チグリスとユーフラテス

チグリスとユーフラテス
小説しょうせつ
著者ちょしゃ	新井あらい素子もとこ
イラスト	花井はない正子まさこ
出版しゅっぱん社しゃ	集英社しゅうえいしゃ
発売はつばい日び	1999年ねん2月がつ
テンプレート - ノート
プロジェクト	ライトノベル
ポータル	文学ぶんがく

『チグリスとユーフラテス』は、新井あらい素子もとこによる日本にっぽんのSF小説しょうせつ。『小説しょうせつすばる』1996年ねん4月がつ号ごうに「マリア・D」が掲載けいさいされた。以後いご、4作さくが掲載けいさいされ、1999年ねん2月がつに集英社しゅうえいしゃよりハードカバー単行たんこう本ほんが発売はつばいされた。装丁そうてい画がは花井はない正子まさこ。第だい20回かい日本にっぽんSF大賞たいしょうを受賞じゅしょうしたほか、第だい12回かい山本やまもと周五郎しゅうごろう賞しょうの候補こうほ作さくにも推おされている。

2000年ねん4月がつに徳間書店とくましょてんから発売はつばいされたSF雑誌ざっし『SF Japan [MILLENNIUM:00]』には「チグリスとユーフラテス外伝がいでん/馬場ばばさゆり」が掲載けいさいされ、2000年ねん12月に早川書房はやかわしょぼうから発売はつばいされた『2001』には外伝がいでん「あした」が掲載けいさいされた。2002年ねんには集英社しゅうえいしゃ文庫ぶんこより上下じょうげ巻まきに分冊ぶんさつした文庫ぶんこ版ばんが発売はつばいされている。

あらすじ

遠とおい未来みらい、地球ちきゅうから他た星ほし系けいへの惑星わくせい間あいだ移民いみんが行おこなわれるようになり、9番目ばんめの移民いみん惑星わくせいは「ナイン」と名付なづけられた。

船長せんちょうキャプテン・リュウイチ、その妻つまレイディ・アカリを含ふくむ30余よ名めいの移民いみん船せんのクルーたちはナインに定着ていちゃくし、いっしょに運はこんできた凍結とうけつ受精卵じゅせいらん、人工じんこう子宮しきゅうを用もちいてわずか37人にんから人口じんこう120万まん人にんを擁ようするナイン社会しゃかいを作つくり上あげた。しかし、原因げんいんが判わからないままナインの社会しゃかいでは新生児しんせいじが産うまれにくくなり、人口じんこうが減少げんしょうしはじめ、ついに「最後さいごの子供こども」ルナが生うまれてしまう。

ただ一人ひとりナイン残のこされたまま老おいたルナは、重度じゅうどの怪我けがや治療ちりょう法ほうが確立かくりつされていない病気びょうきで、未来みらいの治療ちりょうに希望きぼうを託たくしてコールドスリープしていた人間にんげんを順番じゅんばんに起おこし始はじめる。ルナは、自分じぶんが最後さいごの子供こどもになると知しりながら、母親ははおやは何故なぜ自分じぶんを生うんだのかを問といかける。ルナと4人にんの女おんなたちから、逆順ぎゃくじゅんにナインの年代ねんだい記きが語かたられて行いく。

マリア・D

まず、ルナは実母じつぼイブ・Eの妹いもうと分ぶんであるマリア・Dをコールドスリープから起おこす。

マリア・Dの時代じだい、人口じんこう減少げんしょうは一途いっと化かが進すすんでおり、子供こどもを産うめる可能かのう性せいがあるというだけで特権とっけん階級かいきゅうであった。その一人ひとりだったマリア・Dはなかなか子供こどもに恵めぐまれず、イブ・Eの妊娠にんしんに嫉妬しっとしていた。その後ごマリア・Dは致死ちし性せいの病やまいにかかり、治療ちりょうのために子宮しきゅう摘出てきしゅつを勧すすめられるが辞退じたいし、コールドスリープする道みちを選えらんだ。

ルナと過すごすうちに、マリアは自分じぶんがほんとうに大事だいじにすべきであったのは「まだ見みぬ我わが子こ」ではなく、一緒いっしょにいた伴侶はんりょであったと気きづく。マリア・Dは自分じぶんの境遇きょうぐう、ルナと過すごした日々ひびを記録きろくしていった。

