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くりこみから転送てんそう
量子りょうしろん
(ファインマン・ダイアグラム)
歴史れきし

(くりこみ、アメリカ英語えいご:Renormalization イギリスとう英語えいごおよフランス語ふらんすご:Renormalisation )とは、量子りょうしろん使つかわれる、計算けいさん結果けっか無限むげんだい発散はっさんしてしまうのをふせ数学すうがくてき技法ぎほうであり、同時どうじ量子りょうしろんたすべきさい重要じゅうよう原理げんりのひとつでもある。

くりこみにより、量子りょうしろん電磁でんじ相互そうご作用さよう適用てきようした量子りょうし電磁でんじ力学りきがく完成かんせいした。量子りょうしろんにくりこみをもちいる方法ほうほうは、以後いご量子りょうししょく力学りきがくおよびワインバーグ・サラム理論りろん構築こうちくするさい規範きはんとなる。

概要がいよう[編集へんしゅう]

量子力学りょうしりきがく摂動せつどうろんでは相互そうご作用さようこうふくまない自由じゆうハミルトニアンの固有こゆう状態じょうたい初期しょき状態じょうたいにしてその時間じかん発展はってんもとめるため、相互そうご作用さようつうじて自由じゆうハミルトニアンが保存ほぞんしない中間ちゅうかん状態じょうたいにも遷移せんい可能かのうである(確定かくていせい原理げんり参照さんしょう)。量子りょうしろん (QFT) ではそのようななかあいだ状態じょうたい無限むげんにある。中間なかま状態じょうたい存在そんざい可能かのう運動うんどうりょう積分せきぶんすると特定とくてい過程かていかんして運動うんどうりょう質量しつりょう結合けつごう定数ていすうかんする発散はっさん発生はっせいする。しかし実際じっさい物理ぶつり現象げんしょうはこのような発散はっさんしめさず、量子りょうし補正ほせいあらわれる発散はっさん物理ぶつりてきであると理解りかいされるべきである。

簡単かんたんれいとしてスカラー4てん理論りろんの、次元じげん正則せいそくほうにおける2てんあいだすうの1-loop補正ほせい

ける。ここで はスカラーじょう外線がいせん運動うんどうりょう はオイラー定数ていすう はスカラーじょう質量しつりょう次元じげん正則せいそくにおいてdの4次元じげん極限きょくげんで0となるりょう、ここでは であり、括弧かっこないすえこうは4次元じげん極限きょくげん消滅しょうめつする いち以上いじょうこうである。後述こうじゅつするくりこみスケールであり、粒子りゅうし散乱さんらんなどをかんがえるさい外線がいせん運動うんどうりょう 相当そうとうする。ここで括弧かっこないだいいちこう発散はっさんあらわれていることがかる。このしきでは左辺さへん外線がいせん運動うんどうりょう関数かんすうとしてかれているが右辺うへん外線がいせん運動うんどうりょうふくまない関数かんすうけいとなっている。これはスカラー4てん理論りろん特有とくゆう結果けっかであり、一般いっぱんにフェルミオンやベクトルじょうふく理論りろんでは外線がいせん運動うんどうりょうふくこう右辺うへんあらわれる。右辺うへんあらわれる発散はっさん上記じょうき物理ぶつりてき発散はっさんであり、これらの無限むげんだい電子でんし質量しつりょう結合けつごう定数ていすうなどの理論りろんのパラメータのさい定義ていぎによってのぞくことができる。具体ぐたいてきには、発散はっさんしているパラメータ(はだかのパラメータ)をもちいて記述きじゅつされている理論りろんからスタートし、はだか理論りろん物理ぶつりてきなパラメータに対応たいおうする部分ぶぶん(くりこまれたパラメータ)と物理ぶつりてき発散はっさん部分ぶぶん(counter term)にはなし、くりこまれたりょうもちいて量子りょうし補正ほせい計算けいさんした結果けっかあらわれる発散はっさんとcounter termを相殺そうさいさせるという計算けいさんほうもっと簡単かんたんである。たとえばスカラー4てん理論りろんにおけるてん関数かんすうかんしては「はだかの」ラグランジアン

はだか質量しつりょうかんして

と、くりこまれた有限ゆうげん質量しつりょうパラメータ 定義ていぎすることではだか質量しつりょうから発散はっさんはなす。はそれぞれ質量しつりょう波動はどう関数かんすうかんするくりこみ係数けいすうばれる発散はっさんする係数けいすうである。スカラー4てん理論りろんでは波動はどう関数かんすうくりこみが存在そんざいしないため通常つうじょうとする。さい右辺うへんはつこうがくりこまれた質量しつりょうパラメータ、項目こうもくがcounter termとなる。Counter termとくりこまれたパラメータでかれた量子りょうし補正ほせいによる発散はっさん相殺そうさい条件じょうけんひとつとして

というくりこみ条件じょうけんあたえることが出来できる(minimal subtraction scheme)。この条件下じょうけんかでは最早もはや量子りょうし補正ほせいから発散はっさん部分ぶぶんはらわれていることがかる。

