
- 前田あさの(龍あさの)[25] - 奈良県出身。1925年12月に4人目の女性飛行家となる。1979年没。
- 今井小まつ(西原小まつ)[26] - 京都府出身。1927年12月、木部に続いて二等飛行機操縦士。航空作家としても活動。1984年没。
- 松本キク(西崎キク)[27] - 埼玉県出身。女性水上飛行機操縦士第1号。1934年、海外に飛行した初の女性飛行士の一人。1979年没。
- 馬淵テフ子 - 秋田県鹿角郡出身(出生地は青森県弘前市)。1934年、秋田に郷土飛行。海外に飛行した初の女性飛行士の一人。1985年没。
- 及位野衣[29] - 秋田県山本郡生まれ、角館町で幼少期を過ごし、山形県で成長。戦後も飛行士として活動。2005年没。
ドラマに登場する複葉機の「利根号」は木村秀政が設計した[1]。
『ふたりっ子』の初期では、主人公の野田家で朝、登場人物が「雲のじゅうたん」を視聴している設定のシーンがあった。また、『カムカムエヴリバディ』の第69話でも、主人公の大月家で家族3人[注釈 4]が視聴するシーンが描かれている。
作品中で、『へば』(秋田地方の方言)が使用されているので、”へばちゃん”がブームとなる。主人公役の方が、へばちゃんと呼ばれ、親しまれる。
- ^ 1977年10月(当初は1977年7月からの予定であった[5])から1978年3月まで、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の月 - 土8時30分 - 8時55分に放送(『風見鶏』放送直後)。東京12チャンネルはそれまで9時00分から放送を開始していたが、この時より開始時刻が7時45分と早くなったため、本作が編成された。
- ^ 民放で再放送されたNHKドラマとしては1967年に東京12チャンネルで放送された『おはなはん』『横堀川』『文五捕物絵図』が先である。このときは経営危機にあった同局を支援するための無償提供だった[5][6][7][8]
- ^ 『ヒコーキ野郎』1977年6月号掲載の「戦前の女性飛行士一覧表」(日本婦人航空協会監修)によれば27名である(二等飛行機操縦士20人・三等飛行機操縦士7人。パイロットを職業とするために必要な一等飛行機操縦士の受験資格は女性にはなかった)。ただし北村兼子が記されていないなど、この「一覧表」には遺漏もあるとみられる。
- ^ 大月るい(演 - 深津絵里)と夫の錠一郎(演 - オダギリジョー)、娘のひなた(演 - 新津ちせ)の3人によるシーン。なお、ひなた役は1983年の場面から川栄李奈が演じる。大月家はこの後、長男の桃太郎(演 - 青木柚)が誕生する。
- 舞いあがれ! - 2022年度下半期に放送された朝ドラ。本作と同様、ヒロインがパイロットを目指す。
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1960年代 (#01 - 09) | |
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1970年代 (#10 - 24) | |
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1980年代 (#25 - 43) | |
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1990年代 (#44 - 61) | |
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2000年代 (#62 - 81) | |
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2010年代 (#82 - 101) | |
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2020年代 (#102 - 121) | |
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「*」…NHK大阪放送局制作。「☆」…放送期間1年間(他は半年)。
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