反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ

反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ（はんしゅっしょうしゅぎ、はんしゅっせいしゅぎ）またはアンチナタリズム^[1]（英えい: antinatalism^[2]）は、生殖せいしょくを非ひ倫理りんり的てきと位置いちづける見解けんかいである^[3]。この種たねの考かんがえ方かたは、古今ここん東西とうざいの哲学てつがく・宗教しゅうきょう・文学ぶんがくにおいて綿々めんめんと説とかれてきた^[4]。とりわけ、アルトゥル・ショーペンハウアー^[5]、エミール・シオラン^[5]、デイヴィッド・ベネター^[5]^[6]が反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ者しゃとして知しられる。

概要がいよう

種類しゅるい・名称めいしょう

ひとくちに「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」と言いっても複数ふくすうの種類しゅるいがあり^[7]、1. 誕生たんじょう否定ひていすなわち「人間にんげんが生うまれてきたことを否定ひていする思想しそう」と、2. 出産しゅっさん否定ひていすなわち「人間にんげんを新あらたに生うみ出だすことを否定ひていする思想しそう」の2種類しゅるいに大別たいべつできる^[8]。出産しゅっさん否定ひていは生殖せいしょく否定ひてい^[9]、反はん生殖せいしょく主義しゅぎ^[9]、無む生殖せいしょく主義しゅぎ^[10]^[11] (英えい: anti-procreationism) とも呼よばれる。

反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ（特とくに誕生たんじょう否定ひてい）は、古今ここん東西とうざいの哲学てつがく・宗教しゅうきょう・文学ぶんがくにおいて綿々めんめんと説とかれてきた^[4]。ただし、それらをまとめて「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」と呼よぶようになったのは21世紀せいきの哲学てつがくにおいてである^[12]。

21世紀せいきの哲学てつがく者しゃデイヴィッド・ベネターは、誕生たんじょうは生うまれてくる人ひとにとって常つねに害がいであるとし、人類じんるいは生殖せいしょくをやめて段階だんかい的てきに絶滅ぜつめつするべきだと主張しゅちょうした^[13]。このベネターの主張しゅちょうは、誕生たんじょう害悪がいあく論ろん^[14]^[15]とも呼よばれる。

英語えいごの「antinatalism」という語かたりは、もともとは哲学てつがく用語ようごでなく人口じんこう政策せいさく（英語えいご版ばん）用語ようごだったが、これを最初さいしょに哲学てつがく用語ようごとして使用しようしたのがベネターとされる^[16]。2010年ねん頃ごろから、ベネターの影響えいきょうのもとRedditなど英語えいご圏けんのネットコミュニティで反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ運動うんどうが活発かっぱつ化かした^[17]。

日本にっぽんにおける「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」

日本語にほんごの「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」は、英語えいごの「antinatalism」に対たいする訳語やくごである^[18]。森岡もりおか正博まさひろによれば、この訳語やくごの初出しょしゅつは2011年ねんのウィキペディア日本語にほんご版ばんである^[18]。具体ぐたい的てきには、2011年ねんにウィキペディアンの一人ひとりが「デイヴィッド・ベネター」の記事きじを作成さくせいし、そこで「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」の訳語やくごを与あたえた^[18]。2014年ねんには別べつのウィキペディアンが「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」の記事きじを作成さくせいした。ベネターの思想しそう自体じたいは、2000年代ねんだいに加藤かとう秀一ひでかずがロングフルライフ訴訟そしょう（英語えいご版ばん）との関連かんれんで日本にっぽんに紹介しょうかいし、他たの学者がくしゃも言及げんきゅうしていたが、学者がくしゃで最初さいしょに「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」と呼よんだのは2013年ねんの森岡もりおかとされる^[18]。

2017年ねんには、ベネターの著書ちょしょの日本語にほんご訳やくが刊行かんこうされるとともに、日本にっぽんのネットコミュニティでも「アンチナタリズム」と呼よぶ形かたちで運動うんどうが波及はきゅうし始はじめた^[19]。2019年ねんには、雑誌ざっし『現代げんだい思想しそう』で反はん出生しゅっしょう主義しゅぎの特集とくしゅうが組くまれ、「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」の語かたりを掲かかげた最初さいしょの書籍しょせきとなった^[20]。2020年ねんには森岡もりおかが反はん出生しゅっしょう主義しゅぎをテーマにした単たん著ちょを刊行かんこう、2021年ねんから大手おおて新聞しんぶんなどでも反はん出生しゅっしょう主義しゅぎが取とり上あげられるようになった^[21]^[20]。

