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大相撲平成28年9月場所(おおずもうへいせい28ねん9がつばしょ)は、2016年9月11日から9月25日まで両国国技館で開催された大相撲本場所。
幕内最高優勝は大関・豪栄道豪太郎(15戦全勝・初優勝)。
休場明けの横綱鶴竜は肩の怪我の影響で初日・2日目と連敗スタート。しかし、その後は4連勝を2度するなど盛り返し、10勝に終わった。大関陣は照ノ富士は膝の怪我の影響からか7日目から9連敗を喫し、4勝11敗に終わった。琴奨菊は中盤までは2敗で優勝争いに踏みとどまっていたが、終盤に崩れ9勝に終わった。綱とりの大関稀勢の里は3日目までに2敗を喫するなど出足は鈍かったが、4日目から7連勝をするなど中盤まで優勝争いに踏みとどまっていた。しかし、終盤に再び崩れ10勝に終わった。
優勝争いの方に目を向けると、10日目を終えて角番の大関豪栄道が落ち着いた相撲で10連勝と好調。全勝で単独トップ、1敗で3日目に隠岐の海に敗れたのみの横綱日馬富士・2日目に天風に敗れたのみの平幕の遠藤が追うという展開だった。11日目は全勝の豪栄道は綱とりの稀勢の里を破り全勝を守ったが、1敗の遠藤が玉鷲に、日馬富士が髙安にそれぞれ敗れたため1敗力士が消滅。豪栄道を星二つの差で日馬富士・高安・遠藤が追うという展開に変わった。そして翌12日目は豪栄道が全勝を、日馬富士・遠藤が2敗を守ったものの、11日目を終えて2敗だった高安が御嶽海に敗れ3敗に後退したため優勝圏外へ脱落した。そして、優勝争いは豪栄道・日馬富士・高安の3人が主軸となった。翌13日目、まず遠藤が2敗を守った。そして、結びの一番に全勝の豪栄道対2敗の日馬富士という大一番が組まれ、豪栄道が土俵際の首投げで勝利し全勝を守った。一方日馬富士は3敗となり、優勝圏外へ脱落した。そして、優勝争いは全勝の豪栄道と2敗の遠藤に絞られた形になった。翌14日目、遠藤が高安に敗れれば豪栄道の初優勝が決まる展開となったが、寄り切りで遠藤が勝利し、2敗を守った。そして豪栄道-玉鷲。豪栄道が勝てば初優勝、玉鷲が勝てば優勝争いは千秋楽に持ち越しという展開だったが、一方的な寄り切りで豪栄道が勝利。ついに初優勝を決めた。インタビュールームでは涙が溢れた[3]。そして全勝優勝がかかる千秋楽も琴奨菊を一方的に破り完勝。見事に全勝優勝を決めた。
14日目の打ち出し後、二所ノ関審判部長は「優勝したから、そういう(綱とりの)話題になるのは間違いない」と明言、さらに八角理事長も「(綱とりの)起点ができた」、横審の守屋委員長も「(新横綱となる場所の)3場所前の成績は不問」と話し、九州場所は綱とりをかける場所となった[4]。さらに、先場所小結で11勝、今場所関脇で10勝をしており、2場所連続で三役で二桁勝利を挙げている高安の九州場所の状況についても、二所ノ関審判部長は「大関とりの場所」との認識を明らかにした[5]。
三賞は、殊勲賞は日馬富士・鶴竜の両横綱を破り、更に稀勢の里・照ノ富士・琴奨菊の3大関を破った隠岐の海、敢闘賞は両横綱を破り、終盤まで優勝を争った髙安、技能賞は最後まで優勝を争い、13勝を挙げた遠藤がそれぞれ受賞した。殊勲賞の隠岐の海と技能賞の遠藤は初受賞、敢闘賞の高安は2年ぶり5回目の受賞となった。
綱とりの大関稀勢の里は、初日に隠岐の海に完敗し黒星スタート。3日目も栃ノ心の変化についていけず3日目までに2敗を喫した。その後は4日目から7連勝と盛り返したが、11日目豪栄道に敗れ3敗となった。打ち出し後、横審・守屋秀繁委員長は「がっかりだ。今場所後(の推挙)はない。あとは来場所へつなげられるか」との見解を示した。さらに、二所ノ関審判部長(元大関・若嶋津)も「もう一つ二つ足りない。残り4番勝てば次の場所につながる」との見解を示し、今場所後の綱とりは絶望的になった[6]。13日目に鶴竜に下手投げで敗れ4敗になり、八角理事長(元横綱・北勝海)は「仕切り直しだよ」との見解を示し、綱とりは完全に白紙となった。その後も14日目に日馬富士に一方的に寄り切られ5敗目を喫したが、千秋楽照ノ富士を破って10勝に終わった[7]。
- 今場所、幕内では豪栄道が初優勝をしたが、豪栄道が優勝したことにより様々な記録を更新した。
- 今場所、横綱白鵬は初日から全休したが、白鵬が全休するのは2006年11月場所以来約10年ぶり。また、白鵬が全休するのは2007年7月場所に横綱に昇進してからでは初めて[2][12]。
- 今場所も15日間満員御礼となった。また、全日程で入場券完売を意味する「満員札止め」を記録した。全日程で満員札止めになるのは東京場所としては昨年秋場所以来1年ぶり、地方場所を含めると今年春場所以来3場所ぶりとなった。しかし、今場所の懸賞の本数は1675本にとどまり、過去最高の1979本には届かなかった。協会の懸賞担当者によると「横綱白鵬の休場の影響」だという[13]。
- 場所後の9月29日、元幕内の玉飛鳥が引退し、年寄「荒磯」を襲名した[14]。
- 9月29日、日本相撲協会の理事会が2017年1月場所の新弟子検査から年齢制限を緩和することを承認した[15]。
- 10月12日、日本相撲協会理事会が春日山部屋師匠の春日山親方(元幕内濵錦)に対して師匠辞任を全会一致で勧告した[16]。その後の10月19日、日本相撲協会理事会から師匠辞任勧告を受けた春日山親方(元幕内濵錦)が勧告を受託したため春日山部屋が一時閉鎖となり、所属力士ら全員は追手風部屋預かりとなった[17]。
- 10月25日、安治川親方(元幕内土佐豊)が、年寄「佐ノ山」に名跡変更した[18]。
※四股名は2016年9月場所当時のもの。