ダイアナ・B・ナイン

次ついで、ルナはマリア・Dの時代じだいより100年ねんほど昔むかしに宇宙うちゅう管理かんり局きょくの職員しょくいんを勤つとめていた真面目まじめな女性じょせいダイアナ・B・ナインをコールドスリープから起おこす。ダイアナ・Bはマリア・Dが遺のこした手記しゅきを読よんで愕然がくぜんとする。

ダイアナ・Bの生いきていた時代じだいは急激きゅうげきな人口じんこう爆発ばくはつと食糧しょくりょう危機ききが発生はっせいしており、ダイアナ・Bは人口じんこう減少げんしょう策さくを推おし進すすめていたのだ。ダイアナ・Bは免疫めんえき不全ふぜんの病やまいにかかり、コールドスリープに入はいる。

ダイアナ・Bとルナは宙ちゅう港みなとへと向むかい、地球ちきゅうから来きていた宇宙船うちゅうせんの中身なかみを確認かくにんした。そこで、ルナにせがまれて、蝶ちょうや蛍ぼたるといった昆虫こんちゅう類るいをナインへと放はなし、ルナはそれらの昆虫こんちゅうにパンゲア、コウガ、アマゾン、ナイル、ユーラシア、チグリス、ユーフラテス、……といった名前なまえを付つけて行いく。

やがて、ダイアナ・Bは風邪かぜを引ひき、免疫めんえき不全ふぜんから死亡しぼうする。死しにゆくダイアナ・Bに向むかって、ルナは「マリア・Dやダイアナ・Bのが追及ついきゅうした幸しあわせの結果けっかが自分じぶんであり、自身じしんの不幸ふこうを見みせつけ、マリア・Dやダイアナ・Bの間違まちがいを糾弾きゅうだんすることで、復讐ふくしゅうを遂とげる」という目的もくてきを明あかす。

関口せきぐち朋美ともみ

ダイアナ・Bの時代じだいより100年ねんほど昔むかしに生いきていた関口せきぐち朋美ともみ（トモミ・S・ナイン）は、地球ちきゅうから移住いじゅうしてきた直系ちょっけいの子孫しそんである純血じゅんけつの存在そんざいかつ、超ちょう特権とっけん階級かいきゅうの出身しゅっしんだった。ゆえに左ひだり半身はんしんに麻痺まひがあっても画家がかとして生計せいけいをたてられた。

朋美ともみはルナから人類じんるいが絶滅ぜつめつした今いま、芸術げいじゅつや絵えを描えがくことへの意味いみを問とわれる。朋美ともみはプライドの高たかさからルナを無視むししていたが、やがてノブレス・オブリージュからルナの殺害さつがいを考かんがえるようになる。しかし、朋美ともみは階段かいだんから落おちそうになったルナを助たすけようとして自分じぶんが落おちてしまう。

息いきを引ひき取とる前まえ、朋美ともみはルナに「自分じぶんが最後さいごの子供こどもとして生うまれてきたことや、自分じぶんを独ひとり残のこして他たの皆みなが死しんでしまったことを怒おこるのではなく、自分じぶんが好すきなこと、自分じぶんがやりたいことがついに無なかったという境遇きょうぐうに対たいして怒おこるべきなのだ」と告つげる。

レイディ・アカリ

船長せんちょうキャプテン・リュウイチの妻つま・レイディ・アカリ'（穂高ほたか 灯とう）がコールドスリープに入はいったのは既すでに90歳さいを超こえてからだった。

これまで、ルナは復讐ふくしゅう目的もくてきでコールドスリープから女性じょせいを目覚めざめさせてきたが、灯ひに対たいして「なぜイヴ・Eは自分じぶんを産うんだのか?」と問といかける。

灯ひはルナの問といにはすぐには答こたえなかった。アカリはルナに最後さいごの子供こどもではなく、惑星わくせいナインの「最初さいしょの母はは」になることを望のぞみ、最初さいしょに猫ねこを飼かうことを薦すすめた。ルナの時代じだい、ペットを飼かうことは罪悪ざいあくでもあったので、最初さいしょは抵抗ていこうがあったがクリサンセマムと名付なづけた猫ねこをルナはかわいがるようになった。

