前頭
呼称 ・由来 [編集 ]
したがって、
特徴 [編集 ]
待遇
取 り組 み
「これより
定員
- その
他
記録 [編集 ]
平幕 で優勝 した力士 [編集 ]
1 | 1909 |
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2 | 1914 |
9 |
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3 | 1922 |
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4 | 1926 |
10 |
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5 | 1930 |
11 |
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6 | 1931 |
(のち |
10 |
( |
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7 | 1933 |
[ |
(のち |
11 |
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8 | 1939 |
13 |
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9 | 1945 |
備州 |
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10 | 1953 |
15 |
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11 | 1957 |
15 |
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12 | 1960 |
(のち |
14 |
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13 | 1961 |
12 |
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14 | 1964 |
14 |
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15 | 1968 |
13 |
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16 | 1972 |
11 |
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17 | 1972 |
13 |
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18 | 1975 |
13 |
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19 | 1976 |
14 |
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20 | 1984 |
13 |
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21 | 1991 |
14 |
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22 | 1991 |
13 |
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23 | 1992 |
(のち |
14 |
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24 | 1992 |
13 |
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25 | 1998 |
14 |
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26 | 2000 |
13 |
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27 | 2001 |
13 |
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28 | 2012 |
12 |
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29 | 2018 |
14 |
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30 | 2019 |
(のち |
12 |
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31 | 2020 |
14 |
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32 | 2020 |
13 |
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33 | 2021 |
13 |
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34 | 2022 |
12 |
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35 | 2022 |
13 |
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36 | 2022 |
12 (○ (○髙安) |
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37 | 2024 |
13 |
- デフォルトでは
時代 順 に配列 。場所 の欄 のソートボタンで元 の順序 に戻 る。 四股 名 は優勝 当時 の四股 名 。- ☆
印 は2024年 現時点 で現役 力士 。 四股 名 の欄 は50音 順 ソート。地位 ・翌 場所 ・最高 位 の3欄 は東西 を考慮 せず番付 順 ソート。- 「
小結 2枚 目 」のようにある表記 は、張 出 ではなく枠 内 に書 き出 されたもの。 以下 は注釈 。
- ^ a b
相手 力士 の休場 。 - ^ a b
新 入幕 優勝 - ^ この
時代 は2場所 通算 で番付 を編成 しており、山 錦 は次 の番付 発表 の1931年 1月 場所 で西 筆頭 。 - ^
