人面じんめん瘡かさ

浅井あさい了意りょうい『伽とぎ婢子』巻まき之の九きゅうより「人面じんめん瘡かさ」。左上ひだりうえの男性だんせいの左ひだり膝ひざに人面疽じんめんそが見みえる。

人面じんめん瘡かさ（じんめんそう）、人面疽じんめんそ（じんめんそ）は、妖怪ようかい・奇病きびょうの一種いっしゅ。体からだの一部いちぶなどに付ついた傷きずが化膿かのうし、人ひとの顔かおのようなものができ、話はなしをしたり、物ものを食たべたりするとされる架空かくうの病気びょうき。薬くすりあるいは毒どくを食たべさせると療治りょうじするとされる。

伝説でんせつ

唐とうの段だん成なり式しきによる『酉とり陽ひ雑ざつ俎まないた』巻まき十じゅう五ごに記述きじゅつされる以下いかの逸話いつわが初はつ見みとされる。江東こうとうのある商人しょうにんの左腕さわんに、人面じんめんのような瘡かさができた。苦痛くつうはなかったが、酒さけをその口くちに与あたえれば顔かおが赤あかくなり、食たべ物ものを与あたえれば大抵たいていのものは食たべた。たくさん食たべれば腹はらのように膨ふくれ、食たべ物ものを与あたえなければ腕うでが痺しびれた。ある医者いしゃが金石かねいし草木くさきあらゆる薬くすりを試こころみに与あたえてみろと教おしえたのでその通とおりにすると、貝かい母ははに至いたって人面じんめん瘡かさは眉まゆを寄よせて口くちを閉とじた。商人しょうにんはこの薬くすりなら効果こうかがあると喜よろこんで、葦あしの筒つつで口くちをこじ開あけて貝かい母ははを流ながし込こんだところ、数日すうじつでかさぶたとなって治癒ちゆした。

浅井あさい了意りょうい著ちょ『伽とぎ婢子』九きゅう巻かん「人面じんめん瘡かさ」には、以下いかのようにある。山城やましろ国こく小椋おぐら（現げん・京都きょうと府ふ宇治うじ市し小倉こくら町まち）で、ある農夫のうふが体調たいちょうを崩くずした末すえ、半年はんとし後ごに左足ひだりあしに腫物しゅもつができた。この腫物しゅもつは人ひとの顔かおのようで目めと口くちがあり、ひどい痛いたみを伴ともなった。試ためしにその口くちに酒さけを入いれてみると酔よったように赤あかくなり、さらに餅もちや飯めしを入いれると、物ものを食たべるように口くちを動うごかして飲のみ込こんだ。食たべ物ものを与あたえると痛いたみがひいたものの、食たべ物ものを与あたえないと耐たえ難がたい痛いたみに襲おそわれた。そのうちに農夫のうふは骨ほねと皮かわばかりに痩やせこけ、あちこちの医者いしゃを頼たよったがまったく効果こうかはなく、死しを待まつばかりとなった。そこへ諸国しょこくを旅たびしている修行しゅぎょう者しゃが訪おとずれ、腫物しゅもつを治なおす手段しゅだんを知しっていると言いうので、農夫のうふは田畑たはたをすべて売却ばいきゃくして金かねに換かえ、代金だいきんを支払しはらった。修行しゅぎょう者しゃはその金かねでさまざまな薬くすりを買かい集あつめ、一ひとつずつ腫はれ物ものの口くちに入いれたところ、腫はれ物ものはそれをことごとく飲のみ込こんだが、貝かい母はは（ばいも）という物ものだけは嫌いやがって口くちにしようとしなかった。そこで貝かい母ははを粉末ふんまつにし、腫はれ物ものの口くちに無理むりやり入いれたところ、17日にち後ご（或あるいは一いち七なな日にち＜ひとなのか＞後ご＝1週間しゅうかん後ご）に腫物しゅもつは治癒ちゆしたという。

葛飾かつしか北斎ほくさい画が『新しん累るい解脱げだつ物語ものがたり』。怨霊おんりょうの祟たたりで人面じんめん瘡かさが右側みぎがわの女性じょせいの膝ひざに生しょうじ、その毒気どくけで人々ひとびとが苦くるしむ様子ようすを描えがいたもの。

人間にんげんの業ごうが人面じんめん瘡かさの原因げんいんとなる話はなしもあり、横溝よこみぞ正史せいしの小説しょうせつ『人面じんめん瘡かさ』の原案げんあんとされる『怪かい霊れい雑記ざっき』には、ある男おとこが女おんなを殺ころしたところ、自分じぶんの股またにその女おんなの顔かおの人面じんめん瘡かさができ、医療いりょうも祈祷きとうも効果こうかはなく、切きり落おとしてもまた生しょうじるので、人目ひとめを忍しのんで隠かくれ住すむようになったとある。また怪談かいだんで知しられる『累るいヶ淵ふち』をもとにした曲亭馬琴きょくていばきんの小説しょうせつ『新しん累るい解脱げだつ物語ものがたり』では、殺ころされた累るいの怨霊おんりょうでできた人面じんめん瘡かさが毒気どくけを吹ふき出だし、それを浴あびた人々ひとびとの顔かおが累るいと同様どうようの醜みにくい顔かおになったとされる。奇談きだん集しゅう『絵本えほん百ひゃく物語ものがたり』には万治まんじ年間ねんかんの奇談きだんとして、江戸えどに住すむある男おとこが父ちちと口論こうろんになり、父ちちを追おいかけて転ころんで膝ひざを怪我けがし、その傷きずが人面じんめん瘡かさになったという話はなしが記載きさいされている。

