伝書鳩でんしょばと

伝書鳩でんしょばと（でんしょばと、英語えいご：homing pigeon、carrier pigeon）または伝書でんしょバトとは、鳩ばとの仲間なかまであるカワラバトの帰巣きそう本能ほんのうを利用りようし遠隔えんかく地ちにメッセージを送おくる通信つうしん手段しゅだんとして使用しようするため、方向ほうこう感覚かんかくに優すぐれ、長距離ちょうきょりの飛行ひこうに耐たえるように品種ひんしゅ改良かいりょうされた飼かい鳩ばとのことをいう^[1]。第だい2次じ世界せかい大戦たいせん直後ちょくごまでは軍事ぐんじ上じょうの通信つうしんに多用たようされたため軍用ぐんよう鳩ばととも呼よばれていたが、その後ごの有線ゆうせんおよび無線むせんによる通信つうしん技術ぎじゅつの発達はったつなどにより次第しだいに実用じつよう上じょうの役割やくわりを失うしなっていった^[2]^[1]。新聞しんぶん社しゃによる写真しゃしんフィルムの運搬うんぱんや、家畜かちくの人工じんこう授精じゅせいのための精液せいえきの輸送ゆそうなどに最後さいごまで利用りようされたが、共ともに1960年代ねんだい半なかばには廃止はいしされている^[3]^[4]。現在げんざいでは主おもに愛好あいこう家かによる競技きょうぎ用ようのレース鳩ばと（英語えいご：racing pigeon）として飼育しいくされている^[2]。

概要がいよう[編集へんしゅう]

伝書鳩でんしょばとは、長年ながねんに及およぶ品種ひんしゅ改良かいりょうの結果けっか、飛翔ひしょう能力のうりょくと帰巣きそう本能ほんのうが優すぐれ、1000キロメートル以上いじょう離はなれた地点ちてんから巣すに戻もどることができるといわれる。比較ひかく実験じっけんの結果けっか、野生やせいのドバトの帰還きかん可能かのう範囲はんいは数すう十じゅうキロメートル以下いかとされる。使つかい方かたとしては、遠隔えんかく地ちへ伝書鳩でんしょばとを輸送ゆそうし、脚あしに通信つうしん文ぶんを入いれた小ちいさな筒つつ（現在げんざいではアルミ製せいが多おおい）を付つけて放ひ鳩ばと（ほうきゅう）する。飼育しいくされている鳩舎きゅうしゃに戻もどってきたところで通信つうしん文ぶんを受うけ取とる。通信つうしん文ぶんだけでなく、伝書鳩でんしょばとが持もてるような小ちいさな荷物にもつを運はこぶこともあり、その場合ばあいは背中せなかに持もたせることも多おおかった。特とくに僻地へきち医療いりょうで血清けっせいや薬品やくひん等ひとしの運はこび手しゅとして重要じゅうような役やくを担になった。伝書鳩でんしょばとが迷まよって戻もどれなくなったり、猛禽もうきん類るいなどに襲おそわれて飛行ひこう不能ふのう・未み帰還きかんに終おわることもあったため^[5]、通信つうしん目的もくてきを確実かくじつに果はたせるよう、同おなじ通信つうしん文ぶんを複数ふくすうの伝書鳩でんしょばとに持もたせて放はなされることも多おおかった。伝書鳩でんしょばとは上述じょうじゅつの通とおり1000 km以上いじょう離はなれた地点ちてんから戻もどることができるが、通常つうじょうは200キロメートル以内いないの通信つうしん・運搬うんぱん等とうに使つかわれた。

電気でんきが必要ひつようない、フィルムや薬品やくひん・血清けっせい・家畜かちくの精子せいし等とう、軽量けいりょうな物資ぶっしを素早すばやく運搬うんぱんできるなど、無線むせん通信つうしんなどに比くらべて利点りてんもあるため、通信つうしん用ようをはじめ、軍事ぐんじ用もちい（伝令でんれいや偵察ていさつ）・報道ほうどう用もちい（主おもに新聞しんぶん社しゃや通信つうしん社しゃ）^[5]・医療いりょう用よう・畜産ちくさん用よう等とうの通信つうしんならび運搬うんぱん手段しゅだんとして1960年代ねんだいごろまで広ひろく使つかわれたが、近年きんねんは交通こうつうや通信つうしん手段しゅだんの発達はったつによってその役目やくめを終おえ、現在げんざいでは実際じっさいに物資ぶっしの運搬うんぱんに使つかわれることは稀まれである。呼称こしょうも伝書鳩でんしょばとからレース鳩ばとへ移うつり、主おもにスポーツとして開催かいさいされる鳩ばとレース（英語えいご版ばん）へ参加さんかするため、愛好あいこう家かが品種ひんしゅ改良かいりょうや訓練くんれんを行おこなっている。農林水産省のうりんすいさんしょうが統轄とうかつする使役しえき動物どうぶつに指定していされており、脚あし環たまきの装着そうちゃくと所有しょゆう権けん登録とうろく、迷まよい鳩ばとの引ひき取とり、ワクチンの接種せっしゅなどが義務ぎむ化かされている。

