インド仏教ぶっきょう復興ふっこう運動うんどう

インド仏教ぶっきょう復興ふっこう運動うんどう（いんどぶっきょうふっこううんどう）は、近きん現代げんだいのインドにおいて主おもに支配しはい的てきな宗教しゅうきょうであるヒンドゥー教きょうに対抗たいこうし、仏教ぶっきょうを再興さいこうしようとする動うごきを指さす。新しん仏教ぶっきょう運動うんどう（しんぶっきょううんどう、英語えいご: Dalit Buddhist movement, neo-Buddhist movement）、仏教ぶっきょう復興ふっこう運動うんどう、仏教ぶっきょう再興さいこう運動うんどうともいう。明確めいかくなアンベードカル主義しゅぎ者ものは、この運動うんどうをナヴァヤーナ（梵, 巴ともえ: Navayāna, 「新あたらしい乗のり物もの」の意い）と呼よぶ。

インド政府せいふの宗教しゅうきょう統計とうけいによれば、インドにおける仏教徒ぶっきょうとの割合わりあいは2001年ねんには総そう人口じんこうの0.8%である。一方いっぽうで、インド仏ふつ教徒きょうとの指導しどう者しゃで、現在げんざいインド仏教ぶっきょう組織そしきの頂点ちょうてんに立たっている佐々井ささい秀しげる嶺みねらは、インドの仏教徒ぶっきょうとはすでに1億おく人にんを超こえていると主張しゅちょうしている。他たに信徒しんとの実数じっすうを2000万まん人にんとする推計すいけいもある。

「新しん仏教ぶっきょう」との呼よび名なについて

佐々井ささい秀しげる嶺みねは「新しん仏教ぶっきょう」との呼よび名なは「アーンベードカル博士はかせ以前いぜんの仏教ぶっきょうと私わたし達たちを意図いと的てきに区別くべつし“元もと不可ふか触さわ民みん”のレッテルを貼はるもの」「ハリジャンにも等ひとしい呼よび方かた」「同おなじ人間にんげん同士どうしに、新しんも旧きゅうもありません」として間違まちがっていると主張しゅちょうし、仏教ぶっきょう復興ふっこう運動うんどうを称しょうしている。このように立場たちばによって呼よび名なが変かわる用語ようごであるため、注意ちゅういが必要ひつようである。

沿革えんかく

前ぜん近代きんだいのインドにおける仏教ぶっきょうの推移すいいについては、

「インドの仏教ぶっきょう#インド仏教ぶっきょうの歴史れきし」を参照さんしょう

アンベードカルの運動うんどう

演説えんぜつするアンベードカル（1935年ねん）

ナーグプルにあるディークシャーブーミのストゥーパ

19世紀せいきからアナガーリカ・ダルマパーラら大だい菩提ぼだい会かい（マハー・ボーディ・ソサエティ、1891年ねん創設そうせつ）によるスリランカからの仏教ぶっきょう再さい移入いにゅうの動うごきがあったが、特とくにインド独立どくりつ後ごの1956年ねん10月14日にち、カースト制度せいどに苦くるしんでいたダリット（不可ふか触さわ民みん）の指導しどう者しゃ、ビームラーオ・アンベードカル（初代しょだいインド法務大臣ほうむだいじん、インド憲法けんぽうの起草きそう者しゃ）が三さん帰依きえ・五戒ごかいを受うけ、彼かれを先頭せんとうに約やく50万まん人にんのダリットが仏教ぶっきょうに改宗かいしゅうしたことで、仏教ぶっきょうがインドにおいて一定いっていの社会しゃかい的てき勢力せいりょくとして復活ふっかつした。アンベードカルが改宗かいしゅうしたディークシャーブーミ（マハーラーシュトラ州しゅうナーグプル）には現在げんざい、これを記念きねんするストゥーパが建立こんりゅうされている。なお、アンベードカル自身じしんは改宗かいしゅうのわずか2か月げつ後ごに仏教ぶっきょうに関かんする著書ちょしょ『ブッダとそのダンマ』を遺のこし急逝きゅうせいした。