本来ほんらいの反はん出生しゅっしょう主義しゅぎは「出産しゅっさん否定ひてい」に力点りきてんを置おく思想しそうだったが、日本にっぽんでは「誕生たんじょう否定ひてい」に力点りきてんを置おく思想しそうとして広ひろまってしまった、という見解けんかいもある^[9]^[10]^[22]^[21]。

「反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ」の読よみ方かたは「はんしゅっしょうしゅぎ」と「はんしゅっせいしゅぎ」の二に通とおりがあり、学者がくしゃ間あいだでも統一とういつされていない^{[注ちゅう 1]}。

哲学てつがく・倫理りんり学がく

ショーペンハウアー

アルトゥル・ショーペンハウアーは、人生じんせいは苦くるしみの方ほうが多おおいと主張しゅちょうし、最もっとも合理ごうり的てきな立場たちばは子供こどもを地球ちきゅうに生うみださないことだと主張しゅちょうする。ショーペンハウアーの哲学てつがくでは、世界せかいは生いきる意志いしによって支配しはいされている。盲目的もうもくてきで不合理ふごうりな力ちから、常つねに現あらわれる本能ほんのう的てき欲望よくぼうが、それ自身じしんによって懸命けんめいに生うみ出だされる。しかし、その性質せいしつゆえに決けっして満みたされないことが苦くるしみの原因げんいんである。存在そんざいは苦くるしみで満みたされている。世界せかいには喜よろこびより苦くるしみの方ほうが多おおい。数かず千せん人にんの幸福こうふくと喜よろこびは、一人ひとりの人間にんげんの苦痛くつうを補おぎなうことまではできない。そして全体ぜんたい的てきに考かんがえると生命せいめいは生うまれない方ほうがより良よいだろう。倫理りんり的てきな行動こうどうの本質ほんしつは、同情どうじょうと禁欲きんよくによって自分じぶんの欲望よくぼうを克服こくふくすることからなる生いきる意志いしの否定ひていである。一度いちど我々われわれが生いきる意志いしを否定ひていしたなら、この地球ちきゅう上じょうに人間にんげんを生うみ出だすのは、余計よけいで、無意味むいみで、道徳どうとく的てきに疑問ぎもんのある行為こういである^[26]。

ザプフェ

ノルウェーの哲学てつがく者しゃピーター・ウェッセル・ザプフェ（英語えいご版ばん）は、子供こどもは親おや・出生しゅっしょう地ち・時代じだいを選えらぶ術じゅつがない点てんから、子供こどもが同意どういなしに世界せかいに生うみ出だされることにも留意りゅういしている。

ザプフェの哲学てつがくでは、人間にんげんは生物せいぶつ学がく的てきな逆理ぎゃくりである。意識いしきが過剰かじょうに発達はったつしてしまったため他たの動物どうぶつのように正常せいじょうに機能きのうしなくなっている。知覚ちかくは我々われわれが抱かかえられる以上いじょうに与あたえられている。我々われわれはもっと生いきたいと望のぞむように進化しんかしたが、人間にんげんは死しが運命うんめいづけられていることを認識にんしきできる唯一ゆいいつの種たねである。我々われわれは幅広はばひろく過去かこから未来みらいを予測よそくすることが可能かのうだ。我々われわれは正義せいぎと、世界せかいの出来事できごとに意味いみがあることを期待きたいする。これが意識いしきを持もった個体こたいの人生じんせいが悲劇ひげきであることを保証ほしょうしている。我々われわれは満足まんぞくさせることができない欲望よくぼうと精神せいしん的てきな要求ようきゅうを持もっている。人類じんるいがまだ存続そんぞくしているのはこの現実げんじつの前まえに思考しこう停止ていししているからに他たならないとしている。ザブフェは、人間にんげんはこの自己じこ欺瞞ぎまんをやめ、その帰結きけつとして出産しゅっさんを止とめることによって存続そんぞくを終おわらせる必要ひつようがあるとした^[27]^[28]^[29]^[30]。

ベネター

詳細しょうさいは「デイヴィッド・ベネター」を参照さんしょう

快かい苦くの非対称ひたいしょう性せい

デイヴィッド・ベネターは、善ぜんと悪あく（例たとえば快こころよと苦痛くつう）の価値かちは非対称ひたいしょうの関係かんけいにあると主張しゅちょうする^[31]^[32]^[33]^[34]。