また上記じょうきのようにこれは次元じげん正則せいそくほうによる計算けいさん方法ほうほうであり、量子りょうし補正ほせいにおける発散はっさん方法ほうほうはこのかぎりではない。たとえば運動うんどうりょうむらさきがい切断せつだんによる正則せいそくほうではスカラーじょうてん関数かんすうたいする補正ほせい

ける。ここで運動うんどうりょうむらさきがい切断せつだんてんである。理論りろんむらさきがい切断せつだん非常ひじょうたか場合ばあい量子りょうし補正ほせいにおける発散はっさんはいわゆる発散はっさんとしてあらわれる。量子りょうし補正ほせいやそこからあらわれる発散はっさんあつか場合ばあいには、くりこみ処方しょほう同様どうよう正則せいそく処方しょほう計算けいさん目的もくてきわせてえら必要ひつようがある。(実際じっさい計算けいさん目的もくてきではなく理論りろん形式けいしきとしては、むらさきがい切断せつだん積分せきぶん範囲はんい定数ていすう固定こていするためローレンツども変性へんせいたさないのにたいし、次元じげん正則せいそくはローレンツきょう変性へんせいたす利点りてんがある。)

くりこみ可能かのうせい[編集へんしゅう]

ところがあらゆる理論りろんにくりこみ処方しょほう有効ゆうこうであるわけではない。理論りろんなかあらわれる発散はっさん有限ゆうげんむかどうかという情報じょうほうはくりこみを適用てきようするじょう重要じゅうようである。有限ゆうげんのcounter termで理論りろんのすべての無限むげんだいのぞくことができる理論りろんくりこみ可能かのうであるという。素粒子そりゅうし標準ひょうじゅん模型もけいにおけるゲージ理論りろん、すなわち量子りょうし電磁でんじ力学りきがく (QED) 、ワインバーグ・サラム理論りろん量子りょうししょく力学りきがく (QCD) は結合けつごう定数ていすう質量しつりょう次元じげんれいのゲージ理論りろんであり、くりこみ可能かのうであることがられている。(くりこみ可能かのう数学すうがくてき帰納きのうほう証明しょうめいするには、まずていつぎ可能かのうであることを実際じっさい計算けいさんしてしめし、つぎにnつぎまでくりこみ可能かのうならばn+1でも可能かのうであることをウォードの恒等こうとうしきによりしめす。ウォードの恒等こうとうしきりたないことをゲージ異常いじょう(ゲージ・アノマリ)とぶ。ゲージ異常いじょうがあると単純たんじゅんには、くりこみ不可能ふかのうである。QCDにおいてゲージ異常いじょうをゼロに相殺そうさいするには、クォークのフレーバーすうが6であることが必要ひつようである(小林こばやしえきがわ)。なお、ゲージ異常いじょうはアティヤ・シンガーの指数しすう定理ていり関連かんれんしている。また、ウォードの恒等こうとうしきは、ゲージ理論りろん種類しゅるいにより、ウォード・高橋たかはし・スラブノフ・テイラーの恒等こうとうしき拡張かくちょうされる。)また標準ひょうじゅん模型もけいにおけるHiggs自身じしん結合けつごう、Higgsとフェルミオンの結合けつごう湯川ゆかわ結合けつごう)のいずれも質量しつりょう次元じげんたない結合けつごう定数ていすうによる理論りろんであるためくりこみが適用てきようできる。しかし理論りろん結合けつごう定数ていすうまけ質量しつりょう次元じげんつと発散はっさん自体じたいかずが、えがけるファインマンダイアグラムかずだけえる。摂動せつどうろん高次こうじまで考慮こうりょすると、発散はっさん自体じたい無限むげんあらわれ、発散はっさんをパラメータのさい定義ていぎ吸収きゅうしゅうしきれなくなり、この場合ばあいはくりこみ不可能ふかのうである。ワインバーグ・サラム模型もけいていエネルギー有効ゆうこう理論りろんである4てんフェルミ結合けつごうなどはこれにあたる。また結合けつごう定数ていすうせい質量しつりょう次元じげん理論りろん上記じょうき理論りろんくら発散はっさんすくなくあらわれるためcounter termもすくなくてむ。この場合ばあいちょうくりこみ可能かのうである、という。Higgsの自己じこ結合けつごうなどにあらわれるスカラーの3てん結合けつごうなどはこれにたるが、とく問題もんだいになることがないためたんにくりこみ可能かのう理論りろんとしてあつかわれる。

重力じゅうりょく記述きじゅつする一般いっぱん相対性理論そうたいせいりろんはゲージ理論りろんであるが、重力じゅうりょく結合けつごう定数ていすうまけ質量しつりょう次元じげんっており、くりこみが不可能ふかのうであるので量子りょうしじょう理論りろん適用てきようすると無限むげん発散はっさんあらわれる。そのため重力じゅうりょく寄与きよ無視むしできなくなるこうエネルギー領域りょういきにおいては量子りょうしじょう理論りろんわる量子りょうし重力じゅうりょく理論りろん必要ひつようかんがえられている。