ダリットを基盤きばんとして復活ふっかつしたインドの仏教ぶっきょうはアンベードカル独自どくじのパーリ仏典ぶってん研究けんきゅうの結果けっかとして「ブッダは輪廻りんね転生てんせいを否定ひていした」とする仏教ぶっきょう理解りかいに立脚りっきゃくしており、カースト差別さべつとの関連かんれんから、仏教ぶっきょうの基本きほん教理きょうりとされる輪廻りんねによる因果いんが応報おうほうを拒否きょひする。これらに見みられるような、脱だつ宗教しゅうきょう的てきな教義きょうぎから、ダリットらの人権じんけん・解放かいほう運動うんどう、社会しゃかい運動うんどうの一環いっかんと指摘してきされる側面そくめんもある。

近年きんねんの状況じょうきょう

佐々井ささい秀しげる嶺みね（2009年ねん、東京とうきょう・護国寺ごこくじ）

この動うごきに対たいしてブッダをヴィシュヌ神しんの化身けしんと位置いちづけるヒンドゥー教徒きょうとやカースト制度せいどの恩恵おんけいを受うける上位じょういカースト層そうから偏見へんけんや反発はんぱつが生しょうじている。イスラーム教徒きょうとの弾圧だんあつでインドから仏教ぶっきょうが消滅しょうめつしたため置おき去ざりにされていた仏教ぶっきょうの聖地せいちや寺院じいんの多おおくは、現在げんざいはヴィシュヌ神しん（の化身けしんの一ひとつとしての釈迦しゃか、ヒンドゥー教きょうにおける釈迦しゃかも参照さんしょう）を祭まつる場ばとしてヒンドゥー教徒きょうとが管理かんりしている。これらの聖地せいちの仏教徒ぶっきょうとへの返還へんかん、なかでもビハール州しゅうブッダガヤにある大だい菩提寺ぼだいじの返還へんかんも政治せいじ問題もんだい化かしている。またウッタル・プラデーシュ州しゅうに勢力せいりょくを持もつ大衆たいしゅう社会党しゃかいとう（ダリットを基盤きばんとする政党せいとう）にも影響えいきょう力りょくを有ゆうする。

上記じょうきのとおり、新しん仏教ぶっきょうの担にない手てとなっているのは主おもにカースト外がいの不可ふか触さわ民みん出身しゅっしん者しゃであるが、カースト制度せいどの後進こうしん性せいを批判ひはんする一部いちぶの進歩しんぽ主義しゅぎ的てきな上位じょういカースト出身しゅっしん者しゃにも信徒しんとを広ひろげている。

アンベードカルの22の誓ちかい

22の誓ちかいを刻きざんだ石板せきばん（ナーグプル）

叙任じょにん式しきの後のち、アンベードカルはその支持しじ者しゃらに法ほうの伝授でんじゅ（ダルマ・ディークシャー、Dharma-dhīkṣā）を行おこなった。この式典しきてんには三さん帰依きえと五戒ごかいに続つづいて全すべての新あたらしい改宗かいしゅう者しゃ達たちに与あたえられた22の誓ちかいが含ふくまれた。1956年ねん10月16日にち、チャンダ（チャンドラプル）において別べつの大だい規模きぼな改宗かいしゅう式しきを執とり行おこなった。アンベードカルは以下いかの22の誓ちかい（22のPratijñā [プラティギャー]）を支持しじ者しゃたちに規定きていした。