苦痛くつうの存在そんざいは悪わるい。
快こころよの存在そんざいは善よい。
苦痛くつうの不在ふざいは、それを享受きょうじゅする者ものが存在そんざいしない場合ばあいでも善よい^{[注ちゅう 2]}。
快こころよの不在ふざいは、この不在ふざいが剥奪はくだつにあたる者ものが存在そんざいしない限かぎり悪わるくない^{[注ちゅう 3]}^{[注ちゅう 4]}。

シナリオA（Xが存在そんざいする）	シナリオB（Xが存在そんざいしない）
1. 苦痛くつうの存在そんざい（悪わるい）	3. 苦痛くつうの不在ふざい（善よい）
2. 快こころよの存在そんざい（善よい）	4. 快こころよの不在ふざい（悪わるくない）

存在そんざいは善よい経験けいけんと悪わるい経験けいけん（快こころよと苦痛くつう）の両方りょうほうを含ふくむが、不ふ存在そんざい^{[注ちゅう 5]}は快こころよも苦痛くつうも含ふくまない。ベネターは、苦痛くつうの不在ふざいは善ぜんで、快こころよの不在ふざいは悪わるくないから、倫理りんり的てき判断はんだんとしては生殖せいしょくを控ひかえる選択せんたくに分ぶんがあるという。

ベネターは、前述ぜんじゅつした非対称ひたいしょう性せいを、ベネターが説得せっとく力りょくがあると考かんがえる以下いかの4つの別べつの非対称ひたいしょう性せいを用もちいて説明せつめいする。

生殖せいしょく義務ぎむの非対称ひたいしょう性せい: 我々われわれには不幸ふこうな人ひとをつくらない倫理りんり的てき義務ぎむがあるが、幸しあわせな人ひとをつくる倫理りんり的てき義務ぎむはない。我々われわれが不幸ふこうな人ひとをつくらない義務ぎむがあると考かんがえる理由りゆうは、不幸ふこうな人ひとをつくることにより生しょうじる苦くるしみが（この苦くるしみを受うける人ひとにとって）悪わるく、この苦くるしみの不在ふざいは、その不在ふざいを享受きょうじゅする人ひとが存在そんざいしない場合ばあいでも善ぜんいからだ。一方いっぽう、我々われわれが幸しあわせな人ひとをつくる義務ぎむがないと考かんがえる理由りゆうは、幸しあわせな人ひとが享受きょうじゅする快かいがその人ひとにとって善よいとしても、その人ひとが生うまれてこなかった場合ばあいに生しょうじていたその快こころよの不在ふざいは、その快こころよを剥奪はくだつされる人ひとが存在そんざいしないため、悪わるくないからだ。
期待きたいされる益えきの非対称ひたいしょう性せい: 生うまれてくる子供こどもの利益りえきを理由りゆうにその子供こどもをつくるという選択せんたくをするのは奇妙きみょうであるが、生うまれてくる子供こどもの利益りえきを理由りゆうにその子供こどもをつくらないという選択せんたくをするのは奇妙きみょうではない。その子供こどもが幸しあわせになることが予想よそうされるということは、その子供こどもをつくる倫理りんり的てきに重要じゅうような理由りゆうにはならない。一方いっぽう、その子供こどもが不幸ふこうになることが予想よそうされるということは、その子供こどもをつくらない倫理りんり的てきに重要じゅうような理由りゆうになる。もし快こころよの不在ふざいが、その不在ふざいを経験けいけんする者ものがいない場合ばあいでも悪わるいとすると、我々われわれにはできるだけ多おおくの子供こどもをつくる倫理りんり的てきに重要じゅうような理由りゆうがあるということになる。また、もし苦痛くつうの不在ふざいが、その不在ふざいを享受きょうじゅする者ものがいない場合ばあいでも善よいわけではないとすると、我々われわれは子供こどもをつくらないことへの倫理りんり的てきに重要じゅうような理由りゆう全般ぜんぱんを持もたないということになる。
回顧かいこ的てきな益えきについての非対称ひたいしょう性せい: その人ひとの存在そんざいが我々われわれの選択せんたくによるものであった人ひとに対たいして、ある日ひその人ひとを生うんでしまったことを後悔こうかいするかもしれない。なぜなら、その人ひとは不幸ふこうになるかもしれず、その苦痛くつうは悪わるいからだ。一方いっぽう、その人ひとの不ふ存在そんざいが我々われわれの選択せんたくによるものであった人ひとに対たいして、その人ひとを生うまなかったことを後悔こうかいすることはありえない。その人ひとが存在そんざいしない以上いじょう、この幸福こうふくの不在ふざいが剥奪はくだつにあたる人ひとが存在そんざいしないからだ。
遠とおく離はなれた苦くるしみと幸しあわせな人々ひとびとの不在ふざいの非対称ひたいしょう性せい: 我々われわれがどこかで生うまれてきた人ひとが苦くるしんでいるという事実じじつに悲かなしくなることはあるが、幸福こうふくな人ひとが暮くらしている場所ばしょで誰だれかが生うまれてこなかったという事実じじつに悲かなしくなることはない。どこかである人ひとが生うまれてきて苦くるしんでいるという事実じじつを知しったとき、我々われわれは同情どうじょうする。つまり、ある無人島むじんとうで人ひとが生うまれて来こず、苦くるしむことがなかったというのは善よいことである。これは、苦痛くつうの不在ふざいは、その不在ふざいを享受きょうじゅしている人じんがいなくても善ぜんいからだ。一方いっぽう、どこかの無人島むじんとうや惑星わくせいで人ひとが生うまれて来こず、幸しあわせにならなかったという事実じじつに悲かなしくなることはない。これは、快こころよの不在ふざいは、その不在ふざいが剥奪はくだつにあたる人ひとが存在そんざいしない限かぎり悪わるくないからだ。