あくまで帰巣きそう本能ほんのうを利用りようしたものであり、一度いちど飛とばした鳩ばとは自分じぶんの巣すに帰かえるだけなので、往復おうふく通信つうしんを行おこなうためには双方そうほうに鳩舎きゅうしゃが必要ひつようであり、あらかじめ鳩ばとを輸送ゆそうしておかなければならないため通信つうしんを行おこなえる回数かいすうに制限せいげんがある。1羽わの鳩ばとは1つの目標もくひょうにしか対応たいおうしないため、通信つうしん先さきが複数ふくすうある場合ばあいはその数かずだけ鳩ばとを用意よういしなければならない。移動いどう目標もくひょうに向むかって伝書鳩でんしょばとを送おくることは出来できないため、船舶せんぱくから陸上りくじょうへ飛とばすことは出来できても、陸上りくじょうから船舶せんぱくへは送おくれない。ただし、特殊とくしゅな例れいとして「往復おうふく鳩ばと」と、戦時せんじ中ちゅうの日本にっぽん軍ぐんの「移動いどう鳩ばと」の存在そんざいがある。「往復おうふく鳩ばと」は、2つの地点ちてんの鳩舎きゅうしゃを往復おうふくするもので、寝ね場所ばしょとエサ場じょうの棲すみ分わけによって現在げんざいでも訓練くんれんできる。一方いっぽう「移動いどう鳩ばと」は、戦場せんじょうにおいて、移動いどう式しきの鳩舎きゅうしゃを探さがして鳩ばとが帰かえってくるもので、放ひ鳩ばと後ごに原隊げんたいが移動いどうしても、訓練くんれんされた軍用ぐんよう移動いどう鳩ばとは移動いどう先さきへ帰巣きそうすることができた。その実態じったいや訓練くんれん法ほうは古ふるい書籍しょせきで見みることができるが、現在げんざいではその技術ぎじゅつやノウハウは失うしなわれている^[6]。

歴史れきし[編集へんしゅう]

伝書鳩でんしょばとの歴史れきしは非常ひじょうに古ふるく、紀元前きげんぜん約やく5000年ねんのシュメールの粘土ねんど板ばんにも使用しようをうかがわせる記述きじゅつがあるという。確実かくじつな記録きろくでは紀元前きげんぜん約やく3000年ねんのエジプトで、漁船ぎょせんが漁況ぎょきょうを知しらせるために利用りようしていたらしい。このころのエジプトでは様々さまざまな鳥とりで通信つうしんすることが試こころみられたが、人ひとによく馴なれて飼かいやすく、飛翔ひしょう能力のうりょく、帰巣きそう本能ほんのうに優すぐれるカワラバト（ドバト）が選えらばれ定着ていちゃくしたらしい。ただ、この当時とうじハトは主おもに食用しょくようとして飼育しいくされており、伝書鳩でんしょばととしてはあまり広ひろく使つかわれていなかった。ギリシャのポリス間あいだの通信つうしんに使つかわれた。特とくに各かくポリス代表だいひょうが参加さんかして行おこなわれた競技きょうぎ会かいの覇者はしゃは、鳩ばとの足あしに赤あかいリボンを結むすび付つけ、故郷こきょうへの勝利しょうりと栄誉えいよの便たよりとした。ロろーマ帝国まていこくで通信つうしん手段しゅだんとして広ひろく使つかわれ各地かくちに広ひろまった。

ロろーマ帝国まていこく以降いこうは主おもに軍事ぐんじ用ようの通信つうしん手段しゅだんとして広ひろく使つかわれ、産業さんぎょう革命かくめい期き以降いこうに最盛さいせい期きを迎むかえた。第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん時どきのイギリス軍ぐんは約やく50万まん羽わの軍用ぐんよう鳩ばとを飼かっていたという。第だい二に次じ大戦たいせん中ちゅうは伝書鳩でんしょばとが広ひろく使つかわれたため、ドイツ軍ぐんは対抗たいこう手段しゅだんとして、タカを使つかって伝書鳩でんしょばとを襲おそわせた。また、近代きんだいになって報道ほうどう機関きかんが発達はったつすると、通信つうしん用ように使つかわれた。1850年ねんのロイターの創業そうぎょう時じは伝書鳩でんしょばとが主おもな通信つうしん手段しゅだんだった。当時とうじ、最速さいそくの通信つうしん手段しゅだんであった。