1. 私わたしはブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァを神かみとみなさず、それらを崇あがめない。
2. 私わたしはラーマやクリシュナを神かみとみなさず、それらを崇あがめない。
3. 私わたしはヒンドゥー教きょう（で信しんじられている所ところ）のガウリー、ガネーシャその他たのいずれをも神かみ、女神めがみとはみなさず、それらを崇あがめない。
4. 私わたしは神かみが化身けしんとして（この世界せかいに）受肉するとは決けっして信しんじない。
5. ブッダをヴィシュヌの化身けしんだと述のべることは偽いつわりであり、悪意あくいあるプロパガンダである。
6. 私わたしはシュラッダー（ヒンドゥー教きょうの先祖せんぞ供養くよう）を行おこなわない。ピンダ（供そなえ物ものの団子だんご）を捧ささげることもしない。
7. 私わたしはブッダの（教おしえた）ダルマに反はんし、矛盾むじゅんするようないかなる行おこないをもしない。
8. 私わたしはバラモンの（執とり行おこなうような）どんな儀式ぎしきも実践じっせんしない。
9. 私わたしは人ひとの平等びょうどうさを信しんじる。
10. 私わたしは平等びょうどうを確立かくりつするために励はげむ。
11. 私わたしはブッダの八はち正道せいどうを取とり入いれる。
12. 私わたしはブッダが説といたように十じゅう波羅蜜はらみつを実践じっせんする。
13. 私わたしは全すべての生いき物ものを慈いつくしみ、かれらを養やしない、大事だいじにする。
14. 私わたしは盗ぬすみをしない。
15. 私わたしは嘘うそをつかない。
16. 私わたしは不倫ふりんをしない。
17. 私わたしは（酒さけや麻薬まやくのような）酩酊めいていさせるものを摂取せっしゅしない。
18. 私わたしはブッダの法ほうである智慧ちえと道徳どうとくと優やさしさという３みっつの原則げんそくと協調きょうちょうさせて、日常にちじょう生活せいかつを送おくる。
19. 私わたしはヒンドゥー教きょうを捨すてる。それは人類じんるいの繁栄はんえいにとって有害ゆうがいであり、人ひとを不平等ふびょうどうと考かんがえ、（ある人々ひとびとを他たから）劣おとっていると看做みなすものである。そして私わたしは仏教ぶっきょうを受うけ入いれる。
20. 私わたしはブッダの法ほう（ダルマ）こそが真しんのダルマ（Saddharma）であると固かたく信しんじる。
21. 私わたしはブッダの法ほうを受うけ入いれることで、自分じぶんが生うまれ変かわったと信しんじる。
22. 私わたしはこれより以後いご、ブッダの法ほうに従したがうことを誓ちかう。

今日きょうでは多おおくのアンベードカル系けい団体だんたいがこの22の誓ちかいのために働はたらいている。彼かれらはこれらの誓ちかいのみが、現在げんざいの仏教ぶっきょうの存続そんぞくと急速きゅうそくな成長せいちょうを招まねきうると信しんじている。「22誓約せいやくの実践じっせんと普及ふきゅう運動うんどう」としても知しられる The umbrella organization はこの目的もくてきのために献身けんしんしている。このアンベードカルの運動うんどうは、アルヴィンド・ソンタッケの発案はつあんであり、インド中ちゅうの地帯ちたいと地域ちいきの団体だんたいを含ふくむ布教ふきょう者しゃ（Pracāraka [プラチャーラク]）で構成こうせいされている。

特徴とくちょう的てきな解釈かいしゃく

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく出身しゅっしんでインドに帰化きかした社会しゃかい学者がくしゃ、人権じんけん活動かつどう家かであるゲイル・オムヴェットは、以下いかのように述のべている。

アンベードカルの仏教ぶっきょうは見みた限かぎりでは、信仰しんこうによって受うけ入いれられた仏教ぶっきょう、すなわち帰依きえを行おこない、聖典せいてんを受うけ入いれた人ひとたちのものとは異ことなっている。このことは、その基礎きそからして大変たいへん明確めいかくである。アンベードカルの仏教ぶっきょうは、テーラワーダ（上座かみざ部ぶ）であれ、マハーヤーナ（大乗だいじょう）であれ、ヴァジュラヤーナ（密教みっきょう）であれ、これらの聖典せいてんを体系たいけい的てきには受うけ入いれていない。そこで次つぎのような疑問ぎもんが明あきらかに生しょうじてくる。「四よん番目ばんめの乗のり物もの（fourth yana）であるナヴァヤーナ（新あたらしい乗のり物もの）という、ある種しゅの近代きんだい文明ぶんめい的てきに解釈かいしゃくされたダンマは、本当ほんとうに仏教ぶっきょうという枠組わくぐみのなかに含ふくめることが可能かのうなのだろうか？」

オムヴェットによれば、アンベードカルとその仏教ぶっきょう運動うんどうは仏教ぶっきょうの中心ちゅうしん的てき教義きょうぎの多おおくを否定ひていしている。クリストファー・クイーンとサリー・キングが述のべるところによれば『ブッダとそのダンマ』におけるアンベードカルの仏教ぶっきょうには、宗教しゅうきょう的てきな近代きんだい主義しゅぎのすべての要素ようそが見みられ、同書どうしょは伝統でんとう的てきな戒律かいりつと実践じっせんを捨すて去さり、社会しゃかい参画さんかく仏教ぶっきょうがそうであるように、科学かがく、積極せっきょく的てき行動こうどう主義しゅぎ、社会しゃかい的てき変革へんかくを導入どうにゅうしている。