ヴェターとナーベソン

現代げんだい倫理りんり学がくの負まけの功利こうり主義しゅぎ（英語えいご版ばん）では、幸福こうふくを最大限さいだいげんまでに高たかめるよりも苦痛くつうを最小限さいしょうげんに抑おさえることの方ほうがより倫理りんり的てきに重要じゅうようであるとされる。

ヘルマン・ヴェター（英語えいご版ばん）が賛同さんどうしたヤン・ナーベソン（英語えいご版ばん）の非対称ひたいしょう仮説かせつ（英語えいご版ばん）はこう主張しゅちょうする:^[36]

仮かりに子こが生涯しょうがいにわたって著いちじるしく幸福こうふくであることが保証ほしょうされていても、その子供こどもを出生しゅっしょうさせるべき倫理りんり的てき責任せきにんは存在そんざいしない
もし子こが不幸ふこうになりうることを予想よそうできるのであればその子供こどもを出生しゅっしょうさせるべきではない倫理りんり的てき責任せきにんが存在そんざいする

しかし、ヴェターはナーベソンのこの結論けつろんに賛同さんどうしなかった:

一般いっぱん的てきには、子こが不幸ふこうを経験けいけんすること、また、他者たしゃに不利益ふりえきをもたらすことが予想よそうされないのであれば、子供こどもを出生しゅっしょうさせる、もしくはさせない義務ぎむは生しょうじない

代かわりに、彼かれはこの決定けってい理論りろん的てきテーブルを提示ていじした:

	子こが幸福こうふくになる	子こが不幸ふこうになる
子こを出生しゅっしょうさせる	倫理りんり的てき責任せきにんは生しょうじない	倫理りんり的てき責任せきにんは不履行ふりこう
子こを出生しゅっしょうさせない	倫理りんり的てき責任せきにんは生しょうじない	倫理りんり的てき責任せきにんは履行りこうされる

そして、子供こどもは生うむべきではないと結論けつろん付つけた:^[37]^[38]

”子こを出生しゅっしょうさせない”ことが、同どう程度ていど、もしくはより良よい結果けっかをもたらすため、”子こを出生しゅっしょうさせる”ことよりも優位ゆういにあると考かんがえられる。そのため子こが不幸ふこうになる可能かのう性せいを排除はいじょできない限かぎり――これは不可能ふかのうであるが――、前者ぜんしゃはより好このまれる。そのため、我々われわれは(3)の代かわりに、より踏ふみ込こんだ(3')――どのような場合ばあいでも、子供こどもを産うまないことが倫理りんり的てきに好このまれる――を結論けつろんとする。