綾 櫻 由太郎 の帰参 場所 1933年 (昭和 8年 )1月 場所 の成績 は幕内 格別 席 で5勝 6敗 。 - ^
男女 ノ川 は新興 力士 団 からこの場所 帰参 、脱走 前 の番付 では東 前頭 3枚 目 。この場所 も番付 には朝 潮 供 次郎 とあった。 - ^ 1945
年 (昭和 20年 )6月 場所 は戦災 を受 けた旧 両国 国技 館 で“晴天 ”7日間 、非公開 で実施 。 - ^ a b
魁 傑 と照 ノ富士 は大関 から陥落 後 。 - ^ a b c d 1976
年 (昭和 51年 )9月 場所 の魁 傑 將 晃 、1998年 (平成 10年 )11月場所 の琴錦 功 宗 、2020年 (令 和 2年 )7月 場所 の照 ノ富士 、2022年 (令 和 4年 )9月 場所 の玉 鷲 を除 いて、全員 初 優勝 。
佐田 の山 が横綱 に昇進 するまでは「平幕 優勝 の力士 は大成 しない」というジンクスがあったという[5]。なお、平幕 優勝 を達成 し、最終 的 に横綱 昇進 を達成 したのは2024年 3月 場所 時点 で男女 ノ川 ・佐田 の山 ・貴花田 (後 の貴乃花 )・照 ノ富士 の4人 である。- 2000
年 3月 場所 の貴闘力 忠 茂 と2020年 1月 場所 の德 勝 龍 誠 、同年 7月 場所 の照 ノ富士 春雄 、2023年 3月 場所 の尊 富士 弥 輝也 は幕 尻 (幕内 最下位 )での優勝 。ただし2000年 3月 場所 は西 14枚 目 が、2020年 7月 場所 は西 17枚 目 が存在 したため、貴闘力 と照 ノ富士 は厳密 な意味 での幕内 最下位 ではない。 新 入幕 での平幕 優勝 は1914年 5月 場所 の両國 勇治郎 と2024年 3月 場所 の尊 富士 弥 輝也 の2名 。尊 富士 は新 十 両 で優勝 してから更 に新 入幕 となった場所 での優勝 であり、これは史上 唯一 。再 入幕 での平幕 優勝 は2020年 1月 場所 の德 勝 龍 誠 と同年 7月 場所 の照 ノ富士 春雄 の2名 。関取 の1場所 15日 制 定着 以降 の平幕 での全勝 優勝 は1953年 5月 場所 の時 津山 仁一 (東 前頭 6枚 目 )と1957年 11月場所 の玉乃 海 太三郎 (東 前頭 14枚 目 )の2名 。(ただし、両人 とも横綱 ・大関 との対戦 はなかった[注釈 3])新 入幕 での全勝 優勝 は2024年 3月 場所 現在 まで実例 がない。- ただし、1914
年 5月 場所 に新 入幕 で優勝 した両國 の「1休 」は相手 力士 の休場 に伴 って自身 も休場 扱 いになったものであり、不戦勝 が制度 化 された現在 であれば「10戦 全勝 」であり、実質 的 に新 入幕 で全勝 優勝 した唯一 の実例 といえる。また、関取 の1場所 15日 制 定着 以降 に限 れば2024年 3月 場所 現在 まで完全 に実例 が無 い。
- ただし、1914
平成 時代 末期 以降 、平幕 優勝 が急増 している。優勝 制度 が設 けられた1909年 から2024年 までの115年間 で37回 の平幕 優勝 (約 3年 に1度 )が記録 されているが、そのうちの8回 が令 和 時代 に記録 されており、1年 に複 数 回 のペースで記録 されている。特 に2022年 は7月 場所 から11月場所 まで3場所 連続 で平幕 優勝 となった。
通算 前頭 在位 [編集 ]
(2024
1 |
87 |
|
2 |
83 |
|
3 |
82 |
|
4 |
81 |
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5 |
80 |
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6 |
73 |
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7 |
71 |
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8 |
70 |
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9 |
69 |
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10 |
68 |
脚注 [編集 ]
注釈 [編集 ]
- ^
幕下 以下 の力士 の場合 は簡素 化 のため、数 名 ないし数 十 名 ごとに横長 の「同 」の字 が冠 される。現在 の番付 では、幕下 で「同 」8個 、三 段 目 で簡略 化 された「同 」8個 、序 二 段 で簡略 化 された「同 」6個 、序ノ口 で簡略 化 された「同 」1個 ないし2個 となっている。 - ^
略称 などで「前頭 1」「前 1」といった表記 は多 く用 いられている。 - ^
少 なくとも1969年 7月 場所 で優勝 同点 となった藤ノ川 武雄 (東 前頭 5枚 目 )の頃 までは、幕内 中位 以下 の力士 がたとえ大 勝 ちして優勝 争 いに絡 んだ場合 でも横綱 ・大関 と割 が組 まれることはなかった。玉乃 海 太三郎 以降 の平幕 優勝 者 でも佐田 の山 晋 松 、富士 錦 猛 光 、若浪 順 は横綱 ・大関 との対戦 なしで優勝 した。1969年 3月 場所 で12日 目 に1敗 の龍虎 勢 朋 (西前 頭 9枚 目 )がこの時点 で1敗 どうしの大関 琴 桜 傑 将 と12日 目 に対戦 (龍虎 の勝 ち)して以降 は大 勝 ちした幕内 中位 以下 の力士 と横綱 ・大関 との割 が組 まれるようになった。なお、このときの龍虎 は13日 目 に小結 藤ノ川 に敗 れ2敗 で琴 桜 と並 び、14日 目 には関脇 清国 に勝 ったが千秋楽 に関脇 長谷川 に敗 れ3敗 となり、2敗 を守 った琴 桜 に抜 かれて優勝 にはとどかなかった。
出典 [編集 ]
- ^
力士 給与 18年 ぶり増額 横綱 で月額 300万 円 毎日新聞 - ^
当時 は不戦勝 ・不戦敗 制度 が無 いため、相手 が休 めば自分 も休場 扱 いだったが、現在 の制度 であれば不戦勝 により10戦 全勝 となるため、実質 的 な史上 唯一 の新 入幕 全勝 優勝 - ^
優勝 制度 導入 以降 、史上 初 の完全 平幕 全勝 優勝 - ^ 1
場所 15日 制 定着 以降 、初 の平幕 全勝 優勝 - ^
相撲 のジンクス平幕 優勝 力士 に大関 なし、ほか エキサイトニュース 2016年 11月23日 07時 00分 (2016年 11月23日 07時 33分 更新 )[リンク切 れ]
関連 項目 [編集 ]