続つづいて、灯ひはルナと畑はたけを耕たがやし始はじめた。時じがながれ、クリサンセマムが仔猫こねこを産うんだ日ひ、再ふたたびルナは「なぜイヴ・Eは自分じぶんを産うんだのか?」という疑問ぎもんを発はっす。その答こたえはよくわからなかったが、ルナはイヴ・Eを赦ゆるした。そしてクリサンセマムの子供こどもたちに自分じぶんと同おなじ“月つき”を連想れんそうさせるツクヨミ、アルテミス、ディアナという名前なまえをつけた。

エピローグ

畑はたけの隣となりには小ちいさな土饅頭どまんじゅうがあり、アカリの名なが記しるされた板いたが刺ささっていた。枯かれたリースが周囲しゅういに散ちらばり、掘ほられた穴あなの傍かたわらには死体したいが倒たおれていた。

チグリスとユーフラテスと名付なづけられた蛍ぼたるの子供こどもたちは夜空よぞらに飛とび、星ほしの中なかに交まじって区別くべつができなかった。

制作せいさく背景はいけい

1986年ねんに新井あらいは、舗装ほそうから雑草ざっそうが伸のびている荒あれた無人むじんの宇宙うちゅう港みなとに舞まう2匹ひきのホタルと「ホタルの名なはチグリスとユーフラテス」とナレーションが聞きこえてくる夢ゆめを見みた。印象いんしょうの強つよい夢ゆめに、新井あらいは小説しょうせつになると確信かくしんしたが、人ひとのいない宇宙うちゅう港みなとのイメージからスタートしたため、いっこうに登場とうじょう人物じんぶつが動うごき出ださず、小説しょうせつの執筆しっぴつはまったく進すすまなかった。ところが、『小説しょうせつすばる』から連作れんさく短編たんぺんの依頼いらいがあったとたんに構想こうそうが具体ぐたい化かし、登場とうじょう人物じんぶつが頭あたまに浮うかんだ。登場とうじょう人物じんぶつが定さだまったことで、それぞれの人物じんぶつが自立じりつ的てきに動うごき始はじめた。

大森おおもり望のぞむとの対談たいだんにおいて、本ほん作さく執筆しっぴつのうえでなにか影響えいきょうを受うけた作品さくひんを問とわれた際さいに、新井あらいは自分じぶんでは特とくに思おもいつかないとしつつも、平井ひらい和正かずまさ、半村はんむら良りょう、山田やまだ正紀まさきの影響えいきょうを挙あげている。ただし、新井あらい本人ほんにんにも影響えいきょうは大おおきいとしながらも、どこが影響えいきょうを受うけたかは明確めいかくになっていないとのこと。

評価ひょうか

SF研究けんきゅう家かの三村みつむら美よし衣ころもは本ほん作さくを「SFでしか描えがけない孤独こどくと希望きぼうが深ふかく心しんに残のこる」と評ひょうしている。永田ながたたまは百ひゃく合ごうの観点かんてんから「子孫しそんをつなぐ」という役割やくわりを果はたせなかった老婆ろうば2人にん（ルナとアカリ）の物語ものがたりとして、「個人こじん的てきに百ひゃく合ごうの最高さいこう境地きょうち」と評ひょうしている。

既刊きかん一覧いちらん

ハードカバー

• 『チグリスとユーフラテス』 集英社しゅうえいしゃ、1999年ねん2月がつ、ISBN 4-08-774377-2

集英社しゅうえいしゃ文庫ぶんこ

• 『チグリスとユーフラテス 上うえ』 集英社しゅうえいしゃ、2002年ねん5月がつ、ISBN 4-08-747440-2
  • 「マリア・D」、「ダイアナ・B・ナイン」、「関口せきぐち朋とも実み（トモミ・S・ナイン）」、あとがきを収録しゅうろく
• 『チグリスとユーフラテス 下か』 集英社しゅうえいしゃ、2002年ねん5月がつ、ISBN 4-08-747441-0
  • 「レイディ・アカリ」、あとがき、解説かいせつ「「神かみ」の子ことして」（大沢おおさわ在昌ありまさ）を収録しゅうろく

竹たけ書房しょぼう文庫ぶんこ

• 『影絵かげえの街まちにて』 竹たけ書房しょぼう、2021年ねん12月、ISBN 978-4-8019-2929-6
  • 外伝がいでん2作さく「馬場ばばさゆり」「あした」を収録しゅうろくする短たん編集へんしゅう