日本にっぽんでの歴史れきし[編集へんしゅう]

日本にっぽんには、カワラバトは飛鳥あすか時代ときよには渡来とらいしていた。伝書鳩でんしょばととしては江戸えど時代じだいに輸入ゆにゅうされた記録きろくがあり、京阪神けいはんしん地方ちほうで商業しょうぎょう用ようの連絡れんらくに使つかわれた。大坂おおさか - 大津おおつ間あいだの米べい取引とりひきで大津おおつの米べい商しょうは大坂おおさかの米価べいかの情報じょうほうを早はやく掴つかむことを競きそっており、大坂おおさか - 大津おおつ間あいだでは旗はたや幟のぼりを使つかった通信つうしんが盛さかんに行おこなわれていた^[7]。幕府ばくふは何なん度ども旗はたや幟のぼりによる通信つうしんの禁令きんれいを出だしたが、時代じだいが下くだると鳩ばとによる通信つうしんも禁令きんれいに加くわえられており伝書鳩でんしょばとも用もちいられていたことがわかっている^[7]。1783年ねんに大阪おおさかの相場そうば師し・相模さがみ屋や又八またはちが投機とうき目的もくてきで堂島どうじまの米べい相場そうばの情報じょうほうを伝つたえるために伝書鳩でんしょばとを使つかったのを咎とがめられ、幕府ばくふに処罰しょばつされている。

明治めいじ時代じだいに入はいると、軍事ぐんじ用ようとして本格ほんかく的てきに様々さまざまな系統けいとうの伝書鳩でんしょばとが輸入ゆにゅうされ、飼育しいくされた。有名ゆうめいなものでは南部なんぶ伯爵はくしゃくが導入どうにゅうした南部なんぶ系けいなどが現存げんそんしている。民間みんかんでも報道ほうどう用よう・趣味しゅみとしても飼育しいくが増ふえ、1883年ねん（明治めいじ26年ねん）に軍用ぐんよう鳩ばとを払はらい下さげられたのを東京とうきょう朝日新聞あさひしんぶんが初はじめて報道ほうどうで使用しよう、1895年ねん（明治めいじ28年ねん）に本格ほんかく的てきに使つかわれるようになり^[5]、有楽町ゆうらくちょうに集あつまる新聞しんぶん各社かくしゃの屋上おくじょうには鳩ばと小屋こやが作つくられた。第だい二に次じ世界せかい大戦たいせんに入はいると、食糧難しょくりょうなん・軍用ぐんように献納けんのうされるなどで民間みんかんの飼育しいく者しゃは一時いちじ的てきに激減げきげんした。

戦後せんごになると飼鳩は若年じゃくねん層そうの間あいだでブームとなり、1964年ねんの東京とうきょうオリンピックの開会かいかい式しきでの放ひ鳩ばと行事ぎょうじの影響えいきょうもあり、ピークの1969年ねんには年間ねんかん脚あし環たまき登録とうろく羽わ数すうは400万まん羽わ弱じゃくに達たっした。その後ご、漫画まんが「レース鳩ばと0777（アラシ）」などの影響えいきょうで一時いちじ的てきなブームがあったものの、1965年ねん頃ごろには報道ほうどうでは使つかわれなくなり^[5]^{[注釈ちゅうしゃく 1]}、漸減ぜんげん傾向けいこうにある。新型しんがたインフルエンザ発生はっせい地域ちいきのレース自粛じしゅくなど、新あたらしい問題もんだいも起おきている。

21世紀せいきに入はいり、脚あし環たまきに電子でんしチップを内蔵ないぞうして帰還きかんを自動的じどうてきに記録きろくする自動じどう入いれ舎しゃシステムが普及ふきゅうしたため、子供こどもの頃ころにハトを飼かっていた団塊だんかいの世代せだいが、リタイア後ごにレース鳩ばとの飼育しいくを再開さいかいし鳩ばとレースを楽たのしむことが小しょうブームになっている。

2010年ねん以降いこうに情報じょうほうIT関連かんれんの新あたらしい試こころみとして、レース鳩ばとに合計ごうけい2TB程度ていどのマイクロSDカードなど超ちょう小型こがたメモリーチップを、200km程度ていどの短距離たんきょりで所要しょよう時間じかん約やく2時じ間あいだ程度ていど飛行ひこうさせ、GPSユニットやCCDカメラなどを取とり付つけて詳細しょうさいな生態せいたいや飛行ひこうコースを追跡ついせきする実験じっけんも行おこなわれている^[9]。