くりこみスケール[編集へんしゅう]

くりこみをもちいる方法ほうほうでは、有限ゆうげんな(まれた)物理ぶつり定数ていすうと、るべき無限むげんだいふくんだcounter termで理論りろん構築こうちくするのは前述ぜんじゅつとおりである。ところが発散はっさんのぞかたいちとおりではなく、条件じょうけんおうじて物理ぶつりてきなパラメータがどのなのかを逐一ちくいち解釈かいしゃくする必要ひつようがある。

距離きょりないしはエネルギーのスケールによって、物理ぶつり定数ていすうたいしての輻射ふくしゃ補正ほせいおおきさはことなる。そのため、くりこみのさいにどのスケールで観測かんそくされる物理ぶつり定数ていすうもちいるのかについては、いちとおりにさだまらないのである。理論りろんのくりこみをおこなうにさいしては、くりこみ条件じょうけんさだめるスケールを、基準きじゅんとしてひとえら必要ひつようがある。そのスケールを、理論りろんのくりこみてんまたはくりこみスケールとぶ。

くりこみスケールのはあくまで便宜べんぎてきなものであって、ていエネルギーのくりこみスケールをえらんだからといってこうエネルギーの物理ぶつり説明せつめいできなくなるといったことこらない。まれた摂動せつどうろんはくりこみスケールに関係かんけいなく、任意にんいのスケールで適用てきよう可能かのうである。これは議論ぎろんするスケールを限定げんていすることによってはだか物理ぶつり定数ていすう有限ゆうげん定義ていぎする、有効ゆうこうじょう理論りろん処方しょほうとは対照たいしょうてきである。くりこみぐん言葉ことばえば、かくスケールの有効ゆうこう理論りろん同士どうしむすびつけるのがくりこみぐんフローであるが、あるひとつのまれた理論りろんたいしては、ぜんスケールにわたって定義ていぎされたひとつのくりこみぐんフローが対応たいおうする。

一方いっぽうまれた理論りろんにおいても、くりこみスケールをえたとき物理ぶつり定数ていすう変化へんかについては、くりこみぐんもちいたあつかいが可能かのうである。この方法ほうほうにより、結合けつごう定数ていすうベータ関数かんすう定義ていぎされる。

歴史れきし[編集へんしゅう]

1930年代ねんだい量子りょうし電磁でんじ力学りきがく発展はってんしていく過程かていで、マックス・ボルンヴェルナー・ハイゼンベルクパスクアル・ヨルダンおよびポール・ディラック摂動せつどう計算けいさんにおいておおくの積分せきぶん発散はっさんすることを発見はっけんした。1930年代ねんだい発散はっさん解決かいけつする計算けいさんがいくつかなされたが、当時とうじ量子りょうしろん相対そうたいろんてき不備ふびであるため、正確せいかくあたえなかった。

これを解決かいけつしたのが、1943ねん朝永あさなが振一郎しんいちろうつくった相対そうたいろんてききょうへん量子りょうしろんちょう時間じかんろんである。くりこみはちょう時間じかんろん基礎きそにして確立かくりつされる。おくれることすうねんジュリアン・シュウィンガー朝永あさなが類似るいじ形式けいしきリチャード・ファインマン経路けいろ積分せきぶん(1948ねん)を形成けいせいし、朝永あさなが・シュウィンガー・ファインマンはくりこみ理論りろん建設けんせつする(フリーマン・ダイソンは3しゃ同等どうとうせい証明しょうめい)。くりこみは、相対そうたいろんじょう量子りょうしろんなら基本きほん原理げんりとされ、朝永あさなが・シュウィンガー・ファインマンの建設けんせつした量子りょうしろんてき電磁気でんじきがく基礎きそとなる。量子りょうし電磁でんじ力学りきがくは、以後いご素粒子そりゅうしろん典型てんけいとして、理論りろん形成けいせい規範きはんになり、量子りょうししょく力学りきがく・ワインバーグ=サラム理論りろんみちびいとになる。この業績ぎょうせきで、朝永あさなが振一郎しんいちろうジュリアン・シュウィンガーおよびリチャード・ファインマンノーベル物理ぶつりがくしょうける。

量子りょうし電磁でんじ力学りきがく完成かんせいのち、くりこみの手法しゅほう量子りょうししょく力学りきがく構築こうちくへと応用おうようされていく。かわゲージ理論りろん(1964-1973ねん)、くりこみ可能かのうせい証明しょうめい(1971ねん)、くりこみぐんによる漸近ぜんきんてき自由じゆうせい記述きじゅつ(1973ねん)では、くりこみがもちいられている。

ノーベルしょう[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • Michael E. Peskin; Daniel V. Schroeder (1995) (英語えいご). An Introduction to Quantum Field Theory. Westview Press. ISBN 978-0201503975 

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]