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ポスト・バップ (Post-bop )は、1960年代 ねんだい 前半 ぜんはん から半 なか ばにかけてアメリカ で発展 はってん したスモール・コンボ・ジャズ のジャンル。マイルス・デイヴィス 、ウェイン・ショーター 、ハービー・ハンコック 、ジョン・コルトレーン 、ジャッキー・マクリーン など、このジャンルのパイオニアは、アヴァンギャルド・ジャズ 、モード・ジャズ 、フリー・ジャズ の同 どう 時代 じだい における発展 はってん とともにハード・バップ と合成 ごうせい したものを作 つく り上 あ げ、複雑 ふくざつ で実験 じっけん 的 てき な音楽 おんがく を生 う み出 だ した。その風味 ふうみ はまだバップ の伝統 でんとう に根 ね ざしており、ハード・バップで優勢 ゆうせい なブルース やソウル の傾向 けいこう はあまりない。この運動 うんどう は、後 ご の世代 せだい のアコースティック・ジャズとフュージョン のミュージシャンたち双方 そうほう に大 おお きな影響 えいきょう を与 あた えた。
ポスト・バップとは、1950年代 ねんだい 後半 こうはん から1960年代 ねんだい にかけて出現 しゅつげん した、ビバップ 、ハード・バップ 、モード・ジャズ 、アヴァンギャルド・ジャズ 、フリー・ジャズ の原則 げんそく を組 く み合 あ わせた音楽 おんがく 群 ぐん を指 さ すが、初期 しょき のジャズ の伝統 でんとう からも逸脱 いつだつ している[ 1] 。ポスト・バップは、年代 ねんだい 的 てき にはビバップ以降 いこう の様々 さまざま なジャズ音楽 おんがく を指 さ すことがあるが、一般 いっぱん 的 てき な理解 りかい では、ポスト・バップは、マイルス・デイヴィス の第 だい 2次 じ クインテットによって結晶 けっしょう 化 か したジャズ・アンサンブルへのよりオープンなアプローチや、同 どう グループやクラシックなジョン・コルトレーン ・カルテットのモード感 かん の強 つよ さという影響 えいきょう を反映 はんえい した音楽 おんがく とされている。
音楽 おんがく 学者 がくしゃ のジェレミー・ユドキンによれば、ポスト・バップは「バップの慣習 かんしゅう や新 あたら しいジャズの明 あき らかに形 かたち のない自由 じゆう さ」には従 したが っていない[ 2] 。彼 かれ はサブジャンルの定義 ていぎ で次 つぎ のように書 か いている。
フォーム、テンポ、
拍子 ひょうし がより
自由 じゆう になり、すべての
構成 こうせい が
新 あたら しくなり、バンド・メンバー
自身 じしん が
注目 ちゅうもく の
作曲 さっきょく 家 か となります……。
極端 きょくたん に
抽象 ちゅうしょう 的 てき で
強烈 きょうれつ なアプローチで、ドラマーがリズムや
色彩 しきさい 的 てき に
独立 どくりつ するための
空間 くうかん が
作 つく られています。―モードとコードのハーモニー、
柔軟 じゅうなん なフォーム、
構造 こうぞう 化 か されたコーラス、メロディのバリエーション、そして
自由 じゆう な
即興 そっきょう を
取 と り
入 い れたアプローチです
[ 2] 。
研究 けんきゅう 家 か のキース・ウォーターズによると、ポスト・バップの録音 ろくおん に見 み られる特徴 とくちょう として、モード・ジャズに特徴 とくちょう 的 てき なゆっくりとした和声 わせい リズム、基礎 きそ となる和声 わせい 構造 こうぞう の「内側 うちがわ 」と「外側 そとがわ 」を演奏 えんそう するテクニック、リズム・セクションの伴奏 ばんそう に対 たい する対話 たいわ 的 てき (または会話 かいわ 的 てき )アプローチ、珍 めずら しい和声 わせい 進行 しんこう 、和声 わせい またはメトリックの重 かさ ね合 あ わせの使用 しよう 、頭 あたま の主張 しゅちょう やコーラスの構造 こうぞう 即興 そっきょう の珍 めずら しい基礎 きそ の形式 けいしき 設計 せっけい 、または即興 そっきょう 時 じ の基礎 きそ となるコーラス構造 こうぞう の完全 かんぜん な放棄 ほうき などがあるとしている[ 1] 。
マイルス・デイヴィス の第 だい 2次 じ クインテットは1964年 ねん から1968年 ねん にかけて活動 かつどう し、ピアニストのハービー・ハンコック 、ベーシストのロン・カーター 、サックス奏者 そうしゃ のウェイン・ショーター 、ドラマーのトニー・ウィリアムス をフィーチャーした。All About Jazz のC・マイケル・ベイリーによると、彼 かれ らはポスト・バップを導入 どうにゅう した『E.S.P.』(1965年 ねん )、『マイルス・スマイルズ 』(1967年 ねん )、『ソーサラー』(1967年 ねん )、『ネフェルティティ 』(1968年 ねん )、『マイルス・イン・ザ・スカイ 』(1968年 ねん )、『キリマンジャロの娘 むすめ 』(1968年 ねん )という6枚 まい のスタジオ・アルバムを録音 ろくおん している[ 2] 。
ポスト・バップ・ミュージックの抽象 ちゅうしょう 性 せい と自由 じゆう な形 かたち は、1970年代 ねんだい のフュージョン ・ミュージックに影響 えいきょう を与 あた えた。それはジャズという音楽 おんがく を、より創造 そうぞう 的 てき な自由 じゆう と演奏 えんそう を取 と り入 い れた別 べつ のレベルに変 か えた。『Miles Davis, Miles Smiles, and the Invention of Post Bop』という本 ほん によると、「マイルス・デイヴィスは真 しん にポスト・バップを始 はじ めた人物 じんぶつ であり、彼 かれ 自身 じしん の創造 そうぞう 力 りょく によってフュージョンとハード・バップという遺産 いさん にも挑 いど み続 つづ けた人物 じんぶつ である」。