その他た

私わたしが己おのれを自負じふする唯一ゆいいつの理由りゆうは、20歳さいを迎むかえる非常ひじょうに早はやい段階だんかいで、人ひとは子供こどもを産うむべきではないと悟さとったからだ。結婚けっこん、家族かぞく、そしてすべての社会しゃかい慣習かんしゅうに対たいする私わたしの嫌悪けんお感かんは、これに依よる。自分じぶんの欠点けってんを誰だれかに継承けいしょうさせること、自分じぶんが経験けいけんした同おなじ経験けいけんを誰だれかにさせること、自分じぶんよりも過酷かこくかもしれない十字架じゅうじかの道みちに誰だれかを強制きょうせいすることは、犯罪はんざいだ。不幸ふこうと苦痛くつうを継承けいしょうする子こに人生じんせいを与あたえることには同意どういできない。すべての親おやは無責任むせきにんであり、殺人さつじん犯はんである。生殖せいしょくは獣ししにのみ在あるべきだ。 — エミール・シオラン『カイエ』1957-1972, 1997

カリム・アケルマ（ドイツ語ご版ばん）は、人生じんせいの中なかで起おきうる最良さいりょうのことは最悪さいあくなこと――激痛げきつう、怪我けが、病気びょうき、死しによる苦くるしみ――を相殺そうさいせず、出生しゅっしょうを控ひかえるべきであると主張しゅちょうしている^[39]^[40]。

ブルーノ・コンテスタビーレ (Bruno Contestabile) は、アーシュラ・K・ル＝グウィンのSF小説しょうせつ『オメラスから歩あゆみ去さる人々ひとびと』を例れいとして挙あげている。この短編たんぺんでは、隔離かくりされ、虐しいたげられ、救すくうことができない一人ひとりの子供こどもの苦くるしみにより、住民じゅうみんの繁栄はんえいと都市としの存続そんぞくがもたらされるユートピア都市としオメラスが描えがかれている。大半たいはんの住民じゅうみんはこの状態じょうたいを認みとめて暮くらしているが、この状態じょうたいを良いしとしない者ものもおり、彼かれらはこの都市としに住すむことを嫌きらって"オメラスから歩あゆみ去さる"。コンテスタビーレはこの短編たんぺんと現実げんじつ世界せかいを対比たいひする: オメラスの存続そんぞくのためには、その子供こどもは虐しいたげられなければいけない。同様どうように、社会しゃかいの存続そんぞくにも、虐しいたげられる者ものは常つねに存在そんざいするという事実じじつが付随ふずいする。コンテスタビーレは、反はん出生しゅっしょう主義しゅぎ者しゃは、そのような社会しゃかいを受うけ入いれず、関与かんよすることを拒こばむ"オメラスから歩あゆみ去さる人々ひとびと"と同一どういつ視しできると述のべた。また、「万まん人にんの幸福こうふくはただ一人ひとりの甚大じんだいな苦くるしみを相殺そうさいできうるのか」という疑問ぎもんを投なげかけた^[41]。

哲学てつがく者しゃのフリオ・カブレラ（英語えいご版ばん）は、出産しゅっさんは人間にんげんを危険きけんで痛いたみに満みちた場所ばしょに送おくり込こむ行為こういだと述のべている。生うまれた瞬間しゅんかんから死しに至いたるプロセスが開始かいしされるとし、カブレラは出産しゅっさんにおいて我々われわれは生うまれてくる子供こどもの同意どういを得えておらず、子供こどもは痛いたみと死しを避さけるために生うまれてくることを望のぞんでいないかも知しれないと主張しゅちょうしている^[42]^[43]。同意どういの欠如けつじょについては、哲学てつがく者しゃのジェラルド・ハリソン (Gerald Harrison)とジュリア・タナー (Julia Tanner) も同様どうようのことを書かいている。彼かれらは生うまれてくる本人ほんにんの同意どういなしに出産しゅっさんをつうじて他人たにんの人生じんせいに影響えいきょうを与あたえる道徳どうとく的てきな権利けんりを我々われわれは持もっていないと主張しゅちょうしている^[44]。

哲学てつがく者しゃのテオフィル・ド・ジロー（英語えいご版ばん）は、世界中せかいじゅうに何なん百ひゃく万まん人にんもの孤児こじがいることに触ふれ、道徳どうとく的てきな問題もんだいを抱かかえた出産しゅっさんを行おこなうよりも、愛情あいじょうと保護ほごを必要ひつようとしている子供こどもらを養子ようしにする方ほうが良よいだろうと述のべた^[45]。

心理しんり学がく

データ解析かいせきの論文ろんぶんにより、反はん出生しゅっしょう主義しゅぎはダークトライアド的てきパーソナリティ特性とくせいの中なかの精神病せいしんびょう質しつやマキャヴェリズムと関連かんれん性せいが高たかく、そしてうつ病びょうがその関連かんれん性せいを高たかめていることが示しめされている^[46]^{[注ちゅう 6]}。

