転じて「ファッシ」という語は近代イタリアの政治的な用語として「同盟、チーム」などの意味で使用されるようになった。この意味での最初の使用は、1880年代にシチリアの革命的な民主主義者が自分達を説明するためであった。それらの中で最も有名な例は、1891年から1894年の「シチリア・ファッシ」(en)である[2]。それ以降、この語は革命的な意味合いを持ち続けた。この語は、例えば第一次世界大戦でのイタリアの参戦を求める若いナショナリストなどに魅力的な意味合いを持った。「ファッシ」はイタリア中で結成されたが、それらの1つにベニート・ムッソリーニが所属しており、自然発生的に政党の関与なしでグループを作った[3]。1914年8月18日、ミラノ・サンディカリスム労働組合(USM)の演説台から Alceste De Ambris (it:Alceste De Ambris)は、第一次世界大戦でのイタリアの中立を激しく攻撃し、ドイツ帝国の反動に対する開戦と、フランスやイギリスへの援助の必要性を論じた。彼は第一次世界大戦をフランス革命と等しいとみなした。
1919年に第一次世界大戦が終結すると、ムッソリーニは「ミラノ・ファッシ」を再構築して「イタリア戦闘者ファッシ」と改称した。戦争でのイタリアの勝利の果実を奪うと考えられた国王や既存の国家などへの反対を含む共通の目的を持って、他の名称を持った「ファッシ」が創立された。H. W. Schneider によると、新しい「ミラノ・ファッシ」は、1915年の古いファッシのメンバーであった何名かにより雑に形成されたが、新しい名称と新しい目的を持った[6]。
^A History of Fascism 1914-1945, Stanley G. Payne, University of Wisconsin Press, 1995. p. 81
^ abBy permission of author, Fascism, Noël O'Sullivan, J. M. Dent & Sons, London, 1983. pg 207.
^The Birth of Fascist Ideology, From Cultural Rebellion to Political Revolution, Zeev Sternhell with Mario Sznajder and Maia Asheri, trans. by David Maisel, Princeton University Press, Princeton, NJ. 1994. pp 140, 214.
^The Birth of Fascist Ideology, Zeev Sternhell, pg 303.
^H. W. Schneider, Making the Fascist State, NY, 1928, pg 56, cited in Fascism, Noël O'Sullivan, J. M. Dent & Sons, London, 1983. pg 207.