ASTRO-Gは、国際的な天体観測プロジェクトである宇宙VLBI計画「VSOP-2」で使用するために、日本の国立天文台 (NAOJ) と宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 (JAXA/ISAS) が中心となって開発していた電波天文衛星である。開発の過程で、中核となる高精度展開アンテナの技術課題が明らかになり、費用と開発期間の超過が予想されることから、2011年にプロジェクトは中止された。
ASTROとは、Astronomyの略語であり、宇宙航空研究開発機構への改組前の組織であった宇宙科学研究所内の開発コードネームである。宇宙空間利用を行い、そこで天体観測などを行うプロジェクトの名称をASTROと呼び、太陽系内天体である惑星探査などのプロジェクトはPLANETと呼ぶ。なお、月探査計画は、内部審議によってSELENEと決まったため、SELENE計画と呼ぶ。最初のプロジェクトは、アルファベット順に決まり、軌道投入後に愛称が決定される。以前は、内部提案やプロジェクトマネージャーなどによって愛称が決定されてきたが、規模の大きなプロジェクトは公募によって愛称を定めるため、この衛星の愛称は決まっていない。
以前の「はるか」は、「はるか彼方の宇宙からの贈り物」の最初の文字を取って、「はるか」に決定された。地上で観測できる電波天文学観測限界(これは、ドーズ限界と呼ばれており、口径によって決まる)を超えた分解能を実現できる電波観測口径を実現できるためである。
VSOP-2は、宇宙VLBI計画である「VSOP」の後継計画である。VSOPで用いられた宇宙電波望遠鏡である「はるか」は宇宙VLBIが可能であることを実証するための工学実験衛星であったが、実際に観測を行い大きな成果をあげた。そのためVSOPの後継プロジェクトは世界中の電波天文学者から早期の実施を望まれていた。
VLBIとは、複数の電波望遠鏡を協調して働かせることで、巨大な一つの望遠鏡で観測したのと同じ精度を得る技術である。宇宙VLBIとは、電波望遠鏡の一つを宇宙に置くことで、地球の直径の何倍もの大きさの望遠鏡を設置したのと同じ精度で天体観測を行う技術である。
VSOP-2では、ASTRO-G衛星を使って直径3万kmの望遠鏡を構築し、より高い周波数を使うことでVSOPの10倍の精度で観測を行うことを目標とした。この精度で銀河核やブラックホールなどを観測し、その構造や物理現象の解明に資することを目的とした。
主な観測目標は
- ジェットの構造と生成・加速領域
- 活動銀河核のブラックホールの降着円盤
- 星形成領域
- マイクロクェーサー
- 超新星
- 重力レンズ天体
など。
当初は2012年夏頃に打ち上げ、軌道管制によって予定軌道へ投入、2012年冬頃にファーストライト、その後5年から7年程度の運用を予定していた。投入軌道は、近地点800km、遠地点30,000kmの「はるか」と同じ楕円軌道になる予定であった。理由としては、「はるか」用に開発したスペースVLBI用軌道計算シミュレーションソフト等をそのまま活用することや、スペースVLBI計画における連続性を重視しているためである。
当機の主鏡は軌道上展開式の9m口径電波反射鏡である。観測波長がミリメートルオーダーであるため、反射鏡は金メッキされたメッシュで構成される。7個の小さなモジュールが組み合わさって大きな反射鏡を構成する構造になっており、これにはきく8号(ETS-VIII)の技術が使われる。ただし個々のモジュールはきく8号ではモリブデン線であったが、鏡面精度を上げるためこれをタングステン線に替え、表面を金メッキする。
「はるか」では観測周波数は主に5GHz、最大22GHzであったが、当機では最大43GHzでの観測に対応する。これにより38マイクロ秒角の空間分解能を実現する。また「はるか」では不可能だった左右両偏波観測に対応する。
「はるか」ではM-Vロケットによる打ち上げだったために比較的小型の衛星であったが、ASTRO-GはH-IIシリーズロケットで打ち上げるために衛星搭載機器を増すことができた。その分電力等で余裕を持った設計となり、「はるか」では地球の影による観測停止等で観測の難しかった期間がなくなるため、24時間連続運用が可能になる見込みであった。
2006年5月9日にJAXA理事会で正式に承認。競合案件は次期X線天文衛星とソーラー電力セイルミッションであったが、事前にVSOP-2を推薦する方向で調整を行った。VSOP-2が推薦された理由としては、工学試験衛星「はるか」の記録映像が、科学技術映画賞を受賞することになり、また、スペースVLBI計画を実施できているのが日本だけのため、各国からも注目を受けていたという経緯があった。同年7月11日に宇宙開発委員会で計画の事前評価が行われ、妥当であると判断された[1]。国会で2007年度(平成19年度)予算として承認され、開発が決定した。
2007年度から開発が開始。基本仕様による入札が終わり、衛星本体開発メーカとの間で仕様調整が行われ、国立天文台では運用関連のソフトウエア整備や衛星の心臓部ともいえる受信装置の開発を、宇宙科学研究本部では、本体搭載機器の開発を実施した。基本は、きく8号と同じ仕様であるが、目標周波数が高いため、メッシュ構造についても高い精度を目指した開発が行われる予定だった。
しかし2009年、アンテナ鏡面が要求精度に達しないという技術的課題が判明。同年に予算が停止、2010年度予算はゼロとなり[2]、プロジェクトは中断状態となった。この間に課題の検討が進められたところ、達成可能な鏡面精度では予定された成果は得られず、科学的目標を妥協してもなお開発資金と期間が予定を大幅に超えるとの結論に達した[3]。
2010年12月には計画を主導する宇宙科学研究所がASTRO-Gの中止を判断。その後プロジェクト中止へ向けて準備を進め、2011年8月24日の宇宙開発委員会において、JAXAからASTRO-G計画の中止が提案された[3]。そして2011年11月30日の宇宙開発委員会の結論を受け、正式にプロジェクトの中止が決定された[4]。