反はん出生しゅっしょう主義しゅぎとの関連かんれん性せいにおいて精神病せいしんびょう質しつはr = .621、権謀術数けんぼうじゅっすう主義しゅぎはr = .490と、有意ゆういに高たかい相関そうかんを示しめした^[48]。媒介ばいかい分析ぶんせきを行おこなったところ、うつ病びょうはその相関そうかんの数値すうちを有意ゆういに高たかめていた^[49]。また、反はん出生しゅっしょう主義しゅぎと抑そもそもうつについては「抑そもそもうつ現実げんじつ主義しゅぎ的てきな議論ぎろん」（“depressive realist argumentation”）を過信かしんすべきでないと述のべている^[50]。

「ダークトライアド」、「パーソナリティ障害しょうがい」、「うつ病びょう」、および「精神病せいしんびょう質しつ」も参照さんしょう

宗教しゅうきょう

グノーシス主義しゅぎ

グノーシス主義しゅぎの主張しゅちょうが反はん出生しゅっしょう主義しゅぎの文脈ぶんみゃくから参照さんしょうされる場合ばあいがある。マニ教きょう^[51]、ボゴミル派は^[52]とカタリ派は^[53]は生命せいめいとは魂たましい(精神せいしん)が物質ぶっしつである肉体にくたいに「囚とらわれた」状態じょうたいであると解釈かいしゃくし、出生しゅっしょうを否定ひてい的てきにとらえていた。

2世紀せいきの初期しょきキリスト教きりすときょうの神学しんがく者ものユリウス・カッシアヌス (Julius Cassianus)と禁欲きんよく主義しゅぎ者ものたち（エンクラディス派は（英語えいご版ばん）^[54]）は、誕生たんじょうが死しの原因げんいんであるとし、死しを克服こくふくするため、我々われわれは出産しゅっさんをやめるべきとした^[55]^[56]^[57]。

仏教ぶっきょう

日本にっぽんの仏教ぶっきょうは鎌倉かまくら仏教ぶっきょう運動うんどう以降いこう末法まっぽう無む戒・肉食妻帯にくじきさいたいが一般いっぱん化かしたため認識にんしきされにくいが、仏教ぶっきょうはもともと非常ひじょうに禁欲きんよく的てきな思想しそうを持もっていた^[58]。

仏教ぶっきょうの開祖かいそブッダ（ゴータマ・シッダールタ）は出家しゅっけ前まえに子供こども（ラーフラ）をもっていたが、原始げんし仏典ぶってんのスッタニパータでは「子こを持もつなかれ」等とうと説といた^[59]。

パーピマント悪魔あくまが〔言いった〕「子こをもつ者ものは、子こたちについて喜よろこぶ。まさしく、そのように、牛うしをもつ者ものは、牛うしたちについて喜よろこぶ。まさに、諸々もろもろの依存いぞん〔の対象たいしょう〕は、人ひとの喜よろこびである。依存いぞん〔の対象たいしょう〕なき者しゃ――彼かれは、まさに、喜よろこぶことがない」と。
世尊せそんは〔答こたえた〕「子こをもつ者ものは、子こたちについて憂うれう。まさしく、そのように、牛うしをもつ者ものは、牛うしたちについて憂うれう。まさに、諸々もろもろの依存いぞん〔の対象たいしょう〕は、人ひとの憂うれいである。依存いぞん〔の対象たいしょう〕なき者しゃ――彼かれは、まさに、憂うれうことがない」と。 — スッタニパータ（正田しょうだ大観たいかん訳わけ）

20世紀せいきインドの著述ちょじゅつ家かハリ・シン・グール（英語えいご版ばん）は著作ちょさく『The Spirit of Buddhism』の中なかで、とりわけ四諦したいとパーリ律りつの始はじまりを考慮こうりょし、以下いかのように述のべた。

ブッダ曰いわく、人生じんせいが苦くるしみであることは忘わすれられがちである。人ひとが子供こどもを作つくる。従したがってそれが老おいと死しの原因げんいんである。彼かれらが苦くるしみの原因げんいんがその行おこないにあると気付きづいたならば、彼かれらは子供こどもを作つくるのを止とめるだろう。そうして老おいと死しのプロセスを止とめるべし。 — ハリ・シン・グール^[60]