延のべ宝たから時代じだいの怪談かいだん集しゅう『諸国しょこく百ひゃく物語ものがたり』にはやはり人間にんげんの業ごうによる人面じんめん瘡かさの話はなしとして、以下いかのように述のべられている。下総しもうさ国こく臼井うすい藩はん（現げん・千葉ちば県けん佐倉さくら市し臼井うすい）に住すむ平ひら六ろく左衛門さえもんという男おとこの父ちちが下女げじょに手てをつけ、妻つまは嫉妬しっとのあまり下女げじょを殺害さつがいした。以来いらい、父ちちの右肩みぎかたに腫はれ物ものができ、その数日すうじつ後ごに妻つまが急死きゅうし。そして左肩ひだりかたにも腫はれ物ものができ、両りょう肩かたの腫はれ物ものが絶たえず父ちちに話はなしかけ、父ちちが無視むしすると死しぬほど呼吸こきゅうに苦くるしむようになった。あるときにこの家いえに泊とまった旅たびの僧そうが事情じじょうを知しり、父ちちの両りょう肩かたの腫はれ物ものに対たいして法華経ほけきょうを唱となえると、腫はれ物ものから蛇へびが現あらわれたので、それを引ひき抜ぬいて塚づかに埋うめ、経けいを読よんで供養くようしたところ、ようやく父ちちの腫はれ物ものは癒いえたという。

文政ぶんせい11年ねん（1828年ねん）の平田ひらた篤胤あつたねの婿養子むこようし平田ひらた銕胤の日記にっきには、上総かずさ国こくで聞きかされた「腫はれ物ものの口くちに食くい物ものを与あたえると痛いたみが収おさまる」奇き怪かいな人面じんめん瘡かさを持もった男おとこの話はなしが記しるされている。

文政ぶんせい年間ねんかんに、幕府ばくふの御用ごよう蘭方らんぽう医い桂川かつらがわ甫はじめ賢けんが仙台せんだいの商人しょうにんが患わずらった人面じんめん瘡かさを診察しんさつした。人面じんめん瘡かさは中国ちゅうごくの古ふるい医学いがく書しょにも記述きじゅつがある事ことから江戸えどの医師いしの関心かんしんを引ひき、奥おく医師いしの栗本くりもと丹まこと州しゅうは診察しんさつに立たち会あってスケッチを行おこなっている。のちに甫はじめ賢けんが作成さくせいした『人面じんめん瘡かさ図説ずせつ』の閲覧えつらんを希望きぼうする者ものが甫はじめ賢けんの家いえに毎日まいにちのように押おしかけたため、木版もくはん刷ずりにして配布はいふしたという。甫はじめ賢けんの診みた人面じんめん瘡かさは好事家こうずかの間あいだでも話題わだいとなり、『甲子きのえね夜話やわ』や『視聴しちょう草そう』などの随筆ずいひつでも触ふれられている。

明治めいじ時代じだいにも人面じんめん瘡かさの話はなしが新聞しんぶん記事きじで報ほうじられている。京都きょうと滋賀しが新報しんぽう（京都きょうと新聞しんぶんの前身ぜんしん）の明治めいじ15年ねん（1882年ねん）8月がつ25日にちの記事きじによれば、三重みえ県けん南牟婁みなみむろ郡ぐんで、ある農夫のうふの股またのあたりに人間にんげんの顔かおのような腫物しゅもつができ、口くちを開ひらいて食たべ物ものを求もとめる様子ようすだったので、試ためしに飯めしを与あたえたところ、一いち升しょうほどの飯めしをあっという間まに平たいらげ、まだ飽あき足たらない様子ようすだったという。

正体しょうたい

菅かん茶山ちゃやま『筆ふでのすさび』より「人面じんめん瘡かさ」

当時とうじの随筆ずいひつ集しゅう『筆ふでのすさび』に引用いんようされた桂川かつらがわ甫はじめ賢けんの分析ぶんせきでは、腫物しゅもつの傷口きずぐちの開ひらいた姿すがたが人間にんげんの口くちのように見みえ、皺しわの寄よった窪くぼみや傷きず穴あなが人間にんげんの目鼻めはなに見みえ、ひくひくと動うごく患部かんぶがあたかも呼吸こきゅうしているように見みえるのであり、怪異かいいのものではなく、あくまで顔かおによく似にた腫物しゅもつと捉とらえらえている。

実在じつざいの病気びょうきである象皮病ぞうひびょうのこととする説せつもある。

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