アンベードカルらは多おおくの点てんで、独自どくじの仏教ぶっきょう解釈かいしゃくを行おこなっている。特筆とくひつすべきは、彼かれらが釈迦牟尼しゃかむに仏ほとけを単たんなる宗教しゅうきょう的てき指導しどう者しゃではなく、政治せいじ的てきかつ社会しゃかい的てき改革かいかく者しゃとして強調きょうちょうすることである。また、ブッダが僧団そうだん内ないでのカーストを無視むしするように命めいじたこと、そして当時とうじの社会しゃかい的てき不平等ふびょうどうについて批判ひはんしていることにも言及げんきゅうしている。アンベードカルによれば、個人こじんの不幸ふこうな境遇きょうぐうは、カルマの結果けっか、すなわち無知むち（ignorance）と執着しゅうちゃく（craving）のせいだけではなく、「社会しゃかい的てきな搾取さくしゅと物質ぶっしつ的てき貧困ひんこん」つまり他者たしゃによる無慈悲むじひな行為こういの結果けっかでもある。

アンベードカルの復興ふっこう運動うんどうによる仏教徒ぶっきょうとのほとんどは、上座かみざ部ぶ仏教ぶっきょうをベースに、大乗だいじょう仏教ぶっきょうや密教みっきょうの影響えいきょうを受うけた折衷せっちゅう主義しゅぎ的てきな仏教ぶっきょうを信奉しんぽうしている。桂かつら紹隆はアンベードカルの『ブッダとそのダンマ』は『浄土じょうど論ろん』を始はじめとする大乗だいじょう仏教ぶっきょうの影響えいきょうを受うけていると論ろんじている。一方いっぽう、佐々井ささい秀しげる嶺みねは真言宗しんごんしゅう智さとし山やま派はで得度とくどはしているが日本にっぽんの宗派しゅうは仏教ぶっきょうに批判ひはん的てきなこともあり、アンベードカルの仏教ぶっきょうのことを大乗だいじょうでも小乗しょうじょうでもなくそれらを超こえた「極ごく大乗だいじょう」の教おしえであると規定きていしている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 佐々井ささい秀しげる嶺みね『必生 闘たたかう仏教ぶっきょう』集英社しゅうえいしゃ、2010年ねん。ISBN 978-4087205619。 
• 志賀しが浄きよし邦くに「インド仏教ぶっきょう復興ふっこう運動うんどうの軌跡きせきとその現況げんきょう」『京都産業大学きょうとさんぎょうだいがく世界せかい問題もんだい研究所けんきゅうじょ紀要きよう』第だい25巻かん、京都産業大学きょうとさんぎょうだいがく世界せかい問題もんだい研究所けんきゅうじょ、2010年ねん、23-46頁ぺーじ、ISSN 0388-5410。 
• 山下やました明子あきこ「インドの宗教しゅうきょう・社会しゃかい統合とうごう・ジェンダー――ダリット女性じょせいの解放かいほう運動うんどうの視座しざから」『現代げんだい宗教しゅうきょう2009 特集とくしゅう 変革期へんかくきのアジアと宗教しゅうきょう』秋山あきやま書店しょてん。 
• 桂かつら紹隆「普遍ふへん的てき法則ほうそくとしてのダルマ――仏教ぶっきょう的てきパースペクティブ」『変貌へんぼうと伝統でんとうの現代げんだいインド　アンベードカルと再さい定義ていぎされるダルマ』。 
• Omvedt, Gail (2003). Buddhism in India : Challenging Brahmanism and Caste (3rd ed.). London/New Delhi/Thousand Oaks: Sage 
• Christopher S. Queen; Sallie B. King (1996). Engaged Buddhism: Buddhist Liberation Movements in Asia. State University of New York Press. ISBN 978-0-7914-2843-6. https://books.google.com/books?id=I5-tjMKJ1ykC&pg=PA65